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第一章 9[心開く道化者 2]

住宅街の一角に、一際目立つ屋敷がある。

外部は塀で囲まれ、入口には背丈の二倍以上の大きな門がある。

布野家の中へ入るととても一般庶民では考えられない光景が飛び込んできた。子どもが遊ぶ大きさのすべり台、じゃんぐるジム、ブランコ、砂場。一軒家三個分の畑。そして『誰でもご自由にどうぞ(温泉)』と書かれた建物がある。そこからは人が出入りしている。

 屋敷の前にくると、スーツを着た男性がお辞儀をして、こう言った。

「ようこそ、いらっしゃいました。執事の中村と申します。以後お見知りおきを」

 執事というのは年相応の人のイメージがあったが、彼は若そうに見える。

「ご迷惑をかけてしまってすみません!!

 私は深々と頭を下げた。

「ご無事で何よりでございます。私はむしろ嬉しく感じております。立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」

 彼は笑顔で屋敷に案内した。

 

屋敷の中は螺旋状(らせんじょう)の階段に、模様柄の赤い絨毯(じゅうたん)、高級そうな(つぼ)。どれも高価そうなばかり。ガラス性の透明のテーブルは指紋一つなく、綺麗に輝いている。

 布野くんは私の働くコンビニでお弁当を買いにきたこと。学校帰りの歩いて帰る姿。喫茶店を利用。彼の行動と性格から、とてもお金持ちには見えない。彼がここに住んでいるとは信じられない。

テーブルの上には中村さんが持ってきた紅茶と洋菓子が置いてある。

「座ったら?」

と言うと、布野くんは一番上にあるいちごをフォークでさし、一口で口に入れた。

「私帰るから。今日はありがとう」

「長谷川さんが出ていくなら、俺が出て行く」

 二口目に生クリームとスポンジケーキの半分を食べた。

「何を言ってるの。ここ布野くんの家でしょう?何で布野くんが出て行くの」

「行く当てもないのに、どこに行くつもり?」

 三口目にはお皿の上にケーキはなくなっていた」。

「勝手に決めつけないでくれる?私がどこに行こうが布野くんには関係ない」

 

 

私は布野家を出た後、このまま家に帰る気もせず、当てもなく歩いていた。

日が落ち始める頃の夕暮れは眩しい。歩く道路の先には、陰が映っている。私の長い髪と、手に持つ鞄がくっきりと。そして私の他にもう一人の陰がある。

「だからっ……、何で着いてくるの!」

 振り向いて叫んだ。

「家こっちだから」

「あんたの家は十分前に過ぎたでしょうが!」

「俺がどこへ行こうが、長谷川さんには関係ないと思うけど」

板チョコを手に持って食べている。

「勝手にすれば!」

 歩くこと数時間、辺りはもうすっかり暗い。徐々にすれ違う人が少なくなっていき、ついには誰ひとり周りにはいない。例外を除いては。

足が痛くなってきた私は。公園にあるベンチに座った。

こいつがいなければ、こんなに歩くことにはならなかったのにっ…

「お腹減った…」 

 となりにいる布野くんは、夜空の星を見ながら言った。

「後悔してるくらいなら、ついてこなきゃよかったじゃない」

「誰も後悔してるとは言ってないけど。どれも選んでもこっちを選んでたよ」 

 ドキッ。

もしかして、心配してくれているの……?

「あ、ありが―――」

「長谷川さんに死なれたら、行けなくなるから」

 行けなくなる……って?彼の言っていることが理解できない。私はいつ死ぬことを言ったのだろうか。そもそも死ぬつもりなんて毛頭ない。

 そもそも彼が何故付いてきたのかが分からない。

「布野くんは一体何をしにここへきたの?」

「何って。ケーキバイキング。行くって約束忘れたの?もう忘れたんだ。人間ってあっさり裏切るものなんだね」

 後半は棒読み気味に言った。

「今何時だと思ってるの?夜だよ、夜。ケーキ屋が空いてる時間帯だと思う?空いてるのはコンビニくらいね。大体バイキングなんて一人でも行けるでしょ―――ってちょっと」

「一人でケーキ食べたってつまんないよ。誰かと一緒に食べた方のがおいしいから。コンビニのデザートで我慢するから」

 引っ張られながら、コンビニの中へ入っていた。










第一章 9[心開く道化者 3]

 しかし、何も買わずにコンビニを出た。

デザートコーナーにあるのはプリンしか残ってなかったのだ。それ以外はすべて売れ切れ。

「明日また買いにきたら?今日だけ品薄状態だったんだよ」

 そう、たまたま今日は運が悪かっただけのこと。明日にでもなれば、きっと並んでいるから。

「長谷川さんって親の手伝いする人?」

「えっ、あ、出来ることなら、するかな。何で?」

 彼は唐突に話しを変えることが多い。話しの展開についていけないことがある。

「別に。家どこ?送っていくよ」

何を考えているのかわからない。

表情に出ない分、余計に考えが読めない。

楽しい時は笑い、悲しい時は泣いて、人間には喜怒哀楽がある。犬ですら尻尾を振って喜んだ顔をする。それにも関わらず、笑った顔を見たことがない。好物なケーキを食べている時でさえ、無表情。

だが実際こう言う人に限って、何も考えていなかったりするものだ。

 

 

 ふと足が止まった。

 水兄と顔を合わせるのが気まずい。今日は無断で学校を休んでしまった。きっとこのことはもう彼の耳に入っているはず。絶対に何をしていたのか聞かれるに違いない。まさか、知らない人に会って殺されかけたなんて言えない。

 重い足どりで歩くと、玄関の前には水兄がいた。

「ただいま」

 視線をそらして言った。

「こんな時間まで、何をやってたんだ。今朝学校から電話があって、お前のこと聞かれたぞ。学校に行ったんじゃないのか?」

「……」

私は何も言うことが出来ず、黙ってしまった。

学校へ行く途中で具合が悪くなったなんて嘘もつけない。今の状況で友達と遊んでいたと言えるが、何も知らない布野くんのことを、つっこまれたら答えられる自信がない。

「彼氏とデートしていたなら、そう素直に言えよな」

「なっ……違う。断じて違う!」

「遊ぶのはいいが、ちゃんと学校は行けよ。あと無断欠席はするなよ」

「……水兄には関係ない。私が何をしようが関係ないだろ!

水兄はいつもそう。勝手に話しを進めて、ちっとも聞いてくれない。私だって子どもじゃない。水兄に言われなくたってそんなこと分かってるよ!勉強だってしてる。家ではしてないけど、見えないとこでちゃんとしてるよ。勝手にどうとか決めつけないでよ!」

 頭にきて自分の気持ちを抑えきれなくなった。

「前にも言ったはずだ。こんなとこで(つまづ)ていっていおう勝手

そう言って、家に戻って行った。






第一章 9[心開く道化者 4]

もう何もかも嫌だ。

学校も、家も、バイトも上手くいかない。

いつ歯車が狂ったんだろう。

こんなことを望んでいたんじゃない。

私はただ友達が欲しかっただけなのに……

 

小さい頃は自然に友達と遊んでいた。一緒に宿題を解きあったり、外で(おに)ごっこやかくれんぼをした。日が暮れるのが早くて、いつも帰るのが遅くなって水兄には怒られていたっけ。みんなといるのが楽しくて、誰ひとり悪口を言ってからかう人もいなかった思う。  

中学に上がると、仲良しの友達とは別々になった。

その時は、普通に小学校の時と同じように話せると軽い気持ちでいた。でも現実はそうじゃなかった。表では仲良さそうに見えて、実は嫌っている。本人がいないところで陰口を言って、同意を求められたりした。『直だってそう思うでしょ?』と。私は『そうだね』って言って笑うことしかできなかった。私も同じようになりたくなかった。友だちから嫌われたくないから。私の頭には、嫌われた後の孤独が恐怖で離れなかったのだ。

その時から周りに合わせることを覚えた。

 



 家には帰らず、商店街にきていた。

昼間のにぎわいが嘘かのように静かだ。もちろんだが、誰ひとり人はいない。たまに酔っ払いの男性がよろけながら歩いてくるくらいである。

シャッターの閉まったお店の前で、体育座りに座った。すると、彼も真似て座った。

「……いつまでついてくるつもりなの」

金魚のフンのようについてくる彼の存在に、イライラしていた。全く帰る気配すら見えない。

「帰りたくなったら、帰るよ」

「迷惑だって言ってんの!それくらいも考えられないの?邪魔だから、さっさと帰ってよ」

 怒りの頂点に達した私は怒鳴った。

「古賀先生と似てる」

 又しても突拍子のないことを言いだした。

「似てるってどこが?」

「怒っている姿が、ただ大声で叫んでいるようにしかみえないところ」

 その瞬間、私は怒鳴っても無駄であると言うことを理解した。

 彼は合わせて相槌を打つわけでも、気を使うわけではない。愛想笑いをしてその場を取り繕うともしない。紗希たちみたいに馬鹿にして笑うこともしない。空気が読めないくらいに直球でくる。

「周りの目とか気になることある?」

 遠回しに彼の意見を聞いた。

「目の周りは…たまにくまができてるくらい」

「逆!それにくまは目の下でしょ!」

 すかさずツッコミを入れた。

 コントをしたいがために、質問したわけではない。彼なら率直に答えてくれるのではないかと思ったから。それなのに……・何故か逆に捉えるのだろうか。少しでも期待したことが間違いだったのか…。

「中学の頃、寝巻きを気付かないまま、学ラン羽織って行ったことあったよ。体操着に着替える時、気付いたんだけどね。そのくらいかな、気になったことと言えば」
 ようやく会話が成立できた。
 だが、言葉足らずの質問で、私の聞きたい『周りの目』とはズレていた。
「もっと早い段階で気付こうよ……・。鏡見た時、分からなかったの?」
 私は呆れた声で言った。
「全くって言っていいほど違和感なかった。そんなのいちいち確認しないよ。めんどうくさいし」
 本当にあの屋敷の住民なのかと、再び疑った。
 お坊ちゃんと言えば、上品な格好をし、毎日違う服を着用する。そして、喫茶店よりも高級店。木の床よりも大理石の床。位が違うどころか、住む世界自体が違うのだ。
 布野くんには一ミリ足りとも合っていない。程遠いくらいである。

「あ、あのね、私……、実は――――」
 心に秘めていた想いを話した。
 友だちやバイトのこと、そしてあの場所にいた理由。
 嫌われることを恐れるあまり、人の顔色ばかり気にしてしまうこと。 
 言葉選ぶことなく、今まであったことを自分の言葉で言った。話し終えるまで、布野くんは何も答えずただ黙っていた。話を聞いていたかどうかは定かではないが、彼の耳には多少なりとも入っているとは思う。
 どう思われるかは分からない。それでも信じてみようと、話してみようと思ったのだ。
 

 彼の口からは――――同情、共感、無関心、中傷、嘲笑う、冗談、叱るものではなかった。
 

第一章 9[心開く道化者 5]

「また明日ってあるけど、俺は信じられない。今日という日が必ず明日来るわけじゃないじゃないから。人間も動物も、ありとあらゆる生き物は生きると共に、 背中には死というものがあるんだと思う。人間で言えばいつ事故に遭い、病気になるかわからない。動物はいつ食われるか食われないかの世界。今生きているっ てことはすごいことなんだと思う。と言っても、実際に生きているかどうかはわからないけどね。だからさ、もっと自分勝手に生きていいんじゃない?こうしなきゃいけないってわけじゃないんだし。折角生きているんだから楽しんだ方がいいと俺は思うけど」

「私たちまだ学生だよ?死んじゃうことなんてあるわけがないよ……」   

「学生だからとか、年齢なんて関係ないよ。生きている以上誰にでも当てはまるよ。もちろん、赤ちゃんにも。明日何が起きるかなんて誰にもわからない。だからこそ、今を大事に生きていかなきゃって俺は思う。今あるこの風景だって、こうやって長谷川さんと会話している瞬間、流れて行く時間をまた目に出来るとは限らないから」 

「そんな…考えすぎだよ…」 
 内心の動揺は隠しきれなかった。
 そして、すぐに思いだしたのは水兄の顔。いつも一緒にいる。家族のような、兄弟のような存在。家の中では言い合いばかりで、喧嘩もよくする。いざ、二度と会えなくなってしまうことを想像すると、怖い。
 日常の辛さから「生きたくない」「死にたい」と思ったことはある。しかし、本気で死んでしまうことは考えたことがない。いや、むしろ実感なんてわかない。誰だって当たり前のように明日はやってくると思っている。急に突然死んでしまうことなんて想像もつかない。
(私自身だけじゃない…その逆だって…) 
 引っ越してきた頃、ここには水兄のお母さんも一緒にいた。
 病院で入院しているところしかみたことがなく、いつも会うのは病室であった。よく水兄と一緒に病院へ通ったのを覚えている。小さかった私は何の病を抱えているのか知らず、それは今でも聞いていない。
 そうして出会ってから一年半後、天国へ行ってしまった。
 どうして生まれきたのに会える時間は少ないんだろう……

 考えに耽っていた。少し目を瞑ったつもりだったが――――起きたら、そこはベットの上だった。

 陽だまりの匂いがする匂いとふかふかの感触は高級人の特権である。それを今日初めて体験したのだったが、敷布団で寝ている私にとっては身体の節々が痛い。久しぶりの運動をした次の日の筋肉痛のようだ。
 それよりも一体ここは何処なのだろうか……

 コンコンッ。
「失礼いたします。おはようございます。お目覚めになられましたか?」
 扉の叩いたのは中村さんであった。
 とすると、ここは布野くんの家となる。
「あ、はい…。あの、どうしてここに…覚えてなくて…」
「ぐっすり眠っていらっしゃったので覚えてないのも当然ですね。立ち話もなんですから、朝食を取りながらお話しいたしましょう」
 どうやら、瞼を閉じた後眠ってしまったらしい。そうしてここへ来たのが経緯のようだ。
 朝食を食べながら、中村さんの話しに耳を傾けた。
 「それから口数も減り、笑うこともしなくなってしまったのですよ」
 両親はすでに他界しており、彼らの友人の中村さんが彼の面倒をみることになったそうだ。布野くんには年の離れたお姉さんが一人いた。だが、彼が小学生の頃、ある日突如姿を消してしまったという。捜索願を出したが、見つからず行方知れずのままであると言う。

「無口で分かりづらいかもしれないですが、長谷川様のこと心配なさっているのだと思いますよ」

「布野くんって家でもこんな感じなんですか?いきなり変なこといい出すんですよ。こっちは真面目に言っているのに、変なこと言ってくるし、読めないです」

 笑いながら言った。

「小さい頃から相手を思いやる気持ちは変わらないままですよ」


布野家を出た後、学校へ行った。時計の針は十二時を過ぎていた。










第一章 10[ともだち]

  勇気を出して教室の扉を開けた。
 教室内の視線が一点に向けられる。周囲と目を合わせないように視線を下に落として、席に着いた。
 ざわざわと笑い声が聞こえてくる。
「その傷どうしたのよ?」
「ずいぶん休んでたけど、何かあった?」
 中には興味本位で話しかけてくる人もいる。心配そうな素振りをしながらも、心の中では笑っているに決まっている。
 いつもは転んだんだよねって嘘をつくが、今回は何も言わずに無視をした。
 話したところで笑いの対象にしかならない。
「授業中だぞ。雑談するものは宿題倍にするからな」
 先生が注意をすると、一気に静かになった。
 
「今日はここまで。気をつけて帰れよ」 
 授業が終了すると、教科書を鞄につめて階段を下りた。
 一刻も早くこの場から離れたい。
 彼女たちと顔を合わせたくなかった。
 だが、下駄箱で履き替えようとしていると、前後から挟み撃ちされてしまった。
「本当、馬鹿よね。要領が悪いというか。ま、私には関係ないけど」
「逃げられるとでも思ってんのか」
「もう帰りましょうよ」
 未樹に限っては飽きている様子。
「いちいちつっかかってくるのやめてくれない。嫌なら関わってこなきゃいいじゃない」
 はぁ、めんどくさっ…… 
 こんな人たち、相手にするだけ時間の無駄。反抗する気持ちも薄れていた。ただもう関わりたくない。
「はぁ?!調子に乗ってんじゃねぇよ!」
 紗希はもっていた鞄を投げ捨て、私の胸倉をつかんだ。
「これは…これは…、全然怖くないね」
「怖いんじゃなくて?」
「ああ言う人に限って暴力でしか表現できないんだよ。飛鳥、もっと怖いものは世の中に溢れてるから」
 入院中のはずの火男くんは車椅子に乗っている。世間知らずのお坊ちゃんは世の中について語っている。全く説得力がない。 
「紗希後ろよ」
「あぁ?何あんたら?」 
 つかんでいた胸倉を離して彼らの方へ向いた。
「覚えてない?」
 火男くんはひょっとこのお面を取り出して、彼女たちに見せた。
「あん時の奴かっ…!」
「病んでるのは私たちの脳みそって言ってた人ですね」
「未樹、意外と人の話し聞いているのね」
 知り合いだったんだ。
 知らなかった。
 世間って案外狭いものだ。
 
「長谷川さんと話したいんだけど、いいかな?」
 私の名前を口にされた時、
 ドキっとした。
「ぶはっははは。聞いたか、亜季?こんな奴に話し相手いるわけがないでしょ」
「いようがいまいが、私には関係ないわ」 
 こういう冷血女は自分にしか興味がない。
  
 布野くんは前に来て、 
 ひらひらと三枚の紙を揺らしながら、彼女たちに見せるようにして言った。
「ここにライブチケットがあります。どのライブでもみることが可能」
 見え見えの嘘を―――こんなものに引っかかるものは―――、いた。
「これまじだぜ、まじ!!!」
 紗希は目を見張るようにしてチケットを見ている。
 その様子は興奮しているのか、目が輝いている 。
「しかも今なら無料」
「ただかよ?!」
 彼女たちはこの後、足が痺れるような場所へ踏み入れることとなる。




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