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プロローグ

夢は、諦めず努力し続ければかなうもの。
そんな事を言う人がいる。
夢は、夢であるから夢なのだ。
そんな事を言う人もいる。
ぶっちゃけ言ってしまえば、どちらが正しくて、どちらが間違っているとは言えない。
どちらも正しければ、どちらも間違っているのだから。
でも、俺に言わせれば、後記の方が正しいと思っている。
いや、正確に言えば、前記が当てはまるのは、極少数であるから。
そして、身の丈に合った夢は、夢ではないと思うから。
みんなは子供の頃、どんな夢を持っていただろうか?
プロ野球選手になりたい。
俺がガキの頃は、支持率の高かった夢だ。
で、プロ野球選手になれた人が、どれほどいるだろう。
途中で諦めたからなれなかったと言うかもしれないが、仮に諦めずに頑張って、プロなったとしても、プロ野球選手の数はある程度決められているのだから、プロ野球選手になる夢を叶えられる人は、結局変わらない。
夢を叶えるという事は、結局競争って事になる。
歯医者になりたい。
みんながなっても、それで生活できるようになる人は、限られる。
患者数が増えるわけでもないのだから。
でも、みんな一度は歯医者さんになって、夢を叶えているではないのか?
そう、夢を叶えると言う事は、やりたい事で、生活できるだけのお金を稼ぐという事なのだ。
小説家になりたい。
だったら、ブログにアップしていればいい。
漫画家?
書けばいいのだ。
ほら、夢はかなうじゃないか。
俳優になりたい?
ギャラ無し、むしろ金払うなら、いくらでもやらしてやるよ。
でも、そうじゃないんだ。
お金が稼げて、生活できなければ、それは夢がかなった事にはならないのだ。
子供だったあの頃の俺が、そんな事を知る術は無かった。
ツラがちょっとばかり良かった俺は、調子にのっていた。
イケメン、美形、二枚目、色々言われていた。
俳優になったら?
なれるなれる。
みんなのそんな言葉で、俺の夢はいつのまにか俳優になる事だった。
高校の頃、学校に通いながら、俳優養成所に通った。
プロダクション直結の養成所で、入った頃はかなりちやほやされた。
すぐにエキストラの仕事なんかやるようになった。
演技力なんて、全くない。
ただツラが良いだけで、仕事が来た。
テレビでのちょい役。
今有名な俳優と、同じところでやっていた。
とにかく楽しかった。
それで、少ないながらもお金が貰えた。
プロだ。
俺もプロになったと実感したんだ。
でも、良かったのはそこまでだったのかもしれない。
ココは、いやこの世界だけではない。
社会は全て競争社会なんだ。
プロデューサに、「次はレギュラーで。」なんて言われて喜んでいた。
でも、恥ずかしい演技はできないから、俺は必至に色々な事にチャレンジした。
ダンスや音楽のレッスン。
お金はかかったが、自分の力を上げる為の先行投資だ。
舞台俳優。
演技にも色々ある事を知ったし、発声も変わった。
俺は、自分の実力が上がっている事を感じていた。
しかし、プロデューサのあの言葉以降、そんな話は全く来なくなっていた。
あのドラマのレギュラーの話は、別の奴に話がいっていた。
演技力でも、ルックスでも、人気でも、負けてはいない。
でも、プロダクションの力で負けていたんだ。
それだけじゃない。
俺自身の営業力でも、負けていた。
まあ、負けたというよりは、俺は全く営業などやっていない。
力をつける事、演技力向上が、俺の使命だと信じているから。
結果的にこれが間違いだったと、今になって思うのだけど、この世の中、実力がある程度有れば、後は営業力の力だった。
生活は、最低レベルの生活だった。
それでも、俳優として活動していたから、俺は頑張った。
辛いバイトも、我慢して続けた。
舞台も続けた。
チケットも、友達に売りさばいた。
まだ、この頃は良かった。
でも、毎回毎回友達にチケットを送っていたら、最初は来てくれた友達も来なくなり、気がついたら連絡もとれなくなっていった。
相手の立場に立って考えれば簡単だったのだけど、そりゃ毎回毎回買わされる身になれば、それはいやだろう。
それに、連絡するのはその時だけなのだ。
ちっとも友人らしいつきあいなんてしてない。
金も時間も無いから、遊びになんていけるわけもない。
チケットを買う、買ってもらうだけの関係。
それは友人ではない。
結局、俳優の仕事関係以外の友達は、二人だけしか残らなかった。
そして、そのうちの一人が、俺の妻となった。
今振り返ると、俺の友達は、残ったこの一人だけだったのかもしれない。
後は全て、仕事関係の友人。
皆、金によって繋がれたつき合い。
俺はぞっとした。
皆、友達だと言いながら、利害関係が無くなれば、つき合いなんてなくなるんだ。
三十歳から四十歳を越えてる、男性社会人の方々、考えてみて欲しい。
仕事関係以外の友達で、今も年数回以上遊んだりする友人が、どれくらいいるか。
そんなに多くは無いはずだ。
かつて友達だと思っていた数多くの友達は、そのほとんどがその場限りだったのだ。
友と呼べる人は一人、そして妻。
俺はこれだけの中で、俳優という夢を追い続けた。
これで生活できるようになるために、自分自身の向上に努めた。
年300万円の所得。
これが2年続いたら、子供を作ろう。
そんな約束を妻としていた。
しかし、この約束が果たされる事は無かった。
300万円なんて、サラリーマンをやっていれば、簡単に手に入る額だ。
でも、俺は生まれてから今まで、それを達成する事はかなわなかった。
今でも、演技力やルックスで、テレビに出ている有名人に負けているなんて思っていない。
ただ、俺を認めてくれる人がいなかった。
ただ、俺が俺自身を売り込めなかった。
そして結局、妻と共にかなえようと頑張った夢を見る事なく、妻は亡くなった。
友達だと思っていた奴に、舞台チケットを買うかわりに、入ってくれと言われ、入った生命保険。
無い金から無理矢理かけていた保険だったが、妻の死で、俺に少しばかりの金が入った。
俺は五十歳を越えたところで、俳優を辞めた。
ずっと続けていた、コンビニのバイトも辞めた。
年金なんて払っていない。
このお金がなくなれば、俺はもう一文無しで職無しだ。
まあ、それでもいい。
俺は努力しても報われない世の中に疲れたんだ。
この金が無くなるまで、世界でも旅するかな。
そしてきっと、この地球上のどこかで、俺は死ぬんだ。
もし、俳優なんかやらなければ、俺はどんな人生を送っていたんだろう。
もし、身の丈に合った何かを見つける事ができていれば。
もし、俺の力を認めてくれる、力のある監督と出会っていれば。
もし、俺に、少しでも営業力が有れば。
もし、結婚したところで、普通にどこかに就職していれば。
もし、夢が簡単にかなえられる力が、俺にあれば。
もし、若かった頃に戻れたなら・・・
しかし、「もし」はあくまで「もし」なんだ。
今の俺に与えてもらえるものは何もない。
1年程、世界を旅して、今までの辛かった人生を取り返すつもりで遊んだ後、俺は南極へと来ていた。
特に理由はない。
いや、理由は有るが、大した理由ではない。
死ぬには良いところだと言う事と、温暖化により永久凍土がどれだけ溶けているのか見たかっただけ。
ある国の南極ツアーに参加し、折を見て俺はツアー団体から抜け出す。
この場所は、10年前はまだ、氷の中にあったらしい。
しかし、見渡す限り、氷を探す方が難しいただの岩場。
一つ岩を動かしてみた。
虫がいた。
こんな所に、こんな虫がいるのか。
見た目普通のゴキブリのようだ。
でも俺には、こんな所で生きている一匹の虫が、とても儚く、でもたくましく、愛すべき存在に見えた。
手を差し出すとゴキブリ、いや、ハッキリとこの名前を言うのもアレなのでGとしておこう。
Gは、俺の掌へと昇ってきた。
俺は優しくGを包む。
この寒さから、守るように。
こんな寒い所にGなんておかしい。
そう思う中、俺の意識はなくなっていった。

終わりから始まりへ

目の前に、神がいた。
神は言う。
「お前に、能力を与えよう。」
俺は問う。
「何故そのような能力を?」
神は言う。
「一寸の虫にも五分の魂、助けられたものは、必ずその恩に報いる。」と。
俺は気がついた。
ああ、もしかしてあの時のGか。
でも俺は、もうこれから死ぬのだ。
今更、何が俺に与えられたとしても、もう遅い・・・
光が見えた。
天国か?地獄か?
俺は、光へと飛び込んだ。

目が覚めた。
どうやら先ほどの神は夢だったらしい。
俺はベットに寝ていた。
天井には、天国へ誘う光だと思われた光を発する、電灯がついていた。
ようやく意識がしっかりしてくる。
俺は南極ツアーの団体から抜け出して、死ぬ予定だったんだ。
寒さの中で眠れば、死ねると思っていたけど、見つかって助けられてしまったらしい。
こんなところでも、俺は半端な奴なんだな。
苦笑いが出た。
俺は起きあがった。
周りには誰もいない。
体を少し動かしてみるが、特に問題は無かった。
むしろ南極に行く前よりも、体の調子は良いくらいだ。
それよりも、いったい此処は何処だろう?
俺は部屋の中を見渡す。
病室である事はわかる。
ベットには、ナースコール用ボタンが付いているし、俺の名前、西口悠二と書かれているから。
壁にはカレンダーが付いていた。
2008年6月と書かれていた。
妻が亡くなって、丁度1年後のカレンダーだ。
南極に行ったのも、丁度1年後だったから、何年も寝ていたなんてオチはなさそうだ。
「あれ?、日本?」
病室の雰囲気もそうだけど、カレンダーは明らかに日本語だ。
俺はベットから立ち上がる。
「ん?なんだ?」
また俺は不思議に思った。
カレンダーの文字が、はっきり見える。
俺は視力が悪かったから、普段はメガネをしていた。
老眼になると、視力が復活するのか?
そうなると逆に、近くが見えなくなると聞いた事がある。
俺は自分の手を見てみた。
はっきり見える。
近くが見えなくなったなんて事もなさそうだ。
「えっ?!」
また俺は驚いた。
自分の、歳をとって荒れてシワができていた掌が、まるで若かった頃のような手に見えた。
左手で右手を触る。
間違いなく、俺の手だし、でも若い頃のような手だ。
俺は数歩あるいて、近くの鏡の前に立った。
「あっ・・・」
今日一番驚いた。
そこに映る姿は、間違いなく30年前の俺だった。

俺が病室で目覚めた後、1年間は大変だった。
聞いた話によるとこうだ。
ます俺は、南極で倒れているところを助けられた。
パスポートを持っていたから、身元は簡単に分かったのだけれど、写真と実物が違いすぎた。
日本大使館に連絡が入り、俺の身元を確認したそうだ。
一応俳優として活動していたから、俺の情報を得るのは容易かったらしい。
そこでその姿が、二十歳の頃の俺と同じだと確認できた。
これは不思議な事だ。
日本政府は、速やかに、そして内密に俺を帰国させた。
そしてとりあえず、政府系の病院に入院する事となる。
間もなく俺は目覚めた。
その後、まず俺に、西口悠二であるのかどうか聞いてきた。
それは間違いないから、俺はそうだとこたえる。
では、その姿はどういう事かと聞かれた。
それは俺にもわからない。
俺はそのままこたえた。
その後は、俺自身問題は無かったが、政府は俺を解放せずに、とにかく体を調べられた。
なにやら新種のウィルスが発見されたとか、そんな話も聞いたけど、1ヶ月もしないうちにそれは無くなったらしい。
ウィルスは、俺の体から離れた瞬間に死滅して、その性質も何もわからなかったようだ。
それでも1年は、政府監視の元での生活。
はっきり言って、辛かった。
辛かったけど、生きる事に悩む事はない。
はっきり言うと、金の心配がない。
しかし、やはり辛かったのだ。
金と自由、両方あってこそ、幸せは掴めるのだと思った。

解放された俺は、特に行く場所も帰る場所もない。
更には、西口悠二の名も、戸籍上から消されていた。
新たに俺に与えられた名前は、高橋光一。
ごくありふれた名字と名前の組み合わせ。
そう呼ばれてもピンとこないけれど、そのうちなれるのかもしれない。
もっとも、俺がこの先、生きていければだけれど。
とりあえず政府からは、1000万円を貰った。
当面生活には困らない。
そして、若返った体があれば、バイトもできるし生きてはいける。
でも、働く気なんてもうない。
この世知辛い世の中、頑張った者が損をするんだ。
再び辛い思いをするなんてまっぴらごめんだ。
俺はなるべく郊外のボロアパートの一室を借りて、生きる事にした。
お金は、高橋光一の名で預金した。
ただなんとなく過ごす日々が過ぎてゆく。
特にやりたい事もなかったから。
そんなある日、部屋に一匹のGがあらわれた。
羽のついた大きいヤマトGだ。
あの寒い大陸で見た虫を思い出す。
なんとなく手をだしたんだ。
そして、「こっちこい!」って話しかけたんだ。
すると、ヤマトGは、俺の掌に乗って、俺を見つめていた。
もしかして、言葉がわかるのか?
「あそこに落ちてるティッシュを、持ってきてくれ。」
言ってみた。
するとヤマトGは、言われたとおりティッシュを持ってきた。
俺は、あの時に見た夢を思いだした。
神が、俺に能力を与えると。
助けられた恩には報いると。
Gの能力か。
Gが俺の命令を聞き、思いどおりに動かせる。
そしてGと言えば、生命力かな。
俺が死ななかったのは、そのせいか、なんとなくそう思った。
早速いろいろ試す事にした。
「あの店から、1万円札を持ってこい。」
そんな命令を繰り返してみた。
あっという間に、俺は金持ちだ。
つい数年前まで、1年かけて稼いだ金額が、たった1日で手に入った。
夜にニュースで、ゴキブリがお金を持って飛んでいたとか、レジからお金が盗まれたとか、そんなニュースが流れていた。
金を手に、少し罪悪感がわいてきた。
しかし、こんな能力、使わない手はない。
俺は早速都心に引っ越した。
都心の方が稼げるし、前まで出来なかった生活ができる。
確かに豪華な生活はできた。
お金を盗んでも、狙う場所と金額さえ間違えなければ、そう話題にもならない。
3ヶ月で飽きた。
いや、むなしかった。
全てが簡単に進む事も、つまらないものだと実感した。
だったら、この能力を使って、面白くて難しい事。
できれば、俺と同じように生きる事に苦しんでいる人々の、何か力になれたなら・・・
だから俺は、会社を作った。
「万屋イフ」を・・・

害虫退治の日々

「はい、もしもし万屋イフです。」
「あー、仕事を依頼したいんですが。」
俺は、朝から携帯電話の音に起こされてた。
「えっと、そちらで害虫駆除をしてくれるって聞いたんですけど。」
また害虫駆除の依頼だ。
俺は数ヶ月前に会社を立ち上げていた。
その名も「万屋イフ」
「何か「もし」お困りでしたら、お金と心によって、なんでもやります。」というキャッチフレーズで、ホームページを作った。
ビラもプリントアウトして、適当に家庭のポストに投函した。
最初は、チケット購入に朝から並んでくれとか、掃除してくれとか、1週間に一つくらいしか仕事が来なかった。
毎日の営業活動に比べると、割に合わない仕事量だった。
ただ、別に金が無いわけでもなく、何かに追われているわけでもないから、特に苦しいとか辛いとか、そんな事は思わなかった。
気分の赴くままに、仕事をしていた。
一月前に、害虫駆除を頼まれた。
ぶっちゃけG退治。
簡単な仕事だ。
俺はGに命令した。
この家には近づかないようにと。
家の主であるおばちゃんは、凄く喜んでくれた。
まあその時は、普通に良かったと思ったんだけど、おばちゃんの噂ってのは凄い。
その近所から、連続してG退治依頼が入った。
価格は、その程度の事だから、5000円くらい。
安すぎたのか、一気に依頼が増えた。
俺は慌てて、住んでいるマンションの隣りの部屋も借りた。
こちらは自宅兼事務所で、隣りがGの住処。
Gを追い出すのは良いけれど、行く場所も、美味しい食料も調達できなくなって、なんとなく可哀相だと思ったから。
Gに対してそんな事を思うのは、世界で俺だけだろうと苦笑いもでたけと、Gは俺の相棒なのだから。
出入り口は排水口から。
人目に付く場所の移動はやめる事と、動くなら深夜にするように、Gには命令しておいた。
そのかわり、俺は餌になりそうな物を、時々Gに与える。
こうして俺の生活は、安定していった。
「はい、やってますが、ゴキブリですか?」
「ゴキブリ以外もできますか?」
またも害虫駆除の依頼の電話がかかってきていた。
しかしどうやら、今回はGではなさそうな気配だった。
「金と心によっては、チャレンジしますが、保証はできませんね。」
まあそうだ。
俺の能力でできるかどうかは、全て試してみないとわからない。
「えっと、心ってなんでしょうか?」
「えっと、それはですね・・・」
金と心によって。
この、キャッチコピーであり対応は、無茶な仕事を持ってこないようにする為と、嫌な仕事をしない為の口実。
断る場合、莫大な料金を要求すれば、そこで諦めてくれるだろうけど、中には出すと言う人がいるかもしれない。
そこで、心だ。
俺がやりたいと思えない仕事は、その時点で却下。
まあこれで、犯罪とか危険な仕事、或いは金持ちや権力者の手伝いをするなんて嫌な仕事は、なんとか避ける事ができるだろう。
それに、その逆もある。
とにかく手伝ってあげたいと思う事は、1円ででも受ける。
その為のキャッチコピーだ。
「事情を聞いてから全ては判断するって事ですね。」
「そうですか。ゴキブリだけなら受けてくれるのですか?」
「ええ、それならすぐに受けます。交通費等、最低限の経費と5000円になります。」
Gを集めるのは、俺にとっては仲間を集めるのと同じ。
まあ、繁殖力が尋常でないし、生命力も強いから、そこまでしなくても良いんだけどね。
「では、お願いします。他の害虫についてはその時にでも。」
「はい。わかりました。ではですね・・・」
俺は、場所を聞いて時間を決めた後、電話を切った。

場所は、かなり古い飲食店だった。
昔ながらの喫茶店のようで、俺の勘と言う名のレーダーが反応する。
俺の仲間の息吹を感じる。
不思議な事なのだけれど、Gのいる場所は何故かわかる。
他にも俺には、色々な能力がある事に、最近気がついていた。
まあその辺りは追々話す事にしよう。
俺は喫茶店に入っていった。
「いらっしゃいませ。」
電話で話した声だ。
おそらくこの人が依頼人である店長だろうと予想できた。
「えっと、イフの高橋ですが。」
「ああ、どうもどうも。」
先ほどの電話の相手であろう店長らしき人、歳は50歳くらいで、俺と同じ歳くらいか。
でもまあ、今の俺は、俺であって俺ではない。
「では、どちらかでお話ししますか?」
「えっと、では、奥で。おーい!めぐみ!ちょっと店頼む!」
「はーい!すぐいくー!」
店長の呼びかけに、すぐに若い女性が奥からあらわれた。
どうやら喫茶店の奥は、自宅になっているようだ。
女性はすぐにカウンターの奥で作業を始めた。
チラッと目が合ったので、少し会釈をかわした。
「お客もいないので、隅の席で話しましょう。」
客がいないと言っても何人かはいたが、この場合は少ないという意味で、そして、客席を使っても問題無いという事か。
「はい。」
俺は促されるままに、店長と向かい合うように席についた。
「えっと・・・」
店長はあまり大きな声で言えないからか、紙にボールペンで「ゴキブリ」と書いた。
「これは今すぐ駆除してもらえるのかね?」
店長は「ゴキブリ」の文字を指さす。
「はい。前金5000円ですぐに始めます。明日にはいなくなるでしょう。」
「そ、そうか。で・・・」
店長は再び紙に文字を書く。
「ねずみ」と書いて指さした。
「これはなんとかできんかね?」
理由を聞くまでもなく、飲食店だしネズミくらいは出てもおかしくない。
かなり昔、アルバイトでやってたファーストフードだって、ネズミくらいは出たからな。
「見てみないとわかりませんが、できる限りしますよ。最低限の経費と料金全て合わせて、1万円でいかがですか?」
これが安いか高いかはわからないけれど、俺がやるならこれくらいは欲しい値段だ。
「それも前金かね?」
「いえ、前金はこちらの5000円だけでいいです。」
俺は「ゴキブリ」の文字を指さした。
「では、まず5000円、消費税は?」
「内税ですからそれでかまいません。」
俺は5000円を受け取ると、その分の領収書を渡した。
「では、少し見させてもらいますね。」
「えっと、営業中ですが、お客に迷惑がかかるとまずいんだけど。」
店長の心配ももっともだ。
「大丈夫です。殺虫剤とか迷惑になる事はしませんから。」
「そうですか。ではよろしくお願いします。ああ後、自宅の方までお願いしてもかまいませんか?」
「ええ、大丈夫ですよ。」
本当は別料金と言いたいところだけれど、まあ金儲けでやってるわけではないから。
俺はまず、店の中を見回る。
Gのいる場所は既にわかっている。
その対処も命令するだけだから簡単だ。
問題はネズミ。
追い出すだけなら、Gに命令すれば楽勝だろう。
数はいくらでも集められるからな。
もう入ってこれないようにするには、入ってくる場所を特定し、そこを塞ぐ必要がある。
「古い建物だから、少しやっかいだな。」
独り言を言っていると、先ほど店長に「めぐみ」と呼ばれていた女性に声をかけられた。
「あの?駆除の人ですか?」
いつの間にか後ろにいたようだ。
「はい。そうですが?」
「古い建物だと、やっぱり難しいんですか?」
「ものによりますね。」
俺は声を小さくした。
「ゴキブリは大丈夫ですけど、ネズミは入ってくる場所を塞がないといけませんから。」
「ということは、ゴキブリは全部殺すわけですよね?」
めぐみさんも小さな声で喋ってくる。
顔の距離がやたら近くなってる事に気がついた。
しかも、このめぐみさんって人は、凄く可愛い顔をしていた。
少し照れた。
「ま、まあ、そういう事になるかと・・・」
本当の事は流石に言えないから、俺はなんとなくこたえを濁した。
「ゴキブリも生きてるのに・・・って、いや、別にゴキブリが好きだってわけじゃないんですけど!!」
めぐみさんは、いきなり大きな声で取り繕った。
当然ながら、食事をしているお客の視線を集める。
「いや、あの、すみません。」
めぐみさんは、店のお客に謝っていた。
店長が少し睨んでいた。
しかしGを殺す事を、少しでも否定したり、躊躇したりする人がいるなんて、初めて見た。
ただ単に、生き物を殺すのが嫌なだけだと思うけど、俺は少し嬉しかった。
「いやまあ、殺すと言うよりは、近づけないようにするだけなんですけどね。」
俺は笑顔で、小さな声でそう言った。
「私も、ホントはゴキブリ怖いんですけど、でも殺すのはできなくて・・・」
俯いて、少し照れていた。
「めぐみさんって、優しいんですね。」
俺は素直な気持ちで、思ったままを口に出した。
めぐみさんはますます照れていた。
「では、もう少し見てまわりますので。」
俺はそう言って手を少し挙げてから、再び店の中を見て回った。
その後自宅の方も見せてもらってから、俺はこっそりGに命令を出した。
まずはネズミを追い出す。
通路になっていた穴などを探してもらう。
そしてその穴を塞いでもらう。
塞げない場所は報告をもらった。
はっきりと話す事はできないけれど、俺にはGの意志がわかるのだ。
理屈はわからないけれど、欲しい情報は得る事ができる。
それから、この建物には近づかないようにして、全てオッケーだ。
「一応原因はわかりました。」
今、店長に最終報告をしていた。
場所は自宅の玄関。
「えっと、ネズミの方の駆除もできましたか?」
「おそらくは。えっと説明しますね。ここの物置の・・・」
俺は物置の下に空いた穴を塞ぐ事と、玄関のドアを開けっ放しにしない事、裏口も同じ。
それから既に塞いだ穴について説明した。
「此処を私が塞ぐと、適当に板を打ち付けるだけになりますが、どうしますか?これ抜きなら5千円でかまいませんけど?」
「ああ、これくらいならこちらでできるから、それで頼む。」
「では。」
俺は再び5千円の領収書を作り、お金を受け取った。
「では、もしまた出たら、連絡ください。1ヶ月以内なら無料で見ますから。」
「ああ、わかった。」
「ありがとうございました。」
俺は店長に、客に対してのお礼を言ってから、玄関より外に出た。
これでGが出る事はまずあり得ない。
問題はネズミだけど、Gがこの辺りから追っ払ってくれたから、今はこの辺りにはネズミの存在は無い。
ちなみに俺自身、この辺りにネズミがいない事がわかる。
俺の能力で、生命力に関する事は色々と出来るのだ。
その一つが、生きているものを感じる事。
建物と建物の周り10m内に、生命反応は、さっきのめぐみさんと店長とお客だけ。
ちなみに数センチ以上の大きさでだ。
更に詳しく調べたら、沢山のダニやノミ、蟻などの存在を感じるが、駆除はネズミだから関係ない。
俺は確認を終えて帰宅した。
こんな日が、ココ最近続いていた。

仲間

害虫駆除中心、いや、G駆除を中心に活動する日々が続く中、自分の能力の開拓も行っていた。
というか、鍛えれば結構いろいろできてしまう事がわかってきた。
生命力を使う事。
生命力に関わる事なら、アイデア次第で色々できる。
Gを動かす事は、中でも一番簡単な事のようで、Gの聴覚や視覚に意識を繋ぐと、覗きや盗聴のような事まで出来る事がわかった。
さらには、まだそれほど大きな事はできないけれど、昆虫程度なら自由に動かせる。
Gのように扱う事はできないけれど、言ってみればラジコンで動かす感じ。
しかしそれには、かなり自分の生命力のようなものが必要で、大きい生き物になるほど疲れるし難しい。
上手くいけば、人間だってコントロールできるような気もするが、流石にそれは無理だと誰かに言われた気がした。
それでもせめて、ネズミくらいは動かせれば良いなと思った。
そんな事を考えていたら、携帯の着信音が鳴り響く。
俺はすぐに携帯を手に取った。
携帯ディスプレイには、未登録番号からの着信を知らせる表示。
新規のお客様のようだ。
「はい、もしもし万屋イフです。」
「えっと、高橋さんですか?」
「ええ、そうですけど。」
どこかで聞いた事のある女性の声。
しかし、おそらくはほとんど話した事のない人のようだ。
誰だかわからない。
「えっと、喫茶メグミの、愛須と申しますが。」
愛須と聞いて思いだした。
先日G駆除とネズミ駆除をした、喫茶店にいた女性だ。
喫茶店の看板には「喫茶愛」と書いてあったけど、あれってメグミって読むんだ・・・
「はいはい、もしかして、またネズミがでましたか?」
Gが出る事はあり得ないし、電話してきた理由を考えれば、思い当たるのはそれしかない。
「いえ、違うんですけど。」
「では、別の仕事の依頼でしょうか?」
「はい。でも、とりあえず相談と言うかなんと言うか・・・」
なんだかはっきりしない物言いだ。
とりあえず、話を聞いてくれと言う事か。
「ええ、今話せる事ですか?だったらこのまま聞きますが。」
「いえ、是非一度、家へいらしていただきたいのですけど。」
ふむ。
電話では話せない事のようだ。
まあこちらも、そんなに仕事をしているわけではないし、今日は暇だ。
「では、これから伺いましょうか?」
「あ、はい、是非。」
「それでは・・・」
俺は電話を切ると、早速出かける準備をする。
一応いつも持ち歩くポーチに、Gを数匹忍ばせる。
まあ多少なら、離れていても呼ぶ事ができるが、Gが全くいない場所ってのも存在するからな。
俺は準備が完了すると、前に行った喫茶店を目指した。
自動車で30分ほどで、目的地についた。
前回来た時より、道がわかる分少し早い。
さて、今日は喫茶店ではなく、裏の自宅の方へと回った。
インターフォンを押すと、受話器に出る事なく、そのまま玄関が開けられた。
出てきたのは、先日店で会った、愛さん・・・
だったはずなのだけれど、服装が高校の制服だった。
「ええっ!」
俺は驚いて、声をだしてしまった。
何故なら、先日会った時は、二十歳くらいかと思うくらい大人っぽかったから。
「えっ!ど、どうかされました?」
「こ、高校生だったんですか?!」
俺は素直にそのまま聞いてしまっていた。
あまりに可愛くて、少し動揺していたから。
「あ、はい。」
普通にこたえられ、何も言う事が無くなった。
少し沈黙したが、普通に仕事の話すれば良いと気がつき、俺は落ちついて話した。
「えっと、で、話はどちらで?」
「あ、はい。では、中に入ってください。」
俺は促されるまま、愛さん宅へと入った。
玄関で靴を脱いだ後、そのまま正面に見える階段を上がる。
先に階段を進む愛さんのスカートの中が見えそうで、俺は少し視線をそらしながら上がった。
つれてこられたのは、どうやら愛さんの部屋の前。
「あのー・・・この中なんですけど・・・」
愛さんが、部屋に入る事を躊躇している。
俺は、既に気がついていた。
小さな生命反応が沢山ある。
俺は自分の能力で、生き物を特定する。
「蜘蛛・・・か。」
「えっ?!どうして?」
やばい。
つい言葉に出していたようだ。
俺は中の蜘蛛を一匹操作し、入り口のドアの近くに移動させて、少しだけドアを開ける。
すぐにその蜘蛛を外へと出した。
「ほら、此処にいたから。」
「ホントだ・・・」
どうやら上手くごまかせたらしい。
こんな能力、言っても信じて貰えないだろうけど、自ら喋って混乱を招く事もない。
だから俺は、できるだけ隠していく事にしていた。
「この中に相談の何かがあるんですね?」
「あっ!でも・・・」
俺は、愛さんが止めようとしているのを、聞こえないふりをして中に入った。
中には、すぐに沢山の虫がいる事がわかるほど、蜘蛛がいた。
おそらく100匹はいるだろう。
しかし、俺が入っても、どれも特に逃げる感じではない。
「えっと、ちょっとみんな、隅にいってくれる?」
愛さんが声をかけると、蜘蛛は部屋の隅に向かって移動し始めた。
「もしかして・・・」
「はい・・・前に害虫駆除して頂いてから、蜘蛛が私のまわりに集まりだして、もしかしたら・・・」
俺と同じような能力を持つ者が、他にいるなんて。
蜘蛛は既に、部屋の隅に集合していた。
家蜘蛛以外にも、少し大きめのもいた。
「ゴキブリ駆除の後に集まったから、これを俺に?」
こんな能力、わかったとしても、普通人には話さないはず。
それがほとんど面識のない俺だと尚更だ。
「えっと、ゴキブリ駆除の時、ゴキブリやネズミを殺している様子ではなくて、話しても、蜘蛛を殺さずにいてくれそうだったから。」
まあ、俺にとってのGと、愛さんにとっての蜘蛛は、きっと同じようなものだろう。
仕事では時々、何匹かのGには死ぬような事を頼んだりしたし、実際死んでたりするけれど、自分で殺すなんて俺にはできない。
「で、俺にどうして欲しいのかな?」
話すには、何かお願いがあるから話したのだろう。
「もうなれたのですが、やっぱりまだ一緒だと眠れなかったり、でも追い出すなんてできないし、どうしたら良いかと思いまして。」
このままでも、おそらくは大丈夫そうに感じた。
でも言われてみれば、前に会った時より少しやつれている気もする。
俺の能力も話してみようか?
マンションの部屋はまだ余ってるし、蜘蛛部屋を作っておいてあげる事もできるけど、まだ2回会っただけの人を信じて良いのだろうか?
「天井裏にいるように命令すればどうかな?」
何故か、愛さんが俺を見つめていた。
どうしたのだろう。
「この状況を見ても、驚かないんですね。」
言われて気がついた。
普通なら、まず部屋に入った時点でかなり驚くだろう。
でも俺は、既に中の状況を知っていたから、驚かなかった。
そして、蜘蛛への命令と、それに従う蜘蛛達。
それを見たら、更に大きく驚くはずだ。
でも俺は、既にこの能力を認めているし、普通に対処してしまった。
しらばっくれる事もできるけど、俺は誰かに話したかったのかもしれない。
同士に出会えて嬉しかったのかもしれない。
俺は話していた。
「俺も、実は同じ能力があるからね。」
「やっぱりそうなんですか。」
「えっ!?わかっていたの?」
「ゴキブリ、殺してないのにいなくなった。今までお父さんが色々試したのに、いなくならなかったゴキブリがだよ?だからもしかしたらって。」
なるほどなぁ。
まあ普通、これだけ見事にG退治できる業者もないからな。
飲食店でバイトしていた時も、数ヶ月ごとに調査と退治をして、何回も行って、やっといなくなるくらいだもんな。
「愛さんは、どうしてその能力に目覚めたのか、理由はわかるのかい?」
「わからないけど、夢はみました。蜘蛛の神様が、蜘蛛の能力を得られるって。」
同じか。
という事は、愛さんも蜘蛛を助けたか、それとも何かウィルスに感染したのか。
「最近、蜘蛛を助けたりした事はある?」
「ええ、前に来ていただいた次の日から、ブルーランドの方へ旅行に行っていたんですが、その時に。」
ブルーランドは、北極にほど近い、とにかく寒い国だ。
最近の温暖化により、永久凍土が溶け、一昔前より生活圏が広がり、最近旅行客に人気の島国。
「俺と同じだ。」
「高橋さんもブルーランドへ?」
「いや、俺は南極なんだけど、原因が同じって事。」
「この能力を得る原因ですか?」
「うん。」
俺は頷いてから、詳細を話した。
南極に行った事。
そこでGを助けた事。
愛さんの事はわからないが、未知のウィルスに感染していた事。
前々から思っていたのだが、未知のウィルスってのが、この能力に関係しているのではという事も話した。
新種のウィルスは、毎年色々と見つかっていたりするわけだが、完全に未知のウィルスってのはそうそうない。
二人の行った場所を考えると、最近永久凍土が溶けてきている場所だ。
氷の中にウィルスがあったのか?
強引な推測だが、なんとなく当たっている気がした。
他にも、俺の能力で命令できるのは、Gである事。
それを使って、現在仕事をしている事。
マンションにGを集めて飼っている事も話した。
ただ、西口悠二が若返って、高橋光一になっている事は伏せた。
これは国から止められているから。
「一応これは、他言無用でお願いしたいんだけど、良いかな?」
「はい。良かった。私だけじゃ無かったんで、少し安心です。」
愛さんは、どうやらこの能力を得た事が怖かったようだ。
確かに、ある日いきなりこんな能力に目覚めて、原因も分からなければ、宇宙人に改造されたとか、不安になるかもしれないからな。
ああ、それはないかな。
まあとにかく不安で、誰かに話したかったのかもしれない。
それでも、話したからと言って、不安は消えないだろう。
俺はもう死ぬつもりだった人間だから、未知のウィルスとか言われても、別に怖くはない。
しかしこれから人生いきてゆく人間にとっては、何時なにが起こるかもしれない恐怖が有るに違いない。
だから少しでも安心してもらえるよう、俺は言った。
「俺はもう1年以上になるけど、体の不調とか無いし、むしろ昔より快調なくらいだから、心配する事は無いと思うよ。」
俺は笑顔で愛さんを見た。
「はい。」
返事を返す愛さんが、出会ってから初めて高校生に見えた。
「じゃあ、これからも同じ能力を持つ仲間として、何か有れば連絡を取り合おう。」
俺は、名刺を差し出した。
「あ、持ってます。」
そう言えば、電話がかかってきていたんだ。
「そうだったね。」
「えっと、メール送ります。」
こうして俺は、同じような能力を持つ愛須愛さんと、情報交換をする理由で時々会うようになった。

変化

今日も相変わらず、害虫駆除の依頼を受けていた。
しかし今日のは、今までの仕事とは少し違った。
害虫駆除は害虫駆除でも、蜘蛛の駆除。
まあ蜘蛛程度なら、俺のコントロール能力で、頑張れば駆除する事も可能だろう。
でも、時間がかかるし、なにより生命力を使うのは疲れる。
だから俺は、メグミを呼び出していた。
俺とメグミは、まあ同士であるし、話すと結構気があって、すっかり仲良くなっていたから、呼び方もすぐに変わっていた。
学校が終わる時間に、自動車で迎えに行った後、少し郊外まで車を走らせる。
場所はとある温泉旅館。
なんでも、大切なお客が来るのだけれど、その人は蜘蛛が大嫌いで、絶対に蜘蛛がでないようにしたいらしい。
1時間以上車を走らせ、少し景色が赤く染まる頃、目的地についた。
早速俺とメグミで駆除にかかる。
「蜘蛛の場所はわかるよね?」
「うん。わかるよ。あれ?光一くんもわかるの?」
「えっ?うん。G以外もわかるよ。」
「私わからないよ?」
俺達は、メインで扱える虫が違う。
俺はGで、メグミは蜘蛛だ。
だから俺が意識を繋いで、視覚や聴覚をシンクロできるのはGで、メグミは蜘蛛。
最近はその能力をメグミに教えていたのだけれど、場所関知は俺しかできないのか?
「えっと、生命力をね。広げて・・・」
「生命力って?」
「んー。どう説明したらいいのだろう。」
そこまで話して気がついた。
もしかしたら、操れる虫が違うのだから、能力にも違いがあるのではないかと。
「ちょっと聞いて良いかな?」
メグミが頷くのを見て、そのまま続けて話す。
「メグミは、蜘蛛の操作やシンクロ以外に、何かできるようになった事はあるか?」
するとメグミは、バックからソーイングセットを取り出した。
俺は自分のシャツを見てみたが、特に取れかけているボタンもない。
そうこうしてる間に、メグミはソーイングセットから、ハリと糸をとりだし、俺の目の前に突き出してきた。
「えっと・・・」
俺が、なんの事か分からないという顔をしていると、メグミは一言「見てて」と言った。
どうやらハリの穴に、糸を通そうとしているようだ。
ゆっくりと、ハリを持った手と、糸を持った手が近づいてゆく。
と思った次の瞬間、糸が自らの意思をもって動いているかの如く、ハリの穴へと入っていった。
「なんだ?どうなったんだ?」
一瞬俺は、何が起こったのかとビックリしたが、次の瞬間には理解していた。
その気持ちを察してか、メグミが代弁してくれた。
「どうやら私が得た能力は、糸に関係があるみたい。この前とれたボタンを縫いつけようと思ったら、こんな事になっちゃって、ビックリしちゃったw」
そう言いながら、今度は自分の服の袖についているボタンを一つ、ハサミで切り取った。
ハサミを置き、再び糸を手にする。
すると糸そのものが、ハリの役割もはたしているようで、切り取ったボタンを袖に縫い付けていった。
その光景は、なんとも不思議で面白かった。
「蜘蛛と言えば、糸って事か。」
「うん、そうみたい。」
するとさしずめ、Gと言えば生命力って事になるのかな。
そう考えると、蜘蛛の存在が分かる事も、生命力で何かをコントロールする事も説明がつく。
「で、俺が生命力に関する能力って事か。」
「だね。」
俺達は納得したところで、仕事に取り掛かる事にした。
とりあえず、メグミがつれてきた蜘蛛に命令をして放す。
蜘蛛を持ち歩く事は、俺が勧めておいた。
何かあった時に役立つ事があるかもしれないから。
つれてきた蜘蛛が、他の蜘蛛に命令を伝えている間、俺とメグミは旅館の一室でくつろぐ。
「糸を使って、他に何ができるの?」
俺達は、再び能力の話をしていた。
「んー、まだあんまり試してないけど、ネットをとばして何かを捕まえたりもできるかも。」
「へぇ。そんな事もできるんだ。」
糸が使える事がわかったところで、この短期間に、それほど能力を理解する事はできないか。
「光一くんは、生命力って、何ができるの?」
「そうだな。さっきも言ったけど、生物を感知したり、小さい生物なら動かす事もできるかな。」
「じゃあ、蜘蛛も?」
「まあね。でも命令して、勝手に動くわけじゃなくて、ラジコンで動かす感じ?それに疲れるから、長くは無理だよ。」
その他にも、俺は色々と使える能力をみつけていた。
更には、俺が若返ったのも、死にかけていた命が助かったのも、おそらくはこの生命力の力である事は、間違いないだろう。
でもこのあたりは話せない。
「ほんと不思議だよねぇ。こんな事ができるようになるなんて。」
この話は、もう何度もしている。
それでもやはり不思議だから、つい話してしまうのだ。
「ああ、もしかしたら温暖化への、神からの警告なのかもしれないな。」
「だよね。永久凍土が溶けなかったら、こんな事は起こらなかっただろうし。」
俺達の考えはこうだ。
二人が行った場所が、永久凍土の溶けている地であった事。
俺が未知のウィルスに感染していた事。
同じように神の夢を見た事。
これらを考えるに、未知のウィルスと言うか、未知の生物が永久凍土の中に閉じ込められていたのだが、それが最近の温暖化で解放された。
そしてそれに俺達は感染したのではないか。
感染と言う言葉が正しいかどうかはわからないけれど、その作用で同じような夢を見て、このような能力を得たのではないか。
これはメグミには話していないが、むしろ未知の生物が、俺達の体を乗っ取り、同種の生物の頂点に立っているのではないかとも思っている。
これだけ忠実に命令に従う虫たち、蜂や蟻の世界に存在する習性に似ている、そんな事も俺は考えていた。
それにしてもこんな能力、本来あって良い能力では無いように感じる。
もしこんな能力を持つ者が大量にいたら・・・
「俺達以外にも、この能力を持つ者がいるかな?」
「原因を考えればいるかもしれないけど。」
するとどこからか、誰かの意思が流れ込む。
俺の連れてきたGからだった。
そのGが「仕えるのはあなただけです。」と言っている気がした。
「Gは俺だけだってさ・・・」
「うん。蜘蛛も私だけだって・・・」
俺達の状況から希望的観測をすれば、他に能力を持つ者がいる可能性は、少ないと判断できた。
映画や小説の世界だと、虫それぞれに主がいたりする場合も否定できないけれど、条件としては厳し過ぎるから。
「あっ!終わったみたい。」
メグミの側に、家からつれてきた家蜘蛛が戻ってきていた。
メグミは腰に付けたポーチを開けて、蜘蛛を入れる。
ふと思った。
蜘蛛だから女の子でも触れるけれど、これがGだったらどうなっていたのだろう。
俺だって、前まではGが好きではなかった。
ただ、あの南極で眠る瞬間は、Gも可愛く見えたんだよな。
あんなところで必至に生きる小さな命。
暖かかった。
「メグミは、蜘蛛は怖くないんだね。」
「んー、好きって事はなかったけど、ダニとか食べてくれる益虫だしね。ただ多いと最初は少し怖かった。」
神は言っていた。
「一寸の虫にも五分の魂、助けられたものは、必ずその恩に報いる。」と。
助けるって事は、その虫に少なからず好意をもっている人って事か。
そしてそういう人が、この能力を得るのではないか。
俺はGが好きではなかったけれど、元々殺すのはいやだった。
俺の場合は、相手が何であっても、むやみに殺生したくなかっただけなんだけどね。
「じゃあ、オーナーと話してくるから。」
「私も行くよ。」
俺達は共に部屋を出た。
オーナーと話して、今日の仕事は終了。
料金はすぐに支払う約束だったが、大切なお客様を、無事もてなす事ができればって事で、後日となった。
実際、俺達が何かしている姿を、オーナーが見る事はできないし、信用できないって事かもしれないと、なんとなく思った。
俺達は自動車に乗り込む。
シートベルトをした。
助手席では、メグミがシートベルトをしていた。
「そうそう、今日の報酬は、全部メグミの物だ。」
俺は財布から3万円を取り出し、メグミに差し出した。
「ええ!いいよ。私自身、何もしてなかったし。」
「そんな事言ったら、俺も何もしてないよ。」
「それに、私の相談を聞いてもらったお金も払ってないし。」
「いや、気持ちが楽になったのはお互い様だし。」
・・・
「ぷっ、ははは。」
「はは、へへへ。」
なんだか、お金の事で譲り合っていた自分が、昔の自分からは想像できずに、笑ってしまった。
なんせ、その日生きるのも辛いくらい、貧乏していたからな。
「じゃあ、半分はメグミので。これ以上は譲れないよ。」
「わかった。」
「てか、メグミもこれから一緒に仕事しないか?二人でやれば、何かもっと面白い事できるかもしれないし。」
「うん。いいよ。」
あっさりと了解された。
「でも、高校生だから、その、空いた時間でできる範囲でいいからな。」
「わかってるよ。」
俺は車を走らせた。
既に辺りは真っ暗だった。
愛須家についたのは、夜の9時頃だったが、特に問題はなさそうだった。
最近の女子高生って、9時に帰っても何も言われないのか?
少し不安になった。

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