目次
序章  「日曜日の朝」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」
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第二章「精霊と青年」
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第三章「決戦、妖怪都市」
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第四章「夏の想い出」
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第五章「堕天使の囁き」
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第六章「世界ノ終ワリ……」
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最終章「永久に醒めぬ夢」
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「あたしヒロインやってあげる♪ 憧れの銀幕デビューだぁ」

 演劇部出身の可愛い娘がヒロインをやってくれるというなら、それだけで作品の質はグンと上がる。これは非常にありがたい申し出だ。

 だが、先日は見落としていた大事なことがこの役者の問題だ。映画には当然役者が必要だ、大作を撮るならそれなりの人数が必要になってくる。

俺も演劇部だったので出演もできるが、赤夏も出すとしてもキャストたったの三人……これは大きな問題だ。

 この人数でできるシナリオとなると、かなり限られてくる。

「でね、でね♪ あたし恋愛ものやってみたいなー」

 恋愛モノか……正直、苦手なジャンルなんだが。恋愛を描いた物語が嫌いなわけではないのだが、俺はこの年でろくすっぽ恋愛をしたことがない。だから“恋”というものを描くというのができるかどうか……いや、未知のジャンルに挑戦するというのも悪くないかもしれない。

 商業映画では恋愛を描いたものが売れるから、たとえ不自然だったりストーリー上必要なくても恋愛を入れさせられるってシナリオの講師も言ってたな、そういえば。客受けの面でも恋愛要素を入れるのはプラスだろう。

「赤夏は?」

「そうだなぁ、俺はファンタジー好きだからモンスターとか出したいな。あとアクションも入れたら良いんじゃね?」

ふむ。特撮怪奇モノ、恋愛、モンスター、アクション……一応、一つの作品に全部盛り込むのは可能な範囲だな。

「じゃあモンスターと戦う特撮怪奇モノで、登場人物たちの恋模様も描く、ということでいいかな?」

「異議無し」

二人が声を揃えて返事をする。

「じゃ具体的ストーリーを考えていこう。ファンタジーとかモンスターっても、そんな大層な特殊メイクとかできないから、けっこう限られてくるんだよな」

「とりあえず舞台は現代、そこにモンスターが現れて、そいつと戦う」

「その過程で、ヒロインと主人公が熱い恋に落ちる♪」

「ベタベタだな……」

 まあベタってのは=王道ということでもある。王道っていうのは優れているから王道としての地位を確立しているわけだから問題ないか。シナリオ講師も「物語のパターンはいくつかの通りしかない。ストーリーのある作品は全て、そのいずれかに収まっている。そこに時代背景や、作者の個性、客のニーズなどを加えることで違う物語になっている」って講義で言ってたし。

「問題はそのベタなのを、どうベタに見えないよう俺たちの個性を盛り込むかだよな」

「うーん、よくわかんないけど、とりあえず難しいこと考えずに思ったネタを出し合って、そこからいいやつ選んで繋げたらいいんじゃないかな?」

「よし、そうしよう」

 A4用紙一枚と、使い込んでボロボロの鉄性シャープペンシルを手に取り、三人の中央に置く。その上にペンをスッと走らせ一本の縦線を引いた。この線の一番上が物語の冒頭、下がラストだ。物語がどう進んでいくかをここに順番に書き込んでいく。

「じゃあ、どういう展開にするか、何でもいいから言っていってくれ」

「はい!」

 瑠璃が手を挙げる。

「やっぱり最後はハッピーエンドがいいな」

 それに対して赤夏が反論した。

「いや、怪奇系だとそれはどうかな。怪物は倒して一段落、でも実は生きていて主人公たちに襲い掛かるっていうどんでん返しの方が良いんじゃないか」

B級映画の定番だな。

「でもあんまり後味悪いのにはしたくないなぁ」


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「二人の意見は両方とも一理ある。なら、主人公陣はハッピーエンド。だが怪物は生きていて、違うところで復活してまた新たな犠牲者がって形でどうだね?」

「あ、それなら良いよ」

 主人公だけハッピーなら良いってのも何か自己中な気もするが、まあ所詮物語の中の話だからな。

先ほど引いた線の一番下に「主人公たちハッピーエンド。だが怪物は生きていた」と書き込み、ペンを口に咥える。さて、ラストが決まったところで、ここに向かってどういう風に物語を進めていくかだ。それを埋めていかなければならない。

「やっぱりどんなモンスターが出てくるか最初に決めた方が良いんじゃない?」

「そうだな、それによって物語の展開も変わってくるし」

「モンスターといえばドラゴンだ!」

 赤夏が割って入ってくる。て、ドラゴンっておい。

「できるか!」

「何だ、できないのか? じゃあ恐竜」

「俺たちの予算と技術を考えてからものを言え!」

 モンスター……そう、特殊メイクもCGも使わずにこれを表現するとなると、かなり至難だな。赤夏の言うような怪獣のような物はまず不可能だ。となると人の姿そのままの幽霊みたいなのでいくか、ドラキュラとかオペラ座の怪人みたいに人型のモンスターでいくか。

「そうだ、レクターとかジェイソンとかみたいな殺人鬼はどうだ?」

 俺は本棚から『シリアル・キラー』という異常犯罪者の事件概要とプロファイリングをまとめた本を手に取る。

「実際の事件でもあまりに異常な事件を起こす人間はモンスターみたいに言われるじゃん? ミルウォーキーの怪物とか、現代の吸血鬼とか、有名どころだと切り裂きジャックとか。そういう異常犯罪者系で。人間って設定にすれば衣装だけでそんな特殊メイクとかいらないし。そこら辺の家襲って、住民皆殺しに……」

「却下」

 俺の言葉は赤夏の一言に打ち消された。そう、反論というより打ち消すという方がはまる強い言い方で。

「あ、あたしもそういうのはちょっといまいちかな……」

 瑠璃も乗り気でない、というより完璧に嫌なようだ。二人の視線がなんか痛い……少しネタがチープだったか。

「そうだな……となると、なんかこう、難しいな」

 何か場の空気が重いぞ……まさかこんな段階で躓くとは誰も思ってなかったからな。モンスターが出来ないことにはストーリーが作れない。だができるモンスターがない、うむむ……。

「撮るなら、大阪じゃなくてS市だろ? 鵲の家は色々都合が良いし、瑠璃ちゃん出るわけだから。田舎を舞台にして、そこに現れる精霊とかにしたらどうだろ。トトロみたいな」

「トトロって……」

 そりゃ赤夏はファンタジーが好きと言っていたが、さすがにそれは……ほのぼのして全然怪奇でも恐怖でもないじゃないか。

 何気なしに天井を見上げ、それから視線を動かし部屋にぐるっと見渡す。何か、いいネタはないものかと……。

ふと、俺の視線があるところで止まった。本棚に立ててある大量の資料本の一冊に。

「いや……案外いけるかもな」

 俺はおもむろに立ち上がり、その本を引っ張り出す。二人はそんな俺を何事かという目で見上げた。


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 手に取った本は『妖怪画廊』。このS市出身の有名漫画家が描いた妖怪画集である。

「田舎に潜む妖怪たちが、現代に蘇って人々を襲う……なんてどうよ?」

 そう、何故気付かなかったんだ。S市を舞台にした話ならこれほどうってつけの題材はないはずだ。S市は妖怪の街として徹底的に観光客にアピールしている。駅の妖怪看板だけでなく、妖怪のバス、妖怪の駅、妖怪のジュース、妖怪のトイレ……最近は巨大な妖怪の石像を作ったとか。もう狂っている。この市は成分構成、妖怪百パーセントでできているらしい。

 ページをパラパラとめくると、そこにはおどろおどろしい、それでいてどこか魅力的な妖怪たちの絵が解説付きで沢山掲載されている。キャラクターとして申し分ない、デザインや習性といった必要な資料もここにある。

「でも、できるの? 妖怪なんて……」

「三年くらい前だったかな、高校生だった頃、妖怪コンテストってあっただろ?」

 妖怪コンテストとはS市主催で行われたイベントで妖怪のコスプレをしたり、オブジェを作ったりしてその出来を競い合うというものだ。俺たちは参加しなかったが、優勝賞金が出るってことで参加者はけっこういたらしい。

「あれ、新聞で写真だけ見たんだけど、上位作品はなかなかの出来だったぜ」

 俺は妖怪画廊の一ページを開き、瑠璃に見せる。

「これは『一反木綿』、布が宙を舞い、首に巻き付いて絞め殺すって妖怪だ」

「怖っ……」

「怖いだろ? でもこいつはただの布なんだよ。布が飛んで巻き付いてくる。妖怪ってのは、こういう日常品が化け物になって襲ってくるとかいうのも、けっこういるんだ。九十九神ってやつ。そういうのをチョイスして登場させれば、特殊メイクとか着ぐるみのことは考える必要がなくなるわけだ」

 閉ざされた小さな田舎町に夜な夜な現れる九十九神たち。主人公は勇敢にもそいつらに戦いを挑み、途中少女と恋に落ちる。最後には妖怪たちを倒してハッピーエンド、だが惨劇は終わらない……。

思いついたことを紙の上に書き殴っていく。

「どうよ?」

「いいじゃん、和製妖怪ホラー映画ってうちの学校じゃあんまりないし」

 よし、基本プロットはできた。あとは細かいところを作りこんでいかないとな。妖怪モノっていったらコミカルなのが多いから、俺たちは観てる人間が失禁するぐらい怖い怪奇映画を撮ってやるぜ。

「そういえば……」

 赤夏がおもむろに口を開く。

「何だ?」

「トトロの後半でメイがいなくなるシーンあったよな?」

「ああ、それがどうした」

「で、池で靴が見つかって、サツキが確認したらそれはメイの靴じゃないって一安心したわけだ」

「あ!?」

 瑠璃が何かに気付いたらしく、驚きの声を上げる。

「何だ? 靴がどうしたってんだ?」

 若干の含み笑いをした後に、赤夏は嬉しそうに告げる。

「メイのじゃないなら、あの靴、誰のだったんだろうな?」

 俺は背筋に冷たいものを感じた……そうか、なるほど。メイではない誰かの靴が池に浮かんでいる、つまり他の誰かがあの池には沈んでいる……そしてその可能性には目もくれず、ただひたすらにメイを探し続ける村人たち。 


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 何故、そこまで盲目になって余所者であるメイに気をとられているのか? 他の子供のことが見えなくなるほどに。

いや、他の子供どころではない、村人にとっていなくなられては困る何かがメイにはあるのか? 思えばここの村人たちは越して来た当初から異常なほどに余所者に寛大だった。田舎の集落というのはかなり余所者に対して排他的だ。とくに一昔前ならなおさら。

 だが、あそこの村人は違った、ともすれば馴れ馴れしいとさえ思える態度。何も知らないメイたちは、何かしらの意図があってこの村に送り込まれてきたのではないのだろうか? そして彼女たちに歩み寄る、トトロの足音……。

 そういえば、こんな都市伝説がある。

 『となりのトトロ』の後半、夕方のシーン。大人たちには影があるのに、よく見るとサツキとメイは影が無い。

実はトトロは死神で、サツキとメイは猫バスにあの世へと連れて行かれてしまったのだ。

 影がないのは、二人はもうこの世にいないということを暗示している。『となりのトトロ』は死への物語。

 少し勘ぐって考えると、作中では語られることのない田舎の暗部やオカルトめいたものが見え隠れする。訝る暗鬼、真昼の狂気、トトロ様の祟りじゃぁ! の世界だ。

 もちろんこれは単なる妄想だ。ジブリが聞いたら烈火のごとく怒り出すだろう。だが、古い田舎の町というのはそういう闇と紙一重のところに存在しているのだ。今の世にそんな怪しい風潮や祟りなんてものは存在しないだろうが、重大なのはそういうことがあってもおかしくないという雰囲気だ。

 そして、S市というところは田舎の妙な閉鎖感を多分に含んでいる。妖怪を売りにした怪奇な雰囲気も……ここで撮影ができるというのは、大阪のクラスメイトたちに対する大きなアドバンテージとなるかもしれない。

「いいじゃないか、『となりのトトロ」路線」

 俺は無意識に顔が綻んでいた。作品の方向性はこれで決まりだ。

 

 

 翌日、俺たちは市立図書館にやってきた。

 理由は二つ。一つは資料集め。映画や妖怪のもっと詳しい資料が欲しいというのもあったが、一番の目的は図画工作の本だ。妖怪を作ると決めたからにはやはりそれなりのものを作りたい。図工の本は子供向けだが侮るなかれ。低予算、低技術、短時間で工作を作り上げるためのバイブルだ。

 二つ目の理由は図書館の雰囲気。これが俺は好きなのだ。静かで、所せましと並んだ本棚、大量の書物……本好きにはたまらない。

 中学の夏休みなどはべつに調べ物はなくても毎日通いつめたものだ。暑い外界と遮断された空間、窓から差し込んでくる白い光、そんな中で机に本を積み一冊ずつ読んでいく。そうやって一日を過ごすのだ、まさに至福。本と無縁な人間にはまったく理解されないのが悲しいが……。

「迅君、見てこれ。可愛いー♪」

 瑠璃が動物図鑑を持ってやってくる。開いているのはパンダのページだ、赤ちゃんパンダが何匹も積み重なり団子になって遊んでる。

 て、君は一体、何しにここ来たんだ!  たしかに可愛いけど……。

 赤夏は隣で我関せずと黙々と本を読んでいる。手にしているのは『全国妖怪伝承』。机には『日本映画の歴史』『特殊撮影技法』『小説の書き方』『怪奇大百科』『学校の怪談大事典』と児童書から専門書まで幅広く。俺はというと『楽しい工作1』から、怪獣の作り方という項目をノートに書き写し中だ。

 他人から見たらこのグループは何の調べものをしているかまったくわからないだろうな。


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 まあ映画作りとは一般人からみたら意味不明な行動の積み重ねだが。クリエーターとは常に孤独なものである。

「さてと……」

 必要事項は記入完了。持ち出した図工本三冊を抱え児童書コーナーに向かう。先程の本を棚に戻し奥の掛け時計に目をやる。午後三時、図書館に来てから一時間ほどか。閉館は六時だからまだまだ時間的余裕はあるな。

 工作コーナーの裏側、怪談コーナーを覗いてみる。『悪魔百科』『怪獣百科』『世界の妖怪』『幽霊・怪談全集』……懐かしいな、子供の頃はこういったタイトルを見るだけでわくわくしたものだ。

 下の方には古い怪談の原文や、妖怪や伝承を民族学的に検証した大人向けの怪談本が並んでいる。そこから目についたタイトルを適当に二冊とって、次の棚へ進む。

 アニメ・漫画コーナー。といっても図書館なので、漫画本がそのまま置いてあるわけではなく、漫画の描き方とか歴代アニメの全集やビジュアルファンブック等がある棚だ。そこから一冊手にとり、すでに持っている本に重ねる。漫画やアニメの描き方は絵コンテ(絵コンテというのは、映画の画面をカットごとに絵であらわした漫画のようなもの。これを元に、絵と同じになるように撮影していく)を描くのに役立つのだ。あとは……。

「おっ」

 見つけた、このコーナーに来たもう一つの目的の物を。それは棚の端の方にまとめて並べられていた。

 『コスプレヒロインの描き方』『戦闘少女解析』『萌え萌え美少女図鑑』……そう、男は美少女が大好きだ。作品を作る以上はユーザーのニーズに応えなければヒットは望めない。

 瑠璃は素材としては申し分ない美少女だ、あとはその魅力を引き出せるかは俺たちの描くキャラクター性次第。どういう性格が受けるか、やはり今流行りはツンデレか?  それとも妹キャラか?  ご主人様ぁとか言うメイドキャラか?

 衣装はどうすべきか、セーラー服、メイド服、チャイナドレス、着物……どういうものが萌えを誘い、劣情を掻き立てるのか?  そういうことを研究するための資料である。一応、断っておくと、決して俺の趣味ではない……ほんとだって。

しかし、これを児童書コーナーの一角に置いとくのはどうかと思うが。他に適切な場所なかったんだろうけど、明らかに大きなお友達向けだろう、これは。さすがに十八禁になるようなものはないけど、水着とかパンチラとか下着姿とか普通に載ってるし。

「ふーん、迅君、そんなの読むんだ……」

「うおぉっ、瑠璃!」

 いつの間にか背後に立っていた瑠璃につい大きな声を出してしまう。静粛な利用者たちの非難の目線がこちらに集中した。

「な、何だよ」

「暇だったからついて来たんだけど」

 ついてきたってことは最初からいたのか?  全然気配を感じなかった……この娘は尾行とか、暗殺とかの才能がありそうだ。とにかく無言で人の後ろに立つ癖をなんとかして欲しい。

「まさかそんな人に言えないような本、探してるとは思わなかったから、ごめん」

「い、いやこれは資料だ! ヒロインを描く為の……」

「ヒロインって、あたしにそんな格好させる気なの?」

 ああ、なんかどんどん墓穴掘ってややこしい方向に……。

「……いいけどさ、べつに」

「いいんかい!」

 普通にオーケーする瑠璃に、ついまた大きな声で突っ込んでしまう。



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