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第一章 9[心開く道化者 3]

 しかし、何も買わずにコンビニを出た。

デザートコーナーにあるのはプリンしか残ってなかったのだ。それ以外はすべて売れ切れ。

「明日また買いにきたら?今日だけ品薄状態だったんだよ」

 そう、たまたま今日は運が悪かっただけのこと。明日にでもなれば、きっと並んでいるから。

「長谷川さんって親の手伝いする人?」

「えっ、あ、出来ることなら、するかな。何で?」

 彼は唐突に話しを変えることが多い。話しの展開についていけないことがある。

「別に。家どこ?送っていくよ」

何を考えているのかわからない。

表情に出ない分、余計に考えが読めない。

楽しい時は笑い、悲しい時は泣いて、人間には喜怒哀楽がある。犬ですら尻尾を振って喜んだ顔をする。それにも関わらず、笑った顔を見たことがない。好物なケーキを食べている時でさえ、無表情。

だが実際こう言う人に限って、何も考えていなかったりするものだ。

 

 

 ふと足が止まった。

 水兄と顔を合わせるのが気まずい。今日は無断で学校を休んでしまった。きっとこのことはもう彼の耳に入っているはず。絶対に何をしていたのか聞かれるに違いない。まさか、知らない人に会って殺されかけたなんて言えない。

 重い足どりで歩くと、玄関の前には水兄がいた。

「ただいま」

 視線をそらして言った。

「こんな時間まで、何をやってたんだ。今朝学校から電話があって、お前のこと聞かれたぞ。学校に行ったんじゃないのか?」

「……」

私は何も言うことが出来ず、黙ってしまった。

学校へ行く途中で具合が悪くなったなんて嘘もつけない。今の状況で友達と遊んでいたと言えるが、何も知らない布野くんのことを、つっこまれたら答えられる自信がない。

「彼氏とデートしていたなら、そう素直に言えよな」

「なっ……違う。断じて違う!」

「遊ぶのはいいが、ちゃんと学校は行けよ。あと無断欠席はするなよ」

「……水兄には関係ない。私が何をしようが関係ないだろ!

水兄はいつもそう。勝手に話しを進めて、ちっとも聞いてくれない。私だって子どもじゃない。水兄に言われなくたってそんなこと分かってるよ!勉強だってしてる。家ではしてないけど、見えないとこでちゃんとしてるよ。勝手にどうとか決めつけないでよ!」

 頭にきて自分の気持ちを抑えきれなくなった。

「前にも言ったはずだ。こんなとこで(つまづ)ていっていおう勝手

そう言って、家に戻って行った。






第一章 9[心開く道化者 4]

もう何もかも嫌だ。

学校も、家も、バイトも上手くいかない。

いつ歯車が狂ったんだろう。

こんなことを望んでいたんじゃない。

私はただ友達が欲しかっただけなのに……

 

小さい頃は自然に友達と遊んでいた。一緒に宿題を解きあったり、外で(おに)ごっこやかくれんぼをした。日が暮れるのが早くて、いつも帰るのが遅くなって水兄には怒られていたっけ。みんなといるのが楽しくて、誰ひとり悪口を言ってからかう人もいなかった思う。  

中学に上がると、仲良しの友達とは別々になった。

その時は、普通に小学校の時と同じように話せると軽い気持ちでいた。でも現実はそうじゃなかった。表では仲良さそうに見えて、実は嫌っている。本人がいないところで陰口を言って、同意を求められたりした。『直だってそう思うでしょ?』と。私は『そうだね』って言って笑うことしかできなかった。私も同じようになりたくなかった。友だちから嫌われたくないから。私の頭には、嫌われた後の孤独が恐怖で離れなかったのだ。

その時から周りに合わせることを覚えた。

 



 家には帰らず、商店街にきていた。

昼間のにぎわいが嘘かのように静かだ。もちろんだが、誰ひとり人はいない。たまに酔っ払いの男性がよろけながら歩いてくるくらいである。

シャッターの閉まったお店の前で、体育座りに座った。すると、彼も真似て座った。

「……いつまでついてくるつもりなの」

金魚のフンのようについてくる彼の存在に、イライラしていた。全く帰る気配すら見えない。

「帰りたくなったら、帰るよ」

「迷惑だって言ってんの!それくらいも考えられないの?邪魔だから、さっさと帰ってよ」

 怒りの頂点に達した私は怒鳴った。

「古賀先生と似てる」

 又しても突拍子のないことを言いだした。

「似てるってどこが?」

「怒っている姿が、ただ大声で叫んでいるようにしかみえないところ」

 その瞬間、私は怒鳴っても無駄であると言うことを理解した。

 彼は合わせて相槌を打つわけでも、気を使うわけではない。愛想笑いをしてその場を取り繕うともしない。紗希たちみたいに馬鹿にして笑うこともしない。空気が読めないくらいに直球でくる。

「周りの目とか気になることある?」

 遠回しに彼の意見を聞いた。

「目の周りは…たまにくまができてるくらい」

「逆!それにくまは目の下でしょ!」

 すかさずツッコミを入れた。

 コントをしたいがために、質問したわけではない。彼なら率直に答えてくれるのではないかと思ったから。それなのに……・何故か逆に捉えるのだろうか。少しでも期待したことが間違いだったのか…。

「中学の頃、寝巻きを気付かないまま、学ラン羽織って行ったことあったよ。体操着に着替える時、気付いたんだけどね。そのくらいかな、気になったことと言えば」
 ようやく会話が成立できた。
 だが、言葉足らずの質問で、私の聞きたい『周りの目』とはズレていた。
「もっと早い段階で気付こうよ……・。鏡見た時、分からなかったの?」
 私は呆れた声で言った。
「全くって言っていいほど違和感なかった。そんなのいちいち確認しないよ。めんどうくさいし」
 本当にあの屋敷の住民なのかと、再び疑った。
 お坊ちゃんと言えば、上品な格好をし、毎日違う服を着用する。そして、喫茶店よりも高級店。木の床よりも大理石の床。位が違うどころか、住む世界自体が違うのだ。
 布野くんには一ミリ足りとも合っていない。程遠いくらいである。

「あ、あのね、私……、実は――――」
 心に秘めていた想いを話した。
 友だちやバイトのこと、そしてあの場所にいた理由。
 嫌われることを恐れるあまり、人の顔色ばかり気にしてしまうこと。 
 言葉選ぶことなく、今まであったことを自分の言葉で言った。話し終えるまで、布野くんは何も答えずただ黙っていた。話を聞いていたかどうかは定かではないが、彼の耳には多少なりとも入っているとは思う。
 どう思われるかは分からない。それでも信じてみようと、話してみようと思ったのだ。
 

 彼の口からは――――同情、共感、無関心、中傷、嘲笑う、冗談、叱るものではなかった。
 

第一章 9[心開く道化者 5]

「また明日ってあるけど、俺は信じられない。今日という日が必ず明日来るわけじゃないじゃないから。人間も動物も、ありとあらゆる生き物は生きると共に、 背中には死というものがあるんだと思う。人間で言えばいつ事故に遭い、病気になるかわからない。動物はいつ食われるか食われないかの世界。今生きているっ てことはすごいことなんだと思う。と言っても、実際に生きているかどうかはわからないけどね。だからさ、もっと自分勝手に生きていいんじゃない?こうしなきゃいけないってわけじゃないんだし。折角生きているんだから楽しんだ方がいいと俺は思うけど」

「私たちまだ学生だよ?死んじゃうことなんてあるわけがないよ……」   

「学生だからとか、年齢なんて関係ないよ。生きている以上誰にでも当てはまるよ。もちろん、赤ちゃんにも。明日何が起きるかなんて誰にもわからない。だからこそ、今を大事に生きていかなきゃって俺は思う。今あるこの風景だって、こうやって長谷川さんと会話している瞬間、流れて行く時間をまた目に出来るとは限らないから」 

「そんな…考えすぎだよ…」 
 内心の動揺は隠しきれなかった。
 そして、すぐに思いだしたのは水兄の顔。いつも一緒にいる。家族のような、兄弟のような存在。家の中では言い合いばかりで、喧嘩もよくする。いざ、二度と会えなくなってしまうことを想像すると、怖い。
 日常の辛さから「生きたくない」「死にたい」と思ったことはある。しかし、本気で死んでしまうことは考えたことがない。いや、むしろ実感なんてわかない。誰だって当たり前のように明日はやってくると思っている。急に突然死んでしまうことなんて想像もつかない。
(私自身だけじゃない…その逆だって…) 
 引っ越してきた頃、ここには水兄のお母さんも一緒にいた。
 病院で入院しているところしかみたことがなく、いつも会うのは病室であった。よく水兄と一緒に病院へ通ったのを覚えている。小さかった私は何の病を抱えているのか知らず、それは今でも聞いていない。
 そうして出会ってから一年半後、天国へ行ってしまった。
 どうして生まれきたのに会える時間は少ないんだろう……

 考えに耽っていた。少し目を瞑ったつもりだったが――――起きたら、そこはベットの上だった。

 陽だまりの匂いがする匂いとふかふかの感触は高級人の特権である。それを今日初めて体験したのだったが、敷布団で寝ている私にとっては身体の節々が痛い。久しぶりの運動をした次の日の筋肉痛のようだ。
 それよりも一体ここは何処なのだろうか……

 コンコンッ。
「失礼いたします。おはようございます。お目覚めになられましたか?」
 扉の叩いたのは中村さんであった。
 とすると、ここは布野くんの家となる。
「あ、はい…。あの、どうしてここに…覚えてなくて…」
「ぐっすり眠っていらっしゃったので覚えてないのも当然ですね。立ち話もなんですから、朝食を取りながらお話しいたしましょう」
 どうやら、瞼を閉じた後眠ってしまったらしい。そうしてここへ来たのが経緯のようだ。
 朝食を食べながら、中村さんの話しに耳を傾けた。
 「それから口数も減り、笑うこともしなくなってしまったのですよ」
 両親はすでに他界しており、彼らの友人の中村さんが彼の面倒をみることになったそうだ。布野くんには年の離れたお姉さんが一人いた。だが、彼が小学生の頃、ある日突如姿を消してしまったという。捜索願を出したが、見つからず行方知れずのままであると言う。

「無口で分かりづらいかもしれないですが、長谷川様のこと心配なさっているのだと思いますよ」

「布野くんって家でもこんな感じなんですか?いきなり変なこといい出すんですよ。こっちは真面目に言っているのに、変なこと言ってくるし、読めないです」

 笑いながら言った。

「小さい頃から相手を思いやる気持ちは変わらないままですよ」


布野家を出た後、学校へ行った。時計の針は十二時を過ぎていた。










第一章 10[ともだち]

  勇気を出して教室の扉を開けた。
 教室内の視線が一点に向けられる。周囲と目を合わせないように視線を下に落として、席に着いた。
 ざわざわと笑い声が聞こえてくる。
「その傷どうしたのよ?」
「ずいぶん休んでたけど、何かあった?」
 中には興味本位で話しかけてくる人もいる。心配そうな素振りをしながらも、心の中では笑っているに決まっている。
 いつもは転んだんだよねって嘘をつくが、今回は何も言わずに無視をした。
 話したところで笑いの対象にしかならない。
「授業中だぞ。雑談するものは宿題倍にするからな」
 先生が注意をすると、一気に静かになった。
 
「今日はここまで。気をつけて帰れよ」 
 授業が終了すると、教科書を鞄につめて階段を下りた。
 一刻も早くこの場から離れたい。
 彼女たちと顔を合わせたくなかった。
 だが、下駄箱で履き替えようとしていると、前後から挟み撃ちされてしまった。
「本当、馬鹿よね。要領が悪いというか。ま、私には関係ないけど」
「逃げられるとでも思ってんのか」
「もう帰りましょうよ」
 未樹に限っては飽きている様子。
「いちいちつっかかってくるのやめてくれない。嫌なら関わってこなきゃいいじゃない」
 はぁ、めんどくさっ…… 
 こんな人たち、相手にするだけ時間の無駄。反抗する気持ちも薄れていた。ただもう関わりたくない。
「はぁ?!調子に乗ってんじゃねぇよ!」
 紗希はもっていた鞄を投げ捨て、私の胸倉をつかんだ。
「これは…これは…、全然怖くないね」
「怖いんじゃなくて?」
「ああ言う人に限って暴力でしか表現できないんだよ。飛鳥、もっと怖いものは世の中に溢れてるから」
 入院中のはずの火男くんは車椅子に乗っている。世間知らずのお坊ちゃんは世の中について語っている。全く説得力がない。 
「紗希後ろよ」
「あぁ?何あんたら?」 
 つかんでいた胸倉を離して彼らの方へ向いた。
「覚えてない?」
 火男くんはひょっとこのお面を取り出して、彼女たちに見せた。
「あん時の奴かっ…!」
「病んでるのは私たちの脳みそって言ってた人ですね」
「未樹、意外と人の話し聞いているのね」
 知り合いだったんだ。
 知らなかった。
 世間って案外狭いものだ。
 
「長谷川さんと話したいんだけど、いいかな?」
 私の名前を口にされた時、
 ドキっとした。
「ぶはっははは。聞いたか、亜季?こんな奴に話し相手いるわけがないでしょ」
「いようがいまいが、私には関係ないわ」 
 こういう冷血女は自分にしか興味がない。
  
 布野くんは前に来て、 
 ひらひらと三枚の紙を揺らしながら、彼女たちに見せるようにして言った。
「ここにライブチケットがあります。どのライブでもみることが可能」
 見え見えの嘘を―――こんなものに引っかかるものは―――、いた。
「これまじだぜ、まじ!!!」
 紗希は目を見張るようにしてチケットを見ている。
 その様子は興奮しているのか、目が輝いている 。
「しかも今なら無料」
「ただかよ?!」
 彼女たちはこの後、足が痺れるような場所へ踏み入れることとなる。



第一章 10[ともだち 2]

「足どうして怪我したの?」
 飛鳥は期末テスト後に教室から飛び降りたのだ。その時に足を骨折してしまったのである。骨折だけで済んだのが大いにある救いでもあった。
 火男くん曰く、足を滑らせた猫を助けようとしたところ、怪我してしまったらしい。その赤い首輪のつけた黒猫はどこかに逃げていってしまった。走れる元気があるなら、きっと大丈夫かなと火男くんは安堵していた。
「火男くんでもドジることあるんだね。ちゃんと後先考えないとよくないよ」
「もっと運動神経がよかったらいいんだけどね。まぁ、気が付く体が動いているというか…」 
 私は意外だと思った。
 運動神経抜群で、サッカーなどの部活動に入っているイメージがあった。昼休みや放課後、友だちとグランドで遊んでいるような。
「無茶しすぎるんだよ、飛鳥は。そこがいいところでもあるんだけどね」
 布野くんは車椅子に乗っている彼を押している。
  
「ずっと気になっていたんだけど、学校へ何しに来たの?」
 現在学校を離れて、信号が赤になっているのを待っている。
 彼女たちが去った後、火男くんたちは校舎内に入ることはなかった。
 一体何のためにここへきたのか気になっていた。
「ああ、それならもう用事は済んだよ。なっ、心?」
「うん」
 それから彼らと分かれて、私はバイト先へと行った。
 偶然良く店長さんがいて『もう大丈夫です。またここでバイトさせてください』と言った。すると、『新しいシフト作っておいたよ。またよろしくお願いします』と言って笑ってくれていた。
 
 その頃、飛鳥と心は―――。
「抜け出したの怒られるかな」
「俺でも行かない選択はしなかったよ。怒られたってたかが知れてるよ」
「そうだね。行かなかった方が後悔してたよ、きっと」
 その後、勝手に抜け出したことがバレてお叱りを受けることとなる。



学校を欠席して、紗希と未樹はライブ会場を捜していた。
「ったく、こんなとこにあんのかよっ…」
「結局亜季は来なかったですね~」
 本当は三人でいく予定が亜季だけ待ち合わせ場所へ来なかったのだ。
「ここ何もないですよ~」
「地図にはここだって書いてあっから、間違いないんだけどな」
 捜しまわること数十分。
 大きな建物はあってもビルやショッピングモールばかり。ライブをするだけの広い建物は見当たらない。
 イライラしてきた紗希は道を尋ねることにした。
 言っておくが、紗希は初対面の相手でも慣れ慣れしく話す。つまり、敬語を使うという礼儀をわきまえてないのだ。
「ここ捜しているんだけど知らないか?」
 声をかけたのは着物を羽織るお坊さん。空いているのか空いていないのかわからない細い目をして神社の前で立っていた。
「それなら、こちらですよ」
「えっと、私らはお寺に用はないんだけど・・・」
「さぁ、中へどうぞ。予約は承っております」
「はぁ?!予約なんてしてねぇぞ!」
「ふわぁぁ、素敵なお寺ですね~」
 いつも話しながら携帯を使う未樹は、彼女の手には携帯がない。
 そしてお坊さんの隣に並んで歩いている。
「ライブ会場捜してんだよ!なんで寺なんかに来なくちゃならないんだよ。って何で未樹は楽しそうなんだよっ!」
「いいじゃないですか、こっちの方いいですよ」
「頼武なら私の名前でございます。これでも私、バンドを組んでまして、今でも趣味で歌を歌うんです。一人で練習をしても誰も聞いてくれず、悲しくて…。思いきって頼武コンサートを始めたのです。さぁ、まずは精神統一から座禅を始めましょう」
 彼女たちの一日はお坊さんによる頼武コンサートで終わった。

 学校では―――。
「あの二人、直以上に馬鹿ね。あんな手に騙されるなんてどうかしてるわ」
 亜季はちゃんと学校へ来ていた。


この本の内容は以上です。


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