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プロローグ

 宇宙には、無限の命があり、その中のほんの些細な時間に、人生が存在する。
 ときには植物として、時には動物として、そしてときには人間として。
 それぞれの命がおくる人生は、それぞれの世界を有している。
 たとえば地球にある全ての命は、同じ時間軸の中で、それぞれの世界で、それぞれの人生をおくっているというわけだ。
 地球という世界は、命の数だけ、同じ時間に存在している。
 そしてそれぞれの世界は、それぞれの世界に微妙に干渉しあっている。
 あなたが今すごしている世界は、あなたを中心に動いていて、となりには別の人が中心の世界がある。
 そのとなりの世界で、その世界に住むあなたに、何かが干渉してきた時、それは力となって、あなたの世界のあなたに影響する。
 となりの世界で、あなたを殺そういう動きがあれば、あなたの世界のあなたもまた、死へと向かおうとするのだ。
 それぞれの世界は、中心となる命の望む世界へと動こうとする。
 たとえて言えば、「この世界は素晴らしい」と思う人の世界は、素晴らしい世界であろうとする。
「駄目な世界だ」と思う人の世界は、駄目な世界へと力が働く。
 それは、全ての人が「この世界は素晴らしい」と思えば、全ての人の世界が、素晴らしい世界へと向かうのだ。
 故に、今の地球の姿というのは、より多くの人が望み、考え、創造した世界であると言える。
 偏差値で言えば、50の世界。
 時間軸の中で、その辺りを生きる人は数が多く、0や100といったところには、ほとんど世界が存在しない。
 だけど、決して存在しないわけではない。
 常識にとらわれず、固定観念を持たない者が、その辺りの世界を造っていた。
 当然中心付近の偏差値50あたりには、頭の固い人や夢の無い人、知性や感情を持たない植物の世界が無限に近い数だけある。
 これだけの説明で、分かる人には分かるかと思うが、中心である偏差値50辺りの世界では、不思議な事は何一つ起こらない。
 全て説明のつく範囲で、時間は流れて行く。
 しかし、偏差値0や100の世界では、日々不思議な事が起ころうとする。
 ただ、数が少ないので、時間軸の全ての世界に影響を及ぼす大きな力となる事はほとんどなく、結局全ての世界で、不思議な事はそうそう起こる事はない。
 それでも時々、強い想いや希望からくる創造は、全ての世界に影響し、いつのまにか世界の常識となってゆくわけだ。
 天動説が、地動説に変わったように。
 目に見えないものの存在を認識できたように。
 あなたが昨日別れた友達、今後もし、全く連絡もとらず、会う事もなく、情報を聞いたり、関わる事もなくなった場合、その人がその後どういう人生を送っても、あなたの世界に影響はない。
 最近、孤独死という言葉をよく耳にするが、そういう死者が増えたのは、まさしくそれが原因だ。
 孤独死をする人というのは、人とのかかわりが無くなり、生きていても死んでいても、どの世界にも影響しなくなった人。
 誰にも必要とされなくなった人。
 そういう人が、死へと向かう僅かな力で、死んでいったもの。
 そして、孤独死以外にも、そういった理由で死んでいく人は多い。
 今日死んだこの人もまた、多くの関わりを失い、わずかなきっかけで、死んでしまった一人だった。
 死因は、車にはねられた事による内蔵破裂と出血多量ではあるが、本当の原因は、全ての人の世界に、存在していないも同然になったからだった。
 もし、一人でもこの人の事を大切に思い、必要とし、関わりを持とうとする人がいたら、きっとこの人は、今ここで死ぬことは無かっただろう・・・

出会い

 この話の主人公である高校生「山下豊」は、今日もただただ普通の一日をおくるはずだった。
 普通の一日とは、朝起きて、高校に行って、帰ってきて勉強をする、全くもって普通にしたくない一日だ。
 豊は、特に夢見る少年でもなく、希望も何もない。
 現実的過ぎる男と言えるだろう。
 まっ、それがこの少年の運命を大きく変える事になるわけだが、それは読み進めていってもらえればそのうち分かる事なので、此処ではこれ以上それにはふれない。
 
 
 ごく普通の高校2年生、山下豊は、今日もいつもと同じように、学校へと向かっていた。
 体調も景色も、いつもと何も変わらない。
 違う事と言えば、昨日よりも少し気温が高くなっている事くらいか。
 衣替えの季節はまだ先だけれど、今日は少し暑く感じているようだ。
「ちょっと暑い・・・」
 豊はシャツの胸の辺りをつかんで、前後にあおいだ。
 女性ではないので、こんなしぐさをされたところで、全く何も感じない。
 私がこんなしぐさを一々説明する必要もないと思うが、最初だから描写にも少しだけ力を入れているだけだ。
 豊は肩からかけていた鞄を一旦手にもつと、制服のジャケットを脱いだ。
 これも女性ではないから、思うところは何もない。
 鞄を再び肩にかけ直すと、その鞄を覆うように、ジャケットを鞄にかける。
 少し風が吹いた。
「気持ちいい~」
 今まで暑かったから、少し涼しい空気の流れは気持ちが良いみたいだ。
 豊は笑顔で、再び学校への道を歩きだした。
 通学には、家から駅まで約5分、そして電車で20分、降りてから学校までが15分の合計40分だ。
 往復だと一日1時間20分で、豊にとってはこの時間が、一日の中で、唯一気を抜く事ができる時間だった。
 それ以外は、朝から晩まで勉強勉強、気を抜けない。
 なんて悲しい青春時代なのかと思わなくもないが、豊自身がそうしようとしているわけだから、私にはなんとも言えない。
 豊は一応の目標があった。
 夢と言うには現実的過ぎるし、希望と言うには些細すぎる、小さな目標。
 とりあえず大学に行って、それなりの企業に就職する。
 そして、貧乏でもそれなりに笑顔のある家庭を築いて、80歳くらいで老衰死する事。
 その、なんとも微妙な目標の為に生きている豊にとっては、登下校の時間だけが、生きている感じのする時間だった。
 学校は結構田舎にある。
 だから景色を眺めるのも、豊の楽しみであった。
 昨日今日では、特に変わりはないけれど、自然は少しの変化も豊に喜びを与えていた。
 昨日は太陽が少し雲で隠されていたけれど、今日は雲が見あたらない。
 とか、風も、昨日よりは緑の香りがする、気がする。
 とか、その分甘い香りはおさえられているかな。
 とか、そんな事を考えながら風を追いかけて空を見上げると、空は昨日よりも高く感じられた。
 その高く感じた空を見上げていたら、目の前に、何か黒い物体を捕らえた。
「え?空に何かがいる?そんなわけないか。」
 豊は少し興味をそそられたが、どうせ鳥か飛行機か、別に大したものではないと思ったようだ。
 だがどういうわけか、豊はなんとなくその空にあるものを見続けていた。
 するとそれは、だんだんと大きく見えるようになり、その形が豊の目にもわかるくらいまでになってきた。
「猫?」
 豊から見たその物体は、猫のようだ。
 しかし猫だとは言えない。
 なんせ空を飛んでいるのだから。
 背中には、羽のようなものが見える。
 明らかに猫ではない。
「鳥だな。鳥。僕の知らない鳥だ。」
 流石に頭の固い豊だ。
 どう見ても猫に羽が生えているとしか思えない生き物を、鳥だと思いこんだ。
 でもなんだろうか、一応写真を撮って、後で調べようとでも思ったのか
「携帯!この世に不思議な物はない。調べりゃわかるって話。」
 胸の内ポケットに入れていた携帯電話を探しているようだ。
 しかし胸に内ポケットがない。
 それはそうだ。
 さきほど内ポケットのあるジャケットは脱いでいたのだから。
 豊は慌てて、鞄にかけてあるジャケットの内ポケットを探す。
 慌てているとなかなかうまく見つからない。
 よくあるよね、こんな事。
 豊は尚も慌てていたが、ようやく内ポケットを見つけた。
 手をつっこんで、携帯電話を取り出す。
 素早く折り畳まれている携帯電話を開くと、空飛ぶ猫のような鳥へとカメラレンズを向けた。
「あれ?」
 空を見上げた時、既にそこには空飛ぶ猫のような鳥は、姿を消していた。
「あーあ・・・でもま、鳥以外にあり得ないし、いっか。」
 こんな時の為に、携帯電話にカメラ機能がついているのに、シャッターチャンスを逃してしまっては意味がないなんて豊は思ったが、もう既にどうでもよくなっていた。
 なんとなく見た携帯電話のデータエリアには、テスト撮影した自室の写真が2枚あるだけだった。
 豊は携帯電話をたたむと、手に持ったまま、再び学校への道を歩き始めた。
「ニャー!」
 ふいに後ろから、猫の鳴き声のようなものが聞こえた。
「え?マジで?さっきのはやっぱり猫だったの?」なんて事は一切思わない。
 普通に「猫かな?」と思って、豊は歩みを止めて振り返った。
 そこにいたのは、さきほどの猫のような鳥にそっくりではあるけれど、羽の無い普通の三毛猫だった。
「羽、ねぇよな。当然だな。」
「にゃー」
 しばらく豊はその猫を見ていた。
 人を怖がっている様子がないから、もしかしたら飼い猫なのか、それとも野良《ノラ》だけど人にかわいがられているのか、豊はそんな事を考えていた。
 あまりにカワイイ顔をした猫だったので、豊は手にあった携帯電話で、無意識のうちに写真に撮っていた。
 すると驚いたのか、猫はシャッターの音がすると同時に、近くの草むらに逃げ込んだ。
「あっ!・・・って、やべぇ!」
 豊は少し脅かしてしまった事を悪く思ったが、そろそろ遅刻しそうな時間である事に気がつき、すぐに猫の事は忘れて、慌てて携帯電話をズボンのポケットに突っ込んで、学校へむけて走り出した。
 豊は結局、学校には遅刻してしまった。
 といっても、朝のホームルーム中に教室に入ったので、勉強には影響が無かった。
 担任の先生に、少し嫌みを言われたくらいで済んだ。
 朝のホームルームが終わり、1時間目の授業までの間、いつもなら予習する時間にあてるのだけれど、豊はポケットに突っ込んだ携帯電話の写真が、少し気になった。
 何故かさっきの猫の事が、頭からはなれなかったからだ。
 豊は携帯電話を取り出して開いてみた。
「えっ!?」
 豊は、携帯電話のディスプレイを見て、驚いた。
 それと同時に、ディスプレイから目が離せなかった。
 豊の様子に関心を向けるクラスメイトもいたけれど、このクラスには、豊と仲が良い友達はいなかったので、特に話しかける人はいなかった。
 クラス替えをして間もない事が、豊には幸いした。
 なんせ、何故驚いたかを聞かれたら、携帯電話のディスプレイに映るものを見られたら、豊には困る事態が起こっていたから。
 先ほど猫を撮ったはずの写真。
 そこにあったのは、カワイイ女の子の姿だった。
 それも裸で・・・
 何が起こったか一瞬理解できない。
 人は考える時、右上だか左上を見ると言われているが、豊の視線の先は当然携帯のディスプレイだ。
 邪念を払い、必死に考える豊。
 友達がネットで見つけた画像を送ってきていて、それを誤って開いてしまったのかとか、携帯電話がウイルスに侵されたのかとか、色々考えた。
 しかし、携帯電話の表示は、明らかに先ほど撮った写真であって、そのおかしな出来事を、豊は事実として昇華できずにいた。
 豊は、とにかく常識人である。
 幽霊や超常現象、UMAやUFOなど、全く信じていない。
 この世で説明のつかないものは、全て否定する人間だ。
 だが事実として、そこにおかしな写真がある。
 豊は、その裸の女の子が可愛かった事もあり、授業が始まるまで、その写真を見続ける事しかできなかった。
 山下豊の携帯電話に、裸の可愛い女の子の写真がぁ!なんて事が起こったわけだが、昼休みを迎える頃には、すっかりそんな事は忘れている豊であった。
 昼休みは、多少気を抜く事ができる時間で、食堂で別クラスの友達と話をしていた。
 前に「気を抜く時間が無い」とか、嘘を言ってすみません。
 会話は、いつもと変わらない、なんの生産性もない、ごく普通の話。
「政治家があれじゃ、経済は良くならないよ。」
「いや、国もそうだが、企業に夢がないんだよ。もっと夢のある商品が必要だ。」
 すみません、また嘘を言ってしまいました。
 全く高校生が普通に話すような会話ではありませんでした。
 とにかく、昼休みには既に、豊かにとってごく当たり前の、普通の日へと戻っていた。
 そして気がつけば放課後、豊は帰宅準備をして、一人家路に向かう。
 別に端折って適当に伝えているわけではない。
 本当に、特に話す事が何もなかった。
 帰り道、朝にあの猫のような鳥と、猫に出会った場所に来ていた。
 流石に不思議な事を信じない豊でも、朝の出来事を思い出さずにはいられなかった。
 豊は立ち止った。
 草むらの方を見る。
 特に何かがあるわけでもない。
 空も見上げてみた。
 そこには飛行機も、鳥も、そしてもちろん猫もいなかった。
「ふっ」
 これが当然だと言わんばかりに、豊はどや顔で、再び家路に向かって歩きだした。
「ニャー!」
 すると朝と同じように、後ろから猫の鳴き声がした。
 これが当然だと言わんばかりの顔をしていた豊だったが、やっぱり何処か期待していたのかもしれない。
 豊は凄い勢いで後ろを振り返った。
 その勢いは、あのゴルゴさん家の13さんが「俺の後ろに立つんじゃねぇ!」と言わんばかりのものだった。
 ベタな展開だと、そんな勢いで振り返ったら「可愛い女の子とキス!」なんて展開になるわけだが、そんな事を夢にも見ない豊の世界で、そんな事が起こるはずもない。
 この世の中、ちゃんと落ち着いて考えれば、全て想定できる事で成り立っているのだから。
 少なくとも豊がそう思っている以上、そんな事が起こる事は、豊の人生ではあり得なかった。
 振り返るとそこには、朝に見た猫がいた。
 豊がなんとなく手を差し出すと、ちょこちょこと歩いて寄ってきた。
 豊の右手をペロペロなめる猫。
 その猫の背中を、左手でなでながら、羽が生えるような余地があるのか見てみる。
 当然、そんな形跡は無かった。
 やっぱりそんなわけないよな、みたいな顔をして、豊は少し安心したようだ。
 豊自身、想定外の事が起こる事に、何か漠然と不安を持っているのかもしれない。
 不安が、夢や希望を失う原因なのかもしれない。
 とにかく豊は、目の前の猫が普通の三毛猫だった事に安心して、普通に猫を可愛がり始めた。
 此処で言う「可愛がる」は、もちろんいじめる事ではないと、一応言っておく。
 豊は、携帯電話を取り出した。
 また写真に撮りたくなったのだ。
 別に、朝の写真の事が頭にあって、やましい気持ちとか、もしかしたらとか思ったわけではない。
 ただ普通に、写真に撮りたいと思った。
 カメラレンズを猫に向けて、豊は携帯電話のディスプレイを見た。
 可愛い猫が映っていた。
「おまえ、可愛いな。」
 豊が発した言葉は、正に本人の素直な気持ちだった。
 ま、可愛い猫を見て「可愛い」と言う事くらい、世間一般世界の常識、当然の発言だ。
 だが、この猫にとっては、それはある意味、魔法の呪文であった。
 ディスプレイに映る猫の姿かぼやけたかと思ったら、次の瞬間には、可愛い女の子がそこに映されていた。
 驚いて携帯電話を横にそらして猫を見ると、そこには確かに猫がいた。
 再び携帯電話をとおして見ると、女の子が映る。
「なんで?女の子なの?」
 豊の発した一言が、再び力となった。
 次の瞬間、ディスプレイに映る女の子が、正にそこにいた。
 豊はうろたえた。
 理由は、猫が人間になったって事ももちろんあるが、やっぱり裸だった事が、豊かに大きなショックを与えた。
 いや、その表現は正確ではない。
 猫が人間になったショックを、忘れてしまうくらいの刺激が豊を襲った。
 10秒ほどうろたえていた豊だったが、ようやくセオリーを思い出し、ジャケットを脱いで、そこにいる女の子にかけた。
 だからと言って、女の子はそれで、ナニやナニを隠す事はしない。
 豊は、持っている勇気を総動員して、ジャケットで前を隠すように引っ張った。
 するとようやく分かったのか、女の子はジャケットの中に丸まった。
 (猫みたいだ。いや、猫だったんだけど。えっマジで?)
 豊はそんな事を考えて、再びパニックになりかけた。
 想定外な不思議な事に、豊は耐性がないのだ。
 だけど、そこにいる女の子があまりにも可愛くて、豊の思考は、再び断絶された。
 ふと、鞄に体操服が入れてあるのを思い出した。
 豊は慌てて鞄の中からそれを取り出す。
 そして、その可愛い子に着るように促した。
 体育の授業は、1週間に4回あるから、こういう展開になる確率は4/6、豊の世界では十分にあり得る事だが、私は「少し都合が良すぎるだろう」と言っておく。
 豊は必死に女の子の裸を見ないように、でもチラチラと見ながら、なんとか女の子に体操服を着せる事に成功した。
 さて、体操服を着てもらったは良いが、此処からどうすればいいか豊は悩んだ。
 (猫ならつれて帰っても問題ないよな?いや、女の子だからまずいだろ。つか猫なら電車に乗せられないよ。待て、女の子じゃないか。)
 本来の豊なら、まずは警察につれていくなり、話をするなり考える事ができたであろう。
 しかし、猫から発せられる「力」が、それを阻んでいる事は、この時の豊には分かるはずも無かった。


時をかける猫

「しまったぁー!なに僕はこの子を連れ帰ってるんだぁー!!」
 豊は結局、無事に猫の子を自宅に連れ帰る事に成功していた。
 いや、そう思うのは私だけだったようで、このミッションは豊にとって本意ではなかったようだ。
 夢中になっていて、肝心な部分を見落としていた。
 そんなに都合の良い話などないだろうと思うが、まっ、その理由は、この後きっと理解する事ができるだろう。
 豊は、猫の子の手をつかむと、警察につれて行こうと引っ張った。
「警察に行こう。」
 既に豊の頭の中では、猫が人になった事実を、トリックかなにかだと思いこんだようで、目の前の女の子を可哀相な子だと決めつけていた。
 猫の子は、その豊の行動に抵抗した。
 つかまれた腕が痛いのか、少し泣きそうな顔をしている。
 この場面を見たら、誰もが豊を悪人だと思うだろう。
 豊もそれに気がついたのか、つかんでいた手を放した。
 全く、こんなにおいしい話の展開なのに、豊とはつくづく可哀相な奴だ。
 私だったらとりあえず、ここに居たいのだと判断して、心ゆくまでいてもらうぞコノヤロー。
 なのに豊の口から発せられた言葉は、信じられないものだった。
「警察に電話するよ。」
 本当に、豊の頭の中はどうなっているのか。
 自分がつれこんでおきながら、そんな事を言う?
 だが、此処でようやく、この話の流れに大きな変化をもたらす出来事が起こった。
「ニャー!」
 鳴いた。
 猫の子が鳴いた!!
 おめでとう。
 いや、そうじゃなかった。
 一瞬、豊かには何が起こったのか、頭の中を整理するには、しばしの時間が必要だった。
 何故なら豊かにとって、目の前の女の子と猫を繋ぐものは、既に頭に無かったからだ。
 そして再び、猫が可愛い女の子になったって事が、リアルな記憶として蘇ってきた。
 それでも、豊かにはそう簡単に受け入れられる事実ではない。
 ハッキリ言って、じれったくて面倒くさくでウザったい話の流れだが、これが豊の世界では当然の話。
 その理由もまた、読み進めて行けばそのうち分かると思うので、此処では割愛する。
 豊は必死に受け入れようとしたのかもしれない。
 豊は頑張って理解しようとしたのだろう。
 それでようやく頭の中を整理して出てきた結論が「猫なの?」と、目の前の可愛い女の子に聞く事だった。
 本当なら、人間に「猫なの?」って聞くのはあまりにおかしいし、猫ならそうだとは答えられない。
 そう、この場合は「違うよ!」って返事が返ってくるのが当然だ。
 それが豊のグローバルスタンダード。
 と言うか、多くの人にとって、それは当り前の事だ。
 でも、その女の子から返ってきた返事は、色々と常識の範囲外、想定外、規格外だった。
「そうだよ!」
 肯定した。
 猫だと認めた。
 という事は、猫が喋った?
 あり得ない。
 豊の頭のスーパーコンピュータは、今度は簡単に結論を出した。
「嘘」であると。
 それは同時に、猫が人間になったのを目撃してしまった事をも否定し、猫が人間になる事を否定する行為であった。
 その判断は、決して間違ってはいない。
 そんな事は、この世界であるはずも無いのだから。
 その否定する気持ちが、また目の前で不思議な事が起こる力となってしまった。
 正確には、今までかろうじて人間の姿でいた力を、失わせる事になった。
 目の前の可愛い女の子は、見る間に猫の姿へと形を変えた。
 着せていた体操服の隙間から、猫の顔がちょこんと出ている。
 その顔は、帰りに見た三毛猫と同一だ。
 そしてその表情は、少し悲しそうだった。
 流石に豊も、これだけ何度も変化する姿と、悲しい顔を見せられては、多少受け入れざるを得なくなっていた。
「人間になる事ができる猫って・・・」
 その言葉に、再び猫は可愛い女の子へと変化した。
 もちろん、その際に体操服を巧く着られるわけもなく、色々なところがあらわになっている事は、当然お伝えしておかねばなるまい。
「あ・・・服着て服!!」
 豊は再び、目をそらしながら、体操服をその子に、期せずして着せる事となった。
 もちろんチラチラ見ていた事は、当然お伝えしておかなければなるまい。
 なんとか着せる事に成功した豊は、とりあえず息が荒かった。
 どうやらドキドキ緊張しすぎて、息をする事も忘れていたようだ。
 猫の女の子は、それをキョトンとした顔で見ていた。
 とっても可愛い萌え顔だ。
 豊はその顔をみて、再び息をするのも忘れてしまうくらいフリーズした。
 そして私もフリーズした。
 おっと、危ない危ない。
 可愛い女の子は核兵器にも勝ると言うが、この物語をお伝えしている私をも凍結させてしまうのか。
 私が我にかえってから間もなく、豊もようやく落ち着いてきたようだ。
 ずっと受け入れられなかった事実を、ようやく受け入れ始めていた。
 豊は一つ深呼吸をして、女の子に話しかけた。
「もう一度聞くけど、君は猫なんだよね?」
 くどいと思わないでいただきたい。
 豊には、やはり聞かなければならない事なのだから。
 すると女の子はやはり「そうだよ!」と答えた。
 それを聞いた豊は納得して、いや、納得する事にして再び質問をした。
「じゃあ、人間じゃないんだよね?」
 豊の質問に、女の子は首を振った。
「えー?じゃあ、人間なの?」
 人間じゃなくはないのだから、それは人間なのだけれど、先ほど猫だと言っていたのに、どういう事だろうか。
 豊は再び頭が混乱してきた。
 でもその答えは、簡単に女の子の口から発せられた。
「猫だけど、人間になれたのさ。」
 うんうん、納得納得。
 要するに、この話のヒロインらしき女の子は、猫だけど人間になった女の子だったんだね。
 と、私なら納得だけど、いや、ずっと前からそう思っているわけだけど、豊には簡単に受け入れられる事ではない。
 でも、此処までの事実が、なんとか豊かに不思議な事態を現実として昇華させていた。
 長い長い道のりであったが、ようやく豊は、女の子から話を聞くという選択肢に至った。
 この世界で、裸の女の子が道の真ん中にいれば、まずは着る物をなんとした後、話を聞くってのが普通だろう。
 そして正に普通の中の普通である豊が、その行動に及ぶ事がなかったのは、全てはこの女の子の「思いの力」によるものだった。
「えっと・・・お名前は?あ、僕は山下豊です。」
 おいおい、合コンしてるわけじゃないんだから、普通に話そうよ普通に。
 でも気持ちは分かる。
 それくらい可愛い女の子なのだ。
 言葉だけでは表現できなくて、本当に申し訳ない。
 ただ、あえてどんな可愛さか言ってくれというなら「あなたがもっとも可愛いと思う女の子と同じくらい可愛い」である。
 その可愛い子がこたえた。
「ネコなのさ。」
 猫だから、そらネコだよね。
「って、そうじゃなくてさ。呼ばれている名前って言うか。そう、たとえば飼い主にどう呼ばれていたの?!」
 豊の言葉に、女の子は少し考えて、少し寂しそうな顔をしてから「ミケネコ?飼い主じゃないけど・・・」とこたえた。
 寂しそうな顔に、なんとも気まずい雰囲気になった。
「それも名前じゃない!」なんてツッコミは、もう不可能だった。
 豊は諦めて「ミケネコさんは、どうしてあんなところで、その・・・裸で・・・ん~いたの?」と聞いた。
 これは、裸でいた理由を既にわかってはいたが、それを受け入れたくない気持ちが作用しての聞き方だ。
 人間の服を着ている猫なんていないからね。
 ミケネコはしばらく寂しさから解放されずに黙っていたが、豊の質問を聞いて少ししてからこたえた。
「別の世界から飛んできたら空だったのさ。死ぬかと思ったさ。」
 ミケネコの返事は、豊の質問に正確にこたえられたものではなかった。
 だがしかし、この言葉には、朝の出来事を全て含めて、一本に繋げるには十分な言葉であった。
 そして、聞き流せない言葉も含まれていた。
「別の世界から飛んできた?」
 まあもっともな疑問である。
 豊の常識の範囲内で考えれば、別の世界というのは、外国ってのがまず思いつくところだろう。
 そこから飛んできたってなら飛行機だが、猫が飛行機に乗ってきて、死ぬかと思ったとかこたえるのはどうも不自然だ。
 それに朝、羽の生えた猫のような鳥を目撃している。
 あれがもしミケネコだったら、外国から羽を使って飛んできたって事だが、それだと死ぬかと思ったってのがやはりおかしい。
 豊の質問に、ミケネコはようやく核心に触れる発言をした。
 
「私、別の世界線の未来から来たのさ。豊に会う為に。」
 豊は、一瞬意味が分からなかった。
 いや、言っている事は理解できる。
 でも、そんな非常識な事が実際にあるなんて、やはり豊には納得できないし、事実としては理解できなかった。
 私だったら、きっと猫人間がいる時点で、羽をはやして空を飛んでる時点で、それくらいあっても不思議ではないと思えるだろう。
 それができない豊だからこそ、この話の主人公になり得たわけだが。
 豊は、必死に頭の整理をしていた。
 ミケネコの言っている事を、そのまま理解すればこうだ。
 ミケネコは、別の世界線の未来から、この世界へと飛んできた。
 そしたら空の上だったので死ぬかと思った。
 後は豊の見た事実と合わせると、羽が生えて飛べたので、無事地上に到達した。
 豊の帰る道すがら、再び出会い人間になるが、元は猫なので裸だった。
 なんやかんやと無理やり家にお持ち帰りした。
 というわけだ。
 おっと、一つ重要な発言をスルーしていた。
「豊に会う為に来た」って事だ。
 豊はそこに何かがあるような気がしたのか、それとも偶々そこだけ腑に落ちなかったのか、再び質問をした。
「俺に会いにって、どうして?」
 この質問にこたえるには、どうやら一言では語れなかったようで、此処からミケネコは長々と語り始めた。
「よくわからないんだけど、私の居た世界は、私の世界、私の世界線なんだってさ。」
 確かによくわからない。
 だから黙って、豊は話を聞き続ける。
「時間軸の中には、沢山の世界線が存在するんだって。」
 豊も、それくらいは聞いた事がある。
 それぞれの世界線には、それぞれの自分がいて、要するにパラレルワールド。
 世界線は色々なところで分岐し、また合流する事もあるとか。
 たとえば明日、豊が学校に遅刻したとしよう。
 本来豊は、明日遅刻しなかったとして、ここで、遅刻した世界と、遅刻しなかった世界が、それぞれに存在するという考え方。
 世界線の分岐だ。
 しかし、遅刻してもしなくても、その後の豊に全く何も変わりがなければ、世界線は再び合流する事もある。
 でも、この後のミケネコの発言は、その考えを少し否定するものだった。
「時間軸の中の世界線は、全て平行に、命の数だけ存在するんだってさ。」
 豊は、そういった話は聞いた事が無かったが、理屈としてはある意味わかりやすいかもしれないと思った。
「時間軸をロープに、世界線をロープを作る一つ一つの紐に例えるらしいんだけど、その紐は、中心部は密度が濃くて、外に行くほど数が少ないんだってさ。」
 そんな話は聞いた事が無いし、少し分かりにくい。
 だからか、ミケネコも言いなおした。
「そのロープを切った断面図は、銀河系のようになってるんだってさ。宇宙の真理は万国共通とか言っていたのさ。」
 言いなおして、余計に意味が分からなくなったが、要するに、中心付近は密度が濃く無限に近くて、外は密度が薄いって事だと、豊は理解した。
 だがそんな事を言われても、豊かに会いに来た理由には、どう考えても繋がらない。
 だから豊には、ミケネコの言う事を聞き続けるしかなかった。
「私は、その銀河系みたいな時間軸の、一番外の世界線から来たのさ。この、豊の世界である、丁度中心の世界線に。」
 (要するに、この中心には何かがあると。でも、僕の世界ってのはどういう事だろうか?命の数だけ世界線があるという事は、それぞれの命に、それぞれの世界線が割り当てられているって事だろうか?)
 そう豊は考えていた。
 この話が本当なら、豊はある意味、世界の中心に住む、世界の中心人物って事だ。
 だからと言って、これで会いに来た理由が全て明かされたわけではない。
 中心の人物に会いに来なければならなかった理由こそが、豊に会いに来た理由だという事だ。
 豊が頭の整理をつけたところで、ミケネコは再び話し始めた。
「全ての世界線は、近い距離ほどお互いに干渉し合い、離れた世界ほど干渉しないんだってさ。だから、外の方の世界で起きた事が、内側の世界に影響を与える事はほとんどないって。」
 豊にも、なんとなく話が見えてきた。
 要するに、数の多い内側の世界で起こった事の方が、より多くの世界に干渉でき、更には全ての世界への干渉が可能と言う事。
「つまり、ミケネコの世界を、この世界で何かする事で変えたいって事か。」
 豊には信じられない話ではあるが、それなりに頭が良いので、理屈を理解するだけなら容易かった。
「うん。でも、この世界は豊の世界だから、豊が何かしないと変わらないのさ。豊が信じてくれないと変えられないのさ。この世界は、豊の世界なのさ。豊の思うがままなのさ。」
 豊には「思うがまま」というところが特に理解できなかった。
 何故なら、この世界が思いのままなら、豊が願えば、魔法使いにでもなれるって事だから。
 でもそんな事にはなり得ない。
 それでも、一応聞きたくなるのが人間だ。
 豊には珍しく、少し期待していた。
「僕が願えば、魔法使いにでもなれるのかな?」
 しかしその質問は、あっさりと否定された。
「よくわからないけど、中心付近はお互い干渉し合っていて、大きく変えるのは難しいんだって。だから、変えるのは些細な事から始めるしかないのさ。」
 少し残念な気持ちもわいたが、それが逆に、豊に「当然、不思議な事なんてそうそう起こらない。期待する方がバカだった」と、思い出させる事になった。
 でも些細な事なら変えられるってのは、豊にとって信じられる言葉だった。
 だけど此処で又疑問がわいた。
 些細な事を変えても、結局些細な事しか変えられない。
 それを積み上げて大きく変える為には、どれだけ些細な事を積み上げなければならないのだろうか。
 正直そんな事に付き合っている暇も無いし、到底できるものとも思えなかった。
「この世界で何か些細な事を変えても、それが全ての世界に影響を及ぼしたとしても、結局些細な事しか変えられないんじゃないの?」
 豊はこの話を信じたわけではない。
 でも、今の豊には、何故か真面目に話すだけの意味を感じていた。
「私を助けて死んでいった人、きっとその人に会ってくれるだけで、私の世界では死なずに済むだろうって言っていた。」
 誰が言っていたのか、どうしてそうなるのか、豊には全く分からなかったが、この時、この子の力になりたいと思っていた。
 何故なら、ミケネコが、凄く可愛い女の子が泣いていたから。
 豊とミケネコの話は、結局日付が変わるまで続いた。
 だからと言って、その長い時間の中で、親が帰ってきて「誰なのその子?!彼女?」なんて言われる事は無かった。
 豊は実は、都合よく独り暮らしだった。
 こういう話は、実にご都合主義だ。
 大概《タイガイ》、一人暮らしだったり、両親が共働きで外国に行っていたりする。
 この話も、その規定路線から外れる事はなかった。
 豊の家は、別に裕福ってわけではないが、それほどお金に困る家庭でもない。
 そこで豊は、高校生活を田舎でおくりたいと、両親にお願いした。
 理由は、遊び場がそこいらじゅうにある東京都心部より、田舎の学校で学ぶ方が、勉強に集中できると考えたからだ。
 両親も、勉強の為なら仕方がないと、豊の望みをかなえてくれた。
 まっ、そんなわけで、長々と話しこむ事ができたのだ。
 話の内容をまとめると以下のようになる。
 ミケネコは、時間軸の一番外側の世界線の中心人物だった。
 人ではなかったのでこの表現はおかしいが、全て人として話をさせていただく事にする。
 その世界は、他の世界線からの干渉がほとんどなく、中心人物が願えば、そして信じれば、現実となりやすい世界。
 ミケネコは元々は猫だが、いつか人間になれると信じていた。
 そんなある日、道路に飛びだしたところに、自動車が走ってきた。
 ミケネコは願った。
「助けて」と。
 そこに現れたのが、一人の男性だった。
 その男性はミケネコを抱え、そのまま自動車にはねられた。
 内臓は破裂し、血が沢山でた。
「ミケネコ・・・大丈夫か?」
 そういう男性の、ミケネコを見る目は穏やかだった。
 そして間もなく、死んだ。
 ミケネコは悲しんだ。
 私を助けて死んでいくなんて。
 この人を助けられないだろうか?
 どうしたらいいだろう?
 早く人間になれば、助けられるかも知れない。
 きっとそうだ。
 人間は賢い。
 きっと助けられる。
 そう思った時、ミケネコは人間になった。
 とっても賢い、この男性を助けられる人間になった。
 ただし、賢いってのは、ミケネコ基準だ。
 本当は、男性を助ける事のできる能力を得たにすぎず、ただのバカな人間なのだが、ミケネコは理解していない。
 ミケネコは、人間になった時に得た、本能とも言えるその能力で、過去へ、そして時間軸の中心へ向けて、世界線を飛んだ。
 最初の飛躍で、時は少し、世界線の移動は、中心方向へ半分ほども移動していた。
 その世界の中心人物であろう人に、ミケネコは出会った。
 どうやらミケネコの能力は、人間になれる事、時間と世界線の移動ができる事、そしてその移動の際、最初にその世界線の中心人物に会える能力であった。
 最初に移動した世界線の住人は、どういうわけか、人間になったミケネコにそっくり、いや、完全に同一と言っていい容姿をしていた。
 ただ、その存在はとても希薄で、今にも消えそうだった。
 その人は、ミケネコが此処にくる事を、予知していたと言う。
「あなたが此処に来る事は分かっていました。そして、私はあなたに伝えなければならない事があります。」
 そう言って、ミケネコはその人に、色々と教えてもらう事になった。
 ミケネコが今後、やらなければならない事を。
 時間軸の中心の世界線へ行って、その世界の中心人物に会って何かしてもらう事は、本能によって既に認知されていた。
 ここまでは、ミケネコが男性を救える能力を得る思いの、範囲内という事のようだ。
 でも、何をしてもらえばいいのかは、分かっていなかった。
 それを、この人が教えてくれた。
 その中心人物と共に、助けてくれた男性を探しだし、会う事。
 後は、信じる気持が強ければ、それは叶えられると。
 ただし、もし信じる気持が足りなければ、世界線の移動で迷子になる可能性もあるし、何処かで死ぬ事もあるし、豊が協力してくれない事もある。
 会うだけで救える理由、それは単純だ。
 全ての世界で死ぬ人というのは、どこの世界でも中心人物に必要とされなくなった人、中心人物に影響を与える事がなくなった人である場合が多い。
 この男性もまた、そういう人だったそうだ。
 だから、その世界の中心人物が会うだけでも、中心人物に影響を与えた事になる。
 それで、男性が死ぬ事を良しとしない力が働く。
 その会う人が、時間軸の中心世界の豊であれば、全ての世界線に大きな力をもって影響を及ぼす事ができる。
 人が一人会うだけで、そんな些細な事だけで「人の命が助けられるのか?」とも思うだろうが、些細な事で人の命ってのは左右されるって事だ。
 他にも、時間軸や世界線の事も詳しく教えてもらった。
 そして一通り話を聞いた後、ミケネコはその世界の、自分にそっくりな人と別れ、再び時間を過去へと、世界線の移動を開始した。
 時間軸の中心世界への移動は、いくつもの世界線を梯子《ハシゴ》していく。
 最初は楽に移動できたが、徐々に移動は難しくなり、人間の姿を維持する力も薄れていった。
 中心に向かうにつれ、そこの中心人物が、猫が人間になる事を信じない、すなわち猫が人間になる事を良しとしない力が強くなるからだ。
 だけどなんとか、1年の期間を費やし、時をさかのぼり、時間軸の中心世界への到達に成功した。
 だが、この世界に到着した時、空の真ん中だった。
 真ん中の世界に行けば行くほど、別の世界線からの異分子に対して、拒絶する力が強まる。
 それも中心人物が、異世界からの訪問者を信じなくなってくるからだ。
 だから空の真ん中と言う、到底生きてはいられない空間に放り出された。
 しかし、それを偶々豊が見た。
 豊にとって、空に猫がいるはずがない。
 豊は鳥だと思った。
 そう思いこんだ。
 ある意味そう願ったとも言える。
 不思議は豊の望むものではなかったから。
 それが逆に、羽を生やす力となった。
 豊がミケネコを助ける事になったが、実はこれも、もしかしたらミケネコの願いの強さが起こしたものかもしれない。
 ミケネコは、この世界へ出発する前、自分は必ず中心世界で中心人物にあって、必ずなんとかなると信じて疑わなかったから。
 その力が、豊に豊とは思えない行動をさせ、豊に協力してもらえるよう全てを導いたと言える。
 豊好みの凄く可愛い女の子の姿になったのも、きっとその力のおかげだろう。
 ただし、此処までは願いどおりであったわけだが、此処から先は、会ってみるまで想像もできなかったわけで、どうなるかわからないって事だ。
 目的は、ミケネコを助けた男性をこの世界線で探し出し、1年後ミケネコを助けるまでに、豊が会う事。
 これでおそらく、この男性の命は救われる。
 そう豊は理解した。
 豊は、別に全ての話を信じたわけでは無かった。
 ただ、そこにある現実を含め、とにかくミケネコが可愛かったから、とりあえず協力しようと思っただけ。
 可愛い女の子は正義。
 萌えは正義。
 それは生きとし生ける物全てに共通する絶対的真理だ。
 動物の赤ちゃんの多くが可愛いく感じられるのは、正にそういう事。
 豊は柄にもなく、守ってあげなければならないと思ったのかもしれない。
 とにかく、共に人探しをする為に、二人の同棲、いや同居、いや、ミケネコの居候する共同生活が始まった。


ミッション

 豊はいつものように、7時に起きた。
 どうも目覚めが悪い。
 それはそうだ。
 硬いフローリングで寝ていたわけだから。
 まさかミケネコと一緒に寝るわけにもいかない。
 ベッドを見ると、ミケネコが気持ち良さそうに眠っている。
 豊は沸き立つエナジーを抑えつつ、ミケネコを眺めた。
 それはもうとても可愛い顔だ。
 いや、豊はそんな事を考えているわけではない。
 この子が本当に猫なのか、一夜明けるとやはり信じられなくなっていた。
 昨日の事が夢のように感じた。
 だいたいタイムトラベルだとか、世界線の移動だとか、あるはずもないと思った。
 豊は、目の前にミケネコがいるにも関わらず、昨日の事は夢だと否定した。
「夢だったんだよ。この子はきっと家出少女かなんかだよ。」
 豊がそう言葉にした途端、ミケネコは猫の姿へと戻った。
 と言うか、小さくなって布団の中におさまって見えなくなった。
「え!やっぱり猫が人間になったんだーー!!」
 豊は絶叫した。
 すると再び、ミケネコは人間の姿へと変化した。
 当然、着ていた体操服は、再び脱げた状態になっていた。
 豊にはもちろん、やましい気持ちがわき上がってきていたが、特に布団をめくったりする事はなく、夢ではなかった現実を受け入れる事で精いっぱいだった。
 さて、豊は朝からドタバタしていた。
 再び服を着てもらったり、朝から探しに行こうとせがまれたり、学校につれて行けと言われたり、学校の支度をしたりで大忙しだ。
 助かったのは、ミケネコに一応、服を着るという概念やトイレなど、人間として生きる知識が少なからずあった事だ。
 話によれば、世界線を移動していた1年間、人間としての生活を教えられたり、人間世界での生活を見てきていたようだ。
 世界線の移動を始めた頃は、いったいどんな感じだったのか、想像すると恐ろしい、と豊は思った。
「じゃあ、僕は学校に行くから、僕が帰ってくるまで、大人しくしてるんだよ。ミケ・・・」
 部屋を出ようとした時、豊はなんとなく、ミケネコと呼ぶのをためらった。
 いつまでも、こんな名前じゃないような名前で呼ぶのも変だと思ったからだ。
「君はさ、僕になんて呼んで欲しい?」
 豊は少し照れながら尋ねた。
 どうやら改まって顔を見ると、やはりまだまだ恥ずかしい気持ちがあった。
 いや、顔を見ると、何度か見た裸を思い出してしまっていたのかもしれない。
 とにかくポリポリと頬の辺りをかく、ベタな照れ方をしていた。
 するとミケネコは元気よく言った。
「ネコ!なのさ!!」
 ミケネコの顔は、満面の笑みだった。
 それを見て、豊はもうどうでもいいやと思った。
 でもネコだと人間の名前とはいいづらいので、適当に「音子」という漢字を与えてやった。
 豊は、学校に来ていた。
 そこで豊には、やらなければならない重要なミッションがあった。
 まあ、こういう話の展開になれば困る事。
 それは、音子の着る物をなんとかしなければならないって事だ。
 一緒に人探しをするとなると、当然一緒に出歩く事になる。
 それがずっと体操服ってわけにもいかないし、最悪服は男性用で良いとしても、下着はそうはいかない。
 だからそれを買いに行かなければならないわけだが、男としては買いに行くのが恥ずかしい。
 そこで、誰かに買ってきてもらえるよう頼もうってわけだ。
 そう思っていたのだけれど、それもまた恥ずかしい行為である事に気がついた。
 頼む相手は決まっている。
 1年の時のクラスメイトで委員長だった、風谷菜乃《カゼタニナノ》だ。
「委員長キャラキター!」と、とりあえず言っておこう。
 風谷菜乃とは、実はそれほど付き合いがあるわけではない。
 他にまともに喋った事のある、女子の友達がいないから、消去法で仕方なくそうなった。
 こんな時、毎日毎日勉強ばかりしていた自分が恨めしい、なんて豊が思ったかどうかは謎だが、とりあえず友達の大切さってのを感じていた。
 豊の仲の良い友達なんて、1年の時のクラスメイト、佐藤三杯《サトウサンバイ》だけだ。
 三杯に頼んでとか、一瞬思わなくも無かったが、逆に喜んで買いに行きそうだったので、頼むのはやめていた。
 一応気になっていると思うので説明しておくと、この佐藤三杯って名前はギャグだ。
 親がこの世に送り出した、一世一代のギャグだ。
 佐藤家に三男として生まれた三杯には、親ももう、正直名前をつけるのが面倒になっていた。
 そんな時、母親がコーヒーに、砂糖を三杯入れているのを見て、父親がひらめいたとの事だ。
 おかげで誰とでも仲良くなれるバカに育ちましたとさ。
 良かった良かった。
 おっと話がそれてしまったが、豊は意を決して、風谷菜乃に話しかけた。
「あ、委員長!じゃなくて、風谷さん、ちょっとお願いが・・・」
 豊を見る風谷さんは、ちょっと気が強そうだけど美形で「ツンデレキャラきたー!」と言っても過言ではない感じの女の子だった。
「あ、山下じゃん。どうしたの?」
 菜乃の表情は、豊と話す前と後で、全く変化がなかった。
 どうやら特に感情を表に出すタイプではなく、豊に特に興味もないといった感じだ。
 要するに、友達だとも思われていないくらいの間柄に見えた。
 まっ、そんな人に頼みごとをするわけで、しかもその頼みごとが頼みごとだけに、豊の緊張は増しに増していた。
「え、え、えと、パンティーと、ぶ、ぶ、ブラジャーを・・・」
「山下って、そんな奴だったんだ・・・」
 豊の言葉に、菜乃はそれはそれはもう、冷たく凍るような眼で豊を見た。
 (ヤバイ・・・)
 豊がそう思って冷や汗を流していると、菜乃は自分のスカートを、ゆっくりとまくりあげ始めた。
 呆れられたか、それとも軽蔑されたと思っていた豊にとって、その行動はあまりに意外だった。
 心の中で葛藤が始まる。
 相手が見せようとしているのだから、このまま見ていようと言う悪魔の言葉と、勘違いなのだから訂正してやめさせるべきだと言う天使の言葉が、脳内で争っていた。
 勝負はあっさりついた。
 豊には、それを見ているだけの欲望も度胸もなかった。
「いや、そうじゃなくて、違うんだよ!」
 豊は凄く顔を真っ赤にしていた。
 その中に、否定した事への後悔というものは一切なかった。
「いや、冗談だから。」
 菜乃はどうやら、豊をからかっていただけのようだった。
「で、パンティーとブラジャーがどうしたの?」
 菜乃は特に、恥ずかしいとか動揺は微塵もなく、あっさりと言ってのけた。
 それでようやく落ち着いてきたのか、豊はギリギリ話す事ができた。
「えっと、親戚の子が家に来てるんだけど、着る物がなくて困ってて、ちょっと出かけられないから、買ってきてほしいんだけど。」
 豊は何とか伝えきる事ができてホッとした。
 しかし、菜乃の言葉に再び動揺せざるを得なくなった。
「着る物無いのに、どうやって山下んとこに来たんだ?」
 豊は必死に言い訳を考えた。
 何か、これは納得と思える設定はないものだろうかと。
 だが、答えを出す前に、菜乃が謝ってきた。
「悪い悪い。そんな事を私が聞くものでも無かったな。で、買ってきてやるが、サイズは?」
 とりあえず助かったと思った豊だったが、よく考えればサイズなんて知らない。
 豊は、菜乃の胸をマジマジと見つめた。
 そして今度は後ろに回り、お尻のあたりをじっくり見て・・・
「風谷さんより、胸は大きめ、お尻は小さめかな?」
 そう言うと、菜乃は「じゃあな!」と一言残して、その場を去って行った。
 豊のミッションは、失敗に終わった。
  
 ミッションに失敗した豊だったが、このままのうのうと帰るわけにはいかなかった。
 明日は土曜日で、できれば今日中に買って帰り、明日から、音子の命の恩人を探し始めたかったからだ。
 豊の次の選択肢は、最終手段である、三杯に頼む事だった。
 あいつならきっと、嬉しい口実ができたとか言って、喜んで買いに行くに違いない。
 豊はそう思って、三杯のクラスである3組へと足を運んだ。
 三杯はすぐに見つかった。
 というか、とにかく五月蠅いところに行けば会える。
「三杯!」
 豊は教室の外から三杯を呼んだ。
 別のクラスって、入るのって少しためらうよね?
 別になんの問題もないはずだが、教室も暗く感じたりw
 それはそれとして、豊の言葉に、三杯は意気揚々と教室の出口へと歩いてきた。
「よ!豊、どうした?昼休みまで待てなくて、ボクちんに会いに来ちゃったのかな?w」
 いつも豊は思うのだが、どうしてこんなに軽い奴と、友達をしているのだろうかと。
 でも、理由は簡単である。
 友達が少ない豊が仲良くできるのは、誰とでも仲良くできる三杯だけだったし、以前バカとは書いたが、実は勉強はかなりできたりする。
 1年の時のクラスでは、いつもテストの点数では1,2を争っていたから、お互いライバル意識から、友達になったという感じだ。
「よ!別に三杯の顔は見たくなかったが、ちょっと頼みがあってね。」
 豊のつれない返事にわざと残念そうな顔を浮かべた三杯だったが、すぐに頼み事が気になった。
「俺に頼みごと?珍しいな。豊は人にあんまり頼み事しないし、まして俺になんてwようやく俺を頼ってくれる気になったか。」
 三杯は嬉しそうだった。
 意外に三杯は、人の為に何かをするってのは、嫌いではないようだ。
 三杯の表情を見て、豊は安心したのか、ストレートに要求を述べた。
「まあね。それで、パンティーとブラジャーを買ってきて欲しいのだが、買ってきてくれるか?」
 豊の言葉に、三杯は冷たい視線を向けていた。
 流石に三杯でもそれは無理だったか。
 豊は急に恥ずかしくなってきた。
 だが次の瞬間ニヤリと笑うと、豊の肩をポンポンと叩いてこういった。
「目覚めたか。」
 三杯の勘違いに、豊は思いっきり否定のツッコミを入れようかと思ったが、こんな事は日常茶飯事、ただのレクリエーションだ。
 此処は肯定するところだと判断し「ああ、共に肩身の狭い人生を送ろうぜ。」と、豊は三杯と肩を組んだ。
「そして二人、魅惑の世界へと歩いて行った」なんてナレーションを心の中で思い浮かべながら、廊下を少し歩いた。
 それで気が済んだようで、三杯は組んでいた、肩に回した手を解いて、豊を見た。
「オッケーw俺に任せておきな。なんだか分からないけど、親友のピンチ、助けてやるぜw」
 三杯はそういって、親指を立てた。
 豊もそれにこたえ、親指を立てた。
 傍からは、親友同士のサムズアップも、何やら怪しい動作に見えていた。
 さて、放課後になった。
「あれ?音子が学校に来たり、転校生としてやってくるなんてベタな展開を期待していたんだけど」
 なんて言いたい方もいらっしゃると思われますが、全く何事もなく放課後になってしまって申し訳ない。
 この世界は最も常識的な世界ですので、期待を裏切る事も多々あると思いますがご了承ください。
 さてもう一度、仕切り直して、放課後。
 豊は、三杯と共に、学校から一番近い町に出ていた。
 方向的には、豊の家と逆方向で、多くの人はこちらの町にある駅を利用して通学している。
 昨日帰り道にあんな事があったのに、目撃者がいなかったのはその為だ。
 いや、実はいたかもしれないが、豊は全く周りが見えていなかったので、その辺りどうなのかは、今後の話の展開次第。
 それが、豊の世界である所以で、豊が、当然目撃者がいたと思えば、誰か出てくる可能性はあるし、気にもとめなければ、目撃者はいなかった事になるだろう。
 逆に言えば、目撃者がいたとして、その人が誰かに話をしたりして豊かに影響がなければ、それは見た人がいなかったのと同じ事と、この世界では処理される。
 シュレーディンガーの猫のバランスで、この世の中パラドックスがあふれているのだ。
 そして、こちら側の町には、人があふれていた。
 この辺りにある唯一の町で、田舎の人達が集まってくる。
 と言っても、見ると半分は学生のようだ。
 豊の通う「私立桜花高校」は、生徒数が少なく、同じ学校の制服はあまり見られない。
 見かけるのは、町の反対側に位置する「桜花大学付属高等学校」の制服ばかり。
 大学は東京の都心にあり、此処で高校生活を終えた生徒のほとんどが、東京の大学に行く事になっている高校だ。
 町の名前から同じような名前の高校ではあるが、全く関係はなかった。
 豊は、三杯について歩いていた。
 一件それらしい下着を売っている店を見かけたが、三杯は見向きもせず通りすぎた。
 買う店は、三杯に任せている。
 なんせそんな店は全く知らないし、買った事もないのだから、豊には口出す余地は無い。
 しばらくついて歩くと、駅の近くにある、この町唯一のデパートの前に来ていた。
 すると三杯は立ち止り、キョロキョロと挙動不審になった。
 豊は(なんだ?何かする気か?まさか誰かがつけている下着を、譲ってもらおうなんて考えてるんじゃないだろうな?)なんて思った。
 まあ、真剣にそう思ったわけではなく、心の中のちょっとしたジョークだ。
 豊がそんな事を考えている間に、三杯が何かを見つけた。
 どうやら誰かと、待ち合わせしていたようだ。
 向こうから、やや小走りで走ってくるのは、豊たちよりも少し年下に見える、可愛らしい女の子だった。
 (なにー!三杯にこんな可愛らしい、かの、いや、友達がいたのか?!世の中狂っている!)
 と豊は心の中で思ったが、その真意はすぐに明らかになった。
「お兄ちゃん!」
「ん?お兄ちゃん?」
 その女の子は、三杯に向かって「お兄ちゃん」と言葉を発した。
 豊は、三杯に妹がいるなんて聞いた事がなかった。
 三男に生まれて、名前をつけるのも面倒くさいと思わせた奴だ。
 そんな三杯に、更に下がいると想像できなかった。
 しかし、考えれば簡単な話。
 要するに、女の子が欲しかったが、男が生まれてガッカリだったって事だろう。
 三杯は、ある意味いらない子だったわけだが、放置プレイで育てられたからか、大らかで誰とでも仲良くできる男に育っていた。
 それだけが救いと言ったところか。
 同じ時期に生まれた兄妹で、妹ばかり可愛がられていて、よくまあひねくれずに育ったものだ。
 この世界唯一の奇跡かもしれないと、私は思うのであった。
「こいつ、俺の妹ののぞみだ。こっちが俺の親友、山下豊ね。」
 三杯はそれぞれにそれぞれを、最低限の言葉で紹介した。
「あ、よろしく。豊です。」
 豊は少し照れていたが、三杯の妹に照れてなるものかと、気合で平静を装った。
 それに、昨日の出来事から、少し耐性がついていたようで、動揺が目に見える事はなかった。
「あ、はい、よろしくです。お兄ちゃんがいつもお世話になってます。」
 何やら少し動揺しているのぞみちゃんの上目づかいは、とても可愛かった。
 そして、素晴らしい妹だった。
 妹のかがみだった。
 どんな時も兄の事を考える妹、流石である。
「いや、もっぱら世話してるのは俺なんだけどね。」
 三杯の言葉ももっともだったが、なんだか悔しいので、豊は一応言い返す。
「世話させてやってるんだよ。」
 微妙な反論ではあったが、豊が納得していればそれで良い。
 世の中、本人が納得していれば、何も問題はないのだから。
 さて、紹介も済んで、いよいよ本題である。
 どうやら三杯から、既に話を聞いていたのぞみは、すぐに質問をしてきた。
「で、サイズはいくつなの?」
 豊はドキッとした。
 今日の午前中、この質問のこたえが原因で、ミッションを失敗している。
 豊は落ち着いて、辺りを見渡した。
 沢山の人が歩いている。
 菜乃の時には、菜乃を基準にしたのが失敗だった。
 今度は、別の人を対象に、サイズを伝える事にした。
「えっと。あの人と同じくらいのサイズ。」
 豊の視線の先には、とても美形の、とてもスタイルの良い女性が立っていた。
 そう、音子はとてもスタイルが良かった。
 今更ながらに思いだし、豊はそう思った。
「あれだと、C70くらいかな?」
 何故見ただけでそんな事が分かるのか、三杯の呟きが、妙に豊の頭の中に残った。
 下着の買い物というミッションは、なんの問題もなくコンプリートした。
 ついでに靴や、洋服も何着か購入してもらった。
 豊は無事、この日の目的を果たした。
 
  
 家に帰った豊は、早速ミッションで手に入れた戦利品を、音子に着るように渡した。
 少し手間取ってはいたが、なんとか身につける事に成功した。
 と言っても、手間取っているところを、豊が見ていたわけではない。
 見ていたのは私だ。
 いや、冗談だが、とにかくこれで、豊には色々とスタートラインに立った感じがしたようだ。
 人探しへの決意を新たにしたかのような、険しい顔つきをしていたから。
 あ、いや本当は、着替えを見たい欲求を抑えていただけなのは、此処だけの話。
 それにしても豊には、まだまだ音子の話を、信じられたとは言い難い。
 そんな信じがたい話に積極的に協力するのは、全て音子が可愛かったから。
 たとえ猫が音子になったのが高度なトリックであったとしても、騙されて居候されているだけだとしても、可愛い子と一緒に生活できて、それが人探しという些細な事で続けられるなら、それはそれで良いと思っていた。
 ただし、勉強の為に田舎に来たわけで、勉強しなくなっては親に申し訳がない。
 母親もそうだが、父親はほんとうの父親ではないから、特に父親にお金を出してもらっている事に罪悪感を感じる。
 だから、勉強だけはしっかりする事を、豊は固く決めていた。
 一応ハッキリ言っておくと、皆さんが期待しているような、二人の愛の話には、そう簡単にはならないって事ですよ。
 この日は、少し明日の事を話した後、見合って食事をしたが、なにやらむずがゆくて話は弾まず。
 その後は音子にテレビを見せて、豊は勉強。
 時々音子が豊に話しかけるが、照れと勉強でそっけない返事。
 そして風呂は、音子は豊が帰ってくる前に入ったと言っていたので、豊だけが入って、後は寝るだけ。
 こうして、音子と出会ってからの、普通ではない2日目が終わった。


人探し開始

 豊の土曜日の朝は、昨日よりも体が重かった。
 理由は簡単である。
 近くに可愛い女の子が寝ていて、熟睡できないからだ。
 妙な夢も沢山見る。
 自分も猫になる夢だとか、音子と一緒に命の恩人を探す夢、更には時間と世界線を移動する夢も見ていた。
 豊がこれだけ沢山の夢を見る事は珍しい。
 実際は、夢というのはみんな見ているものだと言われているが、覚えている事は少ない。
 なのに妙に覚えている。
 そのなんとも言えない感覚を、豊は意外と楽しんでいた。
 眠くて体が重いけど、何処か懐かしい感じがする感覚を・・・
 音子を起こすと、豊はいつものように朝の支度をする。
 今日は体育の授業があるので、体操服を持っていかなければならないが、洗濯する時間は無かった。
 だから、音子の着ていたものをそのまま持っていくしかないわけだが「本当に自分はこの体操服を着るのだろうか?」などと思いならが、鞄に詰め込む。
 歯を磨き顔も洗う。
 歯ブラシは大量に買い置きしてあるので、音子には音子専用歯ブラシが与えられていた。
 流石に1年鍛えられていたからだろう。
 音子の歯磨きはちゃんとできていた。
 だけど、顔を洗うのはあまり好きでは無いらしい。
 猫は水が嫌いだと言うが、人間になっても音子は水が嫌いなようだ。
 人間になったんだから、体中に毛も生えていないし、乾かずに熱が奪われる事もないわけだが、まあトラウマってやつだろう。
 でも水を嫌うそのしぐさが、豊に、音子が猫である事を思い起こさせるものになっており、人の姿を維持させる力となっていた。
 そして、この世界にいられる条件でもあった。
 もし豊が、音子は人間だと思い込んだら、家族や戸籍、他色々と存在を証明する物が有るはずだ。
 それが無い人は、少なくとも日本にはいないと思っているわけで、当然、自分の家にとどめておくわけにもいかない。
 朝食は、シリアルやトーストをローテーションで食し、豊はいつもの時間に家を出た。
 今日帰ってきてから、一緒に命の恩人を探す事を約束して。
  
 豊は、午前中だけだった学校から帰ってくると、いよいよ人探しを始める。
 音子と少し話したところ、情報は全くと言っていいほどない。
 男性の年齢は50歳前後に見えるという事と、交通量の多い広い道路と交差する道路で、自動車にはねられた事。
 後は高層ビルが立ち並ぶ景色の中に、工事中の更に大きな建物を覚えているという事くらい。
 豊はまず、グーグルのサービス、ストリートビューで東京都心部の写真を、音子に見せた。
 大阪や別の都会なども考えられたが、音子の言葉づかいが方言ではなかった事から、とりあえず東京にしぼった。
 決して音子の喋りもまともな東京弁ではなかったが、他に当てはまりそうな場所もない。
 とにかく、パソコンの中で東京を旅する事にした。
 すると、いくつか似たような景色を見つけた。
 ただし、どれも東京都心ならありがちな景色で、繁華街ではなく、住宅街とビジネス街が混在したような場所である事が共通点だった。
「これだけじゃ、何処に出かけたらいいのか分からないな。何か他に、分かる事はないかな?」
 豊の質問に、音子は少し考えてからこたえた。
「きっと此処からそんなに遠くはないと思うのさ。」
 豊は一瞬「そういう事は早く言ってよ」と思ったが、そんなに遠くはないってのは、どれくらいの事を差しているのか分からない。
 東京の都心だって、ここから電車で2時間もかければ行く事ができる。
 大阪だって、そこから新幹線で3時間とかからない。
 それを遠いと言うか、遠くないと言うか、人それぞれの価値感によって違う。
 だから豊は再び質問をした。
「遠くないってのは、どれくらいの距離?どうしてそう言えるの?」
 すると音子はまた考えた。
 音子自身は、自分は賢いと思っているが、人間としてはバカな子なのだ。
 なかなか上手く言葉にできなかった。
 だから結局、最初に世界線を飛んだ時に出会った、自分とそっくりな人から教えられた事を、そのまま伝える事にした。
「私の能力は、時間軸の中での世界線の方向、時間の方向、そして中心人物の場所、3つの条件がそろった時にしか使えないのさ。」
 音子の言っている事は、豊には理解する事は難しかった。
 こういった話は、2日前の夜に沢山聞かされたが、ちゃんと理解できる事なんて何一つない。
 でも、漠然とならイメージできた。
「ようするに、何度も世界線を移動する中で、徐々に場所も移動した。つまりほぼ直線であり、来た道を戻れば、目的の場所に辿りつけるって事かな?」
「たぶんそんな感じなのさ。猫や人間が1年で移動できる距離、それを超える事はないのさ。」
 豊の言葉は正しかった。
 分かりやすく説明すると、たとえば太陽系をイメージしてほしい。
 そして太陽の位置に、地図の豊と出会った場所を重ねる。
 海王星の位置に、地図の縮尺と方向を合わせて、音子が最初に世界線をジャンプする前の場所を持ってくる。
 もちろんそれは、今の状態ではどこだかわからないが。
 それで、中心人物と出会った場所と、世界線の関係をあらわす事が可能だ。
 ただこれは、実際の世界線の位置ではなく、世界線の位置を、時間で表した場合である。
 最初の頃のジャンプでは、短い時間で世界線を大きくジャンプできたのだが、ややこしいので此処では忘れて欲しい。
 音子は、太陽系の惑星直列が起こった状態で、海王星から天王星、土星、木星とわたり、最後に水星から太陽にやってきたってわけだ。
 人は住まいをコロコロ変える事は無いし、生活圏も大きく移動する事は少ない。
 だから、ほぼ一直線上にあると判断できる。
 そして、最後のジャンプは、地球上での距離も、世界線の距離も、どちらも豊のいる場所に近いって事が分かる。
 ようするに、最後に出会った世界線の中心人物は、かなり近くにいるという事だ。
 その人と出会った場所を見つければ、命の恩人がいる場所への方向がある程度分かる。
「此処に来る前、最後に会った人、どんな人だった?」
 豊は今住んでいる場所に来て、1年くらいしか経っていないし、聞いたところで知り合いにいるとは思えない。
 でも、印象的な人なら、もしかしたら記憶にとどめているかもしれない。
「ん~公園で生活していたよ。ホームレスってやつなのさ。」
 そう聞いて、豊は少しガッカリした。
 豊の住む場所は田舎で、人が少なくホームレスなんて見かけた事が無かったから。
 近くと言っても、それほど近くでは無かったって事だ。
 それでも、そんなに遠いわけではないはずだ。
 豊はふと思いだした。
 昨日、三杯と共に行った、学校の向こう側に有る町の事を。
 あの町なら、ホームレスの人がいるかもしれない。
 豊は早速ストリートビューで、桜花町を表示して音子に見せた。
「あ、なんだか見た事あるのさ。此処から飛んできたのさ。」
 (キター!)
 豊には、人探しの突破口が見えた気がした。
「僕の前に会った人、どこで会ったか分かるか?」
「ん~行ってみれば分かるかもしれないのさ。」
 こうして、豊は昨日に続いて、学校の近くにある町へと、音子と共に出かけた。
  
 豊は、音子と町を歩いていた。
 目的は、最後に音子が会ったホームレスを見つける事、又はその人と出会った場所を見つける事だ。
 しかし豊は、そんな事は頭からすっ飛んでいた。
 (これって、デートじゃね?)
 音子の手が、豊の腕に絡められ、要するに腕を組んで歩いていた。
 こんな風に女の子と一緒に歩いた事なんてない。
 しかもそれがとびきり可愛くて、好みの女の子であれば、それはもうドキドキ状態だ。
 離れてくれと言いたいところだが、それも凄く惜しい気がする。
 だから豊は、ただただ音子になされるがまま、町を歩かされていた。
 町を半分くらい歩きまわっただろうか、不意に音子が声を上げた。
「あー!」
 指差す先には、特に何もない。
 家と家の間にあるわずかな隙間に、猫が一匹いるだけだった。
「猫がどうかしたのか?」
 豊は特に気にも留めなかったが、思い返してもう一度その猫をよく見た。
 そして豊も驚いた。
「えっ!」
 その猫の姿、まさしく人の姿になる前の、音子の姿そのものだった。
「時間を飛ぶ前の私?・・・」
 音子の言葉に、時間を飛んで未来から来たなら、そういう事もあり得ると豊は思った。
 だけど、豊には同じだとは思えなかった。
 豊が「違う・・・」とつぶやくと、音子もまた「あの子、私じゃないのさ。」と、どこか寂しそうだった。
 その表情が気になって、豊は音子に尋ねた。
「どうした?」
 すると音子は「よくわからないんだけど、あの子、もうすぐ死んじゃうのかも。」と、呟くようにこたえた。
 音子は、時間と世界線を飛ぶ事がでる。
 だからか、もうすぐ世界線が消滅してしまう命を、感じる事ができるようだ。
 音子が最初に世界線を移動した時に会った、そっくりな彼女もまた、音子は同じようなものを感じていた。
 ただ、その時は理解できず、今はその時の事については忘れていた。
 豊は、此処までくれば、音子の言う事は、おそらく当たっているのだろうと直感した。
 だが、今目の前にいる猫が、なんの意味もなく、今此処にいるとは思えなかった。
 猫が移動し始めるのを待って、二人は猫の後をつけた。
 しばらくすると、予想された光景に出くわした。
「やっぱり」
 豊の視線の先には、一匹の三毛猫が、ホームレスのおじさんと戯れる姿があった。
 音子がたどってきた、ホームレスのおじさんの世界では、音子と出会って別れた、それだけの関わりだったのだろう。
 でも此処では、もうすぐ命を終えようとする一匹の三毛猫が、死ぬ間際に関わった、最後のぬくもりという事なんだ。
 音子と出会わなければ、おそらく見る事の無かったこの情景。
 見ていたとしても、知る事の無かった小さな命の最後に、豊は少し寂しさを感じた。
 音子も、豊と同じ気持ちだったのか、頬には涙が流れていた。
 しばらくしてから、三毛猫はホームレスのおじさんのところから離れ、一匹、神社裏へときていた。
「私ここから、この世界に飛んできたさ。」
 音子の発した言葉の意味は、この三毛猫が此処で死ぬことを意味していると、豊は理解した。
「あの猫、僕と会えば助かるのかな?」
 助からない事は分かっていた。
 もし助かるなら、此処に音子がいないような気がしたから。
「あの子は無理だと思うさ。」
 音子の言葉に、二人どちらからともなく、その場を離れた。
 猫は死ぬ時、人目のつかないところで死ぬと言う。
 ただの体調不良からの行動だったとしても、豊には、この猫の気持ちとして、人目につきたくないのだと思えた。
  
 二人は、部屋に戻ってきていた。
 少し寂しい場面に立ち会ってしまったから、二人とも気分が浮上しなかった。
 特に人探しの事について話す事もなく、なんとなくテレビを見たりして時間を潰した。
 夜は勉強する予定だった豊も、この日は早めに布団に入り、眠りについた。
 と言っても、フローリングの上に敷いた、掛け布団だけではあるが。
 音子はしばらく、窓から空を見上げていた。
 空には、流れ星が一つ流れていた。
 今のが、あの三毛猫の最後を示す流れ星だったようで、音子の目から、再び涙が流れた。
 音子はその後、豊の布団に入って、豊にくっついて、フローリングの上で一緒に眠った。



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