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あの鐘を……

 夜が明けて、紫色の空が現れた

 初めて目にする空は、何かを訴えていた

 私を呼ぶ子供の声

 それに応える準備はできていない

 私は夫の腕を取り、強引に目覚めさせた

 

 家族で見上げた空

 昔、感動した色は微塵も残っていない
 眩暈のするような紫の天の蓋

 鳥のさえずりも

 牛の鳴き声もしない

 既にそれは、農場の朝ではなかった

 

 

 夫は息子を伴って、隣家へと出かけた

 テレビが映らない

 ラジオが聞こえない

 この世界に、何かが起きているらしい

 悲鳴が聞こえ、私は慌てて銃を取る

 後ろで、娘が泣いていた

 あの悲鳴は、誰だろう?

 息子のだろうか

 それとも夫だろうか

 ドアを開けて、向かうことができないもどかしさ

 合図が待ち遠しい

 夫と交わした約束は、息子と娘の命を優先するもの

 

 ドアの外に、激しい息づかいが聞こえる

 合図があって、私はドアを開けた

 どれだけ安心しただろう

 夫の血塗れた腕をみて、安堵が恐怖に変わる

 夫と息子は、帰ってきた

 今まで目にしたこともない蒼白な顔が、何かを語っている

 息子は泣いた

 やはり先の悲鳴は息子のものだった

 私は息子の腕をさすり、微笑むしかなかった

 

 夫の話を信じらることは難しい

 レッドフィールド家に起きた悲劇

 昨日まで、会話を交わしていた隣人

 クッキーをもらい

 コーヒーを一緒に飲んだ

 

  どうして

  どうして

 

 この目で確かめねば

 そういう私を、夫は必死に止めた

 私に見せたくない光景を、夫は目撃したのだった

 

 見知らぬ男が、玄関の戸を叩いた

 ドアの向こうから、預言めいた言葉を放っている

 この世の終焉

 境界の崩落

 とても真実とは思えない言葉

 私は苛立ち、夫は声を荒げた

 男は叫ぶ

 死者の世界がやってきた
 神の怒り

 人の知らぬ、本当の支配者

 浄化を促し、この世の膿を洗い流す

 ヨハンも浄化された

 それが神の意志なのだ 

 門は開き、全ての根源を消しに彼らがやってくる

 

 そんなの、信じられる訳がない

 2階の窓から、去っていく男が見える

 男は、レッドフィールドの家に行った

 しばらくの静寂

 それを破る悲鳴

 男の声は、絶望を訴えた

 夫は静かに目を伏せる

 

 

 

 何かがおかしい

 あり得ぬ現実

 理性を保つには、どうすればいい?

 夫に救いを求め、その瞳に不安の色が宿っているのを知った

 二人の理性が崩壊しないことを祈るしかなかった

 

 数日は、何も起きなかった

 外界からの情報も入らない

 食糧も底を尽きかけた

 まもなく、息子の発作も再発するだろう

 薬は、どれぐらい残っている?

 時間の猶予が減っている

 籠城には限界がある

 夫は、自分だけ町に出ることを提案した

 

 夫の車を見送り、再び扉を閉ざす

 息子たちは、沈んでいた

 事態が飲みこめているのだろうか

 一家の主が抜けた穴は、予想以上に大きい

 出掛けの夫の言葉を思い出す
 私にだけ聞こえる小さな声で、

 夫は残酷な事実を打ち明けた

 レッドフィールド家の惨劇

 変わり果てた娘の姿

 車椅子から落ちた身体は床を這い

 屍肉を漁っていた

 病気からくる異常

 夫は、もっともらしい判断を残す
 犠牲になったトーマス

 娘に喰われたサマンサ

 そのことを形容する言葉は、やはり地獄しか思いつかない

 

 夫からのサインは、既に決めてある

 電話が繋がるはずもない

 メッセージは、教会の鐘の音に込められる

 町が無事なら、鐘の音は出発の合図

 息子達を連れて家を出る

 夫の点検した車に、私が家族を連れていく

 無事に辿りつく自信もある

 夫は、笑顔で迎えるだろう

 おそらくこれは一時的な悪夢

 町は無事に違いない

 明日には、きっと問題が解決される

 美しく響く鐘の音が、きっと私たちを導いてくれる  

 


奥付



暗黒の欠片 vol.9 あの鐘を…


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著者 : 奇怪伯爵
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