「子どもの頃って友達としゃべっているときに、“この子、思ってることと違うことしゃべってるな”ってはっきりわかることありませんでした?」
――そう言えば『ブリキの姫』のほうはもうひとつの世界に通じていて、この子の前世なのかな?って思ったりもしますけど。
「子どもの頃ってこういうことあったよなっていう。子どもの頃って友達としゃべっているときに、“この子、思ってることと違うことしゃべってるな”ってはっきりわかることありませんでした?」
――それは、その友達がうそをついているってわかるということですか?
「うそというか、思っていることと違うことをしゃべっているなって小さい頃ってはっきりわかるんですよ。今はもうわからないですけど、子どもだけのそういうことってあるのかなって。なんとなくじゃなくて、はっきりわかるんですよね。昔はそういうことがあったりとか。でもこの二冊の話がどうやってできたのかっていう経緯とかを話しちゃうとあんまりおもしろくないなと思うんですよね」
――では概略だけ言いますと、『とうめいの龍』は最後に出来た作品ですけど、『ブリキの姫』は最初の習作みたいなものの時点からあったんですよね。
「『ブリキの姫』は私の中に昔からあったんですよ。絵本にするとかではなくて、私の中の七大不思議として」
――それは音楽の詞にしようと思っていたとかではないんですか?
「全然そういうわけではないんですよ」
――背景になる実体験があったんですかね?
「そうですね」
―― “もうひとつの世界もの”っていう絵本は『モモ』とかでもあるじゃないですか。そのもうひとつの世界に行って、成長して帰ってくるという。でも『ブリキの姫』はもうひとつの世界に行けない話なんですよね。ある人にとったら拍子抜けするというか。でもこれ、現実的に子どものとき誰でも経験している精神的な挫折の話だと思ってて。大人は助けてくれないみたいな。ああいうリアルな感じにしたのはどうしてですか?
「うーん、どうしてだろう。なんか書いているときとか、話を進めているときとか、私の中で“こういきたい!”っていうのがあるんですよね。でもそれはもう感覚ですよね。自分の中でこうじゃなきゃ嫌だっていうのがあるんですよ」
――そこは譲らないですよね。
「うん。または誰にもわからないと思うんですよね。私の中ではかたちというか進み方があるんですよ。洋服でもあるじゃないですか、このラインがいい!とか」
――じゃあこれを書き終わったとき、気持ちいいとかあったんですか?
「そうですね。大丈夫!って思いました」
「“この井戸はどこまで続いているんだ?”っていう計り知れないものが、私の中でファンタジーになるんですよね」
――『とうめいの龍』『ブリキの姫』はじつは5つ書いてもらった物語の2編なんですよね。
「お話はほかにも3つあって、これが5つ目だったので、最後は日本的なもので終わりたかったんですよね。やっぱり日本ってほかの西洋の森にくらべて色が濃いような気がして。世界で一番透明な闇が濃いような気がするんです」
――山に何か祭ってありますしね。
「そうなんですよ。あとは心の中の話かな。やっぱり日本の山とか山の奥の湧き水とか神聖なもののような気がするんですよね。そういうのが、日本で生まれたからかもしれないですけど、私たちってないといけないような気がしませんか?」
――それこそ初詣に行くとか。日本人のリズムの中に入っているものですかね?
「そうそう。なくなっちゃったら嫌じゃないですか、そういうものって」
――太鼓の音とかが作中に出てきますけど、祭りとかそういうものを呼び出すみたいなことなんですかね?
「そうですね」
――『とうめいの龍』はすごく音楽的な感じがしたんですよね。
「琴とか胡弓とか日本の音楽的なところはありますよね。鐘の音とか、とくに日本は音が高い気がするんですよね。よく響くというか。ウィーンとかの鐘の音とはまた違って。日本的なものって元を知っているじゃないですか。山とかが出てきたときに自分の中ですぐ思い出せるというか」
――確かに。『とうめいの龍』はある種みんなの記憶の中に入り込めるというか。
「ふとね。そういうことってあるかもしれないですよね。いつもだったらこことここに行って予定通り帰るはずが、『とうめいの龍』を読んだことでふと“あそこって本当にあるのかな?”って思って近くの謎めいた場所に行ってみるとか。ぜひみなさんで龍の居場所探してみてほしいですよね」
――最後に作画に関して伺いたいんですけど。川本さんの中にある物語の原型を抜き出してもらったのが今回の二作で、絵の井ノ上 豪さんという方との出会いは大きかったですよね。
「最初に井ノ上さんが描いていらっしゃるいつもの絵を見せていただいたときに、こんなにかわいい絵を描ける人がいたんだ!って思って」
――しかも男の人で。
「じつは絵本をやるってなったときに “自分の絵でもいけるんじゃないか”ってちょっとだけ思っていたんですけど、井ノ上さんの絵を見て、もうすぐ隠したい!って思いました(笑)。“ああ、そういうことか”って思って、すごいなあと。本当にびっくりしましたね。私が子どもだったらずっと見ちゃう絵というか」

――川本さんの中に明確なビジョンがあったみたいなので、 “イメージが違う”って言われてしまったらどうしようかと思ってましたけど、全然そんなこともなく。
「そうですね。そこはもうコラボレートということで。すごくうれしかったですよ。こんなふうになるんだ!って思って」
――二冊出すっていうのもすごく意味があるんじゃないかなと思いました。『とうめいの龍』だけだと和の雰囲気が強すぎるかもしれないけど『ブリキの姫』は海外絵本のようで幅を見せられたというか。
「とにかく『ブリキの姫』の女の子の絵はかわいいですよね。でも私、井ノ上さんのすごさをまだちょっとしかわかっていない気がします。なんていうか、これから色々あるんじゃないかなって。すごく奥深いものを感じるんですよね。いっしょに制作をやってみて、言わなくても共有できている部分があったりして。今回、ちょっとだけ垣間見れたわけですけど、きっとずっといっしょに仕事をしていたら、もっと奥深いところを見られるんじゃないかと思いました」
――氷山の一角のような?
「井戸だったら、“この井戸はどこまで続いているんだ?”っていう。私にはきっとわからないんですよね。そういうのが私の中でファンタジーになるんです。計り知れないっていうところが私の中で夢になるんですよね」
――“計り知れないところが夢になる”っていいですね。女性ミュージシャンの絵本って、母親になった記念に出す事例が多くて、類型化されやすいんですけど、今回は両作品とも、それとはまったく違うベクトルで、川本さんがみんなの記憶の中の原型を抽出してくれた作品で、これはミュージシャンの絵本云々を越えてスタンダードになってほしいと思います。
「そうですね。ぜひ図書館とかにも置いてほしいです!」
この本の内容は以上です。