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ある日の早朝‥‥


 「鹿島神宮が造られたのはいつか」

 第一代神武天皇(じんむてんのう)が天皇の位についた年に、

 神武天皇が鹿島の地に使いを派遣して造られせた、と言い伝えられています。

 一般的には、神代(じんだい)から、人代にかわったときで、約2660年前と言われています。

 

 【かしま】を漢字で【鹿島】と、どうして書くのか。

 養老2年(718年)以前に書かれた常陸国風土記には、【香島郡】(かしまのこおり)と書かれています。

 香島郡の名前は、【香島天之大神】(かしまのあめのおおかみ)の郡より、香島郡と付けられたのです。

 

 養老7年(723年)ごろから、鹿島神宮の神鹿の【鹿】の字を取って

 【鹿島】と書くようになったと伝えられています。 

 

 続日本記では【鹿島】と書いてあります。 (HPより)

 

 

 一之宮(いちのみや)又は一宮とは、ある地域の中で最も社格の高いとされる神社のことである。

 通常単に「一之宮」といった場合は、令制国の一之宮を指すことが多い。

 一之宮の次に社格が高い神社を二之宮、さらにその次を三之宮のように呼ぶ。

 平安時代の延喜式(えんぎしき)によると

 伊勢神宮・鹿島神宮・香取神宮の3社だけが神宮の称号で呼ばれており、

 これは江戸時代まで続いています。それだけ特別な神社なのです。

 

 中臣氏が常陸国・下総国出身であったという関係で、中臣氏出身の藤原氏にも篤く信仰された。

 武甕槌神は経津主神とともに春日大社に勧請され、藤原氏の氏神(春日神)の1柱として祀られている。

 

 


鹿島神宮

 鹿島神宮は、茨城県鹿嶋市にある神社。

 式内社、常陸国一之宮、旧社格は官幣大社。

 日本全国に約600社ある鹿島神社の総本社。

 同県神栖市にある息栖神社、千葉県香取市にある香取神宮と合わせて

 "東国三社" と呼ばれています。

 

 武甕槌神(たけみかづち)を祭神とする。

 武甕槌神は、香取神宮に祀られている経津主神と共に武芸の神とされています、

 武術の道場に「鹿島大明神」「香取大明神」と書かれた2軸の掛軸が

 対になって掲げられていることが多いのはこの為です。

 時代劇などの道場シーンを御覧になれば良くわかります。

 

 鹿島立ち(かしまだち) 

 旅行に出発すること。旅立ち、門出。 言葉の由来には諸説あるようですが、

 其の1

 奈良時代、東国から筑紫(つくし)、壱岐、対馬などの要路の守備に赴いた防人(さきもり)が、

 任地へ出発する前に鹿島神宮の前立ちの神たる阿須波神(あすはのかみ)に

 道中の無事を祈願したことに始まり、のち武士にもこの習慣が伝えられたという。

 其の2

 鹿島、香取(かとり)の神たる武甕槌(たけみかづち)、経津主(ふつぬし)の二神が

 天孫瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)の降臨に先だって、

 葦原中津国(あしわらのなかつくに)を平定したことに基づくとする。


参道

 

 参道を歩く時、道の中央部分を歩いてはいけません。

 そこは、神様がお通りになる場所です。

 中央部分は避けて歩きましょう。

 

 



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