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ー 34 ー 空白

隆太は、2週間入院した。
あの時はほとんど熱さを感じていなかったのだが、軽症ではあるものの、かなり火傷を負っていたのだ。

入院当日、遅い時間に両親が慌てふためいて見舞いに来ていたらしいが、その時隆太はまだ眠っていた。
目覚めてから再び現われた両親に、隆太は何故か こっぴどく叱られた。
だが息子の身体を気遣って、詳しいことを聞き出すことも無く、彼らは隆太の無事を確認して帰って行った。

街の人達やサラが命を救った家族が続々と見舞いに来たが、その対応は全て、交代で来てくれているグエン夫妻や有希子がこなし、病室へは入れなかった。
隆太にはそれがありがたかった。

サレンダーの能力については、その現場を見た者に長老がその場で箝口令を敷いたらしい。

それでも噂は広まるだろうと一同は覚悟していたが、そうはならなかった。
長老が一軒一軒をまわってサレンダーの力を説明し、口外しないよう念を押して歩いてくれたのだ。


グエン夫妻は、隆太の怪我が早く治るようにとエネルギーを注ぎ込もうとした。

だが隆太はそれを断った。

サラを巻き込んでおいて救えなかった自分は、なるべく長く痛みを感じて苦しまなければいけないような気がしていたからだ。

しかし皮肉にも、日頃の瞑想で免疫力が上がっていた隆太の回復ぶりは、医者も驚くほどだった。




退院当日、グエン一家と有希子が店を休みにして迎えに来てくれた。

帰宅した一同は、3階のリビングに落ち着いた。

そこで隆太はようやく、サラの臨終の様子を聞く心の準備が出来たのだった。



サラは病院に運ばれてから数時間、昏睡状態が続いた。

一度だけ意識が戻り、助けた子供を連れて先に病院に到着していた有希子が呼ばれた。
グエン夫妻は、眠っているフオンのベッドにつきっきりだったのだ。

サラは隆太への伝言の他に、「パパとママに、ごめんねって…」とかすれ声で言ったそうだ。

有希子に手を握られ、サラはまた眠った。
しばらくして、彼女は静かに息を引き取った。

彼らは、サラの葬儀にも出席した。
また、天空人達も多くが葬儀に出席したのだった。

サラの両親は、中学時代から友人を全く作らなくなった娘の葬儀に大勢の人が参列してくれたことに驚きつつも、涙ながらに喜んでいたそうだ。




隆太は膝に肘をつき、両手で顔を覆いながら黙って全てを聞いていた。
全てを聞き終えてもそのまま動かなかった。ホアの淹れてくれたお茶にも手を付けなかった。

やがて、「少し休みなさい」というカイの言葉に頷き、礼を言って部屋に戻りベッドに潜り込むと、丸まって眠った。



実は、有希子は葬儀のあと、サラの同僚という女性グループに声を掛けられていた。

彼女達は、有希子のブレスレットに目を留めたのだそうだ。
有希子は
サラとお揃いのブレスレットを外す気になれず、葬儀の席でも着けたままだったのだ。

「太田さん、最近明るくなって…年上のお友達が出来たって言ってました。お姉さんみたいなんだって」
「よく笑うようになって、毎日が楽しくなってきたんだって言ってたのに…」
「そう。それに、急に綺麗になったから『好きな人でも出来たの?』って聞いたら、赤くなって
『そんなんじゃない』って言ってました」
そう言って、彼女達は泣き笑いしていた。

有希子は、そのことだけは隆太に言わなかった。



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ー 35 ー 隆太

翌朝目覚めると、隆太はサラの実家に行くことを決意した。

病院で目覚めて以来、隆太は自分の感情がうまく働かなくなっていることを自覚していた。
色々な話を聞いて理解はしているのだが、心の一部が麻痺したようになって、薄いベールに隔てられているかの様にどこか無感覚な状態なのだ。

だが、今行かないと永遠に機会を逸しそうな気がした。

カイは一緒に行こうと申し出てくれたのだが、隆太は「ひとりで大丈夫です」と断った。


隆太はまず長老の家に向かい、救助の手助けとその後の対応について礼を言った。

「その小さな翼で、よくやった。火災の被害があれで済んだのは、全てお前のおかげじゃ」

長老の労いに隆太は黙って頭を下げ、これからサラの家に行くことを告げた。

「勇敢なお嬢さんだった…」

長老はそう言って頷いたきり、サラの力については何も聞かなかった。


 * * *

サラの実家は、彼女の住んでいたアパートからそう離れてはいなかった。

なんの変哲も無い、住宅地の一戸建てだ。だが、一見してよく手入れが施されているのがわかった。
それなのに、門扉に飾られた花が少し枯れかけていて、隆太は思わず目を逸らした。

ある感情が鋭くベールを突き破って出て来そうになったが、それがなにがしかの形を取る前に、急いで振り払った。


サラの両親は、隆太の訪問を喜んでくれた。

仏壇には、フオンが有希子の携帯で撮った、サラの笑顔の写真が飾られていた。
隆太は仏壇に手を合わせた。

一度深く呼吸をして、隆太は両親に向き直り、正面から彼らの目を見据え切り出した。

「実は、お話ししておきたいことがあります。不思議な話で信じられないかもしれませんが、聞いていただけますか?」


隆太は長い時間をかけて、サラの能力のことや、そのせいでサラが長年悩んでいたことなどを話した。
両親に話せなかったのは、そんな能力を持つ娘を心配させたくなかったからだ、と伝えた。

サラはそうは言っていなかったが、そういう気持ちも少なからずあったはずだと隆太は信じていた。


「発火能力…」

両親はしばらく絶句していた。当然だろう。

しかし、やがて母親が涙を拭きながら言った。

「あの子が大きな悩みを抱えていたのには気付いていました。でもまさか、そんな…」

隆太は座布団から降り、彼女の両親に向かって土下座をした。

「彼女は、その能力で炎を抑えあの親子を助けました。俺のせいです。申し訳ありません」

両親は意味がわからずに慌てふためき、隆太に頭を上げさせようとする。

だが隆太は、頭を畳につけたまま、言った。

彼女は初め、その力を押さえつけることに必死になっていた。
それなのに自分が「今の自分を認めて受け入れろ」などと吹き込んだばかりに、こんなことになってしまったのだ、と。


彼らはしばらく言葉を失っていたが、隆太に頭を上げさせた。

「不思議だったのよ。何故あの子が、見ず知らずの人達の為に火事の中へ飛び込んだりしたのか」
母親はそう言ってハンカチに顔を埋めた。


サラのことを話すのは苦しかった。思い返すことさえ苦痛だった。
ずっと不思議な無感覚の空白に沈んでいたかった。

だが、その最後の様子をご両親に話すのは、自分の義務だと感じていた。
隆太は両膝の上で固く拳を握り俯いたまま、無感覚のベールをこじ開けるように言葉を絞り出した。

「佐和子さんは、天空橋の商店街近くでの火事と聞いて、俺たちを心配してこちらに向かったのでしょう。着いてみると火災現場はうちから離れていたけれど、中に人がいると聞いて思わず飛び込んでしまったんだと思います」

そして、サラからの伝言を伝えた。

あの娘は昔から優しい子で…そう言って母親は泣き崩れてしまった。

隆太は俯いたまま、顔を上げることが出来なかった。



「佐和子の同僚の方達に、話を聞きました。最近の佐和子はとても明るくなって楽しそうだったと」

しばらく黙って話を聞いていたサラの父親が、仏壇から写真の束を取り上げ、俯いたままの隆太に差し出した。
顔を見なくても、その声に涙が滲んでいるのがわかった。

「葬儀の時に柏木さんが下さった写真です。ほら。あの子のこんな笑顔、私たちは何年も見ていなかったんです」

サラの父親は、泣いている妻を労るように肩を抱き、そして隆太に頭を下げた。

「佐和子と仲良くして下さったこと、そして命がけであの子を救い出そうとして下さったこと、本当に感謝しています。ありがとう、大原さん」




サラの実家は、あまりにも生々し過ぎた。

家のそこここに、サラの思い出が刻まれている筈なのだ。それを目の当たりにするのは耐えられなかった。
自分でも卑怯だと感じてはいたが、隆太は家の中の様子をなるべく見ないようにしていた。

だが帰り際、庭の片隅にある猫のお墓に手を合わせることは 忘れなかった。

そこにはいくつかの、小さな白い花が咲いていた。




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ー 最終話 ー 永遠の連鎖


うららかな朝。

今日はフオンの入学式だ。

おめかししたフオンとその両親。

隆太は商店街の外れまで自転車を押して彼らと一緒に歩き、分かれ道で手を振って彼らを見送った。

まるでランドセルが歩いているようなフオンの背中を眺めながら、隆太はほんの数秒、思い返した。フオンに水を出すように頼んだ時のことを。


隆太はあの時、フオンが水を創り出したものと思っていた。

だが実際は、カイの持っていたバケツの底に少しだけ残った水を握りしめて、フオンは走ってきたのだ。
そして驚異的なスピードで手のひらに水を増量し、隆太に水を投げつけた瞬間に、空中で爆発的に水を増やしたのだった。
それは、意識して行った事ではなかったらしい。

「いっぱい水をかけなきゃ、リュータが燃えちゃうと思ったの。手で水を溜めた方が出来るような気がした」
だいぶ後になって、フオンが言ったのはそれだけだった。


彼らの後ろ姿が見えなくなると、隆太は思いを振り払い、自転車にまたがり会社へ向かった。
通常の半分ほどの時間の勤務だが、今日から仕事復帰だ。

隆太の事情を知って、会社は長く休ませてくれた。

連日、あの火災の報道が続いた。
空を飛び交う天空人達の姿が、繰り返し全国に放送されたのだ。

世界中のニュース番組からも、取材の申し込みが殺到した。
隆太自身は一切取材には応じなかったが、長老をはじめ何人かが取材に応じたようだ。

天空人達の苦い歴史も、紹介された。

多くのニュース番組は「天空人達が過去に受けた苦難を繰り返さぬよう、彼らの特殊性を尊重するべきである」という論調で締めくくられた。

そんなふうに大掛かりに取り上げられても、サレンダーについては皆沈黙を守ってくれていた。

それは、隆太とグエンファミリーへの敬意だった。


報道を受け、隆太のブログのアクセス数は一気に上がった。
「天空橋」や「天空人」というキーワードを検索して、辿り着いたようだ。

隆太はブログを閉鎖しようかとも考えたが、サラに失礼になるような気がしてそのままにしてある。



職場に着くと、皆が隆太の職場復帰を喜んでくれた。

友人を失ったことへのお悔やみや、火災の被害をくい止めたことへの控えめな賛辞がおくられた。それを茶化すようなものは一人もいなかった。

ひと月ほども休んでいたのだが、ブランクはあまり感じなかった。
あの不思議な無感覚をまだ引きずってはいたが、仕事は以前と同じくこなすことが出来た。



1時過ぎ、隆太は会社を出た。

入学式を終えたグエン達と待ち合わせて、サラの墓参りに行く約束なのだ。
サラにもランドセル姿を見せるのだ、と言い出したのはフオンだった。
もちろん、有希子も一緒だ。

自転車で待ち合わせの駅に着くと、4人は既に待っていた。


 * * *


サラの先祖の墓の前で、線香をあげ手を合わせる。

「宇宙と繋がるとき、私たちはサラとも繋がってる」

隆太の隣で、有希子がポツリと言った。
腕にはやはり、あのブレスレットだ。

「うん、わかってる。でも…」

佐和子の両親には感謝されたが、それで隆太の心が晴れたわけではなかった。


「わかってはいるけど、感情はまだ追いつかないわよね」

隆太が言いたかった事を、有希子が先に言ってくれた。



サラはあの時、隆太に言った。

「隆太さん…繋がったよ…出来たよ…」

極限状態の中で、サラはおそらく通常の瞑想などとは桁違いに精神を集中させ、宇宙と大きく結びついた。
そしてその膨大なエネルギーを、炎を抑えることに注ぎ込んだのだ。

一方で、親子を抱えて逃げられないこともわかっていた。
だから心の中で、必死に隆太に助けを求めたのだ。

同じく全霊でサラを思っていた隆太がサラの居場所を確信出来たのは、その念を受け取ったためだろう。

あのとき、ふたりは宇宙を介して確かに繋がったのだ。


空中を飛び回った猫の幻影は、サラが創り出したものだったのだろうか。
それとも、死んでしまった猫がサラを守ろうと…?

それについては、隆太にはわからなかった。どちらでも構わなかった。



サラの肉体は滅んだが、魂は宇宙と一体になった。

サラとの記憶は、隆太達の魂を形作る礎のひとつとなって組み込まれる。

その魂は、隆太達の子孫や周りの人達に受け継がれ、永遠に続いていく。

隆太達の肉体が滅んでも、永遠に。



炎のような夕焼けが、彼ら5人を照らしていた。

5人の脳裏に、長く炎の尾を引いて飛んで行く猫の姿が一瞬ひらめいて、消えた。




ー 完 ー




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