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ー 24 ー 参謀の活躍

隆太はゴクリと唾を飲み込みたいのを堪えた。平静を装う。

「大丈夫ですか?無理しなくていいのよ」

そう気遣う有希子に、サラは縮こまるような姿勢で小さく答えた。

「私、決めてたんです。皆さんに信用してもらいたいから、見てもらおうって」

思い詰めたような目で テーブルの上で握りしめた自分の手をみつめている。
先ほどから、あまりこちらと目を合わせない。

この喫茶店、この席を待ち合わせ場所に指定したのは、サラだった。
自分の能力を見せるにあたり、空いている時間帯、僅かな他の客から死角になる席を選んだのだろう。

テーブルに置いてあった灰皿を引き寄せ、ふたりに訊ねた。

「すみません、メモ帳とかティッシュとか、なんでもいいんです。紙をお持ちですか?」

有希子がバッグからポケットティッシュを取り出し、1枚引き抜いて丸め、灰皿の上に置いた。


「あの…すごく久しぶりなので失敗するかもしれないんですけど…」

隆太は安心させるように頷いた。

「大丈夫。燃えなかったからって、あなたが嘘をついたなんて思いません」

サラは「失敗」という言葉を使ったが、隆太はその言葉を慎重に避けた。



サラが灰皿の上のティッシュを見つめる。
唇を噛み締め、テーブルの上の両手は固く握りしめられている…




 * * *



「…どうするの?」

サラと別れた帰り道、ふたりはしばらく黙ったまま歩いていた。

「うん…」

両手とも親指だけをポケットに突っ込んだまま、俯き加減で歩く。
考え事をしているときの隆太の癖だ。

ふたりとも、ぐったりと疲れていた。

喫茶店で話しているときは気がつかなかったのだが、サラと別れて一息ついたとき ドッと疲労感に襲われたのだった。

彼女を見たときの危険信号。会ったあとの、この妙な疲労感。

やはり、フオンにとって良くない効果を及ぼすだろう。サラに悪意は無かったとしても。

だが、彼女は助けを求めている。
ずっと封印してきた力を初対面の他人に見せてまで、救われたいと願っている。


パイロキネシス。

息をつめて見守るふたりの前で、しばらくの間、何も起こらなかった。

サラは目を閉じ、ふうっと力を抜いた。

そしてふたたび目を開き、睨みつけるようにそれを見つめた。

十数秒も待っただろうか。突如、灰皿の上のティッシュが一瞬にして燃え上がった。

サラは無言で自分のグラスを取り上げ、灰皿に水をかけた。

頬からは血の気が引き、その手は小刻みに震えていた…




「フオンには会わせない。とりあえず、しばらくの間は」

隆太は大きく息を吸い、背筋を伸ばした。そして、思い切り息を吐く。

「でも、彼女の手助けもする」

「ええ、賛成。でも、どうやって?」

「帰って、会議ですね。参謀、出番ですよ」

隆太は横目で有希子を見て、ニヤリと笑った。

「参謀?…ワタシ?」

驚きで目を見開いて立ち止まったままの有希子を残し、隆太は駅に向かって走り出した。


 * * *


夕方、レストランの開店前。

5人はグエン家のリビングに集結していた。

「サラマンダーのおねえさん、どんな人だった?火は出た?」

フオンは興味津々だ。
どうやら、口や目から火を吹くと勘違いしているようだったが。


「うーん…とりあえず、彼女は本物のパイロキネシストでした」

ほう…と感嘆する3人に、今度は有希子が意見を述べる。

「彼女、誰にも自分のことを見られたくないと思ってるようだった。
 まるで、ひっそりと隠れるようにして生きているっていうか‥‥人生に尻込みしてるみたいな感じ」

え…隆太は少し戸惑った。

「ちょっと、待って下さい。たしかに、すごくおとなしそうな人ではあったけど…そこまで言うのは…」

「服よ」

有希子がこともなげに言う。

「気付かなかった?彼女の服装。生成りとか薄い茶色の重ね着。
 デザインも、シンプルというより無個性。
 靴もカバンも、印象に残らないことを基準に選んでるみたいだった。おまけに、どれもかなり使い込まれてた」

隆太は唖然としていた。
彼女が何を着ていたかなんて、ろくに憶えていなかったのだ。
少なくとも、隆太に対しては「印象に残らない洋服選び」は成功していたようだ。

「アクセサリーはおろか、キーホルダーやストラップ、ネイルも無し。
 普通は、いくらシンプルなファッションを好むと言っても、どこかしらに自己アピールが出てるものよ」


「ユキコ、ワタシ、わかんない」

フオンが自分のスカートの裾を引っ張りながら抗議する。

ああ、ごめんね。と詫びて、有希子は説明した。


普通、初対面の相手と会うときはそれなりに服装に気を遣うものだ。
特に、彼女は今回相当の覚悟を持って会いにきたのだから。
だが、彼女の身に着けていたものは”身体に馴染む”というのを通り越して幾分古びており、おそらく普段着だった。新しくおろした物を身につけてもいなかった。
特別な場面で着るための服を持っていないし、そういうものを買うという意識すらないかもしれない。

彼女は、自分自身に興味がない。
というか、力を恐れるあまり、わざと自分を蔑ろにしている。


「そんな…服装だけで、そこまで…」

「ああ、だって彼女は極端だもの。普通はあの年頃の女性って、多少はオシャレしたいものじゃない?
 …まあ、わざと地味な服を選んで来たのかもしれないけどね。それにしても、ね…」


これまで黙って聞いていたカイが口を開いた。

「そこまで心を閉じているなら、少し時間をかける必要がありそうですね」

「そう。自分を好きにならなきゃ、瞑想は出来ないんだよ。ね」

フオンが合いの手を入れる。


「私が話を聞いてみましょうか?」ホアが言った。

「うん。それがいいかもしれないね。ホアのほうが、エネルギーの動きを見るのは得意だし」

カイがそう言って頷く。


「エネルギーの動き…?って、実際に目に見えるんですか?」

「ええ。見るといっても…集中すると、空気の塊が流れるような感じで見えるだけ。ホラ、透明なグラスで、水の中にお湯を注いだときみたいに。それから…」

と言いよどんで、有希子にベトナム語で何か聞いた。

「密度、ですね」有希子が答えた。

「そう、密度の違いがわかります。エネルギーの強さや密度は、人によって違います。同じ人でも、その時の気持ちでエネルギーの種類が変わります」

「へえ…なるほど…」



こうして、サレンダーとサラマンダーを隔離したまま、サラの修行を手伝うことが決定した。
実際に会う日時などは、明日以降に話し合うこととなった。

「リュータはね、初めの瞑想のときからエネルギーが開いてましたよ。ユキコも少し開いてたね」

カイが、楽しそうに言った。

「ふたりとも、瞑想にとても興味があったでしょう?興味とか好奇心は、心を開く鍵になるんですよ」


「サラも、そうなるといいんだけど…」

ホアの呟きで、その日の会議は終了した。



解散して自分の部屋に戻ってから、隆太は気付いた。

「フオンには会わせない。とりあえず、しばらくの間は」
「でも、彼女の手助けもする」

喫茶店からの帰り道で有希子と交わした会話については、この会議で一度も口にしなかった。

それでも、自然にそういうことになったのだった。




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ー 25 ー 参謀の活躍、再び


1週間後。前回と同じ時間、同じ喫茶店。
3人は、サラを待っていた。

「あ、来ました」

隆太の言葉に、ホアがドアの方に振り返る。
「名前の呼び方に気をつけてね」と、有希子が小さく念を押す。

サラが早足でやって来た。

「お待たせしてしまって、すみません」

「いえ、とんでもない。まだ時間前ですよ。僕らが早く来すぎたんです」

恐縮するサラを座らせてから、隆太は紹介した。

「サラさん、こちらがランさんです」

ラン、というのはブログでのホアの偽名だ。


お互いの紹介と飲み物の注文を終えると、サラは急き込むように言った。

「リュータさん、ブログ見ました。宇宙と繋がったって…すごいですね」

少し興奮しているようだ。いい兆候だ。

「興味や好奇心は心を開く鍵になる」というカイの言葉を受けて、隆太は先日の瞑想で宇宙と繋がったときの様子をブログに書いていた。

「ありがとう。本当に、素晴らしい体験でしたよ」

「サラ、あの記事を読んでどう思いましたか?」ホアが口を開く。

「あ…あの…本当にそうだったら、スゴいなって…」

視線を落とし、そう言って口籠ってしまった。

「全部は、信じられなかった?」ホアが微笑みながらそう聞いた。

「…ハイ。…私、世界がそんなに美しいなんて…そんな風に見える気がしなくて…」

あの、ごめんなさい…そう言って、これ以上はもう無理というほどに縮こまってしまった。

「いいのよ。信じられないのは当然です。あなたはまだ、見ていないですから」

ホアは、サラの背中にそっと手を置いた。

「ただ、もしかしたらそうかもしれない。そう思うだけで充分です」

「そう。ひとつの可能性として、ね」


それからしばらく、ホアは瞑想のときの呼吸法を手ほどきした。

サラは姿勢を何度も直された。
どうしても、だんだんと猫背気味になってしまうのだ。

「大丈夫。続けるうちに慣れてきますよ」ホアがにっこり笑う。

ホアの微笑みには、温かな安心感がある。受け入れてくれる、という気がするのだ。

サラも前回よりはいくぶんリラックスしているようだ。


隆太は赤ワインを2杯、追加で注文した。

「エネルギーの使い方をひとつ学んだんです。味見してみて」

サラは、両方を少しずつ舐めるように味見した。

隆太はその間に、両手を合わせ、手のひらの間にエネルギーを溜めた。

まず、頭の中にエネルギーの塊を思い浮かべる。人によって、その色や形は異なるらしい。
隆太の場合は、それは銀色に光る乳白色の球だった。

その球を胸の真ん中まで下ろす。球が鼻のあたりを通る時、いつも鼻がムズムズする。
そして、球から煙がうずまくようにエネルギーを湧き出させ、そのエネルギーを両腕を通して手のひらから放出させる。

それは、単に隆太の想像の産物かもしれない。
だが隆太は実際に、腕や手のひらにエネルギーが通るときの刺激を感じている。

少しずつ両手を離し、エネルギーのボールを大きくする。

そして、片方のワインの上に両手をかざした。

数秒間そうして、隆太はそのワインを「飲んでみて」とサラに差し出した。

おそるおそる一口飲んだサラは、驚いて短く息を吸った。そしてその拍子にむせて咳き込んでしまった。

「ご、ごめん!大丈夫?」

大丈夫です、とサラは咳の間から苦しげに言った。顔が真っ赤だ。

「ちょっと…びっくりしちゃって…味が全然違うから」

少し落ち着きを取り戻して、もう一度飲み比べた。

「不思議…」

「水の味を変えるのは難しいけど、これくらいならすぐに出来るようになります。ワインだと変化がわかりやすいからね。
 こうすれば、瞑想でエネルギーが育っているかの目安になるでしょう?」

「でも、飲み過ぎには気をつけてね」有希子がイタズラっぽく言った。

「ハイ。気をつけます」サラもくすっと笑った。


 * * *


「どうぞ~。狭いところですけど、上がって」

一行はとあるファミリー向けのマンションの一室、有希子の部屋に通されていた。

有希子はご機嫌な様子だ。

喫茶店で、隆太が美味しくしたワインを味見し「わ、美味しい」というなり全部飲んでしまったのだ。
あげく、「こっちも美味しくしてみて」と隆太に指示し、またもや飲み干してしまった。

そして「続きはうちで話しましょうよ~」と喫茶店の近くでタクシーを拾い、なかば強引に移動したのだ。

「すみません。なんか、急にお邪魔しちゃって…」サラはおどおどと恐縮しすぎて、挙動不審一歩手前の様子だ。

「いいのよ、どうせ昼間は誰も居ないんだから」

玄関の表札には、部屋番号が書いてあるだけで名前は出ていないことを隆太は確認した。

サラに続いてホア、隆太も上がる。ふたりも有希子の家に上がるのは初めてだった。

「ホラ、そんなに怖がらないで。別に印鑑やら壷やら売りつけようってわけじゃないんだから。あはは」

「え、スミマセン!私べつに、そんなつもりでは…」

有希子の言葉を本気にしてあたふたしているサラに、隆太は耳打ちした。
「大丈夫。酔っぱらいの冗談です」


「今日は夫の帰りも遅いしね~」

コートを脱ぎながらさらりと言った有希子の言葉に仰天したのは、隆太だけだった。

「えっ!!みず…緑川さん、結婚してたんですか?!」
隆太は驚きのあまり水沢さんと言いかけてあやうく踏みとどまった自分を、褒めてやりたいと思った。

「あら?言わなかったっけ?」「リュータ、知りませんでしたか」

有希子もホアも、平然としている。

「聞いてないですよ!」

「ああ、ごめーん。…ガッカリした?」

ニヤリと笑う有希子に、隆太が反撃する。

「別にガッカリはしませんけど。ただ、旦那さんは大変だろうなって…」

「どういう意味よ。言っておくけど、夫はこんなイイ女と結婚したことを泣いて喜んでますから」

「泣いて、って…それ、ホントに嬉し泣きですか?」

そんな他愛もないやりとりで、サラは両手で口を抑えて笑いを堪えている。


一同は8畳ほどの和室の応接間に落ち着いた。

「オー、タタミですね。綺麗な模様ね」
ホアは畳のふちの刺繍に感動している。

「原生林とかのほうが瞑想しやすいんでしょう?本当に、こんなんでいいのかしら?」
有希子が鉢植えの観葉植物を持って現われた。

今はこれで充分です、とホアがそれを受け取りテーブルの上に置いた。

瞑想の練習、第2章だ。


さきほど教えられた姿勢で、サラは静かに呼吸を繰り返す。隆太と有希子もそれに倣った。

サラは正座しているが、隆太は胡座を組み、有希子は横座りだ。

ホアはサラの背後に跪き背中に手を置いて、柔らかな声でカウントしている。

「1・2・3・4…そう、いいですよ」

この植物をよく見てあげて下さい。美しく生きていますね…

隆太が初めて瞑想をしたときに言われたのと同じようなことを、繰り返す。


しばらくして、サラが「ヒュッ」と短く息を吸った。

「駄目です。私にはやっぱり、無理みたいです…」

「どうして、そう思いますか?」ホアは動じない。今までと同じ、優しい口調だ。

サラは、「私…」と言ったきり俯き、片手で前髪を掴んだりおでこをさすったりして、落ち着かない。

その様子を見た有希子は、「ちょっとお茶を淹れてくるわね」と席を立ち、隆太に目配せして部屋を出て行った。


隆太は有希子についてキッチンへ入った。

「いいんですか?」

有希子がヤカンに水を入れながら言う。「いいのよ。たぶん」

「彼女、泣きそうだった。泣き顔なんて、大勢に見られたくないんじゃない?」

ソワソワしている隆太に、「大丈夫よ。ホアさんがついてるもの」と微笑んでみせる。

「サラさんってさぁ…たぶん、自分の思ってることを口に出すことに慣れてないと思うの」

確かに。隆太は頷いた。

「ホアさんは日本語が上手いけど、外国人じゃない?だからサラさんは、簡単な言葉を選んで話さなくちゃ、通じない。そうすると、話は自ずとシンプルになっていく」

ガスに点火して、お茶の用意をしながら有希子は続けた。

「シンプルな言葉で、少しずつ話す。そういうのって、頭の中の整理をするのに適してると思わない?」

時間はかかるけどね、と言いながら有希子はあらぬ方向をチラチラ見ている。

「そう…かもしれませんね」

「うん。私、隆太君とフオン達を見ていてそう思ったの。隆太君、自然にそうしてたもの」

そうか…確かに、そうだった。言われてみれば。

隆太はまたしても感心した。有希子は色々なことによく気付く。

「ところで、さっきから何見てるんですか?」

そう訊ねた隆太を手招きして、有希子は隆太を自分が居た場所に立たせた。

「ほら」

そう言って指差す先にはガラス戸の入った食器棚があり、そのガラスには姿見が映っていて、姿見には応接間の様子が一部、映り込んでいた。有希子はそれで様子を見ていたのだ。

「…だから、家に来いって言ったんですか?隠れて様子を見られるから?」

そうじゃないけど…と、有希子は笑った。

「喫茶店なんかだと他人の目があるから、踏み込んだことは話せないし。カラオケボックスってわけにも…ねえ」

確かに。カラオケボックスみたいな騒がしい場所で深刻な話をするなんて、無理というものだ。

「だからって、サラさんの部屋に行っちゃうとさ、私たちが帰ったあとシンとしちゃうじゃない。あれって、けっこう寂しいのよね。でも、外から自分の部屋に戻るとホッとするじゃない?」

「それで…」

隆太は納得した。そこまで考えて、自分の家を提供してくれたのか…

「もしかして、酔ったのも演技ですか?」

「さあね~。昼間飲むと、まわるから~」

有希子のその口ぶりから、やはり演技だったのだとわかる。

「さすが、名参謀ですね」

「ふふ。オンナ孔明って呼んでくれても良くってよ?」

「呼びませんけど」

孔明、とは諸葛孔明のことだろう。
前置き無しに突飛な単語が飛び出してくる有希子の話し方にも、最近の隆太はすっかり慣れてしまった。

「水沢さん、三國志読んだことあるんですか?」

そう訊ねた隆太に、有希子は胸を張って腕組みして言い切った。

「無い。読書は好きだけど、三國志は読んでない。なんとなく、雰囲気で言った!」

やっぱり…と、ため息混じりに笑う隆太に問い返す。

「隆太君は、読んだの?」

「俺も読書は好きですけど…読んでません」

「あはは!なんだ、一緒じゃない。私の勝ちね」

有希子は何故か腰に手を当て、勝ち誇った。

「いや、一緒なら引き分けだと思うんですけど…」


しばらくそんな無駄話をしながら、ふたりは食器棚越しに様子を見ていた。

背を丸めて俯き、小刻みに震えるサラの背中。その背中にそっと置かれた、ホアの華奢な手。



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ー 26 ー サラの笑顔

「お茶ですよ~」

何事もなかったかのように部屋に戻り、有希子がお茶の準備をする。

急須から湯のみにお茶を淹れ、それを隆太が配ってゆく。お茶請けの菓子盆もある。

サラの目には涙のあとが残っていたが、赤くはなっていなかった。

「熱!」「ふふ。ドジね。あ、ほら、お菓子もどうぞ」

そんなやりとりで、場が和む。さっきまでこの部屋で話していたことには、まだ触れない。


お茶とお菓子を配り終えた頃、「あの…」と洟をすすりながら、サラが言った。

「さっきはすみませんでした。私、いろいろ思い出してしまって…」

「別に、何も謝ることなんか無いですよ。ねえ」「そうそう」

隆太と有希子は、お菓子を食べながらそう言った。別に大したことじゃない、というように。

「サラさん。今まで避けてきたことをちゃんと考えたり、泣いたり笑ったりすることは、心を解放しますよ。そうすると、心が柔らかくなって色んなことを受け止められます」

ホアの言葉に、サラはコクコクと無言で頷いた。

「でも、焦っちゃ駄目よ。ゆっくり、ゆっくり。ね」

サラはまた頷いた。そして、小さな声で呟いた。

「そしたら、ランさんや緑川さんみたいな女性になれるかな…」


数秒の沈黙ののち、隆太がボソッと呟いた。

「ランさんはともかく、こっちの人は(と、有希子をチラリと見る)目標にしないほうがいいかも…」

「聞こえてるわよ」
表情ひとつ変えずにお茶を飲みながら、有希子がドスの効いた声で言った。

サラは、袖口で目を擦りながら笑う。

「そんな。緑川さんも、とても優しいです。さっきだって、わざと席を外して下さったでしょう?」

「え!ああ…うん…そういうわけじゃ…」

柄にも無く、有希子がモジモジしている。隆太は笑いを噛み締めた。


「サラさん、他人の優しさに気付けるのは、あなたも優しい人だからですよ」

ホアの言葉に、今度はサラが真っ赤になった。

「いえ、私なんてそんな…」こちらもモジモジだ。

隆太は笑いを噛み殺すのに苦労した。
苦労したが、心の中はなんだか暖かく少しくすぐったいような、不思議な気分だった。




駅まで一同を見送りに来た有希子は、サラに声をかけた。

「今度一緒にランチでも行かない?」

「え…」

「こんなオバサンとでよければ、だけど」

そんな、オバサンだなんて…と、サラはまたあたふたしている。

「そういえば…緑川さんって、いくつなんですか?」隆太は遠慮無しに聞いた。

有希子も平然と答える。

「33」

『ええっ!!!』

3人とも驚いた。ホアも知らなかったようだ。


「…なによ。悪い?」

「イヤ、いいんですけど…その…もうちょっと、落ち着きましょうよ…」

隆太の言い草に、ホアとサラが同時に吹き出す。サラはいまや、声を立て身体を折って笑っている。

「な、なによぉ。みんなして…」有希子の抗議もむなしく、3人は長いこと笑いあった。


別れ際、サラはため息混じりに言った。

「はぁ…私、こんなに泣いたり笑ったりしたの、久しぶりでした。…ちょっと、疲れた」

「でも、悪くない疲れ方でしょう?」

そう聞いた隆太に、サラは今まで見た中で一番の明るい笑顔で「ハイ」と頷いた。




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ー 27 ー 苦悩

帰りの道中、隆太はホアから話を聞いた。

サラが「もう無理」と言ったのは、現在ある全ての物質は、連綿と続いてきた奇跡の連鎖の賜物なのだ、という話をしていた時だった。
モニターに映し出された文字で見るのと、実際に他人の体温を感じながら他人の声で語られるのとは、感じ取り方が違ったのだろう。

サラは発火能力を恐れるあまり、猫の死について考えることを避けてきたそうだ。
そのせいで、一度も泣けなかったのだ。悲しいと思うことすら封印してきた。

友人を作ることも避けてきた。
もし仲良くなったら、能力のことを話したくなってしまうかもしれない。でも、話したあとの相手の反応を考えるだけで、恐いのだ。
そんな葛藤を抱えるぐらいなら、一人で秘密を抱えているほうがマシだ。
そうして、家族にも心を閉ざした。

「パイロキネシスが語り合う掲示板」なるものをネットで見た時、そこで語られていることはサラにとっておぞましいものだった。
互いの能力をひけらかし、「放火するぞ」だの「燃やすぞ」だのと散々書かれていたのだ。
もちろん話の流れから冗談だとはわかったし、彼らが本物のパイロキネシスかどうか怪しいということもわかっていた。

だが、それはサラの悪夢を駆り立てた。
自分が放火している夢をみてしまい、本当に放火したんじゃないかと恐ろしくなって、ネットで火災情報を全て調べ上げるまでは眠れない。
もしくは、自分に関係ない火災の犯人にまつりあげられ、世界中から罵倒され石を投げられる悪夢をみて、汗まみれで目を覚ます。
そんなことが幾晩も、何年ものあいだ繰り返された…



「はぁ…そんなことが…」

想像以上に壮絶な話に、隆太は言葉を失った。
別れ際に見せたサラの笑顔に抱いた希望的観測は、打ち砕かれた。

「サラは、自分の能力を悪い力だと思っています。悪魔のような力、と言っていた。自分など、この世界に居ないほうがいいと思っている。
 サラにまとわりつく、淀んで重苦しく固まっているエネルギーの層が消えるには、時間がかかるでしょう」

そう言って、ホアはため息をついた。「かわいそうに…」



 * * *


家に着いたのは6時近かった。レストランは既に夜の部の営業を始めていたので、ホアは急いで店に入った。

隆太も店に顔を出して、カイと手伝いをしていたフオンに挨拶してから、自分の部屋に戻った。

PCを起動すると、サラからお礼のメッセージが届いていた。

サラへの返信は後回しにして、隆太は有希子にメールした。
さきほどホアから聞いた話を伝え、今後の計画を立てるためだ。

有希子からの返信は早かった。おそらく報告を待っていたのだろう。

自分のほうがサラの家に近いから、これからもちょくちょく会って話をしたり、一緒に瞑想をしたりしてみる。隆太やホアも、時間が合えば参加して欲しい。

そんな内容だった。

サラさんに、私のメールアドレスを伝えてね。オンナ孔明より。

そう結んであった。

(まだ言ってんのかい…)

思わず吹き出しながら、隆太はサラへの返信を打ち込んだ。


「これでよし、と…」

返信を終えて、隆太は大きく伸びをした。やはり疲れている。

首をグルグル回しながら、ホアはもっと疲れただろうな…と考える。

マイナスのエネルギーを持つ人の話を聞くのは、とても疲れるものだ。
特に、サラの場合はお世辞にも饒舌とは言い難いので、聞く側がサラにエネルギーを送ってやる必要がある。

親身になって話を聞くということは、実は相手にエネルギーを送り込む行為だ。
そうすると相手は、真剣に聞いてもらえているという安心感から話しやすくなり、伝わったことが実感出来るとそれだけである種の達成感のようなものを得る。
それは、聞いている側のエネルギーを受け取り、その力を借りて自分のエネルギーを増大させた結果だ。

それに加えてホアは、自分のエネルギーを直接手のひらから送り込んでいた。

背中に手を当てて、相手を労り励ます気持ちを注ぐ。
これは世間でも自然に行われていることだが、自分がエネルギーを注いでいると気付いている人は少ないだろう。

だが、意識してそれをやると格段に効果が上がる。
相手がそれに気付くことは無くても、エネルギーとしてしっかり伝わっているのだ。

隆太は冷蔵庫を開けて水を飲んでから、レストランを手伝うべく階下へ降りていった。


レストランはまだそれほど混んでいなかったので、隆太は洗い物をしながら有希子からのメールの件を話した。

3人はおおむね賛成だったが、ホアは少し心配顔で言った。

「ユキコ、あんまり入り込み過ぎなければいいけど…ユキコはとても優しいから」

「そうだね。急に親しくなり過ぎると、マイナスのエネルギーに引きずられてしまうことがあるから。ユキコに注意しておかなければ」

カイがそう言い終わらぬうちに、フオンが「私が電話する!」と手を挙げた。

「じゃあ、頼んだよ。番号を間違えないようにね」「うん!」

フオンは最近電話の使い方を覚えたから、電話したくてしょうがないんだ。と、カイはとろけそうな顔で笑った。



数分後、フオンは得意気に戻ってきた。

「お話できたよ。ユキコ、気をつけるって言ってた」

そして隆太に向かって言う。

「ね、リュータ。オンナこうめいって、なあに?リュータに聞けばわかるって言ってた」

隆太は笑った。疲れが少し軽くなったような気がした。




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ー 28 ー 新メンバー加入


「あれ…なんか、雰囲気変わった気がする」

久々にサラに会った隆太は、挨拶より先に思わず言ってしまった。
メールやプログでのメッセージの遣り取りはしていたが、会うのは久しぶりだった。

「え…そうですか?」

恥ずかしそうに笑ったサラは、確かに変わっていた。周りの空気が軽くなったようだ。

「これ見て!ジャーン!」

そう言って有希子は手の甲を隆太に向けてガッツポーズした。
数個の石を細い革ひもで編み込んだブレスレットを手首に着けている。

「おそろいなのよ。ホラ、ジャーン!」

有希子が肘で突つくと、サラは はにかみながら有希子と同じポーズをした。
得意気な仁王立ちの有希子に比べ、サラは俯き気味で頬を赤らめ 弱々しいガッツポーズだ。

(恐縮しながらのガッツポーズ、初めて見たぞ‥‥)
ちょっと可愛いと思ってしまった隆太だったが、平静を装った。

「いいですねえ。あ、色違いなんだ」

サラは、心を強くし平穏を保ち、人生を楽しむ効果のある石を。
有希子は、邪気を払い明るいオーラを呼び込む石を選んだのだそうだ。

「私、金属アレルギーだから革紐で編んでもらったの。サラさんにも付き合わせちゃって」

「いえ、私も革のほうがカワイイな、って思ってたんです」

アハハ、と隆太は笑った。
「ふたりとも、すっかり仲良しなんですね」

有希子はやはり得意気だ。
「そうよ。しょっちゅう遊んでるの。ねー♪」

「ねー」と言われて、サラは「あ、ハイ…色々連れて行っていただいて…」と照れている。

「自分を好きになるには、まず人生を楽しまなくちゃ!」との持論により、あちこち引っ張り回しているのだろう。
人生を楽しむ、という目的においては、有希子以上の適任はいない。


「そのセーターも、素敵ですよ。とても似合ってます」

隆太が淡いピンク色のセーターを褒めると、サラはセーターよりも赤くなって言い訳する。

「いえ、安物なんですけど…あの…ゆりさんに見立ててもらって…」

セーターの裾を引っ張りながら、下を向いてしまう。

「会社にも着ていったんですけど、同僚に褒められて嬉しかったけどなんだか恥ずかしくって…それに、最近明るくなったねとか、言われてしまって…」

絵に描いたようなモジモジっぷりだ。

「ふふ。いいじゃない。恥ずかしがることないわよ」

有希子も嬉しそうだ。


「瞑想は順調ですか?」

「はい。たぶん…」

有希子は、自分の家の観葉植物を株分けしてサラに贈っていた。
サンセベリアというのだそうだ。サラはそれを見ながら、毎日瞑想しているらしい。

光り輝いて見える、という程までではないが、日々少しずつ成長している植物を大切に思えるし、可愛いと思う。自分の気持ちを受け取って育ってくれているのが嬉しい。

サラはそう言って、微笑んだ。
初めて会ったときに感じた、あの危険信号は大分弱まっている。

そろそろ大丈夫かもしれない。隆太はそう判断した。

「ふたりとも、もし良かったら店に食べに来ないかって、グエンさんが言っていたんだけど…」

「えっ?!」

サラは、咄嗟に2歩ほど後ずさった。よほど驚いたのだろう。

「あら、いいじゃない。行きましょうよ、サラさん。すごく美味しいのよ?」

でも私、心の準備が…とまごつくサラを半ば引っ張るようにして、3人は店に向かった。

道中、ようやく覚悟を決めたサラは「手ぶらでお邪魔するわけにはいかない」と、花を買った。

「事前に告知したら絶対に気を遣うと思ったから、言わなかったのに~」とブツクサ言う有希子を押し切る形だった。



天空橋の駅で降りると、サラは辺りを見回した。
空を飛んでいる者がいないか、確認せずにいられなかったのだろう。

「結構ふつうでしょう。拍子抜けしますよね」
隆太が先回りして言ったが、聞こえていないようだ。早くも緊張してカチカチになっている。

長い商店街を、サラは有希子に引っ張られるようにして通り抜けた。

(まるで、連行だな…)苦笑い気味の隆太が後に続く。

「おう!隆ちゃん、彼女かい?」「違いますよ」

商店街の八百屋のおじさんのからかう声をあしらいながら歩き、ようやく店に到着した。


隆太が店の扉を開ける。

「ただいま~」

「オー!おかえり、リュータ、ユキコ。こちらがサラさんですね。はじめまして」

「は、初めまして」

サラは緊張のあまり、カイが「ユキコ」と呼んだことに気付いていない。

厨房に居たフオンが飛び出してくる。

「サラおねえさん、こっちこっち」

いきなりサラの手を掴んで、一番奥のテーブルに引っ張って行く。

テーブルには、それぞれの名前を書いた画用紙の切れ端が置いてあった。

「さら」「ゆきこ」「りゅうた」「ふおん」「ほあ」「かい」

フオンの手書きのネームプレートだ。
ちゃっかりと、サラの正面が自分の席になるように配置してある。

(「ほら、ご挨拶が先でしょう」「こんにちは。サラおねえさん」)

ホアが厨房から出てきて挨拶し、やっとサラは持ってきた花を渡すことが出来た。

「ユキコの花瓶に飾る!」
そう言ってフオンは、開店祝いに有希子が贈った花瓶を取りに2階へ走っていった。フオンは相当張り切っているらしい。


花を飾る間にも料理が次々に運ばれ、テーブルの上はいっぱいになった。

それぞれがフオンの指定した座席に着いたところで、紹介が始まる。

「こちらがマイこと、フオンです」

5人の会議で、この機会に全員の本名を明かすことに決めていた。
自動的にブログの内容が本当のことであることも認めることになる。

全員を紹介したところで、隆太は先回りして言った。

「もしサラさんがニックネームのままのほうが良ければ、そのままで構いませんからね」

「いえ。私の本名は、太田佐和子です。いつも良くして下さって、ありがとうございます」
サラは即座に、意外なほどしっかりと挨拶した。
極度に引っ込み思案だけれど、やはり礼儀正しくきちんとした人なのだ。


夜の営業までの時間限定だが、さあ、宴のはじまりだ。




佐和子はよく食べ、よく喋った。

この状況に興奮していたせいもあるが、他の5人がよってたかってエネルギーを注ぎ込んだせいもあった。皆、聞き上手だった。
おそらく、たった5人とはいえ自分の話を真剣に聞く者がいる状況など、久しく無かったのだろう。

有希子と頻繁に会うようになってから悪夢を見る回数が減ったこと。
しかしなお、消防車のサイレンが聞こえると身体がすくんでしまうこと。
(「でも、この季節は火事が多いから毎年大変だったけど、最近は火事の情報を全部調べたりしなくても眠れるようになったんですよ」と、佐和子は笑顔を見せた)

先日、会社の同僚数人と初めてプライベートで飲みに行ったこと。
その席で、実は周りの人達は佐和子のことを気遣ってくれていたのだと知ったこと。

実家に行って、猫の墓参りをしようかと思っていること。

そして、両親に自らの能力のことを打ち明けようか、悩んでいること。


どんな話題にも、5人それぞれが意見を申し述べ、話し合った。
賛同、応援、励まし、アドバイス…中でも秀逸だったのは、有希子の一言だ。

佐和子が「私も、フオンちゃんみたいなチカラなら良かった。火をつけるなんて、破壊することしか出来ないもの」と嘆きを漏らした時、言い放ったのだ。

「そんな、タダでもらったオプションに文句つけるもんじゃないわよ」

…暴言とも思える発言に、誰も何も言えなかった。天真爛漫なフオンでさえ、絶句した。

しかし佐和子は、楽しそうに笑い出したのだった。

「もう!ゆりさん…じゃなくて、有希子さんったら、そんなことばっかり」

隆太は即座に気を取り直して、笑いを装いながら聞いた。

「有希子さん、また突拍子も無いこと言ってるんでしょう」

佐和子はクスクス笑いを抑えきれないまま、
「そうなんです。最初は『神様の気まぐれなプレゼントなんだから、おとなしく貰っときなさい』とかだったんですけど、段々『ありがた迷惑なプレゼント』とか、『貰う側には選べないことなんだから、仕方ない』『やっかいな親戚からの出産祝いだと思って諦めろ』とか、なんだかやさぐれてきて…私、可笑しくって」

あまりにも有希子らしくて、皆笑ってしまった。

「いや~…ホラ、その…あれよ。こういう捉え方もあるんだな、って…ひとつの提案、っていうの?前にホアさんも言ってたじゃない。『そうかもしれない、って思うだけでいい』って」

「ちょっと意味が違うと思いますけど」

もはやツッコミ担当となった感がある隆太も、そう言いながら有希子なりのサラへの気遣いを感じ取っていた。徐々に乱雑に表現して問題を軽く扱うことで、佐和子の心労を軽くしようとしているのだ。

他の皆も、それを察していた。もちろん、佐和子自身も。




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