目次
序章  「日曜日の朝」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」
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第二章「精霊と青年」
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第三章「決戦、妖怪都市」
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第四章「夏の想い出」
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第五章「堕天使の囁き」
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第六章「世界ノ終ワリ……」
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最終章「永久に醒めぬ夢」
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 ……たしかに、くだらないことで少し熱くなりすぎたな、俺ともあろう者が。いちいちハゲ相手にマジになっていてはいけない。

「とりあえず、午後からの予定があるから、一反木綿は置いといて休憩な」

「何だ、午後からもやるのか? 聞いてないから昼から予定入ってるぞ」

 文句を垂れる外原。

「いや、撮影は午前で終わりだから帰っていいぞ。午後からは殺陣の練習だから。教えてもらう先輩が昼からじゃないと来れないっていうからさ」

「なんだよ、面白そうじゃん。言ってくれたら参加したのに」

「ねえねえ、殺陣って何?」

 瑠璃が訊ねる。

「殺陣ってのはあれだ、時代劇とかのチャンバラシーンあるじゃん。ああいう剣を使ったアクションのことだよ。今回の台本もアクションあるから」

「へえ。でもそんなの教えられる人いるんだ」

 厳密には今日、講師として呼ぶ人はアクションとしての殺陣に関しては素人だ。まあ剣が使える人間には違いがないので問題ない。

「とにかく俺は帰るわ」

「ああ、じゃあな。またよろしく」

 外原は軽く手を振り去っていった。こいつも瑠璃と同じくY市在住でわざわざ車でここまで来てくれている。なんだかんだで良い奴だ。お下品なハゲだけど。

「さて、まだ予定時間まで三十分くらいあるし、あそこで休憩しようぜ」

 俺の指差した先、森の中心の小高い丘になっている部分に、屋根とベンチつきの休憩スペースがある。とりあえず三人で荷物を持って、そこに移動した。

木々が影になっているとはいえ、やはり夏の暑さは撮影にはこたえる。到着するなり、ベンチの上にぐだっと寝転がった。

「ああ、ひんやりして気持ちいいな、この椅子……」

「もう、迅君、お行儀悪いよ」

 瑠璃が呆れ顔をしているがそんなことは気にしない。だって暑いんだもの。

「ほら、お弁当作ってきたんだ。皆で食べよ♪」

「お、いつもごちそうになります」

 ベンチの上に弁当箱を広げる瑠璃。さっそく手を伸ばし、おにぎりを頬張る赤夏。

「あれ、迅君、食べないの? 三人分作ってきたんだよー」

「ああ、疲れたから後で良いや……」

こうも暑いと動くのも面倒だ、息をするのも面倒だ……もう少しこうやってごろついていたい。昼飯はその後でもいい。

「もう、早くしないとなくなっちゃうぞぅ。あ、そうだ!  あーん、してあげよっか?」

 また馬鹿なことを、この女は……。

「ああ、いいから。自分で食べるから」

「何でぇ? ほら、あーん」

 箸で唐揚げを俺の顔先まで持ってくる瑠璃。香ばしい肉の香りが鼻をつく。それに、可愛い娘にあーんで食べさせてもらうのって、良いかも……って、何みっともないこと考えてんだ俺は!


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 眼前まで迫った肉を指先で素早く掴み取り、口の中に放り込む。うむむ、外はカリカリ、中はジューシー、まさに美味。

「あー。何? あたしに食べさせてもらうのそんなに嫌だったわけぇ?」

「当たり前だ。うっかり気を許すと喉に箸を刺されそうだぜ」

「ひどーい、そんなことしないよー」

「そのまま刺していいよ」

 赤夏、お前ちょっと調子に乗りすぎだぞ。

 まあ何だかんだで瑠璃は料理は上手い。料理が大好きで高校のときも家政科専攻していたし、今は調理の専門学校に通っている。つまりセミプロの腕前だ。それだけあって今日の弁当もゴージャスそのもの。暑くて動きたくなかったが一度食いだすと、ものの十分で完食してしまった。

「はあ、食った食った」

 一瞬で食ってしまったとはいえ、重箱に三段重ねでかなりの量だ。充分な満足感。さらに野外で食べるというのがまた格別だ。安いコンビニ弁当でさえ、ピクニックで食べるとおいしく感じられる。瑠璃のスペシャルな弁当なら言わずもがな。

「おいしかった?」

「ああ、めちゃくちゃ美味かったよ」

「良かったー、また作ってくるね♪」

 料理もプロ級、演技も上手い。俺は良い友達に巡り合えたものだ。

ん? 赤夏がなんか目を細めた変な顔でこちらを見てるが……なんだこいつ、わけがわからん。

「そういえばさ、殺陣の指導に来る人ってどんな人?」

「ん? ああ。剣道部の先輩だよ。映画の話したら興味持ったみたいでさ。古流剣術とかも齧ってるみたいだから、お願いしたわけ」

「ふーん……迅君って剣道部だったんだ」

 そういえば瑠璃には言ってなかったっけ。俺と赤夏は中学で三年間剣道部に所属していた。入部理由は当時、剣術を題材にした漫画にはまっていたという不純そのものだったが。そんな理由で三年間も続けたんだから立派なものだと思う。

 だから今回も剣のアクション入れようと思ったわけだ。今日持ってきた練習用の木刀の他に、家には模造刀もある。

「ついでに俺は高校三年間、空手の道場にも通ってた」

「い、意外と体育会系なんだ……」

 ちなみに空手道場に通ったのも、アクション映画の影響だったりする。ま、それで色々身についてるんだから結果オーライってことで。ほんと、俺たちの行動はその場のノリが基本だ。

「で、今日呼ぶ先輩がすげえ厳しかったんだよな」

「ああ、あの人が来た日は地獄だった……」

 そう、先輩といっても卒業生なので毎日来るわけではなかったが、たまに来た日の稽古は熾烈を極めた……。

「そ、そんなに怖い人だったんだ……」

「いや、怖い人ってわけじゃないんだけどな」

「うちのキャプテンでも最後まで相手つとまらなかったし」

 俺と赤夏の脳裏に中学時代の日々が蘇る。暑い夏の武道場、汗臭い防具、竹刀の音……あまり真面目な部員でなかった俺たちは部活をサボることも多々あったが、それでもその先輩の来る日だけはちゃんと顔を出していた。

「何もそんな厳しい先輩呼ばなくても……あたし何か怖いよぉ」


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「たしかに厳しい人だったけどな。でも、あの人……」

 突如、ズボンのポケットの中に振動が走る。バイブモードの携帯を引っ張り出すと、外側ディスプレイにはメールの着信を示すマークが。

「あ、先輩、今着いたって。駐車場にいるらしいから迎えに行くぞ」

「う、うん……」

 気の無い返事をする瑠璃。やれやれ、ちょっと誤解を与えてしまったようだ。まあ、実際会えば解消されるだろう、たぶん。

 森を抜け、駐車場までいくと、先輩の車は一発で分かった。この子供か家族連れしか来ないようなところには明らかに不釣り合いなスポーツカー。あちらもフロントガラス越しに俺たちの存在に気付いたらしく純白の車体を開き、颯爽と地に降り立つ。

「女の人……?」

 瑠璃は少し驚いたようだ。俺たちの言葉から、ごつい体育会系の男を想像していたのだろう。しかし、目の前に立っているのはどちらかというとインテリ系。黒フレームの眼鏡の奥に、知的な眼差しを光らせ、不適な笑みを浮かべている。

 その冷笑は美しく、剣道部では剣(つるぎ)の女王様の異名を持っていた。その名に恥じることなく、猫のようにしなやかな肉体から繰り出される攻撃は鋭く、竹刀での打撃ではなくスパッと刃で斬られたような感覚に陥る。俺たちの知る先輩はいつも剣道着に身を包んでいたが、今日はスーツ姿だ。タイトなスカートからすらりと伸びる美脚が目に眩しい。

「迅君、何か顔が緩んでるよ……」

 いかん、いかん。久しぶりに会う女王様についつい見入ってしまった。何か知らんが、瑠璃が不機嫌だ。

「フフ、久しぶりね」

「え、ええ。久しぶ……りっ!」

 うおっ、何だ!? いきなり背後から襟首をつかまれ、目の前の空間が回転する。

「お久しぶりです、いやぁ、相変わらず綺麗ですね!」

「ありがと、赤夏君」

 せぇーっーかぁー、貴様という男は……この俺を地に這わせるとはいい度胸してるじゃねえか、コラ。

「ごめんなさいね、さっきまで仕事だったからこんな格好で」

「いえいえ、スーツ姿も素敵です……ふごっ!」

 俺の足の甲が後頭部に突き刺さり、さっきと逆にアスファルトに沈む赤夏。お返しだ。

「まったく、この馬鹿はデレデレして。すいません、忙しいのにわざわざ来てもらって」

「良いのよ、私もあなたたちに会いたかったし。相変わらず仲良いのね、フフ……こちらの方は?」

 瑠璃の方に視線をやり、訪ねる先輩。

「ああ、こいつは……」

「鈴木瑠璃です、よろしくお願いします」

 ずんと前にでて自己紹介する瑠璃。言葉は丁寧だけど、なんか口調に険があるように聞こえるのは気のせいか……?

「はじめまして、鈴木さん。私は御手洗真尋(みたらいまひろ)、迅君と赤夏君の剣道部のOGよ」

「こいつ、こんなんだけど、うちの主演女優で……」

「鵲の恋人なんすよー」

 起き上がりながら悪意いっぱいの顔で言う赤夏。

「違う! 全然、違う! そんなのありえませんから!」


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 おいコラ、赤夏、何てこと言うんだ! 変な誤解を招くことを言うな。どこをどう解釈したら俺と瑠璃が恋人ってことになるんだ! わかったぞ、これは陰謀だな。お前、先輩に気があるんだな、だから俺を彼女持ちってことにしてこっちになびかないようにしたんだな、姑息な男めっ!

 幸い真尋さんは、俺たちのノリがわかってるので本気にはしていないようだ。まったく、どうしようもない奴だ、こいつは……。

「大丈夫、冗談なのはわかってるから。でもね、迅君」

「は、はい?」

「君はもうちょっと女心がわかるようになった方がいいかな」

 そう言って瑠璃の方に視線を向ける真尋さん。瑠璃は赤夏の隣で不機嫌そうにこちらを睨んでいる。

 何か気に入らないのは見て取れるがそれが何なのかわからない。睨んでいるのは俺か、真尋さんか、いやたぶん両方だ。さっきから変だな、こいつ……たしかに女の考えることは俺にはわからん。

「さて、殺陣を教えて欲しいって言ってたけど、私、殺陣はわからないわ」

「いえ、普通に剣術の形を教えてくれたらいいですよ。それに剣道の方も、ここしばらく竹刀握ってないんでかなり腕落ちてると思うんで」

「そう、それは鍛え甲斐がありそうね。さ、行きましょ」

 出た、真尋さん必殺の氷の微笑。正直、この人に見られるとかなりドキドキする……ええ、でもそれは嫌な感じのドキドキじゃなく、なんかこう、心地良いゾクゾク感。ちょっと危ない? でもね、俺だけじゃなくて赤夏だって、他の部員だって、それは同じだったんだよ。真尋さんが来たときは皆、いつにも増して一生懸命やってたわけ。そう、倒れるくらいに。

 そういう不思議な魅力が彼女にはある。その何だかわからないオーラのようなものが、女王様と呼ばれる所以だ。

「ねえ迅君」

「何だ、瑠璃?」

 悪いが俺は今、準備運動の途中なのだ。木刀を振っているのがわからんかね? 用事ならあっちで暇そうにしている赤夏の方に……って赤夏、何、真尋さんと話してるんだよ、二人で、しかも離れたところで! おのれ、抜け駆けは許さん!

「さっきの先輩のこと好きだったでしょ?」

「フゲッ!」

 素振りに失敗し、振り上げた木刀の柄が額にぶち当たる。

 な、何を言うんだこの娘は……いや、そりゃ、真尋さんのことは綺麗だと思うぞ、美しいと思うぞ。素敵な方だとは思うぞ、だがそれは単なる憧れであってですね……。

「そ、そりゃ嫌いならわざわざ呼んだりしないさ」

「ふーん、じゃあ好きなんだ?」

「す、好きっていっても色々あるだろう。それなら、お前のことだって好きだよ、友達なんだからな」

「……あっそ」

 あのだね、恋愛というのはそもそも釣り合いの取れたもの同士においてのみ発生するもので、高嶺の花を眺めて綺麗だっていうのを好きとは言わないだろう。それに、高嶺の花は遠巻きに見るからこそ美しい、近くで見ると思わぬ棘があることもあるというし。特に真尋さんみたいなタイプはかなり棘が強そうだ……。

「さて、じゃあ基本からいこうか。木刀持って並んで」

 木刀を構える俺と赤夏。瑠璃も渋々従う。

 刀の柄を左手が一番下、右手が上で鍔に手が触れない程度の位置で握る。力の配分は左手がメインで、右手は添えるだけという程度。背筋を伸ばし、足を肩幅に開き、右足が前、左足が後。軽く膝を曲げて、後のかかとを上げる。これが剣道の基本構え。


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 初心者である瑠璃に丁寧に教えつつ、俺たちの構えもチェックする真尋さん。

「ほら赤夏君、背中が曲がってる。迅君は剣の切っ先が左にずれてるわよ、ちゃんと正中線を維持して」

 久しぶりだとやっぱり基本を忘れてるな。注意されて修正しつつ、体の記憶を思い出す。部活で毎日のようにやっていたのだから一度要領を思い出すと後は簡単なはずだ。

 真尋さんは瑠璃のところで何か話している。素人の瑠璃に手取足とりで教えているようだが、それとは別に何か囁きかけているようにも。残念ながら、内容まではよく聞き取れないが……。

「基本構えは大体できたわね。じゃあ次は別の構え。剣道の場合、構えは五種類だったけど、剣術には十三種あるから。それをまず教えてあげる」

 十三種類……この数を聞いただけでちょっと頭がフラついてきた。剣道の構え五種というのは、さきほどの中段。

振り上げた形の上段。剣先を下げた下段。顔の横に刀を立てる八層。剣先を後ろに向ける脇構え。これですら試合で使うのはせいぜい中段と上段程度で、他はまったく馴染みがないというのに、さらに八種類もプラスされるとは……。

「じゃあ一つずつ順番に教えていくわね。まず、上段から……」

 それから三時間ほどみっちり稽古をつけられた。夏の日差しは何もしていなくても、体力を消耗する。一見、剣の構えというのはただ立ってるように見えるが、全身の筋肉をバランスよく配分しいつでも動けるような体勢にいなければならず、著しく体力を消耗する。

 さらに基本構え十三手が終わると、十五種の基本攻撃型の指導に入る。

 上段から足元まで斬りつける斬り下ろし、手首辺りまでを狙う斬り下し止め、斜めに斬りつける袈裟斬、横に払う凪、腰溜めから突く突き、肩から突く突き、斜め下から切り上げる逆袈裟、それらの左右逆バージョン、八層からの袈裟斬り……この辺りになるとはじめてやる動きばかりなので、もうチンプンカンプンだ。

 構えと攻撃が完璧にできるまで何十、何百回も木刀を振らされる。剣道部時代のことがフラッシュバックした。素振り用の太く重い木刀を一日何千本も振った日々、よくやっていたと自分でも感心する。あれに比べたら今の稽古は随分、楽なものだ。

 結局、終わる頃には皆、立つことも出来なくなっていた……。

「ハァ……情けないわね、二人とも」

 地面に座り込む、俺と赤夏を見て呆れ顔で言う真尋さん。

 いや、真夏の太陽の下で三時間木刀振ってたら誰でもこうなりますよ。むしろ汗一つかいてない真尋さんが変だ……この人、人間じゃないな絶対。サイボーグかなんかかも。

「鈴木さんの方がまだ元気じゃない」

 たしかに、瑠璃も汗だくではあるがまだ自分の脚で立っている。まあ、この娘は元気だけが取り柄みたいな娘ですから……。俺以上に体力不足の赤夏など喋ることもままならず、最早、見た目生きているか死んでいるかもわからない有様である。

「調理は体力勝負ですから」

「へえ、今度是非ご馳走になりたいわ」

「はい、そのうちお弁当持ってきます」

 何か知らんがす多少は打ち解けてるなこの二人。まだ間に壁のようなものは感じるが……会ったときは険悪そのものだったからな。というより瑠璃が一方的に機嫌悪くしてただけだけど。

「どう? 殺陣指導ってよりは剣術指南になっちゃったけど、何か参考になった?」

「ええ、アクションの幅が広がりましたよ。剣道の動きって正直、あんまかっこ良いとはいえないし」



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