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「そろそろ奥さんも怒りだすころじゃないの?」

 

 珍しく佐々木が、人の家庭に気を回す。


「気にしないでくれ。それよりも、早くあの男を見つけないと……」


 その日も小田切は、佐々木と共に元営業マンを探して、唯一の

 手がかりであるスーパーの駐車場で張り込みをしていた。

 小田切は手にしている名刺を眺めるが、そこには会社の所在地と

 電話番号、そして「菜取晴人」と名前が書いてあるだけ。

 やはり手掛かりが少なすぎる。


 大学との取引を生業とする業者の営業マンであった彼は、

 その融通の利かなさから、小田切のクレームによって解雇されてしまった。

 小田切を怨むには十分な理由を持つ男である。

 同時に、不正取引の内情を知る人間でもある。

   

 不審な手紙を受け取ったのが二週間前。


 5年前の事件をSNSに晒すなど、到底受け入れられない小田切は、

 相手がゆすりのネタとしている、不正経理の証拠を握りつぶそうと

 画策している。


 気弱だった営業マンは、杓子定規が故に、上手く小田切に便宜を

 図ることができなかった。彼が首を切られる可能性があることを

 承知の上で引導を渡したのは、確かに小田切だ。

 便宜の図り方が要領悪くて、本社の方にクレームを入れた。


 前任者と違って、こちらの意をくむのが下手な男だった。

 要領が悪い割に妙な正義感があるのも、こちらの痛む胸を見透かしている

 ようで、腹ただしさが増した。


 不正経理が露見すれば、業者にも税金の関係上、何らかの

 制裁が下されるはず。

 証拠の隠滅はたやすいと思っていた。

 

 だが一度大学側に申告したものを取り消すことは出来ない上に、

 業者側が言うには手元にある書類の改ざんは可能だが、

 もし元社員がコピーやスキャンしていたら、それはもう手の

 施しようが無いと言われた。

 例え追求されてもあくまで担当者が独断でやったことと、しらをきる

 つもりなのが透けて見えた。


 顧客に向かってその態度は何かと言うと、新たな担当者は言った。

 最近は不正経理に対する目も厳しくなってきた。

 リスクを負ってまでも大学側に恭順を示すか、不正は絶対に

 手を貸さないという方針の、どちらに組するかを明確にするべき

 だと議題にあがったと。

 業者としても不正経理に加担していたと言う評判はマイナスに

 なりうるのだ。

 世の中、金に貪欲な者ばかりではない。リスクよりも安定を求める

 人間の方がはるかに多いのだ。


 新たな社の方針は、きっぱりと不正経理から手を引く路線。

 会社のイメージダウンをさせるわけにはいかない。新たな担当者は、

 過去の経緯を全て知った上で、今後は以前のような便宜は図れないと

 低姿勢ながらも、はっきりと宣告した。

 

 その目が自分を蔑んでいるようで、気に入らない。

 前任者は不服を言いながらも便宜を図ろうと努力はした分、

 可愛げがある。

 そこで思い出したのが、前任者の言っていた、最後の言葉。

 

 「先生のうちの近くのスーパー、僕の実家の近くにあるんですよ。

  よく利用しています」

 

 それはしっかり覚えている。


 だからこそ小田切は毎日のように、特段用事もないのに、

 そのスーパーに立ち寄っている。郊外型の大きなスーパーで、

 駐車場にも何百台も車を駐車することが出来る。

 車内で入口を監視するのが、最近の日課となって来た。


 以前送られてきた不正経理の証拠。

 明らかに原本をコピーしたものだった。

 業者が自身で自分の不正を暴露することはありえない。

 やはりその業者が持っていると考えるのが、自然だ。


 佐々木も名を上げられ、故意でなかったせよ、いつ捕まるのか

 分からない状態で、何とか前任者に告発だけはやめさせてもらうため、

 付き添っている。弁明したいことが一杯あるのだろう。


 5年前のハラスメント事件にも二人とも関わっているので、最終的には

 それを暴露されてもいいのではと相談したりもしている。

 もちろん佐々木は常にその暴露だけは反対している。

 今でも自分が悪いとはみじんも考えていないと、明言している。


 ともあれ2つの用事が交錯して、二人はここ最近ほぼ毎日のように、

 共に行動していた。


 プロジェクトの実験を形だけ進めては、小田切は佐々木と毎日不正経理

 の証拠を持って逃げた元営業社員を探しまわった。もう離職したので、

 会社に行っても、会うことは叶わない。

 人事に行っても、プライバシーを理由に、実家の住所までは

 教えてもらえない。

 今二人に残された証拠は、最後の言葉。

 実家住まいで、最寄りのスーパーが同じであること。

 それに全てを賭けるしかない。

 何がなんでも元営業マンを見つけて説得する必要がある。


  大学での仕事は遅くても6時には終わる。

  その後の時間を捜索に当てた。小田切宅の近所であるし、帰宅には

  それほど困らない。稀に近所の顔見知りの人に会い、好奇の眼差しを

 向けられたりもしたが、 気にしている場合ではない。


 不正経理の容疑が成立してしまえば、刑事罰を受けてしまう。

 二人とも必死だった。


 だからこそ終業後の為、共に外食をしたり、スーパー近くで

 近隣の住民に目撃されるというような外聞の悪いことにも、

 耐えているのだ。

 全ては逮捕を免れ、平穏な家内安全を実現する為。

 

 それなのにー。


 小田切の意志に逆らうかのように、妻は小田切の過去の罪を責めるような

 言動ばかりする。加えて、娘の望への態度も気にかかる。

 一人目の子どもの時の疑惑が再度持ち上がる。

 そんな自身の行動を省みず、最近では佐々木との浮気までをも示唆

 してくる妻には愛情が冷えつつある。

 こちらの意志も分からずに、ただ自分の意思を押しつける様子に

 小田切自身も限界だった。


 こうなる要因は前から燻っていたと、妻は言う。

 小田切は全く理解できない。

 一人目の子どもが亡くなったのも。

 最近の怪異も。

 自分はいつだって被害者だったのに。

 別居が決まってなお、小田切は分からない。

 妻が変わってしまった理由が。



4


 その日、加奈は塾に勤務している間、望を義両親の実家に預けていた。
 保育園からは不審なことは何も起きていないと聞かされているが、
 それでも油断はできない。
 小田切と別居する直前まで、変事は続いたのだ。

 
小田切が加奈を疑うように、加奈も小田切の人間性を疑っている。
 望を会わせるときは、必ず義両親も同席している時間にしか会わせて
 来なかった。

 小田切は自分を否定する加奈に、会おうとはしない。 
 だから義両親宅で、小田切が加奈と会う為には、加奈は席を外さないと
 いけない。
 会いたいなら、本来小田切が折れるべきなのだが、そこら辺は望の
 気持ちを尊重した。

 授業が終わり、講師室で一息つく。
 コーヒーを飲んでいると、携帯のバイブが鳴り、
 PCメールを受信する。
 加奈はPCメールも携帯に転送する設定にしているので、
 セールスメールも合わせて、頻繁に鳴り響く。
 またセールスかとうんざりしながらチェックすると、
 小田切からだった。

 『望はこのまま引き取る』

 
こんなのは小田切らしくない。
 少し調べれば、例え親権者でも別居中の相手の元に居る子どもを
 無断で連れ去れば犯罪になることくらい分かるはずだ。
 それほどまでに追い詰めてしまったのか。

 すぐに小田切の携帯に、電話をかける。

 「どういうこと? 望をあなたが引き取るって?」

 「……今まで望と十分一緒に居ただろう。母親だからと言って、
  勝手に望を連れて行ったが、虐待される可能性を考えてこちらで
  預かることにした」

 「そんな!勝手にそんなことをしないで!これからのことは
  話しあいで決めることにしたでしょう!」

 「とにかくこちらで預かる。居場所は分かっているのだから、
  面会くらいは許可してやる。それじゃあ」

 一方的に話し終えると、小田切は電話を切ってしまった。

 義実家に預けるときに、その不安が皆無だった訳ではない。
 万が一に備えてネットで調べもした。
 
 強引な子どもとの同居は、裁判の心証が悪くなる。
 それでも年数が経過すれば、養育実績となり、親権を争う時に
 不利になる可能性が無きにしも非ず。
 
 確かそう書いてあったはず。
 だとすると……。
 
 (みすみす見逃すと、絶対に後悔することになる!)

 頭よりも体が動いた。

 
 加奈は荷物を持って、ヒールの踵が痛むのも構わず
 車に向かって走りだした。
 

5


 その日小田切は少し緊張していた。
 望を加奈から、引き離す。
 その為には多少強引な手も必要だった、
 
 加奈は二人きりでは会わせてもらえないが、両親と同席なら
 許可してくれる。そこをついて、望を連れだし、そのまま
 こちらに引き戻す計画だ。養育実績を創り出す為なら、多少の
 強引な手段も辞さない構えだ。大事な娘が虐待されるかもしれない。
 そう考えればこれは緊急避難的措置とも言える。

 居場所を伝えれば、大事にはならないはず。
 
 おそらく怒った加奈から、電話がかかってくるだろう。
 煩わしいが、ここできちんと話をつけないと誘拐罪に問われかねない。
 緊張感を漂わせながら仕事をするが、なかなか捗らない。
 
 ルルルルルル。
 
 予想通り電話がかかってくる。
 出てみると、案の定加奈からだった。
 あらかじめ考えておいた科白を伝えると、すぐに電話を切る。
 通話を終えると、今までの寂しかった気持ちが少しだけ晴れた
 気がした。

 そろそろ両親が、望をこちら側に引き取ったことを知らせてくれる頃。
 望を長女の二の舞にはさせない。

 ルルルルルル。

 携帯の着信音が鳴り響き、小田切は待ってましたと画面を
 確認する。
 相手はやはり両親からだった。 
 望を車に乗せて、ひとまず小田切の祖母の住む家へ連れて行く
 計画だったから、その報告だろう。
 望を祖母宅まで移動させたら、連絡をもらう約束だった。
 まずは第一段階はクリアしたなと、ほっとしながら受話ボタンを押す。
 
 「大変なの。ごめんなさい。私が買い物しようとしたばかりに……」

 慌てふためく母の声。
 状況が分からない。
 受話器の向こうから、父が「俺が代わりに話すよ」と母に話す声がする。
 
 「一体どうしたんだよ?」

 「落ち着いて聞いてくれ。望がいなくなったんだ。ちょっと
  目を話した隙に……」

 父は望がいつ、どこでいなくなったのか説明していたが、もう
 小田切の耳には入らない。
 
 望がいなくなった‐。

 「しっかりしろ。ショックを受けている場合じゃない」

 はっと気が付き、小田切は焦る頭をフル回転させて、父親の
 説明を聞いた。

 車で移動している途中、スーパーで買い物をしている間に
 望を車内に残しておいたら、帰ってきたらいなくなっていたと。
 母親が泣きながら言った。
 駐車場には防犯カメラが設置されていなかったので、犯人は分からない。
 
 「加奈には望をこちらで預かるって連絡したのか?」

 「いや。おふくろの家についてからという約束だったからな」

 「じゃあ、加奈じゃないな。こんなことをしても意味がない」

 「警察に通報する。望に万一のことがあったらいけない」

 「……」

 だが本当にそれでいいのか。
 警察で詳しく事情を聞くことになったら、当然加奈が出てくる。
 そうしたら望を強引に引き取ろうとしたことが、ばれてしまう。
 それに今までの経緯から考えて、こんなことをする犯人には大方
 目星がついている。
 
 (こんなことをするのは、あいつしかいない……)

 小田切は、心当たりがあるからと、父親に決して警察には通報しない
 ように念を押すと、研究室を飛び出した。
 
 

6


 父親からの電話の後、小田切は心当たりの場所を必死で車で回った。
 これがあの脅迫者のやったことなら、望は何をされるのか分かった
 ものではない。
 
 (やっぱり加奈に手伝ってもらうか……)

 携帯電話を持ち、加奈の番号を呼び出す。
 いざ通話ボタンを押そうとすると、最後に加奈が自分を罵倒した
 科白が再現される。

 「駄目だ。自分で解決しないと、本当に望は……」

 携帯の蓋を閉じる。
 電話をかけるために停車したコンビニの駐車上で、ハンドルに
 頭を預け、最善の策を考える。
 今まで要領良く世を渡って来た頭脳は、こんな時全く役に立たない。
 苛々してダッシュボードを拳で叩く。

 ルルルルル。

 小田切の脳内を見透かしたかのように、加奈からの電話だった。
 
電話に出る小田切。
 だが
相手は聞いたことのない声の、男……だと思った。

 (どういうことだ?)

 

 ボイスチェンジャーを使用しているのか、機械的な声だ。

 相手の生の声は分からない。

 だが加奈の携帯電話を使用しているのなら、加奈と関係の深い

 人物なのだろうか。

 小田切の困惑を余所に、相手は話を続ける。


 「あなたが警告を無視するからですよ。娘さんを預かりました。

  返して欲しければ、要求を飲みなさい」

  

  ボイスチェンジャーで声を変えているが、話し方の特徴で何かヒントに

 なることはないか。小田切は必死で、相手の正体を掴もうと試みる。

 その間にも男は、淡々と要求内容を告げる。

 

 「こちらの質問に全て、嘘偽りなく答えること」


 要求自体はシンプルな内容だ。

 それでも相手の正体分からないのに要求を飲むことで、どんな

 不利益が降りかかるのか知れたものではない。

 小田切は返事を渋った。


 「拒否すれば大事な娘を失う。娘の命はそちらの回答次第。

  要求を飲まななら、あなたが殺したのと同じこと。後悔する

  ことになりますよ」


 相手は尚も強要する。

 口調は落ち着いたものだが、今まで何のリアクションも起こして

 こなかった小田切に苛立っているのだろう。


 「……」

 

 言ってしまったらこれから続く自分の人生はどうなる?

  今罪を認めてしまえば、男が今後どんな攻撃材料に仕立ててくるか

  分かったものではない。

 ここまで来ても小田切には迷いがあった。

 

 「子どを見殺しにするんですね。可哀そうに親に見殺しに

  されるとは。あなたは今までそうやって他人を見殺しに

  してきたから、今更何とも思わないのでしょうが」


  男は待ちきれないのか、苛々とした感情を隠そうともしない。


   「せいぜい後悔するがいい」


  男は埒が明かないと判断したのか、会話を切り上げることにしたようだ。

 

  「待ってくれ!」


  ここまで来て、やっと小田切は決心がついた。

  このままでは本当に望は殺されてしまう。

  実感して、目が覚めた。


 「頼む。望は関係ない。そちらの要求を聞こう。だから望だけは」

 


7

 
  小田切が要求を飲む意思表示をすると、男は自分の質問に嘘偽りなく全て
 答えるよう再確認する。相手はかなり慎重に物事を進めるようだ。

 
小田切が承諾すると、何かボタンを押す音がした。
 録音しているのだろう。

 何に使われるのか、用途が分からない不安が再び湧きあがるも、

 小田切はともかく必死だった。


 「5年前に土岐等あかりという大学院生が、山瀬研究室で嫌がらせに

  あっていたのは本当か?」


 「……はい」

 

 「どんな嫌がらせをしていた?」


 「研究室の仕事を押し付けたり、変わった所がある人だったのでそれを

  からかうこともしていました。今では悪いことをしたと反省して……」


 「言い訳はいい」


  不機嫌丸出しの男の声に、ヒッと小田切は息を詰める。

  例え回答したとしても、男が機嫌を損ねて望に危害を加えてしまったら

  本末転倒だ。小田切は回答するだけでなく、答え方にも気を付ける

  必要があることを理解した。


 「嫌がらせの一つとして、土岐等さんに研究室内業務を過剰に押しつけ

   たということですね?」


  次の質問では、すぐに前の淡々とした口調に戻る。

 小田切は少しほっとした。


 「はい……」


 「それでは研究成果を承諾もなしに奪ったことは、ありましたか?」


 「そんなことは……!」


 「ありましたか?」


  小田切は以前研究室に送られてきた、当時のハラスメントに関する

  資料を思い出した。あれを送りつけてきたのが、この男だとすると

   つまらない嘘は危険な状況を招くだけだ。

   相手は全て知っていて確認をしているだけだ。

  小田切は、相手の威圧的な口調に、素直に答える。


 「はい」


 「誰に命じられたのですか?」


 「……僕の独断でやりました」


 この会話がどう使われるのか分からない以上、勝手に人を

 巻き込む訳にはいかない。常に小田切は将来を考えて行動

 するのだ。


 「……嘘は吐くなと言ったはず。もう一度だけ聞く。土岐等さんの

  実験資料を取り上げるよう指示した人がいるのではないですか?」


 「いいえ。僕が。僕だけがやりました」


  求めていたのとは異なる回答で、男は苛立っていたようだが、

 小田切が自分の罪を認めたことで、良しとしてくれたようだ。


 「……まあいいでしょう。では土岐等さんをからかったと

  言いましたが、具体的にどうからかったんですか? 嫌がるような

  ことを故意に言っていたのですか? それとも無視をしていたの

   ですか?」


 「僕は……言っていません。ただ知っていて見て見ぬふりをしていました」


 「土岐等さんから話しかけられた時は、どうしていたのですか?」


 「……聞こえないふりをしました」


 「つまり助けを求められても無視していた傍観者と言う訳ですね? 

  それ以外にしたことは、ありますか?」

 

 「ない。ありません」


 「これらの事項はアカデミック・ハラスメントに該当します。

  事実土岐等さんは生前何度もハラスメント相談室に訴えています。

  それについて自分達のしたことについてどう思いますか?」


 「……土岐等さんがそこまで追い詰められていたとは知りませんでした。

  少し悪ふざけをしただけのつもりだったんです」


 「今更それで済むと思っているのか?」


 突然生の男の声が聞こえて、小田切の身が竦む。


 「人が一人殺されているんだ。お前らにな」


  恐怖で口を噤んでいると、男は前の口調に戻った。


 「佐々木芽生は、何をしたんですか?」


 「仕事を押し付けたりするのは、私と同じです。土岐等さんとは

  同級生でしたが、サバサバした人なので直接注意することも

  ありました。捉え方によっては、きつく聞こえたのかもしれません」


 「注意と言うと、土岐等さんに非があったかのように聞こえますね。

  そうではないでしょう。どんな場面でどんな注意をしたのか、具体例を

  出してください」


 「土岐等さんが病気を理由に欠席した時に、『怠けるなら大学を

  辞めろ』と言っていたのは聞いたことがあります。彼女なりに発破を

   賭けていたのでしょうが、人によってはきつく聞こえます」


 「土岐等さんが心臓発作の持病を持っていたのは、皆知っていた

   はずですよね。それなのにどうしてそんな酷なことをあえて言うん

   ですか?」


 「それは……病気を理由に甘えないようにと言う配慮でしょう。

   あまりに欠席が続くと、皆にも迷惑で悪印象を持たれますから」


 「ですが私の記録によりますと、土岐等さんが休んだことは一学期に

  二回程です。多いとは言えませんね。それにそんなことを言いながらも

  あなたたちは仕事も押し付けている。試しにこの佐々木さんと土岐等

  さんの仕事量の違いを比べてみました。完全に佐々木さんの方が休み

  が多いですよね。言う資格はないと思いますが……」


 「それは僕には……何とも」

 

 「少なくとも土岐等さんは入学時に、自分の病気の事を公表しています。

  しかもそれを利用して特別扱いを申し出たことは一度もないはず。

   他にも病気を理由にして、嫌がらせをしていたのですか?」


 「特には……ないはずです」


 「薬を隠したりとかは?」


 「そんなことは絶対にしません!」


 ここで相手はしばらく思案しているような間が入った。

 数分の間に続いて、質問を続ける。


 「それでは土岐等さんが学内で、薬がないが為に緊急状態に陥ったのは、

  他の人が薬を盗んだと言うことで宜しいですね? 状況からして

   明らかに研究室内の者の仕業としか思えないのですが」


 「それは土岐等さんが偶々持っていなかったのではないですか?」


 「それはありえません。証拠もあります。研究室に行く直前まで持って

  いた物が、気絶する直前になくなっている。おかしいですよね?」


 「本当に知りません……」


 「本当ですね?あとから知っているというのは、許さない」


 許さないの一言に力が篭り、小田切は見が竦む。

 時折私情が入るのか、くずれる敬語が妙に凄みを感じる。


 「本当に知らないんです」


 「それがどうして芹沢さん一人の責任になったんでしょう?自分から

  名乗りを上げるべきですよね?  自分と同じ研究室の仲間が一人だけ

   責任を押し付けられて何とも思わなかったんですか?」


 「悪いとは思いましたが、自分から名乗りを上げる勇気があり

   ませんでした。芹沢君も退学処分になると言う噂を聞いて尚更

   無理でした」


 「彼はそれを苦に自殺したわけですが、それに関してはなんとも

  思わなかったのですか?」


 「怖かったです。反省もしてます。でも自分も処分されるのではと

  怖くて出来ませんでした」

 

 「芹沢さんが自殺したのは、退学処分を受けて3か月後。ご家族は

  すっかり芹沢さんが一方的に大学に迷惑をかけていたと信じ込んでいた

  わけですが、どうやってあなたたちは自殺の事実を知ったのですか?」


 「警察の方から自殺の原因に関する聞きこみがあったので。

  ……それで僕らも罪悪感もあって、お焼香に」


 「それでは自殺現場は見てなかったということですよね?」


 「それは当然……」


 「ではどうしてあなたは手鏡の存在を知っていたんですか?」


 「……」


 「手鏡の写真を見た時に、慌てて佐々木さんに電話をかけました

  よね? 自殺現場にいなければ分からないことだ。

  あの手鏡は、芹沢さんの自殺現場にあったのだから。

  ここから大分離れた海を運航するフェリーに、あなたたちの

  内の誰かが、偶然乗り合わせたとでも言いますか?それとも

  警察が到着する前に、芹沢さん宅へ行って見たことがあると

   でも言うのですか?」


 「知らない」


 「苦しいわけだな。それならその続きは警察で聞こうか?」

 

 「じゃあどうして警察に今娘が誘拐されたことを通報しない?

  昔のことがばれるからじゃないのか?」


 「違う」


 「山瀬は関わっていないのか?指導教官がまったくこの事件を

  知らないということは ありえない。芹沢さんは山瀬を庇って

   自分だけ切り捨てられたのではないか?」


 「……」


 「答えなさい。さもないと娘が」


 「……僕と、芹沢君、佐々木さんがしたことだ。先生も、それ以外の

  人間も関係ない」


 小田切はこの電話すら録音されている危険性を考えた。

 もし小田切が予想している人間が犯人だとするなら、とうに

 答えは知っているはずだ。それでもあえて答えを導こうとしている。

 それなら目的は証拠集めだ。


 (その手にはのるか……!)


 「いない。僕と佐々木君二人だけだ」


 ここで一旦カチッと音がして、男が言った。


 「いいだろう。娘は旧劇薬物保管庫だ」


 そこで電話は切れた。

 問いに答えるので精一杯で、結局相手が誰なのかは分からなかった。


 このまま彼は望を返してくれるのか。

 不安が募るが小田切には信じるしか道はない。

 小田切は大学へ向けて、車を飛ばした。

 



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