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~ツクモさん、五割一分以上七割未満な番外編です!~

3.どうしたの?辻村君 ~ツクモさん、五割一分以上七割未満な番外編です!~

                                         贅楽夢

1.
 何やってるんだ、あいつ?……というのが、その日彼を見たときの偽らざる第一印象だった
のは間違いない。
 今年四段に昇段し、つい先月末には新人王戦で優勝を飾るなど将棋の成績だけに限ればそれなりに順調な日々を送っていた僕は、そろそろ冬の訪れも間近となった11月のある日の午後雑誌のインタビュー記事の取材に応じるため将棋会館を訪れていた。そして指定された部屋へと向かう途中、通路の向こう側を歩いていく彼の姿を見かけたのだった。
 視界の中を颯爽と横切って行く彼は、最近、高校生で四段になったばかりの、将棋界の期待の若手棋士である。彼とは奨励会に在籍していた時から何度か対局したこともあるし、そもそも今年の奨励会卒業同期でもあるので彼と僕をライバルとしてとらえている人も周囲にはいる。未だにいる。僕が中学生棋士になりそこねた20歳間近の「元・天才」で彼が高校生プロ棋士となった「現・天才」であったとしても、だ。
 しかし将棋の方はかろうじてライバル視されているけれども、その他の部分、具体的にいうとビジュアルについては全く勝負にならない。将棋で言うと、一方の玉将に2手スキが掛かっているとしたらもう一方は深く穴熊に囲われていて王手も掛けられないような、逆転の目は0.2%もないといった状況だ。勿論2手スキが掛かっているのは僕の方だった。
 実際、彼は格好良いのだ。やや癖のある前髪、軽く刈り上げられた襟足、そして意志の強そうな両の目線。礼儀正しい身のこなし。高校のブレザーの制服を着ていることも多いが、稀にスーツ姿に身を包んでいることもある。クラスの中でも教師の期待を一身に集めています的な空気というか、あらゆる業種で期待のルーキーと言われる種類の人間が共通して持っている雰囲気というか。そういったものをそこはかとなく醸し出しているような、そんな若者だった。
 その、彼は。
 今日もクリーニングしたてのようなさっぱりとしたブレザーの制服に身を包み、軽やかな風を周囲に撒き散らしながら、しかし若干足取りが重そうな感じで会館の中を歩いていた。時折他の棋士たちに声をかけられては朗らかに応対している。その姿もまた清々しい。
 その様子を見ながら僕は思う。「あぁ、また出たのか……」と。
 そう思ったのには勿論理由がある。周囲の誰もが、彼を見た時に当然持つはずの疑問を口にしていなかったからだ。その、あまりにも異様な姿を目の前にしても。つまりそれは僕しか気づいていない、僕にしか見えていないということである。……そして僕は「視える者」だ。だから言える。他の誰にも見えないその光景を目の当たりにして。他の誰も言わない言葉を発することが出来る。「どうしたの?辻村君」という問いを。
 なぜなら。
 将棋会館の中で爽やかに、そしてアトラクティヴに立ち振る舞っている彼――辻村充四段の右足首には……子犬とも子猫ともつかない暗褐色の一種異様な小動物が、巻きついていたのだ
から。



2.
 「それは『スネコスリ』だろうね」
 というのが、ここ――都内某所にある謎の禅寺・長考寺の住職、田沼泥鮒の見解だった。
 スネコスリ。それは岡山県に伝わる妖怪で、多くは犬のような形をしており雨の降る晩に人の足の間をこすって通るという怪異らしい。同種のものに「アシマガリ」というのもいて、こちらは道を歩いているときに綿のようなものが絡みついて歩くのを邪魔するのだという。なおこの場合の「まがる」は「邪魔になる」という意味で「アシマガリ」とは文字通り「足の(=歩く)邪魔をする」という意味だとか。
 「危険な妖怪じゃない。2ヶ月前に起こったあの事件のようなことにはならないさ」
 まぁ多分だけど、といい加減なことを言いながら住職は僕にお茶をすすめてくれた。いつもの和室で、いつもの急須で淹れられたいつも変わらぬ味のお茶を、いつものように頂戴する。
 今から1年と数ヶ月前。ふとしたはずみでこの住職と知己を得た僕は、その後正体不明の妖怪に取り憑かれ、左腕を失い、さらに命を落としかけたところをこの住職によって一旦は救わ
れた。
 ところが。
 さらに今年の秋、性懲りというものを知らない僕は多数の奨励会員を巻き込むことになった大事件に遭遇して、というか自ら首を突っ込んで、わけの判らない化物に行き逢って、そしてまた、この寺の住職・田沼泥鮒に助けられたのだった。恩人である。確かに命の恩人ではあった。だがしかし、そもそも住職に出会っていなければ、僕の人生はこんなことになっていないような気もするのだが、それでも恩人である。住職との邂逅をきっかけに四段になれたという一面もあるのだから、このことで恨み言は言わないことにしている。そう自分で決めている。
泣き寝入りとも言う。
「しかし君も、次から次に化物をよく見つけてくるよね……」
「いや別に、見つけたくて見つけてるわけじゃないんですけど」
「まぁ『視える』ようになってしまったんだからしょうがないけどね。そのスネコスリ、憑か
れてる本人も気付いてないんでしょ?」
「そんな感じでしたね。一応、足どうかしたの?って聞いてみましたけど思いっきり『は?』
って言われました」
「君の場合は何を話しかけても『は?』ってあしらわれてそうだよなぁ……」
 ほっとけ。大体合ってるけど、そこはほっとけ。
 それはともかく。
 禅僧・田沼泥鮒は一度ならず二度までも僕を妖怪変化から救ってくれたわけだけれど、本人曰く「別に僕は妖怪退治のエキスパートってわけじゃないし、君を助けたのもたまたまなんだからね。勘違いしないでよねっ……そんなことより坐禅組んでみない?」とのことである。ツンデレならぬツンゼンであった。
 結局、住職から得られるスネコスリについての情報は「足に絡みつく」ことだけで。これについてはそれ以上でも以下でもなく、スネコスリに喰い殺されたという怪談巷説があるわけでもないらしく。だから今回については、住職があの妖怪封じのリーサルウェポン『仏頂尊勝陀羅尼経』を唱えることは、どうやらなさそうだった。要するに今回は住職の出る幕ではない、ということか。
 じゃぁ、もう辻村君のことはほっといてもいいんだろうか?これからまた、2ヶ月前のような騒動になったりは……しないのだろうか?危険な妖怪じゃない、と住職は言うけれど。
 かつて僕は、危険なんて全くありそうもなかった将棋の駒に関わったせいで、他の誰でもないこの住職にその駒に引き合わされたせいで……左腕を失うことになったのだけれど。
 ……この坊主、どこまで信用していいのだろう?
 いずれにせよ、これ以上、住職から何かを聞き出すことは出来そうもない。ということで。
 ツンゼン萌え属性のない僕は、坐禅の誘いは自分なりに丁重に断って、そして。
 長考寺を後にしたのだった。



3.
 ということで次の日、ここは僕の自宅である。やはりこの世で我が家が一番落ち付く。僕はひとしきり「月萌の将棋盤」で棋譜並べをしてから、そのまま部屋で軽く食事を取って、そしていつものようにtwitterにアクセスする。住職が知らないのなら、あるいは教えてくれないのであれば、次はこのお方。相互フォローしている者同士だけが可能なお手軽コミュニケーションツール「DM」を送る先は、「妖怪はみんなツンデレだ」と声高らかに断言する妖怪物好
きの自宅警備botこと「ぜいらむタソ(@Zeirams)」だった。
「そもそも妖怪というのはですね、概ね『かまってちゃん』なんですよ?」
 相変わらず、妖怪に対して楽しい解釈をしてくれるぜいらむたん。
「相手をして欲しいだけ、ってことですか?」
「そう。幽霊だと自分の存在に気づいてほしいだけとか、自分を殺した犯人の正体を伝えたいだけとか。油すましはそのまんま『今でもいるぞー』って大声で叫ぶし、河童は美少女に相手をして欲しいあまり、どういうわけか排泄中の美少女のお尻を撫でたりします。その行動原理はいずれも単純に『私を見て』ってことなんじゃないかと、わたしは思いますね」
「……河童は美少女のお尻を撫でるんですか?」
「……いや……そこは本筋とは全然関係ないんですけど……まぁそうです。美少女の可愛いお尻を撫でまくりです」
「なるほど……。生まれ変わったら河童になりたい」
「懸さん、心の声がダダ漏れですよ。ていうかそんな変態ツイートをDMしないでください」
 ぜいらむタソ曰く、スネコスリに足に絡みつかれた場合、しばらくの間相手をしてあげれば満足して消えるという事例もあるらしい。とは言え、辻村君にはスネコスリの姿は見えていないのだから相手のしようがない。満足させてあげるべき相手が見えない。ならばどうする?
 スネコスリの発生に意味があるとするならば。そしてそれが辻村君の足に絡みついているということは……。
「誰か、その彼に構って欲しいと思っている人が、いるんじゃないですか?その思いがスネコスリを発生させているのかもしれない。あるいはその逆に……」
 と、ここからぜいらむタソ得意の妖怪ツイート大連投が始まったのであるが、今回はあくまで番外編なのでそこは盛大に省略させていただくことにしよう。
 ぶっちゃけ、もうぜいらむタソの妖怪語りなんかより、そして辻村君の足首にまとわり付くスネコスリなんかより、河童の話の方が気になってしょうがなくなっていのだが、ぜいらむタソの言うとおり、確かにそれは本筋ではないのだった。将棋指したるもの、必要もないのに本筋を外した手を読むべきではない。
 ……いや待てよ?そういう思い込みこそが危険なのではないだろうか?こんな時、埴生名人だったら異筋の手こそを深く掘り下げるのではないか?そう、本筋だけにとらわれていては進歩はない。新しい鉱脈を探り出し、新定跡を開発していくためにも、ここはひとつ、辻村君を見捨てて、美少女のお尻を撫で回す河童の生態研究を……。
「美少女フィギュアのお尻を撫で回しながら何をブツブツ呟いてるんですか、懸さん……」
 我にかえって顔をあげると。
 そこにいたのは……青い顔をしてワナワナと声を震わせながら、可哀想な子を見る視線を僕
に向けている巫女装束の幽霊少女、月萌だった。



4.
 月萌と僕の関係について過不足なく説明するのはとても難しい。恨みがないわけではなく、感謝している面もなくはなく、楽しいこともあれば哀しいこともあった。腐れ縁という奴だ。
 事情を全く知らない読者は、とりあえず「駒.zone Vol3」を読んで欲しい(ステマ)。
 月萌は江戸時代に実在した将棋の家元・大橋分家に関わる幽霊である、らしい。彼女は以前僕の左腕を奪い、脳天をかち割ろうとして田沼泥鮒に封じられた。それが今から約1年前。ところが今年の僕の誕生日に、突然に、唐突に、あっさりと、あるいは厚かましく、再び僕の前に姿を現して、そして――さる2ヶ月前の事件の時に、僕の命を救ってくれたのだった。幽霊だけにとてもヒマらしく、呼んでもいないのに僕の部屋によく遊びにくる。将棋の勉強の邪魔になるので迷惑なことこの上ない。さっさと成仏すればいいのに。
 とりあえず僕は、美少女フィギュアのお尻を撫で回していた本当の理由――つまり、将棋界のホープである辻村四段を妖怪の魔の手から救わんと対策を練っていたのだ、ということを月萌に話してあげたのだが、彼女はアホの子だったので、辻村君に取り憑いたスネコスリの怪と美少女フィギュアのお尻との関連性がイマイチ理解できていないようだった。わかってもらえなくて残念だ。遺憾の意を表したい。
「しかし懸さん、かまってちゃんということなら、わたし心当たりがありますよ?月子と皆川さんでしょう?」
 月子さんだけ呼び捨てだった。それはともかく、その二人の名前であれば僕にも思い浮かばないわけではない。というより、それは将棋界では割と有名な話なのである。辻村君が月子さんを気にかけていて、一方で皆川さんが辻村君に向けて目からラブラブビームを発射しまくっているという話は誰でも知っている。ダダ漏れ乙、だった。
 「そもそも、辻村さんってモテますしね。女流棋士にも女性ファンにも」
 そうなのだ。ツイッターで「辻村君、今日もセンスのいい素敵なスーツですね」とか「つっじーのブレザーはぁはぁはぁはぁ...」とか「充のぷりぷり耳たぶ、ぐへへ」」などといった女性ファンの呟きを、少なくとも僕のTL上ではよく見かけるので女性ファンが多いのはまず間違いない。女流棋士が実名で「つっじーハァハァ」と呟いたりは、さすがにしていないけれど。当たり前か。いずれにせよ僕が見る限り、辻村君がモテモテなのは明々白々だった。そうそう、そう言えば僕の所属する研究会の先輩・千場さんは、月子さんを自分の研究会に誘い、あっさりふられたショックで直後の奨励会の対局を落とし、そのために1勝差で四段昇段を逃したことがある、という噂を聞いたことがある。うん、きっと、そうやって人は大人になっていくのだろうな。いや知らんけど。
 金本月子という奨励会員が、辻村君の研究会に参加したときの経緯は、これも将棋界ではかなり有名な話だ。棋士や奨励会員が研究会に参加すること自体は何も珍しいことではないのだが、この場合、月子さんが「千場さんからの誘いは断ったのに辻村君はOKだった」ことが有名な話なのだった。
「そもそも、千場さんの誘いを断った理由というのがアレですしね」
「お前の言うアレというのが何のことやら僕には分からないけど、冷静に考えて高校生で四段になった辻村君の方がどう考えても将来性があるし、というかそもそも辻村君の方が遥かに強い将棋なんだ。月子さんとしてはどうせ参加するならよりレベルの高い方がいいと考えたとしても、別に不思議なことじゃないよ」
「何言ってるんですか、将棋だけなら千場研究会には懸さんが参加してるんだから、十分レベル高いじゃないですか」
 ……さらっと褒められたような気がしてちょっと嬉しいと思ってしまった僕だった。そう、千場研究会は特にその序盤研究の精度において、将棋界ではかなり評価が高いのだ。どちらかと言えば序盤の指し方に難のある月子さんにとって、辻村君の誘いに乗るよりは、千場研究会に参加した方が、はるかにメリットがあるはずだった。にも関わらず、だ。
「つまり月子は研究会を選択するにあたってレベルの高低など問題にしていないということですよ!」
「何っ!?ではどういう理由で選んだのだろう?ああっ、僕には全く見当がつかないぜ!」
「判りませんか!?」
「判りません!」
「私、その理由を知ってますけど知りたいですかっ!?」
「知りたいです!」
「辻村さんがイケメンだからです!」
 至極もっともな理由だった。辻村なんか大爆発すればいいのに。
「大体ですね……」
 ちっちっち……と、月萌は立てた人差し指を左右に振ると、その指を僕にめがけてびしっと伸ばし、そして残酷な天使のように宣告した。
「千場さんや懸さんには、清潔感というものが全くと言っていいほどありません!」
「ぐっ……ぼ、僕だって3日に1回はちゃんとお風呂に入ってるもん!」
「毎日入りなさい!あと同じ服を何日も着続けるのをやめなさい!それから、えーと、そうそう、懸さんは臭いです!」
 さらりとひどいことを言う巫女だった。大体、同じ服を着続けるというのなら、月萌もずっと巫女装束ではないか。……巫女だから当たり前か。何着か持っていて一応毎日着替えてるんだろうな。
「というかですね、下に着ている水着を毎日着替えています」
「スク水を何着も!?」
「いえ、競泳用水着も何着かありますが」
「それは素晴らしい」
「最近のスク水はスパッツタイプも多くて、いまいち残念な感じが拭えませんよね?」
「あれはあれでいいところ(?)もあるんだけどな」
「まぁ、なんだかんだでまるぺけ(@maruX)さんにいただいた水着も含めると、現在50着ほどの巫女装束用アンダーウェア水着があるわけですよ」
「いつの間にまるぺけさんから水着をもらったんだ、お前……」
「その辺りの事情は、今後のストーリーの根幹に関わってきますし、今回はあくまで番外編なので、今はまだ詳しくは話せませんが……」
「え?まるぺけさん、本編のストーリーにも登場するの?」
「いえ、本編ではわたしの全パターン水着イラストを描いてもらいます」
「どこがストーリーの根幹だ!」
「ツクモさんシリーズの八割一分は、まるぺけさんのイラストで成立しているのです」
「それを言ったらおしまいだ!」
「ちなみにビキニは持ってませんし着る気もありません。ビキニなんて邪道です。エライ人にはそれが判らんのです!」
「さすが月萌、判ってるな。お前とはうまい酒が飲めそうだ……」
 いや飲みませんけどね、未成年だから。飲んじゃいけない。
「それはそうとですね、懸さんは部屋でカップ麺ばっかり食べてるから体中にトンコツスープの臭いがしみついちゃうんですよ?」
 最近のカップ麺はスープが濃厚で美味ではあるが、臭いもきつくなるのが玉にキズだった。というか食後にカップを洗わずにいつまでも放置しておくのがいけないのかもしれない。
「一日中窓を締め切ってるし。ちゃんと換気しなきゃダメですよ」
 そう言えば、部屋の窓を開けるのはいつの間にか月萌の役割になっていた。僕が窓を閉め切るようになったきっかけは、そもそもこの幽霊少女がいつ覗きにくるか判らない、という恐怖心からなのだが。まぁ、幽霊相手に窓を閉めても意味はないんだけど。それにしても……つくづく、月萌と住職に関しては原因と結果が倒錯している。「あなたたちのせい」と「あなたた
ちのおかげ」が混在している。ダマされているような気がするし、し続けている。ぜいらむタ
ソは「住職には気をつけた方がいい」と言っていたけれど。
 それにしても、僕、そんなに臭いのかな?そもそも、自分の体臭というのは自分では判りにくいものだったりするのだ。月萌の言うとおりに体中からトンコツスープの臭いが発散しているのだとしたら、それは由々しき事態である。弥内さんが僕を避けているのは、トンコツスープの臭いのせいだったのかもしれない。もしかすると僕の部屋には、さながらヒッグス粒子のようにトンコツ粒子が充満しているのかもしれないぞ!いや、ヒッグス粒子が何かよく判ってませんけど。
「充満してますね。しかも懸さんの部屋中に大将棋の駒の如くみっしりと並べられている美少女フィギュアにもトンコツスープの臭いがたっぷりとしみ込んでいますよ!」
「うわぁ!大変だ!ファブリーズしないと!」
 こうして新たに発見されたトンコツ粒子は僕の絶望感に質量を与え、そして僕を部屋中のフィギュアの消臭作業へと奔走させ、そうこうするうちにいつの間にか辻村君のスネコスリの件はどうでもよくなっていたのだった。最初からどうでもよかった気がするけど。
 ふとPCの画面見ると、ぜいらむタソからの妖怪DM連投がまだ続いていて、それからしばらくの間、月萌と僕がわぁわぁとおバカな会話をしていると、やがてそのDMも終わりを告げた。
 ちなみに、ぜいらむたんの最後のDMにはこんなことが書いてあった。
「……だから、スネコスリなんてほっとけばいいんですよ。それは、誰かが祓うのではく、辻村さん自身が自分で解決しなくちゃいけないことなんですから」



5.
 それから数日後。少し肌寒い秋晴れの日。僕は月萌を連れて将棋会館へ向かった。辻村四段の雑誌企画の特別対局があると聞いたので、彼の様子を見てみることにしたのだった。
 危険のない妖怪とはいえ、僕にはそれが「視えている」のだから気にしないわけにはいかない。昨日、ぜいらむタソのDMを後で読み返してみたのだが、かいつまんで言うと、要するに辻村君は「振り向いて欲しい気になる人」がいて、一方で「自分を気にかけている人」がいることを何となくだけど少しは、それはもう無意識レベルと言っていいぐらい少しは意識をしていて、そういった色んなことが気付かないうちにストレスとなって、その思いが澱んでスネコ
スリもどきを生んだのではないか、とのことだった。そしてそれは伝承されているスネコスリとは違う新種の妖怪だろう、と。確かそんな感じだった。DMが大連投すぎたので、面倒くさくて全文は読んでないし、ところどころマニアックすぎて意味の判らない話があったから、ちゃんと理解できているか自信はないんだけど。
 いずれにせよ、それは怪異にまつわる危険な話などではなく単に羨ましいだけの話だった。
 人を好きになったり好かれたり。
 好きになって欲しいのに、好きになってもらえなかったり。
 好きな人は、他の人のことを好きだったり。
 人の心はままならない。ままならないことがあって、気分が重くなって、足取りが重くなるのは、当たり前のことなのかもしれなかった。
「えぇ、私もお方様をお慕い申し上げていましたが、あの方は既婚者。道ならぬ想いに私も気分が重かったものです。『恋人は抱き枕』の懸さんには理解できないでしょうけど」
 ほっとけ。いいじゃないか僕が幸せならそれで。……幸せなのかな、僕?……。
 何となく目についた部屋に入ってみると、そこでは奨励会員たちが将棋を指していた。奨励会の対局の合い間の練習将棋だろうか?中には月子さんもいて、今日も絶賛ツインテニーソであった。陶器のように白い、魅惑的なその絶対領域に男の子たちの視線が集中している……なんてことはなく、みんな真剣に将棋を指していた。さすが奨励会員、心に余裕がなさすぎる。
 いやいや君たち、そこは一手ごとに「ハニュウニラミ」をするフリをして月子さんのおみ足をガン見しないとダメだと思うよ僕は。「アシはココロの余裕」って言うんだぜ?
「そんなことだから!そんなことだから懸さんは奨励会卒業が遅れて、中学生棋士になりそこねたんじゃありませんか!?」
 ダメな奴は僕だった。

 まぁそんな感じで、しばらく奨励会員たちを眺めていたわけだが、あまりその場にいると僕が月子さんばかり眺めていたという、あらぬ噂を立てられかねないので、というかそれは事実だったので、これ以上の長居は危険と判断して部屋を出ることにした。
 部屋を出てからもその周囲をしばらくウロウロしていると、ようやく辻村四段がやってくるのが見えた。特別対局が終わったらしい。ややくせのある、ゆれる前髪。清潔感あふれるブレザーの制服。相変わらず爽やかで、彼からはトンコツスープの臭いなどしてきそうにない。
 対局の結果は判らないが、やはり足取りは重そうだった。右足首には、相変わらず暗褐色の小動物が巻き付いたままだ。そして、彼はそそくさとあの部屋――月子さんのいた部屋へと向かっていく。そそくさすぎるな。もしかすると、そこに月子さんがいることを彼は知っているのかもしれない。知っているのだとしたら、そりゃ、さっさとあそこへ行きたいよな。行きたいはずだ。それなのに。
「辻村」
 皆川許心さんだった。なにやら辻村君と話しはじめている。しかし皆川さん、本人はクールを気取っているつもりかもしれないが、辻村君への好意が情報漏洩しすぎである。個人情報保護法違反ではないだろうか?小梅のような甘酸っぱい匂いがプンプンする。僕のトンコツの臭いを上書きしてしまいそうだった。辻村君ったら皆川さんにモテていいなー、あいつ爆発しないかなー。爆発しろ爆発しろ。
 まぁ、それはそれとして。
 辻村君は、月子さんに振り向いて欲しくて。皆川さんは、辻村君に振り向いて欲しくて。人の想いの行き違いっぷり。行き違った想いは、どうなってしまうのだろう。
 行き場をなくした想いは重い。いくつもの想いが、重い足――スネコスリという現象を伴っているのだとしたら確かにぜいらむタソの言うとおり、それは彼自身が自分で解決しなくてはいけないことなのだろう。
 それは誰にでも起こりうる当たり前のことで。
 そしてそれは、決して特別なことではなくて。
 想いに縛られて足取りが重くなるなんてことは、よくある話と言えばよくある話なのかもしれかった。ということはスネコスリなんて、いてもいなくても、それは結局同じことなのかもしれない。だから住職やぜいらむタソが言ったように、あれは別段、危険な妖怪ではないのだろう。ほっといてもいい。ほっといた方がいい。
 ソレが存在することが正しいことではないからと言って、ソレが存在することが間違いということにはならないのだ。いてもいなくても同じ。いないのと同じ。視えても視えなくても同じ。
 そして、もしかしたらあのスネコスリは、彼を羨んでいる僕が勝手に見ているだけの単なる幻なのかもしれないな、と、そんなことも思ったのだった。いずれにせよ後は……この続きは僕や月萌ではなく辻村君自身の――辻村充の物語なのだろう。
「うん、ほっとくことにしよう。辻村君なら自分でなんとかするだろう」
「そうですね」
 彼の物語がこれからどうなるか判らないけれど。それでも。
 人の心は移ろうのだ。移ろいゆくのだ。いくつもの体験をして、ままならない想いがやり場をなくしたり、想いが満たされたり、あふれ出したり、時には破れたり。いつかそれらは想い出となって。
 そうしていくうちに、やがて辻村君の前からスネコスリは消えるのだろう。想いが成就するのか、誰の想いが成就するのか。それとも離れていくのか。離れていくのは月子さんなのか、皆川さんなのか。離れられてしまうのか、自分が離れていくのか。
 でも、たとえ想いが成就せず離れ離れになることがあったとしても、それは忘れるってことではないのだと、そう思う。
 人は出会いと別れを繰り返して大人になっていくけれど、それは捨てさるってことじゃない。決していらなくなったわけじゃない。次の新しいステップのための、新しい一歩を踏み出すための、また新しい出会いのための、必要な儀式。
 そう、それは「卒業する」ってことなのだから。
「……黙って聞いていると何だか素晴らしい人生訓っぽいのですが、懸さんの凄いところはその一連の語りが、美少女フィギュアにまつわる体験談を元にしているところですよね?」
 ほっとけ。超ほっとけ。大体合ってるけど、だからこそ、そこはほっとけ。
 どんなものにも仏性はありどんな経験からでも真理は得られるのだと、そう住職も言っていたではないか。フィギュアで悪いか!誰も彼もが辻村君みたいに女性にモテるわけじゃないんだよ?ツクモくん……。
「ですよねー、懸さんは弥内さんに振り向いてもらえないどころか全力でかわされてますもん
ねー」
 それもほっとけ。その話題に触れるな。ていうかそのエピソードについては「駒.zone vol.3」の番宣だけしておけば十分だ。
 全く……。僕も少しはファッションに気を配ろうかな、なんて柄にもないこと考えていると「でも懸さんも、新人王戦決勝の時の和服姿、カッコ良かったですよ?」
 という声が聞こえたような気がして。ハッとして後ろを振り返ってみたけれど、そこにはもう月萌の姿はなくなっていた。冗談の好きな子なので、また僕をからかったのかもしれない。

 辻村君はモテるだけの男ではない。強い将棋だ。きっとタイトル戦線に出てくるだろう。だから彼とは、これから将棋で雌雄を決する日がくる、と思う。そういう日が来る。来なくてはならない。いや、そうするのだ。
 彼にはファッションでは勝てないかもしれないけれど、将棋ならまだ間に合うかもしれない。
 それに……。
「タイトル戦なら和服だしな」
 レンタルだし。せいぜい高級な和服を紹介してもらうことにしよう。予算の範囲内で。
 なんてことを思いながら、ふと辻村君の方を見てみると、いつの間にか皆川さんの姿はなくなっていて、彼は一人でその場に佇んでいたのだった。そして――。
「ど、どうしちゃったの?辻村君!?」
 辻村四段の足元。暗褐色の子犬のような小動物が巻き付いている右足首と対になる、もう片方の足、左足首には――。
 全身が深い藍色で覆われた子猫のような小動物が巻きついていて、そして辻村君を熱く見つめながら「かまって、かまってー」と、声なき声を発していたのだった。
 くそっ、また誰か辻村にラブラブ電波を発射しはじめたというのか……!?
 もうあいつ、超新星大爆発すればいいのに!

 新たに現れたもう一匹のスネコスリ。そのわけは?
 ……「駒.zone」連載小説「七割未満」の今後の展開に乞うご期待!



(了)

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*この作品はフィクションです。実在する人物・団体とは関係ありません。
 実在するtwitterアカウントが登場していますが、いずれもご本人の了承を得た上での、あ
くまでもこれはネタであることを申し添えます。

[参考文献]

柳田國男(1977)『妖怪談義』講談社
水木しげる・村上健司(2005)『日本妖怪大事典』角川書店
全日本妖怪推進委員会(2005)『写真で見る日本妖怪大図鑑』角川書店
清水らくは『五割一分』/『七割未満』http://rakuha.web.fc2.com/


コンピュータ将棋における強さとスペックの関係

コンピュータ将棋における強さとスペックの関係

ikkn


 はい、やってきましたコンピュータ将棋の話をする音声研究者です、こんにちは。
 今回何について語ろうかと悩んだのですが、編集長のらくはさんに相談してみたところ「強さとスペックの関係」という素敵なお題をいただきました。コンピュータって速ければ速いほど強くなるの? 本当に強くなるの? どれくらい強くなるの? ということですね。

 まず、今のコンピュータ将棋の強さというのは二つに分解することができます。一つは「局面評価の正確さ」で、もう一つは「読みの深さ」です。局面評価というのは局面をぱっと見てどっちがどれくらい優勢なのかを判断するという技術です。これは、コンピュータのスペックにはほとんど関係ありません。そんなにメモリも食いませんし、CPUの速さも必要としません。コンピュータのスペックが関係してくるのは読みの深さです。演算速度が速ければ速いほど読みが深いです。
 というわけで、読みの深さと演算速度について語ることになります。
 第一回電脳戦でボンクラーズが一秒間に何局面読めるかというのが話題になりましたが、これが読みの深さと直結することになります。ボンクラーズは一秒間に1800万局面読めるということでしたが、これがおよそ何手に相当するかというと、だいたい15手前後です。意外と読めていません。これはあくまで1秒間の話ですが、10秒間では何手読めるでしょうか。答えは17手前後です。では、100秒では? 19手くらいです。2分弱で19手です。やはり意外と読めません。局面の複雑さによっても読める深さが変わってくるのですが、とりあえずそれくらいが基準になります。局面によっては10手になったり30手になったりします。
 2分19手でなんであんなに強かったのかというと、人間と違って読み抜けがほぼないからです。読み抜けがないというのは言い換えれば、人間が読まない筋まで読むということでもあります。これがコンピュータ将棋の強さです。

 ところで、ボンクラーズは米長先生のご家庭にもミニチュア版が設置されたということが知られています。こちらは演算速度が約10分の1だそうです。演算速度がそれだけの場合、1秒で何手読めるのでしょうか。答えは、約13手です。10秒で15手です。なんとなく、4手とか5手とかしか読めそうにないと勘違いしそうになりますが、ご家庭のコンピュータでもそれくらい読めます。
 難しいことは置いておいて、ものすごく簡単にいうと、演算速度が10倍(あるいは10分の1倍)になっても2手しか読みの深さは変わらないのです。また、思考時間が10倍(あるいは10分の1倍)になっても2手しか変わらないのです。
 実際、米長先生はボンクラーズ戦後、「自宅のパソコンと強さは大差ないように感じた」とおっしゃっていた記憶があります。これはコンピュータ将棋開発者からすれば、そりゃそうだろうなあという感じで、たかが2手の違いでそんなに強さが変わるはずがないのです。

 で、ようやく今回の話の核心に入ります。「なぜ、コンピュータ将棋選手権には高いスペックのコンピュータが登場するのか」です。
 ここまでの話では、15手と13手が変わらないんだから、強さが変わるはずがないという話でした。でも、これは人間vsコンピュータの場合です。
 そう。
 コンピュータvsコンピュータの場合には事情が変わるのです。

 コンピュータ同士の対戦では、1手深く読めるだけで強さが相当変わってくるといわれています。15手と13手では強さがまるで違います。人間の感覚では同じに思えるこの深さですが、コンピュータにはこれが命取りになります。
 これがなぜなのかということを説明するのは結構難しいのですが、例えばこういうことです。13手読んだ段階では圧倒的に駒が不足しているかのように見えたけれども、15手読んでみたらなんと相手の玉が詰んでいた、なんてことがコンピュータ将棋ではよくあります。これは極端な例ですが、ちょっとした駒得が13手では見えなかったけれど15手では見えるなんてことはしょっちゅうです。
 だから、コンピュータ将棋選手権には高いスペックのコンピュータが登場します。

 つまり、人間vsコンピュータと、コンピュータvsコンピュータとでは同じ将棋でありながら競っているところが全く違うのです。

 将棋の強さっていったい何なんでしょうね。

 らくはさんがおそらく適当に出したであろう「強さとスペックの関係」というテーマは、そんな哲学的なところまで踏み込んでしまう話でした。
 結論として、らくはさん最強。

ふれあう将棋2

『ふれあう将棋2』 
 ふりごま


ぼくの名前は「ぽふぽふ」。

この前は小さな公民館で開催されている将棋道場を見学したのだけど、今回は大会だよ。
道場でワイワイ指しているときと違って、みんな真剣勝負。
そんなちょっとドキドキするような大会の様子を見てみよう。

大会には種類があって、全国大会への出場権を争うものや、地元新聞社主催のものもある。
全国大会を目指すということは県代表になるということだから、相当に強い人だよね。
いろんな大会があるから、自分の棋力に応じて参加してみるといいかな。

今回やってきたのは、2つの大会が同時に行われている会場。
ひとつは県代表を目指すアマ名人戦、もうひとつはクラス別で優勝を決める大会。
ぼくはアンドロイドで、現代の世界では「こども」の姿をしている。
将棋は指さないけど、見学は自由だから、あちこち動き回って観察することにした。

アマ名人戦の県予選には、50人くらいの参加者がいるみたい。
参加資格は特に指定されていないから、高段者の人じゃなくても参加OKだよ。
強い人と将棋を指して勉強したい人もいるし、記念参加が目的の人もいるのかな。
4人1組でブロックを作った対戦表が壁に貼り出されて、みんな注目している。
県代表経験者と同じブロックになった人からは、早くもため息が聞こえてくる。
2勝通過、2敗失格システムなので、2連勝して早々に決勝トーナメントに行けるといいね。
仮に2敗しても、大会によっては裏トーナメントと称して、早指し大会をやることもあるよ。
たくさん指せると嬉しいよね。

もうひとつの大会は地元新聞社主催のクラス別の大会のようだ。
段や級をA~Cクラスのようにグループで分けて、ほぼ同じ棋力同士で戦う順位戦みたいなもの。
クラスごとにリーグ表が作られて、1人あたり4局指して獲得点数で順位を決めるみたい。
参加者が多いと総当たりの対局ができないから、スイス方式を採用していることが多いかな。
スイス方式を使うと、勝った者同士や負けた者同士などが当たるシステムだから順位が付けやすい。
大会運営も時間との戦いだから、効率の良い方法が必要なんだよね。

大会は午前中に2局くらい指して、お昼になることが多いかな。
弁当が支給されている大会だと、そのまま会場で食べられるから便利。
だけど、勝敗によってその味が変わってしまうよね、きっと。

そういえば、プロ棋士が派遣されている大会もあるんだ。
指導対局をしてもらえることもある。
普段、プロ棋士に会えない人も、こういう時はチャンスだから参加するといいかも。
あと、アマ竜王戦の県予選に出場すると、扇子が貰えることもあるよ。

さてさて、対局が始まったので見てみようかな。
盤と駒は大会によって違うけど、今回は薄いシートにプラスチックの駒を使うようだね。
お互いに丁寧に駒を並べていく。
王様は「王将」と「玉将」の2種類があって、下位者が「玉将」を使うことが多いかな。
だけど、大会だと相手の棋力が分からないから、どちらでも良いかも。
遠慮しがちな人は自分から「玉将」を選ぶこともあって、謙虚だなと感心。
あとは、先手番になった人が「玉将」を選ぶこともあるけど、まぁ対局者同士で決めればいいかな。
先手・後手は「振り駒(ふりごま)」で決めよう。
振る人が自分の「歩」を3枚か5枚取り出して、両手に包んでシャッフルする。
そして、盤の上に放り投げると、「歩」か「と」が何枚か出るよね。
このとき、「歩」が多ければ振った人が先手、「と」が多ければ相手が先手になるんだ。
3枚か5枚かは対局者同士で決めればいいのだけど、プロの対局だと5枚が一般的だよね。

次に、対局に必要な時計。
針を使うアナログ式とデジタル式の2種類があって、秒読み有りの場合はデジタル必須。
アナログ式は例えば持ち時間20分だとすると、20分後に針が真上(12時)に来るようにセット。
針が真上に近づくと、少しずつ赤いレバーが右に押されて、最後は針が押し切って終了。
時間が切れると、赤いレバーが針の支えを失って、寂しげに下を向いてしまうんだよね。
この赤いレバーが徐々に持ち上げられていく数分間が対局者にとって最も辛い時間かも。
デジタル式は秒読みにも対応していて、時間をセットすれば残り時間を1秒単位で表示してくれる。
音が鳴るので、秒読みに追われると恐怖の音に聞こえるかも。
どちらの時計も2人分の時間を表示しているから、自分の時間も相手の時間もすぐに確認できる。
また、時計の上にボタンが付いていて、自分が指した後にボタンを押すと、相手の持ち時間が減るんだ。
ときどき、ボタンを押し忘れて、相手が指す時間なのに、自分の持ち時間が減ることがあるから要注意。
勝負に厳しい人は、そのまま無言で指さないこともあるんだけど、教えてあげると優しいよね。
このあたりは、勝負に徹するかどうかで判断が難しいのだけど。
ちなみに、対局時計を置く位置は、後手番の利き手の位置が一般的だよ。
時計のボタンは駒を持つ手で押さなくてはいけないので、右利きの人は右側に時計があると早く押せる。
つまり、利き手に近い方が時間の節約になるんだよね。
後手番になった人が好きなように時計を置けるというのは、先手番でないことへの穴埋めみたいなものかな。
細かいことを言うと、右手で駒を操作して、左手で時計を押すのは駄目。
右手で相手の駒を取って、駒台にその駒を置く前に、そのまま右手で時計を押すのも駄目。
だから、時計の位置って、意外と重要だったりするんだ。

最後に、対局の時間。
アマチュアの大会は、時間内に大会を終えなくてはいけないから、基本的に「切れ負け」を採用している。
「切れ負け」とは、持ち時間が固定されて、その持ち時間を使い切った時点で、負けとなるルール。
どんなに優勢でも、相手より先に持ち時間が無くなったら負けなので、非情な戦いがときどき起こる。
例えば、相手より早く指して、ひたすら守りを固める人もいるよ。
最終盤に、詰まないのに王手ラッシュをして、相手の時間を使わせる人もいる。
でも、時間はお互いに平等に与えられるものだから、どういう戦い方をしても、文句は言えないのね。
20分か30分の持ち時間が多いけど、ちょっと考えているとあっという間に時間が減ってしまうから、急がねば!
だけど、慌てて指すと悪手になって、時間を余したまま詰まされることもあるから、しっかり読まないとね。
この時間の使い方は「切れ負け」に慣れている人が有利だけど、いかに相手に時間を使わせるかがポイント。
複雑な局面に誘導したり、序盤から乱戦に持ち込むなど、意外と面白い戦略もあるんだ。
ちなみに、県代表を決める大会だと、決勝戦は秒読みが付くことが多いかな。
例えば、30分の持ち時間を使うと、そこから1手30秒以内に指すという具合。
デジタル式の対局時計が秒読みのアラーム音を鳴らして、緊張感がすごいんだ。

先手・後手を決めて、対局時計の位置・時間もセットして、いよいよ対局開始。
ちなみに、対局はすべて「平手(ひらて)」で、駒落ち戦はなし。
1局目というのはとても大切。
スイス方式がベースになっていると、最初に勝たないと価値が下がってしまうんだ。
1勝した者同士で2局目を戦うことになるから。
最終的な勝ち数が同じでも、その意味が全然違ってくる。
よろしくお願いします、の挨拶を経て、みんな全力で指そうね。

アマ名人戦の県予選は参加者のレベルの幅が広くて、圧倒的に強い人から背伸びしている人までいろいろ。
だけど、ブロックの関係でうまく勝ち上がる人もいるし、一発勝負ゆえに得意戦法がヒットすることもある。
また、20年以上前に県代表で活躍していた人や現役の県代表クラス、あるいは小学生も混じって年齢層も幅広い。
何度も大会に出ていると、常連さんとして覚えてもらえるかもしれないよ。
あと、対局者の周りに観戦者が群がることもあるから、そういう緊張感も味わうと意外と楽しいかもしれない。
時間とギャラリーの視線というプレッシャーの中で、堂々と将棋を指すのは大変なんだけどね。

午後の時間になると、地元新聞社主催の大会は佳境に入った感じ。
貼り出されたリーグ表に○や×が次々と記入され、連勝している人、勝ったり負けたりの人、全敗の人など。
小さい子供が多いクラスには、親の視線も鋭くて、真剣モード。
思わぬ敗戦に泣き出す子供もいるけど、一喜一憂する姿は微笑ましい。
最終的には、クラスごとに優勝者や入賞者を決めて、表彰する。
上位3位までは新聞に名前が掲載されたり、副賞が豪華だったり、小さな大会とはいえ、楽しいよね。
強い子は、大会ごとにクラスを上げていくこともあるよ。あっという間に追い越される大人がちょっと切ないかも。

環境面にも触れておかないと。
昔は、対局中に喫煙できる時代があったんだよね。
困った時は、相手の顔にプハーって煙を出して「盤外戦術」を使う人もいたとかいないとか。
でも、今は道場もそうだけど、大会も禁煙が基本。
だから、タバコが苦手な人も安心して参加できるよ。
あと、身障者の方が参加できるようにいろいろと工夫がされているよ。
車椅子の方が対局できるスペースを確保してあったり、盲目の方に棋譜を読み上げたり。
大会に参加する人がみんな楽しめるといいよね。

アマ名人戦の県予選も決勝トーナメントがどんどん進み、決勝戦が始まっている。
夕方近くになると、地元新聞社主催の大会は終わってしまい、子供たちは帰ってしまった。
残されたこの一局には、根っからの将棋ファンがずらりと周りを囲んでいる。
一手指すごとに形勢が変わる難解な中盤戦。
それを見守るギャラリーはみな黙っている。
声を出してはいけないし、対局者への余計な刺激は避けなければならない。
だから、会場はシーンと静まり返っている。
そして、駒音と対局時計を叩く音だけが響いている。

大会に参加する人の目的は、その多くが優勝を目指すことかもしれない。
いつもは道場や自宅で腕を磨き、その成果を試す場として大会を利用する人もいるかもしれない。
強い人と対局して、何かを得たいという人もいるかもしれない。
支部対抗戦でライバル支部にぎゃふんと言わせたいという人もいるかもしれない。

どんな目的であれ、大会に出ていろんな人に出会い、将棋を指す。
もちろん、観るだけでも楽しいし、仲間を増やせるかもしれない。
人と人との「ふれあう将棋」を通して、将棋の魅力を広く伝えられるといいよね。
面白そうだな、やってみようかな、と思ってもらえるように。

ぼくは将棋の普及のために未来からやってきた。
道場や大会は人を通して将棋が指せる場所。
もっともっと楽しんでもらえるといいな。


オーダー論考

   オーダー論考
清水らくは


 将棋の団体戦には、独特の味わいがある。その中でも大学将棋の団体戦においては、オーダーの組み方が非常に重要である、という点が特徴的である。
 五人ないしは七人で行われる団体戦では、オーダー順は固定ながら出場選手は対戦ごとに変更できる。つまり
五人制だとして、

1. ABCDEFGHIJ  2. ABCDEFGHIJ 3. ABCDEFGHIJ

 上記のどのように出場させるのも可能である。しかし、多くの場合3.のように飛び飛びで出場させることになる。もし1.や2.のようなメンバーが出ることになるとしたら、よほどの奇策かオーダーの組み方自体に問題があった、ということになるだろう。

 では、オーダーとはどのように決められていくのか。とりあえず、あるチームがベストオーダーを組むまでについて眺めてみよう。以下、スーパーエース(よほどのことがない限り勝ってくれる強豪)をS、エース(ほとんどの場合で勝ちを計算できる)をA、その他のレギュラークラス(エースに一発入ることもあるが、下に取りこぼしもするぐらい)をB、その他(力は足りないが人数の関係上登録されている)をCと表記する。


甲大学の場合


 甲大学将棋部は、長らく人数不足の中一人のSが引っ張ってきた。しかしSが四年生になった年、一年生に二人のAが入部してきた。他にも二人のBがおり、上位に入れる戦力が何とかそろった。しかし部員数は七人で全員出場するしかない。
 オーダーを決めるに当たり、Sは四年生でもありスーパーエースであるという自覚から自ら大将を買って出た。そして新入生のA二人をその下に起き、結局は素直に力順に並べることになった。つまりは【SAABBCC】である。

 大会当日、二人のA加入により、下位校に対しては楽に勝ち、迎えた三回戦。いつも接戦で負けるα大学との対戦、相手校レギュラーの戦力は【AAABBCC】であり、Sがいる分、甲大学が有利かにも思えた。
 しかし、相手校には14人全員オーダー表を埋めるだけの部員がいた。この時点で、実は甲大学は不利に陥っていたのである。実際の対戦は以下のようになった。


甲【SAABBCC
α【CACAABB】



 ここまでα大学は【ACAABBC】というオーダーを組んでいた。しかし甲大学戦では、七将のCをはずし大将にCを入れてきた。このように相手の強豪に下位選手を当ててその対戦を半ば捨てることを「当て馬を当てる」と言う。
 対戦をよく見ると、4567将戦においてα大学の方が有利になっている。また副将戦もいわゆるガチンコ対決であり、期待値は0.5勝である。つまり恐ろしいことに、出場選手の総合力では甲大学が上回っていながら、対戦した時にはすでにα大学が有利になっているのである。
 甲大学が負けるとして、何が敗因だったのか。一つには人数不足が上げられる。七人しかいないため、相手にとっては当てたい相手を確実に当てられてしまうのである。もし甲大学にたった一人でも控え選手がいたとしたらどうか。オーダー表に【CSAABBCC】と書いていたとしよう。そしてα大学戦で大将にCを入れたとする。すると


甲【CSAABBC】
α【CACAABB】



 という対戦になる。これで大36将戦がガチンコになった。副将戦は甲大学が有利であり、ガチンコ対決を全てものにすればチームが勝利できるという意味では、先ほどよりはましな対戦となっている。
 α大学としてもこのようなケースを避けたいと考えれば、大将にCを入れるかどうか迷うことになる。一人人数が加わるだけで、相手にとっては大きなプレッシャーになるのだ。
 甲大学の敗因はもう一つある。オーダーを素直に並べ過ぎたことだ。チーム構成上甲大学が考えなければならないことはいくつかある。チームが勝利するためには最低でも四勝せねばならず、そのためには最低でもBBCCのうち誰かが勝利せねばならない。つまりこの四人が戦力となるような当たり方をせねばチームとしては苦しいのである。できればBはBかC、CはCに当たるような展開を作りたい。またSAAはできるだけ無駄にならない相手と当りたい。特に相手にSがいない場合、自チームのSはAをつぶしておきたい。Aに関しては、Bに当てて確実にとりに行く、という戦略もある。まさに今回のα大学がそのようにしたのである。しかし甲大学は出場選手を変更できないので、いかに相手に戦略を取りにくいオーダーを作るか、が大事である。並びを変えられないのにそのようなことが可能か、という問いに対しては、相手校が戦うのは甲大学だけではない、ということがヒントになる。

 さて、ここで私が甲大学の部長だったらどのようなオーダーを組むか、ということを考えてみたいと思う。相手校との兼ね合いもあるが、とりあえずは以下のようなオーダーから考える。


【CASABBC】


 普通どのようにオーダーを考えていくのかは知らないが、私の場合だいたいこれが基本形となる。まずは大将から考える。各大学、当て馬については常に考えるものであり、一番上にはCを入れていることが多い。最初からCを出し、重要なところで引っ込めてガチンコを仕掛けるという逆の戦略を仕掛ける場合もある。しかし、上に二枚Cを並べるということはしにくい。下の方でオーダー調節がしにくくなるうえに、二枚とも出す事態はなかなか生じないからである。また大将にBを置くのも少し勇気がいる。というのも、Bを外してCを入れるという戦略は、総合力が落ちるのでリスキーな選択になるからである。大将でBを出すということは、相手校のSやAにやられ続ける代わり、固定の当て馬相手を確実に拾っていくという戦略になる。
 そんなわけで大将のCは、「相手のSやAを空振りさせる」「Bなら頑張れば勝つこともあるかもしれない」「C同士ならガチンコになり御の字」という理由で、人数不足のチームでは損がないのである。
 またASAと並べたのにも理由がある。相手校として見れば、Sに誰を当てるかが課題となる。できればBは当てたくない。Sがいるチームならば、ガチンコを仕掛けるかどうかも考えるだろう。α大学のような場合、C(当て馬)を当てたい。ここで重要なのは、SをAで挟んだ場合、当て馬を使うと、もともとSと当る予定だった人は確実にAと当るということである。実は先ほどもα大学は3将にCを入れていた。Sに当て馬を当てられるオーダーだったのだが、同様に当たった場合どうなるだろうか。


甲【CASABBC】
α【CACAABB】


 甲大学はSをすかされたものの、大246将がガチンコになった。3将がほぼ勝ちであることを考えれば、かなりましになったと言えるだろう。しかしα大学がこれを避けようとすると、「相手のCにAが当たる」もしくは「相手のSにAが当たる」事態はほぼ避けられない。上の方に控えメンバーを固めると、相手校も人数豊富な場合下の方で狙い撃ちされてしまう。相手が甲大学だけでない以上、オーダーは基本的には人数豊富な相手を考慮して組むものなのである。
 オーダーを少し変えただけで、相手校の悩みがかなり増えたことがお分かりいただけただろうか。


乙大学の場合


 メンバーを考える際には、棋力以外にも重要な要素がある。例えば乙大学では、C1とC2のどちらかが出場することになり、二人をどのような配置にして、どのようなパターンで出すかを考えなければならない。
 C1は時折上に一発入れるがコロッと負けることもある三年生である。一つの考え方として、彼を当て馬大将に置くとする。すると相手校にとって、過去のことから名前を知られている可能性が高い。Bを当てても確実に勝てるとは限らないとか、C同士だと不利になるのではないかと相手に考えさせるだけでも意味がある。
 C2は一年生で、大会前の部内リーグなどでCクラスの中で一番いい成績を収めた。棋力で言えば一番期待ができるので、七将などでずっと出すのも手である。また、確実に相手も当て馬を出すだろうときに大将で出すという作戦もある。しかし一年生にその役目を任すかどうかは悩むところである。たとえば初戦相手校の人数が足りず不戦勝になるような場合、C2の名前をあえて出しておき、「強い新人が入ったかもしれない」と思わせておくのも得になる。C1を下に書いた場合には、ここであえてC1を不戦勝にさせ、C2を次からオーダーに入れるという作戦もある。C1よりも期待できる棋力だと相手は思うかもしれないし、最初のうちに新人に場馴れさせるためあえてC1を下げたと思われるかもしれない。どちらにしろ、少ない手駒で出来るだけ相手に悩んでもらった方が乙大学にとっては得なのである。

 さて、乙大学にはもう一つ悩みどころがある。それはA1の性格である。彼は棋力はあるのだが、プレッシャーに弱い。そこで彼をどの位置に置くのかも重要になってくる。プレッシャーに弱いからと言って5将や6将で出してしまうのはもったいないし、何より相手校もそこにAクラスを当ててきたときに余計にプレッシャーを感じてしまう。一番考えられるのは大将である。なぜならそこは隣が一人しかいないので、戦況がわかりにくいのだ。副将はできるだけ安定した成績を残すA2、もしくは序盤が非常にうまいB1を考える。A1にとって比較的周囲を見回す余裕がある時間に隣が形勢を損ねることが一番悪い状況と言える。「自分が勝たねば」という思いを強くしてしまうからである。
 とはいえ大将は他の作戦との兼ね合いも考えなければならない位置である。よって、次の候補は副将となる。できるだけSやAを隣に配置し、下位の苦しい様子を気にさせないことに気を遣う。もしくは明らかに当て馬であるCならば、負けて当たり前なので気にすることも少ないだろう。また私のこれまでの経験上、3将や4将が意外と勝負将棋になることが多い。枚数が揃っていないチームにとって、SやAを置いても当て馬を当てられにくく、そのうえ無駄が生じにくい位置が3、4将なのである。よってA1をここに置くと常に大事な対局が続くことになる。大将・副将は相手が外してくれる位置であり、プレッシャーのかからない対局が生まれやすいのである。

 これ以外にも、戦型なども考慮することがある。対振り飛車が得意な人に的を絞らせないために、居飛車党・振り飛車党を交互に配置するというのも大きな意味のある作戦である。また「棋力よりも強そうに見える」ということすら作戦によっては役に立つ。見た目も大事なのである。
 もしオーダー学と言うものがあるならば、今回書けたことはそのほんの一部でしかない。現役学生などはもっとずっと先を見ていることだろう。何にしろ団体戦というのは対局者だけで決まるのではない、オーダーをどうするかによって大きく結果が異なるのだということを実感していただければ幸いである。

~俺たちはあの切なくて笑っちゃうほど痛い夏に別れを告げなければならなかった編~

駒とおむすびとペンギン
~俺たちはあの切なくて笑っちゃうほど痛い夏に別れを告げなければならなかった編~


それはとある夜のことでした。
アルバイトで朝刊を配っていた半島はふと気付いたのでした。
「この胸の疼痛はもしや失われた神々の評定によって狂わされた不透明な明日の教示か……?」
彼は体にひどい疲労感を感じていました。
そう、朝刊を配った後では体力が続かず自転車をこぐことが叶わなかったのです。
彼は悩みました。このままでは駒おむペンの記事が書けない、と。
もし自転車をこいでしまえば、今度はアルバイトに支障が出てしまう。
いったいどれだけの日が企画構想に費やされたのでしょう。
苦しんだ挙句、彼の中のもう一つの人格は次のように提案をしたのでした。
「限りなく現実に肉薄する残酷なテーゼを指し示せばモノリスへ至る道はひらかれるのではないだろうか」
自転車がダメなら朝刊用のスクーターで記事を書けばいい、それはかすかな希望を彼に与えました。

しかしそのアイディアを実現させるには多くの障害を乗り越えねばならない、当時の彼にはそのことを推し量るすべはなかったのでした。




ペンギン「バイト先には恥ずかしいから俺を持っていけない? 諦めんなよ……どうして諦めるんだよそこで!! お前のことを応援してくれている人たちのことを考えろよ!!」





僕たちの夏が、いま、始まる…………!






はいっ! というわけでね。おまっとさんでした駒おむペンです!
今回は夏という事で駒娘たちが水着に大変身! この記事の数少ない将棋成分の大部分だ、と編集長に指摘されて若干落ち込んだりもしましたが「うるさい! おむすびは駒のメタファーなんだよ!!!!!」と逆切れしながら記事を書いています。半島です。

それにしてもセンターの銀ちゃん、ノーメガネですねぇ~。
眼鏡っ子は眼鏡とセットでこそ真価を発揮しますが、眼鏡がなくて前が見えない状態もなかなか……。
今回はスペシャル的なノリで若葉さんががんばってくれました!
若葉さんいわく、銀ちゃんは目を、桂ちゃんは髪を、香ちゃんは「胸を」がんばったそうです。……というか待て最後。

それにしても駒娘もいよいよ3人になりました。早いものですねえ。
どの娘さんにも象徴する「おむすび」を僕は毎回考えているんですが、今回は「銀ちゃん」ということで、銀ちゃんのおむすびを作ろうと思うんだぜ。え? 銀な具って何かって? あれですよ、あれ。ふふふ。

今回は意外と知られていない新聞配達のことも話しつつ、仕上げにおむすびを食おうと思います。男の汗は美しい! 仕事の後のおむすびはかぶりつくだけの価値がある! う~んマンダム。

1:20
真っ暗な夜道を抜けて出勤するとそこには深夜にも蛍光灯の明かりがばしばし照らされた事務所があります。新聞配達員の朝は早い。
新聞が配送されるのを見計らって、チラシを組み始めます。もちろん手作業です。
雨の日はビニールをかけ、土曜日には大量のチラシのせいで普段の3倍くらいの重さと厚さと戦う、それが配達員の日常……。

この時、新聞の一枚目に棋士の情報がちらっと載ってたりするんです。
羽生さんと森内名人の勝敗などは、さりげなーくにわかな僕でもチェックしてました。
配ってる途中にある新聞の一面に里見さんの写真が載ってたりすると「おおおおおおこの人がらくはさんの言ってた人か! 出雲のイナズマ!」とテンションあがったりしちゃうんですよね。恐るべき将棋パワー。

2:15




新聞を組むスピードが普段通りなら、この時間帯にバイクに積むことができます。
あまりにも時間がかかりすぎると配り終わるまでに6時を回ってしまい遅配となってしまうんです……。お客さんに「ちょっと新聞着てないんだけど!?」なんてクレームの電話が入ったら大変。なるたけ急いで出発します。



2:30



夜の街は当然のことながら真っ暗です。
だいたい車通りや人通りはほとんどないんですが、たまにいらっしゃいます。
そういう場合はほとんど注意をしていない状態なので事故が起きやすい……命がけです。

ここで大事になるのが、実はポストの形状なんです。

ポストにもいろいろあるんですが、当然のことながら「新聞」を「ポストにあわせて」入れます。
綺麗にたたみながら新聞をいれるのって難しいんだ……。
アメリカ風のポストだったり、ドアに付属されてるポストだったり、集合ポストだったり……ポストの形状に合わせて新聞を投函するセンスが必要になってきます。
土曜日なんか厚さ1.5cmくらいの新聞を三つ折りにするからね。それを200枚近く……。
手首? うん、そうだね! 関節炎だね!


3:30
オートロックマンションでかなりの部数をさばけました。
さてさて、いよいよここからが時間との闘いです。時間指定のお客さんのお宅へ先に新聞を入れなければなりません。4:00、4:30などのDead Lineが指定されていて、それを過ぎるとまずいのです。
お客さんの中には早朝にお出かけになる方もいるので、電車の中や会社で気持ちよくお読みになれるように急ぐ、急ぐ、急ぐ!!





4:30

そろそろ夜が明けてきました……。
頭がもうろうとしてくるのもこの時間です。








なんか……もう適当でいい気がしてきちゃいます。
なんで俺、こんなことでがんばってるんだろうって……。 




ペンギン「……一番になるって言ったよな?」



え?

ペンギン「日本一なるっつったよな! ぬるま湯なんかつかってんじゃねぇよお前!!」

で、でも……

ペンギン「諦めんなよ!!! どうして諦めるんだそこで! 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だぜっっっったいに駄目!」



ペ、ペンギンさん!!!
オレ……間違ってたよ!!!!!!


……という妄想が脳内で再生されるくらいこの時間帯はきついです。
車もライトを消してしまう人が増えてくるので、下手すると接近に気付かない!
これは新聞配達に限らず、すべての車両が危ない時間帯です。


中継地点に置いてもらっていた新聞を補充して……さあ! 後半戦の始まりです!
意識がもうろうとしていると新聞を入れ間違えたりだとか、入れるべきお宅を飛ばしてしまったりしてしまいます。焦らずゆっくり着実に入れなければなりません。


 

5:30

空を見上げれば小憎らしいほどの日本晴れ。
ようやく最後の一軒に新聞を配り終えるころには世界はもう朝です。
肩も腰も目も足もみーーーんなお疲れモード。一気に脱力します。
配るのが早い人は4時半くらいに終わるそうなんですが、正確さを重視するとどうしても時間がかかってしまいますね。今日も気持ち良く配ることができました!


さて、仕事も終わったことですし朝ごはんを作りたいと思います。
もちろん朝ごはんは「おむすび」です。


銀っぽいおむすびをいろいろ考えてみたんですが、ここはやはり「銀シャケ」ではないかな!! とね!
ぼかぁ思うわけなんですよ! うんうん!
え、安直? 言ってやるなよ。

 

スーパーで買った甘塩シャケ(塩麹漬)をアルミホイルに包んでフライパンで焼きます。
もちろんグリルで焼いたほうがおいしいのですが、手間を省きたいときはこちらの方法がお勧めです。キノコや野菜をしきつめて、みりんで溶いた味噌をくわえてちゃんちゃん焼き風にしてもGood!

 

……ちょっとバターを入れ過ぎてしまった感がありますが火は通ったようです。
配達で疲労困憊していて思考能力が「もうやめてペンギンのライフはゼロよ!」な状態になっております。もうこのまんまゴール(実食)してもいいよね? いやいや駄目駄目。

 

次にラップを敷いて、その上に白ゴマを散らします。
鮭には海苔かとも思ったんですが、バターと塩麹の甘さが嫌味になるかなと思って白ゴマをチョイス。
ふんわりざっくり握ります。
これで銀ちゃんおむすび「幼馴染の男の子に何かにつけて口うるさく小言を言ってくるツンデレ委員長風」は完成です! いや、キャラ造形の打ち合わせで担当の若葉さんと盛り上がってしまって、いまでもどうして委員長なのかは謎です。攻守ともにそつなくこなすから~というイメージだけでなぜこうなった。前にご飯粒がついてるのはご愛敬。


いや、いい加減お腹がすきすぎてやばいです……。
一口ほおばると、ゴマの香りが口の中一杯にひろがります。
噛めば噛むほどゴマの香りが鼻をくすぐって、シャケのインパクトが舌に……。
やはりシャケおむすびは定番ですね!
銀のおむすびはこれで決定です!

銀についてのコラムですが今回は別枠を用意しました。
今回のネタは立原道造という昔の詩人です。
ちょっぴり真面目風?に書いてみました。よければあわせてご覧ください!









駒とおむすびとペンギン
特別編~ぼくと駒~

    またある夜に   立原道造

     私らはたたずむであらう 霧のなかに
     霧は山の沖にながれ 月のおもを
     投箭(とうせん)のやうにかすめ 私らをつつむであらう
     灰の帷(とばり)のやうに

     私らは別れるであらう 知ることもなしに
     知られることもなく あの出会つた
     雲のやうに 私らは忘れるであらう
     水脈のやうに

     その道は銀の道 私らは行くであらう
     ひとりはなれ……(ひとりはひとりを
     夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)

     私らは二たび逢はぬであらう 昔おもふ
     月のかがみはあのよるをうつしてゐると

     私らはただそれをくりかへすであらう




 小学生の時からぼくには将棋が難しすぎた。
果てしない戦術、相手の手を読む姿勢、絡まってしまうほどあるセオリー、そんな諸々のアイテムがぼくにはどうしても楽しめなかったのだ。

けれど駒は好きだった。



 ぼくが将棋の駒に初めて触れたのは小学生の時だった。
まだ当時4年生だった姉が学校で将棋を覚えてきたことがきっかけだった。
親父が気まぐれに買ってきてくれた将棋セットを使って、何度かか姉弟で遊んだことを覚えている。
「これは香車っていうんだぜ? そしてこれが飛車」
姉は駒の並べ方から、崩し将棋、と金将棋などのルールを教えてくれた。
昔から負けず嫌いな人だったから、弟より優位に立って何かを教えたかったのかもしれない。
弟というものはいつの時代も姉のうっぷんを晴らすために存在している。
「角はそんな動きしないよー。それ反則! ぶぶー反則負け!」
駒の動き方の把握すらおぼつかない、ぼくはそんな愚弟だった。
それでも何度かは姉の軍を脅かしたこともあったらしい。
ふとした時に姉は王をひっくりかえした。
「王様はね、ワープできるんだよ。ほら」
「げっ! そんなこともできんのー? えー」
ワープ機能を有した王は、ぼくの軍を蹂躙しつくした。

やっぱり王様ってすごいんだ、2年生だったぼくは不思議と感動していた。



将棋での知恵比べや、勝ち負けうんぬんよりも駒を動かすことが単純に楽しかったのだろう。

ぼくのスーパーウルトラ香車はしばしば一手で相手の軍を2枚ぬきしていた。



 高校生になると将棋部の友達ができた。
そいつの棋力は素人に毛の生えた程度のもので、ずぶの素人のぼくが出鱈目にさしても4回に1回は勝つことができた。
二人で昼休みになると弁当をあけて将棋盤を向かい合って挟んだ。
どうやら将棋にも必殺技のようなものがあるらしいと知ったのも高校生になってからだった。
「んー、まずは棒銀じゃない? 金を前にだして蟹にすんのも結構いいぞ?」
初心者が未開人にラテン語を教えるような感覚だったのだろう、友人の教えは投げやりだった。
真っ先に名前だけ覚えてまねたのが棒銀だったが、棒銀の実直さはしばしば相手に防がれた。
ぼくは棒銀以外は使おうと思わなかったし、棒銀すらまともに覚えちゃあいなかった。
桂馬で援護射撃をしたり、意味もなく矢倉を組んだり、百円玉を賭けて負けたりもした。
それでもやっぱり駒は美しかった。
香車のまっすぐな生き方も、桂馬の切り込み方も好きだった。
将棋がほとんど出来ないぼくたちは、駒をうごかして遊んでいたのだ。

駒の動きが対話だった。



 しかし人はそれぞれの道を歩むものだ。
姉とぼくは将棋を指さなくなったし、将棋部の友人の現在をぼくは一切知らない。
ぼくはいま深夜に新聞配達のバイトをしている。

新聞を配りながら、駒と銀について考えていたら立原の詩が忽然とよみがえった。



    その道は銀の道 私らは行くであらう
    ひとりはなれ……(ひとりはひとりを

    夕ぐれになぜ待つことをおぼえたか)



夜には人をどこかへ迷わせてしまう異界への裂け目がある。

その巨大なクレバスに遭遇するために人は夜を歩くのだ。



夏というものは全くもって節操がない。
深夜だというのに無作法に泣きわめくヒグラシも、白色光に照らされたアスファルトも、呼吸さえしていない空白の道路も、みんなみんな甘ったるい。
どうして、ひとりはひとりを夕暮れに待つことをおぼえたか。
決まっている。淋しいからだ。

こんな事を思い出すのもどうしようもなくみじめで、生皮を剥がすように淋しいからだ。



淋しい思いをしながら駒のことを考えているうちにまた、ぼくはぼく自身の「銀の道」を意識しなければならないことを覚悟する。
それは祝福された道ではないが、夜が明けるための道でもある。

銀色は淋しい色なのだ。






次回予告




  他人との接点を最小限にとどめ生きてきた駒少女・角。
  繰り返される戦争の中、少女はついに武器を手に取ることを決意する。
  「……大丈夫……私が……切り開くから……!」
  冷たい鉄の鎌が相手の首へ振り下ろされる時、混沌を極める対局の時間は加速していく……。

  次回「角ちゃん心の向こうに」 次回もさーびすさーびすぅー!


文章 半島

イラスト 若葉



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