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1-1

 
200X年・1月-


『彼』は見慣れぬ街である、新宿・歌舞伎町に降り立っていた。
夕方に差し掛かるその喧騒の中、黙々と歩いていく。

「歌舞伎町……。初めて来たけど、こんなに賑やかなんだな……」
『彼』はポツリとそうつぶやきながら、求人誌の地図を片手にとあるビルへと足を進める。


「確かこのへんだな」
『彼』の前には様々な店の看板が並んだビルが姿を現す。
キャバクラやショットバーなどが各フロアにある中、ビル4Fその目的地はあった。

「ここだな」
エレベーターの矢印ボタンを押し、数秒でその扉は開いていく。
すると『彼』の後ろから誰かが走って来ていた。


「ちょっと待っとってぇ~!」
「ん?」
『彼』の背後には、185センチを軽く超すかのような、スラリとした男がバタバタ走ってくる。
エレベーター前で膝に手をつきながら止まると、ゼェゼェ息を切らしながら『彼』の顔を見上げた。
「一緒に……エレベーター……乗してください……」
「あ、あぁ……」
『彼』は走って疲れ果てたかのようなその《彼》をエレベーターの中に入れると、すぐに4Fのボタンを押した。


「ハァ……ハァ……いやぁ、すんません待ってもらって。えっと……あ、お兄さんも4Fなんですかぁ?」
「…まぁ」
息を切らしても元気な口調の《彼》に、『彼』は頷きながら答える。
すると《彼》は目をパッと開いて再び口を開いた。

「じゃあお兄さんも、今日【Pegasus】の面接なんですねっ!ホンマよかったわ~、こっち来んの初めてやし一人じゃ心細いからなぁ!」
「あんたも?」
「えぇ!そうなんですよぉ~!」
《彼》は陽気に『彼』に言った。

しかし、『彼』は何も反応せず、黙ってエレベーターの階数表示を見つめていた。
そんな中、エレベーターも4Fへと止まり扉をゆっくりと開く。
二人がエレベーターから出ると、絵に書いたような美しい白に彩られたドアが姿を現した。

ドアノブはまるで天馬の翼のような形に作られ、そこだけでも異空間に来たかのような雰囲気を漂わせている。
そして、【Club Pegasus】という名前がオシャレな筆記体で堂々と掲げられといた。


「すっごいなぁ~!これが歌舞伎町のホストクラブかぁ!」
背がひょろりと高い《彼》がまるで珍しいものを見たかのようにはしゃぐ中、『彼』はそれを横目にすると一人黙ってドアノブに手を回した。

「あっ、待って下さい~」
《彼》は『彼』の後を追うかのように、店の中に入っていった。



10分後-。

内勤スタッフに面接席へと案内されていた『彼』は、店の方で用意されていた履歴書に項目を書き埋めていた。
そんな中、綺麗なまでに白を基調に内装されたさらなる異空間にキョロキョロせずにはいられないようで、『彼』自身慣れない世界に緊張を表情に出さずを得なかった。


そこに、高級ブランドスーツに身を包み、ヘアーメイクされた茶色い髪をなびかせた端正なルックスの男が『彼』の前にやってきた。

「どうも、お待たせしました」
男はそう言って、【代表取締役社長・神代天馬(カミシロ テンマ)】と記されている名刺をスッと『彼』の前に差し出した。


「ここの責任者の天馬です、よろしく」
「よろしく、お願いします」
天馬からの挨拶に、『彼』は答えるようにペコリと頭を下げる。
すると天馬は早速とでも言うように、書かれた『彼』の履歴書に目を通した。目をキョロキョロと上下左右に動かし、20秒ほどでそれをテーブルの上にパタリと置いた。
そして、『彼』を真っすぐに見つめ口を開いた。


「24歳で、前は会社員の営業……大学も出てんだね」
「はい」
「何でホストやろうと思ったの?」
「えっ」
「きっかけだよ。なんかあるだろう?」
「……」
単刀直入な天馬からの質問に、『彼』は一瞬言葉を止め斜め下を見つめる。

「特にはないのか?」
「……ねを」
「ん?」
「お金を……稼ぎたいです。自分自身だけの力で一から稼ぎたいです。そして……」
「そして…?」
『彼』は顔を上げ天馬の目に真っすぐ視線を送りながら次の言葉を言った。
「自分自身を評価してほしいです」
「……」
数秒ほどの沈黙の後、腕を組んだ天馬がすぐに言葉を発した。

「なるほど。稼ぎたいはともかく、そんな動機を言った奴は初めてだな」
すると天馬はジャケットからペンを取り出し、あらためて『彼』に問い掛けた。
「名前は?」
「名前……?……合格なんですか?」
「仕事をやる気はあるんだよな?」
「はい」
『彼』はキョトンとしながらも、合格であることは少しずつ感じ始めていた。
間を置かず天馬は続けた。

「この履歴書に書いてある本名でやるのもいいが、源治名決めてるのか?」
「えっと……」
「じゃあ本名か?ならこの…」
「あのっ!」
自分の本名を言おうとした天馬に、『彼』はストップをかけるように口を開いた。


「何だ?」
「本名じゃなくて……源氏名で、【翼(ツバサ)】って名前で行きたいです」
『彼』は今日の会話で1番熱を込めたように天馬に言った。
すると、天馬はすぐに答える。


「翼か……うちの店にはまだいないな。それでいいなら好きにしろ」
「はいっ」
「じゃあ写真を一枚とらせてもらうぞ」


その後ポラロイドカメラで写真を一枚取り、面接は終わりを迎えた。
「翼」
「え、はい」
呼ばれ慣れない『彼』……翼に天馬が声をかける。


「早速明日から君はうちのホストだ。夕方4時に店に遅刻せずに来ること。わかったな?」
「はい、明日からよろしくお願いします。失礼します」
翼は天馬に一礼すると、店を出ていった。
そんな彼の背中を、天馬は複雑な表情で見つめる。


「社長、どうかしましたか?」
「ん?あぁ、いや」
内勤スタッフ佐伯の声に反応するも、天馬は翼のことを思い返していた。


「なんか暗そうな男ですねぇ。容姿はまぁまぁだと思いますが……」
佐伯は皮肉を込めたように言った。

「そうだな。まぁああゆうタイプは……」
「社長?」
「いや、なんでもない。面接もう一人いるんだよな」
「えぇ。背が高くてやたら元気な子ですね。では、そちらもお願いします」
佐伯の言葉に頷くと、天馬はそのまま《彼》の待つ面接席へと向かっていった。






その後【Pegasus】を出た翼は、じわじわと両手の拳をにぎりしめながら歌舞伎町の路上を歩いていた。



『やった……まさか俺がホストになれるなんて…』



明日から【Pegasus】のホスト『翼』としてのスタートをきることになった彼の口は笑っていた。
しかし、彼の瞳は決して笑っておらず、一筋の光も失ったかのように漆黒の闇に包まれたままだった。

「これでいい、これでいいんだ……!俺はここで絶対成り上がってやる!」

翼はボソリとそうつぶやきながら、ネオンが灯り始めた歌舞伎町の中に身を沈めるように消えていった。





一方その後を追うように、高い身長をヒョロリと見せながら、《彼》も【Pegasus】を後にしていた。

「よっしゃあ!明日から俺もついにホストやぁ!」

グッとガッツポーズをする《彼》は、ウキウキしながら灯るネオンの中を歩いていく。
「それにしても天馬社長ホンマカッコえぇなぁ。俺もあんなピシッとした男に成り上がりたいわ!燃えてきた~!」

その時、軽く鼻唄を鳴らす《彼》の向かいから、背が高めのホステス風の美女が歩いてくる。
《彼》もハッとしたように彼女の華やかな存在に気付いた。
彼女も《彼》に気付いたらしく、クスッと笑いながら《彼》の前を通り過ぎていった。

「うわぁ……メッチャ綺麗な人や……。東京にはあんなオシャレで綺麗な人おるんやなぁ」
《彼》は口をパックリあけながら、無意識のうちに彼女の姿をその場で追っていた。


「あ、アカン。これからホストやる男がこんなんじゃアカンな!よし、今日は帰って明日の準備や!」
《彼》はすれ違った彼女への雑念を振り切るようにその場を後にした。
その彼女が【Pegasus】に向かっているとは夢にも思わず-

1-2


PM 5:00-Club Pegasus



「いらっしゃいませっ!」
店の中のホスト全員の声が大きくその空間に元気に響き渡る。
「いらっしゃいませ、愛菜(マナ)様」
内勤の佐伯が、愛菜と呼ばれる一人のホステス風の美女を迎える。
彼女もニコッと微笑みながら口を開いた。


「お久しぶり佐伯さん。がんばってる?」
「えぇおかげさまで!ささ、どうぞこちらへ」
佐伯の案内に促されるまま、愛菜は店内の席へとついていった。
ピンクゴールドのドレスに身を包んだ愛菜は、モデルとも間違われかねないような美しいまでのオーラを放っていた。
そんな彼女に、店中のホスト達が一斉に視線を送る。


「天馬!」
愛菜は嬉しそうな表情で、自らの席にやってきた天馬に声をかける。
「愛菜、久しぶり」
天馬も昔からの旧友にでも会うかのように愛菜に言葉をかけた。

「新店、順調みたいね」
「おかげさまで」
天馬と愛菜は、お互いの視線を合わせながらクスッと笑い合う。
そんな中、天馬は彼女がキープしてあるだろうボトルのブランデーをグラスに注ぎながら口を開いた。


「どう、うちのホストで担当になりそうなの見つかった?」
「ん~~~……」
天馬の質問に、愛菜は右手を顎に当てながら考え込む。
「いい子はたくさんいるんだけどね……」
「けど?」
「今の在籍している子には正直ピンと来ないんだよね……」
「相変わらずハッキリ言うよな」
天馬も愛菜も、そう言いながらブランデーが入った水割りのグラスを静かに交わす。
そして、先に天馬が先に言葉を放った。


「なぁ愛菜……この二人どう思う?」
「えっ?」
天馬はそう言って、二枚の写真を愛菜の前にかざす。愛菜も不思議そうに、その二枚を見つめた。
「この子達は……?」
「あぁ、さっき面接に来た二人さ。こっちは24でこっちの背が高い金髪のは19って言ってた」
「ふーん」
愛菜は二人のポラロイド写真を交互に見つめながら、タバコをフッと取り出す。
そこに天馬がさりげなく火を点した。
愛菜は軽くフッと煙を吹くと一枚の写真に目を注ぐ。
そこには翼が写っていた。
「……」
火を点したタバコを一旦灰皿に置いた愛菜は、あらためて天馬に問いかける。
「ねぇ……」
「どうした?」
「この24って人、今日面接きたの?」
「あぁ。何か暗そうなんだがな」
「ふぅーん……」
愛菜はじっと翼の写真を見つめる。



『似てる……あの子の瞳に』


愛菜は心の中でそう呟く。

「愛菜……?」
天馬の声に愛菜はハッとする。


「どうした?」
「うぅん、ちょっと昔の知り合いに似てたかなって思っただけ。それと天馬、こっちの子……」
「あぁ、逆にこっちは明るくてワイワイするようなタイプだな」
「さっきそこの道ですれ違ったのよ。はしゃいでたから、思わず笑っちゃったけど。この子名前は?」
「こいつは羽月(ハヅキ)。愛菜、こいつ気に入ったのか?」
「さぁねっ」
愛菜は天馬に言葉を返しながら再び煙草を口にくわえた。

「さぁね、か。さすが愛菜さんの目は厳しいことで」
天馬も軽く笑いながら言った。


「天馬はどう思ってるの、その二人のこと」
愛菜が聞き返す。
「さぁな。羽月に関してはまだホストっぽい雰囲気はあるが…」
天馬は愛菜にそう答えながら、翼の写真にちらっと目をやる。
「この翼に関してはハッキリ言って未知数-」
「未知数?どうゆうこと?」
「本人は全く夜にそぐわない雰囲気だけどな、なんか気になっちまって……コイツのこと」
「どうして?」


「さぁな。まぁ強いて言えば変わった原石…ってとこか。磨き方次第で宝石にもただの石ころにもなるって感じのな」
「まるでギャンブルね。まぁ水商売なんてそんなものだけど」
天馬と愛菜は、フフッと笑いながらグラスの中の酒を飲んでいく。


「明日からこの二人も出勤するんだ。どうだ?愛菜の卓ににつけて二人を見て欲しいんだけど」
「明日ね……いいわよ、天馬の頼みだもの」

「そっか!ありがとうな」
「フフッ、そんなに改まらないで」
天馬の礼の言葉に、愛菜は謙遜しながらも微妙な照れを見せる。


「このお店は天馬にとってやっと築き上げた大切なものでしょ?だったら私は当然現役のときと同じように応援するわ」
「あぁ、昔からホント愛菜には感謝してる」
二人は再びグラスをカチンと交わす。
その光景を、離れたところから店のホスト数人が見ていた。



「なぁ、あのめっちゃキレカワな人は誰なんだ?」
「知らないのか?あの人は歌舞伎町のカリスマキャバ嬢の愛菜さんだよ。社長が独立する前からのお客さんなんだぜ」
「にしてもモデルみたいに超キレイだよな愛菜さんって。あんな人から指名欲しいなぁ……」
「あんな人をお客にした天馬社長もすごいよな」

ホスト達の話題は、現役を退いた天馬に継ぐ新しい担当ホストを探している愛菜のことで持ち切りだった。
美貌も品性も知名度も……そして金も全てを備えている愛菜は、指名を欲しがるホスト達にとって注目の的であり憧れでもあった。


しかし、これほどまでに素敵な女性が何故ホストに……?と言う疑問が走るのもまた事実だった。
かつて担当ホストだった天馬に対しても求愛している様子も無く、一体何故にホストクラブに通っているのか。
それは天馬と愛菜にしかわからない、【Pegasus】に在籍するホスト達にとっての一つの謎になっていた。

「じゃあ天馬、私そろそろ行くね」
「あぁ、今日もありがとう!……愛菜」
「うんっ?」
「無理……するなよ。それと悪いな、今は俺が忙しくて力になりきれなくて」
「天馬…。何言ってんのよ!私は十分に天馬に支えてもらったわ。それに、新しいホストさんにも支えてもらいますからねーだ☆」

愛菜は舌をベーと出しながら笑顔で天馬を見つめた。天馬もフッと笑みを零す。

「ありがとうございましたぁ!!」
愛菜の帰りを見送るように、ホスト全員が声を上げる。

「じゃあね!」
そう言って愛菜は、【Pegasus】の白いまでの店内をどこか惜しむように後にした。
「翼…か。まさかあんな瞳をした人間にまた会うなんて…」
愛菜はそうつぶやきながら、歌舞伎町のネオンの中へと姿を消していった。






その頃翼は帰路につき、すでに自宅の前にいた。
ポストにささっている一枚の封筒を取り出すと、彼はそれを右手でグシャッと握り潰した。

「こんなもん一々送ってくんじゃねぇよ」
翼は部屋に入ると、右手の中にあるその封筒を睨みつけ、ポイッと棄てた。
するとベッドへと向かい、そこにドサリと横たわる。

「俺は明日から生まれ変わるんだ……!もう俺は昔の俺じゃないんだ!」
翼は笑いながら、何度となくその言葉を繰り返した。
まるで過去の自分との決別をするかのように-。


翼は一本の煙草に火を着けた。
そこから舞い上がる煙は、彼が生まれ変わる狼煙のように、ゆらゆらと空をさまよっていった。





一方-

面接を終え帰宅した羽月は、明日からの仕事に備えスーツや靴などの準備をしていた。


「はぁ~憧れの歌舞伎町ホストにいよいよ俺もなるんやなぁ!緊張するけどめっちゃ楽しみやぁ~!」
羽月は鼻歌を鳴らしながらご機嫌で準備を進める。
すると、彼のケータイが着信音を鳴らした。


「おっ、じいちゃんかな」
羽月は嬉しそうにケータイを手に取った。

「もしもし?あ、じいちゃん!……あぁ、何とかやっとるよ。大丈夫やて!……うん、心配せんといて。ホンマありがとう……うん……うん……それじゃあな」
羽月はケータイでの会話を簡単に終えると、スッと机の椅子に腰をおろした。
机の上には、写真立てにおさまる一枚の写真があった。
上京の際、手に取って見ていた幼い二人が写っていたものである。

羽月はそれを神妙な表情で見つめた。


「待っててな、俺が必ず逢いに行くから……!」
羽月は力強くそう囁いた。




翼と羽月-
それぞれが自分の想いや決意を胸に、ホストへの道へと歩み始めようとしていた。
こうしてここに、二人の新しいホストが歌舞伎町【Club Pegasus】を舞台に産声をあげていくのだった。





                                              第2章へ

2-1

 
【Club Pegasus】での面接の翌日-

「こんなもんだよな
…」
翼はしばらくしまっておいた会社員時代のスーツに袖を通していた。
ホストと言えばきらびやかなブランドスーツを着ているイメージが彼自身あったものの、今現在の自分にそんなものを買える経済力はないこととそれ以上に似合わないだろうと言う自覚があった。

「……」
翼は鏡の中の自分を見つめた。
黒髪とはいえ髪型は整髪剤でなんとか形にはなっているものの、濃紺のスーツにネクタイをキチッとしている姿はホストよりもむしろ会社員に近いものだった。

「……」
翼は沈黙するしかなかった。
まず何よりホストの仕事をする上での簡単な予備知識すらなかったことに今更ながら薄々と気付き始めていていた。
それでも翼は「しょうがない」とばかりに自宅を出ることにした。
それよりも、未知の領域である夜の世界に一歩踏み出すと言う緊張感が心地良い感じに彼を支配していた。





1時間後-

スーツ姿の翼は新宿・歌舞伎町に着き、【Club Pegasus】へと向かうためにセントラルロードを歩いていた。
面接のときに一度来たとはいえ、多数の人間が行き交い様々なの飲食店や娯楽店で盛り上がるこの街の喧騒は、未だに彼に新鮮な印象を与えていた。



『俺も今日からこの街で働くんだ…




翼はグッと胸の内を引き締めるように、店への路地を歩いた。
コマ劇場の脇を通り歩くこと数分、多数の飲食店がひしめく雑居ビルが並木のように姿を現す。
その一角のビルに、翼は約24時間ぶりに足を踏み入れた。

「確か4Fだったよな」
翼はエレベーターの上りボタンを押した。
すると直ぐさまドアは開き、彼はその中に入っていく。
そして、4Fのボタンを押そうとしたその時だった。


「ちょっと待っとってぇ~」


「??」
翼が覗いたエレベーターの外の向こうには、白いシャツと黒いパンツに身を包んだ背の高い金髪の男が急ぐように走ってきていた。

「ハァ、ハァ
…あ~待っててくれてありがとうございますぅ!助かりましたわぁ!」
「あ…」
息を切らしながらも手にジャケットを抱え元気にエレベーターの中へ入ってくるその人物に、翼はハッとしたように気が付いた。

「あ~お兄さんは!」
「……」
「昨日面接一緒だった人ですねぇ!よかったぁ~今日から一緒にお仕事なんですね!」
「まぁ…」
ゼェゼェと息を切らしながらも、高いテンションで翼に言い寄ってきたのは羽月だった。
翼はそんな彼を横目で見るように静かに返事をする。

「いや~しかしホスト一日目に誰かと一緒のスタートって嬉しいわぁ!あ、俺羽月って言います。お兄さんよろしくお願いしますぅ!」
「あ、あぁ…
よろしく」
「あ、お兄さんの名前聞いてもいいですか?」
「翼」
「翼くんかぁ!よろしくお願いします、翼くんっ!」
一人でも盛り上がるかのような羽月のテンションに、翼は軽いため息をつく。
そしてエレベーターは4Fに着き、翼と羽月は【Club Pegasus】の店のドアを開け、中へと入っていった。

「おはようございますっ!」
羽月は店の中に入るも、元気良い挨拶の声を上げた。
「お、おはようございます」
翼もそれにならうように後から挨拶をする。
「おう、おはよう」
店に入ってすぐ横にあるキャッシャーのカウンターから二人に声をかけたのは、代表取締役社長の天馬だった。

「翼、羽月。二人とも今日からうちのホストだ。店を開ける5時までの間、お前達には軽い研修を受けてもらう」
「はい」
「はいっ!」
「じゃああっちのテーブルに二人でいてくれ」
天馬に促されるように、翼と羽月の二人は、フロアの方へと足を運んだ。



「うわぁ
…」
羽月は息を漏らすように驚きを見せる。
中には各々のスーツに身を包んだホスト達が、テーブルやソファー・床や壁などの掃除に勤しんでいた。カチカチに髪を盛った者から短髪の者まで、多種多様なホストの姿がそこにはあった。

「ホストさんやぁ…
ねぇ、翼くん!」
「あぁ
…」
羽月が再び驚きをストレートに見せる中、翼は至って冷静さを見せていた。
しかし、これまで会社員として働いてきた彼にとって、その光景はあまりにも新鮮だった。



『ホスト…
クラブ』



翼は自分が今ホストクラブにいると言う事実を改めて実感し始めていた。
そんな中、二人は指定されたテーブルのソファーにて座って待つことにした。



数分後、そこに黒髪で短髪の風貌をした20代後半くらいの一人の男が現れる。内勤スタッフである、店長の佐伯だ。

「どうもはじめまして、店長をしている佐伯です。えっと、翼に羽月だったかな?今から簡単なテーブルマナーやルールについて研修してくからよろしく」
「はい。よろしくお願いします」
「羽月です!よろしくお願いしますっ!」
佐伯は早速と言わんばかりに、二人への研修を始めた。
グラスの持ち方や酒の作り方などの接客の基本から、『爆弾』に至るまでの店内でのルールまで、数十分ほどかけて一通りの研修を施した。

「…とまぁこんな感じだ。いきなりで覚えることは多いだろうけど、だいたいのことは理解したかな?」
「はいっ!」
「はい」
「そうか。とにかくお客さんはもちろん、店や他のホストの迷惑になることは絶対にしないこと。これだけは、まず覚えておいてくれ」
佐伯の一言一句に、翼と羽月は納得するようにうなずいた。
「それとホストは接客業だから元気さだけは必ず持ってること!わかったな?」
「はいっ!」
「はい」
「よし。じゃあ今あっちのフロアでミーティングやってるから、自己紹介してこい」
佐伯は二人を一際広いAフロアへの移動を促した。


二人が足を踏み入れたAフロアには、30人近いホスト達がソファーやヘルプ用の椅子に座っていた。
皆一斉に翼と羽月を見ている。

「みんな、今日からうちに新人が二人入った!さっ、じゃあ羽月から自己紹介してくれ。とりあえず元気に名前と歳をな」
佐伯がホスト達に一言言うと、まずは羽月に彼らへの挨拶を促した。
羽月もそれにすぐ頷く。

「えっと…
お疲れ様です!今日から入店します羽月って言います!19です!まだ何もわからへん未熟者やけど…よろしくお願いしますぅ!」

「よろしくうっ!!!」
緊張した面持ちの羽月に、ホスト達は元気よく言葉を返す。
うっかり出てしまった彼の訛りに、先輩ホストの何人かが軽い笑いを見せていた。

「よし。次は翼っ!」
羽月の挨拶が終わり、佐伯は次の翼の自己紹介を指示する。
翼はコクッとうなずくと、羽月と入れ代わるように先輩ホスト達の前に立つ。

「お疲れ様ですっ」
翼はそう言いながら頭をペコッと下げた。
「今日からこちらのお店でお世話になります翼と言います。歳は…24歳です。よろしくお願いします」
翼は羽月と違い、淡々とした口調で挨拶を終える。
…よろしくうっ!!」
先の羽月との印象が違うせいもあってか、一瞬ホスト達は戸惑いながらも元気な声を彼に返した。

「よしっ、二人ともそこに座れ!」
後ろからやってきた天馬が、二人に着席を促す。
「よし、じゃあみんな、お疲れッス!!!」
「お疲れッス!!!」
天馬の挨拶に、ホスト達全員のこれまでにないくらいの声が響く。
「今日から新人が二人入ってこれからどんどんうちも盛り上がってくから!今のとこ全然トップ3のナンバー変わってないし、ハッキリ言う!結果出せない奴はダメとは俺は言わないけどやる気ないと思われるのは自分らだからな?」
「ハイッ!!!」
「お前らみんなやる気バリバリ持てば出来るんだから、それがわかってるからホストやってんだろうし!だから絶対に一人一人やる気と自信は失うな!!わかりましたか!?」
「ハイッッ!!!」
天馬の喝のような言葉に、その場の空気感が引き締まっていった。

「よし、じゃあ翼と羽月。こっちにいるのがうちのナンバーだ。左からナンバー2光星(コウセイ)、ナンバー3由羽(ユウ)!」
天馬の声に、普通のホスト達とは別の『ナンバー席』の二人・黒いロン毛の光星と金髪にショートの由羽が翼と羽月の二人にその鋭い視線を送った。
二人もナンバー席にいる彼らと目を合わせる。

「よ、よろしくお願いしますっ!」
羽月はそう言いながらペコッっと頭を下げる。翼もそれにならう。

「二人とも、今はまだ新人だろうがナンバー1をめざすつもりでがんばるようにな!」
天馬は二人にそう言うと、ホスト全員を見渡しあらためて開店の言葉を発した。

「今日も一日やるぞっ!!」

その言葉を狼煙に、今日も【Club Pegasus】は営業を開始していった。



「くは~緊張したわぁ!」
ミーティング終了後、羽月は溜め込んだ息をすべて吐き出すかのように言った。
「でもこれで俺も念願のホストやぁ!翼くん、がんばろな!」
「…
そうだな」
「もぉ~翼くんせっかくホストなったんやから、もっと楽しそうにせんと!」
「俺の勝手だろ」
翼は相変わらずのように羽月の言葉にも耳を貸さないように返すだけだった。

「ま、お互いがんばってこな!」
羽月はニコッとしながら翼の肩をポンと叩くと、その場からスタスタと去っていった。


『何なんだよあいつは
…』

翼は軽く舌打ちしながら彼の後ろ姿を見ていた。





1時間後-
「いらっしゃいませぇ!!」
BGMの音量にも負けず、店内のホスト達が一斉に元気な声を上げる。開店わずか1時間で、【Pegasus】の店内はすでに半分以上のテーブルが女性客で埋まっていった。

2-2

 
「すごいわぁ……俺すごいお店に入ったんやなぁ」
まだ場慣れのウェイター業務をしていた羽月は、驚きを見せる。
同じく翼も、その圧倒するような雰囲気にゴクリと息を呑む。

「翼っ!ちょっとすぐ来い」
佐伯が翼を呼んだ。
「何ですか?」
「今同伴で来たお客さんとこヘルプついてくれ」
「同……伴?」
「ホストが指名客と一緒に店入ることだ。今うちのナンバー1が来たから、そこな席についてくれ。A-1……あそこの角の席だ!」
「はいっ」
「元気よくな!」
「はいっ!」
佐伯に半ば喝を入れられるように、翼はA-1の席につくことになった。
「おぉ、ついに接客デビューやな翼くん!頑張ってぇや!」
羽月はこれからテーブルに向かう翼にエールを送るように言った。



翼は緊張する面持ちで、指定のテーブルに向かう。
今まで接客業をしたことのない彼にとって、そこに向かう一歩一歩がまるで険しい峠のように思える瞬間だった。
テーブルに着くと、そこには黒いワンピースに身を包んだ30代前半くらいの女性が脚を組んで座っていた。
その隣には一際整ったルックスにウルフヘアの一人のホストが。
二人も翼の存在に気付いたようだった。

「失礼します、翼です。こちらご一緒してよろしいですか?」
「どうぞ」
客である彼女は翼をヘルプ席へと促す。
「失礼します」
翼は一礼してから席へと腰をおろした。

「翼ってんだ?新人?」
女性の隣に座っているホストが翼に問い掛ける。

「はい、今日から入りました」
「俺は翔悟(ショウゴ)。ヨロシクな!」
翔悟は爽やかな笑顔で翼に言った。

「よろしくお願いします」
翼も相槌を打つように頭を下げる。



『翔悟さん……この人がここのナンバー1か』



翼はあらためて翔悟の姿を見てみる。
天馬にも劣らぬくらいの高級ブランドスーツやアクセサリーを身につけ、明らかに他のホストとは違うものを漂わせる彼は、自分がナンバー1と言わんばかりの雰囲気を持っていた。

「翼くんだっけ、あなたお酒は飲めるの?」
翔悟の客である女性が翼に話し掛ける。

「はい。あの、お名前聞いてもよろしいですか?」
「いつ私が質問していいって言った?」
「えっ……?」
彼女の言葉に、翼はピタリと止まる。

「ちょっと、ボーッとしてないで早く自分のお酒作りなさいよ」
「あ、すみません……」
翼は焦りながら自分のグラスに氷を入れる。
そして、テーブルに並ぶブランデーのボトルの蓋を開け、そこに少量注いでいきミネラルウォーターで割っていく。

「じゃあ、いただきます」
翼は手で添えたグラスを彼女と翔悟に向ける。
しかし二人は楽しそうに話し、翼の方を見向きもしようとしない状態だった。
「あのっ…」
翼がそう言うと、彼女は不機嫌そうに翼を横目で見た。

「何よ」
「いただきます」
「何勝手に飲もうとしてるのよ」
「えっ?」
「何勝手に飲もうとしてるかって言ったの」
「いや、だってさっき……」
翼がそう言いかけると、彼女は眉間にシワをよせながら顔を強張らせた。

「ちょっとあんた、新人のくせに客に何意見してんのよ!」
「えっ」
「えっじゃないわよ!」
「早紀(サキ)ちゃんまぁまぁ☆」
怒り散らす彼女…早紀を、横にいる翔悟がなだめるように笑って声をかける。

「そんなに新人いじめないでってぇ!」
「だってこうゆうトロいホストって見てるとイライラするのよね」
翔悟が笑って諭す中、早紀は横目で翼を見る。
翼は彼女からの視線から目をそらすようにお酒の入ったグラスを黙って見つめる。

「まぁまぁ☆翼は今歳いくつなんだ?」
翔悟が翼に話を振る。

「……24です」
「24……てことは俺の2コ上かぁ。前は何やってたんだ?」
「会社員です。営業やってました」
「会社員?会社員やってたのあなた?」
早紀が興味津々に話に割って入る。

「はい」
「月どんくらい稼いでたの?」
「……手取りで17万です」
「なーるほど……そりゃそんなにダサいわけだ」
「!?」
「だってそんな安物のスーツにネクタイピッチリしめてちゃ、ホストってより貧乏リーマンて感じよっ!」
早紀がそう言い捨てると、翼の表情は少しずつ屈辱感に歪んでいった。
その変化を早紀は気付いていなかったが、翔悟はそれに気付き始めていた。

「こ、これから勉強して少しずつ直していきます」
翼はそう言ったものの、その表情には元気さと笑顔は僅かも出ていなかった。
そこに追い撃ちするように早紀の言葉は続く。

「勉強したって無理よ。あなた暗いし……それに-」
早紀は言葉を止めると自分の口に煙草を差し火をつける。

「今私が煙草をくわえたのに火をつけないってどうゆうこと?ヘルプの役割じゃないの?」
「あっ……」
翼がハッとする中、早紀はゆっくりと煙を彼に向かって吹き込んだ。
煙が嫌味なほど翼の顔に充満していく。

「ゴホッ」
翼が軽く咳込むと、早紀はフーッと大きいため息をついて煙草を灰皿に置く。

「翔悟、私この子ダメ。ヘルプ変えてくれない?気分悪い」
「もぉ~しょうがないなぁ」
すると翔悟はスッと手を上げる。
それに気付いた佐伯は、A-1テーブルにやってくる。

「何でしょうか?」
佐伯の問いに、翔悟は指であるサインを送る。
それを理解した佐伯は、直ぐさま翼の肩を触り席を外すように指示をした。

「失礼します……」
翼は今すぐ出そうな憤りを何とか隠すように、その場を後にした。
「はい翼くんでしたぁ~☆」
そんな彼を送るように…そして場の空気を崩さないために、翔悟は明るく振る舞っていった。



「おい翼、お前あのお客さんに何を言ったんだ!?あんなに怒らせやがって!」
佐伯は厳しい口調で翼に詰め寄った。
「いえ、僕は何も……」
「言い訳はいい!あの人はナンバー1翔悟の最も太いお客さんなんだ……売上に影響するようなことするんじゃないっ!」
「……すいません」
翼を叱咤する佐伯の様子に、近くにいる羽月と数名のホストが横目で覗いていた。

「あ~あ……あの翼ってやつ何やらかしたんだ?」
「翔悟さんの客怒らせたらしいぜ」
「マジ?歳いってるのにそりゃありえね~べ」
ホスト達がそんな風に話している中、羽月は心配そうにそんな翼を見ていた。

「羽月っ!」
「へっ!?」
佐伯が羽月を呼んだ。

「お前次A-1の翔悟のヘルプに行ってこい」
「は…ハイッ!」
羽月は嬉しそうに返事すると、直ぐさま指定されたテーブルに向かっていった。

「どうも失礼します、羽月ですぅ!ご一緒さしてもらってもいいですかっ☆」
羽月は翔悟と早紀に明るく話し掛けるように席へと入った。

「あらっ、今度は明るい子ねぇ。とゆーか身長いくつあなた??」
「188ッス!お飲みものをいただいていいですかぁ?」
早紀からの反応もまぁまぁである。

「羽月だっけ。君も今日から?」
翔悟が羽月に問い掛ける。

「ハイッ!ナンバー1翔悟さんのヘルプにつけてめっちゃうれしいですわぁ」
「なまってるけど、関西の方出身なの?」
「東京生まれの京都育ちです☆あ、お酒作りますねぇ!」
羽月は内心緊張しながらも、つねに元気だけはなくさまいと笑顔の接客に努めた。
話も少しずつ盛り上がり、翼のヘルプで下がった雰囲気は少しではあるが盛り返していた。
そんな光景を、翼は雑用をしながら口惜しそうに見ていた。



『くそっ、こんなんじゃ……』



初日に関わらず、羽月が接客で上手くいっていることで翼の中に新人特有の小さな焦燥感が生まれ始めていた。
会社員とは違い、ホストになればだれでも簡単に稼げる……心のどこかでそう思い込んでいたのもあり、悔しさや憤りは膨らんでいくばかりだった。

「どうしたんだ」
「あっ……」
考え込んでた翼の横から、天馬が声をかけてきた。

「どうだホストとしての接客デビューは?」
「いえ……」
「その様子だとあの翔悟の客にこっぴどく言われたらしいな」
「はぁ……」
「まぁ新人ならよくある話だ。次からは気をつけろ、ヘルプも大事な仕事だからな。それと顔に出てるから店の中……特に客の前では絶対に出すな」
「はい」
天馬の言葉に、翼はコクッとうなずく。
天馬もそれに対して軽く笑顔になる。

「あぁそうそう」
天馬は何かを思いだしたかのように言った。

「もうすぐあるフリーの客がくるんだ。佐伯にも話通しとくから、翼お前後でそこに羽月とつけ」
「あ、はい」
「元気足りねぇぞ?」
「はいっ!」
「よしっ、お前基は全然悪くねぇんだからしっかりやれ」
天馬は翼の肩をポンと軽く叩き、フロアの各テーブルへの挨拶へと向かっていった。



『社長……』



天馬の思いがけない励ましに、翼の気持ちはどことなく軽くなっていた。
さすがカリスマホストだと納得せざるを得ない…そう考えさせられていた。



『俺もいつか、あんな風に……』



翼の中に新たな何かが目覚めようとしていた。



「いらっしゃいませっ!!」
店内のホスト達の声が、一人の客を【Pegasus】へと招き入れる。

「いらっしゃいませ愛菜様、今日もご来店ありがとうございます」
佐伯が愛菜を迎え入れる。

「こんばんはっ。いいの、今日は天馬の頼みだから特別よ」
「今日もまた素敵な御召し物で」
「やだぁ佐伯さんたらっ!」
淡いパープルのドレスに身を包んだ愛菜の雰囲気は、店内に入るとやはり一際目立っていた。
その姿はもちろん翼の目にも留まっていた。

「綺麗な人だな……」
翼は思わずそう漏らした。

「翼っ!今来たC-1のお客さんのとこにつけ!」
佐伯の突然なまでの指示に、翼は驚く。

「えっ!?」
「羽月と二人でつける。すごく大事なお客さんだ、さっきみたいなヘマはするんじゃないぞ?」
佐伯はそう言うと、直ぐさまA-1のヘルプについている羽月を呼びに行った。



『俺が、あのお客さんに……?』



翼の胸中は妙なほどなまでに高まった。
そんな気持ちのまま、彼は愛菜の待つC-1テーブルへと歩いていった。
ざわめく店内の喧噪も先程の翔悟のヘルプの失敗も全く気にならないほど、翼の気持ちはとても高ぶっていた。
気がつくと、いつの間にか翼はテーブルの前に立っていた。
ソファーに座っている愛菜も彼の存在に気がつくと、ニコッと微笑む。

「どうもこんばんは、翼です!こちらご一緒してよろしいですか?」
「どうぞっ」
愛菜は快く翼を自分のもとへと迎え入れた。





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3-1

 
「失礼しますっ!」

翼はそう言って愛菜の向かいのヘルプ席に腰をおろした。
「翼くんていうんだ?」
「はい!」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ」
「あ、はい」
翼の初々しい仕草に、愛菜はフフッと笑う。

「失礼しますっ!」
翼の後ろから一人のホストが元気に挨拶をした。
羽月だ。

「羽月です、ご一緒さしてもらっていいですかぁ!」
「どうぞっ」
愛菜は弱冠妙な緊張をしている羽月のことも快く受け入れる。
羽月もニコッとしながら、翼のとなりに座った。

「羽月くんかぁ……君すごく元気いいね。昨日そこの通りで一人ではしゃいでたでしょ」
「あ、いやー……恥ずかしいとこ見られちゃって……」
羽月は愛菜に対して照れ笑いをしながら頭をかく。

「対照的に翼くんはクールだね?」
愛菜はパッと話の先を翼に変える。

「いえ、そんな。まだ全然慣れてなくて緊張しているだけです」
「緊張してる……か。あんまりダメよ、お客を楽しませるホストが内面必要以上に見せちゃ」
「はいっ」
「翼くん、愛菜さんがすごく綺麗だからすごく緊張してんですよぉ!あ、僕もですけど☆」
翼をたしなめる愛菜に、羽月が軽くフォローするように話に入る。

「あら、そうなのぉ?」
「いや~彼の言う通りかもしれません!愛菜さんみたいな人初めて逢ったから」
翼は恐らく今までの人生で言ったことはないであろう歯の浮くような言葉で切り返した。

「ふーん、そうなんだぁ」
「愛菜さんは今日はお休みなんですか?」
今度は翼の方から話を切り出した。
その際に、ブランデーの水割りが入ったグラスを差し出す。
「うぅん、ホントは今夜仕事なんだけどちょっとわけあって今日は特別にお店抜け出してきてるの」
「お店?」
「うんっ」
「もしかしてぇ!」
羽月の声が浮き立つ。

「愛菜さんてキャバ嬢さんか何かですかぁ?」
「おいっ」
羽月の言葉を翼が遮る。

「へっ?何翼くん」
「女の人にいきなりそうゆう聞き方はないだろ」
「あっ……」
羽月はハッとした。
ついつい『してはいけないこと』をしてしまった。
 

「す、すんません愛菜さん!」
「いいわよ、そんな気にしないで。ただね、私じゃなかったらすごく怒られちゃうかもだから気をつけなさい」
「はい……」
愛菜の注意で羽月も珍しいばかりに軽く意気消沈する。その話をすぐ改めるように、彼女は続けた。

「まぁそう。私は近くのお店でキャバをしてるの。自分で言うのもなんだけど、これでもお水の世界ではちょっとした有名人なのよ。二人とも歌舞伎町は初めてっぽいから知らないかもしんないけど」
「はぁ」
翼は愛菜に対してどこか気の抜けたような返事をする。

「すごい人だったんですね、愛菜さんは!」
一方の羽月は、はしゃぐように愛菜に言った。

「フフッ」
愛菜がクスッと笑う。

「羽月くん、あなたってホントにストレートって言うかわかりやすいのね。おもしろいわ」
「いやぁ~!」
羽月は照れながらも笑っていた。
ホスト一日目にしてこれだけの美人で気品溢れるステキなトップキャバ嬢と話している……彼にはそれで胸いっぱいになるくらい、非常にうれしいことだった。

「翼くんはあまり私に興味なさそうね?」
「えっ?」
愛菜が翼に尋ね出した。

「普通ホストならここで羽月くんみたいに明るく盛り上がるんだろうけど」
「いや、興味ないなんてそんな……」
「別に怒ってるわけじゃないわよ。ただ-」
愛菜は翼に何かを言いかけると、ハッとしたように言葉を止めた。

「愛菜さん?」
「あ、うぅん……なんでもないわ。ただね、女の子は少なからず夢心地を味わいにここに来るんだから、あんまり暗い顔しちゃダメよ。天馬のやつからも言われるでしょう?」
「はい……え?愛菜さんは社長とお知り合いで?」
「へっ?」
愛菜のサラっとした発言に、翼と羽月はキョトンとしながら彼女を見る。
すると愛菜は軽くニコッとすると二人に対して口を開いた。
 

「そうよ。私はここの天馬社長が独立前に現役でプレイヤーやってたときの客なの」
「!」
翼と羽月は目を丸くしながら絶句した。

「フフッ、そんなに驚かなくてもいいでしょ」
「いや~」
羽月は驚きを少しでも自分から取り除くように、グラスの中をクイッと飲み干す。
そんな中、翼は愛菜に問い掛け始めた。

「あの、愛菜さん一つ聞いてもいいですか?」
「うん、いいわよ」
「えっと……天馬社長みたいなすごい人を指名してた女の人が、何で僕らみたいな新人を?」
「翼くん、ええやんそんなん。せっかく愛菜さんが俺ら呼んでくれたのに-」
羽月が翼を咎めようとしたとき、愛菜が割って入るように口を開いた。

「理由は簡単よ。天馬に頼まれたの。ってより、私が前から天馬に頼んでたって言った方がいいかもね」
「社長に?」
「えぇ。私、彼が現役を退いて独立して経営側になってからも、彼を応援したかったからしばらくずっとこのお店でフリー客として通ってたの。でも、ナンバー1の翔悟も含めても中々いなくてね……。天馬と同じくらい魅力のあるホストが」
「それで社長さっき僕らを」
「そう。それで久しぶりに入った新人であるあなたたち二人を今付けさせてもらったの」
愛菜は淡々と二人にいきさつを話していった。

「でも新人の俺らが天馬社長みたいなカリスマと同じくらいになんて恐れ多いですわ。ましてや今日入ったばっかりですしぃ」
羽月がそう言うと、愛菜は再びサラっと言葉を返した。

「あら、誰だって最初はそんなもんよ。あの天馬だってそうだったんだし」
「社長がっ!?」
羽月は思わず声を上げた。愛菜はプッと笑いながらも続けた。

「そりゃそうよ。天馬も今でこそはあんな冷静だしカリスマとも言われてるけど、昔……っても2年くらい前私が指名し始めた頃は、すっごいがむしゃらで不器用だったのよ。まぁ、私や他のお客が磨いたからってのもあるんだろうけど、彼は今のホストにはあまりないような凄まじいまでの努力家なの」
「そうなんだぁ」
羽月が静かに驚く。愛菜はさらに続けた。

「今のホストもすごい魅力的ではあるんだけど、当時の天馬みたいなあの『必ず成り上がってやる!』みたいな気合いと独特の魅力がないのよね」
「そうだったんですか」
「言うとね、今夢である経営者になって忙しい天馬に代わるホスト……つまりいずれ天馬のように大きくなる後継者みたいなホストを指名したいのよ」
愛菜はそう言うと、煙草を一本取り出した。
すかさず翼と羽月がそれに火を点そうと同時にライターの火をつける。

「フフッ、二人とも今の話でちょっとは私に燃えたのかしら?」
愛菜はとりあえずな感じで羽月が点した火にくわえた煙草を近づけた。

「フー……。まぁ、私は今日今すぐあなたたちを指名するわけじゃないから安心してね?もしかするとあなたたちじゃないかもしれないんだしね」
愛菜は意地悪そうに二人にそう言った。
その際に、彼女は気付かれないようにうまく翼を特に観察していた。



『この子……やっぱり……』



愛菜は心の中でそうつぶやくと、たまたま通り掛かった佐伯に話し掛ける。


「佐伯さん!」
「何でしょう?」
「ここにピンク入れて!」
「かしこまりました」
佐伯はそう言うと、すぐにその場からスタスタと歩き去っていった。

「あのぉ愛菜さん、ピンクってもしかして……?」
翼が愛菜に問い掛けると、彼女は無言でうなずいた。

「それくらいはテレビとかで知ってるでしょ?シャンパンの王様、通称ドンペリ。これからホストでてっぺん目指そうと思ってるなら、まずこの味を知っておきなさい」
すると、佐伯の手によりすぐにドンペリ・ピンクが到着した。
三つのフルートグラスになみなみと注がれる淡い輝きに、翼と羽月は一つの驚きを覚える。

「じゃっ、いただきましょう」
「ハイッ」
「カンパーイ!」
愛菜・翼・羽月の三人は、クイッとフルートグラスの中を口に注いでいく。
飲み終えると、愛菜はクスッと一笑いをした。
まるでそれが、何かを決定付ける彼女の意志のように……





数十分後-

「じゃあ私はそろそろ帰るわね」
翼と羽月に導かれ、愛菜はエントランスへと歩いていく。
「今日はどうもね」
愛菜は二人に軽いウインクをする。

「いえっ、こちらこそ」
「愛菜さん、また近々遊びに来て下さいねぇ!」
翼と羽月もそれぞれ彼女に言葉を返した。

「あぁそうそう!」
愛菜が何かを思い立ったように言った。

「二人とも……ホストらしく頑張るのもいいけど、自分の芯だけはしっかり持たなきゃダメよ。……短い時間だったけど楽しかったわ。それじゃあね!」
「ありがとうございましたぁ!!」
エレベーターの中に消える愛菜を、翼と羽月は大きな声で送り出した。


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