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ー 18 ー もうひとつの目的

「ちょっと!なにソレ?!さっきはそんなこと言ってなかったじゃない!」

有希子がまっ先に拒否反応を示した。

鼻息を荒くしつつも わからない言葉があったらしいグエン夫妻に説明してくれたが、夫妻は態度を保留しているようだ。


説明し終わるや否や、有希子は隆太に向き直った。

「で?接触してどうするわけ?超能力チームを作って、世界征服でもしようっていうの?!」

思わず隆太は脱力してしまった。どんだけ飛躍するんだよ…

「…そんなわけないでしょう。この一瞬で、どこまで妄想羽ばたくんですか」


気を取り直して、説明を始める。
隆太は、先代のサレンダーについて聞いたことを思い出したのだった。

彼は、自分の能力について知らされたのが遅かったため、長いこと人知れず悩んでいた。
同じように、特殊な力を持っているがために悩んでいる人がいるのではないか。
もしかしたら瞑想やその過程で教えられる思想により、そういう人を救えるのではないか。

隆太は息を詰めるようにして、反応を待った。


「キケン、は無いのですか?」

沈黙を破ったのは、ホアだ。

「リュータの翼のことも、書くのでしょう?そうすれば、天空橋のことだとわかってしまう」

隆太は頷いた。だが、それについても考えてあった。


元々、天空橋の住人(天空人)は、翼を持つことや空を飛べることを自ら発信しない。

それは、世間から虐げられたり、色眼鏡で見られたり、彼らの能力を悪用しようとしたりする人々に苦しめられた歴史があったからだ。

それに実際問題として、翼が意外に不便だということもある。

洋服の問題だ。

普段、翼は背中にフィットしていて 服を着ていれば外からはその存在がわからない。
鳥が翼をたたんでいる時、美しい流線型であるのと同じことだ。

羽ばたくには、服の背中部分に切り込みを入れ、そこから翼を外に出しておく必要がある。

だが、天空橋から外に出ると翼は消えてしまう。
結果、単に「背中に切り込みのある変な服を着ている人」になってしまうのだ。

夏ならばタンクトップやキャミソールでいれば問題ないのだが、それだけ暑い日となると、上空はさらに暑い。

冬は冬で、コートまで切り裂かねばならないのだから、寒くて仕方ない。

とてもじゃないが、そうそう飛ぶ気にはなれないのだった。


そういった諸々の理由で、天空人達は自らの能力が都市伝説やおとぎ話と化するにまかせた。
むしろ、口を噤むことで、そういった流れを助長させた。

やがて、「聞かれれば答えるけれども、自分からわざわざ言ってまわらない」という姿勢が、暗黙の了解のもとに出来上がったのだという。

さらに最近では、若者の間には「空飛ぶとか、ちょいダサくね?」という風潮がある。

だから、隆太がそれを小説にしても問題は無い筈だ。
実際、天空人を題材にしたファンタジー小説は、既にいくつか存在していた。
(もちろん、現実とはかけ離れた内容だったが)



説明を終えても、3人はまだ難しい顔で思案している。

「ま、上手く書ければの話ですけどね。発表しても、誰も見に来ないかもしれない」

隆太が場の空気を変えるように明るく言うと、3人もフッと息を漏らした。


「瞑想の方法を広めることには賛成です。でも…サレンダーや守人について書くことは、フオンの意見も聞いてみなければ」

「そうです。もし興味を持った人がここにやって来たら、フオンの修行の邪魔になるかもしれない。それに、別の力を持った人がいれば、フオンのことを良く思わないかも」


夫妻の心配はもっともだった。

やはり、フオンを交えてもう一度検討したほうが良さそうだ。

隆太は、さっきから黙り込んでいる有希子にも意見を聞きたかった。

「水沢さんは、どう思います?」

「ん~…柏原 麗華!!…それか、曾根崎 さくら!!」

「…え?」

グエン夫妻と隆太は顔を見合わせた。

「名前よ。偽名を使うんでしょ?」

 ……


数秒の沈黙の後、皆一斉に笑い出してしまった。

「なによ~。憧れの名前なんだもん。いいじゃない!」と、ふくれている有希子以外は。



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ー 19 ー 「翼の守人」始動


翌朝の瞑想は中止となった。前日夜更かししすぎてしまったためだ。

「おはよう、リュータ」

朝食に招かれていた隆太が部屋に入って行くと、フオンがピョンピョン飛び跳ねるようにやって来た。

「見て。これ、着けてるよ」

昨日あげたペンダントを、嬉しそうに掲げてみせる。

「こっちに来て」と、隆太の手を掴み、リビングへ引っ張っていく。

「ホラ。こうすると、もっとキレイ」

フオンは、ペンダントを頭上にかざし陽に透かして眺めている。

そこへ、朝食を載せたトレーを持った有希子が入ってきた。昨夜はここに泊まったのだ。

「おはよう。大原くん。フオンったら、さっき私にも見せてくれたのよ。すっかりお気に入りね」

そう言いながらトレーをテーブルに置くと、自分のバッグから携帯電話を取り出し、なにやらゴソゴソしている。

やがて手の中に何か隠したままこちらへやって来た。

じゃ~ん! とフオンの前で開いた手のひらには、半透明なピンク色の 小さな石のチャームがあった。
携帯電話のストラップから外してきたのだろう。

「これ、モルガナイトっていうの。そのペンダント、スッキリしてて素敵だけど、やっぱりピンクが入ってたほうがカワイくない?女の子だもん」

「着けてもいい?」

フオンが隆太を見上げて嬉しそうに聞く。

「もちろん。良かったね」隆太は笑顔で頷いた。

「美人になるお守りよ~」

女子ふたり、キャッキャとふざけながらチャームを紐に通している。


あんなに小さくても、しっかり女の子なんだなぁ…

隆太が感心していると、カイとホアも、それぞれ料理の皿を手に入ってきた。

「朝からずいぶん賑やかだね。リュータ、おはよう」

「おはようございます」


和気あいあいとした朝食の後、いよいよブログの件についての会議が始まった。

難しい話なので、と隆太に断りを入れ、カイはベトナム語でフオンに説明した。

しばらくベトナム語での話し合いが持たれた後、フオンは日本語に戻って言った。

「リュータのお話、いいと思う。出来たら、フオンも読みたい」

この家族は、フオンを子供扱いしない。一人前の家族の一員として、その意見を尊重する。
難しいことも、簡単な言葉に置き換えてしっかり説明し、自分で判断させるのだ。

「もし、面白がってフオンを見に来る人がいたら?」

カイの問いに、少し考えて答える。

「しらんぷりする」

「もし、別の力を持った人がフオンに意地悪したら?」

「意地悪する人ともケンカしちゃ駄目って、ママが言ったよ。どうして意地悪するの?って聞くの。意地悪しないでね、って言うの」

その答えに、ホアが目を細める。

「それに、力のことを怖いと思ってる人には、怖くないよって教えてあげればいい」



こうして、隆太のブログ開設が決定した。

協議の末に決まったタイトルは、「翼の守人」。
http://tsubasanomoribito.blog111.fc2.com/


記事をアップする前に、有希子にベトナム語に翻訳してもらい、グエン夫妻に目を通してもらうことにした。

リュータの好きに書いてくれていい、と言ってくれたのだが、隆太自身に少し不安があったのだ。慎重になるに越したことは無い。


「それにしても、リュータは色んなことを思いつきますねぇ」

ホアが、感心半分、呆れ半分の表情で笑った。
隆太も、ソファに座りフオンと遊んでいる有希子へと目配せし、ニヤリと笑う。

「水沢さんにはかないませんよ。なんたって、世界征服だもの」


隆太が自分の部屋に戻る時、有希子は再びブツブツと悩んでいた。

「迷うわぁ。緑川さゆり……真行寺あかね、っていうのもいいわねぇ…」




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ー 20 ー 繋がる


開店&引っ越しパーティーから、数日後。


その朝の瞑想で、隆太は初めて宇宙と繋がった。

太古から続くすべての物質とすべての時間が結びついて、現在があることを体感した。

意識は一瞬にして地球を越えて宇宙まで飛び、また同時に、時間を一瞬で遡り宇宙創造を追体験した(ような気がした)。

まるで、世界と自分の間にあった薄く透明な膜が消え失せ、視界が明るく開けたかのようだった。

目に入るもの全てが、キラキラと美しく輝いている。
だがそれは、眼をくらます眩しい光ではなく、優しく包み込むようなあたたかい光だ。

樹も土も、虫も鳥も、みな幸せそうに見えた。

イヤ、彼らはきっと幸せなのだ。自身が気付いているかどうかはともかく。

身体が軽くなり、はばたかなくてもどこまでも飛んで行けそうな気がする。

肌に触れる空気さえも濃厚に密着し、宇宙との一体感を感じる。

身体の奥から力が漲り、精神はどこまでも澄み渡っている。


素晴らしい感覚だった。

隆太は、呆然としながら興奮する、といった複雑な精神状態になっていた。

背中の翼の付け根がムズムズする。今すぐはばたきたがっているようだ。

グエンファミリーが笑顔で拍手してくれている。

彼らもまた、一段と幸福に輝いて見える…



その感覚は、数十秒で終わってしまった。


だが、隆太は知った。

世界は、本当に、本当に、美しいものだということを。



フワフワした気分のまま、隆太は部屋に戻った。

朝食に誘われたが、胸が一杯で食べられそうになかったので、礼を言って断った。

彼らは気を悪くするでもなく、微笑んで隆太を見送った。
彼らにも、この感覚に憶えがあるのだろう。


だが、いつまでもフワフワしてはいられない。
あの感覚の余韻に浸っていたかったが、残念ながら今日は仕事だ。

隆太は先月から、深夜勤務を止めて早朝勤務に変わっていた。
瞑想にも都合がいいし、体調が良くなった気がする。


グラスに冷蔵庫から出した水を注ぎ(サレンダーの美味しい水)、瞑想中に切っていた携帯電話の電源を入れた。

日課になっている、出勤前のブログチェック。
ブログを書くのにはPCを使うが、チェックだけなら携帯電話で充分だ。

例のブログは、隆太がアップした記事を有希子がベトナム語に訳してアップ、さらにそれをカイが英語に訳してアップ、という壮大なことになっていた。

同じ内容のブログが、3つの言語で存在しているのだ。
おかげで、アクセスも徐々に伸びてきている。


携帯電話が起動するのを待つ間、水を飲みながら簡単な朝食を準備する。

隆太は最近、食事に時間をかけるようになった。

よく咀嚼し、食べ物の味をしっかり味わい、栄養を意識しながら食べると、栄養の吸収が良くなる。カイにそう教わったからだが、それ以上に、食べ物に対する感謝の気持ちが生まれたからだった。

連綿と繋がってきた命を断ち切っていただいているのだ、という自覚。


(さすがに、何も食べずに出勤ってわけにもいかないよな…バナナとシリアルだけでも食べるか…)

ようやく携帯電話が起動した。

 「メッセージが届いています」

シリアルをボウルに移しながらブログの管理ページを開いた隆太の手が、止まった。

先ほどまでの高揚感がギュッと縮まり、心臓に突き刺さったようだ。

隆太は部屋を飛び出し、階段を駆け上がった。


血相を変えてドアの隙間に身体をねじ込んできた隆太に ホアが驚くのも構わず、隆太は叫ぶようにして言った。

「これ!見て下さい!」

携帯の画面をかざす。

隆太の声を聞いてカイとフオンも出てきた。

狭い玄関で、4人が折り重なるように小さな画面を覗き込む。


「サラマンダーと名乗る人から、メッセージが来たんです」

画面を見せたところで 彼らが日本語をあまり読めないことを今更ながら思い出し、隆太は読み上げた。



========================
タイトル:はじめまして。サラマンダーと申します。
========================


ブログを拝見しました。

とても興味深い小説ですが、もしかして、これは本当のことなのでしょうか。

何故そう思うかというと、信じてもらえないかもしれませんが、私にも特殊能力があるからです。
名前からもおわかりいただけるかと思いますが、発火能力(パイロキネシス)です。

私は今まで、このことを人に言ったことがありません。
相手の反応が怖かったし、自分自身もこの力を恐れているからです。

でも、このブログを見て、希望が湧きました。
サレンダーの真似をして、瞑想をやりはじめました。

私も、心の平安が欲しい。自分に怯えずに生きていきたい。



そして、もしかしたら。
もしかしたら、私にも、守人がいるのでしょうか。



突然こんなメッセージをお送りしてしまい、申し訳ありませんでした。
もし、この小説が本当にフィクションなら、どうかこのメッセージのことは忘れて下さい。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「…よりによって、初めて宇宙と繋がった日にこんなことになるなんて…」

隆太は混乱していた。
自分で始めた事とはいえ、今はまだ、感情も理性も 現実に追いつけない。


「偶然ではありませんよ」

ホアが当たり前のように言った。

「リュータは、こうなることを願っていたでしょう?フオンも、怖がっている人を助けたいと言った。カイも、ユキコも、私も賛成した」

「そう。みんな、同じ気持ちだった。同じ目的を持っていた。
 同じ気持ちを強く持った人が集まると、それは実現しやすくなります。
 ブログのことだけじゃなく、修行も同じ気持ちです。
 
 だから、リュータのレベルがひとつ進んだとき、これが起こった」


「みんな、つながってるの」

隆太は順繰りに、3人の顔を惚けたように見つめていた。


つながってる……そうだ…



「宇宙…」

思わず 言葉がこぼれ出た。


「そういうこと」

フオンがニッコリ笑った。



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ー 21 ー 接触

「で、どうする?」

サラマンダーへの対応をどうするか…話し合うことが出来たのは、翌朝になってからだった。
隆太はすぐに出勤しなければならなかったし、仕事を終え帰宅したのは 夕方店が混んできた頃だったのだ。

グエン夫妻のベトナム料理店は、なかなかの繁盛ぶりを見せている。
野菜をふんだんに使った料理の数々は、どれも美味しくてヘルシーだと評判を呼んだ。
おまけに、その野菜はどれもほぼ無農薬で作られており、一部はこのビルの屋上で育てられているということも、話題になる一因だろう。

おかげで、全員で話し合う時間は朝のひと時ぐらいだった。


「お返事、書かないの?」

フオンが無邪気に問う。

「イヤ、書くよ。どうやって返事をするか、これから考えるんだ」

サラマンダーからのメッセージは、他の者には見られないようになっていた。
ブログの管理者だけが見られるような形で、送られてきたのだ。

「ホンモノだと思いますか?」

隆太は、仕事の合間にネットで少し調べていた。

発火能力者(パイロキネシスト)というのは、どうやら世界中に存在しているらしい。もちろん、ごくごく僅かだが。

問題は、このサラマンダーが本物のパイロキネシストなのか、それとも、冷やかしやこちらに接触することが目的なのか、ということだ。

ブログには、「夢の中で ”サラマンダー” という言葉が響いた」ことは書いていない。
だとすると、やはり本物のような気がする。
ブログ管理者にしか見られないように送ってきたということも、本物なのかもしれないと思わせた。

だが、やはり冷やかしだという可能性も捨てきれない。

「サラマンダー」とは火トカゲのことであり、童話などでは火の龍をそう呼んだりする。
だから、自らをパイロキネシストと語る者が ””偶然””「サラマンダー」と名乗ったとしても、不思議ではないのだ。



「んんん…難しいですね。このメッセージだけでは、そこまでわからない」
 カイの問いに、隆太は率直に答えた。

そう。いくら考えても、進まない。


「この人、自分の力が怖いんでしょう?かわいそう」

フオンが真っすぐに隆太を見つめる。

隆太の心に僅かに残るためらいを、振り払う力を貰った気がした。

ここはとりあえず、相手の話を受け入れてみよう。
そして、こちらの情報は出さないように返信し様子を窺おう、ということになった。



==============
返信: サラマンダーさんへ
==============

メッセージありがとうございました。
ブログ読んで下さって、嬉しいです。

今まで誰にも話さなかった特殊能力を打ち明けるのは、さぞ勇気が要ることだったでしょうね。
僕に話して下さったこと、嬉しく思います。

発火能力、確かにちょっと怖いような気もしますね。
でも、特殊能力というのは全て、神様からの贈り物なんじゃないでしょうか。
いや、特殊能力だけじゃありません。
人間も、全ての生き物も、無機物だって、それが存在していること自体が贈り物なのだと僕は思っています。

サラマンダーさんも、ご自身の能力を受け入れてあげてはいかがでしょうか。
瞑想は、そこから始まります。
ありのままの自分を受け入れ認めなければ、他者とエネルギーを分け合うことなど ほんとうには出来ないように思います。


ご自身の力に怯えずに暮らせる日が、早く訪れますように。
サラマンダーさんの心が、平安と幸福に満たされますように、お祈り致します。

キハラ リュータより。

ーーーーーーーーーーーーーーー



サレンダーの力には言及せず、あくまでもサラマンダーの悩みについてだけ反応した返信。

でも、書いた内容は本心だった。

もし冷やかしだったとしても別にかまわない、と隆太は思った。

こんなイタズラをする人の心は、きっとどこか歪みささくれ立っているのだろう。
ならば、その心が癒えるように、やはり祈ることにしよう。


因に、「キハラ リュータ」というのは、隆太のブログ上でのニックネームだ。

どんな反応が帰ってくるのだろう。
それとも、あの返信に満足してそれっきりだろうか。


メッセージを送ってブログ画面を閉じ、今度はいつものメールチェックをする。

有希子からメールが届いていた。

「サラマンダーからメッセが来たんですって?どうするの?それより、最近ブログに私の出番が無いわよ?!絶世の美女って書いてくれなかったんだから、出番増やしてよ~ぅ!」


隆太は苦笑した。

(この人、段々キャラが崩壊してくるな…あ、本性が出てきちゃってるってことか)

さっきサラマンダーに送ったメッセージをコピーして、メールに貼った。

「絶世の美女なんて、リアリティが無くなるので却下です。出番については…気が向いたら考えときます」
と書き添え、返信しておいた。

隆太はニヤニヤしながら出勤の準備をした。

水沢さんの出番を増やすとしたら…確実に、お笑い担当だな。
ブログを読んだときの反応が目に浮かぶ…




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ー 22 ー サラマンダー

サラマンダーからの返信が来たのは、2日後だった。

今度は、かなり重い内容だった。

彼女はやはり本物なんじゃないだろうか…
メッセージは、そう思わせるものだった。




======================
 タイトル:お返事、ありがとうございました
======================

先日は、突然メッセージを送りつけたにもかかわらず、大変丁寧な優しいお返事をありがとうございました。
リュータさんのおっしゃるとおり、かなり勇気の要ることでしたが、告白してみて良かったと思っています。

なんだか文通のようになってしまって申し訳ないのですが、もう少し話をさせていただけないでしょうか。


お返事にありました「自分の能力を受け入れる」というとですが、私にとってそれは大変難しいことなのです。
その理由は、私の力の種類と、その発動の発端にあります…





隆太はみんなの前でメッセージの内容を説明した。


彼女の力が覚醒したのは、小学生のときだった。

彼女は猫を飼っていた。
数年前に家に迷い込んできて、以来ずっと仲良しだった。寝る時も一緒だった。

だがある日、彼女が学校から帰ると家の前に猫が倒れていた。ひき逃げされたのだ。

彼女が発見した時、猫にはまだ息があった。
彼女は自転車の前カゴに自分の上着を詰め込みクッションを作って、そこにそっと猫を乗せ、必死で自転車を漕いで動物病院に辿り着いた。

だが、間に合わなかった。

手の施しようがなく、猫は彼女の目の前で安楽死させられた。


悲しみより、怒りが勝った。

彼女は怒りに震えながら猫の亡骸を庭に埋め、割り箸と紙で墓を作った。
そして、墓の前に跪いて猫の冥福を祈ろうとした。

だが、祈りの言葉は出て来なかった。

ひき逃げ犯への怒りと憎しみで、彼女はいつの間にか自分が建てた墓を睨みつけていた。

そして、それは起こった。

猫の名前を書いた紙と割り箸が、突如燃え上がったのだ。



彼女が自分の力をそれほどまでに恐れるのは、自分の力が怒りと憎しみによって覚醒したからだ。

いつか、力を制御出来なくなるかもしれない。それが恐ろしくて仕方ない。


「もしご迷惑であれば、返信は下さらなくて結構です。長文、大変失礼致しました」

メッセージは、そう締めくくられていた。



「なんだか、随分と自分を押し殺してるカンジの文章ね…」

眉間にしわを寄せて言ったのは、有希子だ。

文章の中に「東京都在住の女性」とあったので、急遽来てもらったのだ。
女性の心理状態については、隆太よりも(多少は)わかるだろう。

「うん。俺もそう思います。文章のみでのやりとりだから、気を遣うのはわかるけど…」

再び送られてきたメッセージには、締めの1文の前にも謝辞がごまんと連ねてあったのだ。

「なにも、ここまで卑屈にならなくてもね」
有希子がズバリと言った。

「リュータはどう思う?会ったほうがいいと思いますか?」

隆太は少し悩んだ。

ブログを始めた目的は、「瞑想の方法と効果を広めること、特殊な力を持って怯えている人の助けになる」ということだった。

その目的を達するだけなら、メッセージのやりとりだけでこと足りるかもしれない。

だが、彼女の文章からは、それだけでは解決出来ないのではないかと思わせるような、深い懊悩や苦しみが感じられた。

危険はあるかもしれないが、会って話をしたほうが良いような気がする。


隆太がそう言うと、ホアとフオンが同意してくれた。

「彼女は、とても苦しんでいるように思います。私たちは、何か力になれるかもしれません」

「そうだよ。サラマンダーのおねえさん、かわいそう」

有希子は、大賛成というわけではなさそうだ。
腕組みして難しい顔をしている。

「たぶん、その人…かなり重いわよ。大丈夫なの?」


深刻な空気を払拭したのは、カイの言葉だった。

「大丈夫。私たちは、チームでしょう?」

先日のブログに、隆太はこの5人のことを「チーム・サレンダー結成」と書いたのだ。

「サラマンダーさんの心が解放されるよう、みんなで働きかけてみましょう」


「…しょうがないわね。まあ、やれるだけのことは、やってみますか」

カイの言葉にしぶしぶ頷いた有希子だったが、口元に滲んだ僅かな笑みを隠しきれては いなかった。



 * * *


ある日曜日の午後、隆太と有希子はとある喫茶店にいた。
一番奥の席に並んで座っている。

この席で、サラマンダーと待ち合わせているのだ。


会ってみることは決まったものの、いきなりフオンに会わせるのは危険だと隆太は判断した。

夢に出てきた、猫のような顔をした龍。サラマンダーという名前。メッセージの内容。
冷やかしやイタズラだという可能性は低いと思うが、あのメッセージから漂う重苦しい雰囲気にフオンを触れさせたくなかった。

隆太ひとりで会おうとしたのだが、有希子が「私も行く!」と立候補したのだ。


隆太は気付いていなかったが、「チーム・サレンダー結成」と書かれたブログを読んで最も喜んだのは、実は有希子だった。
(フオンと遊んでいた時のことを書かれたのは、有希子にとって心外だったけれども)

初め、有希子はただ通訳として少し関わっただけだった。

だが、グエンファミリーの人柄に魅かれ、サレンダーの能力や修行、瞑想・思想に共感し、今では友人として付き合っている。
そんな中で、何の力も持っていない自分を歯痒く思っていた。

いくら一生懸命修行したところで、私は彼らの役に立つことは出来ない。私はサレンダーでも守人でもないのだから。

ハッキリ言って自分は部外者だ。でも、せめて少しでも役に立ちたい。
そう思って、隆太のブログの翻訳やフオンの日本語特訓などをせっせとやっていたのだ。

有希子がそういった思いを口にしたことは、一度も無かった。
もし言えば、彼らはそんなことはないと慰め、これまで以上に私を優しく気遣うだろう。彼らに余計な気を遣わせたくなかった。

だから、隆太が当然のように自分をチームの一員と考え、グエンファミリーもそれを当然のように受け入れてくれたことが、嬉しかったのだ。

でも、有希子は何も言わなかった。
彼らがそれを当たり前のこととして受け入れているのなら、私も自然に振る舞おう。

今回も、「女性が同席していたほうが相手も緊張しないだろうし、女性の気持ちは私のほうがよくわかるから」という理由をこじつけた。
サラマンダーが女性だとわかった時点で私を会議に招集したのだから、理由としておかしくはないだろう…



一方、隆太は緊張していた。

相手は火を操る能力者だ。どんな人だろう。


サラマンダーと会うことが決まった時、隆太は正直「やった!」と思ってしまった。

ハッキリとした形にはならない思いではあったが、ブログを始めたきっかけには、実は”ただ単に、他の能力者に会ってみたい”というミーハーな思惑も僅かに含まれていた。

だが、時おりそんな考えが意識に浮上しかけても、隆太は即座にそれを無意識下に沈めていたのだ。



「人の心を解放することなんて、本当に出来るんだろうか…」

緊張からか罪悪感からか、隆太は不安に揺らいだ。
そんな隆太の弱気を、有希子はバッサリと切って捨てた。

「解放するのは、私たちじゃない。瞑想と、彼女自身よ」


喫茶店のドアから視線を外さない有希子の横顔を、隆太は感心して眺めた。

「たしかに、そのとおりですね…俺、ちょっと思い上がってたかも…」

頼りになるチームメイトだ。そう思いながら、隆太もドアに視線を向けた。


その時、重い木製の扉が開き、一人の女性が入ってきた。


「来た。きっと、彼女よ」





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