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ー 10 ー 天空橋の人気者

「翼を持ってるのなんて、この辺では俺だけじゃ…」

俺だけじゃない、と言おうして またもや遮られる。

「『おとこのひと』と呼ばれる年齢で翼が小さいのは、天空人に憧れて越して来て、ついこの間 翼を獲得したばかりの、アナタだけ。」

「どうして、それを…」

「不動産やの大おじいちゃんに聞いたの」



・・・・あの、クソジジィ。

心の中でだけとはいえ、隆太は長老のことを初めてクソジジィ呼ばわりした。


「少し、苦労したわよ。初め、私はこの辺の人たちにあなたのことを聞いて回ったの。
それがマズかったのね。警戒されちゃった。無理もないわよね。

 でもそのうちに、不動産やの大おじいちゃんに紹介してもらって、彼にだけはサレンダーのことを話したの。
 彼は、フオンちゃんのパフォーマンスも見ずに信じてくれた。顔を見れば悪い人間じゃないことはわかる、って。さすがよね」


…さすがじゃなくて、悪かったな。

口には出さなかったが、ふてくされ気味に隆太は思った。


「大原さんの部屋は、フオンちゃんがすぐにわかったから…」

「え?それは、どういう…」

「彼女は、あなたの居場所は行けばわかる、って言ってたの。
 そして実際、すぐにわかった。初めての場所なのに、なんの迷いも無く…」

そう言って、水沢は両手を二丁のピストルのようにして隆太を指した。


隆太は、気味悪くなって思わず身を引いた。

どこまで知られているんだろう…心の奥までも見透かされているのだろうか。


「彼女がわかるのは、あなたの部屋だけ。顔も名前もわからなかった。だからご近所に、あなたの事を聞いて回ったのよ」

隆太の様子を見て、安心させるように、だが少し残念そうな口調でそう言った。


「それにしてもあなた、ずいぶんご近所さんから愛されてるのね。みんなあなたを守ろうとしているように感じたけど」

「ハイ。あなた、ニンキモノですね」

水沢と父親にそう言われ、隆太は顔がほころんでしまうのを止められなかった。

そりゃそうさ。俺の地域活動をナメんなよ?…しかし、そうか…守ってくれたのかぁ…やっぱり みんないい人達だなぁ…俺、天空人になれて、ほんとに良かったなぁ…

ニヤニヤを誤摩化そうと、顔を擦りながら「いやぁ、そんな…」などとゴニョゴニョ呟く。


さっき感じた不気味な戦慄の名残は、どこかへ消えてしまったようだ。
ちょっと褒められただけで、我ながら単純だと思う…


「この街に住む、嬉しいです。みなさんと仲良くなりたい」

いつのまにか絵本を持ってきて読んでいる我が娘に、父親は優しい目を向けた。

「フオンも、学校でトモダチが出来ると思います」


「え?!学校?…そういうの、あるんですか?」


「ええ…学校、あります」
キョトンとして、父親が答える。


「知らなかった…この近くに、そんな、魔法学校みたいな…」


隆太がそう言った途端、水沢が吹き出した。
そして爆笑しながら通訳している。ハリー・ポッターとかなんとか…

「な、なんだよ…アンタがさっき魔法とか言うから…つい…」

自分の勘違いに気付いた隆太は、しどろもどろになりながら言い訳する。
顔がえらく熱い。


「フオンも、ハリー・ポッターのお話は大好きです。でも、彼女が通うのは普通の小学校」

隆太を除く全員がひとしきり笑った後、母親が言った。

「ついでに言うと、魔法の杖も呪文もナシ。残念ながら」
柏木はそう言って、まだニヤニヤしている。


…くそう……

開き直った隆太は、おどけて指をクルクル回しながら、ハリー・ポッターに出てくる有名な呪文を娘に向けて重々しく放った。

娘はキャッキャと笑いながら、呪文を避けるフリをした。



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ー 11 ー 迷い

自分の部屋に戻った隆太は、床に寝転がり、放心して天井を眺めていた。

(なんだかな~…)

先ほどまでのことが次々に思い出される。


つい3時間ほど前まで、俺はここで平和に眠ってたんだ…なのに…

(なんだか結局、妙に和んじゃったよな…あれかな。サレンダーの力を地味呼ばわりして、みんなで笑っちゃったあたりからかな…)


隆太は、自分が既に「サレンダー」という言葉を自然に使っていることに、気付いていない。

(イヤ、まてよ。その前に、ファミレスで夢の話をしちゃったのがマズかったんだよな…)

あの後から、水沢の口調が変わってきたような気がする。仲間になることを確信したかのように、徐々に口調が砕けてきたように思う。

床に放り出した足を折り曲げ、片方の足首を膝に乗せた。
靴下のゴムの跡をポリポリと掻きながら、隆太は思案している。

(どうすっかな~)


呪文ごっこで少し遊んだ後(水沢も遊びに加わった)、街の様子や近所の情報など少し話し、部屋を辞する前に隆太はある提案をされていた。

自分たちのビルの2階のひと部屋を賃貸に出すつもりなのだが、もし良かったら隆太にそこに越して来てもらえないか、というのだ。

もちろん、モリビトになるかどうかは関係無く。


水沢にとっても、その話は初耳のようだった。

「この立地ならばもっと高い家賃で貸し出せる」との彼女のアドバイスに対し、彼らは、全く知らない人が越してくるより、割安にしてでも隆太が住んでくれた方が安心だ、というのだ。

それなら、と「早く決めちゃいなさいよ」と言わんばかりに目で急かす水沢を諌めるように、父親は笑顔で首を振った。

「ゆっくり考えて決めて下さい。まだ、リフォームにも時間が必要ですから」




(今の部屋より駅に近いうえに、家賃が1万円近くも安くなるんだよな~。)

隆太のバイトの時給は1600円。深夜勤務だし、リーダー職だから、割はいい。
だが、所詮はアルバイトだ。毎月1万の差は大きい。

(モリビトの件は関係なしに と言ってくれてはいるけど、自分の性格上、そういうワケにいかないよな…)

隆太は、ゴロンと寝返りを打った。

(でも、間取りはなかなか良かったよな。それに、美味しいベトナム料理をご馳走になれるかも…そしたら食費も少し助かるな…)

母親がお茶請けに出してくれた総菜の味を思い出していた。

昼食に誘われたのだが、隆太は断った。
じゃあ、そのかわりに…と料理をタッパーに入れて持たせてくれたのだ。
(「今朝作った、残りものですが…」「いえいえ、これ以上戴くわけには…」)

2階にある あと2部屋は、店の倉庫と家族の物置として使うらしいので、隆太はそのフロアにひとりで住むことになり、その点でも気楽だろう。


正直、かなり気持ちは動いていた。

彼らは良い人達なようだし、あの力についても今は疑いを持っていない。
おまけに好条件の部屋に引っ越しまで出来るのだ。

だが…


隆太は両腕を重ねて目を覆った。

いくつになるまでかは知らないが、この先の何年か…イヤ、何十年かを「モリビト」として生きていくことに、怖れのようなものを感じていた。

辛い修行をするわけでもなく、厳しい戒律も無い。仕事や生活習慣を変える義務も無い。

それでも、モリビトを引き受けるのには相当の覚悟が必要だった。

隆太は、もともと責任感の強い男なのだ。


(そうだ、長老に相談してみようか。むこうだって、俺のことをペラペラ喋ったんだ。相談に乗る義務ぐらいはあるだろう)

ちょっと意地悪に、隆太はそう思った。

(翼が生えた時に報告に行って以来、顔だしてないしな…)

意地悪になりきれず、生来の優しさが顔を出してしまうのだった。



長老に相談することに決めて少し安心したのか、隆太の思考は徐々に本筋を外れていった。

家族と別れ、商店街を通って水沢を駅まで送って行ったときの会話を思い出す。

「さっきも思ったけど、大原さんって話の理解が早いですよね。
 彼ら、まだ日本語ペラペラってわけじゃないでしょう?
 なのに、拙い日本語の中から、うまく真意を取り出してた。最後の方なんて、ほとんど通訳が要らないカンジだったもの。
 ただでさえ、信じ難いような内容の話なのに」

隆太は、まんざらでもなかったが、ちょっと謙遜して言った。日本人の美徳だ。

「え、そうかな?…だとしたら、職業柄かもしれません。
 コールセンターの電話オペレーターって、色んな人から話をうまく聞き出して問題を整理して、対処法をわかりやすく教えなきゃいけないから」

隆太がコールセンターでアルバイトをしていること、顧客のクレームや質問などを受ける仕事であることなどは 先ほど話してあった。

中には、混乱しきって電話してきて 話の要領を得ないような客も、少なからずいるのだ。

「きっと、有能なんでしょうね」

「慣れですよ。それに、ホラ…不思議な力に関しては、俺も同類」

「なるほどねえ。うん、そうよね。
 私じつは、天空人って、おとぎ話みたいなことかと思ってたの」

水沢は、少し恥ずかしそうに笑った。そしていきなり、得意気に言った。

「あ!ねえねえ、「モリビト」ってコトバ、私が考えたのよ。「守人」って書くの。カッコイイと思いません?」

一転、自分の言葉のセンスを自慢しているのだ。

隆太は、「そう…ですね。なんだか、特別な存在ってカンジが高まる」と、苦笑混じりに褒めた。
あまりに得意気なので、「その言葉、ハリー・ポッターに出てきましたよ」とは言いづらかったのだ。

水沢は、「でしょ?」と嬉しそうに笑うと、弾むような足取りになって持っていたバッグをブンブン振った。

感情と行動が直結しているような様子の水沢に、隆太は思わず苦笑いしてしまう。

「なんか、水沢さんの印象が最初とだいぶ変わったような気がするんですが…」

「ふふ。当たり前じゃない。初めっからこんなカンジだったら、話なんて聞いてくれないでしょ?」

水沢は かけてもいないメガネをあげるフリをしながら、気取った声で言ったものだ。

「その気になれば、まともなフリも出来ますの♪」



トロトロと眠りに落ちる寸前、隆太が考えたこと。

容姿が美しいだけじゃ、美人とは呼べないんだな…
美人っつーのは、こう…言動までも美しい人のことを言うんだな…

水沢さんは…まあ、ビミョーかな…



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ー 12 ー 天空橋

うたた寝から目覚めたのは、17時近かった。

夕暮れにはまだ間があるとはいえ、お昼にお茶請けの総菜しか食べていなかった隆太は、猛烈な空腹を覚えていた。

冷凍庫から小分けにしたご飯を取り出しレンジで温めている間に、先ほどもらった料理を冷たいまま味見してみた。

初めて見る野菜と3色のピーマンの炒め物だった。
ガーリックが効いていて、とても美味しい。

もう一つのタッパーは、蒸し鶏のサラダだった。
紫の玉ねぎやシソ、人参などが細く刻まれ、和えてある。
丁寧にも、ドレッシングが小さな容器に入れられ、添えてあった。

それら全てを4分ほどで食べ終え、隆太は長老のもとへ向かった。



数カ月ぶりに会う長老は、相変わらずだった。

鳩尾近くまで伸ばした白いヒゲを撫でながら、何をするでもなく縁側で胡座をかいている。

長老、という呼び名は、おそらくその風貌と喋り方からつけられたのだろうと、隆太は推測していた。

年齢は知らない。本当に”長老”なのかどうか、誰も確かめていないようだが、そんなことはどうでもいいらしい。
要するに、そんな風に呼びたくなってしまう、愛すべきじいさんなのだ。


「ご無沙汰してます。大原です」

「おぅ、隆太か。よく来たなぁ。翼のほうは、どうじゃね?順調かい?」

「おかげさまで、少しずつですが育ってるみたいです」

そうかそうか、ん…ちょっと座って待っとれ・・・・そう言って、長老は立ち上がり部屋の奥へ消えていった。

縁側に腰掛け、庭を眺めながら待つ。

数分後、隆太の予想どおり、冷たい麦茶と熱いほうじ茶、おせんべいの載ったお盆を持って戻ってきた。いつも通りだ。

隆太に麦茶を勧め、長老はほうじ茶をひとくち飲む。


「あれじゃろ、あの家族に会ったのかい?」

やはりお見通しだ。
むこうから切り出してくれたので、少しホッとしつつ、ハイ、と頷く。

うんうんと頷きながら、長老は庭を眺めたまま話す。

「良い人達じゃった。真っ直ぐな心を持っておる。不思議な力を、守ろうとしておる」

そして、隆太を見てニカッと笑った。

「わしらと、同じじゃのう」


…そうか。そうかもしれない。
だから、初めは身構えていたにも拘らず、あれだけの短時間で警戒心が薄くなっていったのだろうか。…仲間意識?




 * * *


隆太が、この天空橋の特殊性を知ったのは、高校2年の頃だった。

友達とくだらない話をしている時に、なにかの流れで話題に上ったのだ。

「天空橋じゃねーんだから」

そう言って笑った友人に、隆太は何の気なしに訊ねたのだった。

「はぁ?何だよ、いまさら」

そう言って、彼らはまた笑った。

隆太が本当に知らないのだとわかると、「お前、まじか」と言って、互いに顔を見合わせた。


友人達が、かわるがわる説明してくれたところによると、

「天空橋」という駅があって、その界隈の住人達には翼があり空を飛べるらしい。
だが、あまりにも実用性に欠ける為、その能力を使うものは今ではほとんどいない。
飛べるのはある区域に限られていて、そこを出ると翼は消えてしまう。区域内に戻ると、翼はまた現れる。
そしてそのことは、たとえば「東京ディズニーランドは、実は東京ではなく千葉に存在している」といった程度に、常識である。

…ということだった。


隆太には信じられなかった。

そんな場所が、この世にあること。
それが、どうやら常識であり、自分だけが知らなかったこと。
そして何より、そんな重大なことを、誰ひとりとして気にかけていない様子であること。

珍しく興奮して聞き出そうとする隆太に、「喰い付くね~!」などとふざけてはぐらかす友人達。しかしそのうち気の毒に思ったのか、フォローしはじめた。

「俺らも、きちんと知ってるわけじゃないんだよ。な。」
「そうそう。なんか、聞いたことある~ってぐらい。誰から聞いたかも憶えてねーし」
「俺んちのド田舎の従兄弟なんて、マジで都市伝説だと思ってたしな」


「…ド田舎の従兄弟も知ってたのか。」

関東の郊外で生まれ育った隆太が落ち込みながらそう呟くと、小学校からの付き合いの友人が話を変えた。

「そういや隆太、昔からスカイダイビングとか…えー、アレなんだっけ?
 …あ、パラグライダー!!そういうの、やりたがってたよな」

えー、マジかあ。お前、どんだけ空飛びたいんだよ~、などと一通りからかった後、
友人達は偶然にも声を揃えて言ったのだった。

「俺、マジ無理」


 * * *


隆太はこのやりとりで、自分以外の人は ”空を飛ぶこと”にさほど興味がないことを知り、驚愕したのだった。

そして、この短い会話が隆太の人生に大きな影響を与えた。

隆太はその日から、天空橋について調べはじめた…

自宅にはパソコンがなかったので、図書館やインターネットカフェに通い情報を集めたが、友人達から聞いた内容とほぼ変わらなかった。

「天空人」と呼ばれる彼らの存在は、ネット上ではほぼ都市伝説化しており、みんな好き勝手に誇張しているようだ。
天空橋を舞台にした、ファンタジー小説まであった。

不思議なことに、当の天空橋の住人たちは、自分たちのことをあまり発信していないようだった。

週末には、電車に乗って現地へ行ってみた。
羽田空港にほど近い天空橋駅。家から2時間前後で着いてしまったし、駅周辺も海に近いその街並も普通で、隆太はなんだか拍子抜けしたものだ。

空を飛んでいる人など、ひとりもいない。

それでも諦められずに、隆太は何度も天空橋に通い、商店街の人達と顔見知りになり、少しずつ少しずつ、情報を集めた。

実は、天空橋というのは駅とその近くにある橋の名前であり、天空橋という住所は存在しない。
だが、翼を持つ者達は昔から敬意を持って天空人と呼ばれてきた。

代々そこに住む者たちは、生まれつき翼を持っている。
だが外部から移り住んだ者でも、身も心もそこの住人となれば翼が現われるというのだ。

しかし代々の天空人以外で実際に翼を得た者は、ごく少数らしい。

そして3年ほど前、ついに隆太は天空橋へ越してきたのだった。
翼が生えてきたのは、つい数ヶ月前の事……



そんなことを思い返しながら、隆太は長老に聞いた。

「あの力を、どう思います?」

「どう思うか?…そうじゃなぁ」

長老は、ゆっくりとほうじ茶をすする。
台所のほうから、いい匂いが漂ってくる。夕食の準備だろう。

「まあ、いいんじゃないか?」


え…それだけ?

「悪用しようとしてるわけじゃないようだし…わしらの力より使いではありそうじゃの」

シワシワの顔でそう言うと、ほっほっほ、と笑った。



「最近じゃ、誰も飛ばんよ。おかげで飛行できる範囲も段々と狭くなってきとる。寂しいもんじゃ…」


帰り際、長老が最後に呟いた言葉に、迷いが少し晴れた気がした。

行動しなければ、消えてしまうものもある。
尻込みしてるのも なんだか馬鹿みたいだ。

(とりあえず…明日晴れたら、彼らの修行とやらを覗いてみるか…)



隆太はおもむろにTシャツを脱ぐと、小さな翼を広げた。
まだ、やっと肩甲骨を覆うほどのサイズの翼。

駆け足で勢いをつけ、前へジャンプする。タイミングを合わせて羽ばたく。

飛べたのは距離にしてほんの4メートルほど、高さは最高で1メートルほどだったが、やはり素晴らしい気分だ。

あちこちから夕食の匂いが漂ってくる ひと気の無い裏通りを、隆太は助走と飛翔を繰り返しながら帰った。



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ー 13 ー 生命の連鎖

朝6時。
隆太は神社裏の雑木林の中を歩いていた。

(こっちでいいのかな…?)

気が向いたら行ってみたら?と、水沢から大体の場所と時間を聞かされていたのだ。


修行はもう始まっているかもしれない。
彼らの瞑想の邪魔をしないように、なるべく静かに歩く。

樹々の隙間から、彼らの姿が見えた。

3人とも倒れた樹に腰掛けている。

それぞれがバラバラの方角を向いて座っていて、各々 首をめぐらせて空を眺めたり横を向いたり、足元を見たりしている。


「おはようございます」

隆太が声を掛けると、3人は振り向いて笑顔になった。

小走りで駆け寄る隆太に、父親は立ち上がり両手を広げて喜びを表した。

「おはようございます、大原さん。よく来てくれました」

「おはようございます。ホアさん」
「おはよう。フオンちゃん」

隆太がそれぞれに挨拶すると、2人は嬉しそうに「おはようございます」と返した。

隆太が彼らの名前を呼んだのは、これが初めてだった。


「昨日はあまり寝てない?」

カイがイタズラっぽく笑いながら訊ねる。

「ええ、実は…。でも、大丈夫。元気です」
隆太は、背負っていたリュックを外しながらそう請け負った。

「昨日はごちそうさまでした。料理、とても美味しかったです」

そう頭を下げると、3人とも嬉しそうに笑った。
ホアは指先だけで小さな拍手をし、フオンは小さく飛び跳ねている。

カイは隆太の背に腕をまわし、促した。

「さあ、さっそく瞑想してみましょう。ここへ座って」

言われるまま倒木に腰掛けた隆太の背後にまわり、レクチャーする。


「まずは呼吸法です。鼻から静かにゆっくり息を吸う。ワン・トゥ・スリー・フォー・ファイブ」

隆太は言われたとおりにする。1・2・3・4・5…

夏の朝の、新鮮な空気。湿った土の匂いがする。


「そして、口から吐きますよ。ワン・トゥ・スリー・フォー・ファイブ」

1・2・3・4・5…


「そう。とても上手です」

見守っていたフオンが、笑顔で拍手してくれた。
母親は、隆太の隣で一緒に呼吸している。

「次は、もっと背中を真っすぐに。肩の力を抜いて。眠っているときの様に静かに息をして‥‥はい、ワン・トゥ・スリー…」

父親は、隆太の身体をあちこち押したり引っ込めたりしながら正しい姿勢を作らせた。


「そうです。では、呼吸を繰り返して下さい。まず、あの樹を見て」

そう言って父親は近くに立っている背の低い樹を指した。

「あの樹をよく見て、気持ちを集中します。枝や葉をよく見て。とても美しいです。綺麗なグリーンです」

「…普通の樹じゃないですか?特別に綺麗ってわけでも…」

「そう。普通の樹。でも、美しいです。小さな種から小さな葉を出して、少しずつ大きくなった。素晴らしいことです」

「ええ…でも、みんなそうなんじゃ…」

「そう!みんな素晴らしいことです。みんな美しいのです。私も、大原さんも、ホアも、フオンも、ユキコも、樹も、草も、石も、虫も、みんな美しいです。あ、呼吸を続けて」

隆太は急いで呼吸法に戻った。
話の内容に気をとられてしまっていたのだ。今まで、そんな風に考えたことが無かった。


カイは隆太の肩を優しく叩き呼吸のリズムを取りながら、とても静かに話し続ける。

「あの樹はまだ子供の樹ですね。もっと前は種だった。その種を作った親の樹が、どこかにありますね。その樹の親の樹もまた、ありますね。そうやって、生命は続きます。尊いことです」

確かに。言われてみれば、そのとおりだ。背筋がゾクッとした。

ならば、いま俺は、その尊い美しいもの達に取り囲まれているのか?
いままでずっと、そうだったのか?


「大原さんも、そう。お父さんとお母さん、そのお父さんとお母さん、そのお父さんお母さん…ずっと続いてきた生命です」

隆太は目の前の樹を見つめながら、呼吸を繰り返す。

「みんな同じです。とても大事です。だから、愛を注ぎます」

突然、気恥ずかしい言葉が出てきたので、隆太は少し動揺してしまった。

「あ、愛、ですか…?」

「そうです。あの樹の素晴らしさを認め、褒めてあげます。素晴らしさを受け取って、お礼を返すのです」

「はぁ…ちょっと、よくわからない。どうしたらいいのか…」

「簡単ですよ。美しいと感じたら、それを受け入れるだけです。そして、よく見ます。褒めてあげます。あ、呼吸を忘れてますよ」

また呼吸法を再開しながら、隆太は考えた。


素晴らしい、美しいと認める?それだけ?


目の前の樹。小さいながらもつややかな葉を茂らせ、木漏れ日を受けている。
それぞれの葉が、めいっぱい葉を広げ、陽を浴び、呼吸をしている。
枝はさまざまに入り組み、水を運び、且つその背を伸ばそうと懸命だ。
根は見えないが、土の下でじりじりと根を広げ、その腕を地中深く伸ばそうとしているのだろう。
そうして、少しずつ成長していって、また子孫を残すのだろう…

そんなことを考えながら見つめるうち、今までと違った見え方になってきた。

なんだか、その樹が誇らしげに胸を張っているかのように見えてきたのだ。

木漏れ日を受けている部分が、淡く虹色に輝いている。まるで、自らが光を放っているかのようだ。

影になっている部分も、そのコントラストがくっきりと際立ち、存在感に満ちている。

そうだ。キレイだ。なんて生き生きとしているんだろう…その力強い存在感が、グングンと迫ってくる…


「そう。いいですよ。とてもいい」

カイを見上げると、微笑んでいた。

「大体、わかったみたいですね」

ええ…たぶん。と、隆太は少し呆然としながら答えた。なんなんだ、これは…

「大原さんは、センスが良いですね。とても早い。次は…あっちの樹にしましょうか」


なんだか、頭の中がフワフワする。指差された方向に身体を向け、その樹を見つめる。

数分後、さっきと同じことが起きた。

「さっきより、少し早くなりましたね。素晴らしい」


どうしてタイミングがわかるのだろう。不思議に思って隆太が訊ねると、カイはこともなげに言った。

「ああ、心が開くと、わかります。大原さんの出すエネルギーが、変わりますから」

エネルギー?…オーラのようなものだろうか。そんなもん出してたのか?俺…


「あの樹のエネルギーと繋がって、受け取って、渡します」

カイが、身振り混じりで説明する。

受け取って、渡す?交換か?

「エネルギーを交換してるってことですか?」

う~ん、とカイは口元に手を当てて考えた。言葉を探しているのだろう。

「交換、というより、少しずつ分け合うというほうが近いです」
ホアが助け舟を出した。

「そうそう、分け合う。少しずつ」

なるほど…ああ、そうか。

「元気で楽しそうな人を見ていると、自分までつられて楽しくなっちゃいますよね。それで、その人に話し掛けると、お互いにもっと楽しくなる。それと似てるかな?」

隆太がこう言うと、3人は声を上げて笑った。

「そうそう。少し似てますね。でも、そう考えることが出来る人は、多くないんですよ。それが、センスです。やっぱり、大原さんはセンスが良いですね」

あ、隆太でいいです。

とても自然に、そう言っていた。

「そう。では、リュータ。今日はこの辺でおしまいにしましょう。この瞑想を続ければ、きっと宇宙と繋がれますよ」

カイは、サラリと衝撃的なことを言ってのけた。



 宇 宙 と 、 繋 が る … ? !



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ー 14 ー 宇宙のエネルギー

「宇宙と、繋がる?!」

昨日もらった料理のタッパーを返そうと リュックに手を伸ばしかけていた隆太は、かなりの勢いで振り返った。
首がグキッと音をたてた。


「そう。今日は、一本ずつの樹と繋がった。でも、周りのもの全てと繋がることができる。地球の全部と、宇宙です。フオンは、いつも出来ます。私たちは、まあ、大体出来ます」

ホアが微笑みながら頷いた。この人は、いつもにこやかだ。

隆太は、フオンを改めて見た。普通の、可愛らしい小さな女の子だ。
母親の手につかまりニコニコして隆太を見ている。

一見、どこにでもいる幸せそうな家族。
それが、水を操る力やら宇宙と繋がるやら‥‥

隆太はほんの一瞬、目眩を覚えた。


「その…宇宙と繋がると、どうなるんですか?」

宇宙人と交信出来たりするのだろうか…?そう思ったが、口には出さない。
魔法学校の二の舞は避けたかった。人間は、学習するものなのだ。

「宇宙はたくさんのエネルギーに満ちています。そのエネルギーに繋がり、分け合うことが出来ます。
 そうするうちに、自分のエネルギーがどんどん膨らみます。
 心が愛に満たされ、ゆったりとして、ピースフルになります。そして、強く健康になります。とても。」


帰り道、4人は歩きながら話した。
瞑想について。それによって得られるものについて。

ホアが朝食に誘ってくれたので、隆太はありがたく誘いを受けることにした。


 * * *


たっぷりとした朝食を食べ終え ハス茶を飲みながら、隆太は心を決めた。

瞑想は面白い体験だった。このサレンダーの力のことも、もっとよく知りたい。

よし。守人、やってみようじゃないか。


…だが、意気込んで決意を表明した隆太は、肩すかしを喰らうことになった。

隆太の部屋のリフォームも終わっていないし、店舗の工事や機材の搬入が全て終わるまでには あと2~3ヶ月かかるということだった。


「まさか、こんなに早く返事をもらえると思わなかったから…」と笑う一家は、それでも嬉しそうだ。

そうですよね。俺、ちょっと張り切りすぎちゃいましたね~…などと頭を掻きながら、隆太は「そういえば…」と(照れ隠しも兼ねて)気になっていたことを訊ねてみた。

サレンダー、という言葉の元々の意味について。


「そうですね…明け渡す、とか引き渡す?ええと、ビジネスでよく使いますね。
 ただ、私たちの場合は…(言葉を探す)…力を受け入れること」

「自分自身を、そのチカラに明け渡すってこと?」

「そうではなく…自分の中に、力が育つことを認める。そんな意味で使っているように思います」

ふうん。自分自身はあくまでも保ったまま、チカラに隷属せずに…共存する。自分のスペースの一部を、チカラに明け渡す。
そんなイメージだろうか。


「じゃあ、サラマンダーっていうのは?」

「サラマンダー?」

3人とも、不思議そうな顔をしている。

「あの、不思議な夢を見たことは、昨日お話ししましたよね。
 『サレンダー』って言葉のあとに、『サラマンダー』って言葉も聞こえたんです」


そう。フオンの力を目のあたりにした時、自然とこれがサレンダーだとわかったのだ。

だとしたら、サラマンダーというのは、もうひとつの不思議「ネコの顔をした龍のようなもの」を意味するのではないか。

だが、3人には何も思いあたることは無さそうだった。





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