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 かつて私は「ナタリーの生家」と呼ばれていた。私こそが、今は亡き大女優、ナタリーの生まれ育った家であったからだ。このことは特別豪邸というのでも、あばら屋というのでもないただの古家の私に、とてつもない付加価値を与えていた。内部をメモリアルホールに改装されてからは特に、連日のようにファンや観光客が訪れていた。

 しかしあの頃の自分が私は嫌いだ。何といっても私は高慢だった。自らを差別化し、周囲の同じような造りの家々を我知らず見下していた。あからさま、とまではいかないにしても、言葉の端々に侮蔑的な雰囲気が漂っていたと思う。一方で私は自分が虎の威を借る狐であることに薄々感づいてもいた。感づいていたからこその高慢さだった、とも言えるかも知れない。時に感嘆の声を上げながら、時に涙さえ浮かべながら私を見てまわる人々の中に、例えば私の色や形を褒めるような者は一人もいなかった。「ナタリー」を除いてしまえば自分には何の魅力もないのではないか、「ナタリー」を引き立たせる為の舞台装置に私は過ぎないのではないか、とどこかでいつも不安に思っていた。

 そんな私に友人と呼べる存在はいなかった。当然のことだ。周囲の家々は時々言伝や世間話こそしてきても、それ以上私に深く立ち入ろうとはしなかった。彼らのことを、凡庸で特に付き合うには値しない連中と決め付けていた私もまた、自分から近付こうとはしなかった。寂しさを全く感じなかった、と言えば嘘になる。彼らが馬鹿みたいに冗談を言い合っているのを見ると、時としてその輪の中に自分も入りたいような気もしたが、私はそんな感情をむしろ恥とし、決して表に出すことはなかった。

 

こうして孤独を孤高と取り違えたまま何十年もの年月が過ぎた。

 

 ある日、数年前からずっと空き地だった向かいの土地に、新しい家がやって来た。

 その新しい家は文字通り「やってきた」のだ。なぜなら、屋根の上に付いたヘリコプターのプロペラのようなもので、建物自体が空中を移動してきたから。私をはじめ周囲の家々は皆、その新しい家を奇異の目で眺めた。「家のくせに羽が生えている」「変な形」と言っては陰でからかったり、ひどいときにはあからさまに無視したりした。

 けれど新しい家はそんなこと意にも介さなかった。ひるんだ様子も傷ついた様子すらも見せず、かえって気さくに私たちに話しかけた。当然、効果を成さない中傷や嫌がらせはすぐに止んだ。はじめは話しかけられる度に鬱陶しがったり気味悪がったりしていた家々も、新しい家の底抜けの明るさに次第に惹かれていって、自ら声をかけたり、会話したりするようになった。もちろん、私自身を除いて。

 そうして気付けば新しい家は皆の人気者になっていた。前述の明るさに加えて、若いのにとても物知りなところも皆に感心された。これまで様々な国や場所を飛び回り、実際にその土地の文化を肌で呼吸してきた彼からもたらされる情報は、なるほど確かに、単なる知識以上のリアルな感覚を伴っていた。またそれを決してひけらかすことなく、ユーモアを交えて語れるところも好かれる要因のようだった。

「オーストラリアのサンシャインコーストって、あれは嘘ばっかりですよ。だって、名前に反して毎日雨が降っていたんですから」

「シンガポールにいた時は、週末よくタイのバンコクまで買い物に行きました。向こうの方が物価も安いですし、ついでに観光もできますからね。だけどね、水上マーケットには本当に参っちゃいましたよ! 僕がボートに乗った途端、当然といえば当然ですけど、ひっくり返って乗り合わせた人全員が川に落ちちゃって!」

「失礼ですが、聖ゲオルギ聖堂さんですか? って僕は訊いたんです。その建物は素早く頷きました。僕は感激して、昔の話、建設当時の様子を是非聞かせて下さい! って。まったく、殺されるかと思いましたよ。ふざけるな、聖ゲオルギ聖堂はあっちだ、俺がそんな年寄りのジジイに見えるのか、ってすごい剣幕で怒り出して。……ブルガリアではYESで首を横に、NOで首を縦に振るんです」

そんなエピソードの数々に、周囲の家々は時に身動きもせず聞き入り、時に溜息を付き、時に大声で笑いころげ、時にしみじみと頷きつつ同調した。他方私はといえば、そんな様子を尻目に終始興味の無いふりをし通した。聞こえてくる話から、内心では見たことのない異国の地への憧れや想像が膨らむばかりだったが、それを態度や言葉で表すには、まだ不要な自尊心と嫉妬心が大きすぎた。

 

私は新しい家のようになりたかった。

あるいは、本当は彼という存在を通して私自身になりたかった。

 

星も寝静まったある穏やかな夜のことだった。私が何となく考え事をして寝付けずにいると、向かいの新しい家がこちらにそっと近付いてくるのが分かった。そして、

「すごいなぁ。ナタリーが住んでいたなんて」

 と微かに呟いたのが聞こえた。自分のことを言われている意外さと、恥ずかしさと嬉しさから、そのまま黙って耳を澄ましていたが、それ以上はもう何も聞こえてこない。思わず目を開けて答えてしまった。

「栗色の巻き毛と、青と緑がかった瞳の美しい子だった。十五の時にここから引っ越していった」

「生家さん? 起こしてしまいましたか?」

 新しい家は驚いて、慌てて詫びようとしたが、私はそれを制した。彼は安堵したのか、そのまま私の真横までやってきて、懐っこく次のようなことを言った。

「でもね、怒らないで下さいね。正直言うとあなたがナタリーの生家だなんて、はじめは知らなかったんです。上空から次に降りる所を探していた時に、いくつかの空き地が目に入りました。その中から、向かいに一番きれいな黄色い壁と優雅なベランダがあったここを選んだだけなんです」

 その無邪気な告白がどれほど私を救ったか、彼には知る由もなかったろう。

 

 私は少しずつ変わっていった。第一に新しい家の話に無関心を装うのをやめた。第二に周囲の家々を、優劣の確認の為でなく観察するようになった。第三にそれまで漠然とした不安から直視できずにいた問題、自分は何者なのか、どんな価値や役割があり、どうすればそれを発現することができるのか、ということにようやく向き合い始めた。

 けれど私はこれまでにない程強く苦悩してもいた。ちょうど繭の中の蛾のように、私の心の一部は未だ「ナタリーの生家」という肩書きに守られ、同時に閉じ込められていた。

 

 繭からの脱出はある日突然起こった。

 

 リラの香りに満ちたいつもと変わらない朝。この国ではあり得ないと思っていた大地震が、私たちを襲った。

 急に胸を押されるような衝撃を感じたかと思うと、構える間もなく地の底から突き上げる猛烈な揺れに変わった。

 私は悲鳴を上げた。けれどそれも地響きや破壊音にすぐかき消された。恐怖で頭の中が真っ白になった。揺れは十秒続いたのだろうか、二十秒だったろうか。永遠とも思える長い一瞬の後、気が付くと私の目の前には土と砂埃が舞っていた。頭上から瓦がぼろぼろと落ちてきて割れた。その時になってようやく、私は自分の大部分の壁や屋根が崩れていることを理解した。

「大丈夫ですか!? 皆さん、大丈夫ですか!?」

 茫然とした異様な静けさを破り、新しい家の声が響いてくる。誰も答えない。意を決して私は声を振り絞った。

「いやぁ。なんの。これしき」

 鼓舞するつもりで張った虚勢だったが、やはり動揺を隠せなかった。情けないほど震えた声になってしまった。

「あぁ、まったく。生家さんかい?」

どこかで誰かが吹き出したかと思うと、堰を切ったように周囲の家々が笑い泣きし始めた。

「この年になって初体験があろうとはね」

「本当だよ。全身、芸術的にひびだらけだ」

「ひびなんて。 あたしなんか柱までポッキリだよ」

「いいじゃない。この際建て直されて若返りましょうよ」

「そしたら羽を付けてほしいね。新しい家のように」

 そうして砂埃が収まりお互いが見えるようになると、私も含めて誰からともなく顔を見合わせ、より大声で共に泣いた。これほどの大きな不幸と幸福を一度に味わったのは、後にも先にもこの時この場所でしかない。

 

「ナタリーの生家」としての私は壊れ去った。

代わりに私は何者でもない、自由な精神と感覚の自己意識となった。

 

 私は今非常に満ち足りている。瓦礫は撤去され、元いた場所には小さな記念碑が立っているだけだが、それすらももう私を煩わせない。なぜなら、感じ考えるということが私であり、私の価値であるからだ。他に何か必要なものなどあるだろうか。

 それに私の一部は今世界中を飛び回っている。あの大地震の直後、余震が来るに違いないからと、私は新しい家に今すぐこの土地を去るように言った。自分だけ逃げる訳にいかない、と新しい家は頑として聞き入れなかったが、私のある提案をきっかけに遂には折れてくれた。それは、私たちも一緒に行こう、ここにある皆の破片を一つずつ持っていってくれないか、というものだった。周囲の家々はこぞって賛同し、新しい家の説得に加担してくれた。

 

 以上が私、かつての「ナタリーの生家」の物語だ。新しい家のそれのように興味深い内容でも、巧みな語りでもないことは許してほしい。しかし自らを開示することこそ今の私がすべき、また今の私にできる唯一のことのように思う。

 この物語が誰かにとって、何らかのきっかけや気付きになれば嬉しい。

 


この本の内容は以上です。


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