目次
序章  「日曜日の朝」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」
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第二章「精霊と青年」
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第三章「決戦、妖怪都市」
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第四章「夏の想い出」
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第五章「堕天使の囁き」
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第六章「世界ノ終ワリ……」
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最終章「永久に醒めぬ夢」
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 そんなことはおかまいなしか、そもそも気付いてすらいないのか、ずかずかと部屋に上がり込んできて高橋の隣に座り込む(その際、高橋の隣りに座っていたやつは山淵の巨体に輪から押し出されてしまった)。

 薄ら寒いものを感じ、両手に鳥肌が立つ。

「おいおい、ちょっと酔ってるよ、磯良」

「ごめんなさぁい。亀雄くぅん」

 何が、ごめんなさぁいだ、何が亀雄くぅんだ、気色悪い。ていうか何でこいつ、こんなに高橋と親しげなんだ? 俺の知る限り二人が特別仲が良かったというのはなかったはずだが……。

「ほらダーリンも一杯やってさ、グーって」

「ハハハ、まいったなぁ」

 ダーリン? 今、ダーリンって言いませんでした? ダーリンという言葉を使う事態が、まずかなり恥ずかしいんだが、この際それはさして重要ではない。問題は……。

「も、もしかしてお二人さん……」

「うん、俺たち今付き合ってるんだ」

 山淵のボンレスハムのような腕が高橋の体に巻きつく。

「もう、ラヴラヴなのよぉん♪」

 へぇ、付き合ってるのか、そりゃ良かったね、祝福してあげなきゃ……。

 皆、どん引きを通り越して、苦笑いを浮かべてる。もちろん、俺も。こんなとき、どういう顔したらいいのかわからない……笑えばいいんだよな、ハハハ……。

「いやぁ、これはめでたいですな。二人ともお幸せに、なあ鵲?」

 俺に振るなよ、赤夏! しかもその褒め殺し(?)は明らかに空回りしてるし……いや、お前のことは責めまい。付き合っていると言われて何もいわず無視するのは躊躇われる。かといって本心など口が裂けても言えない。結局のところ、心にもない祝福を口にするしかないのだ。赤夏、皆が躊躇い、沈黙をよぎなくされていたところを打破したお前は勇者だ。まあ、当のバカップル二人だけは、周囲の空気も読めずにイチャイチャブスブスしてるが……。

「そ、そうだな赤夏。なあ、二人はどういう経緯で付き合ったんだ?」

「どういう経緯ってもね、卒業後も同じ学校だったから」

「ああ、そうだっけ……なんていうか、その、付き合った決め手というか……どこに惚れて付き合ったわけ?」

 高橋の目がこちらを見据える。やばい、怒らせたか? 無表情で真意が読めないが、今のは言葉がまずかったか。「山淵のどこがいいわけ?」と受け取られた恐れがある(いや、実際そう思ってるわけだが)。

 俺の心配とは裏腹に、高橋は口元をニッと引き上げて笑う。

「そんなの、全部に決まってんじゃん」

 な、なんだってぇっ! いや、台詞はかっこ良いよ、自分の彼女に対してそういうこと言えるのは。でも、でも、相手はこれですよ。どう考えても外見はアウトでしょ、もちろん性格がよくて惚れることはあるかもしれないけど、それなら全部とは言わないはずだし……いや、そういえば彼は中学の頃から、こうだったかも。他の剣道部員はほとんど真尋さんファンだったのに、一人だけ冴えない太ったニキビ顔の女子部員を美人だって言ってた。好きだというのならわかる、人を好きになる上で容姿は一要因でしかない。でも美人だって……そういうののマニアなんだろう、きっと彼は。だとしたら山淵はこの上ない、好素材。惚れこんでも不思議はないな……って納得しちまったよ、俺。人の好みというのはほんと様々だな。

 そもそも山淵磯良という名前もきつい。いや、イソラっていう響きは奇麗だと思うよ。でもこれって雨月物語に出てきた生き霊の名前じゃないか。醜い女の嫉妬の化け物の。


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 ご丁寧に漢字まで一緒で。聞くところによると「磯良」という名は醜いものの象徴らしい。なんというか、名は体を表すというか、親も娘の将来を見越して名前をつけたんだろうかとか、そんな気さえしてくる……。

 いや、わかってますよ。人の恋路にとやかく言うもんじゃないってことくらい。たとえ俺から見てどんなに醜くても、本人たちが好きあってるならいいじゃないか。そもそも人間を外見で判断するなんて最低だ。

わかってるってそんなことは。でもね、でもですよ……。

「今日の君はいつにも増して綺麗だよ、磯良」

「やだもぉ。ちょっとあんたたち、あたしに惚れちゃだめだからねん。あ・た・し・は、ダーリンのものなんだからぁん」

 俺のこの世で一番嫌いなものはバカップルと勘違い人間なんです、ああ、神よ、この憤怒の心をお許しください……そして教えてください、はたしてこれは罪なんでしょうか?  この気持ちは罪悪ですか?

「どうしたの、皆、口数少ないわよぉ?」

「磯良、皆は俺たちに嫉妬してるんだよ」

「あ、なるほどねぇ。もう皆ったら、男のジェラシーは見苦しいわよん。ま、あたしたちの熱々振り見せちゃったらしょうがないか。ごめんね」

 おお、神様、やっぱりこのバカップルを許すことができません、ごめんなさい。でも、これだけは誓います、彼女たちに対する業火の原因は断じて嫉妬などではありませぬと……。

 六畳一間では、山淵の甲高い笑い声が、いつまでも鳴り響いていた。


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 明け方、灰色の空を見上げる。遠く東に行くに連れて薄青色に変化しているグラデーション、やっぱ夏は日が昇るのも早い。

アスファルトに降り立ったはいいが、足取りがおぼつかない。まいったな、家まで十メートルもないから問題はないが、少し調子に乗りすぎたらしい。

「じゃあ、また明日。事故んなよ、赤夏」

「うう、たぶん大丈夫」

 開いてるのか、閉じてるのかわからない目を擦りながら返事をする赤夏。本当に大丈夫なのだろうか? まあここまで帰ってこれたのだから心配ないとは思うが、居眠り運転というのは飲酒運転と並んで事故率が高いからな。

 同窓会は二十二時にはとりあえず終了して解散した。あとは各自、好きなメンバーと連れだってカラオケ行ったり、別の飲み屋で二次会したりという形に。俺たちは松田竜太、高橋亀雄と共にカラオケに行って歌いまくり(そのとき山淵が高橋について来ようとして焦ったが、他の女子グループの所にいくことになった。あんなのでも友達はいるらしい……)。最初は普通に流行りの歌とかだったのだが、途中からアニソンやら特撮ソングが増え始めて、後半は最早、カオスな有様だった。

 まあ、とにかく色んな意味で調子に乗りすぎたわけだ。さすがにこの時間だと、玄関は閉まってるので、牛乳配達の受取りボックスにある合鍵でドアを開ける。鍵についてる豚のキーホルダーを見て山淵の顔を思い出した。まったく、あいつが部屋に入ってきてから俺はずっと、寒気を感じてるのに全身汗が噴き出すという異常な状態おかれていた。まだ服がベタベタして気持が悪い。あの生き物は人間の体内のメカニズムまで狂わせてしまうらしい……眠たいがとりあえず風呂だけは入っておこう。短い廊下の奥、脱衣所の引き戸を開ける。

「あ……」

 そこには友希英がいた。いや、同じ家に住んでるんだからそりゃ顔合わせることもある。だが、タイミングが悪かった、むしろ最悪だった。

 友希英は風呂上がりだったんだろう、濡れた体で手にタオル一枚持っただけの姿……予想外のことに俺の時間は一瞬止まる。そして現実逃避的に、どうでも良いことが脳をグルグルと回りだす。ああ、髪ほどいた姿って珍しいな。いっつも寝るとき以外結んでるし。濡れ髪って何でこんなに色っぽいんだろ。俺と同じでかなり痩せ型だけど、こうしてみると案外にスタイルいいなぁ、太ももとか肉感的だし、胸もけっこう……。

 直後、顎に拳が叩き込まれた衝撃で現実に引き戻された。顎は急所なので軽い打撃でも脳が揺れる、平衡感覚をなくして腰をついた俺を見下ろす友希英。目元にうっすらと雫を光らせ、怒りの形相だ。

「いや、これはそのね、ハハ……わざとではなく、まさかこんな時間に風呂に入ってるとは」

「いいからさっさと閉めて!」

 再び顎に衝撃が。今度は踵で叩き潰される。突き飛ばされた俺の後頭部が廊下に打ち当たると同時に、脱衣所のドアがピシャッと乱暴に閉められた。何だよ、何だよ、何も泣いたり怒ったりすることないだろ。そりゃ、俺の不注意もあったかもしれんけど、そもそもいくら明るくなってきてるからって、電気もつけずにいたらわかるわけないじゃないか……。

 顎がジンジンする。本気で蹴ったな、あの娘……。いや、体よりも心の方が痛かった。これはヤバい、絶対嫌われた……いや、もう少し楽観的に考えてみよう。

 俺にとってこの事態は予想外だった、だから慌てた。ということはだ、彼女にとっても同じだったのではないだろうか?  そうだ、そうに違いない。きっと友希英は気が動転していたんだ、だからついあんなことを。あの娘も今、後悔してるよ。後でこっそり俺の部屋に来て一言「お兄ちゃん、ごめん」って……。

 そんな淡い希望は、次の瞬間目の前に現れた友希英の顔に一瞬で打ち砕かれた。廊下で蹴り倒されたままの俺を見下ろす顔は、軽蔑や怒りしか内包されていない。


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「は、早かったな、着替えるの」

「どいて、邪魔」

「いや、ほんとに悪気はなかったんだって。だから機嫌直してよ、ね?」

「じゃ、まっ!」

 怒鳴るように言う友希英の気迫に圧され、廊下の角に体を小さく折り畳む。彼女はこちらを見ようともせず、二階に上っていった。まいったな、ハハハ……俺は前髪をかき揚げ、今の自分がなんとも馬鹿らしくなって、ただ笑った。しかしまあ、いつまでもうなだれていても仕方がない。とりあえず当初の目的通り風呂に入ることにしよう。湯船のお湯はさっきまで友希英が入っていただけあって、熱すぎずぬるすぎず丁度良い温度。

 風呂は良い。徹夜、脳への衝撃、そして精神的ショック……ボロボロの俺を包み込んでくれる湯船は、まるで揺り篭のようだ。

 入浴剤を含んだ暖かい溶液は、全ての疲労を癒してくれる。昔から風呂が好きで、一時間くらい入ってて母親に怒られたものだ。大阪に行ってからは家賃の都合でシャワーのみのアパートに住んでるが、やっぱり浸かると気持が良い。

「迅君、帰ったの?」

 風呂場のすりガラス越しに母親の声がした。腕時計(防水のGショック)を見ると時刻は六時半。もうこんな時間か。時が流れるのは早いものだ……。さっきのことも時間が解決してくれるといいのだが。でも友希英は根に持つタイプだからな……。

「うん、さっき帰ったとこ」

「遅かったね、ご飯は?」

「ああ、用意しといて」

 俺の返事を受け、母親が出ていく音が聞こえる。とはいったものの、やはり眠い。このまま寝てしまわないように気を付けなければ。入浴中に居眠りをしてそのまま溺死したという事故は実際多いらしい。一歩間違えば都市伝説の「人間シチュー」みたいなことになってしまう。そうならないうちに、俺は湯船から上がった。

 ざっと体と髪を洗い、脱衣所に出る。タオルでさっと体を拭き、部屋着にしているトレーニングウェアを身にまとった。

 濡れ髪に適当にドライアーをかけ、居間へ向かう。完全に乾ききっていないが、まあ問題ない。湿った前髪を搔き揚げ、乱れたオールバックのようなヘアスタイルにする。ここ二ヶ月ほど散髪にいってないので、かなり髪が鬱陶しいことになってきている。とはいっても、散髪代もただじゃないんだよな、貧乏学生は辛い。

 居間では、母親が座卓の前に座り、テレビを見ながらコーヒーを啜っていた。片手で『日本タブー史』という文庫本を広げている。

「迅君、はい」

 指差した先には、ランチマット上に並べられた食事が。ご飯に焼き魚、味噌汁という純和食。俺は昔からずっと細身だが、おそらくこの食生活のせいだろう。

「いただきます」

 味噌汁に口をつける。美味い。食事のときはまず一口、味噌汁を啜ると食欲が刺激されると聞く。だからというわけではないが味噌汁は俺の好きな汁物メニューである。

「続いてのニュースです。T県S市の松尾内団地付近で、男性が死亡しているのが発見されました。男性は柴田晃さん、三十九歳。死因は窒息死……」

 ブラウン管の中のアナウンサーは、朝から辛気臭い報道をしている。警察では事件と自殺両面から捜査しているとのこと。


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「そういや、親父も自殺の死体見つけたことあるよね」

「うん、ランニングしてるときね」

「どの辺だっけ?」

「あそこよ、農道沿いの」

 思い出した。駅の向こうは畑で、線路沿いに農道が走っている。その先にある交差点のところで、車にホースで排気ガスを流しているのを発見したと言っていた。親父が見つけたときにはもう手遅れみたいだったが。

「でもよくわかったな。車の中で自殺してるとかわからんよ、俺なら」

「様子が変だったらしいからね。ま、あたしだったら変だと思っても絶対近づかんけどさ」

 しれっと言ってコーヒーカップに口をつける母。愛飲はマンデリンのストレート。前に一口飲ましてもらったことがあるが、恐ろしく苦い。ブラックが飲めないうちはまだまだお子様よとバカにされたが、ブラックとかそういう問題ではなくマンデリンは俺には苦すぎる。

「まあたしかに自殺死体とか見つけると気分悪そうだからなぁ」

「お父さんもあの晩は眠れなかったらしいよ。あとあの人、子供のころ海で水死体も見つけたことあるって」

 うちの親父は死体に縁があるらしい……今回の窒息死体も親父が見つけててもおかしくなかったな。

日本では年間三万人自殺者が出ているらしい。最近、数値の上では景気が回復しているらしいが、それは企業が働き盛りの人間をリストラした結果だそうだ。そのせいで自殺した人間は二十万人以上。二十万といえば小さな都市と同じくらいの人口だ。つまり日本は都市一つを大量虐殺(ジェノサイド)で消して、それによって景気を建て直しているのと同じだ……と、うちの講師が言っていた。

 何にしても、そういうのの余波が田舎のS市にもやってきたらしい。いやはや、うちの親父は公務員でほんとに良かった。

「続いてのニュースです。T県S市在住の高校二年生、鈴木次郎君が三日ほど前から行方不明になっております。同市内での行方不明者は今年になって百二十八人、今月だけで十四人も出ており、警察では何かしらの組織犯罪や、大規模な拉致が行われているのではないかという疑いを持ち、全力で捜査に臨んでいます……」

 死体の次は行方不明か……なんというか、色々と気が滅入るようなニュースばっかりだな。しかし百二十八人っていうと、えらい数だ。北朝鮮か新興宗教が拉致でもしてるんじゃないだろうか。

「あんたも気をつけなさいよ」

 母親がこちらを見て言う。そう、これはまぎれもなくS市で起きている事件なのだ。しかし、テレビ画面の向こうで語られる事柄はどうも実感がなく、まるで違う世界の出来事のように聞こえる。

「大丈夫だろ、たぶん」

「あんた変なことして目立つからさ。刀持ってブラブラしたりさ」

 ……そりゃ、撮影の為に刀や銃をそこらで振り回したり、妖怪の着ぐるみで駆けずり回ってる俺たちはたしかに目立つだろうけど。何も連中もそんな変な奴さらいたくないだろうに。

「あのな、毎回刀持ち歩いてるわけじゃないんだけど……それに刀持ってるときはかえって安心だって。ズバッと一発ね」

「どっちかっていうと、拉致より殺人事件の方が怖いわ。あんたが犯人になりそうで」

 母上、あなた今さらりと酷いこといいましたね……。

「それに変な工作員とかが相手だったら、あんたの剣道なんか何の役にも立たんわ」

「そりゃそうだ」

 母親も高校の頃は剣道部で剣道二段。俺と違ってかなり本気でやっていたらしい。年齢的にはいいおばさんだが、棒持って戦ったら俺より強いんじゃないだろうか?  ちなみに父親は航空自衛隊だ。剣道家の母に自衛官の父。俺たち兄妹が武道に興味があったり、血の気が多いのは明らかに親の影響だろう。



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