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ー 12 ー 天空橋

うたた寝から目覚めたのは、17時近かった。

夕暮れにはまだ間があるとはいえ、お昼にお茶請けの総菜しか食べていなかった隆太は、猛烈な空腹を覚えていた。

冷凍庫から小分けにしたご飯を取り出しレンジで温めている間に、先ほどもらった料理を冷たいまま味見してみた。

初めて見る野菜と3色のピーマンの炒め物だった。
ガーリックが効いていて、とても美味しい。

もう一つのタッパーは、蒸し鶏のサラダだった。
紫の玉ねぎやシソ、人参などが細く刻まれ、和えてある。
丁寧にも、ドレッシングが小さな容器に入れられ、添えてあった。

それら全てを4分ほどで食べ終え、隆太は長老のもとへ向かった。



数カ月ぶりに会う長老は、相変わらずだった。

鳩尾近くまで伸ばした白いヒゲを撫でながら、何をするでもなく縁側で胡座をかいている。

長老、という呼び名は、おそらくその風貌と喋り方からつけられたのだろうと、隆太は推測していた。

年齢は知らない。本当に”長老”なのかどうか、誰も確かめていないようだが、そんなことはどうでもいいらしい。
要するに、そんな風に呼びたくなってしまう、愛すべきじいさんなのだ。


「ご無沙汰してます。大原です」

「おぅ、隆太か。よく来たなぁ。翼のほうは、どうじゃね?順調かい?」

「おかげさまで、少しずつですが育ってるみたいです」

そうかそうか、ん…ちょっと座って待っとれ・・・・そう言って、長老は立ち上がり部屋の奥へ消えていった。

縁側に腰掛け、庭を眺めながら待つ。

数分後、隆太の予想どおり、冷たい麦茶と熱いほうじ茶、おせんべいの載ったお盆を持って戻ってきた。いつも通りだ。

隆太に麦茶を勧め、長老はほうじ茶をひとくち飲む。


「あれじゃろ、あの家族に会ったのかい?」

やはりお見通しだ。
むこうから切り出してくれたので、少しホッとしつつ、ハイ、と頷く。

うんうんと頷きながら、長老は庭を眺めたまま話す。

「良い人達じゃった。真っ直ぐな心を持っておる。不思議な力を、守ろうとしておる」

そして、隆太を見てニカッと笑った。

「わしらと、同じじゃのう」


…そうか。そうかもしれない。
だから、初めは身構えていたにも拘らず、あれだけの短時間で警戒心が薄くなっていったのだろうか。…仲間意識?




 * * *


隆太が、この天空橋の特殊性を知ったのは、高校2年の頃だった。

友達とくだらない話をしている時に、なにかの流れで話題に上ったのだ。

「天空橋じゃねーんだから」

そう言って笑った友人に、隆太は何の気なしに訊ねたのだった。

「はぁ?何だよ、いまさら」

そう言って、彼らはまた笑った。

隆太が本当に知らないのだとわかると、「お前、まじか」と言って、互いに顔を見合わせた。


友人達が、かわるがわる説明してくれたところによると、

「天空橋」という駅があって、その界隈の住人達には翼があり空を飛べるらしい。
だが、あまりにも実用性に欠ける為、その能力を使うものは今ではほとんどいない。
飛べるのはある区域に限られていて、そこを出ると翼は消えてしまう。区域内に戻ると、翼はまた現れる。
そしてそのことは、たとえば「東京ディズニーランドは、実は東京ではなく千葉に存在している」といった程度に、常識である。

…ということだった。


隆太には信じられなかった。

そんな場所が、この世にあること。
それが、どうやら常識であり、自分だけが知らなかったこと。
そして何より、そんな重大なことを、誰ひとりとして気にかけていない様子であること。

珍しく興奮して聞き出そうとする隆太に、「喰い付くね~!」などとふざけてはぐらかす友人達。しかしそのうち気の毒に思ったのか、フォローしはじめた。

「俺らも、きちんと知ってるわけじゃないんだよ。な。」
「そうそう。なんか、聞いたことある~ってぐらい。誰から聞いたかも憶えてねーし」
「俺んちのド田舎の従兄弟なんて、マジで都市伝説だと思ってたしな」


「…ド田舎の従兄弟も知ってたのか。」

関東の郊外で生まれ育った隆太が落ち込みながらそう呟くと、小学校からの付き合いの友人が話を変えた。

「そういや隆太、昔からスカイダイビングとか…えー、アレなんだっけ?
 …あ、パラグライダー!!そういうの、やりたがってたよな」

えー、マジかあ。お前、どんだけ空飛びたいんだよ~、などと一通りからかった後、
友人達は偶然にも声を揃えて言ったのだった。

「俺、マジ無理」


 * * *


隆太はこのやりとりで、自分以外の人は ”空を飛ぶこと”にさほど興味がないことを知り、驚愕したのだった。

そして、この短い会話が隆太の人生に大きな影響を与えた。

隆太はその日から、天空橋について調べはじめた…

自宅にはパソコンがなかったので、図書館やインターネットカフェに通い情報を集めたが、友人達から聞いた内容とほぼ変わらなかった。

「天空人」と呼ばれる彼らの存在は、ネット上ではほぼ都市伝説化しており、みんな好き勝手に誇張しているようだ。
天空橋を舞台にした、ファンタジー小説まであった。

不思議なことに、当の天空橋の住人たちは、自分たちのことをあまり発信していないようだった。

週末には、電車に乗って現地へ行ってみた。
羽田空港にほど近い天空橋駅。家から2時間前後で着いてしまったし、駅周辺も海に近いその街並も普通で、隆太はなんだか拍子抜けしたものだ。

空を飛んでいる人など、ひとりもいない。

それでも諦められずに、隆太は何度も天空橋に通い、商店街の人達と顔見知りになり、少しずつ少しずつ、情報を集めた。

実は、天空橋というのは駅とその近くにある橋の名前であり、天空橋という住所は存在しない。
だが、翼を持つ者達は昔から敬意を持って天空人と呼ばれてきた。

代々そこに住む者たちは、生まれつき翼を持っている。
だが外部から移り住んだ者でも、身も心もそこの住人となれば翼が現われるというのだ。

しかし代々の天空人以外で実際に翼を得た者は、ごく少数らしい。

そして3年ほど前、ついに隆太は天空橋へ越してきたのだった。
翼が生えてきたのは、つい数ヶ月前の事……



そんなことを思い返しながら、隆太は長老に聞いた。

「あの力を、どう思います?」

「どう思うか?…そうじゃなぁ」

長老は、ゆっくりとほうじ茶をすする。
台所のほうから、いい匂いが漂ってくる。夕食の準備だろう。

「まあ、いいんじゃないか?」


え…それだけ?

「悪用しようとしてるわけじゃないようだし…わしらの力より使いではありそうじゃの」

シワシワの顔でそう言うと、ほっほっほ、と笑った。



「最近じゃ、誰も飛ばんよ。おかげで飛行できる範囲も段々と狭くなってきとる。寂しいもんじゃ…」


帰り際、長老が最後に呟いた言葉に、迷いが少し晴れた気がした。

行動しなければ、消えてしまうものもある。
尻込みしてるのも なんだか馬鹿みたいだ。

(とりあえず…明日晴れたら、彼らの修行とやらを覗いてみるか…)



隆太はおもむろにTシャツを脱ぐと、小さな翼を広げた。
まだ、やっと肩甲骨を覆うほどのサイズの翼。

駆け足で勢いをつけ、前へジャンプする。タイミングを合わせて羽ばたく。

飛べたのは距離にしてほんの4メートルほど、高さは最高で1メートルほどだったが、やはり素晴らしい気分だ。

あちこちから夕食の匂いが漂ってくる ひと気の無い裏通りを、隆太は助走と飛翔を繰り返しながら帰った。



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ー 13 ー 生命の連鎖

朝6時。
隆太は神社裏の雑木林の中を歩いていた。

(こっちでいいのかな…?)

気が向いたら行ってみたら?と、水沢から大体の場所と時間を聞かされていたのだ。


修行はもう始まっているかもしれない。
彼らの瞑想の邪魔をしないように、なるべく静かに歩く。

樹々の隙間から、彼らの姿が見えた。

3人とも倒れた樹に腰掛けている。

それぞれがバラバラの方角を向いて座っていて、各々 首をめぐらせて空を眺めたり横を向いたり、足元を見たりしている。


「おはようございます」

隆太が声を掛けると、3人は振り向いて笑顔になった。

小走りで駆け寄る隆太に、父親は立ち上がり両手を広げて喜びを表した。

「おはようございます、大原さん。よく来てくれました」

「おはようございます。ホアさん」
「おはよう。フオンちゃん」

隆太がそれぞれに挨拶すると、2人は嬉しそうに「おはようございます」と返した。

隆太が彼らの名前を呼んだのは、これが初めてだった。


「昨日はあまり寝てない?」

カイがイタズラっぽく笑いながら訊ねる。

「ええ、実は…。でも、大丈夫。元気です」
隆太は、背負っていたリュックを外しながらそう請け負った。

「昨日はごちそうさまでした。料理、とても美味しかったです」

そう頭を下げると、3人とも嬉しそうに笑った。
ホアは指先だけで小さな拍手をし、フオンは小さく飛び跳ねている。

カイは隆太の背に腕をまわし、促した。

「さあ、さっそく瞑想してみましょう。ここへ座って」

言われるまま倒木に腰掛けた隆太の背後にまわり、レクチャーする。


「まずは呼吸法です。鼻から静かにゆっくり息を吸う。ワン・トゥ・スリー・フォー・ファイブ」

隆太は言われたとおりにする。1・2・3・4・5…

夏の朝の、新鮮な空気。湿った土の匂いがする。


「そして、口から吐きますよ。ワン・トゥ・スリー・フォー・ファイブ」

1・2・3・4・5…


「そう。とても上手です」

見守っていたフオンが、笑顔で拍手してくれた。
母親は、隆太の隣で一緒に呼吸している。

「次は、もっと背中を真っすぐに。肩の力を抜いて。眠っているときの様に静かに息をして‥‥はい、ワン・トゥ・スリー…」

父親は、隆太の身体をあちこち押したり引っ込めたりしながら正しい姿勢を作らせた。


「そうです。では、呼吸を繰り返して下さい。まず、あの樹を見て」

そう言って父親は近くに立っている背の低い樹を指した。

「あの樹をよく見て、気持ちを集中します。枝や葉をよく見て。とても美しいです。綺麗なグリーンです」

「…普通の樹じゃないですか?特別に綺麗ってわけでも…」

「そう。普通の樹。でも、美しいです。小さな種から小さな葉を出して、少しずつ大きくなった。素晴らしいことです」

「ええ…でも、みんなそうなんじゃ…」

「そう!みんな素晴らしいことです。みんな美しいのです。私も、大原さんも、ホアも、フオンも、ユキコも、樹も、草も、石も、虫も、みんな美しいです。あ、呼吸を続けて」

隆太は急いで呼吸法に戻った。
話の内容に気をとられてしまっていたのだ。今まで、そんな風に考えたことが無かった。


カイは隆太の肩を優しく叩き呼吸のリズムを取りながら、とても静かに話し続ける。

「あの樹はまだ子供の樹ですね。もっと前は種だった。その種を作った親の樹が、どこかにありますね。その樹の親の樹もまた、ありますね。そうやって、生命は続きます。尊いことです」

確かに。言われてみれば、そのとおりだ。背筋がゾクッとした。

ならば、いま俺は、その尊い美しいもの達に取り囲まれているのか?
いままでずっと、そうだったのか?


「大原さんも、そう。お父さんとお母さん、そのお父さんとお母さん、そのお父さんお母さん…ずっと続いてきた生命です」

隆太は目の前の樹を見つめながら、呼吸を繰り返す。

「みんな同じです。とても大事です。だから、愛を注ぎます」

突然、気恥ずかしい言葉が出てきたので、隆太は少し動揺してしまった。

「あ、愛、ですか…?」

「そうです。あの樹の素晴らしさを認め、褒めてあげます。素晴らしさを受け取って、お礼を返すのです」

「はぁ…ちょっと、よくわからない。どうしたらいいのか…」

「簡単ですよ。美しいと感じたら、それを受け入れるだけです。そして、よく見ます。褒めてあげます。あ、呼吸を忘れてますよ」

また呼吸法を再開しながら、隆太は考えた。


素晴らしい、美しいと認める?それだけ?


目の前の樹。小さいながらもつややかな葉を茂らせ、木漏れ日を受けている。
それぞれの葉が、めいっぱい葉を広げ、陽を浴び、呼吸をしている。
枝はさまざまに入り組み、水を運び、且つその背を伸ばそうと懸命だ。
根は見えないが、土の下でじりじりと根を広げ、その腕を地中深く伸ばそうとしているのだろう。
そうして、少しずつ成長していって、また子孫を残すのだろう…

そんなことを考えながら見つめるうち、今までと違った見え方になってきた。

なんだか、その樹が誇らしげに胸を張っているかのように見えてきたのだ。

木漏れ日を受けている部分が、淡く虹色に輝いている。まるで、自らが光を放っているかのようだ。

影になっている部分も、そのコントラストがくっきりと際立ち、存在感に満ちている。

そうだ。キレイだ。なんて生き生きとしているんだろう…その力強い存在感が、グングンと迫ってくる…


「そう。いいですよ。とてもいい」

カイを見上げると、微笑んでいた。

「大体、わかったみたいですね」

ええ…たぶん。と、隆太は少し呆然としながら答えた。なんなんだ、これは…

「大原さんは、センスが良いですね。とても早い。次は…あっちの樹にしましょうか」


なんだか、頭の中がフワフワする。指差された方向に身体を向け、その樹を見つめる。

数分後、さっきと同じことが起きた。

「さっきより、少し早くなりましたね。素晴らしい」


どうしてタイミングがわかるのだろう。不思議に思って隆太が訊ねると、カイはこともなげに言った。

「ああ、心が開くと、わかります。大原さんの出すエネルギーが、変わりますから」

エネルギー?…オーラのようなものだろうか。そんなもん出してたのか?俺…


「あの樹のエネルギーと繋がって、受け取って、渡します」

カイが、身振り混じりで説明する。

受け取って、渡す?交換か?

「エネルギーを交換してるってことですか?」

う~ん、とカイは口元に手を当てて考えた。言葉を探しているのだろう。

「交換、というより、少しずつ分け合うというほうが近いです」
ホアが助け舟を出した。

「そうそう、分け合う。少しずつ」

なるほど…ああ、そうか。

「元気で楽しそうな人を見ていると、自分までつられて楽しくなっちゃいますよね。それで、その人に話し掛けると、お互いにもっと楽しくなる。それと似てるかな?」

隆太がこう言うと、3人は声を上げて笑った。

「そうそう。少し似てますね。でも、そう考えることが出来る人は、多くないんですよ。それが、センスです。やっぱり、大原さんはセンスが良いですね」

あ、隆太でいいです。

とても自然に、そう言っていた。

「そう。では、リュータ。今日はこの辺でおしまいにしましょう。この瞑想を続ければ、きっと宇宙と繋がれますよ」

カイは、サラリと衝撃的なことを言ってのけた。



 宇 宙 と 、 繋 が る … ? !



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ー 14 ー 宇宙のエネルギー

「宇宙と、繋がる?!」

昨日もらった料理のタッパーを返そうと リュックに手を伸ばしかけていた隆太は、かなりの勢いで振り返った。
首がグキッと音をたてた。


「そう。今日は、一本ずつの樹と繋がった。でも、周りのもの全てと繋がることができる。地球の全部と、宇宙です。フオンは、いつも出来ます。私たちは、まあ、大体出来ます」

ホアが微笑みながら頷いた。この人は、いつもにこやかだ。

隆太は、フオンを改めて見た。普通の、可愛らしい小さな女の子だ。
母親の手につかまりニコニコして隆太を見ている。

一見、どこにでもいる幸せそうな家族。
それが、水を操る力やら宇宙と繋がるやら‥‥

隆太はほんの一瞬、目眩を覚えた。


「その…宇宙と繋がると、どうなるんですか?」

宇宙人と交信出来たりするのだろうか…?そう思ったが、口には出さない。
魔法学校の二の舞は避けたかった。人間は、学習するものなのだ。

「宇宙はたくさんのエネルギーに満ちています。そのエネルギーに繋がり、分け合うことが出来ます。
 そうするうちに、自分のエネルギーがどんどん膨らみます。
 心が愛に満たされ、ゆったりとして、ピースフルになります。そして、強く健康になります。とても。」


帰り道、4人は歩きながら話した。
瞑想について。それによって得られるものについて。

ホアが朝食に誘ってくれたので、隆太はありがたく誘いを受けることにした。


 * * *


たっぷりとした朝食を食べ終え ハス茶を飲みながら、隆太は心を決めた。

瞑想は面白い体験だった。このサレンダーの力のことも、もっとよく知りたい。

よし。守人、やってみようじゃないか。


…だが、意気込んで決意を表明した隆太は、肩すかしを喰らうことになった。

隆太の部屋のリフォームも終わっていないし、店舗の工事や機材の搬入が全て終わるまでには あと2~3ヶ月かかるということだった。


「まさか、こんなに早く返事をもらえると思わなかったから…」と笑う一家は、それでも嬉しそうだ。

そうですよね。俺、ちょっと張り切りすぎちゃいましたね~…などと頭を掻きながら、隆太は「そういえば…」と(照れ隠しも兼ねて)気になっていたことを訊ねてみた。

サレンダー、という言葉の元々の意味について。


「そうですね…明け渡す、とか引き渡す?ええと、ビジネスでよく使いますね。
 ただ、私たちの場合は…(言葉を探す)…力を受け入れること」

「自分自身を、そのチカラに明け渡すってこと?」

「そうではなく…自分の中に、力が育つことを認める。そんな意味で使っているように思います」

ふうん。自分自身はあくまでも保ったまま、チカラに隷属せずに…共存する。自分のスペースの一部を、チカラに明け渡す。
そんなイメージだろうか。


「じゃあ、サラマンダーっていうのは?」

「サラマンダー?」

3人とも、不思議そうな顔をしている。

「あの、不思議な夢を見たことは、昨日お話ししましたよね。
 『サレンダー』って言葉のあとに、『サラマンダー』って言葉も聞こえたんです」


そう。フオンの力を目のあたりにした時、自然とこれがサレンダーだとわかったのだ。

だとしたら、サラマンダーというのは、もうひとつの不思議「ネコの顔をした龍のようなもの」を意味するのではないか。

だが、3人には何も思いあたることは無さそうだった。




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ー 15 ー 直感を信じる


隆太は自宅から少し先、勤務先のある駅の、駅ビルに来ていた。

お目当ての店を探す。
外から店内を眺めた事はあったが、まだ入ったことは無かった。

しばらくウロウロして、見つけた。パワーストーンショップだ。


初めての瞑想体験から3ヶ月と少し。既に年を越していた。

バイト帰りにタイミングが合う日には、なるべく瞑想に顔を出すようにしていた。
(雨の日や体調の悪い日は、外での瞑想は中止だった。つくづく、自由な修行だ)

先日、グエンファミリーのところへの引っ越しが済んで、少し落ち着いたところだ。

レストランの料理の匂いがなるべく部屋に侵入しないようにと配慮してくれて、建物の一番奥で、なおかつ最も日当りのいい部屋だった。


今日は開店記念と隆太の引っ越しを兼ねたパーティーをしてくれるというので、隆太も何かプレゼントをしようと考えているのだ。

カイには日本酒と酒器を。ホアには綺麗な一輪挿しを用意した。

そしてフオンには、お守りを…いや、それじゃ宗教色が強すぎるな。もっとこう…自然なカンジ…

そう考えて、パワーストーンを買うことに決めた。自然のエネルギー。



おそるおそる店に入る。
パワーストーンなんて、雑誌の裏の広告でしか見たことが無かった。

(ひょっとして、すごく高かったりして…)

壁にならんだガラス棚をぎっしりと埋め尽くす、様々な石。
小さなガラスの器に種類別に入れられ、石の効能と値段の書いてある札がかけてある。

(こんなに種類があるのか…どれを選べば良いんだ?)

奥のほうには、石を使った小物が並べられている。
ストラップ、ブレスレット。ペンダントやヘアアクセサリーまである。


色々眺めていると、他の客の会話が聞こえてきた。
互いを「さるさん」「きりんさん」などと呼び合い、楽しげにキャッキャと騒いでいる。隆太はチラッとそちらを盗み見た。

30代半ばらしき女性2人連れだった。
(いい大人が サルだのキリンだの、なんのこっちゃ)と一瞬思ったが、すぐにそれらはハンドルネームか何かなのだろうと思い至る。

ふたりは店員に、その場でストラップを作ってもらうらしい。

(そんなことも出来るのか…)

しばらく横目で様子を見てみる。フムフム…石を選んで、パーツを選んで、デザインを伝えて…なるほどね。

隆太はパーツのコーナーへ移動しながら、聞くともなしにふたりの会話を聞いていた。

女性客の片方は、石に詳しいようだ。良い石の選び方などをレクチャーしている。

まず、直感で選ぶのがいいらしい。
厄除けやら恋愛運アップやらと目的に合わせて石を選ぶのだが、同じ種類の中でどの石を選び取るかは、己の直感なのだ、と。

(要するに、なんとなく目に留まったものを選べば良いってことか…?)
聞き耳を立て、隆太はなおも観察を続ける。

それを聞いて、もう片方の女性は「直感かぁ。じゃあ、これ~」と即座に2つ3つと選び出した。
まるで迷いが無い。

隆太は内心、「はやっ!直感にも程があるだろ、それ…」と突っ込んでしまった。

だが、石選びのハードルは下がった気がした。
なにしろ石の種類が多すぎて、選びかねていたのだ。


よし。直感、直感…

まず、ブレスレットは…子供が着けるには目立ち過ぎるかな。それに石をたくさん使うから、高くつきそうだ…
うん。ペンダントにしよう。紐は…革製がいいな。よし、これだ。

次は、石だな…

石のコーナーにまわった隆太は店員に助けを求め、選ぶのを手伝ってもらった。

メインとなるのは、平たいしずく型のアクアオーラ。
角度によって青や水色、紫にも見える不思議な石だ。
それに、ひとまわり小さく丸い形の紫のアメジストと紺色に近いスギライトを縦に連ね、それぞれの間にさらに小さな水晶のビーズを挟んで、チャームに仕立ててもらう。
それを、着色していない細い革紐に通して出来上がりだ。

紫系の綺麗なグラデーション。邪気を払い、潜在能力を引き出すお守りだ。
小さな石なので、怯えるほど高くつかなかったのもラッキーだった。

予算に余裕があったので、隆太は自分の分も作ることにした。

自分のものなので、直感で選ぶのも気が楽だ。
先ほどの2人連れの女性達にも負けないほどの即決だった。

細長いブラッドストーンの両脇を、小さなオニキスで挟み、間に暗い銀色の金属ビーズをあしらって、短めの黒い革ひもに直接通す。シンプルこのうえない。
勇気と強い精神力を授け、邪気を払うお守り。


数ある石の中から直感でひとつを選び出す。
隆太にとって初めての経験だったが、それは予想外に楽しいことだった。
余計な迷いがどんどん消えていき、頭と心がスッキリした気がする。


フオンへのプレゼントを包装してもらい帰途につく頃には、隆太の胸にはある計画が浮かびつつあった。



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ー 16 ー チーム・サレンダー 結成パーティー

「水沢さん、いらしてたんですか。お久しぶりです」

隆太が家に着くと、完成したばかりの店の前を水沢有希子がウロチョロしていた。
開店祝いの花をいじってみたり、看板の位置を直してみたりしている。相変わらず、元気な人だ。

「お久しぶりじゃないわよーーう!私、何度か来てたのよ?大原君と会う機会が無かっただけで。」

いつの間にか、大原さんから大原君になっていた。
この分では、リュータと呼びはじめるのも時間の問題かもしれない。


「ね、ね、屋上菜園、大原君の提案なんだって?すごく、いいアイデアじゃない。もう、近所の話題になってるみたいね」

隆太が返事をする間もなく、勝手に盛り上がっている。

有希子が言っているのは、このビルの屋上に菜園を作ったことだった。

日本であまり流通していない野菜は、買うとどうしても割高になってしまう。
ならば自分たちで栽培してしまおう、ということになり、夫妻は有希子と共にレンタルの農場を探していたのだが、近場で適当な畑が見つからなかったのだ。

その話を聞いた隆太が、以前テレビで見た屋上菜園の話を思い出して、カイに話したのだった。

提案した、というより 単なる思いつきで言っただけだったのだが、彼らにはそのアイデアが斬新に感じられたようだ。

すぐさま屋上菜園について調べ上げ、1週間ほどで屋上のスペース半分に菜園を手作りしてしまった。
既に、数種類の野菜が無農薬で育てられている。
虫除けには、ハーブを煮出して冷ました水を使う。

畑に撒く水は、もちろんサレンダーのパワーを注ぎ込んだものだ。

さらに、4人(時には隆太を除く3人)で菜園の四隅に立ってエネルギーの結界をつくり、野菜にエネルギーを注ぎ込むこともあった。
そうすることで、野菜の栄養価が上がり、美味しく、また早く育つのだそうだ。

隆太には効果のほどはわからないが、彼らはベトナムで実証済みなのだ。

自家栽培出来ない野菜は、無農薬野菜を作っている農家から買い取る契約をしてあった。



「早く中に入りましょう。もう何人か集まってるのよ」

そう言って有希子はさっさと行ってしまう。パーティーに若干興奮しているようだ。

隆太も美味しそうな匂いにつられるように店に入った。


「開店、おめでとうございます」

「やあ、リュータ。引っ越しおめでとう!」

隆太が声を掛けると、パーティーのセッティングをしていたカイが走り寄ってきた。

グエンファミリーとはほぼ毎日顔を合わせていたが、せっかくのパーティーなので、改めて挨拶しあう。

プレゼントを渡すと、カイは厨房にいるホアとフオンを呼んだ。

彼らは改めて、「これからもよろしくお願いします」と挨拶しあった。
そして、申し合わせたように、照れながら笑い合った。
有希子は来客の相手をしつつ、そんな彼らの様子を微笑みながら見守る。


チーム・サレンダーの結成だ。

いよいよ、正式にサレンダーの守人としての人生が始まる。


「これ、いま見てもいい?」

フオンが隆太を見上げて言った。

「隆太がいるときは、なるべく日本語で話す」ことを心がけ、フオンの日本語は目覚ましく上達していた。
春から近所の小学校に通うフオンだが、この調子ならそれほど問題は無いことだろう。


「もちろん。開けてみて」

言い終わるか終わらないかのうちに、フオンが包みを破きはじめた。

「わあ…」

箱からペンダントを取り出したフオンは、見とれたまま言葉も無い様子だ。


ホアの手が肩に置かれ、フオンはやっと言葉を取り戻した。

目をキラキラさせながら「リュータ、ありがとう!とてもステキ!」と叫び、鏡の前に走っていってペンダントを首にかけた。

鏡の前でくるくるまわりながら自分の姿を確認して戻ってきたフオンは、今度は両親の前でお披露目している。

「サレンダーのお守りだよ」

隆太はしゃがんでフオンと同じ目線になり、家族にだけ聞こえるくらいの小さな声で言った。
フオンがサレンダーであることは、近所の人達には秘密なのだ。

「これは、モリビトのお守り」

そう言って隆太は、自分の首もとからチョーカーを引っ張り出して見せた。

「シーーー」「シーーー」

隆太とフオンは、人差し指を口の前で立ててクスクス笑った。

カイとホアも、既に包みを開けてプレゼントを見せあい喜んでくれている。


そうするうちにも客は増え、店内は賑わってきていた。
両親は、フオンにプレゼントを部屋に仕舞ってくるよう頼み(「壊さないようにね」)、自分たちは準備に戻った。

有希子は中央に集めたテーブルに甲斐甲斐しく料理を並べ、客の間をまわっては飲み物を振る舞っている。
隆太もそれを手伝うことにした。






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