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現代の日本人よ(14)

 「人の運命は出会いによって決まるもんぜよ。
 松平春嶽、横井小楠、大久保忠寛、勝海舟・・・。
 脱藩浪人のわしが天下を左右するような人々に出会えたのも不思議な話じゃ。
 まっこと出会いは奇妙なもんぜよ。


 チャンスは自分で引き寄せるのか、やって来るのか。
 人さまざまじゃろうが、高い志を持っちょらんとチャンスは掴めん。

 魂を震わせるような人と出会うためには高い志を持つ事ぜよ。
 志が低いと腐れ縁にしか出会わん。
 高い意識の人との巡り会いがあってこそ、新たな発想が生まれ、人生が豊かになるがやきに。
 私的にはそういう事じゃ。

 

 でも公的にはより高い志を持って日本国の心を再生させて欲しい。
 それがわしの願いじゃ」


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― その1 ―  山内豊資の不信感

 ― 高知城下 ―
 文久三年一月八日、土佐勤王党の首領・武市瑞山は土佐に戻った。
 老公・山内容堂や京の公家達から賜った品々を手土産に、半年振りの我が家・我が道場である。
 妻の富は満面の笑みで迎え、涙を零した。
 「旦那様、ようこそ御無事で・・・」
 勤王党が藩主・山内豊範を担ぎ上げ、京の朝廷へ、江戸の将軍家へと八面六臂の大活躍をさせて見せた事は土佐で知らぬ者はない。全てはこの武市瑞山の目論見通りに進んでいるのを、富は心躍らせ、また不安に祈りながら日々を過ごしてきたのだ。
 「心配を掛けたな」
 富は首を横に振る。
 「以前に送って頂きました菊の花、それと高価な御菓子は、神棚に祀らせて頂いております」
 瑞山が中川宮から賜った菊の花に向かって、日々拝んでいたと言うのだ。
 「既に枯れしまったであろう」
 「はい、でも落ちた花びらは同志の一人一人にお配りしました」
 と富が言い、その横から叔父の島村寿之助が、
 「それぞれに神棚に奉っておるようじゃ」
 と付け足した。

 「何しろ、土佐藩主を動かして京に上っただけでなく、勅使と共に江戸に下って将軍家に攘夷を迫っている影の主役なのだからな」
 寿之助は誇らしげな顔をしている。でも少し眉を曇らせて、城下で起こっている事件の事も瑞山に報告した。
 「間崎先生やら平井殿が京の中川宮から賜ったという令旨が豊資(とよすけ)公に示されて、今、高知城下は大騒ぎになっちょる。・・・そんなところに勤王党の盟主が帰って来たんじゃからのう、若者達の興奮もかなりのものになるじゃろう」
 途端に目尻を緩めていた瑞山がその目を厳しいものに戻す。

 「そうか、彼等の身柄は」
 「今のところは心配は無用のようじゃ。上士も京からの令旨に楯突くつもりはないようだ」
 と聞かされて瑞山は安堵した。 
 そうこう言っているところに、案の定、瑞山が帰った事を聞き付けた若者が押し掛けて来た。
 
 「武市先生!」
 土佐に取り残されていた若者達は、皆その目を輝かせていた。

 「先生、いよいよ京の御言葉をもって、この土佐藩を完全なる攘夷思想に染め上げるという事になるのですね。我等もあの長州藩に負けてはおられません!」

 と興奮している。
 その度に瑞山は至って冷静に振る舞い、そしてこう伝えるのである。
 「今、朝廷は攘夷に向かっている、それは確かだ。まもなく将軍・家茂公も天皇(みかど)に拝謁して、攘夷実行を誓うであろう。大和民族が攘夷に立ち上がる時はもう間近だ!」
 その表情には数々の修羅場をくぐり抜けてきた自信が漲っている。

 「そうなれば、ここ土佐も藩をあげて必ずや攘夷に立ち上がる事になる。事実・・・既に我が殿・豊範公も老公・容堂公も攘夷に立ち上がる発言をしておられる。よってここ国許も攘夷に覚醒しすべきなのだ」
 言葉の洗礼を浴びた若者は、皆、納得している。

 「だが油断は禁物だ、上士にはこれまで幾度も煮え湯を飲まされてきた。・・・まだ油断は出来んのだ」

 瑞山は隙や弱味を見せたくはないのだ。・・・それが瑞山という武士の剣法でもあるのだ。

 でも若者達はまるで既に勝ち誇ったようにして引き上げ、また更に多くの仲間が瑞山の下に引き寄せられて来る。
 武市道場はその騒ぎの中心となっていった。
 
 そんな瑞山の心の中には、常に不安がある。それが彼の思考の原動力でもあるのだ。
 豊資公宛ての令旨を土佐に持ち込んだ張本人、間崎哲馬と話し合った。
 「中川宮からの令旨には土佐藩の変革を望む言葉が綴られていた。その令旨は確かに大殿様こと豊資(とよすけ)公に渡されたはずだ」

 間崎はそう断言した。それが家老を通じて藩の実力者・山内豊資に渡ったはずだというのだ。豊資は現藩主・豊範の父であって前藩主・容堂を操っていた影の人物である。隠居しても尚、その権力は絶大なのだ。

 しかし瑞山はいい顔はしない。

 「当然の事、やはり簡単にはウンとは言うまい。・・・聞くところでは、下士が力を持ち過ぎたからか我等勤王党の動きを訝しんでもおられるようだが」

 土佐勤王党・幹部の間崎哲馬は朝廷との接点を持つ平井収二郎と諮って中川宮から令旨を手に入れ、それを利用して、保守的な土佐国許に勤王の変革を齎もたらそうと企てていたのである。だがどうやらそれを豊資が怪しんでいるらしいと聞きつけてもいたのだ。

 「何事もそう簡単には問屋が卸さない、というものだ」

 間崎は開き直ってそう言った。

 「・・・豊資公に不信が芽生えては厄介な事になる。下手をすれば上士を敵に回して戦う羽目になり、更に悪くすれば土佐藩内での内紛にまで発展してしまうかもしれん」
 「そんな」

 「そうなれば我等勤王党はもう攘夷どころではなくなるだろう」

 瑞山はそう言い切った。

 「・・・そんな事になっては一大事」

 と口にした間崎に対して、瑞山は黙って首を振った。
 ・・・一抹の不安が、現実のものになっていこうとしている。瑞山は頭を抱えたかった。下手をすれば土佐勤王党盟主としての責任も問われ兼ねない。

 そしてこう言った。
 「私が出向こう。・・・そのために一旦土佐に戻って来たのだからな」

 (・・・彼等の暴走を抑えられなかった事。やはりそれが過ちだったのか・・・)

 瑞山は後悔では済まなくなるおそれを感じていた。


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奥付



竜馬外伝i-29 竜馬、志士を斬る


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著者 : 中祭邦乙
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/nakamatsuri/profile


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