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4月20日のおはなし「三日坊主」

 あの時がそうだったんだなと後になって気がつくことがある。その時には気づかず、なんでもない平凡な毎日がただ過ぎて行くだけだと思っていても、時間が経って、ものごとの全貌を振り返ることができるようになると、そうか、あの時だったんだと気づかされることがある。“三日坊主”のベドソメイも、いまそれに気づいたところだった。

 
 ベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ4世は貧しい小作農の家に生まれた。小作農などというと聞こえはいいが、事実上奴隷だった。小作料は著しく高く、払えない分は借金と見なされ、借金の埋め合わせと称してあらゆる自由が奪われた。ベドソメイの妹は幼いうちから地主の家に奉公に出され、幼児性愛者である地主とそのの息子のなぐさみものにされてしまった。けれどもそれが異常な事態だというがわからないほど一家は貧窮のどん底にあり、辛うじて生きていられるのは地主様のお陰だと大真面目に信じ込んでいた。事実は小作料が法外に高すぎただけであって、彼らの働きぶりには何の非もなかったにもかかわらず。
 
 父のベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ3世は真面目な男で、農法にも改良に改良を重ね、同じ地主の元で働く小作農の中でもずば抜けた収量を誇っていた。ところが地主は「他の者と不公平になるから」という理由で、セバルフブルフ3世にも他の者と同じだけの分け前しか与えなかった。その結果、セバルフブルフ3世がおさめる小作料は他のものより際立って多い勘定になっていたのだが、残念なことにセバルフブルフ3世はそれに気づくほどは賢くなかった。
 
 通称マイアこと、母のラビアシュテットモイオル・ヘバサバーン・セバルフブルフは気がついていた。夫が余分に働き、余分に収穫し、それなのに手元には他のもっと少ない収量しかあげられない者たちと同じしか残らない不公平に気がついていた。言い換えれば、余分に小作料を巻き上げられているのだということをはっきり悟っていた。けれども彼女はそのことについて何も言わなかった。若い頃に地主一家にひどい目に合わされたことを覚えていて、二度と関わりあいになりたくなかったのだ。
 
 理不尽な小作料に不満をぶちまける代わりに、マイアこと、ラビアシュテットモイオル・ヘパサバーン・セバルフブルフは息子の教育に全精力を傾けることにした。学問があれば、とマイアは考えたのだ。もっと他の仕事につける。土地を離れ、他の仕事につけば、あの地主に搾り取られることもないだろうと。地主の呪縛を逃れ、もっとまともな生活ができるようになるだろうと。ベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ4世は母親に約束させられ、勉学に勤しんだ。いや。勤しもうとした。
 
 しかしベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ4世には根気がなかった。最初の日はまだいい。翌日には気もそぞろになる。三日目には勉強しているふりをしているだけまだマシというありさまで、それ以上は続かない。何度言われても同じことの繰り返し。以来“三日坊主”という不名誉なあだ名がついてしまったが、それでも言われれば素直に勉強しようとしたのは、母マイアに、お父さんのような無学な愚か者にだけはなるなと言われ、自分でもあんな風にみじめにはなりたくないと思っていたからだった。
 
 いま振り返るとそれは大きな間違いだった。
 
     *     *     *
 
 前人未到の300キロマラソンで、ベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ4世は無心に走り続けている。こうして世界の舞台でいきなり優勝候補に躍り出たのは、”三日坊主”のエピソードで有名なトレーニング方法のおかげだ。ある時、腹を決めたのだ。三日坊主で構わないから、やりたいことを絞りこみ、そのことについてできるだけたくさんの三日坊主をしよう、何度でも飽きることなく三日坊主をしようと。生憎なことに学問の才能はさほどなかったが、生まれついて運動の才能には恵まれていた。だから、ベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ4世は走りはじめた。
 
 150キロの目標が見えてきた。沿道からは「”三日坊主”!”三日坊主”!」のかけ声が聞こえて来る。その時不意に母マイアの言葉が浮かんできた。父の葬儀の夜、マイアこと、ラビアシュテットモイオル・ヘパサバーン・セバルフブルフはこう言った。「あの人は、年に三日だけで、たいしたことをやってのけた」。ベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ4世はその時、その言葉を、何一つ報われずに亡くなった夫を悼む通り一遍な言葉として聞き流していた。
 
 けれど今はじめてその言葉の本当の意味がわかった。父ベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ3世は、無学な愚か者などではなかった。努力と工夫の人であり、忍耐と不屈の人だった。
 
 年に一度、宗教上の理由で三日間、一切作業してはならない全賢者節に父は趣味に没頭した。趣味とは農機具の改良の研究で、18年かけて地域の農法を根底から変える大発明をした。農作物の収量に圧倒的な変化をもたらしたこの発明はやがて世界の農業ビジネスを変化させ、小作人に寄生する地主制度を覆すことになった。その時にはもうベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ3世はこの世の人ではなくなっていたのだが、世界を変えた父の偉業は三日坊主の積み重ねだったのだ。
 
 いまベドソメイ・グランデナカット・セバルフブルフ4世は、後続を大きく引き離し、折り返し地点を過ぎてかれこれ1キロ近く走っている。すれ違うはずの2位の走者は、まだ姿も見せない。
 
(「折り返し地点を過ぎて」ordered by あとう ちえ-san/text by TAKASHINA, Tsunehiro a.k.a.hiro)

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