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プロローグ

○米国 アリゾナ砂漠

 赤茶けた灼熱砂漠の一本道を車で何時間も走り続け、前後を走る車や行き交う車もいない見渡す限りの荒涼とした世界の連続に、この世に存在する人間が自分一人だけになってしまったかのような錯覚に陥った頃。

 数え切れないほど越えて来た丘をまた一つ越えた時、忽然と光り輝く巨大なパラボラアンテナが視界に飛び込んで来た。

 文明による巨大な建造物の急な出現に驚いていると、いつの間にか遠く近くに様々な方角に向けて林立する無数のパラボラアンテナが自分を取り囲んでいることに気付く。

 そのアンテナ群の先に、何棟かの低い建物が全体を金網のフェンスで囲まれて立ち並び、その中心に砂に埋もれそうになったヘリポートが見えた。

 走っている道から細く長い道が、フェンスのゲートに向かって分岐していた。

 そこがアメリカが打ち上げた軍事衛星をはじめとする、ありとあらゆる衛星から送られて来る情報を、受信し監視しているオーウェル基地である。

 そこでは衛星が収集した様々な情報を、24時間リアルタイムに収集、把握し、場合によっては軍事行動を含む速やかな対応を可能とする、米国の目であり耳であった。

 その日の朝8時過ぎ、監視任務の当直であるクリストファー・スミス大尉とカーク・アンダーソン伍長は、衛星から送り込まれる膨大な情報の監視に当たっていた。

 もうすぐ当直時間も明け、次の当番者が引継ぎにやって来るころであった。

「やれやれ、今夜も何事もなく無事に終わりそうだな」スミスが言った。

 淹れたてのコーヒーをカップに注ぎ、スミスに手渡しながらカーク伍長が応えた。

「そうですね。でも、このところ何事も無くていささか退屈ぎみなんですが」

「そんな事を言うもんじゃない。どっかの国のミサイル実験の時を忘れたのか。俺たちまでデータ解析に駆り出されて、3日間も司令部に缶詰になり、えらい目にあったじゃないか。もうあんな目に遭うのは願い下げだ。平和が一番さ」

 その時、アラームが鳴った。

「ほら見ろ。退屈だなんて余計なことを言うから、アラームが鳴ったじゃないか」スミスが言った。

「自分のせいですか」カークが言った。

「そうだ。早く状況を分析して俺に報告しろ」 スミスが笑いながら言った。

「イエス・サー」

カークも笑いながら応え、監視端末に取り付きアラームの解析を始めた。

 彼らが監視を行っている衛星からの情報は、多岐にわたっていた。

 地球上の磁気変動について、監視を行っている磁気監視衛星をはじめとして、火山の噴火や大規模な爆発などの熱異常を監視する赤外線監視衛星、軍事行動やミサイル発射などの兆候を、映像により監視する光学監視衛星、X線によるX線宇宙監視衛星等、ありとあらゆる種類の衛星からの情報が、このオーウェル基地に集まっていた。

 地球の裏側の情報については、世界中の米国の同盟国に設置されたアンテナ等から、この基地にリアルタイムに転送されていた。そのうちの磁気監視衛星からの異常を告げるアラームが、先ほどからけたたましく鳴っていた。

 カークが磁気異状のログ解析に手間取っているうちに、赤外線監視衛星からの異常アラームも加わった。

「一体何が起きたんだ?」スミスが、アラーム音の中で大声で聞いた。

「磁気異常が日本の東京から半径100km以内のどこかで、数分間起きているのがログで確認できます」

「赤外線監視はどうだ」

「少し待ってください」カークが赤外線監視端末に移動した。

「磁気異常発生開始から数分後に、同じ地域で一瞬ですが膨大なエネルギーの放出が確認できます。エネルギー放出は、磁気異常が消滅した時間と同時に発生しています」

「今は、どうなんだ」

「今は、すべての異常が回復しています」

 カークが端末から解除命令を入力して、アラームを停止した。コックピットに、再び静寂が訪れた。

「光学監視衛星では、何か掴んでいないか」

「いいえ。現地時間で22時頃なので、この時間帯に同地域を監視している光学監視衛星はありません」

「そうか。では、とりあえず現状を司令部に報告しておこう」

「磁気異常と膨大なエネルギーの放射が、同じエリアで同じ時間帯に起きたとしか言えないですね」

「そうだな。ただ、何か重大な事が起きたのは間違い無さそうだ。後は解析官の仕事だから早く報告して、解析を始めさせよう。カーク。アラーム発生前後の全ての情報を収集してくれ」

「了解」

 スミスは、司令部への直通電話を取った。

 

○日本 JAL192便

 JAL192便は、大阪伊丹空港を飛び立ち、定刻の22:15より少し遅れて、羽田空港に到着する予定で飛行していた。

 大阪から太平洋沿岸上空を、コンピューターによる自動操縦で飛行し、房総半島の先端外側を回りこむように、大きく左に旋回して羽田空港に向かうところであった。

「オートモード・オフ」

 機長が指示し、副操縦士が復唱して自動操縦を解除した。

「左旋回」

 機長が操縦桿を左に切り、機体は左に傾きながら房総半島の先端をかすめるように、羽田空港に向け半島を斜めに横切るコースをとった。高度は、徐々に下がっていた。

「高度1000」

 副操縦士が高度計を読み上げた。

 機体は、更にゆっくりと下降していった。

「全て異常無し」

 副操縦士が計器類を確認して報告した。

 機体が羽田空港に向かって直線コースを取ったとき、羽田空港管制塔からの通信が入った。

「こちら羽田管制塔。JAL192。着陸コースへの進入を確認した。そのままのコースを保て」

 管制塔からの指示があった。

「こちらJAL192。了解」機長が答えた。

「高度800」

 副操縦士が高度計を、読み上げた。

 副操縦士がふと窓から進行方向の地上を眺めたとき、右前方斜め下の街の夜景が何かに切り取られたように、部分的に黒く見えなくなっているのに気が付いた。

 (おかしいな)と、思いながら副操縦士が機内に目を戻したとき、コックピット内のあらゆるアラームが、一斉に鳴り始めた。

「下降停止」

 機長は、慌てて操縦桿を引き上げて下降を停止した。

 アラームは鳴り止まず、次から次へと新たなアラームが加わっていった。

 機長は、管制塔を呼んだ。

「管制塔。こちらJAL192」

「こちら管制塔。JAL192どうぞ」

「こちらJAL192。異常事態発生。機内のアラームが一斉に鳴動。詳細については不明。現在下降を停止している」

「こちら管制塔。了解した。左に旋回し着陸コースから退避し、高度を1000mに保て」

「こちらJAL192。了解。左旋回し高度1000まで上昇します」

 管制塔との通信を、一時中断して機長が副操縦士に言った。

「状況を、報告せよ」

「全エンジン異常。各部油圧異常。機内空気圧異常。コンピュータによる制御不能。監視装置によると、機内の全ての機能が、異常事態に陥っています」副操縦士が報告した。

「一体どうなっているんだ」

 機長は計器類を睨み付けて、高度計を人差し指で叩きながら言った。

 高度計は、上がったり下がったりを繰り返し、水平噐と方位計はぐるぐる回っていた。

「管制塔。こちらJAL192。機内の自動制御全く不能。計器類も役に立たない。当機の現状把握不能。飛行指示願いたい」

「こちら管制塔。了解した。マニュアルによる操縦は可能か」

「こちらJAL192。手動操縦可能、およびエンジン手動制御可能です」

「こちら管制塔。了解。レーダーによるとJAL192は、現在高度820で左旋回中。コースそのままで高度1000を、回復してください」

「こちらJAL192。了解。上昇します。高度1000に達したら教えてくれ」

 機長は慎重に操縦桿を引いた。機体はゆっくり上昇しているように思えた。

「こちら管制塔。JAL192。高度850。高度850から上がりませんが」

「こちらJAL192。おかしいな。確認します」

 機長が副操縦士に向かって言った。

「エンジンを確認してくれ。計器は役に立たないから目視で頼む」

「了解」

 副操縦士は、シートベルトを外して席を立ち、左翼と右翼に2機ずつあるエンジンを確かめた。

「機長。大変です。1番エンジン停止。3番エンジン、出力低下の模様です」

「なんだって。スロットルオープン」

 機長は、更にスロットルを開け、副操縦士に言った。

「1番エンジンを、なんとか回復させてみてくれないか」

「了解」

 副操縦士は、1番エンジンのスターターを操作して、再スタートを何度か試みた。

 しかし、1番エンジンは回復しなかった。

「機長。駄目です。再起動しません」

「仕方がない。残り2機のエンジンで上昇させよう」

 機長は、管制塔を呼んだ。

「こちらJAL192。4機あるエンジンのうちの、1番エンジンがストップ。3番エンジンも、出力低下の模様。残り2機の正常なエンジンで上昇する」

 機長は、スロットルを全開にした。

「こちら管制塔。了解。JAL192。徐々に上昇を開始しています。高度850、900、950、1000、高度1000に達しました。現状を維持してください」

「こちらJAL192。了解。現状を保ちますが、高度計も不良のため高度分かりません。高度1000を逸脱したら連絡願います」

「こちら管制塔。了解。絶えず監視して、上下50mの変動で連絡します」

「こちらJAL192。ありがとう。よろしく」

「こちら管制塔。その他、詳細な状況が分かったら、また連絡願います」

「こちらJAL192。了解しました。通信、一時終わります。オーバー」

 機長は、操縦を副操縦士に代わり、インカムでチーフパーサーを呼んだ。

「客室の状況を確認して、報告してくれ」

 チーフパーサーから、そのまま返答があった。

「客室内は、異常ありません。質問が何人かのお客様からありましたが、空港混雑による着陸遅延と説明してあります」

「それでいい。何かあったら連絡してくれ」

 機長は、インカムを切って窓の外を見た。

 窓の下の方は、先程副操縦士が見た黒い雲が拡大し、視界が全体的に遮られて夜景が見えなかった。

 黒い雲は、短い時間の間に何倍にも成長していた。

 その時機長の目に、前方数Km先の地上から、小さな光の粒が凄いスピードで昇って来るのが見えた。

(季節外れの打ち上げ花火か?) 

 機長が、そう思いながら光の粒を目で追っていると、周りの黒い雲が反応し始めた。

 雲から稲妻のような青い光の筋が、昇って来る光の粒に向かって何本も伸び始め、光の粒に吸収されていった。

 光の粒は、さらに上昇しながら光の筋を吸収し、みるみるうちに膨張して光の玉になっていった。

 地上から数百mまで上昇したとき、光の玉は炸裂した。爆発は、JAL192の前方5000mほどで起こっていた。爆発による閃光は、JAL192の高度のすぐ下まで広がっていた。

 爆発の規模は、直径数百m程であり、普通の打ち上げ花火の倍程度だったが、光の強さは格段に上回っていた。

 余りの眩しさに、機長は爆発から目を逸らした。

 一瞬遅れて、ドーンという音と共に爆風が襲い掛かり、機体が大きく左右に揺れながら激しく振動した。

(あの爆発の真上にいたら、この機にも何らかの影響があったに違いない。いったい何が起きているんだ)

 機長は、何が起きたのか確かめようと地上に向けて目を凝らしたが、先程の閃光の影響で目がくらんで何も見えなかった。

 まばゆく白い光の残像が消えるころには、黒い雲は消え去っていた。

「アラームが、全て消えました」

 副操縦士が報告した。

 副操縦士の声で機長は、我に返った。

 爆発による揺れが収まった時、JAL192便の全てのアラームが回復し正常な状態に復帰していた。

「詳細を確認してくれ。それから、1番エンジンの再起動もやってみてくれ」

 機長は、副操縦士に指示しながら管制塔を呼んだ。

「こちらJAL192。管制塔どうぞ」

「こちら管制塔。どうぞ」

「JAL192より。機内の全てのアラームが復旧した。計器も正常に戻ったようだ」

「それはよかった。管制塔、了解しました」

「機内異常ありません。3番エンジンも回復した模様です。1番エンジンの再起動にかかります」

 副操縦士が報告しながら、1番エンジンの再起動にかかった。

「機長、1番エンジン再起動しました。3番エンジンも出力上昇しています。全てが正常に戻りました」

 副操縦士が嬉しそうに報告した。

「管制塔。1番エンジン、3番エンジンも含め、全ての異常が回復した。着陸許可願います」

「こちら管制塔。了解。高度1000のまま通常の進入コースに戻り、指示を待て」

「JAL192。了解しました」

「いったい、何が起きたんだ」

 機長が操縦桿を握って、副操縦士に言った。

「分かりません。ところで機長は、あの黒い雲に気付いていましたか?」

 副操縦士は、先程の雲の方向を見た。

 しかし、いつも通りの夜景が広がっているだけで黒い雲は消えていた。

「ああ。見たとも。さっきの爆発と一緒に、消えてしまったがね」

「あの黒い雲が、今回の騒動の原因なんでしょうか」

「分からん。まあ。原因は、戻ってからの調査結果を待とう。さあ。降りるぞ」

 JAL192便は、無事羽田空港に着陸した。

 その後の調査の結果は、1番、3番エンジンのトラブルと原因不明の監視装置異状とされ、今回の報告書に黒い雲の存在と、大規模な爆発があったことが記載されることは無かった。

 

○はじまり

 これらの現象は、一つの原因から発生しており、それは荒ぶる神が降臨し、その手から繰り出す雷(いかずち)のごとく、全てを破壊する新たなるエネルギーが、人類の上にもたらされた瞬間であった。


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