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  佐々木が優奈に対して理不尽なまでに厳しく当たってくる。

  いろいろ理由を付けてくるが、一貫性がなく優奈に八つ当たりをして

  鬱憤を晴らすことが目的としか思えない。


  社会に出たらそういうこともあるだろうと我慢していたが、

  ゼミ学生まで便乗してくるようになり、優奈の気は重くなるばかり

  だった。


  佐々木は事あるごとに優奈を引き合いに出しては嘲笑したり、義務では

  ない労働を押しつけたりしている。かわいらしい声音で、明るめのトーンで

  言っているので、それほど深刻な雰囲気にはならないが、

  本人的にはかなり堪える。

  その落ち込んでいる姿を見て、また「これくらいのことで落ち込む

  なんて」と追い打ちをかけてくる。

  見かねた一部の良心的な学部学生がやると申し出ても、

  これも仕事内容の一部だと言い張って、やらせる。

 

 「いくら入学したばかりと言っても、こんな簡単な質問にも答えられない

  ようだとゼミの運営に支障を来すんだけれど。さすが学部の入学試験では

  入れなかっただけあるわね」


  授業終了後、学部生が帰って行ったのを見計らって、佐々木はいつもの

  ように決定的に底意地の悪いことは学部生に聞こえないように、

  細心の注意を払って優奈にだけ聞こえるように言う。

  アカハラに厳しくなってきた昨今、やり過ぎると第三者に証拠として

  言われてしまうことを理解しての行動だ。


 「ちゃんと授業内容に関する質問には答えています。勉強不足は

  謝りますが、答えられないのは授業と関係の無い質問ばかり

  じゃないですか。学部生の前で馬鹿にするのは止めてください。

  それこそ授業の雰囲気が悪くなりますから」

 
  この言葉が佐々木の
気に触った。
  いつもなら黙って何も言い返せないのに。生意気だ。
  優奈も一度ははっきり言うべきことだと思っていたので、思い切って
  言ってはみたものの、その後の佐々木の反応に戦々恐々とした。


 「そんなに文句があるなら、バイト辞めれば?」


  辞められるものならとっくに辞めている。

  そもそも佐々木自らが、優奈を任命したのではないか。

  一旦は気に入ったが、宛てが外れたと落胆させたのだろうか。

  優奈には、佐々木の考えていることがさっぱり理解できない。

  それに一旦手続きをしてしまった以上、契約終了の一学期間は

  辞められない。

    

 「規約で辞められないんです。能力不足というのなら、事前に勉強する

  べき内容を教えてください。」


  常よりも口数が多いのも腹がたった。

  持っていたペンを、思い切り優奈に向かって投げつける。


 「質問を予測して勉強するのもゼミの勉強の一つなの。あえて勉強させて

  あげているのに。そんなことも分からないの? ありがたく思って

  欲しいくらいのに、恩を仇で返された気分だわ」


 「毎日指示が違うのも戸惑います。統一してくれないと、理解できません」


 「毎回あなたが違うミスを犯すからでしょ! 特別に教えてあげて

  いるのに。でも、まあこの調子じゃあ、給料分の能力があるとは

  言えないわね。事務にいって今までのあなたの失態を知ってもらう。

  もちろん今の生意気な会話も含めてね。時間が出来そうだし、休学

  して留年したほうがいいんじゃない?」


 「脅す気ですか? お金はともかく能力不足でバイトをクビとなったら

  私の将来にどれほどマイナスになるのか分かって言っているのですか?」


 「クビになりたくなければ文句を言わずに、私の指示に従うのね」


 ここまできて優奈の目が潤み始めた。周囲には人影はいないが、

 廊下の窓の外に同じ研究科の教授が通るのが見える。まずいと判断した

 佐々木はすぐにその場から離れた。

 


14


 「本当に女って怖いな。ああいう二面性のある奴が、一番性質が悪い」


  常川は階段の手すりにもたれかかり、下の階で涙目の優奈に向かって

  話しかけた。まさか常川がいるとは思ってもいなかったので、乱暴な

  仕草で涙をふく。


 「お前の様子がおかしいんで、来てみたんだ」


  恥ずかしいところを見られて気まずいような、心配してくれて

  嬉しいような。とにかく優奈は、常川の顔をまともに見られなかった。

    最近は会ってもあまり話していない。

  疑心暗鬼の優奈が、一方的に距離を取っていた。

  それなのに。

  話すとしゃくり上げそうで黙っていると、常川は了解したのか一人で

  話し始めた。


 「研究室の皆も、お前には同情している。でもなあ、悲しいかな

  院生は将来を握られているから、表立って反抗するのは難しいんだ」


  全院生に平等に迷惑をかけているのであれば、堂々と告発できる。

  だが一人だけ集中攻撃されている場合には、自分がリスクを背負ってまで

  味方になる奴はいないと。


 「ま、俺には関係ないことだ。とことんお前の味方するから覚悟しろ」


  そいうと常川は先程から手に持っていた小さな機械のボタンを押す。

  すると先程までの優奈と佐々木の会話が再生された。

  

  「おっし、ちゃんと録れているな。これハラスメント相談室に

   もっていこうぜ。これで一発アウトだ」


   常川は抜かりなくICレコーダーに録音していたのだ。

   金に飽かせて無駄に高性能なのが、幸いと言うか不幸というか。

   優奈は自分の問題であるにも関わらず、面倒なことになったと

   心配になる。


   学部生と違って、院生はハラスメントが解決したから「はい終わり」

    では済まされない。専攻を変えない限り、ずっと人間関係は続いていく。

    社会人学生の常川にはその辺りの機微が分からないのだろうか。


  「ちょ、常川さん? そんな簡単に……。すごい騒ぎになりますよ。

   最近小田切先生が妙な亡くなり方をしたばかりなのに」


  「そうだな。昔は所属学科で一旦審議してから、全学審議会で再審査

   していたから、もみ消せたけれど今はもう無理だからな。いきなり

   全学審議会へ持っていける。相当な騒ぎになるだろうな。自業自得だ」


  どこか嬉しそうに常川は、レコーダを振り回した。

  優奈はこれから起こるであろう騒ぎを予感して、めまいがした。

  


15


 張り切ってハラスメント相談室へ向かう常川を何とか押しとどめて、

 優奈は考える時間をくれと常川に言った。

 まだ決めていないが、常川と違って優奈は学問の世界で

 生きていくかもしれない。変な恨みはかいたくなかった。


  渋々矛を収めた常川に感謝しつつも、新たな問題にまたもや

 優奈は頭を悩ませる。

 だが気持ちとは関係なく、COEの仕事は待ってはくれない。

 無気力ながら実験を続ける優奈に、珍しく常川が積極的に

 手伝ってくれるのは素直にありがたい。

 おかげで夕方には途中経過報告書の作成が済んだので、

 優奈はそれを持って研究班の中枢である情報処理学科に

 向かった。

 いつもなら嬉しい任務だが、今はこんな憔悴した顔を

 焔に見られたくない。


 (さっと行って、すぐに帰ろう)


 本部になっている研究室をノックすると、焔が顔を出す。

 すぐに受け取り、中身を確認するから座って待っていて欲しいと

 椅子を勧める。


 相変わらず静かな研究室だ。

 皆必要最小限の会話のみで、後はパソコンをカタカタと操作

 する音だけが響いている。


 「大丈夫、OKです。お疲れさまでした」


 にこりと笑うと白い歯がちらりと見える。

 昼間の佐々木との態度の違いに、感極まりそうになる。

 

 「失礼します」


 あからさまに変なタイミングで、研究室を後にする。

 あのままいたら、言わなくてもいいことを話してしまいそうだ。

 

 (でも焔さんなら。別の研究室だし実害はないかも……)


 一瞬思ったが、規模は大きいが同じCOEの一員であることに

 変わりはない。未だに佐々木はCOEに深く関わっている。

 念には念を。とりあえずトイレの個室に入って、

 気持ちが落ち着くのを待った。


 あらかた気持ちが落ち着いたところで、トイレを後にする。

 すると誰もいないと思っていた場所に、焔が立っていた。

 トイレの個室から出てきたばかりの優奈の目は真っ赤で、

 泣いていたことがばればれだ。恥ずかしくて顔を逸らす。


院生にもなって、泣いているところを他人に見られるのは居心地が

悪かった。挨拶もそこそこにその場を去ろうとする。

 

 「何かあったの? とりあえずこっちの休憩室で話そうか」


 焔は共同休憩室に招き、いつものように紅茶を入れる。

 もう夕方も遅い時間であるせいか、誰もいない。


 「はい。何があったか知らないけれど、とりあえずこれを飲んで

  落ち着いて」


 紅茶と一緒に、どこからか茶菓子も出した。

 この前優奈がおいしいと喜んだものだ。

 

 (私の言葉、ちゃんと覚えていてくれたんだな……)


 さりげない心遣いに感心する。

 それでも自分の胸の内を明かすのは怖かった。

 どこでどんな人間関係が繋がっているのか分からない。

 

 「田中さんも、まだ新入生でいろいろ気疲れすることも

  あるんだろうね。そっちで疲れたらいつでもおいで」


 そう言って焔は、クリープを入れたコーヒーをかき回す。

 

 「あ、あの……」


 思い切って言ってみよう。

 そう思ったが、言いかけて優奈は途中でやっぱり思いなおした。

 言ったところで愚痴を話すだけになる。

 他学部である焔にはいかんともできない問題なのだから。

 

 「うん?」


 せっかく聞く気モードになっている焔には悪いが、

 愚痴を聞かせて嫌な思いをさせるだけならと、優奈は言いなおす。


 「……何でもな……」


 「助手の佐々木芽生に、学部ゼミでぼろ糞に嫌がらせを受けています」


 突然後ろから、核心をつく言葉が聞こえて、心臓が跳ね上がる。

 聞き覚えのある声にまさかと思って振り向くと、やはり常川がいた。


 「なんだよ。まどろっこしい。がんがんぶちまけて、あいつを居づらく

  させてやればいいんだよ。向こうだってそうしているんだから、

  お互い様だろ」


 勝手に会話に参加すると、常川は優奈の隣に腰を下ろした。

 焔にコーヒーを持ってくるよう催促する。

 嫌な顔をせずに、素直にコーヒーを用意する焔を見ながら、優奈は

 小声で常川は諫めた。


 「どういうつもりですか?私が悪口を広めているって本人に伝わったら

  どうするんですか!」


 「本当のことだからいいだろ。これは闘いなんだ。戦いの基本は情報戦。

  あいつお前の事自分の都合のいいように、言ってるんだぜ。お前の側

  からも真実を発信すべきだ」


 普通のトーンで返事が返って来る。


 (せめて小声で話して下さいよ……) 


 この人に気付かれたのは、間違いだったと優奈は頭を抱える。

 焔にコーヒーをもらった常川は、それを飲むことでようやく口を

 閉じた。だが焔にすっかり事情を知られてしまい、優奈はいたたまれない。


 「それは聞き捨てなりませんね。佐々木先生と言えば、そちらの学部の

  学生アドバイザーを担当しているはず。本来学生を守るべき人間が、

  そういうことをしているというのは見過ごせません」 


 「そうだったんですか……」


 優奈はまったく知らなかった。

 そういう情報は、実際に自分に問題が起きなければ気にしない情報だ。

 しかしそれが本当だとすると、自分の立場は絶望的なのではないか。

 ますます優奈は落ち込んだ。


 「全くどの面下げてやってるんだって話だ。自分の学部の学生が

  相談に来たら、握りつぶすつもりかよ。まっ、でも今はいきなり

  全学審議会持っていけるんだろ?」

  

 「それが……内部規定にただし書きがあって、全学に持って行くには

  複数の学部にまたがった嫌がらせでないと全学審議会にいきなりもって

  いくことができないんです。ですから同一学科内のハラスメント事案は

  旧態依然と言っていいでしょう。システムは全く変わっていません」


  だから優奈が事例を全学審議会に持って行っても、学部のハラスメント

  相談に差し戻されるのだと、焔が申し訳なさそうに説明した。


  優奈は段々と絶望的な気持ちになる。

  小田切に嫌がらせをしていた犯人の言ったことが本当だとしたら、

  怨む気持ちが良く分かった。


 「で、田中さんはどうしたいんですか?」


  焔が優しく質問する。


 「勝ち目がないなら、我慢します……」


 「そうではなくて、佐々木先生に罰を与えたいのか。それとも

  田中さんへの態度を改めさせるだけでいいのか?」


 「え……?」


 (でも、それだと審議会に話が通ることが前提になるのでは?)


 「両方!」


  常川が元気よく、代わりに答えた。


 「やられっぱなしは、つまらないですよね?」


  いたずらっぽく、焔も笑う。

  

 「でも、どうやって……?」


  絶望的な説明をしたのは焔なのに。

  

 「できますよ。しかるべき手を使えば。ただ田中さんと常川さんの

  協力が必要ですが」


  焔は優奈に、常にICレコーダーを携帯して佐々木の言動を録音

  することを勧めた。常川は研究室内で、佐々木が他の院生と優奈に関して

  話したことを逐一メモする。できれば録音することを約束させる。

  

 「おっしゃ、とことんやってやろうぜ」


 「でも、勝ち目はあるんでしょうか……」


  ここまでやって負けたら、それこそ退学することになるかもしれない。

  

 「大丈夫ですよ。僕も学生アドバイザーですから」


  そう言って、焔はまた笑った。

 


16

 

 CD-ROMが送られてきて以来、矢越の態度が急変した

 会える時間が圧倒的に少なくなった。

 電話やメールへの返信率も格段に下がった。

 

 あのCD-ROMの内容が原因だということは推測できる。

 誤解だと毎日のように「説明」を並び立てるが、

 矢越は全く信じてくれない。


 あの会話は全部小田切や芽生の研究室内で話したことだ。

 あんな個人的な会話がなぜ流出するのか。 

 誰が芽生を陥れようとしているのか。

 小田切にあの音声を取らせた人間に違いない。

 

 ここへ来て真剣に、芽生は犯人を特定しようと考える。

 小田切の考えでは、私怨を持った元業者と年前の事件の関係者が

 手を組んでいると推理していた。

 業者があの事件に拘る理由がない。


 小田切を告発した元業者が告発者として大学に来ていたのを

 幸運にも尾行することが出来て、

 何とか再就職先を突き止めることが出来た。

 

 それ以来もみ消してもらう為に毎日のように店に通うが、
 全く要求を聞いて
くれる気配はない。
 芽生はただ金を落とすだけの、店側にとってのカモ
に成り下がっている。
 5年前の事件についても、彼は殆ど知らないようだ。

 それともあれは演技とでも言うのか。


 不安を増幅するかのように、自宅にまで異変が生じていた。

 最初は電話。音声を機械で変えた、暗い男の声で一言


 「人を一人殺しておいて、自分だけ幸せになれると思っているのか? 

   絶対にさせない。復讐してやる……」


 急いで途中で切った。

 どこか聞き覚えのある声。

 冥土からの伝言のように、冷え切った声。

 

 「誰なの?いい加減にしなさいよおおお!」


 布団を頭から被り絶叫すると、隣の部屋からドンと壁を叩かれた。

 

 家だけでなく、大学にも容赦なくその魔の手は伸びている。   

 芽生の助手就任以降も、大学の学生側の研究室に怪文書が

 不定期に送られてくる。

 

 表面には『山瀬研究室様』と宛名書きされ、中を開けると芽生の宛名

 付きの封筒が更に入っている。直接芽生宛てではないので、学生も

 その度に律儀にその封筒を渡す。その横に、芽生が5年前にしたアカハラ

 の内容をかいつまんで記述してある。

 

 学生はただ黙って封筒を渡し、中も見ていないと言い張っているが、

 見ている可能性の方が高いというのが本当だろう。

 

 大きめの封筒に入っている、要求と脅迫内容だけの芽生宛ての

 小さな封筒。毎回精神的にプレッシャーを与えるためか、

 5年前のアカハラの内容を纏めたものも、芽生宛ての封筒とは

 別に入っていた。

 

 封筒の中身は常に変わらない。

 5年前のあの事件への関与を自ら明らかにして、謝罪せよという要求。

 さもなければ不正経理の更なる証拠を、提出すると脅すのも

 忘れない。


(遺族なの……?)


 怪文書を持ってくるのはいつも同じ学生-田中優奈なので、

 他の学生までもが知っているのかは分からない。

 もし知っているのなら、

 いつ誰が当時の事件を訴求しようと乗り出すのか分かったものではない。 

 不安で苛々が募り、学部のゼミでは自分でもわかる程の八つ当たりを

 してしまう。


 あの怪文書を持ってくるのが、優奈。

 顔を見ると怪文書を連想させてしまう程に。

 だからその学生を否定することで、なんとなく怪文書自体を否定

 できた気になってくる。

 他にも理由はあるが、根本的な解決になる訳が無い事実は変わらない。


 そして今日も矢越はそっけない。

 無視はしない。

 返信率は少ないが、必ず返事はくれる。

 それでもあのCD-ROMについて尋ねられて以来、

 決定的に矢越は変わってしまった。 

  会えない時間は、疑いとあらぬ想像ばかりが膨らむ。


 耐えきれなくて、芽生は他の人間に縋ることにした。

 とても独りでは抱えきれない。

  

 (あの人なら、自分の気持ちを分かってくれるはず。私を不安にさせた

  澄真が悪いだから)


 芽生が携帯を取り出して、呼び出したのは「山瀬」の名前だった。

  


17

 

 久しぶりに、芽生は山瀬と眠った。

 矢越と付き合い始めてからも、その関係はずっと途切れることはなかった。

 芽生の中では、全く別の関係性なので罪悪感もない。

 それでも山瀬が芽生が婚約をしたのを機に、体裁を気にしてその

 関係はあくまで師弟関係だけになった。

 芽生の側も身辺調査などをされて、破談にでもなったらとこの時期に

 付き合いを減らすのには同意した。

 

 矢越の態度が冷えつつある今。

 誰でも良いから頼りたい。

 そう思うのは自然なはず。そう思っての誘いを、

 ちゃんと山瀬は乗ってくれた。

 

 (やはりこの人は私のことをわかってくれる)

 

 今まで小田切と二人だけの秘密にしていた、謎の脅迫者に関しても

 横たわって指を絡めたまま打ち明けた。

 

 その直後、山瀬は跳ね起きて、真剣な顔で問いただした。


 「どうして、今まで何も言わなかったんだ?」


 「だって連絡を取ったら、先生まで狙われちゃうかもしれないでしょ?」


 これは確かに理由のひとつだが、もう一つのほうが大きい。

  5年前に決着をつけた筈のアカハラ問題が再燃し、その加害者

 として自分と小田切だけが槍玉に挙げられている。

 そんな状態で山瀬に話せば、二人とも切り捨てられる。

 

 だから内々に処理して、全部終わってから報告して、反対に評価を

 上げようと小田切と画策していたのだ。

 そんな緊張感をおくびにも出さずに、さも当然のように芽生は言う。


「……そんなに私を信用していなかったのか?」


「そうじゃない。巻き込みたくなかっただけ」


「じゃあもう解決したことなんだな」


「それは……まだ。小田切君も亡くなっちゃったし。私怖くて」


「怖くて私に頼ることにしたのか。さっきの私を巻き込み

 たくないというのは嘘か」


「だって女一人で、そんな良く分からない奴に脅されているのよ。

 誰かに頼りたくもなるでしょ?」


「婚約者はどうした?」


「迷惑をかけたくないの」


 プライドが邪魔して芽生はどうしても、関係が冷え切ってきたとは

 口に出せない。


「私には迷惑をかけて良いのか?」


 そのまま起き上がろうとする山瀬。

 失言に気付いた芽生は、慌てて山瀬の腕を取る。


「ごめんなさい。本当は変な音源が矢越さんのところに、送られて

 怪しまれているの。関係も冷えてきて、結婚も危ういの」


 言っているうちに泣けてくる。

 それを冷ややかに見つめると、山瀬は冷たい目で言った。


「私との仲ももう十分すぎるほど、冷え切っている。もう分かっている

 だろう? 今日で終わりにしよう」


 そう。気づいていないふりをしていたけれど、婚約が機で距離を置く

 というのは言い訳。

 本当はかなり前から、二人の関係はぎこちなくなってきていた。

 これを機に戻せるんじゃないか。

 そんな風に心のどこかで計算していた。


「私を切るの?」


「じゃあな」


 いつの間にか服を着替えた山瀬は、振り向くことなく出て行った。

 別れの挨拶は、肯定を意味することが、痛いほど芽生には分かった。




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