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駒とゴーヤとカヌーと台風

駒とゴーヤーとカヌーと台風


 夏の始まりのある日、私は那覇空港に降り立った。

 皆様こんにちは、皆川です。今回は沖縄のある高校からご招待があったということで、私が行くことになったのよね。『駒.zone』初めての交流企画なんだけど、大丈夫かな。
 沖縄に来るにあたり、木田さんに色々聞いてきた。彼女は何回か沖縄旅行してるみたいで、私にお勧めのところとかも教えてくれたのよね。自由な時間も結構あるから、回ってみようと思う。

 空港は想像以上に大きかった。そして綺麗。外は思っていたより暑くない。湿気があまりないのかな。大きな旅行鞄を持った人たちがいっぱいいて、まあなんというか、カップルがやっぱり目立つわけで。予算の関係上とはいえ一人で来るのはやっぱりさびしい。
 モノレールの駅にやってきた。ここから中心街まではこれに乗る。「モノレールは渋滞しないから」とは木田さんの言葉。列車がやってきた。これも新しくてきれいだ。発車してからの車窓は、周りに高い建物もなく、気持ちいい。

 公園を通り過ぎ、街の中へ。美栄橋駅で下りる。ここをまっすぐ進むと国際通りなんだけど、そこは後回し。編集長も沖縄には詳しいらしく、「せっかくなのでみんなとは違う旅行記にしたい」なんて言うものだから那覇に宿を取らなかったのだ。そこまで言うならスケジュール作ってくれればよかったのに。
 地図を見ながら、狭い路地を進む。そして一軒のレンタカー店に入り、小さな車を借りた。事前に予約していたものの、びっくりするぐらい安かった。そう、今回の旅は自動車でする。私は普段折り紙つきのペーパードライバーだけど、木田さんいわく「沖縄は走りやすいよ」とのことだった。
 カーナビを起動して、目指すは北谷(チャタン、って読むんだって)。今日の宿はそこなのだ。

 ……迷ってなんかないからね。

 そんなわけで、北谷が近付いてきた。那覇市内でぐるぐる回ったりとか、斜め右に曲がるがわからなかったりとか、そんなことは全然なく順調に到着。本当に。
 少し天気が悪くなってきたみたい。目の前に現れた観覧者。ここはアメリカンビレッジと言って、都市型の大型リゾートらしい。目の前を金髪のお姉さんがベビーカーを押しながら走り去っていった。さすが沖縄。

 とりあえずホテルにチェックイン。部屋に入ると、窓から見えるのは広い海だった。これがオーシャンビューというのね。他人のお金で泊まるホテルっていいよね。


 荷物を部屋に置いて、ぶらぶらとすることに。ビーチにはたくさんの人、人、人。楽しそうね……
 なんか変なのみつけた。 いやあのね、水着を持ってこなかったわけではなくてさ、なんていうか、ほら、ねえ。
 スーパーに入ると、さすがの広さ。これも木田さんに教えてもらったのだけれど、「お土産はスーパーで買うといいよー」とのこと。地元の人が食べてるものを、地元の価格で手に入れられるから。そんなわけで沖縄独特の食材を物色。沖縄そばとかさんぴん茶とか、たしかにお手頃価格という気が。

 ……ただね、ゴーヤーはね。うん、ちょっと苦手。ただ、「沖縄行くんですか? じゃあ、ゴーヤー買ってきてくださいよ」って言ったやつがいるのよね。あいつのためにってわけじゃないけど、まあ買っていってもいいかな。 
「あ、東京の方じゃないですか?」
 突然声をかけられた。びっくりした。振り向くとそこには小顔で淵なしメガネの青年がいた。
「えっと……そうだけど」
「やっぱり。本当に失礼なんですけど、何かで見たことある気がして……どこかで会ったことありませんか?」
 ひょっとしてナンパ? いや、もちろん慣れてるけどね。
「ちょっとわからないなあ」
「お写真で見たのかも……あ、浴衣を着ていたような」
「それは……」
 おそらく将棋祭りか何かのものだ。恥ずかしい。
「人違いだと思う」
 そう言って私は、駆け出してしまった。逃げるが勝ち。
 旅というのは恐ろしい。年下っぽくてメガネとか、あんまり近くにいると気を惹かれてしまうじゃない。



 二日目の朝。宿を出た私は北へと向かう。天気は晴れ。
 海岸沿い、気持ちのいい道が続く。ええっと、今日もオフなのよね。でも「沖縄の魅力を取材ね!」って編集長から……これ、仕事だよね?
 しばらく走って、ハンドルを左に。ビーチを越えてたどり着いたのは、残波岬。車から下りたら、風が強い。人はあんまりいない。
 こんな所から落ちたらたまらないよね。別に高いところが怖いとかじゃないから。
 しばらく波の音を聞く。
 ひとつながりの海でも、いろんな表情を見せる。将棋もどこかではつながっているけれど、誰が指すかによって全く別のものになる。似てるのかもね。



 
 さてっ、ポジィティブにいこうかなっ。
 残波岬を出て、さらに北へ。木田さんは言ってなかったけど、ぜひ見たいと思ってたものがあるのよね。そんなわけで、着きました、万座毛。車を降りてびっくり、露店が並んでいたり。結構な観光地なんだね。
 岬と違い、風は穏やか。柵に仕切られた道を列になって進んでいく。遠くに見えてくる大きな岩。確かに、象の形をしている。
 きりんとかパンダとかの岩はないのかな。
 地元の人はいない気がする。確かに旅行に慣れた人は別のものを見たいかも。でも、一見の価値ありね。


 沖縄は、広い。土地じゃなくて、空と海が良く見えるから、世界が広く見える。いつもどれだけビルや山を見ていたのかが実感できる。

 今日の目的地はまだ先。まっすぐ北に伸びる沖縄本島が、ある地点で西にせり出し始める。そのあたりに名護がある。
 ガイドブックに書いてあった沖縄そばの店に入って昼食。思ったよりもさっぱりとしていた。海や空気のきれいな上澄みを一つの器に入れたような、そんな味。

 進路を西へと変える。今まで通ってきたところが左側に見える。随分と長い距離運転してきたなあ、と実感。ひょっとしたら私、うまいかも。ぐんぐんと進んで、皆と前の駐車場に車を預けた。ここからはフェリー。

 やたらと広い待合室だけれど、そんなに人はいない。チケットを買って、あたりをぶらぶらとする。目的の島は、すぐ近くに見えた。平べったいお好み焼きみたいな感じだけど、中心にごつごつとした山がにょっきり生えている。不思議な島だね。

 フェリーがこちらにやってくる。思ったよりも大きい。考えてみたら、今まで大きな船に乗ったことがないんだよね。ちょっとワクワクしながら乗り込んで、階段を上がっていく。壁の外にも席があって、風を感じながら座ることができた。

 動き始めた!

 白波を立ててフェリーは進んでいく。地元の人が多いのだろう、私みたいにはしゃいで外を眺めている人はほとんどいない。不思議と海を見ていると、将棋盤を思い出す。波と波の間に、駒を置いてみたくなる。何百年昔には、船が戦のために行き来していたかもしれない。そんなことを考えていたら、あっという間に島が近付いてきた。港と、その周囲に広がる集落。ああ、離島に来たんだな、と思う。

 着岸し、しばらくしてから下船の案内。ここが、今回の目的地。この島の民宿で、将棋合宿が行われる。そこに派遣されるゲスト棋士が私なのだ。まあ、沖縄には美少女が似合うという賢明な判断ね。

「皆川さん」
 突然声をかけられてびっくりした。そういえば、宿の人に迎えに来てもらうことになっていた。けれども振り返った私の前にいたのは、予想だにしない人で、私は荷物を落としそうになった。
 白く透き通った肌に、細い体。茶色い髪は肩のあたりで切りそろえられている。私は彼女を知っている。よく知っている。
「前川さん」
 前川蜜、元奨励会員。同世代の中で最も強い女性だった。木田さんは奨励会試験に落ち、私は受けることすらなかった。当時は金本さんの存在なんて誰も知らなかった。女流棋界で活躍することを期待されながら、将棋の世界そのものから前川さんは姿を消した。どこに行ったのか、何をしているのかまったく知らなかった。
「お久しぶり。たまに活躍は聞いてる」
「えっと……どうしてここに?」
「どうしてって、送迎頼んだじゃない。島烏で働いてるの」
「えっ」
 島烏は、将棋合宿が行われる予定の民宿だ。そこに二泊することになっている。詳しいことはあまり聞いていなかったのだけど、従業員が私より強かった人っていうのはどういうことだ。
「聞いてなかった? こっちの高校で将棋部に在籍したりしたの。そこから話が進んで今回の合宿につながったわけ」
 強い日差しの下、日常のことを語っているにもかかわらず前川さんは世界から浮いて見えた。とてもきれいなのだ。嘘のようにきれいだ。それは、小学生の時からだった。決して慌てず、常にマイペースに生きていた。けれども芯が強いとかではなく、自分を装うだけの技術を持っていなかったのだと思う。男の子たちの中で一人凛として、前川さんだけが別の時代に生きているようだった。だから周囲は彼女からちょっと距離を置いた。そして後から考えると、前川さんは別に距離を取りたくなかったんだと思う。将棋は順調に強くなっていたのに、突然奨励会をやめた。一度だけ私に、「みんな、はつらい」と言った。
「なんか、不思議な話」
「そう? けっこう、合ってるって評判」
 前川さんは私を手招きして、白いバンへと誘う。
「さ、行きましょ」
「行くって……前川さんが運転するの?」
「勿論。無事故無違反。二か月目」
 ハンドルを握ってにやりとする彼女は、やっぱり世界から少し分離しているように見えた。ただ、昔と比べたら随分と楽しそうだ。
「じゃあ、荷物載せるね」
「ふふ、変な感じ。皆川さん、プロなんだよね」
「そう。前川さんがプロじゃないのも……変な感じだけどね」
「そうかな」
 トランクに荷物を積み、私は後部座席へ。前川さんのうなじは、背骨が見えるんじゃないかと思うぐらい白かった。
「じゃ、行くよ」


 本島よりも、空が広かった。高い建物はなく、信号すらほとんどない。畑や林の中に工場。今まで見たことのない静かな美しさだった。
 どこまでも平坦で、たった一つ山がそびえたっていて。絵に描いたような光景とはこのことだ。こんなところで将棋を指せるのは幸せだろうね。
「ここ」
 車が止まったのは、一見普通の民家かと思うような建物の前だった。木の看板に大きく「島烏」と書かれている。
「なんかすごく、民宿って感じ」
「元々おばあちゃんがやってたんだけど、引退したの。今は私とバイトの人でやってる」
「前川さんが女将さんってこと?」
「はは、言われたらそうだ」
 玄関で靴を脱ぎ、部屋に上がる。廊下の向こうに防砂林、そしてその向こうに真っ青な海が見えた。沖縄では、海は誰もが手に入れられる宝物だった。
「もうすぐ人が来るから。なんだったら指しておいて」
「え、そんな適当なの?」
「ここは、そういうところ。あ、泡盛は飲みすぎないようにね。飲みやすいけど、結構酔うから」
「私、そんなに飲めないから……」
「そう。あ、女子部屋はここね」
 前川さんに案内されたのは、ごく普通の八畳間だった。部屋の中に夏の香りが貯まっていた。
「女の子が来るの?」
「何人か。島の人と、女子高生と、小学生。増えるかもしれないし、減るかもしれない」
「うーん」
 なんというか、適当なのは苦手。でもまあ、しょうがないか。
「あと、皆にご飯作ってもらうの手伝ってもらわなくちゃ。皆川さんにも頼める?」
「うん」
 部屋から出てくると、玄関から足音が聞こえてきた。
「蜜さーん」
「了君だ」
 入ってきたのは、小柄で端正な顔立ちをした青年だった。
「頼まれてたもの持ってきたよ」
「ありがとう。こちら、女流棋士の皆川さん」
「わ、本物の! こんにちは、今回お願いした高嶺了です!」
「こんにちは、皆川です。代表者?」
「あ、はい」
「彼氏なんだ」
 前川さんはそう言って高嶺君の方をつかんだ。青年は顔が真っ赤だ。
「へー。可愛い彼女で良かったね」
「そ……そうなんです」
 否定しないのかよ。何かとってもうらやましい。
 その後、続々と人がやってきた。部活の関係者が多い。そこでわかったのだが、高嶺君は年齢は下だが学年は前川さんより上のようだ。
 取材ということを思い出し、写真を撮ったりメモをしたり。そして豆腐を切ったり……?
「ゴーヤーチャンプルができましたよ」
 高嶺君がテーブルに持ってきたのは、緑のゴーヤーに豚肉に卵、そして豆腐の入った料理だった。
「ゴーヤー……」
「チャンプル。島で出来たゴーヤーを使ってますよ」
 実はゴーヤーを食べたことがない。苦いという話だけど大丈夫かな。
「カレーもできたよ」
「これ、ハンダマ」
 テーブルの上にどんどんと料理が乗っていく。人の出入りが多くていったい何人いるのかわからないが、いつの間にか来ていたおじさんがすでに泡盛を飲み始めていたり、子ども同士で将棋が始まっていたりと本当に自由だ。
「じゃ、食べましょう」
 前川さんの合図で、正式に食事が始まる。恐る恐るゴーヤーチャンプルに口を付けてみたが、おいしかった。苦味もあるのだけれど、それ以上に深いうまみが感じられた。他の料理もおいしい。
「あの……一局願いできませんか」
「いいけど、名前は?」
「光城です」
 おそらくこの場にいる中で最も普通っぽい青年。ただ、眼光はとても鋭い。
「手合いはどうする?」
「飛車落ちとかでいいですか」
「了解」
 旅先のせいか、久しぶりに駒に触るような気がする。誰かがジャンベを叩き始め、そして踊り始める人がいた。庭先に大きなヤドカリがやってきている。
「おっ、皆川さんに挑むとはやるねえ」
「せっかくですから」
 ゆったりとした時間が流れている。そして将棋の方は私の完勝だった。飛車落ちというのは、実は上手の気が楽な手合い。こちらは受けに専念するので、飛車がないことはあまり影響がない。だから下手が攻めばかりしようとすると、受けきられて反撃されてしまう。実は、ちゃんと囲って様子をうかがうのがコツ。
「あー、全然勝負になりませんでした……」
「途中歩の使い方は良かったんだけどね。終盤になってから急ぎすぎかな」
 そのあとも将棋を指したり歌ったり踊ったり。こんな合宿は本当に初めて。
「皆川さん、溶け込んでる」
 縁側に座っているところに、前川さんがやってきた。隣にちょこんと腰を掛ける。
「そう?」
「私はだいたい眺めてるだけ」
「それっぽい」
 だんだんと静かになっていく夜。特別な時間は、ゆっくりゆっくりと流れていった。


 三日目の朝。今日からはちゃんとしたスケジュールの元将棋をしていく……予定。
 居間に行くと、すでに朝食が並べられていた。そして見慣れない女性の顔が。さわやかな笑顔にポニーテールが印象的だ。手足がすらっと長く、それでいて筋肉質。ちょっと憧れる体型。
「あ、皆川さん、おはようございます」
「おはようございます。あなたは?」
「崎原って言います」
「崎原さん、よろしくお願いします」
 合宿と言いながら、地元の人がふらっと立ち寄ってくるみたいで、他にも昨晩観なかった顔がちらほら。
 朝食を終え、いよいよ本番。主催者の高嶺君が仕切り、リーグ戦や指導対局が始まった。その最中にも人数が増え、なぜか私の前に三人の予定が六人が並んでしまった。
「ちょっと、前川さん」
「なに」
「半分任せる」
「え、私が?」
「そう、お願い」
 前川さんは大会などには出ていないものの、普段から将棋は指しているという話だった。それならば子供に三面指しぐらいできるはずだ。
 ちょこん、と私の横に腰掛ける前川さん。小さなころは、私より強かった。ずっとずっと、強かった。 ちらちらと見ていると、今でも十分強かったし、駒落ちに慣れているようだった。おそらく部活動などで教えていたのだろう。
 前川君や崎原さんが運営に回り、進行はスムーズだった。突然リーグ戦優勝決定戦の解説を頼まれたり、優勝者を三線の演奏で称えたり。色々なことがすべて楽しい。


 「よし、将棋はひとまず終えよう。せっかく晴れてるしみんなで海行こう」
 高嶺君の一言でみんなで浜に向かった。透き通るような、突き抜けるような青が広がっている。
「皆川さん、こっち来て」
「何?」
 みんながはしゃぐ中、前川さんに手招きされて岩場の陰に行く。
「将棋、楽しい?」
「そうね……楽しいかな」
「良かった。私もね、いろいろあって辛かったけど、将棋は嫌いにならなかった。あと、皆川さんもいい顔してるな、と思った」
「いい顔?」
「いろいろと充実してるんだろうなって。私はそっちの道を選ばなかったけど……ね、わかるでしょ」
「まあね」
 足元を小さな蟹が横切っていく。よく見るとヤドカリや小さな虫がいっぱいいる。
「恋はしてる?」
「えっ」
「してるでしょ」
「なんで」
「きっと年下。私と同じ」
「ちょっと、なに決めつけてるのよっ」
「すごいお姉さんしてるもの。そこは私とちょっと違うかな」
 太陽が照らす真っ白な前川さんの顔は、確かにお姉さんという感じではなかった。彼女は、何かの役割を背負うというよりは、ただ漠然とそこにいるだけで存在感がある人間だ。もしプロになっていたら、とても美しい、最も気高い棋士になっていたかもしれない。
「恋、してるよ」
 私は言ってしまった。前川さんは、ゆっくり口を緩めて微笑んだ。


「あらら」
 相変わらずの騒がしい夕食の中、携帯の画面を見ながら崎原さんがつぶやいた。
「どうしたの」
 聞いたのは高嶺君。
「台風こっち来る」
「あ、予測と違うんだ」
「明日お昼頃からだね」
 と、丁度その時スピーカーのがーがーという音が鳴り響く。

「明日のフェリーですが……第一便のみ運行となります……8時の便は運行予定ですが10時の便以降は欠航になります……えー、繰り返しますが……」

 しばらくは静寂が続いた。そして、皆で顔を見合わせた。
「明日午前の予定は中止しなきゃいけないね」
「そうだね、帰れるうちに帰らないと」
 そんなわけで、急きょ予定が変わり、合宿三日目のスケジュールがなくなってしまった。しかも朝8時の便に乗らないといけなくなった。
「明後日は動かないかもしれないし。よくあることだから」
 前川さんは慣れた様子でまったく慌てていない。
「お客さんこれなくて大変じゃない?」
「そうね。でも、帰れなくなって何泊もしてもらうこともある」
「なるほど」
 決まってしまえばそれに従って動くしかない。というわけで相変わらずの宴会が、続いていくのだった。ただ、私は一つ気にしていることがあったのだけれど……


 四日目の朝。七時過ぎ、皆であわただしく動き始める。空模様もあわただしい。乗り遅れたら宿に缶詰めになってしまうのだ。
 前川さんと高嶺君が車を出し、フェリーに乗る人々をピストン輸送。港に着いたら、皆で別れのあいさつ。
「また、来てもいいんじゃない?」
「そうね」
 前川さんと、軽く握手をした。たぶん、同じ世界に居たらしなかったこと。
「じゃあ、気を付けて」
「うん。いろいろとありがとう」
 島の人々に手を振って、フェリーに乗り込む。島から、離れていく。


 本島に戻ってきても安心はできない。今日行く予定だったところに電話してみる。
「はい……はい、あ、そうですか……はい、わかりました」
 しょんぼりだ。今日行く予定だったカヌー体験教室は、やはり中止ということだった。楽しみにしてたのに。
 急に予定がぽっかり空いてしまった。そして明日には東京に帰らなければならない。考えていたら、携帯が鳴り始めた。体験教室からだった。
「はい」
「あ、今確認したらですね、カヌーは出せないんですけど、トレッキングコースだけは午前ならできそうなんですよね。で、一人だけ他のお客さんが参加予定なんですが、もしよろしければいかがですか」
「え……あ、はい、うかがいます」
 予定とは違ったけれど、せっかくなので行ってみることにした。カーナビに目的地を入れ、ハンドルを握る。風が少し強いものの、まだ雨脚は弱い。沖縄最後の目的地に、出発である。


「この下の方にガザミとかがいるんですよー」
 案内役のお兄さんが、朗らかに説明を続ける。私は耳を傾けながらも、居心地の悪さを感じていた。
「いやー、それにしても偶然ですね」
「は、はあ」
 なんと、もう一人のお客さんは北谷で会ったあの青年だったのだ。
「思い出しました、将棋の方ですよね」
「ええ、まあはい」
 何とも気まずい。ファンというならまだしも、何日かたってようやく思い出すレベルで知られているというのはとっても微妙。
「皆川……さんですよね」
「ええ、はい」
「俺、蔦原っていいますねよろしくお願いします」
「よろしく」
 相手の勢いに押されっぱなしだったけれど、トレッキング自体は楽しかった。沖縄でしか見られない植物や動物を、身近で観察することができた。
「皆川さんは、将棋のイベントとか出るんですか? また浴衣着たり?」
「え、えーと、まあそういうことも……」
「いやあ、いいなあ。俺も早く呼ばれたいなあ」
「え? 何に?」
「あ、俺囲碁棋士なんで」
「なっ……あ、えーと、そうなんですか」
「いやあ、将棋の人と沖縄で二回も会えるなんてびっくりだなあ」
 こっちがびっくりだよ。なんだろう、すごく複雑な気持ち。
 待合室に戻ってくると、お兄さんの一人が三線を弾いてくれた。とてもいい声だった。ただ、風の音が強くなってきている。
「あの、帰れるうちに那覇に戻ります」
「そっか、それがいいかもね。蔦原さんは?」
「俺はしばらく名護に泊まるんで」
 別れを告げて、車に乗る。色々あったけれど、楽しい一日だった。たぶん今から雨が強くなるし、ホテルに着いたらおとなしくしているのがいいだろう。明日は昼の出発までのんびりお土産でも見てすごそう。うん。


 五日目の朝。飛行機が欠航になった……
 外はひどい風雨。出かけるのはちょっときつそうだ。仕方ないのでノートパソコンを取り出し、今回の旅行記を書き始める。幸いネットも通じるているので調べ物やメールチェックもできる。
 ふと、気になって。「囲碁の蔦原」について調べた。
 関西所属の二段。特に目立った活躍をしているわけではないようだった。誕生日は12月2日……
「一緒じゃない……」
 なんと、生まれた年も同じだった。もやもやした気持ちがもっともやもやしてきた。


 六日目、夕方。東京に戻ってきた。色々あったけれど、帰ってきてみると単純に楽しかったと思える。出会いあり再会ありアクシデントあり。旅っていうのもいいものね。


 後日……
「え、これを俺にですか?」
「だって辻村、ゴーヤー欲しいって言ったじゃない」
「言ったかなあ……」
「言った。言ってなくても喜んだらどうなのよ」
「……ありがとうございます。で、どうやって調理すればいいんでしょうか」
「知らない」

 その後他の棋士に聞いたものの、ゴーヤーの調理方法を知っている人はいなかった。こんなことなら前川さんにチャンプルの作り方を聞いとけばよかった。
 なぜか辻村は持っていた布の上にゴーヤーを乗せて眺め始めた。インテリアにでもするつもりだろうか。じっと見つめて、何やら考え込んでいる。そこに、三東先生が入ってきた。先生は辻村とゴーヤーを交互に見詰め、こう言った。

「どうしたの、辻村君?」

 



将棋が好きな少年、将棋に捕われた少女と出会う。


 島にやってきた少女、蜜は将棋が強かった。ただ彼女は、とても弱かった。島の少年了は、そんな彼女にも、そして将棋にも惹かれている。高校生になった了と、島に残った蜜。そんな二人の行く末は……
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