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13


 

 「それと、もう一つだけ質問に答えて。当時在学していた学生さんで

  もう一人ハラスメント行為を受けた学生がいたはずです。その方に

  対するハラスメント行為も明らかにするべきだわ」


  怒りで顔を紅潮させながら、野坂は言った。

  ハラスメントを取り締まる側の、人間なのでアカハラ事件の話題自体

  許せないのだろう。


 「少なくとも俺は知らない。常川、お前は知っているか?」


 「いや。だが塔堂に対するアカハラはあったかもしれないと疑っている。

  どうなんだ?そこら辺はお前の方が詳しいだろう?」


  塔堂のお調子者の性格は、加害者にも被害者にもなりうる両極端の

  可能性がある。被害者側なら、失踪して復讐の機会を狙っている

  可能性がある。加害者なら、もっと大きな罪を犯して隠れている

  かもしれないと、常川は推理する。


 「例えば、芹沢を自殺に見せかけて殺したとか……」


  野坂は息を飲む。

  

 「違います。その人は被害者です」


  やけに力説する野坂。

  

 「それはない」負けじと朋谷も断言する。


 「探しても見つからない。見つかる訳が無い」

 

 やけに確信をもって朋谷は言った。


 「お前、奴の居場所を知っているのか?」


 「……もうよせ。変に嗅ぎまわると後悔することになるぞ」

 

 「私はその方が、生きていることを知っています」


 この会話は、野坂の持参した盗聴器を通じて、「協力者」に伝えられる。

 野坂は自分が「協力者」に貢献できて、誇らしく思う。

 

 「厄介なことをしてくれた……」


 だが野坂の正義感は、「協力者」の正体を晒す危険な物に他ならない。

 盗聴器からの音源を確認しながら、舌打ちする「協力者」の存在など

 想像すらしていない、野坂は得意げに重要情報を聞いた「敵」の反応を

 楽しむ。


 「もし生きているとしたら、それは……。いやそれより、あんたは

  誰なんだ?ただの大学の職員だからって、来た訳ではないだろう?」


 野坂が、芹沢の叔母だと打ち明けると、朋谷は驚きを隠せなかった。


 「本当に犯人を探しているんですか? あなたは別に狙われていないでしょう?」


 「犯人を探しているのではありません。私は真実を知りたいだけ」


 「どうせ警察で話すことだ。良いだろう。……塔堂なら死んだ」


 「どうしてお前が知っている?遺体が見つかっていないんだぞ」


 「殺されたんだ」


 「……」


 野坂は訝しそうな目で、朋谷を見る。

視線を感じた朋谷は、野坂の視線を避けるように顔を逸らした。


 「誰に?」


 「それは警察で言う」


 もしもの時の為に、自分の知っていることを伝える目的は果たした。

 もうこの珍客たちは用済みだとばかり、朋谷はあからさまに帰宅を

 促した。家主に急かされては仕方がない。三人は気まづい雰囲気のまま

 帰路に着いた。


 野坂は自分の軽自動車で、常谷は優奈を助手席に乗せて来た、

 三人で駐車上へ向かう時、野坂はぽつりと言った。

 

 「あの人は嘘を言っています。私は塔堂さんが生きていることを

  知っています」


 「ど、どうして知っているんですか?」


 優奈は驚いて尋ねる。

 優奈だって、山瀬がアカハラに関与しているとは思いたくないが、

 反論するだけの証拠は今ここにない。


 「誘われたんです。一緒に復讐をしないかと」


 場合によっては脅迫罪に加担したことにもなりかねない内容を

 あっさりと野坂は打ち明ける。


 「ですから少なくともその人は生きています。

 ……ひどくアカハラ加害者の方たちを怨んでいることは確かです」

 

 野坂もその復讐に手を貸した以上、不安で告白できなかったと伝えた。

 朋谷もその一人である以上、口にできなかったと言う。


「信用できません。警察に何を言うつもりか分かりませんが、嘘をついて

 いるのかも。あのハラスメント加害者として、名前が出ていたのが2人

 だけというのも、おかしくないですか?どうしてあの男は入っていない

 のです?」


 野坂が言うには、朋谷は犯人と一緒になって仲間を粛清していったが、

 最後に仲間割れを起こして、自棄になっているだけだと推理した。


「でも、それだと自分のやったことまで警察でばれてしまいますよ」


「警察に殺人罪で捕まるよりはいいのでしょう」


 野坂は自分の推理に絶対的な自信をもっているようだった。



14


 あの晩のことは忘れもしない。


 深夜2時に鳴り響く携帯の音。

 要領が良く泣き言等一度も言ったことのない姉の、泣きじゃくる声。

 第一報は、甥が投身自殺を図った可能性があるというものだった。


 場所はフェリーで、甲板の上に遺書と靴、そして大事にしていた

 鏡が落ちていたという。

 遺留品の中に和哉のものとおぼしき学生証が出てきたことや、

 自宅に帰って来ていないことから断定されたと言う。

 最近は以前ほど頻繁には会っていないと言っても、

 自分の息子のように可愛がっていた甥だ。

 相当のショックだった。


 更にショックを与えたのは、和哉がアカデミック・ハラスメントを

 後輩にしていて、その後輩は。それを責められて退学処分をされていた

 ということだ。学生証の返還も要求されていたらしい。


 だが大学側は知らなかったのだ。野坂が和哉の叔母であることを。

 一連のアカデミック・ハラスメントの実情を把握していることを。

 もちろん和哉がハラスメントに関わっていたのは事実だ。

 だがなぜ和哉だけが死ななくてはならない?

 他の加害者は。一番の加害者の人間はのうのうと生きていると言うのに。


 新しく室長となった山瀬に会うたびに、憎しみを抑えるのに精いっぱいだ。

 和哉が亡くなったのは、アカハラ被害者とされる女性の家族が学校側と

 対談してから数週間後のこと。それまでには証拠は改ざんはしなかったものの、

 都合の悪いものは全て廃棄させられた。野坂は甥が関わっていることもあって、

 率先してその作業をした。数週間後に後悔するなどとは知らず。

 それでも表立っては立てつけなかった。このご時世心理士として

 職に就くのは至難の業だ。経験がいくらあっても、職を賭してまで

 山瀬に立てつくことはできなかった。姉夫婦も和哉自身が原因となった

 ことなら、文句を言える立場ではないと腹をくくったようだ。


 長いものには巻かれろ。理不尽でも頭を下げて事が終わるなら、

 事を大仰にするべきではない。

 学部生ならまだしも、大学院生は将来を教員陣に握られている。

 いくらその罪を訴えても、一時的なカタルシスが得られるだけ。

 訴えられるような人間はそもそも倫理規定など守る気すらない。

 勝手な言い分をでっちあげて、その学生を学界から追い出すだけだ。

 全てその学生に罪を圧しつけて。大学側も面倒事を起こす学生の追放には

 協力的だ。だから処世術として野坂は、保身を勧めてきた。

 学生の気持ちに寄り添う努力はした。でも上手くやれない人間が悪いと

 心の片隅で思っていた。実際あくまでそれに応じない者は皆大学を去る

 しかなかった。それは間違いではなかったと今でも思う。処世術は社会に

 出ても重要なこと。

 

 それでも山瀬の顔を見るたびに、己の無力さに腹が立つ。

 本当は怒鳴りつけてやりたいほどなのに。

 でも一番許せないのは、こんなに許せないのに愛想笑いをして

 その場をやり過ごして保身を図っている野坂自身。

 フラストレーションは汚泥となりその域を拡大して、

 野坂は身動きが取れなかった。



1

 

  客が持ち込んだ緊張感のある話題に、心底疲弊した朋谷は、

  彼らの帰宅により漸く人心地がついた。

  ソファーに座った姿勢から、そのまま横向けに倒れ込み、

  目を閉じる。

  最近寝つきが悪いせいか、数分横になっただけで、もう意識が

  遠のいていく。ベッドに戻るのも億劫で、朋谷はしばしの仮眠を

  取ることにした。


  「苦しい。息が。薬を」


  そこは5年前の研究室。

  死んだはずの土岐等が、自分の席で胸を押さえ苦しんでいる。

  発作を起こしたようだ。

  それを朋谷は少し離れた場所から見ている。

  土岐等の周囲には、少し若い佐々木と小田切がいる。

  奴らは指をさして何がおかしいのか、土岐等の苦しむ様を嗤っている。

  

  (ああ確かに昔、こんなことがあった)


  これは夢だとすぐに朋谷は分かった。

  先程、あんな話をしていたから、その影響が夢に出たのだろう。

  こいつらはこの悪行のせいで、将来命をもって償うことになる。

  愚かなことだ。


  朋谷は土岐等に、かばんのどこに薬が入っているのかを聞きだし、

  素直に薬を渡す。それが気に入らないのか、二人は今の内に研究

  データを盗ってしまえとけしかける。


  本当の朋谷は、多分言われた通りに嫌がらせに加担していた。

  細かくは覚えていないが、当時の自分に「断る」という選択肢は

  なかった。でも未来を知っている今、こんな危険な選択はできない。

  それにこんな奴らに利用されるの馬鹿らしいことに、気付いたのだ。

  どうせいざとなったら自分を売るのだ。

  どうして忠義立てる必要があろう?

  

  「嫌だ。断る。お前たちがどうなろうと知ったことじゃないが、

   こっちまで巻き込まないでくれ」


  毅然と言い放つ朋谷に、二人は目を丸くする。

  もともと理不尽な要求なのだ。

  正論をかざされると、一気に萎んでしまう。


  くるりとドアに踵を返すと、肩に手を乗せる者がいる。

 

  「自分だけ逃れられると思うなよ」


  こいつの顔は……。

  

  

  ピンポーン。ピンポーン。

  玄関ブザーが一定間隔で鳴るで、目が覚める。

  時計を見ると三十分ほど針が進んでいた。

  

  ピンポーン。

   

  またもブザーが鳴った。

  もう夜も遅い。一体誰だと、眠気が冷めぬままに、玄関の

  インターホンに出る。


 「すみません、忘れ物をしてしまって。ちょっと宜しいですか?」


  モニターに映しだされたのは、野坂だった。

  必要な言葉は交わしたし、もう相まみえることもないだろう相手。

  忘れ物をしたならば、確かに返す機会はない。


 「何か分かれば持って行きますけれど?」


 「薬です。ちいさなケースに入った。ソファーのところにあると思います。

  すみませんが、お水ももってきて頂けますか。薬さえ飲めば直ぐ良く

  なるんですけれど……」


  言われてみれば、どことなく体調の悪そうな声だ。

  朋谷が持って行った方が楽だろう。

  ついでに薬を飲む為に水を持って行った方が良いだろう。


 「分かりました。じゃ、そこで待っていて」


  数分後降りてきた朋谷は、オートロックの扉を開けると、

  野坂の姿は見られなかった。

  呼びだしておいて、どういうことだ?

  眠い目を擦りながら、周囲を見回すと、野坂は駐車場にある

  軽自動車の中で眠っている。


 (先程は具合が悪そうだったが、まさか)


  急いで野坂の眠っている運転席側の窓を叩くが、起きない。

   

  携帯電話番号も知らないので、電話で起こすわけにもいかない。

  良く見ると助手席側だけロックがしていないので、そこを開けて

  起こすことにした。朋谷は助手席に乗り込み、持って来たペット

  ボトルの水を分けようとする。


 「大丈夫ですか、野坂さん?お薬。持って来ましたよ」


  膝だけ乗り出しても、まだ起きない。

  朋谷は、より運転席に近い場所の方へ座り直す。

  薬とペットボトル左手に持ち直して、右手で野坂の肩を揺する。


 「野坂さん!大丈夫ですか?」

 

  カチ。

 

  いきなり全部ドア・ロックされた。


  何が何だか分からない朋谷が狼狽えていると、急に起きた野坂が

  車を急発進させる。慌てて朋谷が尋ねる。

 

 「ちょっとどこ行くんですか?」


 「まだ分からないのか?」


  後部座席からの声と、首にスタンガンを押しつけられたのは同時だった。


 「これが最後のドライブだ。楽しみだだな」



2


 目が覚めた時には、全てが終わっていた。

 誰もいない車内。

 先程までいたはずの朋谷も、後ろの男も。

 そっと後部座席を確認するが、誰もいない。


 トランクに潜んでいる男が頭を掠めたが、

 それを確かめる勇気は、野坂にはなかった。


 最後に思い出せる光景は-。

 横で震えている朋谷。

 左腕で羽交い締めする後ろの男が握るスタンガン。


 そして―指定された場所に辿り着いた途端に、

 電気の弾ける音と共に、訪れた強い衝撃をくらった。

 同時に訪れた暗転。


 正直何が起こっているのか、知るのが怖い。

 怖々周囲を見回すが、やはり先程と変わらぬ郊外の

 墓地だった。

 冷静に考えれば、運転席に野坂が眠りこけているのだから、

 移動していないのは当たり前だが。


 急いで110番をしようと携帯を探すが、どこにもない。

 抜かりなく取られてしまったようだ。

 祈るようにカーライトを使って、車のキーを探すと幸い

 エンジンに刺さっていた。

 再度車のロックを確かめて、野坂はゆっくりと車を動かす。


 フロントライトが照らし出したのは、

 意識が無くなる前と同じ場所-車は墓地を見下ろす

 小高い丘の上に駐車してあった。

 自然と墓地を見下ろす格好になる。


 朋谷を探すが、深夜に差し掛かっている時間帯のこと。

 周囲に街灯なんて気の利いた物はなく、様子はほとんど分からない。

 薄くつけたヘッドライトだけが、ぼんやりと前を照らす。

 丘と斜面の下にある国道とをつなぐのは、一本の舗装していない小道のみ。

 両側にガードレールもない小道だから急いでいても、慎重に前進する。

 ここで車が側溝にでも落ちたら、何の意味もない。


 車の斜め前ら辺にある林で、何かが影が動いた気配がした。


 ライトが届かなくて、良くは見えない。

 道幅は車二台がやっと通れるもの。まだ右に幅はある。

 車を少しだけ右側に傾けると、ライトはそれを照らしだした。

 宙に浮くヒトの体だった。

 着衣から直ぐに朋谷と分かった。

 首はダランと垂れ下がり、目に光はない。

 

 野坂は次の瞬間、絶叫しながらアクセルを思い切り踏み込んだ。

 とにかく前だけを見て運転した。

 やっと人家の灯りが見えるところまで来ても、鼓動は治まらず、

 独りでいることがとにかく恐ろしくて、ひたすら灯りを目指す。


 レストランの立ち並ぶ国道沿いまで来て、野坂は漸く少し落ち着いた。

 大きめのファミリー・レストランに車を停め、公衆電話の場所を聞く。

 そのレストランには電話が設置されていたので、通報した。

 恐怖と興奮で落ち着かない気持ちをを押し殺して、第一発見者としての

 証言や、調書を取るのに付き合っていると、すっかり明け方になって

 しまった。

 

 翌朝‐やっとのことで解放された野坂は、朋谷が亡くなったことを

 再認識した野坂は怖れと焦燥で、とても自宅に帰る気にはなれなかった。

 そこで費用はかかるが、ビジネス・ホテルに宿を取り、部屋に着くなり

 待ちきれないというようにベッドに飛び込み、横になる。

 

 でも一番恐ろしかったのは、男が知った顔だということだった。



3


  ホテルの薄いベッドマットに横たわっても、

 興奮しているのか目が覚めてなかなか眠れない。


 寝返りを打っていると、警察署で調書を取っていた時ことを思い出した。

 

 警察と共に再度現場に戻った野坂は、

 朋谷が縄を木にかけて、首を吊っているのを確認した。

 大木にかけた丈夫なロープで首を括り、足元には台代わりの

 古い木箱が転がっている。

 

 今日会ったばかりの人間が、夜には遺体で発見される。

 野坂は衝撃がまた

 遺体の状態はもちろん、朋谷が限りなく他殺なのではと直感したからだ。

 

「協力者」がターゲットにした人間が、次々に不幸に見舞われ、

 命を落として行く。野坂も何のおとがめもなくのうのうと生きている

 ターゲットたちを忸怩たる思いで見てたのだから、

 その転落に胸がすく思いがしていた。

 しかし良心が咎めて自ら死を選んだのではなく、殺されたのだとしたら。

 話は違ってくる。


 小田切は山で毒草を煎じた茶を誤飲したことによる自殺。

 佐々木は崖からの転落死。

 そして朋谷は首吊り自殺。


 野坂は、知らずにとんでもない罪を背負わされているのではないか。

 協力自体、罪深いものではないか。

 自分の行動を省みて、恐ろしくなり、顔面が蒼白になる。

 警官は怯える野坂を、遺体を発見したショックだと解釈し、

 気遣いながら、調書を書いてくれた。


 小田切と佐々木は、それぞれ自殺をしてもおかしくないような

 理由を持っていた。だからこそ野坂もその結末に納得をした。 

 それでは朋谷はどうか?

 確かに朋谷はハラスメント加害者として、処分されている。

 だがそれを理由に自殺するだろうか。

 

「遺体を発見した経緯を教えて頂けますか?」


 当然の質問だった。


 野坂が目覚めた時に居たのは、郊外にある古い墓地の駐車場。

 郊外とはいえ、交通の便が悪く、人家からも距離がある。

 街から墓地に通じる車道は狭く、その先は山に繋がり、林業関係者

 くらいしか利用しない。その為街灯も道沿いに二本あるだけで、夜に警察

と実況見聞に付き添った時には、墓地全体が暗闇に閉ざされていた。

普通なら地元の人間でも、あんな時間に近づくことなどあり得ない。

不審に思われても仕方がない。


しかし後部座席の男の顔を思い出すと……。


中々口火を切らない野坂を、警察官がゆっくりでいいからと励ます。

出されたお茶を飲んで少し落ち着いた野坂は、机の木目を数えるように

下向きのまま口を開いた。


「実は……」


 



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