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 全く、小説なんて読むもんじゃない。たった1冊の本で26歳にもなって俺は派遣社員なんかに甘んじているんだから。

 だいたい町立図書館で出会ったのがいけないんだ。もっと言うなら、その図書館の職員。なんであの日あの時、〝おすすめコーナー〟になんて並べるんだ。

 大学受験を控えていたあの頃。図書館で勉強するのだ、と言い聞かせ、気付いたら漫画なんか読んでて結局最後は、今日は調子悪いからなんか小説でも借りて帰るか、って甘えまくりだったあの頃。

 受験から目を背けるための暇つぶしで良かったのに、『重力ピエロ』は心に突き刺さった。最後のあたり、主人公の父の印象的なあの言葉。

 たったその一言で俺は立ち上がった。狭い我が家のリビングをうろうろして、すげえすげえ、って一人で笑いながらなぜかガッツポーズしてた。鳥肌もたった。1回じゃ満足できず、我が人生で初めて本を2回読むという暴挙にでた。

 読書というものは映画や、ドラマを見ることと同じで時間を有意義に過ごすための趣味だった。それがどうだ。俺は最強の武器を手に入れたように高揚した。いじめが怖くて目立たないように目立たないように人の目しか気にしていなかった学校生活、無言のプレッシャーをかけてくる両親、はては機械のように決まりきったことしか言わないテレビのコメンテーターに無駄に強気になった。

 どっからでもかかってこい。俺には小説があるんだ。これさえありゃ何でもできるんだ。

 高校時代の俺は社会の酸いも甘いも何も知らないただの臆病者だった。今でもそうだが。ただ当時の俺にはその驚きが、勉強できない、バスケも1年でやめ、彼女もいないお先真っ暗な未来にかすかだけど、確かな輝きを持った光を見せてくれたんだ。

 案の定小説家になるのも悪くないかもって思って、気付いたら上京していた。まだ完全な決心がつかないまま行ったってのもほんと俺らしい。

 進学した大学には毎年9月にアカデミックコンテストっていう小説や絵や写真などを募り、校内で選考する大会があった。

 極端に応募数が少なかったせいもあるだろうが、俺は大賞なんか受賞してしまったものだから、余計に小説家への道まっしぐらだ。

 そして、あの日を迎える。

 好きな作家さんに連絡をとりインタビューをしなさいという講義の内容だった。重力ピエロの著者の伊坂幸太郎さんへのコンタクトはとれなかったがデビュー当時から担当している新潮社の、ある編集者とお話できることになった。

 あの作品のあの言葉は?、著書全体に息づくテーマは?――。それはもうインタビューなんかじゃなかった。どちらかというと飲み屋で偶然好きな映画が一緒だという人間に出会い、滔々と好きなシーンについて語る。そんなたちの悪い一ファンと化していた。

 興奮冷めやらぬ帰りのエレベーターの中、編集者がとっておきの宝物を見せる前のような笑みで言った。

 ――そういえば昨日君たちの話を伊坂君にしたら、よろしく伝えてくれって言ってたよ――

 そのとき俺は決めた。絶対小説家になってやろうって。

 自分の書いた小説で感動してもらったり、サイトに発表した小説の感想をもらって飛び上がって喜んだり、今までぼんやりとしか見えない小説家というゴールが霧が晴れ、太陽が出てきたようにはっきりと見えた。

 いつか、俺の本が書店に並んだとき、伊坂さんに会いに行く。そしてインタビューしに行ったことを話すんだ。

 あーあ、ほんと人生狂わされたよ。

 でも、これだけははっきりしている。俺が歩いている道はきっと重力ピエロが見せてくれた景色に続いている。

この本の内容は以上です。


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