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ー 14 ー 宇宙のエネルギー

「宇宙と、繋がる?!」

昨日もらった料理のタッパーを返そうと リュックに手を伸ばしかけていた隆太は、かなりの勢いで振り返った。
首がグキッと音をたてた。


「そう。今日は、一本ずつの樹と繋がった。でも、周りのもの全てと繋がることができる。地球の全部と、宇宙です。フオンは、いつも出来ます。私たちは、まあ、大体出来ます」

ホアが微笑みながら頷いた。この人は、いつもにこやかだ。

隆太は、フオンを改めて見た。普通の、可愛らしい小さな女の子だ。
母親の手につかまりニコニコして隆太を見ている。

一見、どこにでもいる幸せそうな家族。
それが、水を操る力やら宇宙と繋がるやら‥‥

隆太はほんの一瞬、目眩を覚えた。


「その…宇宙と繋がると、どうなるんですか?」

宇宙人と交信出来たりするのだろうか…?そう思ったが、口には出さない。
魔法学校の二の舞は避けたかった。人間は、学習するものなのだ。

「宇宙はたくさんのエネルギーに満ちています。そのエネルギーに繋がり、分け合うことが出来ます。
 そうするうちに、自分のエネルギーがどんどん膨らみます。
 心が愛に満たされ、ゆったりとして、ピースフルになります。そして、強く健康になります。とても。」


帰り道、4人は歩きながら話した。
瞑想について。それによって得られるものについて。

ホアが朝食に誘ってくれたので、隆太はありがたく誘いを受けることにした。


 * * *


たっぷりとした朝食を食べ終え ハス茶を飲みながら、隆太は心を決めた。

瞑想は面白い体験だった。このサレンダーの力のことも、もっとよく知りたい。

よし。守人、やってみようじゃないか。


…だが、意気込んで決意を表明した隆太は、肩すかしを喰らうことになった。

隆太の部屋のリフォームも終わっていないし、店舗の工事や機材の搬入が全て終わるまでには あと2~3ヶ月かかるということだった。


「まさか、こんなに早く返事をもらえると思わなかったから…」と笑う一家は、それでも嬉しそうだ。

そうですよね。俺、ちょっと張り切りすぎちゃいましたね~…などと頭を掻きながら、隆太は「そういえば…」と(照れ隠しも兼ねて)気になっていたことを訊ねてみた。

サレンダー、という言葉の元々の意味について。


「そうですね…明け渡す、とか引き渡す?ええと、ビジネスでよく使いますね。
 ただ、私たちの場合は…(言葉を探す)…力を受け入れること」

「自分自身を、そのチカラに明け渡すってこと?」

「そうではなく…自分の中に、力が育つことを認める。そんな意味で使っているように思います」

ふうん。自分自身はあくまでも保ったまま、チカラに隷属せずに…共存する。自分のスペースの一部を、チカラに明け渡す。
そんなイメージだろうか。


「じゃあ、サラマンダーっていうのは?」

「サラマンダー?」

3人とも、不思議そうな顔をしている。

「あの、不思議な夢を見たことは、昨日お話ししましたよね。
 『サレンダー』って言葉のあとに、『サラマンダー』って言葉も聞こえたんです」


そう。フオンの力を目のあたりにした時、自然とこれがサレンダーだとわかったのだ。

だとしたら、サラマンダーというのは、もうひとつの不思議「ネコの顔をした龍のようなもの」を意味するのではないか。

だが、3人には何も思いあたることは無さそうだった。




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ー 15 ー 直感を信じる


隆太は自宅から少し先、勤務先のある駅の、駅ビルに来ていた。

お目当ての店を探す。
外から店内を眺めた事はあったが、まだ入ったことは無かった。

しばらくウロウロして、見つけた。パワーストーンショップだ。


初めての瞑想体験から3ヶ月と少し。既に年を越していた。

バイト帰りにタイミングが合う日には、なるべく瞑想に顔を出すようにしていた。
(雨の日や体調の悪い日は、外での瞑想は中止だった。つくづく、自由な修行だ)

先日、グエンファミリーのところへの引っ越しが済んで、少し落ち着いたところだ。

レストランの料理の匂いがなるべく部屋に侵入しないようにと配慮してくれて、建物の一番奥で、なおかつ最も日当りのいい部屋だった。


今日は開店記念と隆太の引っ越しを兼ねたパーティーをしてくれるというので、隆太も何かプレゼントをしようと考えているのだ。

カイには日本酒と酒器を。ホアには綺麗な一輪挿しを用意した。

そしてフオンには、お守りを…いや、それじゃ宗教色が強すぎるな。もっとこう…自然なカンジ…

そう考えて、パワーストーンを買うことに決めた。自然のエネルギー。



おそるおそる店に入る。
パワーストーンなんて、雑誌の裏の広告でしか見たことが無かった。

(ひょっとして、すごく高かったりして…)

壁にならんだガラス棚をぎっしりと埋め尽くす、様々な石。
小さなガラスの器に種類別に入れられ、石の効能と値段の書いてある札がかけてある。

(こんなに種類があるのか…どれを選べば良いんだ?)

奥のほうには、石を使った小物が並べられている。
ストラップ、ブレスレット。ペンダントやヘアアクセサリーまである。


色々眺めていると、他の客の会話が聞こえてきた。
互いを「さるさん」「きりんさん」などと呼び合い、楽しげにキャッキャと騒いでいる。隆太はチラッとそちらを盗み見た。

30代半ばらしき女性2人連れだった。
(いい大人が サルだのキリンだの、なんのこっちゃ)と一瞬思ったが、すぐにそれらはハンドルネームか何かなのだろうと思い至る。

ふたりは店員に、その場でストラップを作ってもらうらしい。

(そんなことも出来るのか…)

しばらく横目で様子を見てみる。フムフム…石を選んで、パーツを選んで、デザインを伝えて…なるほどね。

隆太はパーツのコーナーへ移動しながら、聞くともなしにふたりの会話を聞いていた。

女性客の片方は、石に詳しいようだ。良い石の選び方などをレクチャーしている。

まず、直感で選ぶのがいいらしい。
厄除けやら恋愛運アップやらと目的に合わせて石を選ぶのだが、同じ種類の中でどの石を選び取るかは、己の直感なのだ、と。

(要するに、なんとなく目に留まったものを選べば良いってことか…?)
聞き耳を立て、隆太はなおも観察を続ける。

それを聞いて、もう片方の女性は「直感かぁ。じゃあ、これ~」と即座に2つ3つと選び出した。
まるで迷いが無い。

隆太は内心、「はやっ!直感にも程があるだろ、それ…」と突っ込んでしまった。

だが、石選びのハードルは下がった気がした。
なにしろ石の種類が多すぎて、選びかねていたのだ。


よし。直感、直感…

まず、ブレスレットは…子供が着けるには目立ち過ぎるかな。それに石をたくさん使うから、高くつきそうだ…
うん。ペンダントにしよう。紐は…革製がいいな。よし、これだ。

次は、石だな…

石のコーナーにまわった隆太は店員に助けを求め、選ぶのを手伝ってもらった。

メインとなるのは、平たいしずく型のアクアオーラ。
角度によって青や水色、紫にも見える不思議な石だ。
それに、ひとまわり小さく丸い形の紫のアメジストと紺色に近いスギライトを縦に連ね、それぞれの間にさらに小さな水晶のビーズを挟んで、チャームに仕立ててもらう。
それを、着色していない細い革紐に通して出来上がりだ。

紫系の綺麗なグラデーション。邪気を払い、潜在能力を引き出すお守りだ。
小さな石なので、怯えるほど高くつかなかったのもラッキーだった。

予算に余裕があったので、隆太は自分の分も作ることにした。

自分のものなので、直感で選ぶのも気が楽だ。
先ほどの2人連れの女性達にも負けないほどの即決だった。

細長いブラッドストーンの両脇を、小さなオニキスで挟み、間に暗い銀色の金属ビーズをあしらって、短めの黒い革ひもに直接通す。シンプルこのうえない。
勇気と強い精神力を授け、邪気を払うお守り。


数ある石の中から直感でひとつを選び出す。
隆太にとって初めての経験だったが、それは予想外に楽しいことだった。
余計な迷いがどんどん消えていき、頭と心がスッキリした気がする。


フオンへのプレゼントを包装してもらい帰途につく頃には、隆太の胸にはある計画が浮かびつつあった。



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ー 16 ー チーム・サレンダー 結成パーティー

「水沢さん、いらしてたんですか。お久しぶりです」

隆太が家に着くと、完成したばかりの店の前を水沢有希子がウロチョロしていた。
開店祝いの花をいじってみたり、看板の位置を直してみたりしている。相変わらず、元気な人だ。

「お久しぶりじゃないわよーーう!私、何度か来てたのよ?大原君と会う機会が無かっただけで。」

いつの間にか、大原さんから大原君になっていた。
この分では、リュータと呼びはじめるのも時間の問題かもしれない。


「ね、ね、屋上菜園、大原君の提案なんだって?すごく、いいアイデアじゃない。もう、近所の話題になってるみたいね」

隆太が返事をする間もなく、勝手に盛り上がっている。

有希子が言っているのは、このビルの屋上に菜園を作ったことだった。

日本であまり流通していない野菜は、買うとどうしても割高になってしまう。
ならば自分たちで栽培してしまおう、ということになり、夫妻は有希子と共にレンタルの農場を探していたのだが、近場で適当な畑が見つからなかったのだ。

その話を聞いた隆太が、以前テレビで見た屋上菜園の話を思い出して、カイに話したのだった。

提案した、というより 単なる思いつきで言っただけだったのだが、彼らにはそのアイデアが斬新に感じられたようだ。

すぐさま屋上菜園について調べ上げ、1週間ほどで屋上のスペース半分に菜園を手作りしてしまった。
既に、数種類の野菜が無農薬で育てられている。
虫除けには、ハーブを煮出して冷ました水を使う。

畑に撒く水は、もちろんサレンダーのパワーを注ぎ込んだものだ。

さらに、4人(時には隆太を除く3人)で菜園の四隅に立ってエネルギーの結界をつくり、野菜にエネルギーを注ぎ込むこともあった。
そうすることで、野菜の栄養価が上がり、美味しく、また早く育つのだそうだ。

隆太には効果のほどはわからないが、彼らはベトナムで実証済みなのだ。

自家栽培出来ない野菜は、無農薬野菜を作っている農家から買い取る契約をしてあった。



「早く中に入りましょう。もう何人か集まってるのよ」

そう言って有希子はさっさと行ってしまう。パーティーに若干興奮しているようだ。

隆太も美味しそうな匂いにつられるように店に入った。


「開店、おめでとうございます」

「やあ、リュータ。引っ越しおめでとう!」

隆太が声を掛けると、パーティーのセッティングをしていたカイが走り寄ってきた。

グエンファミリーとはほぼ毎日顔を合わせていたが、せっかくのパーティーなので、改めて挨拶しあう。

プレゼントを渡すと、カイは厨房にいるホアとフオンを呼んだ。

彼らは改めて、「これからもよろしくお願いします」と挨拶しあった。
そして、申し合わせたように、照れながら笑い合った。
有希子は来客の相手をしつつ、そんな彼らの様子を微笑みながら見守る。


チーム・サレンダーの結成だ。

いよいよ、正式にサレンダーの守人としての人生が始まる。


「これ、いま見てもいい?」

フオンが隆太を見上げて言った。

「隆太がいるときは、なるべく日本語で話す」ことを心がけ、フオンの日本語は目覚ましく上達していた。
春から近所の小学校に通うフオンだが、この調子ならそれほど問題は無いことだろう。


「もちろん。開けてみて」

言い終わるか終わらないかのうちに、フオンが包みを破きはじめた。

「わあ…」

箱からペンダントを取り出したフオンは、見とれたまま言葉も無い様子だ。


ホアの手が肩に置かれ、フオンはやっと言葉を取り戻した。

目をキラキラさせながら「リュータ、ありがとう!とてもステキ!」と叫び、鏡の前に走っていってペンダントを首にかけた。

鏡の前でくるくるまわりながら自分の姿を確認して戻ってきたフオンは、今度は両親の前でお披露目している。

「サレンダーのお守りだよ」

隆太はしゃがんでフオンと同じ目線になり、家族にだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。
フオンがサレンダーであることは、近所の人達には秘密なのだ。

「これは、モリビトのお守り」

そう言って隆太は、自分の首もとからチョーカーを引っ張り出して見せた。

「シーーー」「シーーー」

隆太とフオンは、人差し指を口の前で立ててクスクス笑った。

カイとホアも、既に包みを開けてプレゼントを見せあい喜んでくれている。


そうするうちにも客は増え、店内は賑わってきていた。
両親は、フオンにプレゼントを部屋に仕舞ってくるよう頼み(「壊さないようにね」)、自分たちは準備に戻った。

有希子は中央に集めたテーブルに甲斐甲斐しく料理を並べ、客の間をまわっては飲み物を振る舞っている。
隆太もそれを手伝うことにした。





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ー 17 ー 隆太の計画

「ひゃ~。それにしても、盛り上がったわね~」

12時を過ぎ、有希子が皿を片付けながら言う。

商店街の人達や隆太のバイト仲間が入れ替わり立ち替わり、パーティーは大盛況だった。
「自家栽培の無農薬野菜を使ったベトナム料理」を出すレストランということで、開店前から周辺の話題になっていたのだ。

パーティーの最後には、グエン夫妻手作りの大きなケーキが登場し、隆太の引っ越しを祝って客に振る舞われ、お開きとなったのだった。


隆太も、ゴミを拾いテーブルを拭きながら笑う。
カイとホアは厨房で洗い物。フオンはとっくに夢の中だ。

「料理も好評だったみたいですしね。
 近所の人達とも もうずいぶん仲良くなってて、朝の瞑想を教わってる人もいるぐらいですから」

グエン一家の人柄のせいなのだろう、あっという間に近所に溶け込んでしまっている。
彼らの周りには、自然と人が集まるのだ。

(だが、自分の功績も少しぐらいはあるんじゃないか、と隆太は自負していた。
 なにしろ、翼を得るために街中の人と顔見知りになり、近所付き合いを欠かさぬようにし、身も心も天空橋の住人たらんと心がけてきたのだから)


「そう。なんか今、ちょっとしたブームなのよね」

「ブーム?瞑想が?」

「ううん。瞑想そのものは、ブームのほんの一部。なんていうか…彼らの思想、ものの捉え方、生きる姿勢…そういうのが、いま増えてきてるの」


そう言われてみれば、実は隆太も同じように感じていた。

サレンダーに出逢ってからというもの、インターネットであちこち見て廻ったのだ。
確かに、そういった思想を教えるサイトやブログ、書籍等がたくさんあって、少なからず驚いたのだった。


隆太は考えた。彼らに話す前に、水沢さんに相談してみようか…


 * * *


後片付けを終えた店の中、4人はテーブルにつきお茶を飲んでいた。

隆太の思いつきについて、話し合っているのだ。
時たま、有希子がベトナム語で言葉を補ってくれるのが、非常にありがたい。


昼間、パワーストーンショップでハンドルネームで呼び合う2人連れを見て、隆太は思いついたのだ。

自分の体験、サレンダーとの出逢いから修行の内容までを、インターネットで発信してみてはどうかと。

だが、それには危険が伴う。
内容によりフオンの素性が知れれば、興味本位で多くの人が訪ねてくるかもしれない。中には、害意を持つものもいるかもしれないのだ。

だから、あくまでも『ブログ小説』として、発表する。
登場人物は名前を変え、全てフィクションという形を取るのだ。


「でも、どうして?何のために、発表するのですか?」

カイの疑問は、当然だった。だが、隆太は期待していた。


サレンダーの瞑想は、素晴らしいものだ。

争いというのは、実はすべて『エネルギーの奪い合い』であり、
無意識のうちに互いのエネルギーを奪い優位に立とうとする行為である。


だが私達は、愛によって宇宙と繋がることができる。
宇宙に満ちている 無限のエネルギーを、自分に取り込むことが出来る。
それにより、人の間の諍い、すなわち『両者の間のエネルギーの奪い合い』をする必要は無くなる、ということ。

すると、無用なストレスは激減し、心身ともに強く健やかに保つことが出来る。

それをみんなが知れば、世の中はきっと素晴らしいことになる。


もちろんそんな内容の文章は、今やネットの中にゴロゴロしている。
インターネットの普及によって、情報は飛躍的に広がっている。

でも、そういったことに興味がある人しか、読まないのだ。
興味がない人は、ブラウザを閉じてしまうだけだ。

その点、サレンダーは世界に唯ひとり。

「体験談風ブログ小説」という形で面白く発表出来れば、多くの人が読んで、中には新たに瞑想に共感する人もいるのではないか。


「それに…」

頭の中には、夢に出てきた「サラマンダー」という言葉がまだ引っかかっていた。
隆太はまだ迷っていたが、彼らの反応を伺いながら言った。

「似たような力を持った人が、接触してくる可能性もあるんじゃないかな」




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ー 18 ー もうひとつの目的

「ちょっと!なにソレ?!さっきはそんなこと言ってなかったじゃない!」

有希子がまっ先に拒否反応を示した。

鼻息を荒くしつつも わからない言葉があったらしいグエン夫妻に説明してくれたが、夫妻は態度を保留しているようだ。


説明し終わるや否や、有希子は隆太に向き直った。

「で?接触してどうするわけ?超能力チームを作って、世界征服でもしようっていうの?!」

思わず隆太は脱力してしまった。どんだけ飛躍するんだよ…

「…そんなわけないでしょう。この一瞬で、どこまで妄想羽ばたくんですか」


気を取り直して、説明を始める。
隆太は、先代のサレンダーについて聞いたことを思い出したのだった。

彼は、自分の能力について知らされたのが遅かったため、長いこと人知れず悩んでいた。
同じように、特殊な力を持っているがために悩んでいる人がいるのではないか。
もしかしたら瞑想やその過程で教えられる思想により、そういう人を救えるのではないか。

隆太は息を詰めるようにして、反応を待った。


「キケン、は無いのですか?」

沈黙を破ったのは、ホアだ。

「リュータの翼のことも、書くのでしょう?そうすれば、天空橋のことだとわかってしまう」

隆太は頷いた。だが、それについても考えてあった。


元々、天空橋の住人(天空人)は、翼を持つことや空を飛べることを自ら発信しない。

それは、世間から虐げられたり、色眼鏡で見られたり、彼らの能力を悪用しようとしたりする人々に苦しめられた歴史があったからだ。

それに実際問題として、翼が意外に不便だということもある。

洋服の問題だ。

普段、翼は背中にフィットしていて 服を着ていれば外からはその存在がわからない。
鳥が翼をたたんでいる時、美しい流線型であるのと同じことだ。

羽ばたくには、服の背中部分に切り込みを入れ、そこから翼を外に出しておく必要がある。

だが、天空橋から外に出ると翼は消えてしまう。
結果、単に「背中に切り込みのある変な服を着ている人」になってしまうのだ。

夏ならばタンクトップやキャミソールでいれば問題ないのだが、それだけ暑い日となると、上空はさらに暑い。

冬は冬で、コートまで切り裂かねばならないのだから、寒くて仕方ない。

とてもじゃないが、そうそう飛ぶ気にはなれないのだった。


そういった諸々の理由で、天空人達は自らの能力が都市伝説やおとぎ話と化するにまかせた。
むしろ、口を噤むことで、そういった流れを助長させた。

やがて、「聞かれれば答えるけれども、自分からわざわざ言ってまわらない」という姿勢が、暗黙の了解のもとに出来上がったのだという。

さらに最近では、若者の間には「空飛ぶとか、ちょいダサくね?」という風潮がある。

だから、隆太がそれを小説にしても問題は無い筈だ。
実際、天空人を題材にしたファンタジー小説は、既にいくつか存在していた。
(もちろん、現実とはかけ離れた内容だったが)



説明を終えても、3人はまだ難しい顔で思案している。

「ま、上手く書ければの話ですけどね。発表しても、誰も見に来ないかもしれない」

隆太が場の空気を変えるように明るく言うと、3人もフッと息を漏らした。


「瞑想の方法を広めることには賛成です。でも…サレンダーや守人について書くことは、フオンの意見も聞いてみなければ」

「そうです。もし興味を持った人がここにやって来たら、フオンの修行の邪魔になるかもしれない。それに、別の力を持った人がいれば、フオンのことを良く思わないかも」


夫妻の心配はもっともだった。

やはり、フオンを交えてもう一度検討したほうが良さそうだ。

隆太は、さっきから黙り込んでいる有希子にも意見を聞きたかった。

「水沢さんは、どう思います?」

「ん~…柏原 麗華!!…それか、曾根崎 さくら!!」

「…え?」

グエン夫妻と隆太は顔を見合わせた。

「名前よ。偽名を使うんでしょ?」

 ……


数秒の沈黙の後、皆一斉に笑い出してしまった。

「なによ~。憧れの名前なんだもん。いいじゃない!」と、ふくれている有希子以外は。




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