目次
序章  「日曜日の朝」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」
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第二章「精霊と青年」
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第三章「決戦、妖怪都市」
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第四章「夏の想い出」
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第五章「堕天使の囁き」
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第六章「世界ノ終ワリ……」
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最終章「永久に醒めぬ夢」
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2-2

 気が付いたとき、俺は布団の中にいた。もうとっくに日が登り、眩しい光が目にしみる。

「……夢?」

 昨日の出来事を思い出す。たしかに俺はここから起き上がり、台所に行った。そして…………。

 夢にしてはやけにリアルだ。全ての情景がこと細かに思い出せる。だが、あの後どうなったかはどうしても思い出せない。そして気が付いたら元の和室にいた。常識的に考えるなら、あれも夢だったと考えるのが妥当だろう。悪夢から覚めた先もまた悪夢だった、よくあることだが……。

 考えていても仕方がないので起き上がって居間に行く。親父が座椅子に座り込み、母親が朝食を運んでいた。親がまだいるとは珍しい。掛け時計を見上げると、まだ七時前だった。

「おはよ……」

「おお、やけに早いのお」

「うん、目が覚めてね」

 親父の後ろを通り抜け、台所の方に行く。窓の方に目をやるが、当然のことながら何もない。母親が怪訝な目でこちらを見た。

「どうしたん?」

「いや、なんでもない……」

「来たついでだからお父さんにお茶持っていって」

 母親が流台の上からペットボトルをとり、こっちに差し出す。

「ぬるいな、この茶」

「仕方ないでしょ、誰か出しっぱなしにしてたんだから」

 文句を垂れる親父に対して、母親が言う。まったく、贅沢な親父だ。

 ……ん?  お茶がぬるい、誰かが出しっぱなしにしてた……昨日の晩…………。

俺の中で、さっと血の気が引いていった。やはり俺は昨晩ここに来た、その後お茶を飲んだ、そして…………ここから先も現実なのか、それともただの夢だったのか……わからない。


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2-3

「……てことでどうよ。ん?  おい?」

「ああ。すまん、すまん」

 呆けてまったく話を聞いてなかった俺を、飽きれ顔で見る赤夏。いかん、どうも朝から心、ここに有らず状態だ。

 昼過ぎに集合し、いくらか編集作業をした後に、俺たちは車でY市に向かっている。今日の目的は撮影ではなく買い物。カメラのテープと予備バッテリーが欲しいのだが……これがなかなか金食い虫だ。テープは一本八百円程度だが、消耗品なんで作品の規模によってはそれこそ無限に要る。五本で四千円、十本で八千円……予備バッテリーにいたっては一本で五千円~一万円。カメラ付属のものだけですませたかったが、やはり撮影が進むにつれ厳しくなってきたので購入を決意。二人で割り勘だが、それでもこれで財布はスカスカだ。映画制作は金がかかる、これはプロアマ問わずの真理らしい。

「あんま無理しすぎんなよ。また監督に倒れられたらかなわんからな」

「ああ……」

 どうも赤夏は、俺の覇気がないのは連日の撮影で疲れてるからだと思っているらしい。まあ、それもあるのだが、今の俺は疲れ以上に頭にのしかかってくるものがある。

「で、どうするよ?  ゲオゲオと十万ボルトどっちにする?」

「ああ、とりあえずゲオゲオで。なけりゃ十万ボルトの方向で」

「あいよ」

 品揃えとしてはどちらの電気屋も似たようなものだが、ゲオゲオはポイントカード持ってるから。

 時刻は夕方過ぎだったが、平日ということもあり店内は思いの外、人がいなかった。ぱっと目についたのは、パソコンソフトコーナーに見るからにオタクくさい連中が数人。あと、和服姿の女の人が俺たちに続いて入ってきた。真っ赤な着物がやたら目につく。家電屋に着物とはまたなんともミスマッチな……いや、和風の人だって電化製品くらい買うだろうけどさ。

 しかしまあ、こういう店に来ると、いらない物でもついつい色々見てしまう。ノートパソコン、スキャナー、デジカメ……新型で高性能な機器を物色していると、それだけでワクワクしてくる。もっとも、買うような金はないので文字通り、見るだけだが。貧乏性なもんでして。

 目的の物だが、テープの方はすぐに見付かった。これだけならコンビニでも売ってるような物だし。バッテリーの方は置いていなかったが店員にビデオカメラの機種名を言うと、数日で取り寄せられるとのことだった。

「思ったより早く終わったな」

「ああ」

「飯でも食っていこうぜい」

 そうだな。晩飯には少し早いが、どうせ暇だし小腹もすいた。ゲオゲオに隣接するケンタッキーフライドチキンの店に寄ることにする。店頭に置かれている人形を見るなり、赤夏が某キャラの真似をしだした。

「はぅー、ケンタくん人形だぁ。お持ち帰りぃー」

「やめい、恥ずかしい!」

 まったく、お前はガキかと……ついでにケンタくんじゃなくて、カーネルサンダースだ、おのおっさんは。

「お前みたいなのがいるから、カーネルおじさんは鎖で繋がれてるんだ」

「ほんとだ。よく見ると、足に鎖がついてる!」

 カーネルおじさんを盗んでいく人が多い故に、彼は鎖で囚われの身になってしまったと聞く。ちなみに、大阪にいたころはカーネルおじさんの眼鏡が盗まれたのを目撃した。次の日からそこのカーネルおじさんは代わりに色の薄いサングラスをかけて道行く人々の注目を集めていたが……白スーツに薄い色眼鏡、どう見てもヤクザです、本当にありがとうございました。


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2-4

 カウンターで骨なしのカーネルクリスピー六本とペッパーマヨネーズ味ツイスター二本注文し席に着く。飲食店だからかゲオゲオとは打って変わって客が多かったが、とりあえずテーブルを確保できた。トレイを置き、座って一息つく。

「さて。撮影の方はこれからどうするよ」

「うーむ。正直、進み具合としては芳しくないからな……」

 こちらに帰郷してから二週間ちょっと。すでに夏休みの半分近くは経過している。撮影の進行としては、撮り終わったのが全体の四分の一程度。こちらにきて十日ほどは話し合いや、シナリオ執筆で撮影に入れなかったことを考えても、けっこうギリギリのペースである。

「ま、撮影のペースを上げるってことでいいんじゃね」

「うむ……って、この間からそう言いつつ、結局あんま進んでない気が」

「その辺は、監督さんを信じてますので」

 まったく……他のクラスメイトたちが、娯楽作品を作らない理由がなんとなくわかってきた。芸術系よりも長編エンターテイメントは撮影の手間が段違いにかかる。それで芸術系より評価下げられるんだから。

「とりあえずクオリティよりも完成させることを第一に考えよう。終わらんことには話にならん」

「たしかに。未完の映画などただの豚だ」

「豚かどうかは知らんが、とりあえず完成しないというのは作品として論外だ。当面の目標は何が何でも予定シーンを撮り終える。その上で時間が余ればより良いものに撮り直しを……」

 そのとき、俺の思考は一瞬にして停止した。赤夏の肩越しに見える向かいのテーブル。そこに着物姿の女が座っていた。さっき電気屋で見たあの女だ。それ自体はさして重要ではない、問題は……たまたま目に入ったとき、俺は思い出してしまったのだ。

 蒼白な顔に肩までの黒髪、どことなく艶めかしい雰囲気をかもし出す和服美人。客観的な印象としてはかなり魅力的な女性だろう。さっきはチラッと見ただけだからわからなかった。だが、赤夏を挟んで、正面から対峙している今はわかる。俺は女に見覚えがあった……。

 昨日の夜、窓から覗いていた顔……脳裏に焼き付いて離れない、あの爬虫類のような恐ろしい目。それが今、向かいのテーブルから真っ直ぐ俺を見据えている。俺が気付いたことがわかると、女は口元を歪ませて笑った。昨日の夜と同じように。背筋を虫が這うような怖気に襲われる。

「おい……大丈夫か?」

「い、いや……ちょっと、うん……」

 両手がカタカタと震える。赤夏に話すことはできない。というよりどう話せばいいのかわからない。あまりにも常軌を逸している。だが赤夏がいるということは多少なりとも心の支えにはなった。ついでに店内には他にも沢山客がいる。あの女が何かをしてくるということはあるまい……。

 いや、何かする以前に、そもそもあの女は何が目的なんだ?  先ほどから、特に何をするでもなく、ただじっとこちらを見つめている。昨日のことは夢ではなかったのか? だとしたら一体……今のところ、ただ見られているだけで実害はない。だが気味が悪い、怖い……一刻も早くここから離れたい。

「悪いけど、ちょっと体調優れんみたいだ……帰ろう」

「え?  あ、うん……ほんと具合悪そうだしな。その方がいいな」

「すまんな……」

「気にするな。残ったチキンはお持ち帰りぃすればいいだけだし。てかほんとに大丈夫か?  顔白いぞ?」

 自分じゃわからないが、たぶん今の俺の顔は死体みたいに蒼白なことだろう。震える両足でなんとか立ち上がり、店を後にする。店内から出るときテーブルの方に目をやると、女はやはりこちらを見つめ、ただ笑っていた。


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2-5

 車に戻る頃には多少落ち着きを取り戻せた。相変わらず言い知れぬ不安と恐怖が心にのしかかってはいるものの、とりあえずあの女の目の届かないところまで来たのは大きい。赤夏が車のキーを投げ渡す。

「俺、そこの自販機で飲みもん買ってくるから。先座ってて」

「わかった」

 本音を言うとあまり一人にして欲しくはないのだが、そこまで我儘は言えない。助手席に座り込み、ホッと息を撫で下ろす。とりあえず車に乗ってしまえば大丈夫だろう……俺は正面に目をやった。

 ……いた、あの女が目の前に。赤夏の車から数メートルのところから真っ直ぐ進んでくる。普通に見れば、ただ駐車場に歩いてきているだけにしか見えないだろう。だが俺には、はっきりとわかった。あいつは俺を目指している。辺りは灰色のもやに包まれる。

 モノクロームな非現実的な空間、その中で女の姿だけはくっきりと浮かびあがり、一歩一歩足を進め、どんどんと距離が詰まってくる。女の顔は俺を真っすぐに見据え、笑っていた。目測距離、十五メートル……十メートル……。

「悪い悪い、待たせたな」

 ドアの開く音と赤夏の声が、俺を正気に戻す。

「お前コーラで良かったよな?  ほれ」

「……車を出せ」

「は?」

「いいから早くっ!」

 気押される赤夏。このときの俺はよほど凄い剣幕だったに違いない。いつもなら文句を垂れる赤夏が黙って車を出した。バックで遠ざかる女、方向転換すると同時に姿は視界から消えた。

「どうしたんだ?」

「ああ……すまん、すまん。ちょっと、な……コーラありがとな、うん」

「気にするな。お前の体調は俺の課題の結果にかかわるからな」

「ああ……」

 それからしばらく、お互いに無言になる。市街地を抜けて、静かに薄暗い産業道路を走る車。両サイドには、黒々とした松林が広がっている。

 大分落ち着いてきた。さっきの俺は普通じゃなかったのは赤夏もわかっているようで、あえて何も訊いてはこなかった。

 俺も女のことは話さない。話したところで、正気を疑われるだけだろう。実際、あの女に何かされたわけではない。あのいい知れぬ恐ろしさは、直接体験した人間にしか理解できないものがある。

 いや、もしかしたら何もなかったのかもしれない。あれはたまたま向かいのテーブルに座っただけのただの女の人だったのだ。昨日の窓のことだって、あれは深夜の出来事だったし薄暗い中、寝惚け眼で見たものなんてあてにならない。そもそも夢だったという可能性が一番現実的だ。昨日、怖い夢を見た、それにたまたま目に入った女の人が重なって恐怖に陥った。ただそれだけのこと……馬鹿だな、俺って。

「いやぁ、ちょっと昨日怖い夢見てさ。寝不足で調子悪いんだよ」

 赤夏は何も言わずハンドルを捌いている。まいったな、機嫌崩してしまったらしい。

「何かさ、夜中に目が覚めて水飲みに行くんだけどさ、窓の隙間から顔が覗いてるんだよ。めちゃくちゃ怖かったんだけどよ、よく考えると変態だよな、深夜に人んち覗くってストーカーかよって。ハハハ……」

 俺は自身の恐怖体験をあえて茶化して話す。そう、あれは単に夢にビビったっていう、笑い話だ……たぶん、俺の目は笑ってなかっただろうけど。赤夏は相変わらず何も言わない。おいおい、急に俺の都合に付き合わされてムカッときたのはわからんでもないけど、ちょっとつれないんじゃないか? 


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2-6

 苛立ち半分で赤夏の顔を覗き込み、俺は異変に気付いた。赤夏は俺に対して腹を立てていたわけではない……顔がこわばり小刻に震えている、唇は真っ青で、そこに浮かぶのは怒りではなく、明らかな恐怖。

「ど、どうした?」

「い、いや、お前の話でちょっと怖くなったんだよ。……窓から女が覗いてたんだよな?」

「ああ……」

 怖くなった?  たしかに直接見た俺は怖かったが、話を聞いただけで恐怖を覚えるってのは少しオーバーなんじゃないか……?  あくまで俺は夢として話しているわけだし。そんな疑問をよそに、赤夏は話を進める。

「でさ、その夢ってよ……」

「うん」

 俺がさっきから感じている強い違和感……赤夏の顔、様子、そしてそれ等とは違う何か。心臓の鼓動が激しくなる。何故だ?  とりあえず俺は今、安全地帯に逃げ込んだはずなのに、さっきよりも不気味な雰囲気に包まれている。一見、何も恐れるもののない日常空間に潜む何か。それは昨日からの目に見えた恐怖対象よりも、俺の神経を追い詰める。

「おい、聞いてんのか?」

「あ、ああ……すまん」

 よくわからないが、赤夏が怖かった。こいつの様子や言葉の違和感にだんだんと鳥肌がたってくる。だが、それは俺だけでなく赤夏も同じようだ。平常を装いながらも、青くなった唇は微かに震えている。そして、そこから発せられた、次の言葉で、俺は違和感の正体に気付いた。

「でさ、その夢に出てきた女ってさ……」

「おい……」

 何で……何で、覗いてたのが女だってわかるんだ?  俺は窓から覗く人がいたとしか言ってないはずなのに……?

「……髪は肩ぐらいで、色が白いんじゃないか?」

「何でわかるんだよ……」

「で、目の下に隈があって、唇が薄くて、真っ赤な着物姿で……」

「だから何で知ってんだよ! そんなことまで!?」

 俺は頭が真っ白になってきた。何だこれは、何なんだ……赤夏はどうしてしまったんだ?  それ以前に、こいつは本当に赤夏なのか?  現在、走る車の中に赤夏と二人きり。そして主導権は運転手の赤夏に……俺は自分の判断を後悔した。最も安全な場所に逃げ込んだつもりが、逃げ場のない空間に自ら入ってしまったのかもしれない。

「バックミラー……」

「は?」

 なんの脈絡もない赤夏の突然の言葉に俺は呆気にとられた。そんなことはかまわず、赤夏は続ける。

「バックミラーに……写ってるんだよ」

 写ってる……バックミラーに……何が?

 いや、俺の中で一つの推測はできていた。だがミラーを確認することはできない……その恐ろしい予想を信じたくないから。それを見てはいけない。

「……車の後ろにさ、窓のとこ」

「もういい、やめろ……」

「後ろの窓ガラスにベターって貼り付くみたいに女が……」

「わかったからやめてくれっ!」



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