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4.失態

4-1

 
翼と羽月が【Club Pegasus】に入店して一週間、二人は少しずつではあるがホストの世界に慣れはじめようとしていた。
しかし、肝心の女性客からの指名と言う点では、如実差が開き始めていた。


「羽月やったな!この一週間でもう二人の指名客をつかんだな」
「いや~社長や皆さんのご指導のおかげですぅ」
嬉しそうに自分をほめる佐伯に、羽月は照れながらも嬉しそうに答える。

「その調子で、どんどんいけよ!」
「ハイッ、ありがとうございますぅ!」
まだ京都訛りの抜けない元気な声は、店中に大きく響き渡った。

「羽月すげぇな。入店二日目で一人指名とって、一昨日で二人目だもんな」
「あぁ、あいつ若いし身長高いし女ウケもいいもんな」
周りのホスト達も、少しずつホストとしての芽が出てきた羽月を評価し始めていた。
だが一方の翼はと言うと、この一週間でまだ一人の指名をも取れずにいた。


『くっ…』


羽月の元気な声が、複雑に彼の心に突き刺さる。
入店わすが一週間などまだ新人だが、同期の羽月が順調に指名をもらっていくことに彼自身その差に焦らずにいれるわけがなかった。
もちろんそれにより、店内での自分への評価も羽月と比較された上でのものになっていく。
それらのことが、彼の心を大きな焦燥感として煽っていた。
そんな彼を周囲がどう思っていたかと言うと……。


「まぁ羽月はいいとしてもよ、あの同期に入ったって奴どうよ?」
「あぁ……翼だっけ?」
「あぁ~。あいつは……なぁ?」
「顔はいいんだけど、無愛想だし付き合い良くねーし、なんか固いってか絡みづらいんだよな~」
「翔悟さんたちからのいい風に思われてないしな。仕事もそんなできてるってわけじゃなさそうだし」

周囲からの翼への反応は、羽月へのそれとは全く逆のものだった。
翼本人も、歯を食いしばるようにそれを耳にしては耐えるように店での仕事に勤もうとしていた。


「いらっしゃいませぇ!!」
【Club Pegasus】は今日も開店と同時に、多数の女性客が店内へと入っていく。
学生・OL・サービス業など、様々なタイプの女性の姿がそこにはいた。
ナンバー1の翔悟をはじめ、ここのホストに何かを求め彼女達はやってくるのだ。
雑用を主にしている自分と、ソファーで高級酒片手に女性と楽しげに話している……翼は今の現状に天国と地獄とさえ言っていいくらいの落差を痛いほど感じていた。



『くそっ……これじゃ会社のときと何ら変わらない……!』



翼の中の不安や焦りは、時間と比例しながら少しずつ膨らんでいった。



「翼!A-3ヘルプだ!」
佐伯の声が翼を呼ぶ。

「はいっ」
翼は雑用で汚れた手をサッと洗うと、直ぐさま指定のA-3テーブルへと向かった。

「おい!こっちだ!」
翼を誰かが招いた。
ナンバー2の光星である。
そこには、彼のお客らしき20代前半くらいのギャル風の女性と、同じ歳くらいのもう一人おとなしめな女性の姿があった。

「失礼します、翼です!」
「おう、座れ」
光星は翼をヘルプ席へと招き入れる。

「えっと翼だっけか?」
「はい」
翼と光星の会話は最初そんな平淡なものだった。


「翼くんて言うんだ?新人さん?」
光星の指名客らしきギャル風の女性が、翼に話し掛ける。

「はい。えっと、お名前伺ってもよろしいですか?」
「あたしは果穂(カホ)、よろしくね。んで、こっちのおとなしい子は友達の梨麻(リア)ね」
「どうも…」
光星を挟んで彼の反対隣に座る梨麻という名前の女性は、ミニスカートなどの露出の多い服装の割には妙なほどおとなしい反応を示した。

「よろしくお願いします!」
翼は彼女達の挨拶に習うように、頭をペコリと下げた。

「まぁ飲めや」
光星は、ブランデーの入ったボトルを手に取りその口を翼に差し向けた。
「いただきます」
翼はアイスを入れた自らのグラスをそこに差し出す。
トクトクと注がれる茶色い輝きを放つブランデーは、勢いを止める事なく翼の手にあるグラスを充たしていった。

「えっ……」
翼は一瞬声を漏らした。てっきり半分くらいいれて後はミネラルウォーターでそれを割るものと思っていたからである。

「まぁ飲めや」
光星は先程と同じ言葉を淡々と言うだけだった。
そう話す彼の前で、翼はあらためて自分の手にあるグラスに視線をやった。
明らかに40度はあるだろう高アルコールの臭いとが濃いまでのブランデーの色が、彼の嗅覚と視覚を著しく襲っていた。

「光星さん、ロックこんなに……ですか?」
翼は息を詰まらせるように光星に尋ねた。
一方の光星は当然とでも言うように首を縦に振る。
その際に彼の口元がニヤリと形を変えたのが、翼にさらなる緊張感を与えた。

「早くぅ、飲んでよぉ~」
向かって光星の左隣にいる果穂が、とどまっている翼をさらに煽った。

「お前新人だろ?新人ヘルプは少しでも多く飲んでくのが仕事なんだよ!」
光星は見下すような目付きで翼に詰め寄る。
 

「……」
翼は黙ってゴクリと息を呑む。
そして意を決したように、満たんのグラスをそのまま口に持って行った。

「おぉ~」
光星と果穂は、特に驚くわけもないように同時に声を出す。

「んぐ……んぐ……」
微かに声を漏らしながら、翼はグラスの中身をやっとの思いで消化していった。
 
「ぷはっ」
翼は思わず勢いよく息を吐いた。
「翼くんカッコイィ~♪」
果穂の黄色い声がその場に響き渡る。
「どうも……いただきましたっ!」
翼は急なアルコールに酔いを感じながらも、何とか振り絞った笑顔で言った。
その光景を、もう一人の客・梨麻が神妙な表情で黙って見ているなど知らずに。


「よしっ」
光星は当然のようにボトルを持ち出し、その口元を翼に再び差し向けた。
「えっ……?」
翼は目を疑った。

「えっ、じゃねぇよ。ホラ」
「いや……さっき……」
「俺がさっき言ったことをもう忘れたか?」
光星はドスの効いた声を翼に突き刺す。

「ヘルプは飲むのが仕事……だよな?」
そう言うと、光星の手にあるボトルの中身は強引の如く翼の右手にあるグラスに注がれていった。
やっとの思いで飲み干したものが、再びグラスを茶色い輝きに染めていく様を、翼は信じられないとでも言うような表情で見ていた。
 



それから30分後-。

「ほれほれ!翼~早く飲めよ!」
「翼くーん!まだまだ飲めるよねぇ~☆」
光星と果穂の煽りは全く留まることなく、さらにエスカレートしていった。
その間すでに6杯、翼はグラスに次々と充たされていくブランデーを飲み干していった。

「くはぁ……はぁ……」
翼はその顔を通常とは比べものにならないほど赤らめ、を苦悶の表情を浮かべながら呼吸を乱していた。

「はぁ……う……」
「おい翼ぁ!まだまだだぁコノヤロォ!」
「翼くーん!もう終わりなのぉ!?だっらしなぁ~い」
ほろ酔いもあるのか、光星と果穂は罵倒するように翼に言葉を発した。

「ねぇ果穂ちゃん……」
それまで、横で静かに黙って見ていた梨麻が口を開いた。
「梨麻~どうしたのぉ?」
「もぉそのへんにしてあげようよ…翼さん、辛そうだし」
梨麻はおとなしげな口調ながらも、果穂に制止を促した。

「ちょっと~梨麻どうしたのよぉ?一度ホストクラブ行きたいってからせっかく【Pegasus】に連れてきたのにぃ……楽しくないのぉ!?」
「楽しいよ。楽しいけど……これじゃ翼さんが……」
梨麻は横目で翼を見ながら言った。
しかしこの一言が笑っていた果穂の表情を恐ろしいまでに一変させた。

「ちょっと梨麻アンタ!誰の金で今日飲めてると思ってんのよ!」
「まぁまぁ、落ち着けよ果穂」
「光星は黙ってて!ちょっと梨麻、だったらあんた帰りなさいよ!誰の金でこーゆーところで高いお酒飲めると思ってんのよ」
果穂は間に入る光星をさえぎりつつ、さらに梨麻につめよった。

「だって……」
一方の梨麻も、果穂の勢いに押されたのか半分俯いたまま黙ってしまった。

「おいおいやめろって二人ともぉ」
「光星!あんたどっちの味方なのよっ!」
「果穂ぉ~」
酔った勢いもあり大声で怒鳴り付ける果穂に、光星も少したじろぐ。
しかし、彼は一瞬にして目を鋭く変化させ、その視線の標的をへばりかけている翼へと向けた。

「おい翼っ!もとはと言えば、お前がそんなだらしねぇ感じになってるからだろうが!!お前が空気読まねぇせいで果穂と梨麻ちゃんがケンカしてんだよ!!」
光星はまるで八つ当たりでもするかのように翼に大声を浴びせた。

「ケホッ…ケホッ…」
「ケホケホじゃねぇんだよ!!オラ飲めよ!!」
「光星さん!もうやめてあげて下さい!翼さんもう辛そうなのに、何でそこまでさせるんですか……!」
「梨麻ちゃん、悪いけどこれがホストなんだよ」
光星は梨麻に視線を合わせずそう言って立ち上がると、自分の向かい側にいる翼の襟元を左手でグイッと掴みだした。

「ちょ……光星……さん」
翼は酔いながらも驚きの表情を見せる。
しかし、光星は止まらない。
「お前の仕事は何だ?えぇ?」
翼の襟首を掴む彼の反対の手には、いつの間にか飲み続けていたブランデーのボトルがあった。
「ちょっと……光星さん?!」
梨麻の表情が緊張で強張る。

「これがお前の仕事だろうがっ!!」

4-2

 
その時、「ガッ」という鈍い音がした。
気付くと、光星はボトルの注ぎ口を無理矢理翼の口に突っ込んでいた。
「うぐぇ……!」
「ほら、飲めよ!!」
「飲め飲めぇ~!」
果穂の煽りも手伝い、光星はボトルの中身を全て翼の体内に注ぎ込むかのように、右手のそれをグリグリと押し込んだ。


「うっわ、あれはきついぞ」
「さっすが光星さん、新人キラーだよなぁ。あの翼ってやつ、もうもたねぇかもな……」
他のホスト達が遠くからそう囁く中、光星の『新人潰し』は止まることなく続いた。
その光景は、周囲のテーブルにいる客やホスト達からの視線すらも集め、その中には光星を応援する人間さえもいた。

「光星!光星!光星~!!」
「ほーら新人君だらしないぞ~!!」
終いには、翼に対するヤジまで現れる始末になっていった。
「オラっ、飲め翼ァ!!」
光星の右手の力がさらに込められ、ボトルは翼の口の上で垂直にまでなるほど強引に押し込められた。
「いけいけ~☆」
「つ、翼さんっ!」
煽る果穂・心配する梨麻に見つめられる中、翼は赤い顔をさらに赤く染めその表情を苦しくしていった。



『うっ……』



その時だった。
翼は突然自分の中の何かがフッと失った感覚を覚えた。
気付いたときには、口に押し付けられたボトルを振り払うように顔を左右にグラグラと動かした翼が、ぐらりぐらりと不規則に揺れながら足元をもたつかせていた。
まるでスローモーションでも見ているかのように、翼はそのままの立っている体勢で横に体を倒していた。


「キャアアア!!」



「ちょっと何よこれぇ!!」


気付いたときにはすでに遅かった。
翼が口から振り払ったブランデーのボトルは、光星の手から離れ隣のテーブルへと真っすぐに飛んでいっていた。
それが着地した瞬間、「バリン」という弾けた音と同時にボトルはオシャレなデザインの面影が全く消え失せるほど、木っ端みじんに砕け散っていた。


しかし、騒ぎの出所はそれだけではなかった。
極度の酒酔いでフラフラになった翼は、ボトルが飛んでいった方の反対側のテーブルに、その体ごと放り投げ込むかのように沈んでいった。
翼の衝突が原因となり、そのテーブル上にあったアイスペールやグラス・灰皿などが見るも無惨に様々な音をたてながら散乱していった。


「ちょっと何よもう!!」

「服にかかったぁ~!!」

「やだ……ガラスで手ぇ切っちゃった……」

騒ぎのあったところで、女性客からの様々な痛々しい声が聞こえ始める。

「お客様、大丈夫でしょうか!?大変申し訳ございません!」
駆け付けた佐伯が、ざわめく中頭を下げに下げる。
そして、彼の視線の先には散乱したテーブルの上にまるで惨殺死体のように横たわる翼の姿があった。

「おい翼!お前…何をやらかしたんだ!お客様のご迷惑だ、さっさとここからどけ!!」
「ぅ……」
佐伯が大きな声で怒鳴るも、深い酔いのせいで翼の反応は微々たるものだった。
「翼!起きないか!!」
佐伯は、翼の頬を2、3回強く叩く。
「ぅぐ……」
翼の赤い顔は、体温を引いたように徐々に蒼くなっていった。

「光星、お前またどれだけ飲ませたんだ!?」
佐伯は今度は光星へと視線を変えた。
「別に…いつも通りですよ」
光星はフンと鼻を鳴らしながら言った。

「だからって、翼のこの酔いは普通じゃないぞ!」
「こいつが酒弱いくせに飲みたい飲みたい言うんですよ」
光星が佐伯にそう言い返したとき、となりにいた梨麻が信じられないとでもいいたげな驚いた表情を示す。
「信じらんない……こんなのがホストクラブだなんて……!」
そう言うと、梨麻はバッグを持って突然立ち上がった。

「ちょっとぉ梨麻ぁ、どこ行くのよぉ!」
果穂が、立ち上がった梨麻を止めるように気の強い声をかけた。
「もぉ……帰る」
「ハァ!?ちょっと待ってよ、だれのおかげで今夜飲めると-」
「じゃあいくら払えばいい!?こんなのじゃおごられても全然楽しくないっ!」
自分を制止しようとする果穂に対し、何かが切れたかのように梨麻が言い返す。
そんな彼女の一言に、果穂もビクッとしては黙ってしまった。

「……じゃあね」
梨麻はそう静かに言うと、テーブルに5万円置きバッグを持ってその場からスッと立ち去っていった。

「な……何よあれぇ!!超ムカつく!!」
すると、果穂はバッグから財布を取り出し、翼を抱えている佐伯に話しかけた。
「ちょっと、もうチェックして!」
「あっ!?」
果穂の言葉に、光星は顔をしかめた。

「ちょっと待てよ果穂、お前はまだいればいいじゃんよ」
「光星、今日はもうなんかいいや。またにして」
果穂は光星にそう言うと、財布から次々と札を出していった。
その際に佐伯は、他のテーブル客に謝りながらも、一人のホストに酔い潰れた翼を預け急いでチェックへと回った。


「じゃあね、光星」
果穂はチェックを済ませると、スッと何かが冷めたように【Pegasus】の店内を後にしていった。
「くっ……あの野郎……!」
光星は目をつりあげながらそうつぶやいた。





一方酔い潰れた翼は-


「おい、大丈夫かよ!?」
「うぅ……」
他のホスト二人に連れられ、店の外に出されていた。
客のいるテーブルに倒れたため、アイスや酒などでスーツは所々湿り気を帯びていた。

「しかしお前も光星さんに飲まされたな~」
「……」
翼は彼のその言葉に反応しなかった。
いや、できなかった。
「おい!!」
その時、怒りのこもった声が翼達の背後から聞こえてきた。

「こ、光星さん……」
翼を抱えていたホスト二人がそう言うと、光星はずんずんと歩いてきては突然翼の髪の毛を右手でわしづかみにした。
「ちょっとこいや!」
「うぅ…」
すると、光星は酔った翼を強引に引っ張るようにエレベーターの中に引き込んだ。

「あれ……やべぇよな」
「あぁ……」
二人がそうつぶやく中、そこに店から出てきた羽月がやってきた。
「すんません、翼くんは!?酔い潰れたって……!」
「あいつ……今さっき光星さんがエレベーターで連れてったよ」
羽月がふとエレベーターのランプを見ると、それは1Fへ下りていったことを表示していた。

「ちょっと行ってきます!」
「お、おいっ!」
羽月はもう一つのエレベーターに入ると、すぐさま1Fへと下りていった。


「おい翼!!お前のせいで果穂が帰っちまったじゃねぇかよ、えっ?!」
光星はビル脇の壁に翼をたたき付けるように詰め寄っていた。

「うぅ…」
「うぅじゃねぇんだよ!!翔悟さんに続いて、今度は俺の客にまで妨害する気かよ、あぁ!?」
「そんな……俺は言われた通りに……」
「言い訳するんじゃねぇよ、他の奴ならもうちょっと要領よくやってんだよっ!!」
その際に、光星の右の拳が翼の左頬を一発撃ち抜いていた。

「ぐぶっ」
「覚悟できてんだろうなぁ……てめぇ」
もはやグラグラの翼には、抵抗する力すらも残っていなかった。
光星は再び、その右の拳を振り上げた……その時だった。


「やめて下さい!」
光星の右手を誰かが抑えた。それは羽月だった。

「羽月、お前……」
光星も意外そうな表情でそんな彼を見ている。
「光星さん、今翼くん弱ってるわけやし、今は穏便に見とって下さい。お願いしますぅ!その分僕がんばりますからぁ!」
羽月は懇願するように光星に頭を下げた。光星もその右手をスッと下げる。

「何でそこまでこいつに気を使うのかは知らねぇが……。まぁいいや、今回はお前に免じてやるよ」
「おおきに……ありがとうございます、光星さん!」
「ケッ!」
光星はそう捨て台詞を残すと、エレベーターの方に向かっていった。
恐らく店に戻るのだろう。


「うぅ……」
「翼くん、大丈夫!?」
羽月は今だ青ざめてる地面で仰向けの翼に声をかけた。
彼の顔には、光星に殴られた痕跡がくっきりと残っている。
「どないしよう……こんなんじゃ店に翼くんを戻せへんな……」
羽月がそうつぶやいていたその時だった。


「あらっ、羽月くんじゃない。どうしたの?」
彼の後ろから声をかけてきたのは愛菜だった。





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