目次
序章  「日曜日の朝」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」
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第二章「精霊と青年」
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第三章「決戦、妖怪都市」
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第四章「夏の想い出」
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第五章「堕天使の囁き」
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第六章「世界ノ終ワリ……」
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最終章「永久に醒めぬ夢」
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第一章「アル晴レタ、昼下ガリ」

 

 

「ふう、やっと着いたな」

 

 無人駅のホームに降り立った俺は、大きく伸びと深呼吸をした。

 住んでいるときは意識したことなどなかったが、都会の汚い空気と違いやはり澄んで綺麗だ。大阪から高速バスに乗ること三時間半、さらにそこから一両編成の電車で三十分移動してようやく到着だ。

「ちょっと休もうぜ……」

 相方がしんどそうに漏らす。もともと細い目をさらに細くし、両手に抱えたパンパンに膨らんだボストンバッグを地面に置いて座り込んでしまった。お気に入りのインディアン姿のスマイリーがプリントされたTシャツには汗が滲んでいる。

 山岸赤夏(やまぎしせっか)、俺の親友……というより悪友といった方が適切な表現か。俺、鵲迅(かささぎしん)と同様の変わった名前をしている。おかげでパンフレットやクレジットで二人の名前が並んでるときなどは芸名か何かと勘違いされることが多いが、れっきとした本名である。

 しかしこの程度でばてるとは体力ないな……まあ、ほとんど人もいないし、ちょっとくらいホームに座り込んでても邪魔にはならないが。

 無人駅とはいえ、大阪の駅と比べてここは本当に何もない。あるのはほっ立て小屋みたいな駅舎と、何故かそれに不釣合いな綺麗で大きな公衆トイレ。そして特徴的な駅の看板だけだ。

 この看板、何が特徴的かというと、なんと一面におどろおどろしい妖怪の絵が描いてあるのだ。他所から来た人間はけっこう衝撃的らしいが、地元民からすると何のことはない、ただの客寄せである。

 俺たちの地元は全国的にも有名な、ある妖怪漫画を書いた作家の出身地だ。T県S市は人口が少なく、喧騒的な都会とは対照的な静かな所だった。

 かといって自然や田舎の情緒があるかといえばそうでもなく、畑が広がっていたかと思うと、その先にパチンコ屋が立っていたり、よくわからん商店が並んでいたりする。

 そんな街にも田舎にもなり切れない、中途半端な地域の唯一のアイディンティティが、この妖怪漫画の大先生というわけだ。市を挙げてプッシュするのもわかる。

 目にかかる前髪をかきあげ、久しぶりのS市を見渡した。線路より向こう側は一面の畑が広がっており、反対側には住宅街が密集している。

 大阪は東京人から見たら全然大したことない田舎と言われているが、S市の様なところから出てきた人間にとってはカルチャーショックを受けるには十分な都市だった。人の流れ、電車のラッシュ、立ち並ぶビル、どこにいても何だかわからない騒音が耳に入ってくる。とにかく忙しい……それに対し、今、聞こえてくるのは、アブラゼミの泣き声と、遙か遠くを走る車の音くらいのもの。心が落ち着く。

 俺と赤夏が大阪の専門学校に進学してから早一年半、都会にも慣れたとはいえやはり地元が一番だ。普段は意識しなくとも、ふとした瞬間に良いなと思える、それが本当の郷土愛というものなのかもしれない。

 情緒的な気分に浸っていた俺の周囲の気温がわずかに上がった……いや、正確には周囲ではなく背後。いつのまにか、近寄っている気配、背中に立つ何か、その体温が俺に伝わってきたのだ。

「うわぁぁっ」

 突然背中にのしかかる重量感、二本腕が首に巻き付き、肩越しに人の顔が。突然のことに心臓が止まるかと思った。

「おかえりぃ、迅君!」

 びびった、マジでびびった。いきなり不意打ちは反則だ。

飛びついてきた少女は悪びれることなく、プニプニした頬を顔に擦り付けてくる。俺が振り返ると、ピョンッと肩から飛びのいた。ポニーテールに結んだ髪が風にひるがえり、夏の日差しで薄茶色に輝く。

 彼女は鈴木瑠璃(すずきるり)、俺たちより二つ下の十九歳。大きな目がチャームポイント、顔は可愛いが性格的にちょっと抜けているところがある。俺は高校時代は演劇部に入っており、彼女はその後輩だ。学校は違ったが、各校合同の高校演劇祭で知り合い今に至るまで交流が続いている。


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「な、何でいるんだよ!」

「えー、今日帰ってくるって言うから迎えにきたんだよ」

 当たり前のように答える瑠璃。本人には悪気はないらしい。いや、たしかに迎えに来てくれること自体は嬉しいのだが……。

「来るなら来るって連絡くらいしろよ」

「へへ、いきなり行って驚かせようと思ってさ」

 悪戯っぽい猫のように微笑む瑠璃。ああ、驚いたよ、この上なくな……。

しかし元気そうで何よりだ。春休みに帰ってきたときは、俺と赤夏が大阪戻るとき泣いてたからな。

「赤夏君も久しぶりー」

「はいな、お迎えお疲れ様です」

「いえいえ、わたくし、もう少し早く来ようと思ったところ、遅れてしまいまして、ほんとにご迷惑を……」

 立ち上がって挨拶する赤夏……どういうやりとりだよ、お前等。

「さて、ここで立ち話もなんだからうちに行くか。お互い積もる話はそれからってことで」

「うん♪」

 俺の家はここから徒歩三分、駅から近い中々よい立地の場所にある。早くクーラーの効いた部屋と冷たいジュースで旅の疲れを癒したい。

ちなみに赤夏の家は、こいつが出て行ってから部屋を妹にとられて、プライベートな居場所がないらしい。

「おい、あれ」

 雨ざらしでひび割れたホームの階段を下りる際に赤夏が何かを見つけた。指差している先は自転車置き場、そして何やら自転車をいじっている大きな人影。

離れた場所からでもそれは一目で外国人だとわかった。肩まで伸ばしたブロンドの髪、身長は目測百八十センチ以上、百六十センチ代というチビの俺や赤夏よりも頭一つは確実にでかい。この暑いのに革ジャンで、サングラスをかけているかなり胡散臭い風貌。自転車の鍵の部分を必死にいじっている。

「馬鹿、指差すな」

「外人さんだー」

「大きな声を出すな!」

 おいおい、勘弁してくれよ……あんまり変なのには関わりたくない。ここら辺は多いのだ、ああいうのが。

そそくさと駅から立ち去り実家を目指す。赤夏と瑠璃はまだあちらを見たままだ。

さっさと来い! 俺が手招きをしてようやく足を動かした。

「あれ絶対チャリ盗んでるよな」

「ああ、ついでに不法滞在でたぶんロシア人だ」

「それ偏見だよ、迅君……」

 S市は港町だから外国からの船が沢山やってくる、その関係で不法滞在外国人が他の地域に比べ異常に多い。

ロシア人、中国人が主でそこ等辺で盗んだ自転車を乗り回してる姿をよく目撃する。それだけなら可愛いもんだが、最近は麻薬だなんだ物騒なモノも持ちこんでるみたいだから油断ならない。極力、近寄らないようにするのが賢明だ。

 駅からまっすぐ家へと続く道路、焼けたアスファルトの上にポツポツと平たくなったネギが落ちていた。この道路にはいつもネギが点在している。

何故道路にネギが落ちているのだろうか? こちらに住んでいるときは当たり前のことで気がつかなかったが、大阪に行って戻ってくるとそういう部分が変に目につく。まったく田舎はわけがわからない。

 ネギの道の先に、大きな白い建物から突き出した「伊藤内科」という看板が見えた。これがうちの目印。この病院のすぐ隣に鵲家はある。


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3

「よっこらせ。ほら、とりあえず上がれ」

 数ヶ月振りに帰ってきた我が家のドアを開き、赤夏と瑠璃を招き入れる。

「どっこいしょ……」

「おじゃましまーす♪」

この家は二階建てで庭付き、見た目はそれなりではあるのだが、実際は安普請で室内でジャンプしただけでミシミシ軋むという恐ろしい建物だ。数年前に大きな地震があったとき、母親は家が潰れるんじゃないかと本気で死を覚悟したらしい。

 二人には先に二階の部屋に上がってもらった。俺は和室に荷物を放り込んで居間へと向かう。ドアを開けてまず目に入るのが、壁際に置かれたソファーベッド。フローリングの床には白いカーペットが敷いてあり、中央に座卓、その周りに座布団が並べてある。見た目高級そうな外観のものばかり集めているが、実際はすべてが安物だ。そういうところに、見栄と面子を重視する鵲家の人間の気質が現れている。

「おかえり」

座卓で書き物をしている少女が俺に気付いてこっちを向く。いや、正確には玄関からはいった時点で気付いていたはずだが……彼女は面倒くさがり屋なのだ、いちいち出てきたりはしない。

起きてすぐらしく、パジャマ姿のままだ。書きものに邪魔になるらしく、髪だけは落ちてこないように左右の上部を結んでいる。

「あ、友希英(ゆきえ)たん、ただいまー」

彼女は俺の妹、鵲友希英。兄妹でありながらどういうわけか、人相の悪い俺とは対照的に可愛げな顔をしている。日に当たっていない肌は雪のように白く、切長の目が無表情にこちらを見つめている。顔は兄貴に全然似てないのに、無愛想なとこだけそっくりだ。

昔は仲が良かったのに、いつの間にかほとんど口を利いてくれなくなった。なんでだろうか、難しい年頃だからだろうか? 考えると溜息が洩れる……。

「……誰か来てる?」

「え? ああ、赤夏がね。あと瑠璃も」

「お父さんとお母さんは五時頃帰ってくるから」

「それまでには帰すよ」

 まあ、五時まで出かけてるのは電話で聞いてたから、それに合わせて連れてきたんだけどね。うちの両親、特に母親は家に他人を呼ぶの妙に嫌がる。人嫌いな性格のせいか、この安普請の家のせいかは知らないが。

昔から俺が友達を家に呼ぶと嫌な顔をしたし、親父が部下を連れて家で飲み会なんてした日には、ぶつくさ文句ばかり聞かされていた。

 用件だけ告げると友希英は座卓の方に顔を戻す。

何だよ、何だよ、久しぶりなのにさ。もっとお話したかったのにさ。いつもそうなんだが、この作業モードに入った友希英は他人とのコミュニケーションを完全に拒否するオーラを放っている。

 友希英は漫画家志望でいつもこうやって漫画を描いている。前に一度、描き上げたやつを見せてもらったことがあるけど、なかなか面白い。今度の新人賞に送るらしいが、受賞してくれたらいいなと思う。

 部屋で赤夏と瑠璃を待たせてることを思い出す。あんまりゆっくりはしてられないな。居間の奥にあるカウンター付きのキッチンからジュースとコップを調達し盆に載せる。あとは何か軽く食えるものが欲しい。

 キッチンに積み上げられた大量のネコ缶の横に置いてある白いカゴ。だいたい母親は買ったものはここに放り込んである。適当にあさるとポテトチップを発見したので、一緒に盆に載せて赤夏たちの待つ二階へ向かう。

「じゃあ友希英たん、俺は上行くから」


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4

 返事はない……シカトですか、そうですか。いや、もしかしたら作業に集中してて聞こえなかっただけかもしれない。うんそうだ、きっとそうだ、そういうことにしておこう。

 階段を上ってすぐ、納戸の隣に俺の部屋はある。内装はそのままだが、今は母親が使っているらしい。俺がいた頃は親父と同じ寝室だったんだが……夫婦が別室で生活し、距離を置いているのは子供の人格形成上あまりよくないという話を聞いたことがある。友希英のあの性格はその影響だろうか? ……いや、関係ないか。

「迅君おかえりー」

「おいおい、遅えよ」

 久しぶりに足を踏み入れる懐かしい部屋。本棚に入りきらず積み重ねたマイナーな書籍や机に飾った怪獣やエイリアンのフィギュア等、全て俺が出て行ったときのままだ。良くも悪くもまったくのノータッチな俺のゾーンは薄っすらと埃を被っている。このマニアックな部屋は、長年住んでいただけあって、離れた後でもここに戻るとやはり気持ちが落ち着く。

 赤夏は部屋の中央に陣取り我が家の飼い猫、ポン太と戯れていた。白い身体で顔の上部に黒頭巾を被ったような柄、どことなくタヌキを思わせる愛嬌のある顔がポン太という名前の由来だ。

 瑠璃はベッドの上に寝転がって、上体を起こしてこちらを見ている。

「どうでもいいけど、くつろぎすぎだお前ら……」

「いいじゃんべつにさー」

「瑠璃、ミニスカでその体勢はかなりきわどいぞ」

スカートを押さえて真っ赤になる瑠璃。一々に反応がオーバーで面白いやつ。

「馬鹿、変態!」

 瑠璃みたいに感情のわかりやすいタイプはいじってると退屈しない。

 盆を置き、赤夏の隣に座ってポン太の頭を撫でてやる。

「何してた?」

「いやぁ、友希英たんとお話しててな」

 まあ、実際にはほとんど会話はしてないんだけどね……。

「ケッ、このシスコンが」

「シスコンとは失礼な。妹と仲が良いのは普通ではないか」

「ほー、仲が良いのか? 俺にはいつも一方的にお前がひっついてるだけにしか見えんが」

 グサッ……貴様は今、言ってはならないことを言った! 赤夏は長い付き合いだけど、昔から口数少ないくせにさりげなく心に刺さること言うから嫌だ……。

「まあ、妹さんって可愛いもんねー」

 何だこいつら……瑠璃の言い方も何だかどす黒い悪意を感じる……。

 瑠璃の言葉をスルーして、目の前で毛づくろいしているポン太を抱き上げる。

「ポン太ぁ、よちよちー、可愛いなぁ♪」

ポン太の腹に顔をうずめ、すりすりと擦り付ける。この猫の腹は曲者だ。猫の毛というのは非常に触り心地がよく、とくに下に位置して外気に晒されにくい腹部の毛を触る快楽はまさに極上である。毛以外の部分もあなどれない。まずはやはり肉球だ。プニプニとしたこの部位はいつまでも触り飽きることがない。さらに知る人ぞ知るスポット、それは耳だ。親指と人指し指で耳を摘みクリクリと擦り会わすと、何とも言えない気分になる。まさに至福。

しかし、恐ろしいのはその中毒性だ。大阪に出てきてしばらくすると猫肌が恋しくなってきたのだ。次第に耐えられなくなり、ホームセンターのペットコーナーに、猫を触りに通うようになった。ゲージの隅で死んだように丸くなっているリスや、ミイラみたいなニンジンをかじるウサギたちと一緒に並んでるのから救出してやりたかったが……悲しきかな、アパートはペット禁止なのだ。それ以前に買ってやるだけの金が無いし。とにかく俺は猫ジャンキーになってしまっている。


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5

……何だ。赤夏、瑠璃、その目は? その狂った者を見るような目は?

「迅君がおかしいぃ……」

「いかん、これは末期症状だ。精神病院に入れなければ……彼は、猫にすがることでしか自己を保つすべを知らずに育ってしまったのです」

「まあ、大変。でも大丈夫、これからはあたしがあなたを癒してあげるから」

 誰が末期症状だ、勝手に精神病患者にするな。こいつらに治療を任せると、癒すと言いつつ不味い飯を無理やり食わせたり、縛って風呂に沈めたり、あげくロボトミー手術で脳味噌削り取られそうだ……。

「ところで、二人とも大阪ではどう? 楽しくやってる?」

「うーん、まあぼちぼちかな」

 どうと言われても、もう二年目だしさほど変わったこともないが。

「映画監督なれそう?」

 その質問に対し、俺は目を伏せる。

「うーん、まあ監督目指してるわけじゃないんだけどね」

「そうなの? わざわざ大阪の学校まで行って」

結構きついこと言うな。いや、普通の質問か……。

そう、俺たちが通っているのは映画の専門学校だ。といっても将来のこととか深く考えて進学したのではない。俺と赤夏は小学校の頃からの付き合いで、いわゆる幼馴染だ。高校は別々だったが、それ以外は現在を含めて同期。だから二人の趣味もだいたい似通っていて、昔から一緒に絵を描いたりごっこ遊びしたりが好きだった。その延長であるとき、親父のビデオカメラでお遊び的なムービーを作るようになり、そこからなんとなく映画の道へ進学。つまり単に面白そうだからというだけの理由での進路決定だ。十年以上の付き合いだが俺たちの行動理念は変わらない、常にその場のノリが全てなのだ。

監督をめざしてるわけではないというより、はっきり言ってしまうと撮影現場は嫌いだったりする。正直しんどい。楽しむ為にやってた頃と殺伐としたプロ志望の連中との現場ではギャップがありすぎる。その辺は赤夏も嫌というほど感じたようだ。

「とりあえず俺は編集マン、赤夏はカメラマンになろうかって考えてるけどね」

「へー、ちゃんと目処立ってんじゃん。やっぱ凄いね」

嘘だ……。現在、就活の段階になって二人して焦っている。俺が編集、赤夏がカメラが得意というのは事実だが、就職のあてはまったく見つかっていない……。

とりあえず今は楽しい夏休み。嫌なことは忘れよう。うん。

 ふと、ポケットの中に震動を感じる。引っぱり出した携帯のディスプレイには小山隆一の文字が。

「もしもし?」

「あ、鵲くん、おはよ」

 小山隆一というのは学校のクラスメイトだ。夏休み前の課題で数人のグループに分かれて二十分程度の映画を撮らされたんだが、その際にうちのグループで監督をしていた。その関係で連絡網として電話番号交換はしていたのだが、一体何の用だろうか?

「こないだ撮ったやつだけどさ、あれもう一度撮り直そうと思って」

 何だ、そんな用事か。面倒臭い。

「ああ、ごめんけど。俺、今実家帰ってるから」

「いつ帰ってくる?」

「うーん、わかんないなぁ。卒業課題の撮影もこっちでやるから」 



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