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CONTENTS
テーマ「First Step 旅に出よう!」
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一歩踏み出す勇気
未知なる道
リアルRPGの冒険
今日が人生最後の日なら、今日することは自分がしたいことだろうか?
旅先の変な日本語
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私がフィリピン英語留学をする理由
私がフィリピン英語留学をする理由  ~世界一周で感じた後悔を次に生かす~
Brali Biz 「旅」×「ビジネス」 たびえもん
Brali Biz 「旅」×「ビジネス」 
旅で使えるスマホアプリ
旅で使えるスマホアプリ
Chibirockの旅はくせもの
Chibirockの旅はくせもの
HANGOVER in the WORLD 
HANGOVER in the WORLD
旅人からの伝言 「特集 インド」
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インド旅行到着初日*
体験をもって理解すること
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旅ときどき・・・
旅トキドキ・・・
トホホな話
トホホな話
一本の糸で世界をつなぐチャリの旅
一本の糸で世界をつなぐチャリの旅
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自炊派の手料理
自炊派の手料理
エッセイたびたべ
たびたべ(食のエッセイ)
アジア漂流日記
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
アジア漂流日記(創刊号の特集アジアからのスピンアウト企画)
Brali Photo(誌上写真展)
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作者・情報提供者一覧
作者・情報提供者一覧
編集後記
編集後記
次号予告
次号予告(2012年8月25日発行予定)
記事募集
記事と情報および写真の募集要項
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インド旅行到着初日*

インド旅行到着初日*
■Writer&Photographer
嶋津亮太
■Age
26
■Profile
Cafe Bar Donnaという店を経営。
劇団PRIMALの主催。
ブログ DONNA THE PRIMAL

3月5日PM11:00

 サービス精神という概念が彼女達にはないのだろう。インドの航空会社の格安チケットのおかげで、乗り込んだ機内にいるキャビンアテンダントの接客の悪さに耐え抜き、僕はこのような結論を導き出すと同時に、デリーの空港に着いた。
「ここがインドか」
 空港内にある両替所で何のレートの知識もないまま薄っぺらの福沢諭吉を何百倍にもパンパンに厚みが出るほどのインドルピーに変え、そのガンジーの顔が描かれた玩具みたいな札束を握り締め、僕は外に出た。クラクションの音、音、音。そして見渡す限りインド人、インド人、インド人。香辛料の匂い。ここがインドだ。

 空港からデリーの市内までかなり距離があり、バスかタクシーかオートリクシャーと呼ばれる乗り物を使わなければならない。しかしどれだけリクシャーに話かけても全然相手にしてくれない。理由は簡単だった。モンゴリアン系の顔丸出しでバックパックを背負い、すでに何人ものタクシーの運ちゃんに群がられている奴の相手なんて、いくらインド式数学を自由自在に扱えるインド人だろうと、面倒なのだ。僕はリクシャーを諦めタクシーに託すことにした。彼らは市内まで350ルピーで行ってやる、と口を揃えて言った。むこうの物価はだいたい100ルピーあたり300円と考えてくれていい。1000円ちょっとなのだけども、かなりふっかけられてることは間違いない。僕は、
「エクスペンシブ(高い)」
 と連呼し続け
「100ルピーしか払わない」
 と言ったが、それを聞いた運ちゃん連中は、ヘイへイジャパニーズ冗談はよしてくれよ、みたいな感じで小馬鹿にされただけだった。15分くらい値段交渉をして100ルピーでOKだと言った兄ちゃんの車に乗り込んだ。運転手は観光客慣れしていると見え、フレンドリーにインドスマイルを駆使し英語で話しかけてくる。
「インドは何回目だい?」「どのくらい滞在するんだい?」「どこを訪れるつもりだい?」「日本ではどんな仕事をしてるんだい?」
 少々運転が荒いのと、その運転手がワキガであることを除けば、かなり居心地のいいタクシーだった。彼らインド人はサービス精神には欠けるが、フレンドリーであることには間違いない。彼との会話は楽しかった。
「1ヶ月だったらあそこは訪れるべきだよ」「あそこは物価が安いから楽しめると思うよ」「オイラもあの町には行きたいんだ」
 なんてことを運ちゃんが教えてくれて、お互いに話が盛り上がっていた時に車は止まった。
「ここが目的地かい?」
 とお金を払おうとしたら、
「いや違うんだ。場所が分からないからあそこの店で住所を聞いてくれ」
 と運転手。目的地が分からんて、大阪で言うとヘップ前みたいな場所を頼んだわけだぜ、何のジョーダンだ? すると体の大きなインド人男性二人が店から出てきてタクシーに近づいてくる。やばい。これはあかんですよ! これは店連れて行かれたら終わりですよ! と心の中で誰かが騒ぐ。
「目的地までちゃんと行ってくれ」
「だから、道が分かんないんだって」
 そう言っている間に、イカツイ二人はタクシーのドアに手をかけた。僕は必死にドアが開かないように内側から引っ張り
「とりあえず車を出せ」
 と言うが、
「ノー、降りろ」
 の一点張り。するとマッチョが外から
「店の中に電話があるからそれでホテルを探せ」
 と言う。完全にハメられた! いや、ハメられようとしている! 遂に僕は
「ええからはよ車出せや! ここでは絶対降りひんぞ!」
 と声を荒げた。外から降りろと言ってるマッチョにもずっとノーと言い続けた。すると急に怒り出しヒンディー語で運転手になにか言っている。何を言ってるか完全に理解できない。もの凄い形相なので、おそらくはキレているのだろう。すると運転手は頷き、車を走らせた。
「おい、さっきの奴は何をしゃべっていたんだ?」
 と聞くと
「場所を教えてくれた」
 と誰が聞いても分かる嘘を透き通った瞳で言われた。
「よし、オーケーオーケー。俺はここで降りる」
 と言ったが、
「何言ってんだ。こんな危険な場所に降ろせる訳ないだろ。」
 と言われて車を止めようとはしない。
「ほら、あそこホテルだろ? あそこに泊まるから降ろしてくれ」
 と言ったが、
「俺は場所が分かったんだ」
 と適当なことを言われ、心配しつつも降りようとするのをやめた。

 そう、それが最後だった。一度騙し掛けたインド人を少しでも信用した僕が馬鹿だった。車内は30分前の明るい雰囲気が大昔に思えるような重い空気だった。車を走らせること20分、ここだと降ろされた。僕は初めての知らない土地なのでそれを信用し、100ルピーを払い、仲直りの意を込めてセンキューと握手をして降りた。
 辺りは殺伐としていた。僕は確かデリーの中心であるコンノートプレースに連れて行けと言ったはずだ。ホテルというか、店一つない。そして歩行者は東洋人の顔をした僕一人だ。
 あとで分かったのだが、コンノートからかなり離れた場所に放置されたのだった。その時の僕にそんなこと分かるはずもなく、ここがコンノートか、結構暗いな。と、自分を勇気付けるように一人言を呟きながら歩道に沿って歩き出した。
 すると暗闇に光る無数の点。何やあれ? もの凄い勢いで点が近づき吠え出した。犬!!
「ギャン! ギャン! ギャン! ギャン!」
 その瞬間脳裏に浮かんだ言葉は「狂犬病」。しかもその数は徐々に増え7、8匹の狂ったワンちゃん達にあっという間に囲まれた。
 こぉぉぉぉぉぉれぇぇはアカンですよぉぉぉぉ!!!!
「なんじゃコラぁ! なんじゃコラぁ!」
 と言いながら戦意を見せつけるのだが、お構いなしに噛み付こうとしてくるワンちゃん達。ジャレとるんではないことだけは確か。日本より数倍ワイルドなインドの野犬。かなりのピンチ。そして先頭で吠え続けていた一匹が僕に飛びつこうとした瞬間、一台のリクシャーが目の前に止まり、インド人が飛び出した。そのオヤジは10秒もかからず犬達を追っ払い僕の方に近づいて
「何してるんだ!?」
 と言った。

救世主現る

 空港で時間を合わせた時計を見ると既に1時半を過ぎていた。
「この辺りでホテルを探そうと思って」
「歩いてか?」
「そうです。この辺りにたくさんあるはずだから」
「おい、この辺りにホテルなんてないぜ」
「は?」
 オヤジは続けた。
「お前みたいなバックパックを背負ったジャパニーズが、こんな時間にガイドブックを持ちながら歩いていたら殺されるぜ」
「は?」
「いいから乗れ」
「いや、歩いていきます。バイマイセルフです」
「行くって? どこ行くんだ?」
「コンノート・プレイスです」
「ヘイジャパニー、コンノートはこっからだいぶかけ離れてるぜ」
 僕はそう言われたけども、その前に一発騙されてるのもあってすぐにインド人を信用できる心境じゃなかった。僕はそのオヤジに
「俺は大丈夫だ」
 と言い歩き続けたが、オヤジはずっと付いて来て
「いいから乗れ」
 と五月蝿く言った。数十メートル歩いて無視し続けてるのにまだ付いて来るオヤジに、俺に構うな! と言いかけた時、前方から4、5匹の野犬がやってきて吠え出した。オヤジはリクシャーから降り、またもや狂ったワンちゃんたちを一掃し、こちらを振り返り素敵過ぎるインドスマイルでウィンクした。
「コンノートまで」
「50ルピーだ」
「5ルピーだ」
「30ルピー」
「5ルピーだ」
「10ルピー」
「言っとくけど、5ルピーじゃないと乗らない」
「オーケー。もう何も言うな。いいから乗れ」

 こうして僕はこのオヤジのリクシャーに乗った訳である。夜のデリーは似たような道ばかりでどこを通っているのか分からない。同じ道を何回も通られても距離感が全くつかめない。
「ヘイ、ジャパニー。何でこんなとこに一人でいるんだ?」
「あそこがコンノートだと思ったのさ」
「あのな、この辺はマフィアが山ほどいるんだ。お前みたいな旅行者すぐに身ぐるみはがされるぜ」
「……」
「ホント、俺がいてよかったな」
「……。コンノートまで早く」
「わかった。わかった」
 バリバリバリバリバリ!! エンジンというものの原始的音というものはきっとこれに近いんだろう。安っぽい音とエンジンの臭いと、インド人のスパイシーな匂い。僕は今インドにいる。日本ではない別の国にいる。早くインド美人を見たい。くっきりとした目鼻立ち。透き通っていながらまどろんだ瞳。鼻ピアス。へそピアス。僕の脳みそがサリーに身を包んだインドの神秘的美貌を得た女性の姿に侵される。元来僕はインド系の顔立ちの女性に惹かれるようだ。だから友達と話してても、一般的美人とは少々ずれた女の子が自分の好みであることに気付いていたし、少なからずそのことに対して自負していた。未来の嫁はこの国にいる。その想いと言葉にならない決意を胸に、僕は関西国際空港を飛び立った。
「ヘイ、ジャパニー」
「……?」
「ヘイ、ジャパニー!」
「……ん?」
「着いたぜ」
 人から見れば邪念のような僕の信念に集中力を働かせすぎていたらしく、到着したことに気付かなかった。
「ここがコンノートだ」
 大きな建物が並ぶ。先ほどの場所とは全く違う、日本と比べれば全然ではあるが都会的な雰囲気。なるほどここがコンノート・プレイスか。
「ホテルは取ってあるのかい?」
「いや、今から自分で探すつもりさ」
「なんてこったい! ジャパニーよく聞け、今日は3月5日。明日はシヴァラートゥリだ。ホテルなんて空いてないぜ!」
「え? なんて? しヴぁらーとり?」
「フェスティバルさ!」
 確かに3月6日はシヴァのお祭り。それでどこのホテルも満室だって?
「ヘイ、ジャパニー。もう夜中の2時だ。しょうがねぇ俺がホテルを探してやるよ」
 いい人。このオヤジいい人だ。僕は感動した。その前に一発ボディブローを喰らっていたので余計に感動が増した。このオヤジはちゃんと僕をコンノートまで送ってくれた。それに野犬も追っ払ってくれた。
「オヤジ、センキュー!」
 僕は再びリクシャーに乗り込んだ。インド人もいい奴いるんだぁ。感動も絶望も何が原因で、そしていつ、どこからやってくるのか分からない。それが旅なんだと初日の到着3時間後に知った。「オヤジ、お金があまりないから安いとこ探してくれよ」
「おう。だけどフェスティバルだから難しいぜ」
 オヤジは屈託のない笑顔でリクシャーのハンドルをきる。結構なスピード。風が直接車内に入るのでそのスピードを肌で感じる。今頃日本は寒いんだろうなぁ。そんなことを考えながら春先の夕暮れのような生暖かいインドの空気と遊んでいた時に体に衝撃が伝わった。
 ドォォォン!! 何だ!? リクシャーに何かがぶつかった。そして僕はその何かをこの目で見ていた。人だった。うん、インド人だった。結構なスピードでインド人を撥ねた。そしてリクシャーは止まることを知らず走り続ける。オヤジが笑顔で振り返り
「アーユーオーケー?」
 と聞いた。僕は
「えぇぇぇぇぇぇ!!!!」
 と、驚いてオヤジに
「あれヤバイやろ? 大丈夫なん?」
 と咄嗟に日本語で聞いたら、爆笑しながら
「ヤァ(YES)ヤァ(YES)」
 とオヤジは答えた。僕は日本語で
「ほんまオッサン適当やなぁ!」
 と言うと、オヤジはまたもや
「ヤァ! ヤァ!」
 と爆笑しながら答えた。かなり楽しかったようである。僕は苦笑いもいいとこだったけど、オヤジの笑顔を見ていると気持ちが癒された。
 オヤジはかなりホテルを探してくれた。7、8件回ってくれたがどこも満室だと言われた。オヤジは親身になりながら
「明日がフェスティバルだからなぁ」
 と自分のことのように残念がってくれた。そして気付いたら旅行会社の前にリクシャーを停めていた。
「ヘイ、ジャパニー。ここでホテルを探してもらうんだ。」
 僕の精神は日本からのエコノミー席での8時間の旅に続く、タクシー事件、野犬対決、ホテル巡りに疲れきり、どうにかなるだろうと中に入ったものの、案の定高額ツアーを組ませる悪徳旅行会社のトークを冷静な耳で客観的に聞いていた。
 アホかと。亮太お前はアホかと。インドに何しに来とるんやと。僕の中のもう一人の僕が耳打ちし続ける。明日はフェスティバルだからホテルはファイブスター(5つ星)しかないと簡単に片付けられ、どういうコースでインドを回るかと懸命に聞いてくる男の声が遠ざかっていく。
 僕の頭の中に一つの疑問が浮かぶ。考えたくないことだ。とても嫌な気持ちになることだ。それは、なんであのオヤジは僕をここに連れてきたんだ? というクエスチョンだった。時計を見ると4時過ぎ。あと少し。あと少しだ。電車が動く時間になれば早いとこ、こんな町出よう。その想いだけが毎分毎秒膨らんで行く。そして目の前の明らかに高額な料金でタージマハルへ連れて行こうとしている男の声と目つきに腹が立ち
「聞け。俺はツアーに入らない。絶対に、何があっても、ツアーは組まない」
 と言った。すると男は
「お前みたいなやつは出て行け! 二度とくるな!」
 と逆キレしだした。僕は平然とした態度で店を出て通りを歩く。ここがどこだか分からないが、あんなとこにいるよりはマシだ。
 犬が吠えている。少し怖い。真っ暗闇を一人歩く。何か柔らかいものを踏んだ。臭う。よく分からない。2、3歩歩く。靴の裏に着いた柔らかいものが潰れる。臭いが爆発する。くさい。これは、うんこだ。何のうんこだ? 僕はインドで騙されて、騙されて、犬に怯えて、うんこを踏んだ。
 旅は、あと30日ある。僕は一体あと何回騙され、犬に怯え、何から出てきたのか分からないうんこを踏むのだろう? まだカレーも食べてないのに、口の中が辛くなった。すると後ろから聞き覚えのあるバリバリバリバリバリという音。
「ヘイ、ジャパンニー」
 さっきのオヤジだった。こいつも結局は僕を騙していたんだ。僕は
「向こうへ行け」
 と、言った。するとオヤジが
「俺の友達のホテルが一部屋空いてるんだ。今取ってもらってるんだけど行かないか?」
 と誘った。そして僕はもう1度騙される。

救世主の正体は詐欺師

 僕は疲れもあり、野犬の怯えもあり、うんこもあり、オヤジのリクシャーに乗るには充分過ぎる要因を持っていた。オヤジは今までとは比べものにならないくらい真っ暗闇に包まれた道を、インド人を撥ねたリクシャーで走り抜ける。僕の反撃は、そのオヤジのリクシャーに靴の裏のうんこを擦りつけるくらいだった。正直このオヤジが向かってる先が怖かった。本当に人気のない、そして明かりのない、狭い道を行くのだ。僕はインド美人を拝む前に命を断つかもしれない。その不安はいくら拭っても拭いきれず、確実に増える一方だった。真っ暗闇の中リクシャーを停める。
「降りろ。ホテルだ」
「降りない」
 僕は怖さのあまり駄々をこねた。それが10分続いた後、僕は降りて本当にホテルがあって胸を撫で下ろした。そして高額なホテルの一室にサインをし、オヤジに100ルピー払い、明日絶対にデリーを出るという決意を胸に眠りに落ちた。

 あとで旅をしている日本人に聞いて分かったことなのだが、3月5日のこの夜、どこのホテルも普通に空いていたらしい。リクシャーのオヤジとホテルマンの口裏あわせで満室にされていたのだった。そういう詐欺が主流であることを、日本で全く予習していなかった地球の歩き方を読んで知った。僕は次の日から、受験生並にこの本を読みつくすことになる。そしてデリーへのリベンジを決意する。


体験をもって理解すること

体験をもって理解すること
■Writer&Photographer
田中美咲
■Age
23歳
■Profile
少しでも多くの人が心からの幸せであれる世界を創りたい。
渋谷で働くバックパッカー、です!
▽Keyword:
バックパック旅(221日6大陸12旅26カ国63都市)/瞑想修行(Vipassana)/全米NLP認定コーチ/LABプロファイル資格取得/前世はインドの姫/三軒茶屋シェアハウス
▽blog:
▽三軒茶屋シェアハウスBLUEHOUSE:

■インドとの出会い
 これまで、どんな地域に行こうと病気にならない自信があった。それが仇となったインドでの出来事と、それから大好きになったインドのことを話そうと思います。
 まず私は初めてのインドで、雨期に無理やりガンジス川を横断しようとして(というか騙されて)溺れかけて、本気で死ぬかもしれないと思った経験をしました。そこでいろんな人に助けてもらって心を癒してもらい、インドが好きになりました。
 そこから、前世が見える人からは「インドのお姫様だったわよ」と言われたり、ご縁があって瞑想やヨガを始めたり、どんどんインドに呼ばれていくのがわかりました。
■初めての感染症
 初めてインドに行った時にお世話になった人たちに会うため、2回目のインドではガンジス川のあるバラナシに2、3週間ほどいました。火葬場やガンガーの近くでぼーっとしたり、自分の思うがままに行動していて、虫よけとか日焼け止めとか、女子ならやるべきだろうことは一切せず、欲望のままに暮らしていました。
 ある日、なんだか体全身がだるくて、「あー水がいけなかったかなー」と思ったものの、お腹が痛くなるのにも慣れていたので放っておきました。そして、どんどん体が動かなくなってきて、熱を測ってみると41度も!
 立ち上がると気持ち悪くって、めまいと吐き気があるので何も食べれず。バファリンをとりあえず口にほおりこんでいました。それでも全く治る気配がないので“現地の病は現地の薬で”とどこかで読んだ覚えがあったので、仲良くさせてもらっているインド人の友人に病院まで連れて行ってもらいました。
■デング熱の症状
 40度以上の熱が2週間続き、一度37度くらいまで落ちるがまた40度を超える。全身が乾燥しだして、乾燥した肌の切れ目から血が出てくる。座っているだけでも気持ち悪くて、左脳の情報処理する力はほぼなくなる。※実体験

 デング熱(デングねつ、dengue fever)は、デングウイルスによる感染症。一過性の熱性疾患で、東南アジア・インド・中米・南太平洋などに広く分布する。近年の熱帯・亜熱帯地域の都市部におけるアウトブレイクには、急激な都市化が関連している。現在のところワクチンはない。※参考:wikipedia

■インドの病院でデブ熱と言われて
 インド人の友人に、お医者さんから伝えられるヒンドゥー語を訳してもらっていたらこう言われました。 ・インド人:「オマエ、ソレ、デブ熱ダゾ」
 ・私   :(ああ、デブがなる熱ね。ってなんだそれ!)
 ・インド人:「デブ熱、dengue feverダヨ」
 いろいろ日本語で伝えようとしてくれたけれど、英語で言われた方がわかった。めまいがして思考停止してる状態でもイラっとしたので、あー私まだ生きてるなと感じました。
 ・医者  :「注射2本打つのと、薬あげるね」
 そんな重症か? と思いながら、それがなんの注射なのか、薬ってなんのためになるのか全くわからなかったけれど、それを聞く体力も余裕もなかったので全てうなずき、ベットに横になりました。そして、注射は腕に打つものだと思っていた私の価値観は覆され、インド人が数十人見ている病院で半ケツにされ、幾度となくケツを揉まれ、右ケツと左ケツに1本ずつかなり大きい注射を打たれました。
 自分が理解していないものを体の中に入れられる恐怖と、数十人のインド人にケツを見られている理解不能な状況と、めまいと吐き気に苛まれながら、治療が終わりました。

 実はその後、その注射がインド人用だったためか、私には強すぎて貧血を起こして病院内で倒れました。なんだこれ。
 ・医者  :「チャイ飲んだらなおるから大丈夫だ」
 ・私   :(えええええええええチャイ頼みかい!)
 もうここまで来ると、何を信じていいのか何が何だかわかりませんでしたが、ただ白衣を着てる人は信用していいかという無謀な考えに身を託しました。
■迫るダージリン行きの深夜特急
 おしりに注射を打ってもらい、お薬ももらって、ゲストハウスでゆっくりしていたのも束の間。その1日後に出発するダージリン行きの深夜特急のチケットを取ってしまってました。この気持ち悪さのまま、チケットを無駄にしたくない想いを優先させ、飛び乗ることにしました。
 深夜特急の揺れがまたデング熱を絶好調に発症させました。スリーパークラスを取っていましたが、結局ほとんどトイレにいました。そしてダージリンに到着し、6人乗りの車に15人くらい乗ってダージリンの街に何時間もかけていきます。
 この時点でわかると思いますが、インドの汗臭さと砂と密集した空間を何時間もキープし、さらに整頓されていないでこぼこ道を走り続けることは今の私には殺人的状況ともいえました。
 ゲストハウスにようやく到着すると、めまいがきつくなり、せっかくのダージリンの滞在をほとんどベットの上ですごしました。それでも、周りの旅人やゲストハウスの人たちが食事を管理してくれたり、お見舞いにきてくれたり、マッサージしてくれたのでなんとか少しずつ体調は戻り、日本に帰れるくらいまでの回復ができました。その時一緒にいた方々、ありがとうございます。体重は10kgも落ちてしまいました。笑
■人のありがたみと生きていることへの感謝
 こうして、清潔感のない場でも、親が近くにいなくても、医療への信頼が築けていなくても、人をすごく大切にするインド人の性質と、旅人達の旅を通して培った生き抜く力と支え合う意識は、私の心を癒してくれました。
 自分は自分、他人は他人という考えで共通するインド人と旅人は、何かあれば自分の事をおいてでも駆けつける、その相手をとても重要な人だと考えることができるすばらしい信念と価値観をもっていると体験をもって実感しました。
 どんなに表面的に大切にしたとしても、重要なときにそれが出来なければ意味がない。それを知っていて、行動にできている人たちの中で旅をすることで、自分を見つめ直し、今の世の中に足りないものを見つけ出すことが出来たと思います。


旅トキドキ・・・

インドと青春と韓国
■Writer&Photographer
鈴木モト
■Profile 
男性 静岡県出身。高校時代、陸上でインターハイ出場。ベストタイム10秒84(100M)
美容師免許、管理美容師免許取得。
MIXIコミュニティー、「鈴木の書く世界一周旅行記が好きだ」2800人突破。
現在、一眼レフカメラ片手に世界を放浪中。
ブログ「地球の迷い方。~世界放浪編~」

『恋ヲ シマシタ』
 彼はつたない日本語で、少しうつむきながら、恥ずかしそうにそう答えた。
 インドの砂漠地帯に、俺とみつまは、3週間ほど滞在した。

 黄土色の乾いた砂漠の大地に、
 ビビットな色のサリーを着た女性達が、壺瓶を頭の上に抱え、水汲みをしていた。
 
 カラフルなサリーが、単色のつまらない砂漠の色に映えて、
 本当に美しかった。
 そして、インドの砂漠地帯から、首都のデリーに戻る列車の中で、俺は彼と出会った。
 
 韓国人の彼は、大学で日本語を学んだらしく、ほんの少しだけ日本語が話せた。
 
 彼はニコンに勤めていたが、仕事を辞め、一ヶ月かけインドを放浪し、これから韓国に帰る所だと言った。
 
 夜行列車に13時間ほど揺られ首都のデリーに着くと、俺とみつまと韓国人の彼で、タクシーをシェア。
 
 移動の時って、1人よりも2~3人居た方が、本当に楽なんだよね。
 
 乗り物をシェア出来るから安く済むし、1人よりも安全性が上がる分、気を張らなくてよい。
 トイレに行く時、誰かに荷物番を頼めるのも本当に楽。
 
 俺はよく1人で1年間も、ユーラシア大陸を放浪していたなと、何だか不思議に思ってしまった。
 荷物番を頼む相手が居なかったから、重たいバックパックを背負いながらしょんべんをするのは、本当に大変だった……。

 そしてタクシーを降り、安宿にチェックイン。
 
 この日の夜の便で韓国に帰る彼。
 
 部屋を取ろうか迷っていたので、俺達の部屋に荷物を置かせてやり、シャワーを使わせてあげた。
 そして彼に、一ヶ月のインドの旅はどうだったかと尋ねると、
 
『インドはすべてがベリーハードでベリー疲れる。韓国は素晴らしいって今気がついたよ』

 と、明るい表情でそう語った。
 
 リキシャーに乗って(バイクタクシーみたいなもん)目的地を言っても、まっすぐ目的地には連れて行ってもらえず、
 お土産屋を連れまわされ、それでいて多額のお金とチップを強要される。
 
 韓国では、タクシーに乗ってもそんな事はまず無いから、韓国は素晴らしい所って言ってた。笑 
 だから俺も『すげーー解るよっ!』って、心の底から言ってしまった。
 
 そして彼はつたない言葉でこう言った。
 
『僕ハ、5日間、恋ヲシマシタ』
 
『こ、恋???』
 
 聞く所によると……、
 インドのダラムシャラーと言う所で、ボランティアをしていた女性と仲良くなり、5日間を共に過ごしたそうな。
 
 きっと、一緒に観光や買い物をして楽しかったんだろうね。
 
 そして、最後の5日目に彼女と結ばれたって、日本語と英語を混ぜて説明してくれた。
 
『アジアの中のラテン』と言われている韓国。
 
 恋愛表現が豊かでストレート。
 
 日本と韓国は文化は似ているけど、シャイな日本人の気質とは少し異なる所。 

 そして彼は、『最後に彼女とメールしてくる』と言って、部屋を出て行った。
 
 そして2時間後……、
 彼は頭を抱えて帰ってきた。
 
『ど、どーしたー??』
 
『実は……』

 彼の説明によると……、
 彼女にメールした後、電話屋を探し、彼女に電話したらしい。
 
 でも彼女は、何やら悩み事がある様子で、落ち込んでいたらしい。

 そして彼女は少し冗談ぽく
『韓国には帰らないで』と言ったらしい。
 

 彼は、部屋のベットに腰をかけ、バックパックを抱えながら
『彼女に会いたいんだけどどうしたらいい?』
 と俺とみつまに相談してきた。
 
 そんな相談されたらさ、言う事は1つだよね。


『彼女の事が好きなら会いにいけば? 今日の航空券は捨てて、また買えばいい。お金は簡単に稼げるよ。今日行かなかったら一生後悔しない?』

 と……少し熱く語った。
 
 そして30分後……、
 
 彼は、愛する彼女の居るダラムシャラー行きのバスのチケットを取った。
 彼女に電話もしたって言ってた。

 彼女びっくりしてたけど、すげー喜んでくれてたって。
 
 韓国人の彼さ、
 俺に『どうしたらいい?』って相談した時点で
 多分、答えは決まっていた気がする。
 
 彼は俺に相談したんじゃなくて、背中を押してほしかっただけ。
 『会いに行け!!』って言って欲しかっただけ。
 
 そんな気がした。
 
 そしてその日の夜、彼は韓国行きの飛行機のチケットを捨てて、
 ダラムシャラー行きの長距離バスに乗り込んでゆきました。
 青春してるなーと思いながら見送りました。
 
 旅は、別れもあれば出会いもある。
 
 韓国人の彼とは連絡先を交換しなかったから、この後どうなったか解らないけれど、

トホホな話

今だから笑える、本当にあった
トホホな話

旅をしていると、日本ではとてもありえない事に遭遇したりする。
そして、時に泣き、怒り、落胆し、呆然とし、赤面し・・・。
そんな旅の猛者たちのトホホな話をTwitterで集めました。

初海外初一人で真昼間のカオサンで睡眠薬入りビールなーう\(^o^)/話せば長くなるんですけど、なんとか意識もうろうになりながら逃げ切りました!笑(;゜0゜) 次の日速攻カンボジアへ避難しました!笑 その時は怖くてたまらなかったんですけど、今となれば笑い話です。笑

ニュージャージー初日、モール内のトイレでの出来事。自分はドアを閉め便座に落ち着いた。うつむき加減にボンヤリと映る何か? ふと閉めたドアに目をやると一面デカデカと描かれたハーケンクロイツ…人糞で…カピカピの無臭でしたが…

インドのジャイプルで泊まっていたホテルのプロパンが爆発して、荷物も全てホテルに置き去りにした件です。その後、宿泊客は、逃げるようにキャンセル。しかし、私は店主の苛立ちにしぶしぶ一泊しました。あの旅は、ひどかったです。駅では中国人に恨みのあるインド人が、私をチャイニーズと思ったのか、怒鳴るわ殴りかかるわで、結局、インド人に助けられましたが......!でも、旅は楽しいから、やめられましぇん!

よーしっ!ウユニいくぞーって意気込んで出発し、トランジットのマイアミでパスポートすられたこと!終わったって思ったが実は始まってなかった!

トホホな話を募集しています。



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