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ひと時のやすらぎ

順子は・・・今でも、そう言ってくれるだろうか。

「瞳の為に、何処へでも行って証言してあげるから」

当時、親友の順子が言ってくれた言葉を思い出す。月日が経ち、あれから、5年が過ぎようとしている

あの頃を引きずっているのは、自分だけかも知れない。それほど・・・月日は経ったというのに・・・。

瞳を動かしてくれた竹内玲奈、そして、踏み出す勇気を与えてくれた順子の力強い言葉

これがあれば、歩いて行けると誓った、あの時の思いの数々を拾い集めながら、瞳は

ある手紙をしたためようとしていた。

職場を変え、環境を変えての再スタートを始めた瞳に、新しい人達との出会い、新しい生活は

5年という歳月を経て、それなりの平穏さを、瞳に与えてくれた。

新しい職場は、何処にでもある普通の雰囲気だったのかもしれないが、3階病棟から来た

瞳にとって、この上なく安らかで新鮮に感じられる場所だった。

だが、何処にでも、怒鳴ったり、怒りの感情を剥き出しにする人はいるものだ。

時に出くわす、そんな場面だけが苦手だった。

その度、心臓がバクバクと高鳴り、膝が震えだし、途端にモノクロの風景に、引き込まれていく。

そんな時、瞳はいつも思ってしまう・・・

「私は、この人に又、裏切られてしまうのではないか」

「あの時のような想いを、又、味わう羽目になるのではないか」

瞳に向けられるものでなくても、そういう場面に出会うと小早川が重なり、極端に反応してしまう

自分がいた。自分が思っていた以上に、3階病棟で受けた心の痛手は深いトラウマとなって

瞳を苦しめたが、常時、耳にしていた3階病棟の、威圧的な態度や表現のものとは、明らかに

違う類のものであり、滅多にある事でもなかったのが、救いとなって

傷ついた心は、5年という、たおやかな時間を掛けて、ゆっくりと立て直されていった。

あれからというものを、より以上慈しむようになった瞳。

鳥とか、花とか、小さな虫達に至るまで、目を向けると色んな命があり、とりわけ瞳のそれは

自然の物に向けられた。山や海・・・そこにも色々な命が息づいている。

そんな中でも、確実に命が在ったと存在する物・・・姿は残っているけれど、その内、それさえ

朽ち果ててしまうような物に対し心を惹かれ、黙って通り過ぎてしまう事が出来なくなっていた。

無くなった命に対する愛おしさを手に取り、形のある今を生かした、別の姿に生まれ変わらせて

あげる事が、いつしか生きがいになっていた。

アクセサリーや小物として蘇らせ、側に置いたり身に付ける事で、肌の温もりを感じてもらえたら

そんな想いから始まったのも、消えていったままどうする事も出来なかったあの子達

繋ぎ合わせた、瞳自身への慰めだったかもしれない。

裏切らない自然を相手にした、瞳の日常は徐々に心を癒し、時折、頭を過ぎっていたあの子達の姿も

遠い過去の物となりつつあった。

このままの時間が保てていたら、あの悪夢の出来事も、時の彼方に、そっと置いてゆける

瞳の元にもそんな穏やかな日々が訪れていた。

でも、ほんの一時の寛いだ時間も忘れていた神様の、シナリオの一部でしか

なかった事など、この時の瞳はまだ知らない。

あの時、罠の仕組まれたレールとは知らず、仕向けられるまま乗り込んだ列車から

瞳はまだ、降りる事を許されてはなかったのか。

 

 

長い休憩地点を過ぎた、列車は、再び緩やかに動き始めた・・・。

間もなく訪れる、ひとつの偶然は再び苦悩と葛藤の中へと瞳を引き戻してしまうが・・・

「其処に真実がある限り、扉は開かれる。それは自ずと開かれる」

釈然としないまま、そんな思いと引き換えに身を引いた瞳の目の前に、5年の時を経て

ようやく『真実を開く扉』が現れようとしていた。


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浜辺のミステリー

初夏の風が、肌に心地良い昼下がり、普段から余り人気の無いこの海岸は

平日というせいもあり、通りを行き交う人の姿は全く無かった。

聞こえて来る波の音だけが頼りの心細い様な静寂さに「どうしようか」と

迷いながらの浜辺の散策は「朽ち果てそうな命」を探し始める趣味も手伝って、そのうち

気にならなくなる程、瞳は貝殻を拾い集めるのに夢中になっていった。

どれ位、歩いた頃だろうか視線を砂浜に注ぎながら、少しずつ

先へ先へと歩みを進める瞳の目に、ある異様な物が飛び込み、一瞬、立ち止まった。

近くで、寄せては返していた波が、いつの間にか遠くの方にあり

ちょうど干潮の時刻を迎えているのだろう。普段、波で覆われた砂浜との境目には

引き潮の波が断層を作り上げ、こんもりと盛り上がった砂の層が出来ていた。

その一角から、地上に向かって真っ直ぐ剥き出しになっているもの

海からの、様々な漂流物が流れ着く海岸に、色んな物が打ち上げられたとしても

決して不思議な事ではないが、比較的綺麗に清掃の行き届いたこの場所で

それは、一際目立った異様な物として、瞳の目に映った。

「こんな処に、人の『それ』が、あろう筈がない」

常識的な先入観が先立ちながらも無意識に距離を縮めた瞳は、次の瞬間、自分の目を疑った。

「そんな筈ない、これは何かの間違いだ!」

砂浜の、こんもりと盛り上がった層の中から剥き出しに伸びていたのは『肘から上の手』の部分だった。

その大きさから言っても、最初、人形のものだと思って近づいた瞳の先入観が見事に

打ち砕かれたのは、白くふやけて、開いた汗腺からうっすらとしたうぶ毛を認めた時だった。

しっかりと開かれた掌の先に爪まで生えていては、もう疑う余地もない。

これほど精巧に出来た人形はいない。人形位の大きさの・・・小さな新生児程の赤ちゃんの手!?

立ちすくむ瞳だったが、我に返り、辺りを見回しても人影はなかった。

「どうしたら・・・いいの?」

警察?とも考えたが自分の目だけの、状況判断では、どう伝えたら良いのか自信もない。

以前、悪夢の中で、信じられない光景を目の当たりにした時のように、混乱した頭が

思考を鈍らせ、収拾がつかなくなっていた。

「うぶ毛まで、ちゃんとあるけど本当にそうなの?」

「その前に、もっと確かめなくていいの?」

頭がぐちゃぐちゃで、とにかく纏まらない。警察に届ける前に、信用して貰う為に、もっと

確かめなければいけない気がした。

砂浜に埋もれたこの手の下は繋がっているのだろうか?再び、しばし立ちすくんだ。

「どうする・・・?」

そうは思っても、身体が拒否している。そうするには、気持ちの整理が必要みたいだ。

どんどん、暮れ始めてきた

肌の感触を触わって確かめるか、砂を掘り起こすか、証明するには、どちらかだと思うが、頭同様

体も硬直していて動かない。薄暗い闇が、少し恐怖心をも与え始めている。

誰かと一緒だったら、それが出来るかも知れない

「そうよ・・・何も、今、確かめなくても良いことだわ」

 

 

鈍くなっている判断力ながら、その場を逃れる口実が閃き、取り合えず、正確に場所を覚えといて

「明日でも来れば良いことだわ」

「明日来て・・・まだ、これがあったら、その時こそ本物って言えることだわ」

最終的に出した結論を、実行するのに時間は掛からなかった。

何度も後ろを振り返りながら、砂浜を後にする瞳の目に開かれた手の平が、段々、小さくなり

見えなくなっていった。


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