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ー 31 ー サラ

「どの家かわかりますか?」「イヤ、そこまでは…」

隆太は方向転換し、バケツリレーの方に戻った。

「水を!」

隆太は叫んだ。が、バケツリレーはもう機能していなかった。水が届かなくなっていたのだ。

人々は、なす術も無く避難しようとしている。

隆太は狂ったように周りを見回した。

見つけた。フオンの方へ駆け出す。


「フオン!水だ!」

「え?」

「水を出してくれ!」

隆太の形相に、フオンは怯えている。

カイが走り寄ってきた。「リュータ、サラさんは?」

「燃えている家の中に女性が入っていったそうです。きっと、サラさんだ」

言いながら、隆太はコートを脱ぐ。続けて上着とシャツも脱ぎ、半裸になった。

「フオン!頼む」

フオンは今や、隆太が何をしようとしているか察していた。

力なく首を振りながら、「出来ないよ…やだよ…」と弱々しく呟く。

「…そうか。なら、このまま行く」

隆太はきびすを返し、少し距離を取った。助走をつけるためだ。



「待って!」

フオンが泣きそうな顔で走ってきた。「わたし、やってみる」

「ありがとう。フオン。頼んだよ」隆太はフオンに背を向けた。

目を閉じて精神集中するフオンの背後にカイが立ち、フオンにエネルギーを加勢する。

「うぅぅぅ…」

両手を握りしめ、仁王立ちになって眉根をギュッと寄せて集中する。


その間隆太は、燃え盛る家々を睨みつけていた。

一カ所だけ、炎の勢いが弱まっている場所がある。おそらく、サラはあそこだ…直感を信じろ!


フオンは両手をあわせて器を作った。

小さな手のひらに、徐々に水が満ちてくる。

「うああああっ!」

そう叫んで、手のひらの水を隆太の背中に向けて投げつけた。

本来ならあり得ない大量の水が、隆太の背中と翼を濡らした。

前髪から水を滴らせながら振り返った隆太は、微笑んでフオンの頭をクシャクシャと撫でた。

「良くやった、フオン。頑張ったな」

息を切らせながらこちらをを見上げ 泣いているフオンの頭を、隆太はもう一度撫でる。

「大丈夫。ちゃんとサラさんを連れて戻ってくるからな」

カイに向かって頷くと、カイも無言で頷き返した。



こんなに長い距離を飛ぶのは初めてだ。でも、やるしかない…

隆太は無意識に首元のチョーカーを握りしめた。守人の護り石。


(集中しろ!)

隆太は全速力で走り出した。そして大きく地面をひと蹴りすると、そのまま飛び立った。


避難する人々や野次馬たちはあっけにとられ、自分らの頭上を超えて一直線に炎へ向かって羽ばたいて行く隆太を見あげた。





(サラ、どこだ…サラ…)

脱いだTシャツで口元を覆い、隆太は見当をつけた家に近づいた。


そのとき、割れた窓から何かが飛び出して来た。

それは家のまわりをぐるりと回り、まるで炎を飲み込みながら進んでいるかのように炎の勢いを弱めている。

1匹の猫だった。

炎を纏ったおおきな白猫が、炎の尾を長くひきながら空中を飛び回り、2階の窓からその家に戻っていった。

やはり、あそこだ。隆太はそう確信し、同じ窓から部屋に降り立った。

煙で何も見えない。目を細め、Tシャツを強く口元に押し付ける。

ある一角だけ、炎がまわっていない場所がある。隆太はそちらへ駆け寄った。

サラが居た。子供を抱きかかえたまま気を失っている女性に覆いかぶさり、目をきつく閉じている。精一杯炎を遠ざけているのがわかった。
見えない壁で隔てられているかのように 炎は行く手を阻まれ、サラを中心にドーム状の空白が出来ている。

「サラ!」

隆太の声に気付いて、サラは顔を上げた。

「りゅう…」そう言って、咳き込んでしまう。

隆太はTシャツを引き裂き、サラの口元に押し付けた。

どうしよう…3人も…

隆太は逡巡した。だが、サラは迷い無く女性の腕から子供を抱き上げ、隆太に渡した。

隆太は頷いて子供を受け取ると、しっかりと腕に抱いた。

「すぐに戻ってくるからな。待ってろ」

そう言いおいて窓へ駆け寄り、そのまま飛び立った。




遠巻きに固唾をのんで見守っていた群衆は、沸き返った。

隆太が炎の中から飛び出してきたのだ。

隆太は真っすぐフオンとカイのところへ着地した。ホアと有希子も到着していた。

腕に抱いた子供をホアに手渡す。

「サラは?!」

「まだ中です。もう一人いる。もう一度行ってくる」
簡潔に言って、隆太はマスクがわりの破いたTシャツを頭の後ろで固く結んだ。

そんな!と悲痛な叫びをあげる有希子を無視してまた駆け出そうとした時、「待て!隆太!」と呼び止める声がした。

長老だった。

「ワシも行くぞ」

そう言って上着を脱ぎ捨てた長老の上半身は、意外なほどに強靭だった。

「でも…」そう言って止めようとする隆太に、長老はニヤリと笑った。

「お前さんよりよっぽど飛べるぞ。見ろ。この立派な翼を」

大きな翼を広げてみせると、助走も無しに先に飛び立ってしまった。


隆太もすぐに後を追う。走って飛び立った隆太の背中を、群衆の声援が後押しした。



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ー 32 ー 天空人

隆太は長老に先行して部屋に入り、まっすぐにサラの元へ向かう。

「サラ!」

サラは気を失ったままの女性を抱きかかえている。

再び現われた隆太に気付いて安堵したサラの、意識が遠のいた。
炎が一気に勢いを増して押し寄せてくる。

隆太はサラの頬をパシパシと叩いた。「サラ!もう少しだ!頑張れ!」

長老が追いついた。「急げ、隆太」



 * * *


フオンは震えながら隆太の入っていったあたりを凝視していた。
カイとホアは一心に祈り、エネルギーを隆太に注ぎ込んでいる。

周りの人達も、そんな夫妻の姿を見て一緒に祈った。
両手を組み合わせ、祈りながら火災を見つめる。

今まで1カ所だけ抑えられていた炎が、急に勢いを増した。隆太達の入っていったあたりだ。
人々の口から、悲痛な溜息が漏れた。

「リュータあああああああ!!!」フオンが絶叫した。

ギュッと目を瞑り、小さな両手を握りしめる。歯を食いしばり、集中する。

そんなフオンに気付き、カイとホアはフオンに加勢した。

有希子は救出した子供をホアから受け取り、救急車に乗せるべく走り去った。


3人のエネルギーがひとつになって渦巻く。目に見えない力が増大していく。
周囲で祈る人たちのエネルギーをも僅かに取り込みながら。


「ぅぅぅぅぅぅ…」

集中するあまり小さな唸り声を発するフオンの髪が、自らが発するエネルギーに呷られて逆巻く。

やがて、あちこちからカタカタガタガタと音がしはじめた。

「ぅぅぅうああああああああああ!!!」

フオンの絶叫と共に、近くにある数カ所のマンホールの蓋が飛び下水が吹き出した。
近くの用水路からも水が飛び出した。

それらがうねりながらひと塊になり、一斉に燃える家に向かって飛んで行き降り掛かった。

一瞬の出来事だった。大量の水の塊が屋根に降り注ぎ、炎はその勢いを鎮めた。

フオンは気を失って倒れた。



 * * *


隆太がもう一度サラの頬を叩く。「サラ!起きろ!」

目を開いたサラを長老に託す。「サラ、長老を頼む。ここから出るまで、炎を抑えてくれ」 

「いや、全員固まって行こう。そのほうがいい」

長老はそう言って片腕でサラの脇腹を抱え、もう片腕で隆太の腕を取った。

隆太は頷き、気を失っている女性の腹に片腕をまわし、もう片方で長老と腕を組む。

「サラ、この人を抱えられるか?」

長老に抱えられたサラは苦しそうに頷き、女性の腹に両腕をまわし両手の指を組み合わせた。

「よし、隆太。行くぞ」

そのとき、窓から大量の水が飛び込んで来た。少しだけ、炎の勢いが弱まった。

フオン、ありがとう。隆太は心の中でそう呟き、炎の中を長老と共に踏み出した。

サラが目を細めて窓の方向を睨むと、燃え盛っていた炎が道を開く。

これ以上煙を吸わないよう息を止めたまま、4人は窓から飛び出した。



長老の力強い羽ばたきに、隆太は随分助けられた。
長老に引っ張られるように隆太は飛んだ。

フオン達の元にようやく辿り着いた隆太に、うまく着地出来る体力は残っていなかった。

足から崩れ、抱えていた女性を庇って転がるように着地し背中で路面を滑った。翼が路面に擦れ、千切れた羽根が舞う。

隆太が抱えていた女性は、隆太の身体の上でバウンドして地面に投げ出された。

長老はなんとか持ちこたえ、ぐったりしたサラを抱えたままふわりと着地していた。


見守っていた人達が4人を取り囲む。
口々に「よくやった」「救急車がもうすぐ来るから」などと叫ぶ。

女性が彼らに介抱されるのを確認し、隆太は這うようにしてサラの元へ行った。
長老に支えられ、ようやく上半身を起こした姿勢で力なく横たわっている。

サラの肩を揺する。

「サラ!サラ!目を開けろ!」


サラは薄く目を開いた。


「隆太さん…繋がったよ…出来たよ…」
喉をやられているのだろう、ようやく聞き取れるほどのささやき声だ。

「うん。わかったよ。よく頑張ったな」

隆太は、頷いてそう言うのが精一杯だった。

サラは微笑んで空を見上げた。

「見て。すごく…キレイ…」

隆太はサラの視線を追って空を見上げた。

炎に染められ火の粉の舞う夜の空を、無数の天空人達が真っ白な翼を広げ手に手にバケツを持って飛び交っている。



恐ろしくも美しい夢のような光景に 一瞬みとれた隆太が サラに目を戻した時には、彼女は意識を失っていた。



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ー 33 ー 遺したもの

隆太が目を覚ましたのは、病室だった。

フオンが隆太のベッドの足元に突っ伏して眠っている。

隆太がボーッとしながら自分の腕や肩に巻かれた包帯を眺めていると、看護士がやって来た。

「大原さん、わかりますか?」

「ええ…ハイ…病院です…」まだ意識がボヤけている。

看護士はテキパキと隆太の脈を確認し、額に手を当てたり点滴の具合を見たりしたあと、「先生を呼んできます」と出て行った。



フオンはまだ眠っている。

ぼんやりとだが徐々に記憶が甦ってきた。手を伸ばし、眠っているフオンの頭をそっと撫でる。


彼女はあの時、初めて何も無いところから水を創り出した。
そして、練習ではまだ出来なかった水の移動。それも、大量の水を一気に燃えている家へ向けて投げつけたのだ。

自分とサラを救うために。こんな小さな身体で。


そこへ、有希子とグエン夫妻が駆け込んで来た。

「リュータ!」

「良かった…」ホアが隆太の包帯の巻かれていないほうの手を握る。

カイはホアの背後に立ち、涙を溜めた目で笑顔を隆太に向けている。

有希子は眠っているフオンの後ろで唇を噛み、立ち尽くしていた。


「サラは…?」

隆太の問いに、3人は俯いた。


「俺のせいだ…」

「リュータ…」ホアが手を握る力を強めた。

「俺が、あんなブログなんか始めたから…」隆太はきつく目を瞑った。

「リュータ。責任なら、私たち5人みんなにあります」カイが言った。

目を瞑って何も答えないままの隆太に、有希子が静かな声で報告した。


隆太は全く憶えていなかったが、サラが救急車に乗せられるのを見届けると、自力で別の救急車に乗り込んだらしい。

サラが救った親子は、子供は軽症、母親は重症だったものの一命を取り留めた。

現場を見ていた者の話では、帰宅した父親が妻子が家の中にいると叫び、それを聞いたサラがいきなり走り出して家に飛び込んで行ったのだという。
突然の事で、止める隙も無かったらしい。

隆太と長老が燃え盛る家に飛び込んで行くのを見た天空人達は、次々に服を脱ぎ捨て空に舞い上がった。

その姿を見た天空人達が、街中から集結した。
女性達も服の背中をハサミで切り裂き、加わった。

遠くまでバケツを運び、水を調達するもの。
人だかりのせいで整理の進まない不法投棄の自転車を、空を飛んで運んでは遠くへ放り捨て、消防車の通り道を確保するもの。
怪我人を病院へ運ぶもの。
翼を持たないものは、ベランダへ出て空のバケツを受け取り水を満たして手渡した。
長い距離を飛べないものは、家の近くを飛び回りバケツの受け渡しに協力した。
空中でお互いに伝令し合い、電話で家族をも呼び出し、力をあわせて鎮火に取り組んだのだという。

やがて消防車が入り、火災は鎮火された。
被害は予想されていたよりずっと小さく済んだそうだ。

フオンは丸一日眠ったままだったが、身体に異常はなかった。
長老も、軽い火傷を負ったもののピンピンしているらしい。

最後に有希子が涙混じりの声で言った。

「隆太君、サラからの伝言。『またいつでも繋がれる。ありがとう』って。微笑ってたよ」


歯を食いしばった隆太の頬を 涙が伝った。



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ー 34 ー 空白

隆太は、2週間入院した。
あの時はほとんど熱さを感じていなかったのだが、軽症ではあるものの、かなり火傷を負っていたのだ。

入院当日、遅い時間に両親が慌てふためいて見舞いに来ていたらしいが、その時隆太はまだ眠っていた。
目覚めてから再び現われた両親に、隆太は何故か こっぴどく叱られた。
だが息子の身体を気遣って、詳しいことを聞き出すことも無く、彼らは隆太の無事を確認して帰って行った。

街の人達やサラが命を救った家族が続々と見舞いに来たが、その対応は全て、交代で来てくれているグエン夫妻や有希子がこなし、病室へは入れなかった。
隆太にはそれがありがたかった。

サレンダーの能力については、その現場を見た者に長老がその場で箝口令を敷いたらしい。

それでも噂は広まるだろうと一同は覚悟していたが、そうはならなかった。
長老が一軒一軒をまわってサレンダーの力を説明し、口外しないよう念を押して歩いてくれたのだ。


グエン夫妻は、隆太の怪我が早く治るようにとエネルギーを注ぎ込もうとした。

だが隆太はそれを断った。

サラを巻き込んでおいて救えなかった自分は、なるべく長く痛みを感じて苦しまなければいけないような気がしていたからだ。

しかし皮肉にも、日頃の瞑想で免疫力が上がっていた隆太の回復ぶりは、医者も驚くほどだった。




退院当日、グエン一家と有希子が店を休みにして迎えに来てくれた。

帰宅した一同は、3階のリビングに落ち着いた。

そこで隆太はようやく、サラの臨終の様子を聞く心の準備が出来たのだった。



サラは病院に運ばれてから数時間、昏睡状態が続いた。

一度だけ意識が戻り、助けた子供を連れて先に病院に到着していた有希子が呼ばれた。
グエン夫妻は、眠っているフオンのベッドにつきっきりだったのだ。

サラは隆太への伝言の他に、「パパとママに、ごめんねって…」とかすれ声で言ったそうだ。

有希子に手を握られ、サラはまた眠った。
しばらくして、彼女は静かに息を引き取った。

彼らは、サラの葬儀にも出席した。
また、天空人達も多くが葬儀に出席したのだった。

サラの両親は、中学時代から友人を全く作らなくなった娘の葬儀に大勢の人が参列してくれたことに驚きつつも、涙ながらに喜んでいたそうだ。




隆太は膝に肘をつき、両手で顔を覆いながら黙って全てを聞いていた。
全てを聞き終えてもそのまま動かなかった。ホアの淹れてくれたお茶にも手を付けなかった。

やがて、「少し休みなさい」というカイの言葉に頷き、礼を言って部屋に戻りベッドに潜り込むと、丸まって眠った。



実は、有希子は葬儀のあと、サラの同僚という女性グループに声を掛けられていた。

彼女達は、有希子のブレスレットに目を留めたのだそうだ。
有希子は
サラとお揃いのブレスレットを外す気になれず、葬儀の席でも着けたままだったのだ。

「太田さん、最近明るくなって…年上のお友達が出来たって言ってました。お姉さんみたいなんだって」
「よく笑うようになって、毎日が楽しくなってきたんだって言ってたのに…」
「そう。それに、急に綺麗になったから『好きな人でも出来たの?』って聞いたら、赤くなって
『そんなんじゃない』って言ってました」
そう言って、彼女達は泣き笑いしていた。

有希子は、そのことだけは隆太に言わなかった。



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ー 35 ー 隆太

翌朝目覚めると、隆太はサラの実家に行くことを決意した。

病院で目覚めて以来、隆太は自分の感情がうまく働かなくなっていることを自覚していた。
色々な話を聞いて理解はしているのだが、心の一部が麻痺したようになって、薄いベールに隔てられているかの様にどこか無感覚な状態なのだ。

だが、今行かないと永遠に機会を逸しそうな気がした。

カイは一緒に行こうと申し出てくれたのだが、隆太は「ひとりで大丈夫です」と断った。


隆太はまず長老の家に向かい、救助の手助けとその後の対応について礼を言った。

「その小さな翼で、よくやった。火災の被害があれで済んだのは、全てお前のおかげじゃ」

長老の労いに隆太は黙って頭を下げ、これからサラの家に行くことを告げた。

「勇敢なお嬢さんだった…」

長老はそう言って頷いたきり、サラの力については何も聞かなかった。


 * * *

サラの実家は、彼女の住んでいたアパートからそう離れてはいなかった。

なんの変哲も無い、住宅地の一戸建てだ。だが、一見してよく手入れが施されているのがわかった。
それなのに、門扉に飾られた花が少し枯れかけていて、隆太は思わず目を逸らした。

ある感情が鋭くベールを突き破って出て来そうになったが、それがなにがしかの形を取る前に、急いで振り払った。


サラの両親は、隆太の訪問を喜んでくれた。

仏壇には、フオンが有希子の携帯で撮った、サラの笑顔の写真が飾られていた。
隆太は仏壇に手を合わせた。

一度深く呼吸をして、隆太は両親に向き直り、正面から彼らの目を見据え切り出した。

「実は、お話ししておきたいことがあります。不思議な話で信じられないかもしれませんが、聞いていただけますか?」


隆太は長い時間をかけて、サラの能力のことや、そのせいでサラが長年悩んでいたことなどを話した。
両親に話せなかったのは、そんな能力を持つ娘を心配させたくなかったからだ、と伝えた。

サラはそうは言っていなかったが、そういう気持ちも少なからずあったはずだと隆太は信じていた。


「発火能力…」

両親はしばらく絶句していた。当然だろう。

しかし、やがて母親が涙を拭きながら言った。

「あの子が大きな悩みを抱えていたのには気付いていました。でもまさか、そんな…」

隆太は座布団から降り、彼女の両親に向かって土下座をした。

「彼女は、その能力で炎を抑えあの親子を助けました。俺のせいです。申し訳ありません」

両親は意味がわからずに慌てふためき、隆太に頭を上げさせようとする。

だが隆太は、頭を畳につけたまま、言った。

彼女は初め、その力を押さえつけることに必死になっていた。
それなのに自分が「今の自分を認めて受け入れろ」などと吹き込んだばかりに、こんなことになってしまったのだ、と。


彼らはしばらく言葉を失っていたが、隆太に頭を上げさせた。

「不思議だったのよ。何故あの子が、見ず知らずの人達の為に火事の中へ飛び込んだりしたのか」
母親はそう言ってハンカチに顔を埋めた。


サラのことを話すのは苦しかった。思い返すことさえ苦痛だった。
ずっと不思議な無感覚の空白に沈んでいたかった。

だが、その最後の様子をご両親に話すのは、自分の義務だと感じていた。
隆太は両膝の上で固く拳を握り俯いたまま、無感覚のベールをこじ開けるように言葉を絞り出した。

「佐和子さんは、天空橋の商店街近くでの火事と聞いて、俺たちを心配してこちらに向かったのでしょう。着いてみると火災現場はうちから離れていたけれど、中に人がいると聞いて思わず飛び込んでしまったんだと思います」

そして、サラからの伝言を伝えた。

あの娘は昔から優しい子で…そう言って母親は泣き崩れてしまった。

隆太は俯いたまま、顔を上げることが出来なかった。



「佐和子の同僚の方達に、話を聞きました。最近の佐和子はとても明るくなって楽しそうだったと」

しばらく黙って話を聞いていたサラの父親が、仏壇から写真の束を取り上げ、俯いたままの隆太に差し出した。
顔を見なくても、その声に涙が滲んでいるのがわかった。

「葬儀の時に柏木さんが下さった写真です。ほら。あの子のこんな笑顔、私たちは何年も見ていなかったんです」

サラの父親は、泣いている妻を労るように肩を抱き、そして隆太に頭を下げた。

「佐和子と仲良くして下さったこと、そして命がけであの子を救い出そうとして下さったこと、本当に感謝しています。ありがとう、大原さん」




サラの実家は、あまりにも生々し過ぎた。

家のそこここに、サラの思い出が刻まれている筈なのだ。それを目の当たりにするのは耐えられなかった。
自分でも卑怯だと感じてはいたが、隆太は家の中の様子をなるべく見ないようにしていた。

だが帰り際、庭の片隅にある猫のお墓に手を合わせることは 忘れなかった。

そこにはいくつかの、小さな白い花が咲いていた。





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