目次
序章  「日曜日の朝」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」
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第二章「精霊と青年」
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第三章「決戦、妖怪都市」
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第四章「夏の想い出」
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第五章「堕天使の囁き」
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第六章「世界ノ終ワリ……」
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最終章「永久に醒めぬ夢」
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「ま、適当に待っときましょうや」

 時間はたっぷりある、皆久しぶりに会ったのだから楽しくやっておこう。

 ……それからさらに一時間あまりが経過した。時刻はすでに八時半を回っている。最初は懐かしさや、卒業後の身の上話で盛り上がっていたのだが、さすがにネタも尽きてきて話すこともなくなってきた。そもそもにして、わざわざ小部屋にくるようなメンバーなので、俺を始めとして皆、話下手で盛り上げ役というものが存在しない。

「腹減った……」

誰となく呟く声がする。この言葉は一時間のうちに十回は聞いた。そう、まだ料理がきていないのだ。鉛色の沈黙と気まずさに加え、飢えが俺たちを襲う。

 遅い、あまりにも遅すぎる。まさかまだ参加費でごたついてるってことはあるまい。いったい何をしているんだ、この店は?

「お、あっちは来たみたいだぞ!」

 赤夏の言葉に、一斉に顔を上げる部屋のメンバー。誰一人言葉を発することなく、じっと耳をすます。

 聞こえる、たしかに聞こえる。襖越しに、喜びの声を上げる人々のざわめきが。向こうには料理が運ばれてきたんだ。ということは……。

「すいません、大変長らくお待たせいたしました」

 キターッ、長らくお待たせどころじゃないぜ。会場到着、第一号は豚カツの盛り合わせだ。皿が卓上に置かれた瞬間、飢えた獣と化した十人が一気に飛びかかった。

死肉に群がる烏のように無数の箸が肉を啄む。ものの十秒足らずでで、皿の上は空となった。

まだだ、まだ足りない……! 飢えた俺たちの欲求を満たすべく、次々と運ばれてくる料理の数々。刺身、キムチ鍋、フライドチキン……互いに奪い合い、汁を啜り、肉を喰らう。その姿は人に非ず、餓鬼道に落ちた畜生そのもの。全ては一瞬にして無残に消え去った。

 最後に運ばれてきた若鳥のカツを食い散らかしたところで、メンバーの箸はようやく止まる。さすがに大きな皿数個と鍋を一気食いしたら多少腹もはり、落ち着きを取り戻した。まったく、とんだ同窓会だ……。

「ハロハローッ、元気してるー!?」

 いきなり襖が開け放たれ、甲高い金切り声が耳をつんざく。その場の全員が、凍りついた。俺たちの視線の先には、身長目測百五十センチ程度、そして体重はどんなに少なくみつもっても八十キロはあるであろう、酷くバランスの悪い女が立っていた。

 俺はこいつを強く覚えている。山淵磯良(やまぶちいそら)、同じクラスだった。何せこの強烈なビジュアルは忘れようがない。糸のように細く、その上窪んだ目。鼻はさながら大魔神のような恐ろしい作りで、唇は普通の人の三倍は厚さがある。山淵はその上に毒々しい紫のルージュを引いていた。ニキビの痕に埋め尽くされた土色の肌はまるでひび割れた土偶のよう。

 黒いパンク風の服を身にまとっているが、似合うとか似合わないというレベルではない。腕にはめたトゲが付いたブレスは、本来ならお洒落なのだろうが彼女がはめてると北斗の拳のモヒカンか何かのようだ。中学時代から変わらないお下げの三つ網はぶっとい登山用ロープを頭から吊るしているみたいだ。このビジュアルと年齢にして、このファッション、美醜とかそういう問題を一億光年は通り過ぎている。最早、救い難い。

「あーっ、懐かしい。皆、元気にしてたぁ?」

 やたらハイテンションで、一オクターブ高い声を発する山淵。よくある声優さんの営業ボイスみたいなやつ? 本人はそのつもりなんだろうが、俺には奇声にしか聞こえなかった。高橋だけは例の無表情な笑顔を投げかけているが、他の連中は明らかに引いている。 


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 そんなことはおかまいなしか、そもそも気付いてすらいないのか、ずかずかと部屋に上がり込んできて高橋の隣に座り込む(その際、高橋の隣りに座っていたやつは山淵の巨体に輪から押し出されてしまった)。

 薄ら寒いものを感じ、両手に鳥肌が立つ。

「おいおい、ちょっと酔ってるよ、磯良」

「ごめんなさぁい。亀雄くぅん」

 何が、ごめんなさぁいだ、何が亀雄くぅんだ、気色悪い。ていうか何でこいつ、こんなに高橋と親しげなんだ? 俺の知る限り二人が特別仲が良かったというのはなかったはずだが……。

「ほらダーリンも一杯やってさ、グーって」

「ハハハ、まいったなぁ」

 ダーリン? 今、ダーリンって言いませんでした? ダーリンという言葉を使う事態が、まずかなり恥ずかしいんだが、この際それはさして重要ではない。問題は……。

「も、もしかしてお二人さん……」

「うん、俺たち今付き合ってるんだ」

 山淵のボンレスハムのような腕が高橋の体に巻きつく。

「もう、ラヴラヴなのよぉん♪」

 へぇ、付き合ってるのか、そりゃ良かったね、祝福してあげなきゃ……。

 皆、どん引きを通り越して、苦笑いを浮かべてる。もちろん、俺も。こんなとき、どういう顔したらいいのかわからない……笑えばいいんだよな、ハハハ……。

「いやぁ、これはめでたいですな。二人ともお幸せに、なあ鵲?」

 俺に振るなよ、赤夏! しかもその褒め殺し(?)は明らかに空回りしてるし……いや、お前のことは責めまい。付き合っていると言われて何もいわず無視するのは躊躇われる。かといって本心など口が裂けても言えない。結局のところ、心にもない祝福を口にするしかないのだ。赤夏、皆が躊躇い、沈黙をよぎなくされていたところを打破したお前は勇者だ。まあ、当のバカップル二人だけは、周囲の空気も読めずにイチャイチャブスブスしてるが……。

「そ、そうだな赤夏。なあ、二人はどういう経緯で付き合ったんだ?」

「どういう経緯ってもね、卒業後も同じ学校だったから」

「ああ、そうだっけ……なんていうか、その、付き合った決め手というか……どこに惚れて付き合ったわけ?」

 高橋の目がこちらを見据える。やばい、怒らせたか? 無表情で真意が読めないが、今のは言葉がまずかったか。「山淵のどこがいいわけ?」と受け取られた恐れがある(いや、実際そう思ってるわけだが)。

 俺の心配とは裏腹に、高橋は口元をニッと引き上げて笑う。

「そんなの、全部に決まってんじゃん」

 な、なんだってぇっ! いや、台詞はかっこ良いよ、自分の彼女に対してそういうこと言えるのは。でも、でも、相手はこれですよ。どう考えても外見はアウトでしょ、もちろん性格がよくて惚れることはあるかもしれないけど、それなら全部とは言わないはずだし……いや、そういえば彼は中学の頃から、こうだったかも。他の剣道部員はほとんど真尋さんファンだったのに、一人だけ冴えない太ったニキビ顔の女子部員を美人だって言ってた。好きだというのならわかる、人を好きになる上で容姿は一要因でしかない。でも美人だって……そういうののマニアなんだろう、きっと彼は。だとしたら山淵はこの上ない、好素材。惚れこんでも不思議はないな……って納得しちまったよ、俺。人の好みというのはほんと様々だな。

 そもそも山淵磯良という名前もきつい。いや、イソラっていう響きは奇麗だと思うよ。でもこれって雨月物語に出てきた生き霊の名前じゃないか。醜い女の嫉妬の化け物の。


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 ご丁寧に漢字まで一緒で。聞くところによると「磯良」という名は醜いものの象徴らしい。なんというか、名は体を表すというか、親も娘の将来を見越して名前をつけたんだろうかとか、そんな気さえしてくる……。

 いや、わかってますよ。人の恋路にとやかく言うもんじゃないってことくらい。たとえ俺から見てどんなに醜くても、本人たちが好きあってるならいいじゃないか。そもそも人間を外見で判断するなんて最低だ。

わかってるってそんなことは。でもね、でもですよ……。

「今日の君はいつにも増して綺麗だよ、磯良」

「やだもぉ。ちょっとあんたたち、あたしに惚れちゃだめだからねん。あ・た・し・は、ダーリンのものなんだからぁん」

 俺のこの世で一番嫌いなものはバカップルと勘違い人間なんです、ああ、神よ、この憤怒の心をお許しください……そして教えてください、はたしてこれは罪なんでしょうか?  この気持ちは罪悪ですか?

「どうしたの、皆、口数少ないわよぉ?」

「磯良、皆は俺たちに嫉妬してるんだよ」

「あ、なるほどねぇ。もう皆ったら、男のジェラシーは見苦しいわよん。ま、あたしたちの熱々振り見せちゃったらしょうがないか。ごめんね」

 おお、神様、やっぱりこのバカップルを許すことができません、ごめんなさい。でも、これだけは誓います、彼女たちに対する業火の原因は断じて嫉妬などではありませぬと……。

 六畳一間では、山淵の甲高い笑い声が、いつまでも鳴り響いていた。


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 明け方、灰色の空を見上げる。遠く東に行くに連れて薄青色に変化しているグラデーション、やっぱ夏は日が昇るのも早い。

アスファルトに降り立ったはいいが、足取りがおぼつかない。まいったな、家まで十メートルもないから問題はないが、少し調子に乗りすぎたらしい。

「じゃあ、また明日。事故んなよ、赤夏」

「うう、たぶん大丈夫」

 開いてるのか、閉じてるのかわからない目を擦りながら返事をする赤夏。本当に大丈夫なのだろうか? まあここまで帰ってこれたのだから心配ないとは思うが、居眠り運転というのは飲酒運転と並んで事故率が高いからな。

 同窓会は二十二時にはとりあえず終了して解散した。あとは各自、好きなメンバーと連れだってカラオケ行ったり、別の飲み屋で二次会したりという形に。俺たちは松田竜太、高橋亀雄と共にカラオケに行って歌いまくり(そのとき山淵が高橋について来ようとして焦ったが、他の女子グループの所にいくことになった。あんなのでも友達はいるらしい……)。最初は普通に流行りの歌とかだったのだが、途中からアニソンやら特撮ソングが増え始めて、後半は最早、カオスな有様だった。

 まあ、とにかく色んな意味で調子に乗りすぎたわけだ。さすがにこの時間だと、玄関は閉まってるので、牛乳配達の受取りボックスにある合鍵でドアを開ける。鍵についてる豚のキーホルダーを見て山淵の顔を思い出した。まったく、あいつが部屋に入ってきてから俺はずっと、寒気を感じてるのに全身汗が噴き出すという異常な状態おかれていた。まだ服がベタベタして気持が悪い。あの生き物は人間の体内のメカニズムまで狂わせてしまうらしい……眠たいがとりあえず風呂だけは入っておこう。短い廊下の奥、脱衣所の引き戸を開ける。

「あ……」

 そこには友希英がいた。いや、同じ家に住んでるんだからそりゃ顔合わせることもある。だが、タイミングが悪かった、むしろ最悪だった。

 友希英は風呂上がりだったんだろう、濡れた体で手にタオル一枚持っただけの姿……予想外のことに俺の時間は一瞬止まる。そして現実逃避的に、どうでも良いことが脳をグルグルと回りだす。ああ、髪ほどいた姿って珍しいな。いっつも寝るとき以外結んでるし。濡れ髪って何でこんなに色っぽいんだろ。俺と同じでかなり痩せ型だけど、こうしてみると案外にスタイルいいなぁ、太ももとか肉感的だし、胸もけっこう……。

 直後、顎に拳が叩き込まれた衝撃で現実に引き戻された。顎は急所なので軽い打撃でも脳が揺れる、平衡感覚をなくして腰をついた俺を見下ろす友希英。目元にうっすらと雫を光らせ、怒りの形相だ。

「いや、これはそのね、ハハ……わざとではなく、まさかこんな時間に風呂に入ってるとは」

「いいからさっさと閉めて!」

 再び顎に衝撃が。今度は踵で叩き潰される。突き飛ばされた俺の後頭部が廊下に打ち当たると同時に、脱衣所のドアがピシャッと乱暴に閉められた。何だよ、何だよ、何も泣いたり怒ったりすることないだろ。そりゃ、俺の不注意もあったかもしれんけど、そもそもいくら明るくなってきてるからって、電気もつけずにいたらわかるわけないじゃないか……。

 顎がジンジンする。本気で蹴ったな、あの娘……。いや、体よりも心の方が痛かった。これはヤバい、絶対嫌われた……いや、もう少し楽観的に考えてみよう。

 俺にとってこの事態は予想外だった、だから慌てた。ということはだ、彼女にとっても同じだったのではないだろうか?  そうだ、そうに違いない。きっと友希英は気が動転していたんだ、だからついあんなことを。あの娘も今、後悔してるよ。後でこっそり俺の部屋に来て一言「お兄ちゃん、ごめん」って……。

 そんな淡い希望は、次の瞬間目の前に現れた友希英の顔に一瞬で打ち砕かれた。廊下で蹴り倒されたままの俺を見下ろす顔は、軽蔑や怒りしか内包されていない。


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「は、早かったな、着替えるの」

「どいて、邪魔」

「いや、ほんとに悪気はなかったんだって。だから機嫌直してよ、ね?」

「じゃ、まっ!」

 怒鳴るように言う友希英の気迫に圧され、廊下の角に体を小さく折り畳む。彼女はこちらを見ようともせず、二階に上っていった。まいったな、ハハハ……俺は前髪をかき揚げ、今の自分がなんとも馬鹿らしくなって、ただ笑った。しかしまあ、いつまでもうなだれていても仕方がない。とりあえず当初の目的通り風呂に入ることにしよう。湯船のお湯はさっきまで友希英が入っていただけあって、熱すぎずぬるすぎず丁度良い温度。

 風呂は良い。徹夜、脳への衝撃、そして精神的ショック……ボロボロの俺を包み込んでくれる湯船は、まるで揺り篭のようだ。

 入浴剤を含んだ暖かい溶液は、全ての疲労を癒してくれる。昔から風呂が好きで、一時間くらい入ってて母親に怒られたものだ。大阪に行ってからは家賃の都合でシャワーのみのアパートに住んでるが、やっぱり浸かると気持が良い。

「迅君、帰ったの?」

 風呂場のすりガラス越しに母親の声がした。腕時計(防水のGショック)を見ると時刻は六時半。もうこんな時間か。時が流れるのは早いものだ……。さっきのことも時間が解決してくれるといいのだが。でも友希英は根に持つタイプだからな……。

「うん、さっき帰ったとこ」

「遅かったね、ご飯は?」

「ああ、用意しといて」

 俺の返事を受け、母親が出ていく音が聞こえる。とはいったものの、やはり眠い。このまま寝てしまわないように気を付けなければ。入浴中に居眠りをしてそのまま溺死したという事故は実際多いらしい。一歩間違えば都市伝説の「人間シチュー」みたいなことになってしまう。そうならないうちに、俺は湯船から上がった。

 ざっと体と髪を洗い、脱衣所に出る。タオルでさっと体を拭き、部屋着にしているトレーニングウェアを身にまとった。

 濡れ髪に適当にドライアーをかけ、居間へ向かう。完全に乾ききっていないが、まあ問題ない。湿った前髪を搔き揚げ、乱れたオールバックのようなヘアスタイルにする。ここ二ヶ月ほど散髪にいってないので、かなり髪が鬱陶しいことになってきている。とはいっても、散髪代もただじゃないんだよな、貧乏学生は辛い。

 居間では、母親が座卓の前に座り、テレビを見ながらコーヒーを啜っていた。片手で『日本タブー史』という文庫本を広げている。

「迅君、はい」

 指差した先には、ランチマット上に並べられた食事が。ご飯に焼き魚、味噌汁という純和食。俺は昔からずっと細身だが、おそらくこの食生活のせいだろう。

「いただきます」

 味噌汁に口をつける。美味い。食事のときはまず一口、味噌汁を啜ると食欲が刺激されると聞く。だからというわけではないが味噌汁は俺の好きな汁物メニューである。

「続いてのニュースです。T県S市の松尾内団地付近で、男性が死亡しているのが発見されました。男性は柴田晃さん、三十九歳。死因は窒息死……」

 ブラウン管の中のアナウンサーは、朝から辛気臭い報道をしている。警察では事件と自殺両面から捜査しているとのこと。



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