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ー 20 ー 繋がる


開店&引っ越しパーティーから、数日後。


その朝の瞑想で、隆太は初めて宇宙と繋がった。

太古から続くすべての物質とすべての時間が結びついて、現在があることを体感した。

意識は一瞬にして地球を越えて宇宙まで飛び、また同時に、時間を一瞬で遡り宇宙創造を追体験した(ような気がした)。

まるで、世界と自分の間にあった薄く透明な膜が消え失せ、視界が明るく開けたかのようだった。

目に入るもの全てが、キラキラと美しく輝いている。
だがそれは、眼をくらます眩しい光ではなく、優しく包み込むようなあたたかい光だ。

樹も土も、虫も鳥も、みな幸せそうに見えた。

イヤ、彼らはきっと幸せなのだ。自身が気付いているかどうかはともかく。

身体が軽くなり、はばたかなくてもどこまでも飛んで行けそうな気がする。

肌に触れる空気さえも濃厚に密着し、宇宙との一体感を感じる。

身体の奥から力が漲り、精神はどこまでも澄み渡っている。


素晴らしい感覚だった。

隆太は、呆然としながら興奮する、といった複雑な精神状態になっていた。

背中の翼の付け根がムズムズする。今すぐはばたきたがっているようだ。

グエンファミリーが笑顔で拍手してくれている。

彼らもまた、一段と幸福に輝いて見える…



その感覚は、数十秒で終わってしまった。


だが、隆太は知った。

世界は、本当に、本当に、美しいものだということを。



フワフワした気分のまま、隆太は部屋に戻った。

朝食に誘われたが、胸が一杯で食べられそうになかったので、礼を言って断った。

彼らは気を悪くするでもなく、微笑んで隆太を見送った。
彼らにも、この感覚に憶えがあるのだろう。


だが、いつまでもフワフワしてはいられない。
あの感覚の余韻に浸っていたかったが、残念ながら今日は仕事だ。

隆太は先月から、深夜勤務を止めて早朝勤務に変わっていた。
瞑想にも都合がいいし、体調が良くなった気がする。


グラスに冷蔵庫から出した水を注ぎ(サレンダーの美味しい水)、瞑想中に切っていた携帯電話の電源を入れた。

日課になっている、出勤前のブログチェック。
ブログを書くのにはPCを使うが、チェックだけなら携帯電話で充分だ。

例のブログは、隆太がアップした記事を有希子がベトナム語に訳してアップ、さらにそれをカイが英語に訳してアップ、という壮大なことになっていた。

同じ内容のブログが、3つの言語で存在しているのだ。
おかげで、アクセスも徐々に伸びてきている。


携帯電話が起動するのを待つ間、水を飲みながら簡単な朝食を準備する。

隆太は最近、食事に時間をかけるようになった。

よく咀嚼し、食べ物の味をしっかり味わい、栄養を意識しながら食べると、栄養の吸収が良くなる。カイにそう教わったからだが、それ以上に、食べ物に対する感謝の気持ちが生まれたからだった。

連綿と繋がってきた命を断ち切っていただいているのだ、という自覚。


(さすがに、何も食べずに出勤ってわけにもいかないよな…バナナとシリアルだけでも食べるか…)

ようやく携帯電話が起動した。

 「メッセージが届いています」

シリアルをボウルに移しながらブログの管理ページを開いた隆太の手が、止まった。

先ほどまでの高揚感がギュッと縮まり、心臓に突き刺さったようだ。

隆太は部屋を飛び出し、階段を駆け上がった。


血相を変えてドアの隙間に身体をねじ込んできた隆太に ホアが驚くのも構わず、隆太は叫ぶようにして言った。

「これ!見て下さい!」

携帯の画面をかざす。

隆太の声を聞いてカイとフオンも出てきた。

狭い玄関で、4人が折り重なるように小さな画面を覗き込む。


「サラマンダーと名乗る人から、メッセージが来たんです」

画面を見せたところで 彼らが日本語をあまり読めないことを今更ながら思い出し、隆太は読み上げた。



========================
タイトル:はじめまして。サラマンダーと申します。
========================


ブログを拝見しました。

とても興味深い小説ですが、もしかして、これは本当のことなのでしょうか。

何故そう思うかというと、信じてもらえないかもしれませんが、私にも特殊能力があるからです。
名前からもおわかりいただけるかと思いますが、発火能力(パイロキネシス)です。

私は今まで、このことを人に言ったことがありません。
相手の反応が怖かったし、自分自身もこの力を恐れているからです。

でも、このブログを見て、希望が湧きました。
サレンダーの真似をして、瞑想をやりはじめました。

私も、心の平安が欲しい。自分に怯えずに生きていきたい。



そして、もしかしたら。
もしかしたら、私にも、守人がいるのでしょうか。



突然こんなメッセージをお送りしてしまい、申し訳ありませんでした。
もし、この小説が本当にフィクションなら、どうかこのメッセージのことは忘れて下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…よりによって、初めて宇宙と繋がった日にこんなことになるなんて…」

隆太は混乱していた。
自分で始めた事とはいえ、今はまだ、感情も理性も 現実に追いつけない。


「偶然ではありませんよ」

ホアが当たり前のように言った。

「リュータは、こうなることを願っていたでしょう?フオンも、怖がっている人を助けたいと言った。カイも、ユキコも、私も賛成した」

「そう。みんな、同じ気持ちだった。同じ目的を持っていた。
 同じ気持ちを強く持った人が集まると、それは実現しやすくなります。
 ブログのことだけじゃなく、修行も同じ気持ちです。
 
 だから、リュータのレベルがひとつ進んだとき、これが起こった」


「みんな、つながってるの」

隆太は順繰りに、3人の顔を惚けたように見つめていた。


つながってる……そうだ…



「宇宙…」

思わず 言葉がこぼれ出た。


「そういうこと」

フオンがニッコリ笑った。



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ー 21 ー 接触

「で、どうする?」

サラマンダーへの対応をどうするか…話し合うことが出来たのは、翌朝になってからだった。
隆太はすぐに出勤しなければならなかったし、仕事を終え帰宅したのは 夕方店が混んできた頃だったのだ。

グエン夫妻のベトナム料理店は、なかなかの繁盛ぶりを見せている。
野菜をふんだんに使った料理の数々は、どれも美味しくてヘルシーだと評判を呼んだ。
おまけに、その野菜はどれもほぼ無農薬で作られており、一部はこのビルの屋上で育てられているということも、話題になる一因だろう。

おかげで、全員で話し合う時間は朝のひと時ぐらいだった。


「お返事、書かないの?」

フオンが無邪気に問う。

「イヤ、書くよ。どうやって返事をするか、これから考えるんだ」

サラマンダーからのメッセージは、他の者には見られないようになっていた。
ブログの管理者だけが見られるような形で、送られてきたのだ。

「ホンモノだと思いますか?」

隆太は、仕事の合間にネットで少し調べていた。

発火能力者(パイロキネシスト)というのは、どうやら世界中に存在しているらしい。もちろん、ごくごく僅かだが。

問題は、このサラマンダーが本物のパイロキネシストなのか、それとも、冷やかしやこちらに接触することが目的なのか、ということだ。

ブログには、「夢の中で ”サラマンダー” という言葉が響いた」ことは書いていない。
だとすると、やはり本物のような気がする。
ブログ管理者にしか見られないように送ってきたということも、本物なのかもしれないと思わせた。

だが、やはり冷やかしだという可能性も捨てきれない。

「サラマンダー」とは火トカゲのことであり、童話などでは火の龍をそう呼んだりする。
だから、自らをパイロキネシストと語る者が ””偶然””「サラマンダー」と名乗ったとしても、不思議ではないのだ。



「んんん…難しいですね。このメッセージだけでは、そこまでわからない」
 カイの問いに、隆太は率直に答えた。

そう。いくら考えても、進まない。


「この人、自分の力が怖いんでしょう?かわいそう」

フオンが真っすぐに隆太を見つめる。

隆太の心に僅かに残るためらいを、振り払う力を貰った気がした。

ここはとりあえず、相手の話を受け入れてみよう。
そして、こちらの情報は出さないように返信し様子を窺おう、ということになった。



==============
返信: サラマンダーさんへ
==============

メッセージありがとうございました。
ブログ読んで下さって、嬉しいです。

今まで誰にも話さなかった特殊能力を打ち明けるのは、さぞ勇気が要ることだったでしょうね。
僕に話して下さったこと、嬉しく思います。

発火能力、確かにちょっと怖いような気もしますね。
でも、特殊能力というのは全て、神様からの贈り物なんじゃないでしょうか。
いや、特殊能力だけじゃありません。
人間も、全ての生き物も、無機物だって、それが存在していること自体が贈り物なのだと僕は思っています。

サラマンダーさんも、ご自身の能力を受け入れてあげてはいかがでしょうか。
瞑想は、そこから始まります。
ありのままの自分を受け入れ認めなければ、他者とエネルギーを分け合うことなど ほんとうには出来ないように思います。


ご自身の力に怯えずに暮らせる日が、早く訪れますように。
サラマンダーさんの心が、平安と幸福に満たされますように、お祈り致します。

キハラ リュータより。

ーーーーーーーーーーーーーーー



サレンダーの力には言及せず、あくまでもサラマンダーの悩みについてだけ反応した返信。

でも、書いた内容は本心だった。

もし冷やかしだったとしても別にかまわない、と隆太は思った。

こんなイタズラをする人の心は、きっとどこか歪みささくれ立っているのだろう。
ならば、その心が癒えるように、やはり祈ることにしよう。


因に、「キハラ リュータ」というのは、隆太のブログ上でのニックネームだ。

どんな反応が帰ってくるのだろう。
それとも、あの返信に満足してそれっきりだろうか。


メッセージを送ってブログ画面を閉じ、今度はいつものメールチェックをする。

有希子からメールが届いていた。

「サラマンダーからメッセが来たんですって?どうするの?それより、最近ブログに私の出番が無いわよ?!絶世の美女って書いてくれなかったんだから、出番増やしてよ~ぅ!」


隆太は苦笑した。

(この人、段々キャラが崩壊してくるな…あ、本性が出てきちゃってるってことか)

さっきサラマンダーに送ったメッセージをコピーして、メールに貼った。

「絶世の美女なんて、リアリティが無くなるので却下です。出番については…気が向いたら考えときます」
と書き添え、返信しておいた。

隆太はニヤニヤしながら出勤の準備をした。

水沢さんの出番を増やすとしたら…確実に、お笑い担当だな。
ブログを読んだときの反応が目に浮かぶ…




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ー 22 ー サラマンダー

サラマンダーからの返信が来たのは、2日後だった。

今度は、かなり重い内容だった。

彼女はやはり本物なんじゃないだろうか…
メッセージは、そう思わせるものだった。




======================
 タイトル:お返事、ありがとうございました
======================

先日は、突然メッセージを送りつけたにもかかわらず、大変丁寧な優しいお返事をありがとうございました。
リュータさんのおっしゃるとおり、かなり勇気の要ることでしたが、告白してみて良かったと思っています。

なんだか文通のようになってしまって申し訳ないのですが、もう少し話をさせていただけないでしょうか。


お返事にありました「自分の能力を受け入れる」というとですが、私にとってそれは大変難しいことなのです。
その理由は、私の力の種類と、その発動の発端にあります…





隆太はみんなの前でメッセージの内容を説明した。


彼女の力が覚醒したのは、小学生のときだった。

彼女は猫を飼っていた。
数年前に家に迷い込んできて、以来ずっと仲良しだった。寝る時も一緒だった。

だがある日、彼女が学校から帰ると家の前に猫が倒れていた。ひき逃げされたのだ。

彼女が発見した時、猫にはまだ息があった。
彼女は自転車の前カゴに自分の上着を詰め込みクッションを作って、そこにそっと猫を乗せ、必死で自転車を漕いで動物病院に辿り着いた。

だが、間に合わなかった。

手の施しようがなく、猫は彼女の目の前で安楽死させられた。


悲しみより、怒りが勝った。

彼女は怒りに震えながら猫の亡骸を庭に埋め、割り箸と紙で墓を作った。
そして、墓の前に跪いて猫の冥福を祈ろうとした。

だが、祈りの言葉は出て来なかった。

ひき逃げ犯への怒りと憎しみで、彼女はいつの間にか自分が建てた墓を睨みつけていた。

そして、それは起こった。

猫の名前を書いた紙と割り箸が、突如燃え上がったのだ。



彼女が自分の力をそれほどまでに恐れるのは、自分の力が怒りと憎しみによって覚醒したからだ。

いつか、力を制御出来なくなるかもしれない。それが恐ろしくて仕方ない。


「もしご迷惑であれば、返信は下さらなくて結構です。長文、大変失礼致しました」

メッセージは、そう締めくくられていた。



「なんだか、随分と自分を押し殺してるカンジの文章ね…」

眉間にしわを寄せて言ったのは、有希子だ。

文章の中に「東京都在住の女性」とあったので、急遽来てもらったのだ。
女性の心理状態については、隆太よりも(多少は)わかるだろう。

「うん。俺もそう思います。文章のみでのやりとりだから、気を遣うのはわかるけど…」

再び送られてきたメッセージには、締めの1文の前にも謝辞がごまんと連ねてあったのだ。

「なにも、ここまで卑屈にならなくてもね」
有希子がズバリと言った。

「リュータはどう思う?会ったほうがいいと思いますか?」

隆太は少し悩んだ。

ブログを始めた目的は、「瞑想の方法と効果を広めること、特殊な力を持って怯えている人の助けになる」ということだった。

その目的を達するだけなら、メッセージのやりとりだけでこと足りるかもしれない。

だが、彼女の文章からは、それだけでは解決出来ないのではないかと思わせるような、深い懊悩や苦しみが感じられた。

危険はあるかもしれないが、会って話をしたほうが良いような気がする。


隆太がそう言うと、ホアとフオンが同意してくれた。

「彼女は、とても苦しんでいるように思います。私たちは、何か力になれるかもしれません」

「そうだよ。サラマンダーのおねえさん、かわいそう」

有希子は、大賛成というわけではなさそうだ。
腕組みして難しい顔をしている。

「たぶん、その人…かなり重いわよ。大丈夫なの?」


深刻な空気を払拭したのは、カイの言葉だった。

「大丈夫。私たちは、チームでしょう?」

先日のブログに、隆太はこの5人のことを「チーム・サレンダー結成」と書いたのだ。

「サラマンダーさんの心が解放されるよう、みんなで働きかけてみましょう」


「…しょうがないわね。まあ、やれるだけのことは、やってみますか」

カイの言葉にしぶしぶ頷いた有希子だったが、口元に滲んだ僅かな笑みを隠しきれては いなかった。



 * * *


ある日曜日の午後、隆太と有希子はとある喫茶店にいた。
一番奥の席に並んで座っている。

この席で、サラマンダーと待ち合わせているのだ。


会ってみることは決まったものの、いきなりフオンに会わせるのは危険だと隆太は判断した。

夢に出てきた、猫のような顔をした龍。サラマンダーという名前。メッセージの内容。
冷やかしやイタズラだという可能性は低いと思うが、あのメッセージから漂う重苦しい雰囲気にフオンを触れさせたくなかった。

隆太ひとりで会おうとしたのだが、有希子が「私も行く!」と立候補したのだ。


隆太は気付いていなかったが、「チーム・サレンダー結成」と書かれたブログを読んで最も喜んだのは、実は有希子だった。
(フオンと遊んでいた時のことを書かれたのは、有希子にとって心外だったけれども)

初め、有希子はただ通訳として少し関わっただけだった。

だが、グエンファミリーの人柄に魅かれ、サレンダーの能力や修行、瞑想・思想に共感し、今では友人として付き合っている。
そんな中で、何の力も持っていない自分を歯痒く思っていた。

いくら一生懸命修行したところで、私は彼らの役に立つことは出来ない。私はサレンダーでも守人でもないのだから。

ハッキリ言って自分は部外者だ。でも、せめて少しでも役に立ちたい。
そう思って、隆太のブログの翻訳やフオンの日本語特訓などをせっせとやっていたのだ。

有希子がそういった思いを口にしたことは、一度も無かった。
もし言えば、彼らはそんなことはないと慰め、これまで以上に私を優しく気遣うだろう。彼らに余計な気を遣わせたくなかった。

だから、隆太が当然のように自分をチームの一員と考え、グエンファミリーもそれを当然のように受け入れてくれたことが、嬉しかったのだ。

でも、有希子は何も言わなかった。
彼らがそれを当たり前のこととして受け入れているのなら、私も自然に振る舞おう。

今回も、「女性が同席していたほうが相手も緊張しないだろうし、女性の気持ちは私のほうがよくわかるから」という理由をこじつけた。
サラマンダーが女性だとわかった時点で私を会議に招集したのだから、理由としておかしくはないだろう…



一方、隆太は緊張していた。

相手は火を操る能力者だ。どんな人だろう。


サラマンダーと会うことが決まった時、隆太は正直「やった!」と思ってしまった。

ハッキリとした形にはならない思いではあったが、ブログを始めたきっかけには、実は”ただ単に、他の能力者に会ってみたい”というミーハーな思惑も僅かに含まれていた。

だが、時おりそんな考えが意識に浮上しかけても、隆太は即座にそれを無意識下に沈めていたのだ。



「人の心を解放することなんて、本当に出来るんだろうか…」

緊張からか罪悪感からか、隆太は不安に揺らいだ。
そんな隆太の弱気を、有希子はバッサリと切って捨てた。

「解放するのは、私たちじゃない。瞑想と、彼女自身よ」


喫茶店のドアから視線を外さない有希子の横顔を、隆太は感心して眺めた。

「たしかに、そのとおりですね…俺、ちょっと思い上がってたかも…」

頼りになるチームメイトだ。そう思いながら、隆太もドアに視線を向けた。


その時、重い木製の扉が開き、一人の女性が入ってきた。


「来た。きっと、彼女よ」




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ー 23 ー 守人警報発令

店に入ってきた彼女を見た途端、隆太の頭の中に警報が鳴った。

(マズい。彼女は、駄目だ…)

何故だかわからないが、皮膚の下からザワザワした感覚があがってくる。
初めての感覚だったが、これは、間違いなく危険信号だ。

有希子が隆太の気配に気付いた。

「何?」

「わからない。でも、彼女をフオンに近づけちゃ駄目だ」

これは、守人の力なのだろうか。



不安そうな面持ちでこちらへ近づいてきた彼女を、ふたりは立ち上がって迎えた。

「リュータさんと、緑川さん、ですか?」

消え入りそうな声。よほど緊張しているのだろう。
隆太は彼女の緊張をほぐすべく、精一杯微笑んだ。

「サラマンダーさんですね。はじめまして。リュータです」
「緑川です」

緑川、というのはブログの中での有希子の偽名だ。

一同が席に落ち着くと、ウエイトレスが水とメニューを置いていった。

隆太は不意に、初めてグエンファミリーと対面した日のことを思い出した。
あれからまだ数ヶ月しか経っていないのだと、あらためて気付く。

「あの、サラマンダーさん」

一瞬追憶に浸ってしまった隆太に構わず、有希子が切り出す。

「突然で悪いんだけど、『サラマンダーさん』って外で呼びづらいじゃない?もし良かったら、『サラさん』って呼んでもいいかしら?」

ホントに突然だな!隆太は一瞬そう思ったが、さすがだな、と思い直した。

有希子は隆太の様子を見て、サラマンダーが本名を名乗るのを咄嗟に阻止したのだった。
むこうが本名を名乗れば、こちらも言わざるを得なかったろう。

「あ…ハイ。それでけっこうです」

「ありがとう。さ、まず注文を済ませちゃいませんか?」

笑顔で放った有希子のさらなる先制パンチ。
会話のペースは完全にこちらのものとなった。


注文を聞き終えたウエイトレスが立ち去ると、サラは小さな声で言った。

「あの…今日はわざわざお越しいただいて、ありがとうございます。私、こういうの慣れてなくて…どうしたらいいのか…」

「大丈夫ですよ。僕も、ネットで知り合った人と会うのは初めてなんです」

隆太は敢えて、能力者としてではなく、単なるオフ会として会っているような言い方をした。
有希子もすかさずその流れに乗る。

「サラさん、お若いんですね。私、文章の感じから、もっと年上の方だとばかり思ってました。とてもしっかりした文章だったので。ふふ」

今日有希子が同席すること、チーム全員に双方のメッセージを見せることは承諾をとってあった。
実際は、メッセージはもっと前に見せていたので事後承諾という形になるのだが、それは伏せている。

「あ、すみません…」

別に謝る場面ではなかったが、サラはそう言って赤くなった。
スミマセン、と言ってしまうのは半ばクセなのだろう。


少しの間、当たり障りの無い会話が続く。
やがて飲み物が運ばれ、会話が途切れた。


「あの、サラさん」

隆太が静かな声で切り出した。

「今日は、僕たち2人しか来られなくて、すみません。グエンさん達も来たがってたんですが…僕が断りました」

「あ…はい。構いません。それは守人さんとして当然のことだと思います」

「ああ、ありがとう。ブログ、よく読んで下さってるんですね」

「はい。とても参考になります。瞑想のこととか、チエンさんのおっしゃっていることとか…」

ブログの中で、カイは「チエン」、ホアは「ラン」、フオンは「マイ」という名前になっている。
有希子は考えに考え抜いた末、自ら「緑川ゆり」と命名した。


「瞑想して、なにか効果はありました?」

有希子が話の流れを微妙に変えた。
ブログそのものの話を続けるのを避けたのは、グエンファミリーから話題を遠ざけるためだ。

まだ、あのブログがほぼノンフィクションであることをサラには言っていない。ぼかしたままだった。
だが、このままの流れで話してグエンファミリーに話題が及べば、暗に” 全て” 本当の話であると認めることになってしまう。

サラに対して警戒心を持っていることを極力悟らせずに、彼らを守らなければいけない。
だがその警戒心により  サラが心を閉ざしてしまえば、彼女の心を解放することなど不可能だ。

それは、難しい舵取りだった。


「それが、よくわからなくて…瞑想をやっている間は静かな気持ちになるんですが、特に植物が美しく見えたりもしないし…」

「そうですか。ひとりでは、初めは難しいかもしれませんね。あ、でも、朝日を浴びながらだと効果的らしいですよ」

「そうなんですか」

「もし効果が無くても、腹式呼吸するから腹筋が鍛えられますよ」

隆太の軽口に、有希子が「うふふ」と笑いながら自分の腹をポンポンと叩き、言い添えた。

「私も瞑想の効果はあまりわからないけど、少なくともお腹の調子は良くなったみたい」

サラもフフ、と遠慮がちに笑った。

少し緊張がほぐれてきたようだ。さっきより表情が柔らかくなっている。

「結果を急ぐのは良くないと思うわ。これまでずっと悩みを抱えてたんですもの。ゆっくりゆっくり、進みましょう」

いきなり核心に踏み込んだ有希子を、今度は隆太がフォローする。

「そうそう。あまり急激に変わると、身体がびっくりしちゃいますよ」


サラは、「ハイ…」と小さく頷いたまましばらく俯いていたが、やがて意を決したように顔を上げた。

「あの…私のパイロキネシス、見ていただいてもいいですか?」




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ー 24 ー 参謀の活躍

隆太はゴクリと唾を飲み込みたいのを堪えた。平静を装う。

「大丈夫ですか?無理しなくていいのよ」

そう気遣う有希子に、サラは縮こまるような姿勢で小さく答えた。

「私、決めてたんです。皆さんに信用してもらいたいから、見てもらおうって」

思い詰めたような目で テーブルの上で握りしめた自分の手をみつめている。
先ほどから、あまりこちらと目を合わせない。

この喫茶店、この席を待ち合わせ場所に指定したのは、サラだった。
自分の能力を見せるにあたり、空いている時間帯、僅かな他の客から死角になる席を選んだのだろう。

テーブルに置いてあった灰皿を引き寄せ、ふたりに訊ねた。

「すみません、メモ帳とかティッシュとか、なんでもいいんです。紙をお持ちですか?」

有希子がバッグからポケットティッシュを取り出し、1枚引き抜いて丸め、灰皿の上に置いた。


「あの…すごく久しぶりなので失敗するかもしれないんですけど…」

隆太は安心させるように頷いた。

「大丈夫。燃えなかったからって、あなたが嘘をついたなんて思いません」

サラは「失敗」という言葉を使ったが、隆太はその言葉を慎重に避けた。



サラが灰皿の上のティッシュを見つめる。
唇を噛み締め、テーブルの上の両手は固く握りしめられている…




 * * *



「…どうするの?」

サラと別れた帰り道、ふたりはしばらく黙ったまま歩いていた。

「うん…」

両手とも親指だけをポケットに突っ込んだまま、俯き加減で歩く。
考え事をしているときの隆太の癖だ。

ふたりとも、ぐったりと疲れていた。

喫茶店で話しているときは気がつかなかったのだが、サラと別れて一息ついたとき ドッと疲労感に襲われたのだった。

彼女を見たときの危険信号。会ったあとの、この妙な疲労感。

やはり、フオンにとって良くない効果を及ぼすだろう。サラに悪意は無かったとしても。

だが、彼女は助けを求めている。
ずっと封印してきた力を初対面の他人に見せてまで、救われたいと願っている。


パイロキネシス。

息をつめて見守るふたりの前で、しばらくの間、何も起こらなかった。

サラは目を閉じ、ふうっと力を抜いた。

そしてふたたび目を開き、睨みつけるようにそれを見つめた。

十数秒も待っただろうか。突如、灰皿の上のティッシュが一瞬にして燃え上がった。

サラは無言で自分のグラスを取り上げ、灰皿に水をかけた。

頬からは血の気が引き、その手は小刻みに震えていた…




「フオンには会わせない。とりあえず、しばらくの間は」

隆太は大きく息を吸い、背筋を伸ばした。そして、思い切り息を吐く。

「でも、彼女の手助けもする」

「ええ、賛成。でも、どうやって?」

「帰って、会議ですね。参謀、出番ですよ」

隆太は横目で有希子を見て、ニヤリと笑った。

「参謀?…ワタシ?」

驚きで目を見開いて立ち止まったままの有希子を残し、隆太は駅に向かって走り出した。


 * * *


夕方、レストランの開店前。

5人はグエン家のリビングに集結していた。

「サラマンダーのおねえさん、どんな人だった?火は出た?」

フオンは興味津々だ。
どうやら、口や目から火を吹くと勘違いしているようだったが。


「うーん…とりあえず、彼女は本物のパイロキネシストでした」

ほう…と感嘆する3人に、今度は有希子が意見を述べる。

「彼女、誰にも自分のことを見られたくないと思ってるようだった。
 まるで、ひっそりと隠れるようにして生きているっていうか‥‥人生に尻込みしてるみたいな感じ」

え…隆太は少し戸惑った。

「ちょっと、待って下さい。たしかに、すごくおとなしそうな人ではあったけど…そこまで言うのは…」

「服よ」

有希子がこともなげに言う。

「気付かなかった?彼女の服装。生成りとか薄い茶色の重ね着。
 デザインも、シンプルというより無個性。
 靴もカバンも、印象に残らないことを基準に選んでるみたいだった。おまけに、どれもかなり使い込まれてた」

隆太は唖然としていた。
彼女が何を着ていたかなんて、ろくに憶えていなかったのだ。
少なくとも、隆太に対しては「印象に残らない洋服選び」は成功していたようだ。

「アクセサリーはおろか、キーホルダーやストラップ、ネイルも無し。
 普通は、いくらシンプルなファッションを好むと言っても、どこかしらに自己アピールが出てるものよ」


「ユキコ、ワタシ、わかんない」

フオンが自分のスカートの裾を引っ張りながら抗議する。

ああ、ごめんね。と詫びて、有希子は説明した。


普通、初対面の相手と会うときはそれなりに服装に気を遣うものだ。
特に、彼女は今回相当の覚悟を持って会いにきたのだから。
だが、彼女の身に着けていたものは”身体に馴染む”というのを通り越して幾分古びており、おそらく普段着だった。新しくおろした物を身につけてもいなかった。
特別な場面で着るための服を持っていないし、そういうものを買うという意識すらないかもしれない。

彼女は、自分自身に興味がない。
というか、力を恐れるあまり、わざと自分を蔑ろにしている。


「そんな…服装だけで、そこまで…」

「ああ、だって彼女は極端だもの。普通はあの年頃の女性って、多少はオシャレしたいものじゃない?
 …まあ、わざと地味な服を選んで来たのかもしれないけどね。それにしても、ね…」


これまで黙って聞いていたカイが口を開いた。

「そこまで心を閉じているなら、少し時間をかける必要がありそうですね」

「そう。自分を好きにならなきゃ、瞑想は出来ないんだよ。ね」

フオンが合いの手を入れる。


「私が話を聞いてみましょうか?」ホアが言った。

「うん。それがいいかもしれないね。ホアのほうが、エネルギーの動きを見るのは得意だし」

カイがそう言って頷く。


「エネルギーの動き…?って、実際に目に見えるんですか?」

「ええ。見るといっても…集中すると、空気の塊が流れるような感じで見えるだけ。ホラ、透明なグラスで、水の中にお湯を注いだときみたいに。それから…」

と言いよどんで、有希子にベトナム語で何か聞いた。

「密度、ですね」有希子が答えた。

「そう、密度の違いがわかります。エネルギーの強さや密度は、人によって違います。同じ人でも、その時の気持ちでエネルギーの種類が変わります」

「へえ…なるほど…」



こうして、サレンダーとサラマンダーを隔離したまま、サラの修行を手伝うことが決定した。
実際に会う日時などは、明日以降に話し合うこととなった。

「リュータはね、初めの瞑想のときからエネルギーが開いてましたよ。ユキコも少し開いてたね」

カイが、楽しそうに言った。

「ふたりとも、瞑想にとても興味があったでしょう?興味とか好奇心は、心を開く鍵になるんですよ」


「サラも、そうなるといいんだけど…」

ホアの呟きで、その日の会議は終了した。



解散して自分の部屋に戻ってから、隆太は気付いた。

「フオンには会わせない。とりあえず、しばらくの間は」
「でも、彼女の手助けもする」

喫茶店からの帰り道で有希子と交わした会話については、この会議で一度も口にしなかった。

それでも、自然にそういうことになったのだった。





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