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第一章 1[ハムと呼ばれる直]

「いらっしゃいませ」 
 私はコンビニでアルバイトをしている。
 今日はからあげ5%割引き、激安期間限定お弁当セールの実施中とのことから、コンビニ内は混雑していた。さらにちょうどこの時間帯は学生たちの帰り道であり、今日はいつも以上に忙しい。
  
「直ちゃん、助かったよ。急にシフト変えて貰っちゃって悪いね。ここの店長、全然頼りにならないじゃない?直ちゃんの方がずっと店長にふさわしいわ。なんであんな人が店長になったのか不思議で仕方ないわね」
 店長さんが滅多にお店にくることない。何故か人が少ない時に限っていて、忙しい時にはいない。そのせいかパートのおばさんやバイトたちから評判が悪い。中にはいてもいなくても変わらないから、こない方がいいと思う人もいる。
「そ、そうですね。ではお疲れ様です」
「気をつけて帰ってね」 
「ありがとうございます」 
 
 どこへ言っても裏で文句を言う人は必ずいる。
 きっと私も他の人の周りでは悪口言われているのかな。友達の前ではいい子のふりをしてても、実際に心の中では何考えているかわからない。女子は噂話が好きで『あいつ嫌いだの』『うざいだの』聞かされることは少なくない。自分が嫌われないようにして、一人にならないように必死になっている。
 私もその一人。
 嫌われないようにいい子のふりを演じる。
 生きることは仮面を被るようなもの。
 反抗するものは省かれ、協調性のないものは追い出される。 
 だから、周りの目をうかがって生きるしかない。
 
 ふと空を眺めるといつもより大きく見える満月が輝いていた。
「うわぁぁ、きれいだな」 
 疲れている時に、綺麗ものや温かいものに触れると癒されてる。でも、少し寂しい気持ちになる。月の光が眩しすぎて―――。
 
 家に着くと水兄が帰りを待っていた。
 彼は一緒に住んでいる家族のようなものである。私が小さい頃に移り住んだのがこの家で、その時にいたのが水兄なのだ。まだその時は私小学生低学年で、水兄は中学生に入り立てだった。意地悪なお兄ちゃんだったけど、同時に優しくもあった。
「遅かったな。飯は食ったか」
「ただいま。食った食った」
 疲れ果てた私に食べる気力はない。
 答えることすら面倒なので、適当に言った。
「なんだ、食ってないのか。飯は出来てるぞ」
 嘘は一瞬にして見破られてしまう。
 
 
「箸が止まってんぞ」
 もう・・・入らん。
 お腹がいっぱいになると箸が止まる。胃の中に食べ物が入って行かず、飲み込めなくなるのだ。その姿から水兄からハムと言われている。ハムスターのように口が膨らみ、いつまでも口をもごもごとしているとのこと。
 行儀が悪いと怒られるけど、癖なんだからしょうがない。
 よっぽど煙草を吸う方が体にも悪いし、周りに迷惑だと思うけど。
 
「さっさと食い終わらんと、今日の皿洗いはハムにやってもらうからな」
 テレビに映るサッカ―試合を見ながらぼそっと呟いた。
 今日は遅くに帰ってきて疲れているというのにお皿洗いなんて冗談じゃない!
 その言葉を聞いてすぐさま、流し込むように数分足らずで食べ終えた。そして立ち上がると「食い終わった!」と手をテーブルに叩きつけて叫んだ。

「それとハムスターのように太ってない!」
 一言言って、そして私は逃げるようにしてお風呂に入った。



第一章 2[遅刻常習犯]

 高校に入学して早々、学校に来ては毎朝を怒られている。
 
「いつもいつも君は何度言ったら分かるんじゃっ!毎回遅刻遅刻をして学習能力というものはないのかね」
 七十歳を超える長老は男子生徒に向かって、声を荒立てて吠えた。
 学校から要望されてきた副校長で、学校の中でも偉い地位に属している。髪の毛はみごとなほど寂しく、毛のほとんどは眉毛と髭に持っていかれている。
「大声出すと心臓に悪いですし、血圧上がりますよ。体は大切にしてください」
「誰のせいだとおもっとるんじゃ。わしだって怒りたくて怒ってるわけじゃないわ」
「ですが、前より早く着くようになりましたよ」
「そうかそうか。少しは進歩しとるようじゃな。感心感心。じゃないわっ!時計は何時を指さしとると思っているじゃ」
 今の時計の時刻は十一時四十五分を指している。
 いつもは十二時をすぎてしまっていたが、最近は午前中につけるようになった。
「もう十二時だぞ、十二時!八時半までには学校にきて、席についている。だが、今の君は少し遅れるどころが十二時十二時にきとるじゃぞ」
 俺の方を指をさして言った。
「いえ、十一時半きました」
「どっちも変わらんわっ!はぁ・・・、わしはそんなに長くはないのだから、残りの人生を怒ることに費やしたくはないじゃよ」
 最初の勢いから張り合いはなくなり、次第に疲れが見え始めた。
 
 俺は最初から気になっていたことがあった。
 それは―――――。
「あの、どうして遅刻はいけないんですか?そんなに大切なことじゃないと思うんですよ。さらに言えば、勉強も別に・・・」
「君は社会に入って遅刻が許されると思っているのかね?毎回のように遅刻したら即クビじゃぞ。今ここでやっていることは明日、明後日のことじゃない。もっと遠い未来のためなんじゃ」
「遠い未来のこと・・・」
「ここまで言うのは、君自身の未来のためなんじゃ。相手を叱り、注意することは本当に体力的も精神的にも使う。もし注意されなくなったら、それで終わりと覚えておきなさい。わしの気が変わらないうちに、遅刻をする癖を直しなさい」
 
 話しが終わり、廊下へ出るとちらほら俺の方をみて噂している人がいた。聞こえないように話しているようだが、ひそひそ声の方が案外に耳に入ってくる。 
 だが、中にはなりふり構わず直接言ってくる人もいる。
「心くんが遅刻の一人なんて知らなかった~、ねぇねぇ今度一緒にどっかでかけない?」
「ちょっと抜け駆けしないでよ」
 無視をして通り過ぎようとすると、一人の子が「待ってよ」と腕をつかんできた。その後すぐに後ろから皆川がやってきた。
「あんたたち庶民が相手にされるわけがないじゃない。汚い手で心くんに触らないでくれる?あと、そこ慣れ慣れしく心くんなんて呼ばないで」
「はっ?あんただって相手にされてないじゃない」
 俺は皆川がいるという時点で素早くに逃げた。
 
 屋上に来てみると少し風が吹いていた。
 ちょうどいい気持ちよさだが、花粉症の俺にとっては少しつらい。
 皆川とは幼馴染で小さい頃は後ろについて回っていたが、そのころからいつも逃げていた。学校では出来るだけ会わないように、遅めの登校と早めの下校をしている
 ちゃんと向き合うべきなのだろうけど、考える前に足が逃げる方へ向いている。
 寝そべりながら、流れ行く雲を眺めながら考えにふけっていた。

「いつも午後から学校にきてる人だよね」
 体を起き上がらせ、振り向くと見たことのない男子生徒がしゃがみこみながら話しかけてきた。
「誰ですか?」
「鷹野さんから布野くんのことは聞いてるよ」
 誰なのかを聞いているのに、質問と返答がかみ合っていない。
「えーっとー・・・同学年の人ですか?」 
 質問を変えて再度尋ねた。
「あっ、火男飛鳥です。毎回遅刻してるって聞いたからどんなの人なのかなって思って」
 彼は話し方や表情は穏やかで、少し天然が入っていた。

 ―――――それが俺と飛鳥の最初に出会った始まり。


 四時間目の授業の体育が始まった。
 ふぁぁ・・・ねむっ。
「また遅刻したんだってな。いい加減その癖直せよ」
 同じクラスの竹之内が話しかけてきた。
「今日は早めに家を出たんだけど、何故かお昼過ぎてるんだよね」
「一体何時に出たんだよ?」
「六時」
「早すぎるだろ・・・。空白の六時間はなにやってんだよ。ったく、今月で何回遅刻してんだよ」
 遅刻が多いと言われ先生には毎度ながら怒られている。俺自身はそんなにしてたのかって思う程度だけど。
「おい、見ろよ見ろよ」
 俺の横に座っている友達が女子の方を指をさして言った。
 男子がマット運動をやっている傍らで、女子がバレーボールをしているのだ。マット運動よりも、男子たちの視線は女子に釘つけである。
「マット運動なんてやってられるかっ」
「この変態が」
 呆れた顔で竹之内が言う。
「くっそっ、何で皆川さんがこのクラスじゃねぇんだよ・・・」
 彼はほおづえをつきながら不満を言った。
「あの人のどこがいいわけ」
「清楚で美人でおしとやかで、頭も良い・・・なのにっ、何で布野にはあのかわいさがわっかねぇんだよ」
 彼のように男子からの人気はあるようだ。彼曰く、彼女は『学園のアイドル的存在』と称している。だが、俺はここにいないことに心底、救われている。唯一、学校にいられる救いだ。彼女とは小、中学校と同じ学校で、挙句の果てに高校までも同じになってしまった。これなら、もっとランクの低い学校を受ければよかった・・・と入学して直後に後悔した。
「だったら告白して付き合えばいいじゃないですか」
「そりゃあ、俺だって付き合えるもんなら付き合いたいわっ!俺たちのような虫が相手になってくれるわけがないだろ」
「お前ら、ちゃんと授業しろよ・・・」
 
 
 
 授業を受けている中、体育館倉庫では少女一人うずくまっていた。
 
 手の震えがとまらないっ・・・
 あと少し、あと少しの辛抱。
 もう少しマシなところを見つけなきゃ。
 もっと人がいないところを見つけなきゃ。

 少女は早く夜になることを待ちながら、黒猫を抱き締めた。

第一章 3[ボランティア清掃]

 四月の初めに、毎年学校の恒例で一年生は「ボランティア清掃」がある。
 今年は日曜日を使って、丸一日がかりで掃除することになっているのだ。
 毎年、場所は変わるが今年は山の上にあり、到着地に辿り着くまでに2時間かかる。
「話しは聞いていると思うけど、毎年行っているボランティア清掃が今週にあるから。無断欠席、遅刻はしないように。じゃあ、授業始まるよ」
 風邪や病気ではない限り、休むことは許されないのだ。
 掃除の話しが出ると生徒たちは苦そうな顔をして、周りとひそひそ話をし始める。 
 その中の一人、私もボランティア清掃には心苦しい思いであった。部屋の片づけでさえ苦手で、足の踏み場がないほど散らかっている。とても他人を上がらせることはできない。
 教科書類や辞書類の置き勉というものは一切しない。その日に持ち帰り、必要があれば学校へもってきている。
 うぅ、掃除かぁ・・・学校行事だからどうすることもできない。

 私は心の中で、いっそう雨でも降って中止になることを祈っていた。
 
 
 帰宅。
「今週の日曜日、ボランティア清掃あるから」
 夕食を作っている水兄にそのことを伝えた。
「一番に似合わない言葉だな。まともに部屋も片付けられないくせに、ボランティアなんて務まるのかよ。ま、せいぜい足手まといにならないこったな」
 完全な嫌味に私は闘争心が芽生えた。
 ムッカつく!ムッカつく!
 いつも偉そうで優しさ欠片もない。無理しないようにとか声掛けられないわけ。

 よっしゃっ!待ってろよ。絶対きれいにさせるんだから。
 汚れてもいい服に着替え、ゴミ袋を用意し、腕をまくって作業にとりかかった。
 まずは食べかすや落ちているゴミを片付け、その辺に脱ぎっぱなししている服をハンガーにかけた。そして、洗濯する服としない服を分けた。
 こ、これはっ・・・とりあえず、廊下に置いておこう。
 数か月経ったペットボトルの中身は茶色に変色していた。
 
 三十分経過。
 床が見え、さらに足の踏み場が出てきた。
「私やればできるじゃないかっ!実はやればできる子なんだな。水兄今に見とれ!ぎゃふんと言わせてやる」
 自分自身に感心しながら、次に雑誌や教科書、漫画、資料の整理にとりかかった。
 
   
 二階部屋からはドンドンと怪獣のような足音がしてくる。
 ここは二階建てのアパートなので、他の部屋にも住民が住んでる。しかも夜遅くに掃除をするのは近所迷惑だ。
 俺は静かにするように注意しに行った。
「おい、掃除すんならもう少し静かにやれよ・・・何だこれは」
 ドアを開けてハムに呼びかけると、モノがたくさん散乱していた。
 廊下にはゴミ袋五袋と山積みの洗濯もの、不気味なペットボトル、段ボールが置かれている。確かにゴミはあるはずなのに、部屋の中は全く綺麗になっていない。
「全然片付いて――――」
 押入れの方へ目を向けると何故この状況になったのかすぐ理解できた。
 ハムは俺がいることに気付かず、黙々と何かを書き続けている。
 ペンのキュッキュッした音がどうも心地悪い。
 ハムが書いたものを拾うと、そこにはティッシュの上にビニールが被られた「てるてる坊主」があった。笑い顔、怒り顔、悲しみ顔とさまざまな種類のてるてる坊主があった。
「おい、何やってるんだ」
 俺はハムの持っている、てるてる坊主を取り上げた。
「見ろ見ろっ!おばさんが私に初めて買ってくれた本なんだ。懐かしいなぁ~」
 嬉しそうに言った。 
 その本は『天気のおじまない』という題名である。靴を投げて、表だと晴れ、裏だと雨、という子ども向けの絵本である。その中にてるてる坊主のことも書いてあり、それを見て作ったに違いない。
 てるてる坊主を何故作ったのかも、何となく見当がつく。
「まず張り切って掃除を始め、事は順調に進んだように見えたが落とし穴があった。本を片付けているうちに、それに目が行って漫画を読んでしまう。話しの続きを読もうと思ったけど、いくら捜しても見つからない。そして、押入れに手をだした。ちょうどその本を見つけて、雨が降る方法を思いつく。それで今てるてる坊主を書いているということだ。俺の推理は間違っているか?」
「すっげーな!ホームズみたいだな」
 今の状況を見て、分からない方がどうかしている。
 まぁ、今日は大目に見てやるか。
 俺は休憩の為に用意してあったケーキと紅茶を、ハムに食べるように言った。勿論、押入れに入っているものを片付けてから。



 そして当日は、雲一つない快晴で、てるてる坊主の効果は無念にも空しく終わった。
 今日は特別暑く、風もない最悪な天気。こんなに遠いなんて本当に・・・暑い上に片道二時間ほどかかるというダブルが重なっている。目的地に到着するまでに体力が奪われてしまう。
 こんなことから風邪を引いたほうが良かった。
 

 班ごとに分かれて清掃活動を行った。
 同じ班の女子たちは茂みに隠れて怠けていた。
「もう、嫌だ。くそ暑いし、疲れるし。ああもうっ、喉渇いた~」 
「休まなきゃやってらんないよ。この辺隠れてれば、ばれないから大丈夫っしょ」
「こっそり水持ってきたんだけど、飲む?」
 私たちの班は他と違って、サボっていても気付かれない少し離れたところになる。先生たちの目も行きとどかないのか、一度も来ない。
 
 運び係りは男子が行い、私の班は男子がいないので代わりに私が運ぶ係りをすることになった。草などの雑草取りなら軽いけど、雑誌や本棚、自転車、テレビ、椅子、机などの重たいものが多い。家庭内のゴミが、この山に捨てられていくのだ。つまり何者かが捨てなければ、大変な思いをして掃除をすることはない。
 ったく、何で私たちが片付けなきゃいけないの。捨てたもんは自分で片付けろってんだ。
「直、こっちもお願いね」

 はぁ、重たいな・・・
 今までの中で一番重い、大きめのテレビ運んでいた。目の前の視界がテレビに遮られ、足元がよく見えない。石や障害物につまづかないように、慎重に歩いた。
 あ、あれ・・・?
 当然荷物が軽くなったのだ。
「重たいでしょ。こっち持って」 
 何も言う隙間がないまま、私の手には軽い袋が握られていた。
「その代わり、こっちの袋お願いね」
 黒髪の耳のくらいまである眼鏡をかけた少年は去って行った。
 一体、あの人誰だったんだろう?
 お礼を言う前に彼は行ってしまった。

 ある班ではもう終わり、片付けの準備や帰る支度をしている人たちがいた。
 私たちの班はまだ運び終えていないものが多くある。女子たちがサボっているのも要因だが、もう一つはここには男子がいないということに問題がある。各班に男女に組み合わさっているのに。

「別の班もう終わったってまじ?」 
「じゃあ、私らも終わり終わり。さっさと行こっ」
 まだ清掃が終わっていないのにも関わらず、帰って行った。
「まだ残っているのに・・・よし!」
 数分をほど座りこんで休んだ後、自分に喝を入れた。
 
 うわぁぁぁ、あ、あぶないっ・・・
 小型の長方形の本棚を運んでいる最中転びそうになった。
 本当持ちにくいなぁ。 
 学生がやるようなゴミ拾いじゃない。ペットボトルや紙くず、空き缶などの小物のゴミに加えて大きなゴミがある。
 弱音なんて吐いていられない。とにかく今はやるしか為す術はない。

「無断欠席と遅刻は罰があるんじゃなかったっけ?」
「明日居残りで清掃」
「遅刻して古賀先生に怒られたりしない?」
「一日一回は怒られているけど、先生の話すの好きだったりする。為になること多いから」
 さっき会った眼鏡をかけた少年が男子生徒と話しているのを見かけた。
 お礼言わなきゃっ・・・。でも、どうも知らない人に声をかけるのはどうも勇気がいる。
 少年は私ががおどおどしていることに気付き、こっちに近づいてきた。
「さ、さっきはありがとうございます」 
 私はお辞儀をして言った。
「何のこと?」
 不思議そうな顔した。
「テレビ運んで頂いたことです。では、失礼します」
 再度お辞儀をして、走って自分の持ち場に戻った。

「手伝うよ。一人よりも数人の方が楽しいし、体力も二つに半減するから」
 先ほどの少年が声をかけてきた。
 私は一人友達がいないかわいそうな人、同情されているような気持ちになってきつい言葉を言った。
「これくらい一人で出来ますから。はっきり言って迷惑です」 
 
 だが、少年は私の言葉に眼中がないのか、聞いていないのか黙々と作業をこなしている。
「ねえ、この袋もう持ってていい?」
「だっから、手伝わなくて結構です。私一人できますからっ!」
 彼の持っている袋を取り上げて言った。
 
「う~ん・・・じゃあ、さっきの借りでどう?だから俺にも手伝わせてよ」
 つまりさっき私のゴミ袋を勝手にすり替えたから、それでお相子にしてほしいと言うのだ。私は助けて貰った側なのに・・・全然お相子じゃないし。
 心の中でそう思っていたが、あえて口には出さなかった。相手の好意は素直に受け取るべきだと思ったから。
「手伝ってくれてありがとう」
 その後『片付けるの下手、見ていられなかったんだよね』と毒舌を吐かれた。
 悪意はないんだろうけど、初対面に対して失礼すぎる。
 
 彼の名は――――――火男飛鳥といった。






第一章 4[甘党一人 勉強二人]

 ボランティア清掃も終わり、落ち着いたと思えた頃のことであった。
 私の通う高校は無駄に行事が多く、もう第一回目の定期テストが始める。
 ここは進学校で一番に勉強に力を入れている。遅刻は許されなければ、授業中の勉強以外の会話や携帯の使用は固く禁じられている。
 服装や髪の毛の色に関しては自由。ピアスや茶髪、スカートの丈を短くしようが、勉学さえしっかりしていればいい。この学校にとって勉強が大事なのである。
 そして、定期テストで一つでも赤点を取ったものは、強制的に夏休みは朝から晩までみっちり補習を受けなければならなくなる。

 私はついこの前知り合った火男くんと喫茶店に来ていた。
『今日の放課後空いてるかな?定期テストも近いことだし勉強していかない?』
『うん、いいよ』
 といったぐあいに誘われたのだ。
 
 そして今私は目の前にいる布野心という少年を紹介されている。
「え~っと、彼は布野心。俺も最近知り合ったばかりだから分からないけど、個性的な人かな」
 私は彼を見たことがある。
 あの時、火男くんの隣で会話をしていた男子生徒である。そう、髪は茶髪で肩につくか、つかないくらいで、髪を後ろで縛りまとめている。小柄であんまり背が高くない。火男くんと会話をしていた時、それが最初に目が付いたのを覚えている。
「火男くんとはほんとついこの前知り合ったばかりで、長谷川直なんですがっ・・・」 
 ちょっとっ!
 話しかけているのに、布野くんは全く聞く耳を持っていない。普通サイズよりも量の多いストロベリーパフェを顔色一つ変えずに、口に入れている。
「遅刻ばっかりして、古賀先生に毎回怒られている人聞いたことない?俺は小耳に挟んでいたんだけどね」
 入学してまだ一か月も満たないうちに、有名人になっているとは。毎回のように注目を浴びるようなことをしていれば、嫌でも目立つ。だが、私は知らなかった。
 それよりも古賀先生を相手に平然にいられるとは只者ではない。中学の時からいろんな意味ですごい先生がいると聞いたことがあったのだ。
「ケーキ一つ」
 パフェを食べ終わった後、次はモンブランケーキを頼んだ。
 えええっ、ま、まだ食べるの?!!
「甘いもの好きなんですか…?」
「生きていけない。もしなかったら、俺はここに生きてない」
 私はこの言葉でようやく火男くんの言う個性的というものを理解した。そして、火男くんが優しいということも。
 変、変な人、変わってる、変人に尽きる。

「遅刻してて、勉強とかどうしているんですか?」
 授業の内容だって分からなくなってしまうし、毎回誰かのノートを写させてもらわなければならなくなる。
「授業なんてまともに聞いたことがない。つまんないし」
 はい・・・?
「テストとかどうするんですか?」 
「興味のあることはする、興味のないことはしない。それだけ」
 何この人・・・。
 世間知らずのお坊ちゃんですか。
「・・・、社会はそんなに甘くないと思うんですけど」
「社会って一体誰が決めたの。それって世間の人たちが都合よく作ったものじゃないの。それに長谷川さんは社会に出たことがないのに、どうして甘くないとか分かるの」
 なんて生意気のガキなのっ
 今日は初対面ということもあって、気持ちを抑えた。

「こんなとこで、何やってんだ」
 水兄は注文の品をテーブルの上に置いた。
 ここで働いていたことを忘れていた私は
「人違いです」
 と言ってタオルで顔を隠した。
 何も触れずに『真面目に勉強しろよ学生』とだけ言って仕事場に戻って行った。
(自分だって学生じゃんか)
 それから甘党はスペシャルデーとショートケーキの計四つを平らげた。
 よくそんなに食べて太らないのが不思議で仕方ない。
 彼の第一印象は―――――――変。

 変わり者の人とは別れて、私と火男くんは暗い夜道を歩きながら布野くんについて教えてもらった。
 
 外見とクールな印象から女子に人気が高く、よく声をかけられるらしい。しかし内面と関わった後の彼女たちは『一緒にいてもつまらない』『想像と違った』『あんな性格じゃなければな~』というガッカリした意見が多いらしい。
 私は見た感じと態度や食生活から、一つもいい印象は見当たらない。
 
「あんまり言葉に出さないし、何考えているのか分かんないけど。直感だけど、結構いい人だと思うよ」
 と火男くんは言っていた。
 
 気が付くと、私は自分の家の近くに来ていた。
 話していると時間が経つのが早いように感じる。
「じゃあ、私この辺だからまた」
「気をつけてね」
 と言って、自転車に乗り通った道の方へ走って行った。


第一章 5[二階から飛び降りる少年]

 入学して一か月も経たないうちに、ついに明日からはもう中間テストが始まる。
 高校一年生の私は教室内のざわめきと闘っていた。教科書やノートを見ても、周りの雑音のせいで全く頭に入ってこない。
 あ~もうっ、うるさいなっ・・・・・・
 進学校なのに、一日前から準備するってどういうことなんだか。
「やばいよ、私全然やってないよ」 
「私もだよ」
 そういう人に限って陰で勉強しているもの。
 だが、中には本当に何もやっていない人がいる。そういう人たちはたいてい、諦めているか元からやる気がない人ばかり。こんなところじゃ、身に入らないし、時間の無駄。
 静かで誰にも邪魔されずに勉強できる場所へ行った。
 どうせ今は自習時間だし、一人くらい抜けたって先生たちは気付いたりはしない。
(・・・はぁ、戻るか)
 図書室には同じように勉強するものがいた。席は満席でどこも空いていない。

 テスト初日は皆真剣に勉強に取り組む。
 二日目、一日目で力を出し切ったせいか、疲れ果てている。
 三日目、テスト中にも関わらず空席が・・・
 
 テスト終了の放課後、職員室にいる担任の先生を尋ねにいくと、
『国公立の倍率を知りたい?テスト終わったばかりじゃないか。長谷川、高校始まったばかりなんだから気を抜いてもいいんじゃないか?学校は勉強ばかりじゃないぞ』
 と言われ、返されてしまった。
 私が勉強に力を入れているのは、私の家が貧乏だからであった。
 母親と父親は私がまだ小さい頃、事故で亡くしている。祖母の家に引き取られると、小学生くらいの男の子がいた。私と祖母と男の子の三人で住むことになった。だが私が小学生くらいの頃、祖母は急に体を壊し、寝たきり状態になってしまった。そして中学生の上がる前に祖母は他界してしまった。
 そして、今では年の離れた兄の水城と私の二人で今の家に住んでいるというわけである。
 
 直の友達である三人組は喋くっていた。
「終わった後の開放感って半端ないな!」
 一番右に座り、足を組みながら、喋っているのは紗希。彼女は気が強く、機嫌が悪くなるとすぐに手を出す性格である。
「駅前のできたパフェ食べに行きませんか?」
 友達にも敬語を使い、携帯とにらめっこしているのが未樹。器用にも二つのこと同時にできる特技を持っている。常に携帯を手に持って、メールを打ち続けている。
「私はパス。今日ピアノのレッスンがあるの」
 窓に寄りかかり、赤いふちの眼鏡をかけているのが亜季。二人とは違っておしとやかそうにみえるが、一番計算高い人物である。
 
 一番最初に直の話題を出したのは紗希。
「直ってうざくね?付き合いやすいって言えば付き合いやすいんだけど、なんか」
「私はあの子嫌いだわ。誰でも愛想ふりまいてるじゃない」
「やっぱそう思う?私もそう思ってたんだよね!」
 亜季の言葉に紗希は共感して、喜んだ。
「彼女の斜め横の席ですけど、いつも授業中何か書いてるの見かけますよ。あれはノートを取っているような感じじゃないですね。勘ですけど」
「どうでもいい情報ね」
「なんか、面白そうだから探ってみないか?もしかしたら呪いのノートかもしれないしさ」
 面白そうに笑う紗希を、亜季は引いた目で見る。
「人の悪口を言うなんて無神経なんじゃないかな」
 下品な笑い声がする中、ドアの入り口でひょっとこのお面を被った少年がいた。
 会話をしていた二人は言葉を失った。未樹だけはずっと携帯の画面を見て、イヤホンから音楽を聴いていた。
「そうそう、紗希さんの家の近所のお兄さんが彼女連れて歩いてたよ。残念だよねー中学生からずっと片想いだったのにね」
「はぁ?!てめ、喧嘩売ってんのか!」
『人の心が読める超人だから』と言って、少年は二階から外へ飛び降りたのだった。



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