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6月28日のおはなし「ケータイ依存症」

 ケータイを忘れて出かけると不安になる。

 そんなもん、ちょっと前までは持っていなかったものなんだから、その頃はなくたって何の問題もないし全然平気だったのに落ち着かなくなる。ケータイなんて持っていなくても別に支障なく生活できるはずなのに、大丈夫なはずなものなのに不安になる。

 早い話が、たとえば持って出たとして、のべつ使っているわけではない。

 使う時以外はスリープ状態で放置しているだけで、毎時毎分毎秒いちいち確認するわけじゃない。だから忘れて出かけた時だって、使いたい時だけ不便を感じればいいはずなのにそうはいかない。ケータイを持っていない不安感がずっと心のどこかにあって、気がかりになって心ここにあらずな人になってしまう。

 おかしいよね、そんなの?

 でもそうなんだ。別に具体的に何か差し迫った必要があるわけじゃないのにケータイの不在を意識してしまう。仮に手元に出現したからと言っていますぐに使うアテなんてないのに、ああケータイさえあればなあ、なんて思ってしまう。こんなことなら用事をほっぽり出して家に取りに戻ろうかとすら思ってしまう。

 おかしいよね、そんなの?

 通称「ケータイ頭脳」が広まり始めたのはいつのころだったろうか。そういう曖昧な記憶もケータイ頭脳さえあれば、ちゃちゃっと調べてすぐに答が見つかるんだけれど。それ以前は、ケータイ頭脳の出現以前は、あのかったるいスマートフォン(いまとなってはどこがスマートだ!と突っ込みたくなる)とかいうデバイスで指を使って文字入力したり、音声認識とかいうご大層な方法で「ケータイ頭脳が広まったのはいつ?」とか検索ワードを考えて入力したりして……ああ、もう、考えるだけでイライラして来る。

 ケータイさえつけていれば、ふと気になった時にはもう答が頭に浮かんでいる。そう。このスピード感が大事なんだ。ケータイを使っている同士だと話も早い。とにかく話が早い。よく冗談で「ケータイ使うと話し始める前にはもう結論が出ているんじゃないか」なんて言うけど、ほんとそんな感じだ。

 それが今日みたいにケータイを忘れると何もかも台無しだ。他の人が話しているテンポについて行けない。テンポもそうだけど話の内容にもついて行けない。いつも一緒に打ち合わせをしている時にはすいすいと理解し合える相手が何を喋っているのかがわからない。日本語だということはわかるんだけど、知らない単語や知らない前提が多過ぎて手も足も出ない。ものすごいオバカちゃんになった気分だ。

 でもまあ、いつも仕事をしているパートナーなので「今日、ケータイ忘れちゃって。オバカちゃんなんで取りあえず話だけ聞いてます」と最初に言っておけば、たいていの場合、彼らもそこは同様な状態を体験済みなので、「お気の毒に」なんて感じで了解してくれる。

 そんなわけでだんだん話の輪からはずれてしまい、同じテーブルを囲んでいるのにまるで傍聴人みたいな感じになって、残りの五人の会話の様子を見ていた。五人とも首の後ろの第二頸椎直下に開けたマイクロジャックにケータイ頭脳のアタッチメントをつけている。スピーディな会話。相手が全部喋り終わる前に次の人が喋り出し、その言葉が終わる前にはその次の人が喋り出す。あんな風に言葉が終わる前に遮られて不愉快にならないのかなあと思うけれど、それはケータイをつけないオバカちゃんのオバカな感想なんだろう。

 五人は言葉を遮られても文句を言うでなく礼儀正しく耳を傾け、そろそろ言葉が終わりそうだというあたりでまた次の人が喋り出す。それがきちんとテーブルを順繰りに一周して行く形で回っていることに気づいておやおやと思う。これは何だろう。ケータイ頭脳にジャックインしていると行動まで協調性が出てくるんだろうか? 見ているとまるであらかじめ用意されたセリフを順繰りに回しているかのように見える。

 そう考えて見てみると、会話はあらかじめ決められた台本を読み合わせているみたいにも聞こえる。オバカちゃん状態なので内容にはついて行けないが、全員で共通の長いテキストを頭から順番に読み上げているだけのようにも見えて来る。見えて来る? いやそうじゃない。これは本当にそうなんじゃないか? 喋っている身体は五つでも、喋っている内容はひとつ、つまりケータイ頭脳に言わされているんじゃないか? 彼らは能力が増大しているんではなくて、ケータイ頭脳にコントロールされているだけなんじゃないのか?

 目の前の五人があまりにも整然と喋り続ける様子を見てぼくは不安になってくる。

 ケータイ頭脳をつけていないオバカちゃん状態だからそんなバカなことを考えるんだ。そう自分に言い聞かせようとしても、もう彼らがコントロールされているとしか思えない。見れば身ぶりまで統制されているかのようだ。次の人が喋り出すと前の人は左手を膝の上に置く。右手でコーヒーカップを手に取る。礼儀正しく次の人のほうを向く。次の人は全体を満遍なく見渡すように落ち着いた口調で語り、大事な個所では手にしたペンで軽く手元の書類をとんとんと叩く。そして次の人が喋り出すと左手を膝の上に置き……。

 おかしいよね、こんなの。

 と思った瞬間、五人が同時にこっちを向き「気づいてしまったね」と微笑んだ。

(「ケータイ」ordered by terra-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

新作スタート。お題募集中。

2011年10月1日。
Sudden Fiction Projectの新作発表が始まりました。

1日1篇ペースをめざしていますが、これはどうなるかわかりません。
毎日、その日のお題を見て、いきなり書き始めていきなり書き終わる。
即興的に書くSudden Fictionをこれからお楽しみください。

お題募集中です。
急募!お題」のコメント欄で受け付けています。
どなたでも気軽にご注文ください。初めての人、大歓迎です。

(お題の管理上、TwitterやFacebookでは見逃しがちなので、
 どうか上記コメント欄をご利用ください)

それではこれからしばらく新作のシーズンをお楽しみください。

※発表済みの作品をご覧になりたい方は
 をご活用ください。

奥付



ケータイ依存症[SFP0362]


http://p.booklog.jp/book/51494


著者 : hirotakashina
著者プロフィール:http://p.booklog.jp/users/hirotakashina/profile


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