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      目次

     まえがき

 

第1章 原発推進組織

     原子力委員会 /原子力安全委員会 /原子力推進組織図

 

第2章 エネルギー国防を御旗に

     金科玉条の原発推進 /新手の公害 /現在版バベルの塔

 

第3章 安全神話の崩壊

     安全神話に先立つ立法 /安全神話の中身 /安全神話の事故確率 /安全神話崩壊後の事故確率

 

第4章 安全な原発

     原発の安全を論理的に考察 /原発推進組織が考える安全 /安全な原発はあるのか

 

第5章 太平洋戦史に学ぶ軍隊の失敗

     参謀の机上勝利計画 /戦争の終結を考えずに開戦 /軍部の独善と過信

     戦略と戦術の失敗により将兵に負担を強いる /信賞必罰なき官僚

 

第6章 太平洋戦争と同じ原子力村の失敗

     原子力村の机上安全計画 /後先考えずに原発を導入 /事故確率の過信による絶対安全

     原子力政策の失敗 /キャリア官僚の特権意識

 

第7章 受験勉強の勝者がキャリア官僚に /共同体組織の利益を優先 /原発事故を苦悩せず

     失敗に共通する組織の宿悪

 

     あとがき

 

     参考文献

     

     


まえがき

 2011年3月11日、東北地方太平洋地震とこれに伴う津波が、福島第1原子力発電所を襲いました。これにより、福島第1原子力発電所の原子炉は制御不能になり原子炉の冷却ができず、1号機、3号機、2号機、4号機と相次いで爆発し、大量の放射性物質が飛散し、多くの住民は着の身着のままで避難を余儀なくされました。無人とかした故郷は高濃度の放射性物質で汚染され、避難生活を余儀なくされている人達を精神的に苦しめていると共に、広範囲の陸海空が放射性物質で汚染され、その影響は生物・無生物に及び半減期が長いことと相まって国民全員を無情にも末永く苦しめます。

 未曾有の人災を目の当たりにして、事故の当事者である東京電力や規制当局である経済産業省原子力安全・保安院は、今回の事故に関する調査・検証をしていますが、誰もその報告に期待をしておりません。もっと中立的立場から多角的に今回の事故に関する調査・検証する必要性から、閣議決定により畑村委員長以下10名から成る 「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」 他のプロジェクトが、それぞれの立場で今回の事故に関する背景、原因、対策、再発防止等に取り組んでいます。

 筆者は、これらの方の事故に関する調査の観点ではなく、巷間言われている原発推進組織自体に着眼し論考します。この組織は、昭和30年に制定された原子力基本法を根拠に原子力委員会を頂点にウランープルトニウムサイクルの原子力発電をエネルギー国防の下に強力に推進してきました。そして、東北地方太平洋地震とこれに伴う津波を契機に、2011年3月12日以降福島第1原子力発電所が1号機、3号機、2号機、4号機と相次いで爆発した人災に行き着きました。今回の事故を組織の観点から冷静に振り返ると、太平洋戦争の敗戦に至った軍隊組織と原発推進組織の思考・行動等が、あまりにも似通っていることに気付くのです。

 それというのも、2011年12月の 「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」 の中間報告の頃から次から次へと(1)ゴルフ場から訴訟された裁判で、福島第1原子力発電所から飛散した放射性物質は、被告たる東京電力の所有物ではない。従って東京電力は除染に責任を持たない。(2)住民避難に役立てるべきSPEED情報を文部科学省の官僚は事故直後に米軍へ伝えるも、避難すべき住民はむろん自治体にも伝えず被害を拡大させ、官僚は米国の公務員たるを露呈した。(3)総理大臣をトップとする最高意思決定会議の原子力災害対策本部を始め各種組織の会議の議事録が未作成等、連日腰を抜かす出来事があらわになっています。軍隊組織は国防を司りながら太平洋戦争では亡国の淵まで国民を引っ張り、原発推進組織はエネルギー国防を錦の御旗に絶対安全の原子力発電所を54基まで建設し、国民を欺きました。

 この度の福島第1原子力発電所の事故は、機械文明における発電という光明面と放射性物質の未来永劫に亘る悪影響の暗黒面を如実に曝け出しました。原子力村は再び原発安全との宣伝をしていますが、事の本質は安全の押し売りという単純な話ではありません。もっと深く原発事故を掘り下げないと禍根を残しそうです。原発被害者の救済とか、原発の当座の代替エネルギーを火力にするとか、その先のエネルギーをどうするとの議論はむろん大切ですが、根源的には国民が間接的に作る原発推進組織が、この先の国民の安全を担保できるのかと言うことです。我々は得てして発明品の光明面のみを考えてしまい、暗黒面から顔を背ける傾向にあります。そのため、事が大きくなってから考える傾向にあります。それと言うのも、近代の哲学観と科学観に基づく人間至上主義というべき驕りと、自然を工業製品の原材料としかみない経済競争に加え、利益共同体組織の論理から来ています。

 本著は、原発の安全性に焦点を当て、軍隊組織と原発推進組織の失敗の原因を考究すると、組織の指導者とそれに続く官僚に共通点があると論じ、原発の安全性の根本は原発推進組織の政策・体質問題に帰着しました。太平洋戦争の終結は、昭和天皇のご聖断で決めましたが、軽水炉型原発の終結を総理大臣は下せるか国家の浮沈がかかっています。

 なお、単に筆者の軍隊組織と原発推進組織は、似たもの組織論考と称す感想文になっているかもしれませんが、お許しをいただきたい。


第1章 原発推進組織

 原子力委員会

 原子力発電の推進は、1953年米国のアイゼンハウァー大統領が国連において 「ATOMS for PEACE」 と呼びかけたことを契機に、我が国においても1955年(昭和30年)12月に原子力基本法が制定されました。原子力委員会は原子力基本法に基づき、国の原子力政策を計画的に行うことを目的として1956年1月に総理府の附属機関(のち審議会等)として設置され、委員長には国務大臣(科学技術庁長官)が充てられ、委員の任命には両議院の同意が必要とされたました。その後、中央省庁再編に伴い2001年1月内閣府の審議会等の一つとなり、委員長は国務大臣をもって充てるポストをやめ、民間人を充てるポストに変更して委員と同様両議院の同意を必要とします。この原子力委員会は5名から構成され、原発推進の頂点に位置する組織です。

 原子力委員会がいかなる職務を有しているかを、原子力委員会のホームページから抜粋します。

 原子力委員会は、1)原子力研究、開発及び利用の基本方針を策定すること、2)原子力関係経費の配分計画を策定すること、3)原子等規制法に規定する許可基準の適用について所管大臣に意見を述べること、4)関係行政機関の原子力の研究、開発及び利用に関する事務を調整すること等について企画し、審議し、決定することを所掌しています。この所掌事務を実施するために、 「原子力委員会及び原子力安全委員会設置法」 に基づき、調査権、勧告権等があります。また委員会は、これらの参考になる関係者の意見聴取、事務局によって作成された決定文案の審議、それの決定を原則として公開の会議で行っています。

 この内、1)は1956年以来、概ね5年ごとに計9回にわたって原子力の研究・開発及び利用に関する長期計画(以下、 「長期計画」 という。)を策定してきており、現行の長期計画は、2005年(平成17年)11月に策定されたものです。その長期計画のはじめでは、 「我が国における原子力の研究・開発及び利用は、原子力基本法に基づき、巌に平和の目的に限り、安全の確保を前提に、将来におけるエネルギー資源を確保し、云々」 と記述されています。つまり、原子力委員会は原子力発電所の肝である安全に責任はないのです。それを裏付けるかのように、近藤駿介委員長は国会で、 「原発事故の対応は、原子力災害対策特別措置法により行なわれ、原子力委員会はその法律には含まれず、火事場を見るだけの立場です」 と答弁しています。また、鈴木委員長代理は、2011年6月中旬に韓国の牙山市で開かれた討論会で 「阿部さんのご紹介の通り、原子力委員会は原子力政策に責任があるのであって、原発の安全性について責任はありません。」 と発言されています。

 

 原子力安全委員会

 1978年(昭和53年)に原子力の安全確保の充実強化を図るため、原子力基本法の一部を改正し、原子力委員会から分離、発足した5名から成る委員会です。原子力安全委員会の職務は原子力の研究、開発および利用に関する事項のうち、安全の確保に関する事項について企画し、審議し、および決定することにあります。設立当初からの主要業務は、原子炉設置許可等に係る安全審査(規制行政庁の審査結果の2次審査)およびそのための安全審査指針類(発電用原子炉施設に関する耐震設計審査指針など)の策定です。原子力安全委員会は電力会社等業者へ直接規制できず、業者に対して直接安全規制するのは経済産業省原子力安全・保安院、文部科学省等の規制行政庁です。従って、原子力安全委員会は実行部隊を有していないため、規制行政庁から独立した本委員会が専門的・中立的な立場からさらにそれをチェックする多層的体制となっています。しかしながら、多層的にチェックするといっても、チェック基準、チェック内容が同一のため実質的に一重チェックに等しいと言えます。

 したがって、原子力安全委員会の実体はお飾り的存在であり、2011年6月11日の朝日新聞が 「原子力安全委員、IAEA閣僚級会議に欠席」 との見出しでお飾り的存在を記事にしています。

 

 原子力安全委員会は16日、ウィーンで20日から開かれる国際原子力機関(IAEA)閣僚級会合に欠席する方針を明らかにした。会合は東京電力福島第一原発の事故を教訓に、世界の原発の安全を話し合うもので、関係者から安全委の出席も求められていた。会合には緊急時対応など、原子力安全委がかかわる内容についての作業部会も予定されている。だが、経済産業省原子力安全・保安院などが代わりに報告する予定だ。 班目春樹委員長は16日の記者会見で、欠席理由について 「日本がIAEAに提出した報告書の執筆に安全委はかかわっていない」 と述べた。

 

 原子力安全委員会が、自ら手を抜いて報告書にノータッチ、そして、閣僚級会議に欠席したわけではなかろう。政府が安全を討議する場から、わざと原子力安全委員会を外したと考えるとみょうに納得できる。要は政府が経済産業省原子力安全・保安院と示し合わせ、原子力安全委員会をないがしろにしているのです。この推測から言えることは、原子力発電所の安全は形式的には原子力安全委員会にあるも、実体は時の内閣の意向を汲んだ経済産業省原子力安全・保安院の胸三寸にあるのです。この他にも例を挙げれば、原子炉は原子炉等規制法で定められ、約1年に1回の定期検査を通れば運転はつづけられます。ただし、運転開始30年目以降は,10年後とに老朽化の影響を技術的に評価することも義務付けられており、原子力発電所の安全に直結している原子炉の耐用年数が曖昧なのです。資源エネルギー庁は1996年、福島第1原発、関西電力美浜原発1号機(福井県)、日本原子力発電敦賀原発1号機(同)の3基を技術的に評価し、仮に60年運転したとしても安全だと結論づけました。ここでも原子力安全委員会は、主体的に活動しなかったのか、あるいは活動できなかったのです。そして、2012年1月になり、原子炉を40年で廃炉にする法案で野田内閣は、迷走しています。ここも、原子力安全委員会は蚊帳の外状態であり、つまるところ提出され資料が決められた基準を満たしているか確認しているだけと言えます。であるので、原子力安全委員会は、単なる追認機関でありなんら安全の責任はありません。

 

 原発推進組織図

 原子力委員会、原子力安全委員会等の組織は、原子力発電所の安全の確保を図りつつ推進していますが、その組織構成を原子力委員会の第17回新計画策定会議の参考資料1 「安全の確保に関する中間取りまとめ」 に筆者の創意を織り込み作成しました。

 原発推進組織は、原子力委員会(内閣府)、原子力安全委員会(内閣府)、資源エネルギー庁(経済産業省)、原子力安全・保安院(経済産業省)を中心に原子力学会、原子力発電環境整備機構、動力炉・核燃料開発事業団、3団体の独立行政法人、6団体の社団法人、11団体の財団法人に加え、電力事業者及び原子力プラントメーカーとその子会社や関連会社を含む巨大な組織です。

 

 

 原発推進組織は、図から分かるように役割と責任が分散しており、組織のトップは一応形式的にその責任者になっているだけです。ゆえに、経済産業大臣はお詫びしたり、役職辞任したりという形式的責任をとるだけで、総理大臣はさらに空虚な責任になっています。いわんや、国権の最高決議機関である国会は責任が溶融しています。なお、原発推進組織は別名原子力村と呼ばれ、官庁から政財学界関係者、更に地元有力者たちまで含めて原発利権にあずかる人々から構成されています。この原子力村の利権の一端を、2011年9月25日の毎日新聞が、 「東電:官僚天下り50人以上 ゆがむ原発行政」 の見出しで報じています。

 

 東京電力に 「嘱託」 などの肩書で在籍する天下り中央官僚が47人(8月末)に上ることが24日、毎日新聞の調べで分かった。次官OB向けの 「顧問」 ポストも加えれば50人を超え、出身は所管の経済産業省から国土交通、外務、財務各省、警察庁、海上保安庁と多岐にわたる。東電福島第1原発事故では安全規制の不備が指摘されるが、原子力行政に携わった元官僚は 「(当局と電力会社との)癒着が安全規制の緩みにつながった」 と認める。

 6月28日、東京都港区のホテルで開かれた東電の株主総会。株価暴落で多額の損失を出した株主から 「なぜムダな天下りを受け入れ続けているのか」 との質問が相次いだ。山崎雅男副社長は 「電力事業には(いろいろな)知識を持った方が必要」 と答弁。事故の巨額賠償負担で経営が揺らいでも天下りを切れない電力会社の体質を浮き彫りにした。

 経産省キャリアOBの最上級の天下り先は東電副社長ポスト。次官OBの石原武夫氏に始まり、資源エネルギー庁長官や次長経験者が10年前後の間隔で就いてきた。今年1月には、昨年8月に退任したばかりの石田徹エネ庁前長官(当時)が顧問に天下り。東電は 「慣例通り副社長に昇格させる予定だった」 (幹部)。しかし 「退職後2年間は所管業界に再就職しない」 という自民党政権時代に作られたルールを逸脱していた上、原発事故による行政批判も重なって、4月に顧問を退任せざるを得なかった。経産省は、関西など他の電力各社にもそれぞれ元局長や審議官、部長クラスを5人前後ずつ役員や顧問として再就職させている。

 中央省庁OBを幅広く受け入れる東電のような余裕は、独占事業ではない他の民間企業では考えられず、経済官庁幹部も 「東電など電力は再就職の最大の受け皿」 と認める。東電関係者によると、天下り官僚の肩書はキャリアOBなら 「顧問」 、ノンキャリア出身者なら 「嘱託」 。報酬は 「霞が関での最終ポスト時代を下回らないのが暗黙のルール」 (経産省OB)だ。東電は 「国交省や警察庁OBに電源立地対策で知見を発揮してもらうなど、経営に役立っている」 と説明。しかし、財務や外務官僚OBの場合 「本命の再就職先が決まるまでの腰掛けで東電に入り、給料だけ払うケースも多い」 (東電関係者)。

   〔以下略〕

 

 更に、2012年2月6日朝日新聞は、原発推進組織の頂点に位置する原子力委員会の専門委員の癒着を報じています。

 

 福島第1原発事故後の原子力大綱を決めるために内閣府が設置した原子力委員会の専門委員は、原発関連の団体や企業から巨額の寄付を受けていた。寄付を受けていたのは委員23人のうち、原子力が専門の大学教授3人全員。東京大の田中知(日本原子力学会長)、大阪大の山口彰、京都大の山名元の各教授で、3人への寄付総額は2010年度までの5年間に計1839万円に上る。原子力委員会では、福島の事故後に政府が打ち出す減原発方針が大綱にどう反映されるかが焦点となっている。その専門委が原発業者と癒着していたとあってはどうしようもない。

 

 このように原発推進組織は突っ込み満載ですが、これが拙著の主眼であり、2章以降をお付き合いを願いたい。特に、原子力発電所の安全に係わる原子力安全委員会の役割を如実に示す記事が読売新聞に載っていました。

 

 大飯原発再稼働の必要性を確認した関係閣僚会合のメンバーの一人、細野原発相は2012年4月14日、橋下氏が同原発の再稼働に関連し、内閣府原子力安全委員会が 「安全」 と明言していない点を厳しく批判したことについて 「今の原子力規制の制度は、原子力安全委が(安全の)判断の権限を持つ制度になていない」 と指摘する一方、 「今の制度が適切とは思っていない。橋下氏の指摘は(再稼働とは)別問題として改革していく」 と配慮も示した。静岡県三島市で記者団に語った。

 

 つまり、細野原発相は原子力発電所の稼働可否の権限を原子力安全員会に付与していないと言っております。にも係わらず、マスコミは、 「大飯原発3・4号機についてのストレステストの一次評価を 『妥当』 であると結論付けた」 と報道しています。つまり、上位に位置する原子力安全員会は、原子力発電の稼働可否の権限を持っていないが、原子力安全・保安院の再稼働評価結論にお墨付きを与える役割をはたしています。これから言えることは、原子力安全・保安院が、原子力発電所の稼働可否の権限を有していると推測できます。なお、原発推進組織は2012年4月から原子力規制庁に変更される予定が遅延していますが、組織変更がなされても携わる人が同じゆえ、思考と行動は従来通りと思われます。

 

 


第2章 エネルギー国防を御旗に

 金科玉条の原発推進

 原子力発電は、1966年に日本原子力発電(株)東海発電所が、我が国最初の商業用として営業運転を開始しました。以降、着実に原子力発電所は増加し2011年3月現在54基にまで至りました。直近である2005年(平成17年)11月の原子力大綱では、第3章で原子力の着実な推進を謳い、 「2030年以降も総発電電力量の30~40%程度という現状の水準程度か、それ以上の供給割合を原子力発電が担うことを目指すことが適切である。」 と記述しています。平たく言うと、原子力発電所をもっと増やしましょうとの方針です。しかしながら、2011年3月の福島第1原子力発電所の大事故以降、原子力発電所は定期検査に入った関係もあり次々と原子力発電所は稼働を停止し、2012年1月末には全国で動いている原発は54基中3基となりました。3基の稼働中原発は、関西電力高浜3号機が2012年2月20日、東京電力柏崎刈羽6号機が2012年3月26日、北海道電力泊3号機が2012年5月上旬までに順次定期検査となり稼働を停止します。定期検査が終了しても原発の再稼働がなければ、2012年5月上旬には原子力発電所の稼働は全てなくなります。つまり、原子力発電が占める総発電電力量の割合が数%から0%になっても、我が国は原子力発電以外の発電で補い、かつ、節電している関係で電力不足になりません。原子力大綱の原発の着実な推進政策と現実との落差に呆然とします。原子力委員会が原子力大綱を策定する意味は、単に原子力発電所を建設するための理屈付けでしかありません。危機感を覚えた原子力推進組織は、原発停止による代替の火力発電の燃料高騰につき電力料金の値上げをすると盛んに情宣していますが、第48回原子力委員会資料2010年9月7日大島堅一氏の 「原子力政策大綱見直しの必要性について」 副題、~費用論からの問題提起~によれば、原子力発電より火力発電の方が安いのです。

 その原子力委員会は、2010年11月から新長期計画を検討を開始しましたが、2011年3月の福島第1原子力発電所の大事故で審議を中断しました。その後、事故収束に向けた取組等を踏まえ、平成23年9月に審議を再開しました。しかし、原子力委員会も原子力安全委員会と同様、資源エネルギー庁、社団法人日本原子力産業協会等から提出された資料の追認機関でしかないことが、原子力発電の占める総発電電力量の割合が数%から0%で露呈しました。原子力委員会は、原子力政策に実質責任を有しておらず、原子力安全委員会もお飾り的存在であり実質責任を有しておりません。そして、今日も原子力発電は、エネルギー国防を御旗に推進されています。

 

 新手の公害

 公害には犯人はいるが、悪人はいません。公害は、本来悪しき意図から生じたものではなく、公害発生の基となっているものの本来の意図目標は、公益という人間に役立つことにあります。公害は公益から転じて派生したのであり、公益の主人が転じて犯人になりました。しかし、公害が引き起こされたからと言って、公益がなくなることもありません。ここに公益と公害の関係を簡単に割り切ることができず、公害それ自体が独存することは考えられません。公害それ自体が独存する場合は、武器が使用された時です。

 この辺りの道理を、世界的に 「ミナマタ」 の名で知られ、水銀汚染による水俣病から考えます。1932年からチッソ水俣工場では、世界中で採用されていたアセチレン法アセトアルデヒド工法でアセトアルデヒドの生産を行っていました。1951年にチッソが行った生産方法の一部変更により無機水銀がメチル水銀に変換され廃液と一緒に海に流しました。この内容は、1967年にチッソ工場の反応器の環境を再現することで実験的に証明されました。これにより、1968年熊本大学水俣病研究班は公式見解として、水俣病の原因がメチル水銀化合物と断定しました。なお現在でも決定的な理論は、まだ構築されていません。このように水俣病は、本来悪しき意図から生じたものではなく、生産量の増大を計画した生産方法の一部変更がきっかけとなり、徐々に環境に知らずして有機水銀を垂れ流していたのです。原因追求及び裁判の過程での、犯人の政府とチッソ及び御用学者の往生際の悪さはつとに有名です。

 では、福島第1原子力発電所の大事故による未曾有の惨事の場合は、どうでしょうか。原子力発電の導入時から放射性物質の放出問題とトイレなきマンションと揶揄されたようにウラン燃料棒の後始末が、必須解決事項になっていました。従来の公害は予想だにしなかったのですが、原子力発電所の公害は当初から致命的問題を抱えているため、多くの人の反対があり十分に予想できました。であるにも係わらず、原子炉からの放射性物質の放出問題は絶対安全と国民に説明し、ウラン燃料棒の後始末は後世の誰かが解決してくれるという無責任な判断をし、強引に原子力発電所を建設しました。予想された公害が発生したのであり、新手の公害であり、国害と言えます。

 さらに国害には、従来の公害(例:水俣病)にないきわだった特徴があります。一つ目は、徐々に公害が拡散するのでなく急激に公害が拡散します。二つ目は、公害の規模がとてつもなく大きく、地理的には世界中に影響を与え、時間的には未来へ悪影響を与え続けます。三つ目は、公害の原因が放射性物質であるとあらかじめ特定できているのに対策がないことです。ゆえに放射能の影響は、今後何年も続き神のみぞ知ることになります。そのため、政府には暗黒面の放射性物質を消去する術を持ち合わせておりません。その結果、過小評価が得意な政府であっても、被害者への賠償金は電力会社では賄えず、国民の懐を充てにする始末です。四つ目は、国害ゆえにマスコミの追及が一般人の刑事事件のように犯人と悪人追求をせず、大本営報道マスコミの過去の責任を霧消にしてお涙頂戴の報道をすることです。

 公害は、自然環境の破壊となって現れる以外に、非常に気付きにくい形態で公害が発生しています。自然環境の破壊は、環境汚染となって人目につきやすいですが、社会的公害もしくは精神的公害は、公害たる意識も自覚もないまま深く進行します。たとえれば癌のようであり、気付いたときは手遅れになります。その原因は、我々がエネルギーを湯水のごとく使用していることです。福島第1原発事故でマスコミの情宣により、家庭及び企業他で節電に努めていますが、過去にエネルギーを湯水のごとく使用していた事実を都合よく忘れています。社会的公害もしくは精神的公害が発生する原因は、この辺りにありそうです。

 我々は、石炭・石油等無生物資源を浪費し続け、子孫の時代のことなど少しも考えずに、この社会の集団の不平等の利だけを計り、無生物資源がなくなってくれば、その時代の集団が考えるだろうという態度は、りっぱな利己主義といえます。ゆえに、福島第1原発事故に直面するまで、電気エネルギーは湯水のごとく使いたいが、放射性物質は御免こうむるという都合よい考えをするのです。福島第1原発事故後は、電気エネルギーが不足すると産業がなりたたず、加工貿易立国として立ち行かなくなるとの言説が大手を振っています。集団の不平等の利を計り、明日の日本を考えているのはその通りですが、原子力発電の光明面と暗黒面、広く考えれば我々が信奉している科学技術の光明面と暗黒面のうち、光明面を強調した考えです。全ての発明品には光明面と暗黒面が一体でつきまとい、原子力発電は光明面と暗黒面が半々の発明品なのです。光明面と暗黒面が一体であるにも係わらず、分離して光明面のみを考える思考は、社会的公害もしくは精神的公害を発症していると言えます。

 

 現在版バベルの塔

 ひとことで言えば、原子力発電は発電原理上発電と一緒に放射性物質を生成しており、もともと公害を抱え込んでいるのです。傲慢な人間は、その原子力発電所を建設しましたが、実に罪深いことをしました。過去の罪深い話は、旧約聖書に書かれています。坂井洲二著 「伊勢と仏とキリストと」 から引用します。

 

 『旧約聖書』 をその最初からもう一度たどってみると、まずその巻頭はすでにみてきたように天地創造の話であるが、ではそのあとはどうなったかというと、日本人でもおそらく多くの人が承知していると思われる有名な話が三つほど続いている。

 その最初は、神が初めてつくったという人間の男女が、狡猾な蛇にだまされて、神が食べてはいけないと禁じた木の実を食べたため、善悪の区別を知るようになって裸であることに気付き、いちじくの葉で腰の前をかくすようになった、という話である。そしてその罰として、人間はエデンの楽園から追放されてしまうのである。

 その次に続く話は、例のノアの箱舟である。地上には人間が増えていったけれど、悪もまたはびこったため、神は 「正しく、かつ全(まった)き人」 であったノアに告げて、彼の家族と、全ての動物のうち 「清い」 ものは七番(つが)い、 「清くない」 ものは二番いずつ、ノアのつくった箱舟の中に入れるように命じ、他はすべて洪水によって亡ぼしてしまう。

 そしてその次の話が 「バベルの塔」 といわれるものである。ノアの子孫たちはまた増えていったけれど、彼らは初めのうちは皆が同じ言葉を話していた。そのため、彼らは協力して高くそびえたつ塔のような町を築き、 「その頂(いただき)を天に届かせ」 て全員がそこに一緒に住んで 「全地のおもてに散るのを免(まぬか)れよう」 としたのであったが、それを見た神は、 「彼らの言葉を乱し、互いに言葉が通じない」 ようにしたため、人々は意志が通じなくなって、各地にばらばらに散ってしまったのだという。

 以上の話は、いずれも含蓄があり、実によくできているうえに、それが紀元前十世紀頃につくられた話であろうというその年代の古さを思うと、まったく感心してしまう。

 

 『旧約聖書』 の罪深い話に匹敵するのが、福島第1原子力発電所の悲惨な事故です。バベルの塔を原子力発電所に置き換えると、現在版バベルの塔の話ができます。

 

 ノアの子孫たちはまた増えていったけれど、彼らはだんだんと傲慢になっていった。そのため原子力の平和利用を御旗に原子力発電所を築き、「絶対安全と称する原発が54基に達し」、全員がそこに一緒に住んで 「放射性物質がおもてに放出されない」 と念じていたのであったが、それを見た神は、「巨大地震により原子炉の制御を乱し」、原子炉の多重防護が機能不全に陥って、放射性物質が各地に散ってしまった。そしてその罰は、これから来るのであった。

 


第3章 安全神話の崩壊

 安全神話に先立つ立法

 原子力発電は、1966年に日本原子力発電(株)東海発電所が、我が国最初の商業用として営業運転を開始しました。営業運転に先立つ5年前の1961年に原子力損害賠償法が、立法化されました。その内容は、 「原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力に損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害の賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常な巨大な天変地異又は社会的動乱によって生じたものであるときは、この限りではない」 となっています。つまり、巨大な天変地異又は社会的動乱による損害は、電力会社が賄えないため、法律を制定し税金で肩代わりさせる考えです。火力発電には火力発電損害賠償法がありませんから、原子力発電は非常に危険であるとの認識により賠償金が巨額になるから立法化したものと思われます。

 さらに、原子力発電所の立地審査指針は、同じく1966年の日本原子力発電(株)東海発電所の営業運転開始に先立つ1964年に原子力委員会が次の通り決めました。

 立地条件の適否を判断する際には、少なくとも次の3条件が満たされていることを確認しなければなりません。

 (1) 原子炉の周囲には、原子炉からある距離の範囲には非居住区域であること。

 (2) 原子炉からある距離の範囲内であって、非居住区域の外側の地帯には低人口地帯であること。

 (3) 原子炉敷地は、人口密集地帯からある距離だけ離れていること。

 火力発電所は都会の近くに設けていますが、原子力発電所の立地審査指針を満たす場所は田舎しかありえません。つまり、原子力発電所は危険であるとの認識から、人の住んでいない場所にしか設置できないのです。

 

 安全神話の中身

 2005年12月25日、佐賀県では玄海原子力発電所3号機プルサーマル計画について、プルサーマルを推進する立場、反対の立場の双方が一堂に会し、その安全性を議論する県主催の公開討論会が開催されました。この席上、プルサーマルを推進する立場から東大教授大橋弘忠氏の説明が、安全神話を見事に語っています。大橋弘忠氏の話す原子力安全神話は、以下の通りです。

 

 事故の時どうなるかは、想定したシナリオに全部依存します。そりゃ全部壊れて全部出てその全部がそのー環境に放出されるとなれば、どんな結果でも出せます。それは大隕石が落ちてきたらどうなるかという起きもしない確率についてやっているわけですね。あのー皆さんは、原子炉で事故が起きたら大変だと思っているかもしれませんが、専門家になればなる程格納容器が壊れるなどと思えないんですね。どういう現象で、何がどうなったらどうなると、それは反対派の方はわからないでしょうと。水蒸気爆発が起きるわけがないと専門家の皆が言っていますし、僕もそうだと思うんです。

 じゃーなんで起きないと言えるんだと、そんな理屈になっちゃうわけです。まあー安全審査でやっているのは、技術的に考えられる限りですね、ここがこうなって、こうなってここがプルトニウムがこう出てきて、ここで止められてそれでもなおかつ、と言う仮定を設けたうえで、それもそれよりも過大な放射能を放出された前提をおいて計算しているわけです。

 ここが一番難しいところですけれども、我々はそれはよくわかります。被害範囲を想定するために、こういうことが起きると想定して解析するわけです。ところが、一般の方はどうしてもそういうことがじゃー起きるんだと、また反対派の方がほら見ろそういうことが起きるからそういう想定をするんだと、逆の方向にとられるからおそらく議論が噛み合わないんだと思います。

 

 大橋弘忠氏の話す原子力安全神話を煎じ詰めれば次のようになります。

 格納容器が壊れる想定をすれば、大被害になります。しかし、格納容器が壊れる確率は起きもしません。それは専門化が保証しているからです。原子力の専門家が、安全審査を行っているから放射性物質を格納容器に閉じ込めています。念のため放射性物質の飛散を想定し、被害状況を解析しますが、あくまでも念のためであり、実際に放射性物質は飛散することがありません。

 しかし、安全神話は矛盾した論理構成になっています。格納容器が壊れる確率が起きないのだから、念のための解析は不要です。現実には原子力発電に伴い放射性物質は、核分裂により日常的に格納容器に生成されています。核分裂により日常的に格納容器に放射性物質は蓄積されているのだから、格納容器に放射性物質を閉じ込めている限り安全なのです。ゆえに無条件に安全なのではなく、条件付安全が論理から導かれる結論です。

 

 安全神話の事故確率

 原子力システム研究懇話会は、大学の名誉教授を中心に、主として現役を退かれ、なお精力溢れる研究者、技術者を集めて原子力の諸問題を考えて行くことを目的として、会員が随時集まって自由に意見を交換するとともに、外部からの依頼を受けて調査活動をまとめたり、場合によっては意見をまとめて政府や産業界に勧告したりするなどの活動を行っています。さらに、会の活動を会員に知らせたり、勉強の成果の発表の場として、季刊のニュースも発行しています。この懇話会の会員である村主進氏が原子力システムニュースのVol.15,No.4(2005.3)に 「原子力発電所はどれくらい安全か」 の論文を掲載されています。この論文の3項で 「原子炉事故の頻度を考慮」 を設けて、炉心損傷事故を起こす確率が記述されており、引用します。

 

 自動車事故は毎年発生しているが、炉心損傷事故は生涯の80年間に一度も起こらないと考えてよい。

 事実わが国では約1,000炉・年(各原子炉の運転年数を全原子力発電所について加算した総和)の運転実績があるが、大量の核分裂生成物を放出するような炉心損傷事故は一度も起こしていない。このことは一基(炉)の原子力発電所に換算すると、1,000年間も炉心損傷事故を起こしていないことを意味する。

 一方、確率論的リスク評価手法を用いて、わが国の原子力発電所における配管破断、機器故障の実績および人間の作業ミスなどの実情を基にして炉心損傷頻度を評価している。そして炉心損傷事故の頻度は炉・年あたり 1×10-7(乗)以下と評価されている。

 原子力発電所敷地内に10基(10原子炉)の原子力発電所があるとして、日本人の生涯の80年間にこの敷地内で炉心損傷事故を起こす頻度は、

  1×10-7(乗/炉・年)×10(炉)×80(年)=8×10-5(乗)

となる。

 炉心損傷事故によって最も高い放射線被ばくをするグループでも、リスクが自動車事故と同程度であるので、事故発生頻度を考えると、原子力発電所の安全性は自動車事故よりも一万倍以上安全であることになる。

 なお、過去に炉心損傷事故を起こした米国のスリー・マイル島原発、旧ソ連のチェルノブイリ原発はわが国の原子力発電所とは安全設計の異なるものであって、わが国の原子力発電所の炉心損傷事故頻度の参考になるものではない。

 

 村主進氏の論文で用いている原子炉の安全確率の基礎数値(炉・年あたり 1×10-7以下)は、独立行政法人原子力安全基盤機構が、地震波動を入力した確率論的リスク評価手法から求めた炉心損傷事故の報告書を引用していると思われます。

 村主進氏論文の8×10-5(乗)の事故確率は、日本人の生涯を80年間と仮定した期間単位の値であり、1年単位の事故確率に置き換えれば、福島第1原子力発電所の炉心損傷事故は10万年に1回の割合でしか起こらないのです。この値ゆえ、プルサーマルを推進する立場から東大教授大橋弘忠氏が、 「それは大隕石が落ちてきたらどうなるかという起きもしない確率」 と比喩したのです。しかし、ものの見事にはずれました。

 

 安全神話崩壊後の事故確率

 2011年11月に政府は、大隕石が落ちてきたらどうなるかという起きもしない程低い原発事故確率を福島第1原子力発電所の大事故を踏まえて変更しました。その計算は次の通りです。

   日本では、ここ30年の間に、ほぼ50基の原発が稼働してきた。

   これらをかけて、30年 × 50基 = 1500年・基が積算稼働量になる。

   これを今回福島第1原発で3基がレベル7の事故を起こしたから、

   1500 ÷ 3 = 500年

   これにより過酷事故が起こる確率は500年に1回と仮定した。

 上記の計算は単純だから間違いはありません。しかし、過酷事故の頻度を変更したのは従来の事故発生確率では、国民に説明できないからです。

 予期しない東北地方太平洋地震により過酷事故が生じたのですが、仮に不幸にして違う場所で巨大地震が発生し過酷事故が生じたら、再度計算し直すのだろう。ゆえに、原子力発電所の安全は脆いのです。

 筆者なら、1966年に日本原子力発電(株)東海発電所が、我が国最初の商業用として営業運転を開始し、2011年に福島第1原子力発電所で過酷事故が生じたのだから、45年に1回と計算します。これなら、人間一生に1回は原発の過酷事故に遭遇します。いずれにせよ、原子力発電は危険なものであることがこの事故確率で示されています。

 



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