閉じる


<<最初から読む

8 / 18ページ

作者による「辻村創造」

   どうしたの? 辻村君

1.作者による「辻村創造」   
清水らくは


 今回は『七割未満』の主人公であり、『五割一分』にも登場する辻村君の素顔に迫ろうと思います。
 辻村君は最初、『五割一分』という小説に出てきました。この小説、主人公は冴えないプロ棋士、三東四段。そしてそこに天才少女、金本月子さんが転がり込んでくるという話でした。で、この二人とってもおとなしいんです。目立とうとしないし、静か。そこで対照的なキャラを創ろうとしたら、辻村君が出てきたんですね。若くて自信家で、それでいてどこか悲しげ。彼の方が月子さんに憧れる、それが物語のスパイスになればと思いました。
 ただ、『五割一分』では彼のことを書ききれなかったので、彼を主人公にした『七割未満』という話の設定を思いつきました。天才だけど一番じゃない、オシャレにこだわるけどなんか変、いい加減そうで実はちゃんとしてる。そんな男の子を書くのはとても楽しいです(笑)
 そんな辻村君には皆川さんという姉弟子がいますが、彼女は『五割一分』を最初に書いたときにはいなかったキャラなんです。某賞に応募した時に貰ったコメントをもとに、物語を膨らまそうとした時にちょっとだけ出てきたキャラでした。それがまさか表紙にまでなるなんて、作者としてもびっくりです。

 辻村君にはモデルがいるんですが、設定自体はかなりオリジナルが多いです。高校をさぼっているのは「月子さんができなかったことを自ら放棄する」という余裕の表れみたいなものですね。両親との関係にしても、彼はみずから断っているところがあります。川崎君というライバルがいるんですが、彼は『レイピア・ペンダント』という作品に出てきた、天才型のプロ棋士です。辻村君より一歳年上なんですが、将棋以外の点ではどこか幼くて、偏執的で、でも純粋。まだまだ彼の魅力は引き出せていないので、今後辻村君との絡みももっと書いていきたいです。
 実は作者も辻村君の容姿はよくわかっていなくて、「背は高くなくて、髪の量が多くて、目は細め」ぐらいのイメージしかありません。基本、男キャラの容姿は書いていない気がします(笑)ですから彼については、これから「創造」していく段階ですね。

敗戦後の形勢

2.敗戦後の形勢
第25回 辻村充四段 「優勝を知らない10代棋士の嫉妬」

上石三郎



 早熟であることは天才であることを意味しない。10代でプロ棋士になるものが、皆名人になるわけではないことは当然のことである。しかし。中学生棋士たちが皆タイトルを獲ってきたことを考えると、若くしてプロになった者はやはり特別な気もする。私たちは無邪気に10代棋士たちに同様の活躍を期待してしまうのだが、爆発的な輝きは最近見ることはできない。それどころか、最近の10代棋士は順位戦で負け越しさえしてしまう。このまま、「普通のプロ」で終わってしまうのではないか、と思うと少しさびしい。
 三段リーグは今でも過酷であり、そこを抜けることは厳しい。しかしそれゆえに、リーグで悔しい想いを経験した方がプロになってから通用するたくましさが身についているのではないか、とすら思えてくる。リーグをさっと抜けてしまった10代棋士は、先輩たちに対抗するだけの芯からの強さを持ち合わせぬままに戦いの場に出てしまっているのではないか。
 若者が様々な壁を才能だけで食い破っていく、そんな姿を見たい。ファンは無責任にもそのようなことを期待してしまうのである。
 そんな勝手な期待を実現してくれるかもしれない若者が、二人現れた。一人は川崎。デビュー以来何人もの強豪を倒し、一躍その名を広めた。残念ながらタイトル挑戦などには至っていないが、いつかは大舞台に行くだろうという声が多い。
 そしてもう一人、期待の新人がいる。辻村である。川崎より一歳若い彼は、川崎より先にプロになった。七割近い勝率を残し、圧勝する将棋も多くみられる。高校生棋士であり、最近はおしゃれにも凝っているようである。しかし、彼に関してはあまり先輩方の話題に上るということを聞かない。確かに強いのだが、超一流になるような圧倒的な何かが感じられないためであろう。確かに、将棋に関してはあまり印象がない。
 辻村四段自体もあまり多くを語るタイプではない。ただ、内に秘めた強い闘志は、感じられる気がしていた。そしてそんな彼が、若手奨励会員たちと研究会を始めた、との噂を聞いた。これまで研究会をしていなかったことも驚きだが、彼が後輩の面倒を見ているというのも予想外の出来事だった。孤独を愛し寡黙に研究する、そんなイメージを抱いていた。
 辻村充とはどんな棋士なのか。実態に迫ってみたいと思った。




優勝経験のない天才


 辻村は、確かに早熟だった。6歳で将棋を覚え、小学二年生の時に道場初段になった。その間特に苦労した覚えはないと言う。ただ、家族や友人が誰も将棋を指さないため、実戦数が少なかったかもしれない、と語っている。弱い時から強い人とばかり指していたため、子どもらしく将棋を楽しむという期間がなかった。そして常に上を目指していた辻村にとって、大きな出来事が訪れる。KKLY将棋大会である。彼は二年生の時、関東大会において、低学年の部決勝戦まで勝ち進む。当時三段になっていた辻村にとって、優勝は当たり前のことに思われた。しかし、そこに立ちはだかったのが川崎であった。公開対局の場で、辻村は完敗する。当時を振り返って彼は「泣くことすらできなかった。何が起こったのかわからなかった」と語ってくれた。
 その後様々な小学生大会に出場した辻村だが、優勝することはできなかった。その多くは、川崎によってはばまれた。辻村にとって当然妥当川崎が目標となったのだが、その川崎は先に奨励会に入る。そして辻村は、川崎のいない大会には出なかった。一年後、「当然のように」辻村も奨励会に入った。
 辻村はこのようにして、優勝経験のないままにプロの道を志すことになった。実力はあったものの、常に川崎に一歩遅れていたことは隠しようのない事実である。
 一歳年下とはいえ、同年代にまったく勝てない相手がいることは屈辱であったに違いない。実際辻村はことあるごとに「川崎さんに勝ちたい」と言っていたという。しかしそんな辻村は、三段リーグで川崎に追いつき、もう一人の天才、懸よりも早く四段に昇段した。本人も想定外だったという。「自分はまだまだだと思っていた。ただ、リーグ戦は自分に合っていたんだと思います」辻村自身はそう分析している。トーナメントで一度も優勝できなかった男が、リーグ戦で結果を残しプロになった。勝負の世界は本当に不思議なものである。
 こうして高校生棋士・辻村四段が誕生した。天才候補の10代棋士に、注目が集まったのである。




理念の研究


 辻村はコンスタントに勝ち続け、勝率は七割を超えた。しかしトーナメントではやはり勝ち進むことができず、新人戦でもベスト8に終わった。
 最近の若手はすべからく研究派で序盤に隙がない。辻村もその例にもれなかったが、研究会には一切所属していなかった。制服姿のまま控室に来ている姿は何度も見たが、ひたすらひとりで勉強している、といった感じだった。たまに姉弟子である皆川女流1級と話しているのは見たが、他の棋士とはあえて距離を取っているように感じた。孤高というわけではないが、群れることを嫌っている雰囲気は伝わってくる。
 そんな辻村の将棋は、どこか孤独さを感じさせる。一手一手細かく研究するというよりは、見捨てられた変化に光を当て、自分なりに意味を与えてやるような、そんな指し手が多い。
 印象に残っているのは図の局面である。善波四段との飛龍戦、後手が△7二飛としたところだ。少し懐かしい形になっている。この後▲3四角△同金▲同飛として8二金と2三歩を狙いとするのだが、△7一銀から飛車を2筋に持ってこられると歩切れが痛く、後手が指せると結論が出されている局面である。しかし辻村はこの局面に誘導した上で、▲3四飛という新手を放った。後手は△同金とするよりないが、▲同角とした後今度は8二金と4三角成の両狙いとなっている。
 結果は辻村が勝ったが、新手の是非はわからなかった。わからない、というのは、他の若手が興味を示さなかったということも意味する。最新形ならば皆で頭を突き合わせて検討するのだが、この対局は控室でもたいして人気がなかったという。私が感心したのは、そういう他の若手が興味のないところ、流行系ではないところに辻村が新手を用意していたことである。
 「最近流行している形は、軽すぎて好きじゃないんですよ」
 少し笑みを浮かべながら彼は言った。そしてこう付け加えた。
「誰にでも好手になる手というよりは、自分にとって最善の手を研究している感じなんです。手というよりは理念かな。自分の性格とか、まあもっと言えば終盤力とかに合わせた研究じゃないと意味がないんで」
 辻村は、誰にでも通用する一手、いわば「神の一手」とでもいうものを追い求めていない。彼は自分が勝つにはどうすればいいか、それを第一に考え、そのために研究会などにもほとんど参加しない。最近始めた研究会も、奨励会員たちに請われて何となく始めたものだという。彼を引っ張り出したうちの一人、魚田6級は次のように語ってくれた。
「辻村先生は、悪手について駄目だとは言わないんです。悪手を指すのがわかっていてなんで序盤に力を入れないんだ、そう指摘してくれます。今武器になっている終盤力は、上に行ったら皆持っていて当たり前の防具にしかならない。もっと他に武器を見つけないとプロにはなれないって」
 辻村は後輩たちに、天才としてではなく接しているのだな、と思った。彼は常に川崎という壁に挑み続け、一番ではないという自覚のもと戦ってきた。だからこそどうすれば自分より強い相手に立ち向かえるかを考えてきたのだろう。
  辻村は、手ではなく理念を研究する。彼が超一流になれるかどうかは、この点が成功するかどうかにかかっているだろう。




「常に嫉妬している」


 先日辻村は、プロになって初めて川崎と対局した。プロになる順番でこそ逆転したものの、奨励会でもほとんど勝てていなかった。辻村も「ここで一発入れとかないと、将来に関わると思った」と考えていた。しかし、勝負は完敗だった。
 「常に嫉妬していますよ。川崎さんはずっと二歩ぐらい前を走っている。いつでもタイトルを獲れるだけの力を持っていると思うんですよ。でも僕はまだ本当に強い人には勝てない。せめて勝てる将棋は落としちゃいけない、七割は絶対維持しなきゃいけないと思っています」
 嫉妬を告白し、勝率を目標とする。これまでそんな若手がいただろうか。彼はまだ高校生である。しかし川崎というライバルがいることにより、時間の足りなささえ実感しているようである。
  残酷なようだが、川崎に負け続けることにより辻村という棋士は成長を続けるだろう。川崎の影に隠れながらも、理念という武器を育て続ければ、きっと彼は超一流の天才になれる。
 そういえば、大事な質問を忘れていた。最近辻村は急におしゃれに凝り始めたように見える。スーツで対局する事も増え、髪型もどんどん目立つものになってきた。こちらに心境の変化はあったのだろうか。
「いや、それは……内緒でお願いできますか」
 少しもじもじと答える様子は、間違いなく10代男子の姿だった。私はいろいろな意味で、温かい気持ちにさせられた。


~ツクモさん、五割一分以上七割未満な番外編です!~

3.どうしたの?辻村君 ~ツクモさん、五割一分以上七割未満な番外編です!~

                                         贅楽夢

1.
 何やってるんだ、あいつ?……というのが、その日彼を見たときの偽らざる第一印象だった
のは間違いない。
 今年四段に昇段し、つい先月末には新人王戦で優勝を飾るなど将棋の成績だけに限ればそれなりに順調な日々を送っていた僕は、そろそろ冬の訪れも間近となった11月のある日の午後雑誌のインタビュー記事の取材に応じるため将棋会館を訪れていた。そして指定された部屋へと向かう途中、通路の向こう側を歩いていく彼の姿を見かけたのだった。
 視界の中を颯爽と横切って行く彼は、最近、高校生で四段になったばかりの、将棋界の期待の若手棋士である。彼とは奨励会に在籍していた時から何度か対局したこともあるし、そもそも今年の奨励会卒業同期でもあるので彼と僕をライバルとしてとらえている人も周囲にはいる。未だにいる。僕が中学生棋士になりそこねた20歳間近の「元・天才」で彼が高校生プロ棋士となった「現・天才」であったとしても、だ。
 しかし将棋の方はかろうじてライバル視されているけれども、その他の部分、具体的にいうとビジュアルについては全く勝負にならない。将棋で言うと、一方の玉将に2手スキが掛かっているとしたらもう一方は深く穴熊に囲われていて王手も掛けられないような、逆転の目は0.2%もないといった状況だ。勿論2手スキが掛かっているのは僕の方だった。
 実際、彼は格好良いのだ。やや癖のある前髪、軽く刈り上げられた襟足、そして意志の強そうな両の目線。礼儀正しい身のこなし。高校のブレザーの制服を着ていることも多いが、稀にスーツ姿に身を包んでいることもある。クラスの中でも教師の期待を一身に集めています的な空気というか、あらゆる業種で期待のルーキーと言われる種類の人間が共通して持っている雰囲気というか。そういったものをそこはかとなく醸し出しているような、そんな若者だった。
 その、彼は。
 今日もクリーニングしたてのようなさっぱりとしたブレザーの制服に身を包み、軽やかな風を周囲に撒き散らしながら、しかし若干足取りが重そうな感じで会館の中を歩いていた。時折他の棋士たちに声をかけられては朗らかに応対している。その姿もまた清々しい。
 その様子を見ながら僕は思う。「あぁ、また出たのか……」と。
 そう思ったのには勿論理由がある。周囲の誰もが、彼を見た時に当然持つはずの疑問を口にしていなかったからだ。その、あまりにも異様な姿を目の前にしても。つまりそれは僕しか気づいていない、僕にしか見えていないということである。……そして僕は「視える者」だ。だから言える。他の誰にも見えないその光景を目の当たりにして。他の誰も言わない言葉を発することが出来る。「どうしたの?辻村君」という問いを。
 なぜなら。
 将棋会館の中で爽やかに、そしてアトラクティヴに立ち振る舞っている彼――辻村充四段の右足首には……子犬とも子猫ともつかない暗褐色の一種異様な小動物が、巻きついていたのだ
から。



2.
 「それは『スネコスリ』だろうね」
 というのが、ここ――都内某所にある謎の禅寺・長考寺の住職、田沼泥鮒の見解だった。
 スネコスリ。それは岡山県に伝わる妖怪で、多くは犬のような形をしており雨の降る晩に人の足の間をこすって通るという怪異らしい。同種のものに「アシマガリ」というのもいて、こちらは道を歩いているときに綿のようなものが絡みついて歩くのを邪魔するのだという。なおこの場合の「まがる」は「邪魔になる」という意味で「アシマガリ」とは文字通り「足の(=歩く)邪魔をする」という意味だとか。
 「危険な妖怪じゃない。2ヶ月前に起こったあの事件のようなことにはならないさ」
 まぁ多分だけど、といい加減なことを言いながら住職は僕にお茶をすすめてくれた。いつもの和室で、いつもの急須で淹れられたいつも変わらぬ味のお茶を、いつものように頂戴する。
 今から1年と数ヶ月前。ふとしたはずみでこの住職と知己を得た僕は、その後正体不明の妖怪に取り憑かれ、左腕を失い、さらに命を落としかけたところをこの住職によって一旦は救わ
れた。
 ところが。
 さらに今年の秋、性懲りというものを知らない僕は多数の奨励会員を巻き込むことになった大事件に遭遇して、というか自ら首を突っ込んで、わけの判らない化物に行き逢って、そしてまた、この寺の住職・田沼泥鮒に助けられたのだった。恩人である。確かに命の恩人ではあった。だがしかし、そもそも住職に出会っていなければ、僕の人生はこんなことになっていないような気もするのだが、それでも恩人である。住職との邂逅をきっかけに四段になれたという一面もあるのだから、このことで恨み言は言わないことにしている。そう自分で決めている。
泣き寝入りとも言う。
「しかし君も、次から次に化物をよく見つけてくるよね……」
「いや別に、見つけたくて見つけてるわけじゃないんですけど」
「まぁ『視える』ようになってしまったんだからしょうがないけどね。そのスネコスリ、憑か
れてる本人も気付いてないんでしょ?」
「そんな感じでしたね。一応、足どうかしたの?って聞いてみましたけど思いっきり『は?』
って言われました」
「君の場合は何を話しかけても『は?』ってあしらわれてそうだよなぁ……」
 ほっとけ。大体合ってるけど、そこはほっとけ。
 それはともかく。
 禅僧・田沼泥鮒は一度ならず二度までも僕を妖怪変化から救ってくれたわけだけれど、本人曰く「別に僕は妖怪退治のエキスパートってわけじゃないし、君を助けたのもたまたまなんだからね。勘違いしないでよねっ……そんなことより坐禅組んでみない?」とのことである。ツンデレならぬツンゼンであった。
 結局、住職から得られるスネコスリについての情報は「足に絡みつく」ことだけで。これについてはそれ以上でも以下でもなく、スネコスリに喰い殺されたという怪談巷説があるわけでもないらしく。だから今回については、住職があの妖怪封じのリーサルウェポン『仏頂尊勝陀羅尼経』を唱えることは、どうやらなさそうだった。要するに今回は住職の出る幕ではない、ということか。
 じゃぁ、もう辻村君のことはほっといてもいいんだろうか?これからまた、2ヶ月前のような騒動になったりは……しないのだろうか?危険な妖怪じゃない、と住職は言うけれど。
 かつて僕は、危険なんて全くありそうもなかった将棋の駒に関わったせいで、他の誰でもないこの住職にその駒に引き合わされたせいで……左腕を失うことになったのだけれど。
 ……この坊主、どこまで信用していいのだろう?
 いずれにせよ、これ以上、住職から何かを聞き出すことは出来そうもない。ということで。
 ツンゼン萌え属性のない僕は、坐禅の誘いは自分なりに丁重に断って、そして。
 長考寺を後にしたのだった。



3.
 ということで次の日、ここは僕の自宅である。やはりこの世で我が家が一番落ち付く。僕はひとしきり「月萌の将棋盤」で棋譜並べをしてから、そのまま部屋で軽く食事を取って、そしていつものようにtwitterにアクセスする。住職が知らないのなら、あるいは教えてくれないのであれば、次はこのお方。相互フォローしている者同士だけが可能なお手軽コミュニケーションツール「DM」を送る先は、「妖怪はみんなツンデレだ」と声高らかに断言する妖怪物好
きの自宅警備botこと「ぜいらむタソ(@Zeirams)」だった。
「そもそも妖怪というのはですね、概ね『かまってちゃん』なんですよ?」
 相変わらず、妖怪に対して楽しい解釈をしてくれるぜいらむたん。
「相手をして欲しいだけ、ってことですか?」
「そう。幽霊だと自分の存在に気づいてほしいだけとか、自分を殺した犯人の正体を伝えたいだけとか。油すましはそのまんま『今でもいるぞー』って大声で叫ぶし、河童は美少女に相手をして欲しいあまり、どういうわけか排泄中の美少女のお尻を撫でたりします。その行動原理はいずれも単純に『私を見て』ってことなんじゃないかと、わたしは思いますね」
「……河童は美少女のお尻を撫でるんですか?」
「……いや……そこは本筋とは全然関係ないんですけど……まぁそうです。美少女の可愛いお尻を撫でまくりです」
「なるほど……。生まれ変わったら河童になりたい」
「懸さん、心の声がダダ漏れですよ。ていうかそんな変態ツイートをDMしないでください」
 ぜいらむタソ曰く、スネコスリに足に絡みつかれた場合、しばらくの間相手をしてあげれば満足して消えるという事例もあるらしい。とは言え、辻村君にはスネコスリの姿は見えていないのだから相手のしようがない。満足させてあげるべき相手が見えない。ならばどうする?
 スネコスリの発生に意味があるとするならば。そしてそれが辻村君の足に絡みついているということは……。
「誰か、その彼に構って欲しいと思っている人が、いるんじゃないですか?その思いがスネコスリを発生させているのかもしれない。あるいはその逆に……」
 と、ここからぜいらむタソ得意の妖怪ツイート大連投が始まったのであるが、今回はあくまで番外編なのでそこは盛大に省略させていただくことにしよう。
 ぶっちゃけ、もうぜいらむタソの妖怪語りなんかより、そして辻村君の足首にまとわり付くスネコスリなんかより、河童の話の方が気になってしょうがなくなっていのだが、ぜいらむタソの言うとおり、確かにそれは本筋ではないのだった。将棋指したるもの、必要もないのに本筋を外した手を読むべきではない。
 ……いや待てよ?そういう思い込みこそが危険なのではないだろうか?こんな時、埴生名人だったら異筋の手こそを深く掘り下げるのではないか?そう、本筋だけにとらわれていては進歩はない。新しい鉱脈を探り出し、新定跡を開発していくためにも、ここはひとつ、辻村君を見捨てて、美少女のお尻を撫で回す河童の生態研究を……。
「美少女フィギュアのお尻を撫で回しながら何をブツブツ呟いてるんですか、懸さん……」
 我にかえって顔をあげると。
 そこにいたのは……青い顔をしてワナワナと声を震わせながら、可哀想な子を見る視線を僕
に向けている巫女装束の幽霊少女、月萌だった。



4.
 月萌と僕の関係について過不足なく説明するのはとても難しい。恨みがないわけではなく、感謝している面もなくはなく、楽しいこともあれば哀しいこともあった。腐れ縁という奴だ。
 事情を全く知らない読者は、とりあえず「駒.zone Vol3」を読んで欲しい(ステマ)。
 月萌は江戸時代に実在した将棋の家元・大橋分家に関わる幽霊である、らしい。彼女は以前僕の左腕を奪い、脳天をかち割ろうとして田沼泥鮒に封じられた。それが今から約1年前。ところが今年の僕の誕生日に、突然に、唐突に、あっさりと、あるいは厚かましく、再び僕の前に姿を現して、そして――さる2ヶ月前の事件の時に、僕の命を救ってくれたのだった。幽霊だけにとてもヒマらしく、呼んでもいないのに僕の部屋によく遊びにくる。将棋の勉強の邪魔になるので迷惑なことこの上ない。さっさと成仏すればいいのに。
 とりあえず僕は、美少女フィギュアのお尻を撫で回していた本当の理由――つまり、将棋界のホープである辻村四段を妖怪の魔の手から救わんと対策を練っていたのだ、ということを月萌に話してあげたのだが、彼女はアホの子だったので、辻村君に取り憑いたスネコスリの怪と美少女フィギュアのお尻との関連性がイマイチ理解できていないようだった。わかってもらえなくて残念だ。遺憾の意を表したい。
「しかし懸さん、かまってちゃんということなら、わたし心当たりがありますよ?月子と皆川さんでしょう?」
 月子さんだけ呼び捨てだった。それはともかく、その二人の名前であれば僕にも思い浮かばないわけではない。というより、それは将棋界では割と有名な話なのである。辻村君が月子さんを気にかけていて、一方で皆川さんが辻村君に向けて目からラブラブビームを発射しまくっているという話は誰でも知っている。ダダ漏れ乙、だった。
 「そもそも、辻村さんってモテますしね。女流棋士にも女性ファンにも」
 そうなのだ。ツイッターで「辻村君、今日もセンスのいい素敵なスーツですね」とか「つっじーのブレザーはぁはぁはぁはぁ...」とか「充のぷりぷり耳たぶ、ぐへへ」」などといった女性ファンの呟きを、少なくとも僕のTL上ではよく見かけるので女性ファンが多いのはまず間違いない。女流棋士が実名で「つっじーハァハァ」と呟いたりは、さすがにしていないけれど。当たり前か。いずれにせよ僕が見る限り、辻村君がモテモテなのは明々白々だった。そうそう、そう言えば僕の所属する研究会の先輩・千場さんは、月子さんを自分の研究会に誘い、あっさりふられたショックで直後の奨励会の対局を落とし、そのために1勝差で四段昇段を逃したことがある、という噂を聞いたことがある。うん、きっと、そうやって人は大人になっていくのだろうな。いや知らんけど。
 金本月子という奨励会員が、辻村君の研究会に参加したときの経緯は、これも将棋界ではかなり有名な話だ。棋士や奨励会員が研究会に参加すること自体は何も珍しいことではないのだが、この場合、月子さんが「千場さんからの誘いは断ったのに辻村君はOKだった」ことが有名な話なのだった。
「そもそも、千場さんの誘いを断った理由というのがアレですしね」
「お前の言うアレというのが何のことやら僕には分からないけど、冷静に考えて高校生で四段になった辻村君の方がどう考えても将来性があるし、というかそもそも辻村君の方が遥かに強い将棋なんだ。月子さんとしてはどうせ参加するならよりレベルの高い方がいいと考えたとしても、別に不思議なことじゃないよ」
「何言ってるんですか、将棋だけなら千場研究会には懸さんが参加してるんだから、十分レベル高いじゃないですか」
 ……さらっと褒められたような気がしてちょっと嬉しいと思ってしまった僕だった。そう、千場研究会は特にその序盤研究の精度において、将棋界ではかなり評価が高いのだ。どちらかと言えば序盤の指し方に難のある月子さんにとって、辻村君の誘いに乗るよりは、千場研究会に参加した方が、はるかにメリットがあるはずだった。にも関わらず、だ。
「つまり月子は研究会を選択するにあたってレベルの高低など問題にしていないということですよ!」
「何っ!?ではどういう理由で選んだのだろう?ああっ、僕には全く見当がつかないぜ!」
「判りませんか!?」
「判りません!」
「私、その理由を知ってますけど知りたいですかっ!?」
「知りたいです!」
「辻村さんがイケメンだからです!」
 至極もっともな理由だった。辻村なんか大爆発すればいいのに。
「大体ですね……」
 ちっちっち……と、月萌は立てた人差し指を左右に振ると、その指を僕にめがけてびしっと伸ばし、そして残酷な天使のように宣告した。
「千場さんや懸さんには、清潔感というものが全くと言っていいほどありません!」
「ぐっ……ぼ、僕だって3日に1回はちゃんとお風呂に入ってるもん!」
「毎日入りなさい!あと同じ服を何日も着続けるのをやめなさい!それから、えーと、そうそう、懸さんは臭いです!」
 さらりとひどいことを言う巫女だった。大体、同じ服を着続けるというのなら、月萌もずっと巫女装束ではないか。……巫女だから当たり前か。何着か持っていて一応毎日着替えてるんだろうな。
「というかですね、下に着ている水着を毎日着替えています」
「スク水を何着も!?」
「いえ、競泳用水着も何着かありますが」
「それは素晴らしい」
「最近のスク水はスパッツタイプも多くて、いまいち残念な感じが拭えませんよね?」
「あれはあれでいいところ(?)もあるんだけどな」
「まぁ、なんだかんだでまるぺけ(@maruX)さんにいただいた水着も含めると、現在50着ほどの巫女装束用アンダーウェア水着があるわけですよ」
「いつの間にまるぺけさんから水着をもらったんだ、お前……」
「その辺りの事情は、今後のストーリーの根幹に関わってきますし、今回はあくまで番外編なので、今はまだ詳しくは話せませんが……」
「え?まるぺけさん、本編のストーリーにも登場するの?」
「いえ、本編ではわたしの全パターン水着イラストを描いてもらいます」
「どこがストーリーの根幹だ!」
「ツクモさんシリーズの八割一分は、まるぺけさんのイラストで成立しているのです」
「それを言ったらおしまいだ!」
「ちなみにビキニは持ってませんし着る気もありません。ビキニなんて邪道です。エライ人にはそれが判らんのです!」
「さすが月萌、判ってるな。お前とはうまい酒が飲めそうだ……」
 いや飲みませんけどね、未成年だから。飲んじゃいけない。
「それはそうとですね、懸さんは部屋でカップ麺ばっかり食べてるから体中にトンコツスープの臭いがしみついちゃうんですよ?」
 最近のカップ麺はスープが濃厚で美味ではあるが、臭いもきつくなるのが玉にキズだった。というか食後にカップを洗わずにいつまでも放置しておくのがいけないのかもしれない。
「一日中窓を締め切ってるし。ちゃんと換気しなきゃダメですよ」
 そう言えば、部屋の窓を開けるのはいつの間にか月萌の役割になっていた。僕が窓を閉め切るようになったきっかけは、そもそもこの幽霊少女がいつ覗きにくるか判らない、という恐怖心からなのだが。まぁ、幽霊相手に窓を閉めても意味はないんだけど。それにしても……つくづく、月萌と住職に関しては原因と結果が倒錯している。「あなたたちのせい」と「あなたた
ちのおかげ」が混在している。ダマされているような気がするし、し続けている。ぜいらむタ
ソは「住職には気をつけた方がいい」と言っていたけれど。
 それにしても、僕、そんなに臭いのかな?そもそも、自分の体臭というのは自分では判りにくいものだったりするのだ。月萌の言うとおりに体中からトンコツスープの臭いが発散しているのだとしたら、それは由々しき事態である。弥内さんが僕を避けているのは、トンコツスープの臭いのせいだったのかもしれない。もしかすると僕の部屋には、さながらヒッグス粒子のようにトンコツ粒子が充満しているのかもしれないぞ!いや、ヒッグス粒子が何かよく判ってませんけど。
「充満してますね。しかも懸さんの部屋中に大将棋の駒の如くみっしりと並べられている美少女フィギュアにもトンコツスープの臭いがたっぷりとしみ込んでいますよ!」
「うわぁ!大変だ!ファブリーズしないと!」
 こうして新たに発見されたトンコツ粒子は僕の絶望感に質量を与え、そして僕を部屋中のフィギュアの消臭作業へと奔走させ、そうこうするうちにいつの間にか辻村君のスネコスリの件はどうでもよくなっていたのだった。最初からどうでもよかった気がするけど。
 ふとPCの画面見ると、ぜいらむタソからの妖怪DM連投がまだ続いていて、それからしばらくの間、月萌と僕がわぁわぁとおバカな会話をしていると、やがてそのDMも終わりを告げた。
 ちなみに、ぜいらむたんの最後のDMにはこんなことが書いてあった。
「……だから、スネコスリなんてほっとけばいいんですよ。それは、誰かが祓うのではく、辻村さん自身が自分で解決しなくちゃいけないことなんですから」



5.
 それから数日後。少し肌寒い秋晴れの日。僕は月萌を連れて将棋会館へ向かった。辻村四段の雑誌企画の特別対局があると聞いたので、彼の様子を見てみることにしたのだった。
 危険のない妖怪とはいえ、僕にはそれが「視えている」のだから気にしないわけにはいかない。昨日、ぜいらむタソのDMを後で読み返してみたのだが、かいつまんで言うと、要するに辻村君は「振り向いて欲しい気になる人」がいて、一方で「自分を気にかけている人」がいることを何となくだけど少しは、それはもう無意識レベルと言っていいぐらい少しは意識をしていて、そういった色んなことが気付かないうちにストレスとなって、その思いが澱んでスネコ
スリもどきを生んだのではないか、とのことだった。そしてそれは伝承されているスネコスリとは違う新種の妖怪だろう、と。確かそんな感じだった。DMが大連投すぎたので、面倒くさくて全文は読んでないし、ところどころマニアックすぎて意味の判らない話があったから、ちゃんと理解できているか自信はないんだけど。
 いずれにせよ、それは怪異にまつわる危険な話などではなく単に羨ましいだけの話だった。
 人を好きになったり好かれたり。
 好きになって欲しいのに、好きになってもらえなかったり。
 好きな人は、他の人のことを好きだったり。
 人の心はままならない。ままならないことがあって、気分が重くなって、足取りが重くなるのは、当たり前のことなのかもしれなかった。
「えぇ、私もお方様をお慕い申し上げていましたが、あの方は既婚者。道ならぬ想いに私も気分が重かったものです。『恋人は抱き枕』の懸さんには理解できないでしょうけど」
 ほっとけ。いいじゃないか僕が幸せならそれで。……幸せなのかな、僕?……。
 何となく目についた部屋に入ってみると、そこでは奨励会員たちが将棋を指していた。奨励会の対局の合い間の練習将棋だろうか?中には月子さんもいて、今日も絶賛ツインテニーソであった。陶器のように白い、魅惑的なその絶対領域に男の子たちの視線が集中している……なんてことはなく、みんな真剣に将棋を指していた。さすが奨励会員、心に余裕がなさすぎる。
 いやいや君たち、そこは一手ごとに「ハニュウニラミ」をするフリをして月子さんのおみ足をガン見しないとダメだと思うよ僕は。「アシはココロの余裕」って言うんだぜ?
「そんなことだから!そんなことだから懸さんは奨励会卒業が遅れて、中学生棋士になりそこねたんじゃありませんか!?」
 ダメな奴は僕だった。

 まぁそんな感じで、しばらく奨励会員たちを眺めていたわけだが、あまりその場にいると僕が月子さんばかり眺めていたという、あらぬ噂を立てられかねないので、というかそれは事実だったので、これ以上の長居は危険と判断して部屋を出ることにした。
 部屋を出てからもその周囲をしばらくウロウロしていると、ようやく辻村四段がやってくるのが見えた。特別対局が終わったらしい。ややくせのある、ゆれる前髪。清潔感あふれるブレザーの制服。相変わらず爽やかで、彼からはトンコツスープの臭いなどしてきそうにない。
 対局の結果は判らないが、やはり足取りは重そうだった。右足首には、相変わらず暗褐色の小動物が巻き付いたままだ。そして、彼はそそくさとあの部屋――月子さんのいた部屋へと向かっていく。そそくさすぎるな。もしかすると、そこに月子さんがいることを彼は知っているのかもしれない。知っているのだとしたら、そりゃ、さっさとあそこへ行きたいよな。行きたいはずだ。それなのに。
「辻村」
 皆川許心さんだった。なにやら辻村君と話しはじめている。しかし皆川さん、本人はクールを気取っているつもりかもしれないが、辻村君への好意が情報漏洩しすぎである。個人情報保護法違反ではないだろうか?小梅のような甘酸っぱい匂いがプンプンする。僕のトンコツの臭いを上書きしてしまいそうだった。辻村君ったら皆川さんにモテていいなー、あいつ爆発しないかなー。爆発しろ爆発しろ。
 まぁ、それはそれとして。
 辻村君は、月子さんに振り向いて欲しくて。皆川さんは、辻村君に振り向いて欲しくて。人の想いの行き違いっぷり。行き違った想いは、どうなってしまうのだろう。
 行き場をなくした想いは重い。いくつもの想いが、重い足――スネコスリという現象を伴っているのだとしたら確かにぜいらむタソの言うとおり、それは彼自身が自分で解決しなくてはいけないことなのだろう。
 それは誰にでも起こりうる当たり前のことで。
 そしてそれは、決して特別なことではなくて。
 想いに縛られて足取りが重くなるなんてことは、よくある話と言えばよくある話なのかもしれかった。ということはスネコスリなんて、いてもいなくても、それは結局同じことなのかもしれない。だから住職やぜいらむタソが言ったように、あれは別段、危険な妖怪ではないのだろう。ほっといてもいい。ほっといた方がいい。
 ソレが存在することが正しいことではないからと言って、ソレが存在することが間違いということにはならないのだ。いてもいなくても同じ。いないのと同じ。視えても視えなくても同じ。
 そして、もしかしたらあのスネコスリは、彼を羨んでいる僕が勝手に見ているだけの単なる幻なのかもしれないな、と、そんなことも思ったのだった。いずれにせよ後は……この続きは僕や月萌ではなく辻村君自身の――辻村充の物語なのだろう。
「うん、ほっとくことにしよう。辻村君なら自分でなんとかするだろう」
「そうですね」
 彼の物語がこれからどうなるか判らないけれど。それでも。
 人の心は移ろうのだ。移ろいゆくのだ。いくつもの体験をして、ままならない想いがやり場をなくしたり、想いが満たされたり、あふれ出したり、時には破れたり。いつかそれらは想い出となって。
 そうしていくうちに、やがて辻村君の前からスネコスリは消えるのだろう。想いが成就するのか、誰の想いが成就するのか。それとも離れていくのか。離れていくのは月子さんなのか、皆川さんなのか。離れられてしまうのか、自分が離れていくのか。
 でも、たとえ想いが成就せず離れ離れになることがあったとしても、それは忘れるってことではないのだと、そう思う。
 人は出会いと別れを繰り返して大人になっていくけれど、それは捨てさるってことじゃない。決していらなくなったわけじゃない。次の新しいステップのための、新しい一歩を踏み出すための、また新しい出会いのための、必要な儀式。
 そう、それは「卒業する」ってことなのだから。
「……黙って聞いていると何だか素晴らしい人生訓っぽいのですが、懸さんの凄いところはその一連の語りが、美少女フィギュアにまつわる体験談を元にしているところですよね?」
 ほっとけ。超ほっとけ。大体合ってるけど、だからこそ、そこはほっとけ。
 どんなものにも仏性はありどんな経験からでも真理は得られるのだと、そう住職も言っていたではないか。フィギュアで悪いか!誰も彼もが辻村君みたいに女性にモテるわけじゃないんだよ?ツクモくん……。
「ですよねー、懸さんは弥内さんに振り向いてもらえないどころか全力でかわされてますもん
ねー」
 それもほっとけ。その話題に触れるな。ていうかそのエピソードについては「駒.zone vol.3」の番宣だけしておけば十分だ。
 全く……。僕も少しはファッションに気を配ろうかな、なんて柄にもないこと考えていると「でも懸さんも、新人王戦決勝の時の和服姿、カッコ良かったですよ?」
 という声が聞こえたような気がして。ハッとして後ろを振り返ってみたけれど、そこにはもう月萌の姿はなくなっていた。冗談の好きな子なので、また僕をからかったのかもしれない。

 辻村君はモテるだけの男ではない。強い将棋だ。きっとタイトル戦線に出てくるだろう。だから彼とは、これから将棋で雌雄を決する日がくる、と思う。そういう日が来る。来なくてはならない。いや、そうするのだ。
 彼にはファッションでは勝てないかもしれないけれど、将棋ならまだ間に合うかもしれない。
 それに……。
「タイトル戦なら和服だしな」
 レンタルだし。せいぜい高級な和服を紹介してもらうことにしよう。予算の範囲内で。
 なんてことを思いながら、ふと辻村君の方を見てみると、いつの間にか皆川さんの姿はなくなっていて、彼は一人でその場に佇んでいたのだった。そして――。
「ど、どうしちゃったの?辻村君!?」
 辻村四段の足元。暗褐色の子犬のような小動物が巻き付いている右足首と対になる、もう片方の足、左足首には――。
 全身が深い藍色で覆われた子猫のような小動物が巻きついていて、そして辻村君を熱く見つめながら「かまって、かまってー」と、声なき声を発していたのだった。
 くそっ、また誰か辻村にラブラブ電波を発射しはじめたというのか……!?
 もうあいつ、超新星大爆発すればいいのに!

 新たに現れたもう一匹のスネコスリ。そのわけは?
 ……「駒.zone」連載小説「七割未満」の今後の展開に乞うご期待!



(了)

------------------------------------------------------------------------------------
*この作品はフィクションです。実在する人物・団体とは関係ありません。
 実在するtwitterアカウントが登場していますが、いずれもご本人の了承を得た上での、あ
くまでもこれはネタであることを申し添えます。

[参考文献]

柳田國男(1977)『妖怪談義』講談社
水木しげる・村上健司(2005)『日本妖怪大事典』角川書店
全日本妖怪推進委員会(2005)『写真で見る日本妖怪大図鑑』角川書店
清水らくは『五割一分』/『七割未満』http://rakuha.web.fc2.com/


コンピュータ将棋における強さとスペックの関係

コンピュータ将棋における強さとスペックの関係

ikkn


 はい、やってきましたコンピュータ将棋の話をする音声研究者です、こんにちは。
 今回何について語ろうかと悩んだのですが、編集長のらくはさんに相談してみたところ「強さとスペックの関係」という素敵なお題をいただきました。コンピュータって速ければ速いほど強くなるの? 本当に強くなるの? どれくらい強くなるの? ということですね。

 まず、今のコンピュータ将棋の強さというのは二つに分解することができます。一つは「局面評価の正確さ」で、もう一つは「読みの深さ」です。局面評価というのは局面をぱっと見てどっちがどれくらい優勢なのかを判断するという技術です。これは、コンピュータのスペックにはほとんど関係ありません。そんなにメモリも食いませんし、CPUの速さも必要としません。コンピュータのスペックが関係してくるのは読みの深さです。演算速度が速ければ速いほど読みが深いです。
 というわけで、読みの深さと演算速度について語ることになります。
 第一回電脳戦でボンクラーズが一秒間に何局面読めるかというのが話題になりましたが、これが読みの深さと直結することになります。ボンクラーズは一秒間に1800万局面読めるということでしたが、これがおよそ何手に相当するかというと、だいたい15手前後です。意外と読めていません。これはあくまで1秒間の話ですが、10秒間では何手読めるでしょうか。答えは17手前後です。では、100秒では? 19手くらいです。2分弱で19手です。やはり意外と読めません。局面の複雑さによっても読める深さが変わってくるのですが、とりあえずそれくらいが基準になります。局面によっては10手になったり30手になったりします。
 2分19手でなんであんなに強かったのかというと、人間と違って読み抜けがほぼないからです。読み抜けがないというのは言い換えれば、人間が読まない筋まで読むということでもあります。これがコンピュータ将棋の強さです。

 ところで、ボンクラーズは米長先生のご家庭にもミニチュア版が設置されたということが知られています。こちらは演算速度が約10分の1だそうです。演算速度がそれだけの場合、1秒で何手読めるのでしょうか。答えは、約13手です。10秒で15手です。なんとなく、4手とか5手とかしか読めそうにないと勘違いしそうになりますが、ご家庭のコンピュータでもそれくらい読めます。
 難しいことは置いておいて、ものすごく簡単にいうと、演算速度が10倍(あるいは10分の1倍)になっても2手しか読みの深さは変わらないのです。また、思考時間が10倍(あるいは10分の1倍)になっても2手しか変わらないのです。
 実際、米長先生はボンクラーズ戦後、「自宅のパソコンと強さは大差ないように感じた」とおっしゃっていた記憶があります。これはコンピュータ将棋開発者からすれば、そりゃそうだろうなあという感じで、たかが2手の違いでそんなに強さが変わるはずがないのです。

 で、ようやく今回の話の核心に入ります。「なぜ、コンピュータ将棋選手権には高いスペックのコンピュータが登場するのか」です。
 ここまでの話では、15手と13手が変わらないんだから、強さが変わるはずがないという話でした。でも、これは人間vsコンピュータの場合です。
 そう。
 コンピュータvsコンピュータの場合には事情が変わるのです。

 コンピュータ同士の対戦では、1手深く読めるだけで強さが相当変わってくるといわれています。15手と13手では強さがまるで違います。人間の感覚では同じに思えるこの深さですが、コンピュータにはこれが命取りになります。
 これがなぜなのかということを説明するのは結構難しいのですが、例えばこういうことです。13手読んだ段階では圧倒的に駒が不足しているかのように見えたけれども、15手読んでみたらなんと相手の玉が詰んでいた、なんてことがコンピュータ将棋ではよくあります。これは極端な例ですが、ちょっとした駒得が13手では見えなかったけれど15手では見えるなんてことはしょっちゅうです。
 だから、コンピュータ将棋選手権には高いスペックのコンピュータが登場します。

 つまり、人間vsコンピュータと、コンピュータvsコンピュータとでは同じ将棋でありながら競っているところが全く違うのです。

 将棋の強さっていったい何なんでしょうね。

 らくはさんがおそらく適当に出したであろう「強さとスペックの関係」というテーマは、そんな哲学的なところまで踏み込んでしまう話でした。
 結論として、らくはさん最強。

ふれあう将棋2

『ふれあう将棋2』 
 ふりごま


ぼくの名前は「ぽふぽふ」。

この前は小さな公民館で開催されている将棋道場を見学したのだけど、今回は大会だよ。
道場でワイワイ指しているときと違って、みんな真剣勝負。
そんなちょっとドキドキするような大会の様子を見てみよう。

大会には種類があって、全国大会への出場権を争うものや、地元新聞社主催のものもある。
全国大会を目指すということは県代表になるということだから、相当に強い人だよね。
いろんな大会があるから、自分の棋力に応じて参加してみるといいかな。

今回やってきたのは、2つの大会が同時に行われている会場。
ひとつは県代表を目指すアマ名人戦、もうひとつはクラス別で優勝を決める大会。
ぼくはアンドロイドで、現代の世界では「こども」の姿をしている。
将棋は指さないけど、見学は自由だから、あちこち動き回って観察することにした。

アマ名人戦の県予選には、50人くらいの参加者がいるみたい。
参加資格は特に指定されていないから、高段者の人じゃなくても参加OKだよ。
強い人と将棋を指して勉強したい人もいるし、記念参加が目的の人もいるのかな。
4人1組でブロックを作った対戦表が壁に貼り出されて、みんな注目している。
県代表経験者と同じブロックになった人からは、早くもため息が聞こえてくる。
2勝通過、2敗失格システムなので、2連勝して早々に決勝トーナメントに行けるといいね。
仮に2敗しても、大会によっては裏トーナメントと称して、早指し大会をやることもあるよ。
たくさん指せると嬉しいよね。

もうひとつの大会は地元新聞社主催のクラス別の大会のようだ。
段や級をA~Cクラスのようにグループで分けて、ほぼ同じ棋力同士で戦う順位戦みたいなもの。
クラスごとにリーグ表が作られて、1人あたり4局指して獲得点数で順位を決めるみたい。
参加者が多いと総当たりの対局ができないから、スイス方式を採用していることが多いかな。
スイス方式を使うと、勝った者同士や負けた者同士などが当たるシステムだから順位が付けやすい。
大会運営も時間との戦いだから、効率の良い方法が必要なんだよね。

大会は午前中に2局くらい指して、お昼になることが多いかな。
弁当が支給されている大会だと、そのまま会場で食べられるから便利。
だけど、勝敗によってその味が変わってしまうよね、きっと。

そういえば、プロ棋士が派遣されている大会もあるんだ。
指導対局をしてもらえることもある。
普段、プロ棋士に会えない人も、こういう時はチャンスだから参加するといいかも。
あと、アマ竜王戦の県予選に出場すると、扇子が貰えることもあるよ。

さてさて、対局が始まったので見てみようかな。
盤と駒は大会によって違うけど、今回は薄いシートにプラスチックの駒を使うようだね。
お互いに丁寧に駒を並べていく。
王様は「王将」と「玉将」の2種類があって、下位者が「玉将」を使うことが多いかな。
だけど、大会だと相手の棋力が分からないから、どちらでも良いかも。
遠慮しがちな人は自分から「玉将」を選ぶこともあって、謙虚だなと感心。
あとは、先手番になった人が「玉将」を選ぶこともあるけど、まぁ対局者同士で決めればいいかな。
先手・後手は「振り駒(ふりごま)」で決めよう。
振る人が自分の「歩」を3枚か5枚取り出して、両手に包んでシャッフルする。
そして、盤の上に放り投げると、「歩」か「と」が何枚か出るよね。
このとき、「歩」が多ければ振った人が先手、「と」が多ければ相手が先手になるんだ。
3枚か5枚かは対局者同士で決めればいいのだけど、プロの対局だと5枚が一般的だよね。

次に、対局に必要な時計。
針を使うアナログ式とデジタル式の2種類があって、秒読み有りの場合はデジタル必須。
アナログ式は例えば持ち時間20分だとすると、20分後に針が真上(12時)に来るようにセット。
針が真上に近づくと、少しずつ赤いレバーが右に押されて、最後は針が押し切って終了。
時間が切れると、赤いレバーが針の支えを失って、寂しげに下を向いてしまうんだよね。
この赤いレバーが徐々に持ち上げられていく数分間が対局者にとって最も辛い時間かも。
デジタル式は秒読みにも対応していて、時間をセットすれば残り時間を1秒単位で表示してくれる。
音が鳴るので、秒読みに追われると恐怖の音に聞こえるかも。
どちらの時計も2人分の時間を表示しているから、自分の時間も相手の時間もすぐに確認できる。
また、時計の上にボタンが付いていて、自分が指した後にボタンを押すと、相手の持ち時間が減るんだ。
ときどき、ボタンを押し忘れて、相手が指す時間なのに、自分の持ち時間が減ることがあるから要注意。
勝負に厳しい人は、そのまま無言で指さないこともあるんだけど、教えてあげると優しいよね。
このあたりは、勝負に徹するかどうかで判断が難しいのだけど。
ちなみに、対局時計を置く位置は、後手番の利き手の位置が一般的だよ。
時計のボタンは駒を持つ手で押さなくてはいけないので、右利きの人は右側に時計があると早く押せる。
つまり、利き手に近い方が時間の節約になるんだよね。
後手番になった人が好きなように時計を置けるというのは、先手番でないことへの穴埋めみたいなものかな。
細かいことを言うと、右手で駒を操作して、左手で時計を押すのは駄目。
右手で相手の駒を取って、駒台にその駒を置く前に、そのまま右手で時計を押すのも駄目。
だから、時計の位置って、意外と重要だったりするんだ。

最後に、対局の時間。
アマチュアの大会は、時間内に大会を終えなくてはいけないから、基本的に「切れ負け」を採用している。
「切れ負け」とは、持ち時間が固定されて、その持ち時間を使い切った時点で、負けとなるルール。
どんなに優勢でも、相手より先に持ち時間が無くなったら負けなので、非情な戦いがときどき起こる。
例えば、相手より早く指して、ひたすら守りを固める人もいるよ。
最終盤に、詰まないのに王手ラッシュをして、相手の時間を使わせる人もいる。
でも、時間はお互いに平等に与えられるものだから、どういう戦い方をしても、文句は言えないのね。
20分か30分の持ち時間が多いけど、ちょっと考えているとあっという間に時間が減ってしまうから、急がねば!
だけど、慌てて指すと悪手になって、時間を余したまま詰まされることもあるから、しっかり読まないとね。
この時間の使い方は「切れ負け」に慣れている人が有利だけど、いかに相手に時間を使わせるかがポイント。
複雑な局面に誘導したり、序盤から乱戦に持ち込むなど、意外と面白い戦略もあるんだ。
ちなみに、県代表を決める大会だと、決勝戦は秒読みが付くことが多いかな。
例えば、30分の持ち時間を使うと、そこから1手30秒以内に指すという具合。
デジタル式の対局時計が秒読みのアラーム音を鳴らして、緊張感がすごいんだ。

先手・後手を決めて、対局時計の位置・時間もセットして、いよいよ対局開始。
ちなみに、対局はすべて「平手(ひらて)」で、駒落ち戦はなし。
1局目というのはとても大切。
スイス方式がベースになっていると、最初に勝たないと価値が下がってしまうんだ。
1勝した者同士で2局目を戦うことになるから。
最終的な勝ち数が同じでも、その意味が全然違ってくる。
よろしくお願いします、の挨拶を経て、みんな全力で指そうね。

アマ名人戦の県予選は参加者のレベルの幅が広くて、圧倒的に強い人から背伸びしている人までいろいろ。
だけど、ブロックの関係でうまく勝ち上がる人もいるし、一発勝負ゆえに得意戦法がヒットすることもある。
また、20年以上前に県代表で活躍していた人や現役の県代表クラス、あるいは小学生も混じって年齢層も幅広い。
何度も大会に出ていると、常連さんとして覚えてもらえるかもしれないよ。
あと、対局者の周りに観戦者が群がることもあるから、そういう緊張感も味わうと意外と楽しいかもしれない。
時間とギャラリーの視線というプレッシャーの中で、堂々と将棋を指すのは大変なんだけどね。

午後の時間になると、地元新聞社主催の大会は佳境に入った感じ。
貼り出されたリーグ表に○や×が次々と記入され、連勝している人、勝ったり負けたりの人、全敗の人など。
小さい子供が多いクラスには、親の視線も鋭くて、真剣モード。
思わぬ敗戦に泣き出す子供もいるけど、一喜一憂する姿は微笑ましい。
最終的には、クラスごとに優勝者や入賞者を決めて、表彰する。
上位3位までは新聞に名前が掲載されたり、副賞が豪華だったり、小さな大会とはいえ、楽しいよね。
強い子は、大会ごとにクラスを上げていくこともあるよ。あっという間に追い越される大人がちょっと切ないかも。

環境面にも触れておかないと。
昔は、対局中に喫煙できる時代があったんだよね。
困った時は、相手の顔にプハーって煙を出して「盤外戦術」を使う人もいたとかいないとか。
でも、今は道場もそうだけど、大会も禁煙が基本。
だから、タバコが苦手な人も安心して参加できるよ。
あと、身障者の方が参加できるようにいろいろと工夫がされているよ。
車椅子の方が対局できるスペースを確保してあったり、盲目の方に棋譜を読み上げたり。
大会に参加する人がみんな楽しめるといいよね。

アマ名人戦の県予選も決勝トーナメントがどんどん進み、決勝戦が始まっている。
夕方近くになると、地元新聞社主催の大会は終わってしまい、子供たちは帰ってしまった。
残されたこの一局には、根っからの将棋ファンがずらりと周りを囲んでいる。
一手指すごとに形勢が変わる難解な中盤戦。
それを見守るギャラリーはみな黙っている。
声を出してはいけないし、対局者への余計な刺激は避けなければならない。
だから、会場はシーンと静まり返っている。
そして、駒音と対局時計を叩く音だけが響いている。

大会に参加する人の目的は、その多くが優勝を目指すことかもしれない。
いつもは道場や自宅で腕を磨き、その成果を試す場として大会を利用する人もいるかもしれない。
強い人と対局して、何かを得たいという人もいるかもしれない。
支部対抗戦でライバル支部にぎゃふんと言わせたいという人もいるかもしれない。

どんな目的であれ、大会に出ていろんな人に出会い、将棋を指す。
もちろん、観るだけでも楽しいし、仲間を増やせるかもしれない。
人と人との「ふれあう将棋」を通して、将棋の魅力を広く伝えられるといいよね。
面白そうだな、やってみようかな、と思ってもらえるように。

ぼくは将棋の普及のために未来からやってきた。
道場や大会は人を通して将棋が指せる場所。
もっともっと楽しんでもらえるといいな。



読者登録

清水らくはさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について