目次
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CONTENTS
テーマ「First Step 旅に出よう!」
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一歩踏み出す勇気
未知なる道
リアルRPGの冒険
今日が人生最後の日なら、今日することは自分がしたいことだろうか?
旅先の変な日本語
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私がフィリピン英語留学をする理由
私がフィリピン英語留学をする理由  ~世界一周で感じた後悔を次に生かす~
Brali Biz 「旅」×「ビジネス」 たびえもん
Brali Biz 「旅」×「ビジネス」 
旅で使えるスマホアプリ
旅で使えるスマホアプリ
Chibirockの旅はくせもの
Chibirockの旅はくせもの
HANGOVER in the WORLD 
HANGOVER in the WORLD
旅人からの伝言 「特集 インド」
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インド旅行到着初日*
体験をもって理解すること
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旅ときどき・・・
旅トキドキ・・・
トホホな話
トホホな話
一本の糸で世界をつなぐチャリの旅
一本の糸で世界をつなぐチャリの旅
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自炊派の手料理
自炊派の手料理
エッセイたびたべ
たびたべ(食のエッセイ)
アジア漂流日記
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
Brali Photo(誌上写真展)
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作者・情報提供者一覧
作者・情報提供者一覧
編集後記
編集後記
次号予告
次号予告(2012年8月25日発行予定)
記事募集
記事と情報および写真の募集要項
奥付
奥付

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一歩踏み出す勇気

一歩踏み出す勇気
■Writer&Photographer
船橋証考
■Age
28歳
■Profile
銀行を退職後、世界一周を達成。もう一周しようかと思案中。

 バックパッカーとして最初に訪問したのは台湾だった。海外旅行経験はあったけど、一人旅は初めての経験。空港での入国手続き、両替、市街地へのバス移動。人と接するたびにうまく意思を伝えられるか、騙されたりぼったくられないかとビクついた。人とコミュニケーションを取ることを恐れた。会話することすらビビっていた。

 ところで台湾は「日本」があらゆるところに浸透している。吉野家やモスバーガー、ファミリーマート等日本ブランドはそこら中に見かけるし、日本人向け飲み屋街もある。台北101の受付のお姉さんは日本語が上手い。そして泊まっていたのは日本人が経営する日本人宿。日本語と最低限のボディランゲージでなんとかなってしまった。日本人に優しい環境が、台湾にいるのに気持ちを引きこもらせてしまった。次に訪問したマカオでも同じような気持ちを引きずっていた。
 一歩踏み出すきっかけになったのは3番目の訪問地、香港での出来事だ。インターコンチネンタルホテル前の星光大道(アヴェニューオブスターズ)からビクトリアハーバーを眺めていたら、2人のかわいい女の子から中国語で声をかけられた。何を言っているかわからなかったが、赤の他人にカメラを差し出しながら頼むことと言えば一つだけ。不意のことで思わず
「いいですよ」
 と日本語で答えた。その日本語に2人は反応した。
「日本ノ方デスカ?」
 2人は中国の東莞という街からやってきた女子大生だった。大学の授業の一環で日本語と英語を学んでいるらしい。日本語が話せると言っても、込み入った会話ができるほどではなく、時には英語や漢字の筆談で意思を伝えあった。そして、2人とも今風でかなりかわいい。中国人にありがちな二昔前のファッションではない。俄然興味が湧いてきた。
 話をしているうちに盛り上がり、写真を撮ってあげるはずだったのが、いつの間にか彼女たちの写真に収まっていた。2人ともデパートで化粧品販売のアルバイトをしているらしい。初香港で、友達の家を訪ねるつもりが相手の都合が悪くなりドタキャン。今夜の宿も決まってない。
 ブルース・リーの銅像やジャッキーチェン他香港・中国のスターの手形を見物して楽しんだ。ひと通り見て回ったところで彼女たちはご飯を食べに行かないかと提案してきた。お昼時だった。(そら来た)まず警戒心が湧いてきた。めちゃくちゃ高いところに連れてかれるか、変なものを食わされて睡眠強盗か? そんな考えがよぎった。旅を始める前に旅行好きの友達から教わったことがある。
「観光地で日本語で話しかけてくる奴には気をつけろ。深入りするとロクなことにならない」
 と。今まさにそんな状況だった。
 だけど、どうせ暇だしその日はSOHOで酒を飲むくらいしか予定はなかったし、なにより2人ともかわいいのだ。正直別れ難かった。大げさだが清水の舞台を飛び降りる覚悟でOKした。ただし彼女たちがどこかの店に一直線に入ろうとするなら逃げ出そう。なにしろ彼女たちは香港に初めて来たと言っているのだから。
 どこで食べようかと尋ねたらわからないと答える。初香港だし、友達に連れて行ってもらうつもりだったからか、ガイドブックも持っていなかった。自分も香港に着いたのは前日のことでどこに何があるのかよくわからなかった。近くにある百貨店(日本のSOGO)のフードコートにでも行こうかと尋ねたら「高い」の一言の下に却下された。
「せっかくだし奢るよ?」
 と振っても目を丸くして
「とんでもない」
 と答える。あれ、俺警戒しすぎたかな……。
 街をしばらくうろうろした後、尖沙咀の裏通りにある小汚い食堂に落ち着いた。ガタつくプラスチックのチープな椅子やテーブル、使い古した食器類はいかにも地元民御用達。
「こんなとこでいいのか?」
 と尋ねたら
「いつもこういうとこで食べてるから」
 と答える。牛肉麺やワンタン麺を美味しそうに啜る彼女たちの姿は素の中国人女性のもの、そんな姿を見ていたらようやく心を許せるような気がしてきた。

 その後2人の今晩の宿探しにつきあい、夜はビクトリアハーバーのライトアップショーを見物し、女人街を歩いた。翌日はビクトリア・ピークを登り展望台やマダム・タッソー人形館を見学して楽しんだ。合間に簡単な中国語を教わったりもした。その日の夜行バスで東莞に帰るというのでバスの発着場まで見送った。涙を流して別れを惜しんでくれた。2人は本当にいい子たちだったのだ。

 旅には、警戒心を常に持ちあわせなければならないが、恐れていては何も始まらない。踏み出す勇気が必要だ。言葉の壁なんて意思と勇気ですぐに乗り越えられる。一歩踏み出せれば同じ観光地でも、全然違った景色に見えてくる。踏み出せなかった台湾、マカオの印象はとても薄い。だけど香港での記憶は、彼女たちとの思い出と共にとても鮮明だ。この後様々な国で様々な人々や旅行者に出会い、仲良くなれたのは彼女たちとの出会いがあったからだ。
 彼女たちとは今も連絡を取っており、来年日本にやってくる。再会するのがとても楽しみだ。

未知なる道

未知なる道

■Writer&Photographer
谷川和哉(Kazuya Tanigawa)
■Age
29歳
■Profile
自分の知らない世界に触れたくて、初めてカナダに行ったのが高1。国内外問わずウロウロと。多くの街に行くよりは、一つの街でじっくりと人に触れる旅がしたい。現在は、技術者として腕みがき、翻訳ボランティアをしながら、エネルギー問題の解決方法を考える日々。誰か一緒にやりましょう。100人100旅;第1、3、5弾執筆者。100人100旅を通して東京、名古屋、京都、熊本、函館、イタリアで写真展を開催。個人的にも名古屋の旅人と共に写真展を開催する。
Twitter;ponn_kazuya

 家でテレビを見ていた。山と湖が映っていた。見たことのない風景、見たことのない街並み。よし、カナダに行こう! 高校に入学したばかりの僕は決意した。
 そこから必死でアルバイトをした。親にも、友達にも、学校にも、塾にも内緒で必死になって稼いだ。しかしどうやっても、チケット代は稼げても向こうで滞在することなど出来ない。でも、どうしても行きたかった。最低限、向こうに行ければなんとかなる! そんなことを思い、勝手に申請を行なった。親へのごまかしなどいくらでも出来る(そう信じていた)。

 夏休みに入った途端、部活には「休みます」の一言、親には「旅行に行ってくる」の置き手紙だけを残してアメリカへと旅立った。アメリカから北上をしてカナダを目指したかった。
 ロサンゼルスに着いた。異国の地。もちろん英語などほとんどしゃべれない。日本にいるときは英語がしゃべれないことが問題になるなど、思ってもみなかった。空港の職員が何を言ってるのかわからない。なんでなんとかなったかも分からない。

 でも、それでもすごく高揚した。見たことのない世界。見たことのない人たち。嗅いだ事のない空気。空港の人が銃を持っている。漫画でしか見たことのない風景。すごく高揚した。地図は、学校で使っていた地図のみ。どうやったら北上できるのか。辞書とスケッチブック。ヒッチハイクを試みた(カリフォルニア州でヒッチハイクは禁止です)。
 初めてヒッチハイクで人を捕まえた。僕は一言、NORTHと書いた紙を持っていた。カナダに行きたい。カナダに行きたい! と思いながら、CANADA、CANADAと言い続けた。通じたのか、どうなのか一切わからない。それでもその人は乗せてくれそうだった。それだけは分かった。
 意味のわからない所で降ろされた。ロサンゼルスとバンクーバー以外分からない。でも、この人はここまでしか行かないんだな。と理解して、僕は降りた。そして、またNORTHって書いた紙を持って道路立った。それを繰り返した。

 アメリカは怖い国だと思っていた。15歳の僕は、向こうからみたら小学生にもみえたんじゃないかと思う。それでも向こうの人は優しかった。言葉が通じない僕にもすごい優しかった。ご飯代をおごってもらうことも多かった。テントで泊まることも多かったけれど、家に泊めてもらうことも多かった。
 危ない目に遭ったりもした。ドラッグをやられそうになったり、テント泊自体も危なかったと思う。強姦にあってもおかしくなかったし、お金を奪われて、殺されてもおかしくない。そんな状況なのは知っていた。
 でも、理解はしていなかったと思う。それまで、僕はそれを、そこをテレビの中の世界だと思っていたから。でも、実際に優しくしてくれる人、脅してくる人、全てが自分の目の前にいる。全てが目の前に現実として存在する。世界は僕の知らない世界で溢れている。これから、僕はこの世界を知っていける。そう考えるとワクワクした。

 最終的に、僕はカナダにたどり着くことが出来た。i-phoneもパソコンもない初めての一人旅。高校1年生の、初めての海外旅行。刺激がいっぱいで、危ないこともいっぱいした。今なら絶対出来ない。そんな旅。
 カメラを買って、持っていく。そんなお金さえなかった。それでも、僕の頭の中にはカナダの湖と山の風景が鮮明に残っている。
 当時、お世話になった、同年代のカナダ人とは、高校を卒業するまでPEN-PALとして連絡を取り続けた。もう15年も前の話。このあと、僕はアジア旅行にがっつりはまり、カナダにはホームステイに一回行っただけだ。

 これを書きながら、15年ぶりにカナダに行きたい。そんな情熱に駆られています。


リアルRPGの冒険

リアルRPGの冒険

■Writer&Photographer
ワールドハッカー
■Age
31歳
■Profile
元バックパッカー、現在は職業ハッカー。
ブログ『World Hacks!』にて海外旅行関連の情報を毎日発信しています。
http://bit.ly/WorldHacks
Brali Vol.1からVol.7まで7連続記事掲載。


 誰にでも、何事にでも、「初めて」という経験があります。
 本紙の読者層は海外経験の猛者が多いと思いますが、そのような方々に初めての海外旅行の淡い思い出を呼び起こしてもらいたい。また、海外未経験のような海外初心者に、初めての海外旅行のイメージを掴んでもらいたい。このような思いから、「初めての海外旅行」というテーマで書いています。そのため、以下「初めての○○」という括りで構成しています。

■初めての海外旅行計画
 大学2年(20歳)の春休みに2週間ほどぽっかりと予定が空き、なんとなく興味があった海外旅行に行くことにした。キッカケはこんなものでした。
 大学生協の旅行パンフレットにあった、タイ~マレーシア~シンガポールを巡る『マレー半島縦断の旅』を選択した。それは、移動手段と数泊分のホテルが決まっているだけで、あとは完全自由なフリープランであり、縛られず気ままに旅したい海外初心者としては、最適であった。東南アジア×フリースタイルということから、形から入るのが好きな私は、大学の部室にあった所有者不明のバックパックを拝借し、バックパッカースタイルで行くことにした。
■初めての旅行チケット
 空港にある旅行代理店の受付で、旅先で利用するチケット類(航空券、ホテルのバウチャーなど)を受け取る。このとき、かつて「ゲーム馬鹿」と呼ばれるほどゲームをしていた私は、新しく買ったRPGをプレイするような高揚感を覚えた。このチケット類を使い切って日本に戻ってくることがゲームクリアなのだと、リアルRPGを冒険する設定とすることにした。ただ、この旅行プランで本日出発は私だけらしいことを聞いた。パーティーを組むことはできず、一人で冒険に出発することになった。一人のほうが得られる経験値は多いと前向きに捉え、バックパッカーレベルを上げるための冒険は始まった。
■初めての飛行機と入出国
 心配していた日本の出国手続きでは、周りの様子を観察しながら、各ポイントで言われるがまま行動していたら、何の問題もなく出国することができた。なるようにしかならないものらしい。
 そして、飛行機(タイ航空の深夜便)へ搭乗。これが生まれて初めての飛行機だったので、終始ドキドキしていた。隣座席に乗り合わせた旅慣れたおじさんに旅先の情報や旅のノウハウについて色々と教えて頂いた。そして、バンコク到着後も周囲の真似やおじさんにいろいろと教えてもらいながら荷物受け取り、無事入国手続きを完了させることができた。
 [LvUp]周囲を観察&真似する。分からないことは有識者に教えてもらう。
■初めてのタイ人
 出国ゲートから出て、目の前にしたタイ人の多さと迫力に驚き、恐怖さえ感じた。ゲートから出る人々に何かわからんが必死に声を掛けている。呆気にとられた。ここからどうすればいいのだろう……と思っていると、(明らかに日本人によるものではない)カタカナで私の名前が書かれた紙を持った、40歳ぐらいのタイ人男性がいるのに気づいた。
 恐る恐る自分の名前を伝えると、そのタイ人は「ついて来い」とジェスチャーし、さらに「車に乗れ」とジェスチャーした。言われるがまま、やる(しかない)。車の中で英語で話しかけるも、通じていないのか「オーケー」と言ってにやけるだけ。
 初めての外国到着の1時間後に、英語も話せない素性の分からないタイ人のおっさんと深夜に車で二人きり。この人は本当に担当者なのか? 人里離れたところに連れて行かれて身ぐるみを剥がされるのではないか? などなど悪い方向に想像してしまう。この恐怖感は筆舌し難い。
 恐怖に震えていると、30分ぐらい経過した頃に車が停まる。ホテルに到着した模様。どうやら大丈夫そう。ひと安心した。チップを渡しておっさんとはさよならした(疑ってごめんなさい)。ホテルの部屋に入ると、緊張感からの解放と無事に到着できたという安堵感から、肩の荷が下り、自由になれた気がした。
 [LvUp]日本のツアー会社を通した現地のガイドは、(ほぼ)信頼しても大丈夫。
■初めてのトゥクトゥクと宝石商
 翌日ホテルから出ると、客待ちしていたトゥクトゥク(タイの三輪バイク)のドライバーが声をかけてきた。
「どこに行くんだ?」
「○○寺院に行きたい」
「10バーツ(約30円)で行ってやろう」
「(さすが物価が安いな) じゃあお願い」
「そういえば、今日はブッダの日なので、寺院は休みなんだよー。別のいいところ連れて行ってやろう」
「(あーそうなのか) じゃあそこでいいや」
 と、連れて行かれた場所は、宝石商。中に入って宝石を見て回る(当然買うつもりはない)。店の人に話しかけられ、適当に返事していると、奥の小部屋に招かれた。その個室で、宝石の説明を受ける。店員から言葉巧みにプレッシャーを掛けられ、買わざるを得ない空気になりつつあったので、トイレに行くふりして店から脱出した。
 [LvUp]ヤバイと思ったら逃げる。曖昧な返事をせずに、必要ないものはハッキリと「No」と断る。商売人の言うことは疑え(後に知ったが、単に宝石商へ連れていきたいがためにブッダの日というウソをついた。トゥクトゥクドライバーは店に客を連れて行くと、ガソリン割引券などをもらえるらしい。10バーツという破格なのはこのため)。

■初めてのぼったくり
 チャオプラヤ川クルーズに参加しようと行ったときのこと。船が出発する直前に到着し、係員に
「早くして! 料金は800バーツ(約2400円)!」と言われ、焦ってその言い値を支払ってしまう。実際の価格は1/10以下だと思われる……。やられた。
 [LvUp] 現地の貨幣価値・金銭感覚を身につける。言われる料金は基本ぼったくりと疑う。
■初めての価格交渉
 やられっぱなしでは駄目だと思い、気合いを入れて、トゥクトゥクと料金交渉したときのこと。交渉に時間を掛けて粘って100バーツを20バーツまで強引に値下げすることが出来た。やった! と浮かれていたが、到着した5分後に全く違う場所に連れて来られた事に気づく。やられた。
 [LvUP]ただ安くしたいだけの強引な値引きは禁物。自分なりの目標金額を決め交渉する。相手とのWin-Winの関係を持つことが大事。

■初めての屋台での食事
 バックパッカーらしく、と初めて屋台で食事したときのこと。見よう見まねで注文し、出てきた料理をおいしくいただくことができた。なんとかなるもんだなぁと思って、店の人に値段を聞くと高額料金(適正料金の5倍ぐらい)を請求された。抗議したが全く受け入れてもらえず、渋々その値段で支払わされることとなった。やられた。
 [LvUP]値段は事前交渉する(特に食事は元の状態に戻せない)。ぼったくられたお金は授業料だと思って諦めること。

■おわりに
 記載した内容は、最初の2、3日の出来事であり、以降、初めての海外旅行では、「初めての海外バス」「初めての宿探し」「初めてのゲストハウス」「初めてのムエタイ観戦」「初めての遺跡巡り」「初めての海外鉄道」「初めてのシュノーケリング」「初めての陸路での国境越え」「初めての外国人と口喧嘩」……のような「初めて」体験で経験値を得て、レベルを上げ続けました。それらについては別の機会で紹介させていただければと思います。

 さて、「初めての○○」というテーマで書きました。
 完全に自己責任の環境で刺激的で濃厚な日々を過ごす。その中で、一期一会の重みや旅の素晴らしさを感じることができ、人間として、少し成長した気がします。「初めて」を積み重ねて、人は大きくなっていくという言葉が身に染みました。帰国した私はすぐに次の冒険に向けて、自分用のバックパックを買いに行きました。
 [LvUP]自分のレベルに合わせて、装備品も良いものにする。

 こうしてリアルRPGは2回目の冒険に続くのでした。


今日が人生最後の日なら、今日することは自分がしたいことだろうか?

今日が人生最後の日なら、今日することは自分がしたいことだろうか?

■Writer&Photographer
岡部能直
■Age
34歳
■Profile
世界の絶景や世界遺産を中心に約2年間で世界一周。南極大陸を含む七大陸、60カ国以上、150世界遺産以上訪問した経験を活かし、世界各国の旅コラムを執筆中。


 “今日が人生最後の日なら、今日することは自分がしたいことだろうか?”

 これはスティーブ・ジョブズ氏が毎日鏡に向かって問いかけていたという有名な言葉だ。毎日が人生最後の日だとするなら、最後の晩餐に寿司を食べると決めている僕は寿司を毎日食べ続けることになってしまうのだが……。
 ジョブズ氏のように、今日明日の超短期的なことを考えて日々の行動を決定するかどうかは別として、遅かれ早かれ人生最後の日は誰にでも訪れるのだから、人生の中でしたいことが何かを考えておくのは必要なことだろう。

 そして最も重要なことは、それを『実行する』ことだ。
 自分もやってみたい、行ってみたい、欲しい……、漠然とした欲求を持つだけなら誰でもできる。仕事のこと、遊びのこと、恋愛のことなど、短いながらも自分の人生を振り返ると、やらなかったことで後悔していることはある。誰しもそんな経験があるのではないだろうか。いつもいつも欲求だけ、羨ましがるだけで、なんだかんだと御託を並べてやらなかったり行動しなかったり。リスクは負わないかわりに得るものも何もない。

 僕にとっての『世界一周』もまた、普段の自分なら指を咥えて羨ましがっているだけの欲求の一つとして、どこかに埋もれてしまっていても不思議じゃなかった……。



 2009年の大晦日、僕は前日に行われた忘年会のお酒を頭に少し残しながら、不安とそれよりも大きな期待を胸に、二度目のバックパッカー旅に出ていた。しかも今回は世界一周という壮大な計画だ。
 それまで、会社の夏休みやGWを利用してハワイ、フィジー、モルディブなど、スーツケースにアロハシャツと水着を詰め込んで、ビーチで昼間からビールを飲みながらのんびり読書するようなビーチリゾーターだった自分が、まさかバックパックを背負い、汚い屋台でご飯を食べ、流し台で衣類を洗濯するようなバックパッカーをするなんて、人生ってどこで何が起こるかわからない。
 最初の訪問国である中国の上海で2010年を迎えた僕は、深夜営業の屋台で魯肉飯のようなものをかき込みながら、世界一周をすることになるキッカケを思い出していた。

 そもそも僕が世界一周を決意するに至ったのは、世界一周に出る10ヶ月前、2009年2月に行ったエジプト旅行でだ。大学卒業後、社会人9年目を迎えようとしていた僕は、勤続2年毎に2週間の休みをもらえる会社の制度を利用して、仕事を忘れどこか海外で羽を伸ばしに旅行するつもりだった。ただ残念ながら今回、僕には一緒に行く相手がいなく、やむを得ず一人旅をすることとなった。それが初めての一人旅デビュー戦だった。

 「一人旅でビーチリゾートは寂しすぎるだろうな」
 結局この1年後に一人で寂しくタイのビーチで日焼けをしたり、2年後にまた一人寂しくブラジルのビーチで火傷並みの日焼けをすることになるのだが、初めての一人旅はガツガツと観光できる観光地にしようと思い、バックパッカーデビューにエジプトを選んだのだった。
 初めてのバックパッカー旅は正直イライラの連続だった。
 いま思えば、それは世界三大『人がウザイ国』として、インド、モロッコと並ぶエジプトならではの洗礼だったのかもしれないが、イスラム教の喜捨(富んでいる者が貧しい者に与える)の精神を盾に、毎日毎日旅行者に対して「バクシーシ、バクシーシ」とお金をせびるエジプト人の嵐にうんざりし、ピラミッド前で写真を撮ってやると言っていたエジプト人がそのままカメラを返してくれなかったり、240エジプシャンポンド(=当時約3,600円)で1日チャーターしたはずのタクシーが降りる間際に240ドル(=当時約21,600円)とお金の単位を変えてきたり、タクシーの運転手の言う「thirty(30)」が自分には「セルティー」にしか聞こえなくてタクシー代で揉めたり……、平気で人を騙して利を得ようとするエジプト人とマジ喧嘩した。親切で言ってくれているのか、ただ喜捨を求めているのかわからなくなり、もう、エジプト人の全員が敵に見えてくるし、免疫のなかった僕は、おそらく一生エジプト人とは友達になれないと思った。
 まぁそんな最悪スタートのエジプトライフだったが、何とかバックパッカー初心者の自分もだんだんとコツを掴み始め、首都カイロから二都市目のルクソールに移動した。ルクソールはカルナック神殿をはじめ、エジプトのかつてのファラオ(王様)のお墓が集まる王家の墓などがある観光都市だ。
 到着初日、町歩きを終えて、宿泊している安宿の屋上レストランで何か食べようと屋上に上がってみると、なにやらアジア系の男性ゲストがボールジャグリングの練習をしていた。長い髪をヘアバンドでまとめ、カラフルでユルユルのシャツとパンツを履いている彼は、テッペイ君という日本人の旅人だった。僕の身近の友人には、バックパッカーはおろかワーキングホリデー経験者すらいなかったので、世界を長期間も旅する人に出会ったのはこの時が初めてだった。彼の年齢は僕の一つ下で30歳。
 そして驚愕したのは、この時点で2年半ものあいだ海外を放浪しているだけではなく、更にその前にも2年半の放浪を2度も経験しているというのだ。2年半放浪しては、日本に帰ってお金を貯めてまた旅に出る。それを繰り返して通算7年半も海外で生活しているらしい。

 その話を聞いて、自分の中でパラダイム転換が起こった。
 大学を卒業し、就職して定年を迎えるまで働き、その間に結婚をして、子供ができて育児をし、定年後に自分の時間を持つ、という生き方に何の迷いも持っていなかったし、「そんな生き方もあるんだなぁ」って、正直そう思った。
 それと同時に、自分も世界中の絶景を見てみたい、現地の美味しい料理を食べてみたい、旅行番組や旅雑誌を見るだけで行った気になってるだけなんてもったいない、と沸々と『世界一周をしたい』願望が沸いてきていた。
 もしすぐに1~2年の旅に出たとしよう。短いながらも過去の自分の人生を振り返ってみて、2年という年月はたかが知れている。働き盛りの30代前半の2年は、長いと言えば長いのかもしれないが、自分が人生を終えるときに振り返るその2年は、いま考えるより短いだろう。それに、年齢的にもこれから結婚して子供ができて順調にいった場合、どんどん旅立つハードルが高くなるので、今のうちにチャレンジしたほうが良いだろう。2年なら取り返せる。やりたいことをやらずに我慢して後悔するより、やってみて後悔する方がいい。
 色々なことを考えた。なるべく自分の背中を押せることを。

 帰国後、全く悩まなかったといえばウソになるが、ちょっと悩んで……、しばらく悩んで……、いや、相当悩んでから、世界一周の旅に出るという意思を上司に伝えた。そして同年秋に会社を退職し、大晦日に成田を出発。僕は上海で新年を迎えてから屋台で魯肉飯のようなものをかき込んでいるのだ。



 今回、僕は本気で世界一周を実現させようと思った。いやむしろ、欲求だけで行動を起こさなかった自分を変えたかっただけなのかもしれない。やるのもやらないのも、きっと紙一重。少なくとも世界一周に行くか行かないかなんて、そんな程度のことだ。でも、その持ち上げた足をその場に下ろすのと、前に踏み出すのとでは全く違う。
 自分ももしあの時に躊躇していたら、世界を旅する旅人達のブログをただただ羨ましがりながら、悶々とする気持ちを抑えつつ働いていたのかもしれない。でも、ちゃんと一歩前に踏み出したからこそ、世界の絶景を自分の目で見ることができたし、本場の料理を堪能してきたし、現地の人と触れ合うことができた。今は充実感で満ちている。

「世界一周すごいなぁ。自分もやりたいなぁ」
 僕にこの言葉を言った人も少なくない。
 僕くらいの年齢になると、結婚していたり子供がいたりする友人も多く、家庭環境がネックになっている場合もある。Brali読者の中にも家庭を持っている人も多いかもしれない。が、僕に言わせれば夫婦で世界一周している人達も多く、結婚指輪以上に夫婦を一つにつなぐであろう世界一周体験をするのがすごく羨ましかったので、いますぐにでも行くべきだ。
 さすがに小さな子供を連れたバックパッカーには会わなかったが、妊娠中の奥さんを一生懸命説得し、日本に残したまま海外一人旅をしている男はいた。甲斐性が無さ過ぎて爆笑してしまったが、そこまでして夢を実現させている輩もいるのだ。子供の一人くらいバックパックに詰めて旅するのもワイルドってものだ。
 そういえばラオスで、大学卒業間近に一人で山奥の秘境を目指している10歳も年下の大学生に会った。彼は帰国後、公務員として働いていたのだが、青年海外協力隊に参加したいという夢を持ち、親や上司にその旨を伝えることで自らの退路を断って、夢に向かって進みだした。その行動力には感心する。

 旅は人生に似ているとか、旅は人生の縮図だとか言われている。
 旅の内容を自分の意思によってどのようにも変化させることができるように、人生も自分の意識次第でどんな形にも変えることができる。そう、いつからでも挑戦は始められるのだ。

 Braliの読者には、旅に興味があったり、旅が好きな人が多いと思う。
 もし世界一周やバックパッカー旅に憧れているのなら、このBraliと触れ合えたのをキッカケに、旅を実現させてみてはいかがだろうか。

~十人十旅~



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