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第一章 3[ボランティア清掃]

 四月の初めに、毎年学校の恒例で一年生は「ボランティア清掃」がある。
 今年は日曜日を使って、丸一日がかりで掃除することになっているのだ。
 毎年、場所は変わるが今年は山の上にあり、到着地に辿り着くまでに2時間かかる。
「話しは聞いていると思うけど、毎年行っているボランティア清掃が今週にあるから。無断欠席、遅刻はしないように。じゃあ、授業始まるよ」
 風邪や病気ではない限り、休むことは許されないのだ。
 掃除の話しが出ると生徒たちは苦そうな顔をして、周りとひそひそ話をし始める。 
 その中の一人、私もボランティア清掃には心苦しい思いであった。部屋の片づけでさえ苦手で、足の踏み場がないほど散らかっている。とても他人を上がらせることはできない。
 教科書類や辞書類の置き勉というものは一切しない。その日に持ち帰り、必要があれば学校へもってきている。
 うぅ、掃除かぁ・・・学校行事だからどうすることもできない。

 私は心の中で、いっそう雨でも降って中止になることを祈っていた。
 
 
 帰宅。
「今週の日曜日、ボランティア清掃あるから」
 夕食を作っている水兄にそのことを伝えた。
「一番に似合わない言葉だな。まともに部屋も片付けられないくせに、ボランティアなんて務まるのかよ。ま、せいぜい足手まといにならないこったな」
 完全な嫌味に私は闘争心が芽生えた。
 ムッカつく!ムッカつく!
 いつも偉そうで優しさ欠片もない。無理しないようにとか声掛けられないわけ。

 よっしゃっ!待ってろよ。絶対きれいにさせるんだから。
 汚れてもいい服に着替え、ゴミ袋を用意し、腕をまくって作業にとりかかった。
 まずは食べかすや落ちているゴミを片付け、その辺に脱ぎっぱなししている服をハンガーにかけた。そして、洗濯する服としない服を分けた。
 こ、これはっ・・・とりあえず、廊下に置いておこう。
 数か月経ったペットボトルの中身は茶色に変色していた。
 
 三十分経過。
 床が見え、さらに足の踏み場が出てきた。
「私やればできるじゃないかっ!実はやればできる子なんだな。水兄今に見とれ!ぎゃふんと言わせてやる」
 自分自身に感心しながら、次に雑誌や教科書、漫画、資料の整理にとりかかった。
 
   
 二階部屋からはドンドンと怪獣のような足音がしてくる。
 ここは二階建てのアパートなので、他の部屋にも住民が住んでる。しかも夜遅くに掃除をするのは近所迷惑だ。
 俺は静かにするように注意しに行った。
「おい、掃除すんならもう少し静かにやれよ・・・何だこれは」
 ドアを開けてハムに呼びかけると、モノがたくさん散乱していた。
 廊下にはゴミ袋五袋と山積みの洗濯もの、不気味なペットボトル、段ボールが置かれている。確かにゴミはあるはずなのに、部屋の中は全く綺麗になっていない。
「全然片付いて――――」
 押入れの方へ目を向けると何故この状況になったのかすぐ理解できた。
 ハムは俺がいることに気付かず、黙々と何かを書き続けている。
 ペンのキュッキュッした音がどうも心地悪い。
 ハムが書いたものを拾うと、そこにはティッシュの上にビニールが被られた「てるてる坊主」があった。笑い顔、怒り顔、悲しみ顔とさまざまな種類のてるてる坊主があった。
「おい、何やってるんだ」
 俺はハムの持っている、てるてる坊主を取り上げた。
「見ろ見ろっ!おばさんが私に初めて買ってくれた本なんだ。懐かしいなぁ~」
 嬉しそうに言った。 
 その本は『天気のおじまない』という題名である。靴を投げて、表だと晴れ、裏だと雨、という子ども向けの絵本である。その中にてるてる坊主のことも書いてあり、それを見て作ったに違いない。
 てるてる坊主を何故作ったのかも、何となく見当がつく。
「まず張り切って掃除を始め、事は順調に進んだように見えたが落とし穴があった。本を片付けているうちに、それに目が行って漫画を読んでしまう。話しの続きを読もうと思ったけど、いくら捜しても見つからない。そして、押入れに手をだした。ちょうどその本を見つけて、雨が降る方法を思いつく。それで今てるてる坊主を書いているということだ。俺の推理は間違っているか?」
「すっげーな!ホームズみたいだな」
 今の状況を見て、分からない方がどうかしている。
 まぁ、今日は大目に見てやるか。
 俺は休憩の為に用意してあったケーキと紅茶を、ハムに食べるように言った。勿論、押入れに入っているものを片付けてから。



 そして当日は、雲一つない快晴で、てるてる坊主の効果は無念にも空しく終わった。
 今日は特別暑く、風もない最悪な天気。こんなに遠いなんて本当に・・・暑い上に片道二時間ほどかかるというダブルが重なっている。目的地に到着するまでに体力が奪われてしまう。
 こんなことから風邪を引いたほうが良かった。
 

 班ごとに分かれて清掃活動を行った。
 同じ班の女子たちは茂みに隠れて怠けていた。
「もう、嫌だ。くそ暑いし、疲れるし。ああもうっ、喉渇いた~」 
「休まなきゃやってらんないよ。この辺隠れてれば、ばれないから大丈夫っしょ」
「こっそり水持ってきたんだけど、飲む?」
 私たちの班は他と違って、サボっていても気付かれない少し離れたところになる。先生たちの目も行きとどかないのか、一度も来ない。
 
 運び係りは男子が行い、私の班は男子がいないので代わりに私が運ぶ係りをすることになった。草などの雑草取りなら軽いけど、雑誌や本棚、自転車、テレビ、椅子、机などの重たいものが多い。家庭内のゴミが、この山に捨てられていくのだ。つまり何者かが捨てなければ、大変な思いをして掃除をすることはない。
 ったく、何で私たちが片付けなきゃいけないの。捨てたもんは自分で片付けろってんだ。
「直、こっちもお願いね」

 はぁ、重たいな・・・
 今までの中で一番重い、大きめのテレビ運んでいた。目の前の視界がテレビに遮られ、足元がよく見えない。石や障害物につまづかないように、慎重に歩いた。
 あ、あれ・・・?
 当然荷物が軽くなったのだ。
「重たいでしょ。こっち持って」 
 何も言う隙間がないまま、私の手には軽い袋が握られていた。
「その代わり、こっちの袋お願いね」
 黒髪の耳のくらいまである眼鏡をかけた少年は去って行った。
 一体、あの人誰だったんだろう?
 お礼を言う前に彼は行ってしまった。

 ある班ではもう終わり、片付けの準備や帰る支度をしている人たちがいた。
 私たちの班はまだ運び終えていないものが多くある。女子たちがサボっているのも要因だが、もう一つはここには男子がいないということに問題がある。各班に男女に組み合わさっているのに。

「別の班もう終わったってまじ?」 
「じゃあ、私らも終わり終わり。さっさと行こっ」
 まだ清掃が終わっていないのにも関わらず、帰って行った。
「まだ残っているのに・・・よし!」
 数分をほど座りこんで休んだ後、自分に喝を入れた。
 
 うわぁぁぁ、あ、あぶないっ・・・
 小型の長方形の本棚を運んでいる最中転びそうになった。
 本当持ちにくいなぁ。 
 学生がやるようなゴミ拾いじゃない。ペットボトルや紙くず、空き缶などの小物のゴミに加えて大きなゴミがある。
 弱音なんて吐いていられない。とにかく今はやるしか為す術はない。

「無断欠席と遅刻は罰があるんじゃなかったっけ?」
「明日居残りで清掃」
「遅刻して古賀先生に怒られたりしない?」
「一日一回は怒られているけど、先生の話すの好きだったりする。為になること多いから」
 さっき会った眼鏡をかけた少年が男子生徒と話しているのを見かけた。
 お礼言わなきゃっ・・・。でも、どうも知らない人に声をかけるのはどうも勇気がいる。
 少年は私ががおどおどしていることに気付き、こっちに近づいてきた。
「さ、さっきはありがとうございます」 
 私はお辞儀をして言った。
「何のこと?」
 不思議そうな顔した。
「テレビ運んで頂いたことです。では、失礼します」
 再度お辞儀をして、走って自分の持ち場に戻った。

「手伝うよ。一人よりも数人の方が楽しいし、体力も二つに半減するから」
 先ほどの少年が声をかけてきた。
 私は一人友達がいないかわいそうな人、同情されているような気持ちになってきつい言葉を言った。
「これくらい一人で出来ますから。はっきり言って迷惑です」 
 
 だが、少年は私の言葉に眼中がないのか、聞いていないのか黙々と作業をこなしている。
「ねえ、この袋もう持ってていい?」
「だっから、手伝わなくて結構です。私一人できますからっ!」
 彼の持っている袋を取り上げて言った。
 
「う~ん・・・じゃあ、さっきの借りでどう?だから俺にも手伝わせてよ」
 つまりさっき私のゴミ袋を勝手にすり替えたから、それでお相子にしてほしいと言うのだ。私は助けて貰った側なのに・・・全然お相子じゃないし。
 心の中でそう思っていたが、あえて口には出さなかった。相手の好意は素直に受け取るべきだと思ったから。
「手伝ってくれてありがとう」
 その後『片付けるの下手、見ていられなかったんだよね』と毒舌を吐かれた。
 悪意はないんだろうけど、初対面に対して失礼すぎる。
 
 彼の名は――――――火男飛鳥といった。






第一章 4[甘党一人 勉強二人]

 ボランティア清掃も終わり、落ち着いたと思えた頃のことであった。
 私の通う高校は無駄に行事が多く、もう第一回目の定期テストが始める。
 ここは進学校で一番に勉強に力を入れている。遅刻は許されなければ、授業中の勉強以外の会話や携帯の使用は固く禁じられている。
 服装や髪の毛の色に関しては自由。ピアスや茶髪、スカートの丈を短くしようが、勉学さえしっかりしていればいい。この学校にとって勉強が大事なのである。
 そして、定期テストで一つでも赤点を取ったものは、強制的に夏休みは朝から晩までみっちり補習を受けなければならなくなる。

 私はついこの前知り合った火男くんと喫茶店に来ていた。
『今日の放課後空いてるかな?定期テストも近いことだし勉強していかない?』
『うん、いいよ』
 といったぐあいに誘われたのだ。
 
 そして今私は目の前にいる布野心という少年を紹介されている。
「え~っと、彼は布野心。俺も最近知り合ったばかりだから分からないけど、個性的な人かな」
 私は彼を見たことがある。
 あの時、火男くんの隣で会話をしていた男子生徒である。そう、髪は茶髪で肩につくか、つかないくらいで、髪を後ろで縛りまとめている。小柄であんまり背が高くない。火男くんと会話をしていた時、それが最初に目が付いたのを覚えている。
「火男くんとはほんとついこの前知り合ったばかりで、長谷川直なんですがっ・・・」 
 ちょっとっ!
 話しかけているのに、布野くんは全く聞く耳を持っていない。普通サイズよりも量の多いストロベリーパフェを顔色一つ変えずに、口に入れている。
「遅刻ばっかりして、古賀先生に毎回怒られている人聞いたことない?俺は小耳に挟んでいたんだけどね」
 入学してまだ一か月も満たないうちに、有名人になっているとは。毎回のように注目を浴びるようなことをしていれば、嫌でも目立つ。だが、私は知らなかった。
 それよりも古賀先生を相手に平然にいられるとは只者ではない。中学の時からいろんな意味ですごい先生がいると聞いたことがあったのだ。
「ケーキ一つ」
 パフェを食べ終わった後、次はモンブランケーキを頼んだ。
 えええっ、ま、まだ食べるの?!!
「甘いもの好きなんですか…?」
「生きていけない。もしなかったら、俺はここに生きてない」
 私はこの言葉でようやく火男くんの言う個性的というものを理解した。そして、火男くんが優しいということも。
 変、変な人、変わってる、変人に尽きる。

「遅刻してて、勉強とかどうしているんですか?」
 授業の内容だって分からなくなってしまうし、毎回誰かのノートを写させてもらわなければならなくなる。
「授業なんてまともに聞いたことがない。つまんないし」
 はい・・・?
「テストとかどうするんですか?」 
「興味のあることはする、興味のないことはしない。それだけ」
 何この人・・・。
 世間知らずのお坊ちゃんですか。
「・・・、社会はそんなに甘くないと思うんですけど」
「社会って一体誰が決めたの。それって世間の人たちが都合よく作ったものじゃないの。それに長谷川さんは社会に出たことがないのに、どうして甘くないとか分かるの」
 なんて生意気のガキなのっ
 今日は初対面ということもあって、気持ちを抑えた。

「こんなとこで、何やってんだ」
 水兄は注文の品をテーブルの上に置いた。
 ここで働いていたことを忘れていた私は
「人違いです」
 と言ってタオルで顔を隠した。
 何も触れずに『真面目に勉強しろよ学生』とだけ言って仕事場に戻って行った。
(自分だって学生じゃんか)
 それから甘党はスペシャルデーとショートケーキの計四つを平らげた。
 よくそんなに食べて太らないのが不思議で仕方ない。
 彼の第一印象は―――――――変。

 変わり者の人とは別れて、私と火男くんは暗い夜道を歩きながら布野くんについて教えてもらった。
 
 外見とクールな印象から女子に人気が高く、よく声をかけられるらしい。しかし内面と関わった後の彼女たちは『一緒にいてもつまらない』『想像と違った』『あんな性格じゃなければな~』というガッカリした意見が多いらしい。
 私は見た感じと態度や食生活から、一つもいい印象は見当たらない。
 
「あんまり言葉に出さないし、何考えているのか分かんないけど。直感だけど、結構いい人だと思うよ」
 と火男くんは言っていた。
 
 気が付くと、私は自分の家の近くに来ていた。
 話していると時間が経つのが早いように感じる。
「じゃあ、私この辺だからまた」
「気をつけてね」
 と言って、自転車に乗り通った道の方へ走って行った。


第一章 5[二階から飛び降りる少年]

 入学して一か月も経たないうちに、ついに明日からはもう中間テストが始まる。
 高校一年生の私は教室内のざわめきと闘っていた。教科書やノートを見ても、周りの雑音のせいで全く頭に入ってこない。
 あ~もうっ、うるさいなっ・・・・・・
 進学校なのに、一日前から準備するってどういうことなんだか。
「やばいよ、私全然やってないよ」 
「私もだよ」
 そういう人に限って陰で勉強しているもの。
 だが、中には本当に何もやっていない人がいる。そういう人たちはたいてい、諦めているか元からやる気がない人ばかり。こんなところじゃ、身に入らないし、時間の無駄。
 静かで誰にも邪魔されずに勉強できる場所へ行った。
 どうせ今は自習時間だし、一人くらい抜けたって先生たちは気付いたりはしない。
(・・・はぁ、戻るか)
 図書室には同じように勉強するものがいた。席は満席でどこも空いていない。

 テスト初日は皆真剣に勉強に取り組む。
 二日目、一日目で力を出し切ったせいか、疲れ果てている。
 三日目、テスト中にも関わらず空席が・・・
 
 テスト終了の放課後、職員室にいる担任の先生を尋ねにいくと、
『国公立の倍率を知りたい?テスト終わったばかりじゃないか。長谷川、高校始まったばかりなんだから気を抜いてもいいんじゃないか?学校は勉強ばかりじゃないぞ』
 と言われ、返されてしまった。
 私が勉強に力を入れているのは、私の家が貧乏だからであった。
 母親と父親は私がまだ小さい頃、事故で亡くしている。祖母の家に引き取られると、小学生くらいの男の子がいた。私と祖母と男の子の三人で住むことになった。だが私が小学生くらいの頃、祖母は急に体を壊し、寝たきり状態になってしまった。そして中学生の上がる前に祖母は他界してしまった。
 そして、今では年の離れた兄の水城と私の二人で今の家に住んでいるというわけである。
 
 直の友達である三人組は喋くっていた。
「終わった後の開放感って半端ないな!」
 一番右に座り、足を組みながら、喋っているのは紗希。彼女は気が強く、機嫌が悪くなるとすぐに手を出す性格である。
「駅前のできたパフェ食べに行きませんか?」
 友達にも敬語を使い、携帯とにらめっこしているのが未樹。器用にも二つのこと同時にできる特技を持っている。常に携帯を手に持って、メールを打ち続けている。
「私はパス。今日ピアノのレッスンがあるの」
 窓に寄りかかり、赤いふちの眼鏡をかけているのが亜季。二人とは違っておしとやかそうにみえるが、一番計算高い人物である。
 
 一番最初に直の話題を出したのは紗希。
「直ってうざくね?付き合いやすいって言えば付き合いやすいんだけど、なんか」
「私はあの子嫌いだわ。誰でも愛想ふりまいてるじゃない」
「やっぱそう思う?私もそう思ってたんだよね!」
 亜季の言葉に紗希は共感して、喜んだ。
「彼女の斜め横の席ですけど、いつも授業中何か書いてるの見かけますよ。あれはノートを取っているような感じじゃないですね。勘ですけど」
「どうでもいい情報ね」
「なんか、面白そうだから探ってみないか?もしかしたら呪いのノートかもしれないしさ」
 面白そうに笑う紗希を、亜季は引いた目で見る。
「人の悪口を言うなんて無神経なんじゃないかな」
 下品な笑い声がする中、ドアの入り口でひょっとこのお面を被った少年がいた。
 会話をしていた二人は言葉を失った。未樹だけはずっと携帯の画面を見て、イヤホンから音楽を聴いていた。
「そうそう、紗希さんの家の近所のお兄さんが彼女連れて歩いてたよ。残念だよねー中学生からずっと片想いだったのにね」
「はぁ?!てめ、喧嘩売ってんのか!」
『人の心が読める超人だから』と言って、少年は二階から外へ飛び降りたのだった。


第一章 6[骨折×いじめ]

 次の日。
 テストが終了したのか、あの肩の重さはすっかりなくなり、気持ちのいい朝を迎えて学校へ向かった。
 
 学校の門では副校長先生が厳しい顔しながら、仁王立ちで立っている。登校時の生徒たちは彼を見るたび、目線を逸らしたり、会話しながら話している女生徒は急に黙りだした。
 その威圧感は恐怖を感じさせていた。
「おい、君たち」
 話しかけられる生徒の中には聞こえないふりをして、そのまま通り過ぎて行く人もいる。
「キミ、一年生かね?」
 そして次に一人で登校していた私が声をかけられた。
「は、はい」
「彼を見たら、即私に教えてくれないか」
 写真を取り出して、私に見せた。そこに写しだされていたのは私もよく知る人物。甘党好きなあの失礼男。『この人知りません』と言って私は、気の緩んだ雰囲気で溢れていた教室へ向かった。

 だが、私の想像とは違いどこか教室内はざわめいていた。
「な、何かあったの?」
 クラス内の女子に話しを聞いた。
「昨日の放課後、この三階から飛び降りて手足骨折したんだって」
「テスト後だし、自殺でもしようとしたんじゃない?」
「うわっ、ありえる!自殺するならこんなところでしないでほしいよね」
 皆他人事のように笑いながら話している。
「それって誰なの?」
 私は相手を知った時、授業が終わると同時にすぐに花屋さんへ駆けつけた。

 ツンとした匂いはどうもなれない。
 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。
 
 病室前に来ると、中から複数の男性たちの声が聞こえてきた。
「ほんっとお前とろいよな。心配したんだぞ」
「何やってんだよ。中間テスト終わって気が抜けてたんじゃねぇの」
 それから気の強そうな小太りの40代の看護師さんが彼らの背中をバシっと叩いた。『騒がしいものはすぐさま病院から出ていきなさい!』と注意している。
 なんかすごく楽しそう。
 元気そうなのに何故か嬉しくない。
 居心地が悪くなり、気分が重くなった。
 どこかで彼は私と重なる部分を持っているような気がしていた。でも彼の笑った顔を見た瞬間、はっきりと何かが違っていた。
「入らないの?」
 昼休みに一緒に火男くんのお見舞いいかないか布野くんを誘っていた。
「用事思い出したから帰るね。これ渡しておいて」
 私は花束をあずけて、顔を合わせないまま帰った。

 次の日の日曜日。
 紗希たちに誘われ駅前のお店で買い物をしていた。どうしようかと悩んでいたけど、断れずに結局行く羽目になったしまった。
 雲行き怪しかったが、傘を持って行かずに街へ出かけた。
「ねぇねぇ、これどーよ?似合う?」
「そうね・・・、こっちの赤色の方が似合うわよ」
 彼女らの声のトーンが大きさに店員さんは困り果てていた。新人らしく、小さめな気弱な声で注意をするが、耳までには届かない。あげくのはてに試着室まで占領している。
 私は今すぐにでもこの場から消え去りたかった。用事ができたといって言い訳して帰ることも考えたが、なかなか自分の本音を言うことができない。
 散々迷惑をかけて結局何も買わないままデパートを出た。
「あの服、モノはいいけど高いんだよな。まけてくれって言っても、あの店員声ちっせいから何言ってんのかわからないしさ」
 愚痴をこぼしながら、次に"かげろう"に行くことなった。若い子たちの間で意外にも流行っている古着屋。安くて、かわいいものもあり、特に品ぞろえがいいと評判な店である。
 
 時刻は五時を回り、辺りも暗くなり始める時間帯。
 だが、彼女たちのテンションは今朝と変わらず、さらに電車内でも周りに迷惑をかけていた。電車内は休日ということもありまばらであったが、決して一人もいないということはない。
「例のあいつ骨折して怪我したんだってよ」
「ま、自業自得ってところね」
「自分から飛び込みましたからね」
 声が大きくなるにつれて、周りの冷たい視線が。彼女たちの横に座るおばあさんが、迷惑そうな顔をしてこちらを見ていた。
「あ、あのさっ、ここ公共の場なんだし、声のボリューム落とさない?」
 さすがの私も勇気を振り絞って指摘した。
 隣に座る亜季は『何よ、うるさいわね』と何を偉そうにと睨んできた。
 私は何も言えなまま口をつぐんでしまった。自分が悪くないと思っていても、ふと相手を目の前にするとどうしても弱くなってしまう。

 電車に揺られること三十分。
 目的地に到着するとシャッターは閉まり表には「店内改装の為、お休みさせていただきます。リニューアルは六月上旬」と貼り出されていた。
「ここまできてこれかよっ!」 
「残念ですね・・・」
 や、やばいっ、何か何か言わなきゃ。
「また今度こようよ。六月なんてすぐだしさ」 
 と言って、場の雰囲気を壊さないようにフォローしたが、運悪く雨が降り出してきた。
 なんていうタイミングの悪さ・・・。

「直この始末どうしてくれるの?」
 亜季が放った言葉に、私は驚いた。
 えっ?!し、始末・・・?
「そうそう、直がここに来たいって言うから付いてきたのによ」
 いつの間にか悪者扱いにされ、二人組はニヤニヤしながら笑っている。そのころ未樹はずっと打っていた携帯をぱたりとしめ、ピンクのレースのついた雨傘を開きだして、近くのコンビニへ行ってしまった。
 勝手に決めたのはあんたらじゃんよ。
 心の中は不満があったが、口に出して言う勇気がない。
 私だって好きに紗希たちと一緒にいるわけじゃないのにっ・・・
「紗希、例の奴ちくったの直じゃない?だってあの子私らのこと知らないのにおかしいわ。それに最近あなた調子に乗っているんじゃない?さっきだって私たちにうるさいっていったのよ」
 亜季が言葉を発した後、紗希は私の胸倉をつかんだ。
「私ら仕方なく仲良くしてやってんのに、何様のつもりだよ」
 な、何のこと?
 私は何も知らないまま、地面に叩きつけられた。 
 いくら何を言っても、彼女たちの怒りが治まる様子はなく、言い訳にしか聞こえないと一点張り。
「ったく、こいつには仕方なく付き合ってたけど、今日という今日はうんざりだ」
「雑用係りにでもすればいいじゃないかしら?」
「いい加減、早く帰りましょうよ~。雨強くなってきてますよ」
 遠くからコンビニ袋を持った未樹が叫んだ。
 
 私は右手に腫れた頬に泥だらけの服の中、ただ雨に打たれていた。


 家に帰ると勿論、水兄にどうしたのか追及された。
 だが、私は何も言わないまま部屋にこもった。
 
 この日は学校を休んだ。

 その翌日、学校へ行くと紗希たちから呼び出された。
 彼女たちはこう言った。
 ――――お金貸してくれるなら、この間のこと許してやるよと。




第一章 7[アルバイト失格?×現実逃避]

 私は知らなかった。
 数年生きてきた中で、今日は最悪な年だと。
 真面目に生きている人は損をするんだろう。
 意地悪な、要領のいい人ばかりが得をする世界なのだろうか。


 ギシギシとなる音。
 床の木は光沢がなくなり、壁は黄ばみ、窓は割られている。 
 古びた校舎は五十年ほどの年月を経っていた。
 現在では格納庫として使われている。
 光が射さない、人気のなさはどこか不気味さを醸し出していた。
 以前に、上級生の間で幽霊をみたと小耳に挟んだことがある。ここではだいぶ昔、屋上から自殺した人がいるらしい。その幽霊が今でも彷徨っているのではないかと取り沙汰されていた。
 まさか、幽霊なんているはずがない。
 幽霊を見たことがないし、そもそも心霊現象などという非科学的なものは信じない。
 私はそこへ彼女たちに無理やり連れられてきた。手と椅子はロープで縛られ、固定されている。逃げ出そうとも思っても、できない。
「お金貸してくんない?貸してくれたらあの件、チャラにしてやるよ」
 彼女たちの要求は仲間に入れて欲しければお金を出せと交換条件であった。換言すれば、お金を渡さなければ、仲間に入れてやらないということである。
 ここで現金を渡せば相手の罠にかかるし、彼女たちがお金を返すとは到底思えない。
「お金は貸せない・・・よ」
 と私ははっきりと断った。
 私の拒否する態度に紗希は恐怖をあおる発言をした。
「ちぇっ、自殺に見せかけてこいつ殺すか」
「それ犯罪よ」
「そのやり方は賢くないですよ~。今は指紋鑑定でバレちゃいますよ」
 こ、殺す?!!
 私が一体何をしたって言うの?
 し・・・死にたくない・・・ 
「紗希、あと先考えずに行動するの改めた方がいいわよ」
「もっと頭を使わなきゃですよ」
 未樹は頭を指しながら言った。
「あんたらと違って頭を使うのは嫌いなんだよ。何でこいつのために頭使わなきゃならないんだよ」
「そうね・・・それも一理あるわ」
「えぇ、納得しちゃうんですかっ」
 何が何でも彼女たちの言うとおりしてはいけない。だが、ここから逃げる為の手段もない。私一人で、相手は三人どう考えても不利である。抵抗すれば、何をされるかわからない。
 そこで私が考えた手段は―――――和解。
「ごめん。いろいろ迷惑かけてごめん・・・、ごめん」
 苦い思いで言った。
 この場を逃れるためには謝るしかないのだ。
 本当は言いたいことが山ほどある。
 何で責められなきゃいけないのか。
 私が何をしたって言うの。
 そんなに気に食わないなら、無視すればいいじゃん。
 うざい、うざいっ
 心の中は不満の塊で溢れていた。
「もうおっせぇーんだよ」
「私たちの奴隷になってくれたら許してあげてもいいけど?」
「私、もう教室戻りますね。あ、これ拾ったので渡しておきますね」
 紙きれを亜季に預けて行ってしまった。
 未樹が行ってしまったところでこの最悪な状況には変わりがない。
 あぁ、こんなことなら武道でも習っておくべきだったかな。
 
 
「もう一発殴っておくか。気が治まらねぇ」
 殴る態勢をして私を睨んでいる。
「その必要はないわ」
「策でもあんのかよ」
 紙きれを見た瞬間、亜季の口元が余裕の笑いを見せた。  
 な、なにっ・・・何なの。

 数分後、財布から五千円を抜き取って去って行った。
 あれさえなければ・・・ 
 どっちにしても最悪な方向は免れなかったけど、こんな結果に終わるのは自分自身のせいだからである。あれは、私が授業中に書いた愚痴のようなもの。それを運悪く、未樹が拾い彼女らの手に渡ってしまったのだ。
 もし私たちの言うことが聞けなければ、学校中にチラシとしてばら撒くと脅した。恐怖のあまり何も言えなくなり、ただ彼女たちの指示に従うことしかできなかった。


 目から涙がこぼれ、嗚咽(おえつ)する声がもれる。
 こんなことなら言いたいことをいって、殴られた方がマシだ。どうして私だけこんな目に遭わなきゃいけないの。神様は頑張っている人に手を差し伸べるというけど、そんなの嘘だ。
 私はこんな友達がほしかったんじゃない。
 一緒に笑える、本音を言えて、自然体でいられる、信頼し合える友達が欲しかっただけなのに。
 
  病院に行った時の彼の顔を思いだした。自然体に話せている彼の姿は眩しくて。笑顔で接しられる彼の表情が、羨ましかった。私にはないものを持っているような気がしたんだ。でも、病院きて分かった。私と彼は正反対の位置にいるってことが。





 その日の夜。
 散らかっている部屋の中、私はパソコンの画面を凝視していた。
 好物なさきいかをくわえて、お行儀悪そうにしている。更にパソコン以外の電気は消されている為、非常に目が悪くなりやすい環境。そんなことにも目もくれず、キーボードを打っている。
 私なんか生きている意味ない。
 ネットの世界なら楽なのに、どうしてこう現実は上手くいかないんだろう。
 いっそうのことネットが本当の世界だったらいいのになぁ。
 あ、誰か入室してきた。  
[現実逃避さん二人目  茜さんが入室しました]
 このゲームの製作者は自由すぎるくらい自由すぎる。
『また儲かっちゃいましたー、人が増えるたびに儲かるんですよね』と反感を食らうようなことを平気で言う。それでも人が絶えないのは、現実世界より居心地かいいか行くあてがないかである。
 入室してきたのは、うさぎの着ぐるみのかわいらしいアバターである。 
 うわぁぁ、かわいいな~
『こんばんは、初めまして^^』
 入室時と同時に、軽く挨拶をした。
『お初です~、茜です。よろしくね』
 名前や見た目の姿からどうやら女性のよう。
 いや、待って。女のふりをしている男の可能性だってある。アイテムがかわいらしくても、アバターが女であっても、ネットの世界はいくらでも偽造することはできる。
『キミ、男?』
 ぴょんぴょん動きながら質問してきた。
『そうですよ~^^』
 そう私のアバターは男。
 ネットはいい人ばかりじゃない。出会い目的や中には変態に分類される人もいる。顔が見えない分、危険要素が多くある。だから、あえて男にしたのだ。
『てっきり女かと思った!^^←真似してみた』
『どうしてですか?^^』
『え~何となくかなぁ?』
 どうせ別に深く関わるわけでもない。電源を切れば、そこで関係なんて終わり。たとえ仲良くなったとしても、長くは続かない。いつまで続く関係なんてない。
 現実だってうまくいかないのに、ネットの世界なら尚更うまくいくはずがない。
 こんな寂しい考え方しかできない。
 私はきっと淋しいんだ・・・
 人間は一人になっても、誰かを求めてしまうもの。
 自分らしくいられる場所がほしい。自然体で付き合える友達がほしい。

 いつの間にか部屋の中には光が射し込んでいた。
「あぁ、もう朝か」
 退屈や嫌なことは時間が長く感じるのに、好きなことは時間を忘れて流れていく。
「ハム起きろー、飯だ!」
 隣の部屋から聞こえてくる言葉を無視して、私は布団にもぐりこんだ。
 

 昼間の三時に起きてから、私はバイトに出かけた。 
「今日は随分と早いね~、気合い入ってるじゃないか。あとはよろしくね」
 だが、バイトだけは休むわけには行かなかった。代わりに入ったので、穴を空けることができない。店長というものは表には出ず、ほとんど事務処理をしている。
 パートのおばさんからは仕事をしていないと思われているのだが。
  
「ちょっとあんた、店長はいるかい?」
 商品の陳列をしていると、六十代くらいのおばあさんが機嫌が悪そうに話しかけてきた。
 私は言われた通り、彼を呼んだ。

「どうかされましたか?」 
 いつもの営業スマイルは絶やさず、にこやかに笑っている。
 だが、客の方は険しい顔をして、持っていたお弁当を指して言った。
「この弁当、賞味期限切れてるじゃないか。私らに切れてるもん食わせるのか。これだから若いもんは使えないんだ」
「申し訳ございません。今すぐ取り変えますんで」
 私も一緒に頭を下げて謝った。


バイト終了後、店長に呼ばれてた。
「長谷川さんにしては珍しく、ミスが目立つね。いくつかバーコードに引っかかってる商品もあったし、何かあったのかい?」
「申し訳ありません・・・以後、気をつけます」
 昨日の今日ということもあり、調子が優れていなかった。しかし、そんなの言い訳にすぎない。完全に私自身の不注意だ。
「そういうの困るんだよね。うちはお客様を相手にしてる商売だから、無理して倒れたらこっちが迷惑するんだよね。要するにさ、足手まといになるんだよね」
 えっ・・・
 彼の言ったことに何も言うことができなかった。
 それは本当にその通りだから。
 でも今の自分にはどの言葉も悲観的にしか捉えることしかできなかった。
 
 私の代わりなんて幾らでもいる。具合が悪ければ、他の人に交代することもできる。友達も関係が崩れてしまったら、他の代わりの人を見つけていけばいい。
 私一人いなくなったらところで、何かが変わるわけでもないし、支障をきたすわけじゃない。
 
 この日から、引きこもりをするようになった。
 





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