目次
序章  「日曜日の朝」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」
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第二章「精霊と青年」
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第三章「決戦、妖怪都市」
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第四章「夏の想い出」
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第五章「堕天使の囁き」
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第六章「世界ノ終ワリ……」
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最終章「永久に醒めぬ夢」
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 明け方、灰色の空を見上げる。遠く東に行くに連れて薄青色に変化しているグラデーション、やっぱ夏は日が昇るのも早い。

アスファルトに降り立ったはいいが、足取りがおぼつかない。まいったな、家まで十メートルもないから問題はないが、少し調子に乗りすぎたらしい。

「じゃあ、また明日。事故んなよ、赤夏」

「うう、たぶん大丈夫」

 開いてるのか、閉じてるのかわからない目を擦りながら返事をする赤夏。本当に大丈夫なのだろうか? まあここまで帰ってこれたのだから心配ないとは思うが、居眠り運転というのは飲酒運転と並んで事故率が高いからな。

 同窓会は二十二時にはとりあえず終了して解散した。あとは各自、好きなメンバーと連れだってカラオケ行ったり、別の飲み屋で二次会したりという形に。俺たちは松田竜太、高橋亀雄と共にカラオケに行って歌いまくり(そのとき山淵が高橋について来ようとして焦ったが、他の女子グループの所にいくことになった。あんなのでも友達はいるらしい……)。最初は普通に流行りの歌とかだったのだが、途中からアニソンやら特撮ソングが増え始めて、後半は最早、カオスな有様だった。

 まあ、とにかく色んな意味で調子に乗りすぎたわけだ。さすがにこの時間だと、玄関は閉まってるので、牛乳配達の受取りボックスにある合鍵でドアを開ける。鍵についてる豚のキーホルダーを見て山淵の顔を思い出した。まったく、あいつが部屋に入ってきてから俺はずっと、寒気を感じてるのに全身汗が噴き出すという異常な状態おかれていた。まだ服がベタベタして気持が悪い。あの生き物は人間の体内のメカニズムまで狂わせてしまうらしい……眠たいがとりあえず風呂だけは入っておこう。短い廊下の奥、脱衣所の引き戸を開ける。

「あ……」

 そこには友希英がいた。いや、同じ家に住んでるんだからそりゃ顔合わせることもある。だが、タイミングが悪かった、むしろ最悪だった。

 友希英は風呂上がりだったんだろう、濡れた体で手にタオル一枚持っただけの姿……予想外のことに俺の時間は一瞬止まる。そして現実逃避的に、どうでも良いことが脳をグルグルと回りだす。ああ、髪ほどいた姿って珍しいな。いっつも寝るとき以外結んでるし。濡れ髪って何でこんなに色っぽいんだろ。俺と同じでかなり痩せ型だけど、こうしてみると案外にスタイルいいなぁ、太ももとか肉感的だし、胸もけっこう……。

 直後、顎に拳が叩き込まれた衝撃で現実に引き戻された。顎は急所なので軽い打撃でも脳が揺れる、平衡感覚をなくして腰をついた俺を見下ろす友希英。目元にうっすらと雫を光らせ、怒りの形相だ。

「いや、これはそのね、ハハ……わざとではなく、まさかこんな時間に風呂に入ってるとは」

「いいからさっさと閉めて!」

 再び顎に衝撃が。今度は踵で叩き潰される。突き飛ばされた俺の後頭部が廊下に打ち当たると同時に、脱衣所のドアがピシャッと乱暴に閉められた。何だよ、何だよ、何も泣いたり怒ったりすることないだろ。そりゃ、俺の不注意もあったかもしれんけど、そもそもいくら明るくなってきてるからって、電気もつけずにいたらわかるわけないじゃないか……。

 顎がジンジンする。本気で蹴ったな、あの娘……。いや、体よりも心の方が痛かった。これはヤバい、絶対嫌われた……いや、もう少し楽観的に考えてみよう。

 俺にとってこの事態は予想外だった、だから慌てた。ということはだ、彼女にとっても同じだったのではないだろうか?  そうだ、そうに違いない。きっと友希英は気が動転していたんだ、だからついあんなことを。あの娘も今、後悔してるよ。後でこっそり俺の部屋に来て一言「お兄ちゃん、ごめん」って……。

 そんな淡い希望は、次の瞬間目の前に現れた友希英の顔に一瞬で打ち砕かれた。廊下で蹴り倒されたままの俺を見下ろす顔は、軽蔑や怒りしか内包されていない。


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「は、早かったな、着替えるの」

「どいて、邪魔」

「いや、ほんとに悪気はなかったんだって。だから機嫌直してよ、ね?」

「じゃ、まっ!」

 怒鳴るように言う友希英の気迫に圧され、廊下の角に体を小さく折り畳む。彼女はこちらを見ようともせず、二階に上っていった。まいったな、ハハハ……俺は前髪をかき揚げ、今の自分がなんとも馬鹿らしくなって、ただ笑った。しかしまあ、いつまでもうなだれていても仕方がない。とりあえず当初の目的通り風呂に入ることにしよう。湯船のお湯はさっきまで友希英が入っていただけあって、熱すぎずぬるすぎず丁度良い温度。

 風呂は良い。徹夜、脳への衝撃、そして精神的ショック……ボロボロの俺を包み込んでくれる湯船は、まるで揺り篭のようだ。

 入浴剤を含んだ暖かい溶液は、全ての疲労を癒してくれる。昔から風呂が好きで、一時間くらい入ってて母親に怒られたものだ。大阪に行ってからは家賃の都合でシャワーのみのアパートに住んでるが、やっぱり浸かると気持が良い。

「迅君、帰ったの?」

 風呂場のすりガラス越しに母親の声がした。腕時計(防水のGショック)を見ると時刻は六時半。もうこんな時間か。時が流れるのは早いものだ……。さっきのことも時間が解決してくれるといいのだが。でも友希英は根に持つタイプだからな……。

「うん、さっき帰ったとこ」

「遅かったね、ご飯は?」

「ああ、用意しといて」

 俺の返事を受け、母親が出ていく音が聞こえる。とはいったものの、やはり眠い。このまま寝てしまわないように気を付けなければ。入浴中に居眠りをしてそのまま溺死したという事故は実際多いらしい。一歩間違えば都市伝説の「人間シチュー」みたいなことになってしまう。そうならないうちに、俺は湯船から上がった。

 ざっと体と髪を洗い、脱衣所に出る。タオルでさっと体を拭き、部屋着にしているトレーニングウェアを身にまとった。

 濡れ髪に適当にドライアーをかけ、居間へ向かう。完全に乾ききっていないが、まあ問題ない。湿った前髪を搔き揚げ、乱れたオールバックのようなヘアスタイルにする。ここ二ヶ月ほど散髪にいってないので、かなり髪が鬱陶しいことになってきている。とはいっても、散髪代もただじゃないんだよな、貧乏学生は辛い。

 居間では、母親が座卓の前に座り、テレビを見ながらコーヒーを啜っていた。片手で『日本タブー史』という文庫本を広げている。

「迅君、はい」

 指差した先には、ランチマット上に並べられた食事が。ご飯に焼き魚、味噌汁という純和食。俺は昔からずっと細身だが、おそらくこの食生活のせいだろう。

「いただきます」

 味噌汁に口をつける。美味い。食事のときはまず一口、味噌汁を啜ると食欲が刺激されると聞く。だからというわけではないが味噌汁は俺の好きな汁物メニューである。

「続いてのニュースです。T県S市の松尾内団地付近で、男性が死亡しているのが発見されました。男性は柴田晃さん、三十九歳。死因は窒息死……」

 ブラウン管の中のアナウンサーは、朝から辛気臭い報道をしている。警察では事件と自殺両面から捜査しているとのこと。


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「そういや、親父も自殺の死体見つけたことあるよね」

「うん、ランニングしてるときね」

「どの辺だっけ?」

「あそこよ、農道沿いの」

 思い出した。駅の向こうは畑で、線路沿いに農道が走っている。その先にある交差点のところで、車にホースで排気ガスを流しているのを発見したと言っていた。親父が見つけたときにはもう手遅れみたいだったが。

「でもよくわかったな。車の中で自殺してるとかわからんよ、俺なら」

「様子が変だったらしいからね。ま、あたしだったら変だと思っても絶対近づかんけどさ」

 しれっと言ってコーヒーカップに口をつける母。愛飲はマンデリンのストレート。前に一口飲ましてもらったことがあるが、恐ろしく苦い。ブラックが飲めないうちはまだまだお子様よとバカにされたが、ブラックとかそういう問題ではなくマンデリンは俺には苦すぎる。

「まあたしかに自殺死体とか見つけると気分悪そうだからなぁ」

「お父さんもあの晩は眠れなかったらしいよ。あとあの人、子供のころ海で水死体も見つけたことあるって」

 うちの親父は死体に縁があるらしい……今回の窒息死体も親父が見つけててもおかしくなかったな。

日本では年間三万人自殺者が出ているらしい。最近、数値の上では景気が回復しているらしいが、それは企業が働き盛りの人間をリストラした結果だそうだ。そのせいで自殺した人間は二十万人以上。二十万といえば小さな都市と同じくらいの人口だ。つまり日本は都市一つを大量虐殺(ジェノサイド)で消して、それによって景気を建て直しているのと同じだ……と、うちの講師が言っていた。

 何にしても、そういうのの余波が田舎のS市にもやってきたらしい。いやはや、うちの親父は公務員でほんとに良かった。

「続いてのニュースです。T県S市在住の高校二年生、鈴木次郎君が三日ほど前から行方不明になっております。同市内での行方不明者は今年になって百二十八人、今月だけで十四人も出ており、警察では何かしらの組織犯罪や、大規模な拉致が行われているのではないかという疑いを持ち、全力で捜査に臨んでいます……」

 死体の次は行方不明か……なんというか、色々と気が滅入るようなニュースばっかりだな。しかし百二十八人っていうと、えらい数だ。北朝鮮か新興宗教が拉致でもしてるんじゃないだろうか。

「あんたも気をつけなさいよ」

 母親がこちらを見て言う。そう、これはまぎれもなくS市で起きている事件なのだ。しかし、テレビ画面の向こうで語られる事柄はどうも実感がなく、まるで違う世界の出来事のように聞こえる。

「大丈夫だろ、たぶん」

「あんた変なことして目立つからさ。刀持ってブラブラしたりさ」

 ……そりゃ、撮影の為に刀や銃をそこらで振り回したり、妖怪の着ぐるみで駆けずり回ってる俺たちはたしかに目立つだろうけど。何も連中もそんな変な奴さらいたくないだろうに。

「あのな、毎回刀持ち歩いてるわけじゃないんだけど……それに刀持ってるときはかえって安心だって。ズバッと一発ね」

「どっちかっていうと、拉致より殺人事件の方が怖いわ。あんたが犯人になりそうで」

 母上、あなた今さらりと酷いこといいましたね……。

「それに変な工作員とかが相手だったら、あんたの剣道なんか何の役にも立たんわ」

「そりゃそうだ」

 母親も高校の頃は剣道部で剣道二段。俺と違ってかなり本気でやっていたらしい。年齢的にはいいおばさんだが、棒持って戦ったら俺より強いんじゃないだろうか?  ちなみに父親は航空自衛隊だ。剣道家の母に自衛官の父。俺たち兄妹が武道に興味があったり、血の気が多いのは明らかに親の影響だろう。


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「あ……」

 武道云々で友希英のことを思い出す。顎に少林寺の蹴りの感触が蘇ってきた。俺は剣道や空手で、ごつい男の有段者に殴り倒されたことは何度もあるが、そのどれよりもあの蹴りは痛かった気がする。色んな意味で……。

「どうしたん? 何か急に沈んで。同窓会で何かあったの?」

「いや、同窓会では何もなかったけど……」

 その後にね……さすがに、妹の裸を見て蹴られたというのを母親に言うのは憚られた。

「どうだった?  竜太君とか来てた?」

「うん、来てたよ。全然変わってなかった」

「ああそう。懐かしいなぁ、あんたと赤夏君はちっちゃかったのに竜太君だけおっきくてさ。倍くらいあったよ、ほんと」

 いつの話だよ、それ……たぶん、小学校入学前から小一にかけてくらいかな。赤夏や竜太と知り合ったのはそれぐらいの時期だったから。

「あんたは特にちっちゃくて、ぽーっとしてたからさ。女の子に着替えさせて貰ったりしてたんだよ」

「はぁ、そうだっけ?」

「うん。何かもう、ままごととか着せかえ人形みたいにさぁ」

 話が同窓会から変な方向にずれている……しかも全然思い出せない。でも、考えてみるとさもありなんだが。今でも瑠璃に何かと世話して貰ってるし。母性本能をくすぐるタイプらしい。

 かといってモテるわけではなく、女の子からするとかまうのは楽しいけど本命は、もっと別のイケメンとかスポーツマンとかみたいな……ちょっと悲しい。

 そういえば幼稚園の頃、しょっちゅう遊んだ女の子がいた気がするが、誰だっただろう?  同じ幼稚園じゃなかったのは覚えている。いつも近所の広場に彼女に会いに行った。二人でブランコに乗ったり、地面に絵を描いたり、「ずいずいずっころばし」や「あぶくたった」をして遊んだ。二人でやるような遊びじゃないはずだが、二人しかいなかったんだからしょうがない。あぶくたった煮え立った、煮えたかどうだか食べてみよう、むしゃむしゃむしゃ……そんな断片的な記憶はあるのだが、顔や名前がまったく思い出せない。

何故か知らないが、そんなふと記憶の底から浮かび上がってきた小さな事柄が、無性にひっかかった。

「そういや、幼稚園のときよく遊んだ女の子いたじゃん。あの娘、誰だっけ?」

 突然の問いに、母親も首をかしげる。

「えー、そんな娘いたっけ?」

「ああ、わかんないならいいや」

 考えてみれば、俺が一人で外に行ったときの遊び相手なんて母親が把握してるはずないか。その後、同じ学校に通ったとかならともかく、小学校に上がってからその娘に会った記憶はない。違う学校区域に住んでる娘だったか、進学前に引っ越してしまったか、まあそんなとこだろう。

「しかしまあ、この辺りも物騒になったもんだな。俺はこんな片田舎は事件と無縁だと思ってたのに」

「何言ってんの、この辺はけっこう色々あったよぉ」

「そうなん?」

「けっこう前にさ、ヤクザと漁師が斬り合ったりさ」

「マジ?」

「うん。去年くらいだったかな。あのマグロ捌く刀みたいな包丁でヤクザ斬り殺したってやつ」

 初耳だ……去年というと俺はもう大阪にいたから情報が入ってこなかったのだろう。まあ、たしかに漁師とか田舎の人間は血の気が多いからそういう事件があってもおかしくはない。


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「そうそう、中学生がおばさんをナイフで刺したってのがあったでしょ。二中で」

「ああ、あったな。俺が中学入る前だったからあんま実感なかったけど、先生が色々話して気がする」

「あたしは、あんたも友希英ちゃんも小学生だったら気にしてなかったけど、中学の親とか大変だったらしいよ」

「まあ、そうだろなぁ」

「あとさ、あんたが四歳くらいのときかな。兄屋町の方で夫婦が殺されたってのもあったし」

「そうなん? 全然、知らんかった」

「あんたまだ、ちっちゃかったからね。正直、あたしもあんまり知らないし。でも何か首切ったりしてかなり、悲惨な事件だったらしいよ」

 ……俺が思っているほど、この田舎町は平和ではなかったらしい。

 大阪は犯罪率が高いと聞いていたが、実際住んでみるとまったくそんな感じはしない。それでもテレビでは大阪の殺人や、強盗事件を毎日のように報道している。結局のところ自分が遭遇しないと実感というのはわかないのかもしれない。たぶん、東京の人間も、ニューヨークの人間もそうだろう。犯罪率が高いといっても、大半の人は気にせず普通に生活している。

 だが、とても運が悪い人だったりすると、ある日突然そういう犯罪に巻き込まれて死んだりもする。

それはこの小さなS市も例外ではなかったようだ。今までは運良く関わらなかっただけで。できればこれからも平和に生きて行きたいものだが。

「そういえば友希英ちゃんのことなんだけどさ」

「ああ、さっき風呂場にいたよ。朝早いな、あの娘」

 深い溜め息をつく母。

「そうじゃないの。寝てないのよ、友希英ちゃん。朝までずっとここで絵を描いててさ」

 ああ、なるほど。だからあんな時間に風呂入ってたわけね。

「でもまあ、徹夜くらい珍しくないんじゃね?  若いんだし」

「うん、そりゃあたしだって学生の頃はラジオの深夜番組聞きながら勉強したりしてたよ。でもあの娘の場合、朝まで漫画描いて昼過ぎか、酷いときは夕方に起きてくるのよ。完全に昼夜逆転。一年くらい前からずっとそう」

 ……もう一年もか。

 俺が高校三年の頃、もう授業も終わり後は卒業を待つだけになった時期のことだった。友希英は体調が悪いと言って学校を休んだ。それだけなら、べつにどうということもないことだ。だが、次の日もまた友希英は休んだ。その次の日も、また次の日も……さすがに痺を切らし、いい加減にしろと怒鳴った母親と何やら言い返してる友希英の口論は記憶に残っている。結局、いくら周りに言われても本人に行く気がなければ、どうにもならず、彼女はそのまま登校拒否になった。

 はっきりとした理由はわからない。だがなんとなくの察しはつく。元来、口数が少なく、社交性に乏しい友希英にとって、学校というのはひどく辛い場所だったのだろう。特に中学生くらいの女子だとグループから外れてると露骨にハブられたりするし。友希英は可愛いからやっかみもあったかもしれない。人間というのは酷く醜い生き物だから……。

「あの娘、将来どうするかとか考えてるのかな……」

「一応、漫画家目指してるみたいだけど」

「そう簡単になれたら良いんだけどね……」

 母の言うことは常に現実的だ。そう、漫画家とかいうのはただでさえ狭い門、友希英は絵の才能はあると思うけどそれでもどこまで通用するか……仮にデビューできたとしても、そこから二作目三作目とコンスタントに連載しないととてもじゃないが、職業としてはやっていけない。そして、そこまでいけるのは、デビューした人間の中でもほんの一握りだ。



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