閉じる


<<最初から読む

106 / 139ページ

4


 その朝、常川と優奈は携帯メールをもらった。

 差出人は野坂。


 一つ目は、朋谷が亡くなったと言うショッキングなもの。

 もう一つは、一連の事件の犯人が分かったので会いたいという

 内容だった。

 

 重要なニュースが二つも含まれていて、興奮さめやらない優奈を

 常川は学生食堂に連れて行った。山瀬のCOEプロジェクトに関わっている

 者‐つまりは研究室のほぼ全員は面識がある人間が自殺したという

 ショッキングなニュースは、軽々しく研究室内では話せない。   


 「おかしいですよね……。朋谷さん、昨夜は確かに誰かに怯えて

いましたけれど、自殺するような雰囲気ではなかったと思うんです。

むしろ生きることを諦めたくないって強い意思すら感じたのに」


朋谷は、自分や小田切たちを脅している人物に心当たりがあるようだった。

頑として口を割らなかったが、すぐにでも警察に保護を頼むと言っていた

矢先のことだ。


 「私昨日の事を警察に……」

  他殺の疑いがあれば、警察に情報提供すべきだ。
  今までの小田切や佐々木の死も、タイミング的におかしい。
  それも3人目となれば、おかしいと感じるのが普通だろう。


 「駄目だ」

 「どうして!あんなに怯えていたじゃないですか!何かあったんですよ」

 朋谷が怯えていた事情を知る者は、朋谷の職場にはいないはずだ。

 同級生で秘密を共有していた仲間たちも既に亡くなっている。

 なにより以前から解せなかったのだ。
 常川はいつも脅迫の件に関しては、なかったことにしようと努める。

 常川はなぜ言わない?

 たまに見せる正義感の強さと矛盾して、今日こそは問い詰めてやろうと

 優奈は語彙を強めた。


 「……一連の事件が自殺ではなく、犯人があの事件の関係者だとしたら、

  俺はとっ捕まって処罰されろなんて思えない。奴なりの正義で

  動いているんだ。それが社会通念では間違っていたとしても。最初に

  非道なことをして罰も受けない奴らを制裁した気持ちはわかる」


 「でも、皆がそんなことをしていたら、世の中滅茶苦茶になりますよ。

  もし人殺しで報いを受けさせていたのだとしたら。脅迫だって立派な

  犯罪なんですよ」


 「分かっている。でも俺は逃げた人間だから、そいつに意見する権利は

  ない。そいつは真っ直ぐに戦っている。自分を誤魔化していない。

  だから掴まって欲しくはない。

  その前に一緒に協力して、改悛させる別の方法を考えたい。

  俺だって加害者の一人だからな。知っていて逃げ出した。それは

  一生代えられない事実だ」


 優奈はとても賛同できなかったが、一旦保留にする。

 野坂が犯人を知っているのなら、それを聞いてから行動しても

 遅くはない。待ち合わせの三時まで、あらゆるシチュエーションを考えて

 やきもきした。


 場所は、恐ろしくて家に居られないという野坂が現在滞在している

 ビジネスホテルを指定して来た。その場所と部屋番号を教えてもらい、

 常川と二人で向かう。

 ホテルは正面に大きな川の見える五階建ての幅の狭い構造だった。


「野坂さん?」


 時間通りなのに、ノックをしても野坂は出てこない。

 部屋番号はあっているのに。念のためにドアノブを回すと呆気なく開いた。


「おかしいな。あれほど怯えているような文面だったのに、開けっ放しなんて」


 中の様子を伺いながら、中の動静を探る。優奈がきゅと常川の袖を引く。


 「様子がおかしいですよ……。警察に通報した方がいいかも……」


 常川は構わず、さっさと中を検める。

 優奈は中で野坂が倒れているのではないか。その犯人が傍で隠れている

 のではないかと、戦々恐々としながら、こわごわトイレとお風呂を

 確かめる。当然のように誰もいない。


 中は12畳ほどのベッドルームとテーブルが兼用の部屋と、トイレと

 バスルームだけの簡素な部屋。隠れるようなスペースはない。

 玄関からは短い廊下があって、その横にトイレとバスルームがある。

 その奥がベッドルームになるが、玄関からは、机しか見えない。角に

 当たる部分にベッドとテレビが置いてある。常川がどんどん奥へ入りこむ

 のと対照的に、優奈はまだ靴も脱がず玄関に立ちつくしていた。


 キイ。


 突然後ろのドアが開き、人が入って来た。


 「焔さん?」


 入って来たのは焔だった。

 

 「あのどうしてここに?」


 確かに一連の事件を少しばかりは聞きかじってはいいるだろうが、今回の

 話は人が死んでいる。それも限りなく他殺と思える方法で。此の事件は

 あくまで山瀬研究室内部で起こっていること。それを外部に漏らしても

 いいものなのか。


「置き手紙があるぞ」


 奥から常川の呑気な声がする。


 『警察の方から朋谷さんのことでお話しを聞きたいと言われましたので、

 申し訳ありませんがお茶でも飲んで、ここでお待ち下さい』


 テーブルの上には、確かに小さな盆の上に湯のみが3つと、この地方の

 名産のお茶のティーパックが添えられていた。ドアが開けっぱなしという

 のは不用心だが、貴重品も置いていないようだし、警察に呼ばれたのなら

 しかたないだろうと、皆茶を飲み待つことにする。


 「ああ。焔も少しは事情知っているもんな。そんなに深い因縁があるのなら

 初めから教えてくれればいいのに。水臭いな」


 「……」


 今日の焔は大人しいと言うよりも、死んだように話をしない。

 疲れているようにも見えないが、なんだか動作の一つ一つが億劫に感じる。

 優奈の嫉妬がますますあり得ない方に由来で行く。

 季節は既に秋だが、駅から歩いて来ると少し汗をかくというものだ。

 すぐに二人も用意されたお茶を飲んだ。


 数十分後、すっかり眠くなった二人はそのまま倒れ込んだ。

 ベッドの空いたスペースを分け合うように、常川と優奈は二人とも

 ほぼ同時に倒れた。少しだけ意識が無くなるのがおそかった優奈は、

 二人が倒れたのを確認するとゆらりと立ちあがるのをみた。


 そのまま優奈は意識を失った。

 


5


 優奈が起きた時、そこは病院のベッドだった。

 簡素な鉄パイプのベッド。

 少し殺風景な見覚えのない小部屋。


「良かったですね。怪我がなくて」


 看護師が親しげに話しかけてくる。


 「……どういうことですか?」


 体を動かすとなんだか固定されているようで、動かしにくい。


 「まだ動いては駄目ですよ。重症ではないですが、火傷を

  しているんですから」


 「他にも人がいたと思うのですが、その人たちは大丈夫ですか?」


 「ええ。お二人とも大丈夫ですよ。お一人はあなたよりも重症ですが、

  命に別条はありません。もう一方も奇跡的に軽微な怪我で済みました」


 優奈は、昏睡する前の焔の顔を思い出した。なにかを強烈に
 恨むような鋭い顔。
 
 「私たちはどうして病院に運ばれることになったんですか? ホテルの
  部屋で人を待っていただけなんですよ。それがどうして‐」

 看護師を問い詰めるが、上から口外しないように言われているのか、
 「詳しいことは分からないので説明は他の者がします」の一点張りだった。
 それでも少しは何か知っているだろうと粘ると、二人ずれの男が入って来た。
 病室は共同部屋だったから、他の患者の家族かと思ったが、真っ直ぐに
 優奈のベッドに向かってくる。

 「睡眠薬を飲まされた上、部屋に火を付けられたんですよ」

 見知らぬ訪問者は、さらっと物騒な言葉を挨拶代わりにやって来た。
 看護師はやっと解放されたと、すぐに別の業務に向かった。
 
 「……どなたですか?」

 男たちは警察の名刺を渡した。
 病室で話す内容ではないのか、場所を変えて話そうと提案して来た。

 「あなたと常川君、それに焔君は野坂さんにビジネスホテルに呼び出され、
  待っているうちに眠くなった。それで合っていますか?」

 「でもその後の事は全く覚えていません。私が知りたいくらいです。
  気が付くと病院で、何がなんだか分からない気分です……」

 「……あなた方は、睡眠薬を飲まされて昏睡させられていたようです。
  体内から睡眠薬が検出されています」

 優奈はあのお茶を思い出した。

 「その後で、火をつけられましたが、幸い早くに気付いた人がいまして、
  消火活動が進み、助かりました」

 そこで、と刑事は一旦話しを止めた。

 「あなたが部屋で待っていた人物の名前を、教えて頂けませんか?」
 
 この答えは重要な意味を持つのではないかと危惧しながらも、素直に
 優奈は野坂の名前を出した。

 他に野坂との関係を聞かれた。
 一連の脅迫に関わる騒動を話すべきかと迷ったけれど、
 とりあえず自分の大学のハラスメント相談所のスタッフであるとだけ
 簡潔に答えた。

 更に突っ込まれたら、小田切や佐々木の話をせざるを得ない。
 常川がなぜか隠したがるこの話題を勝手に話しても良いものか。
 緊張しながら、適切な受け答えをシミレーションする。
 
 しかし幸運にも案じていた割には、すぐに納得してた刑事は
 「分かりました」とあっさりと帰って行った。

 翌日、野坂がホテルに放火したと自供し、逮捕された。
 

6

 
 野坂が自首した‐。

 (野坂さんは初めから、私と常川さんを殺そうとして
  あのホテルに呼んだということ?)

 短い期間だったけれど、その間の野坂の性格を鑑みて、
 それはありえないと常川に相談しにいった。
 あのホテルで焼きだされた患者は皆ここで入院していると
 聞いていたので、看護師に尋ねるとすぐに教えてくれた。
 常川自身も優奈の安否を気にしていたそうで、
 どのみち看護師は居場所を伝えるつもりだったようだ。
 看護師によると、常川は男性患者の個室に収容されていた。

 「なんだ死んでなかったのか?」

 相変わらずの常川に、優奈はほっとしたような、懐かしいような
 不思議な感情になり、「はあ?」と強めに答えておいた。
 常川の身体は包帯がいたるところに巻かれており、見た目は
 結構痛々しい。

 先程新聞で見たことを告げると、常川も怪しんだ。
 
 「ありえないよな。どうして自分で放火した奴が、自分で消防に
  助けを呼ぶんだよ」

 悪態をつくように、常川は言った
 
 「そうなんですか?」

 警察はそんなことを、優奈に一言も行ってなかった。
 
 「自分で調べたんだよ」

 常川は嘯いた。

 「じゃあ誰かを庇ってるんでしょうか?」

 脳裏にあの焔の顔が思い浮かぶ。

 「警察もそれを睨んでいるけれど、本人の証拠と内容が全部一致
  してしまってるから、認めざるを得ないという方針だそうだ。
  今までの脅迫事件も全部自分がやったことだと認めたらしいし」

 「そんな!確かに野坂さんは芹沢さんのことで、大学側に恨みは
  ありますよ。でも殺して全部がチャラになるようなことでも
  ないんじゃないですか? むしろ謝罪して欲しいというスタンス
  だったはずです」

 「それも全部証拠を握っているんだよ。そんなに一度に
  いろんなことを、研究室と普段関わりの無い野坂さん一人で
  出来るとは思えないんだよな」

 どこか遠くを見ながら常川は言った。
 割り切れないものを感じているのは、優奈だけではないようだ。  

 
「昨日言っていた真犯人って、野坂さん自身の事だったん
  ですかね?」

 「現時点ではそうとしか推測できないな」

  納得できないながらも、現状を客観的に考慮した上で意見を言う。
  優奈はあの時感じた違和感について、意見を求めたかった。

 「やはり誰かをを庇っているのではないでしょうか?
  ……焔さんとか」

  意識が薄れる中映った、焔の形相がずっと忘れられない。

 「なんで焔が出て来るんだ?」

 「焔さん、私たちと野坂さんを待っていたんですよね。でも
  今回の火事でほとんど怪我もないし、全然顔を出さない。
  そもそも野坂さんとの関係だって、不明瞭だし」

 「焔とは学生アドバイザーの講習会で、野坂さんが講師をやっていた
  ときからの、知り合いだと言っていたよ」

 常川が自分よりも情報をもっているのを癪に思いながらも、
 不審に思う。

 「それだけの関係の人が、なぜ昨日呼ばれたんでしょうか?」

 「今までの罪を告白しようとでもしたのかな。学校側にもいつか
  ばれる日が来るからな。あいつは学生アドバイザーだし、最近は
  中心的に活動している。そっち関係に顔が利くからかもな。
  ……もしくは男と女の関係かもな」

 「違いますよ。駄目です!」

 「駄目ってお前。そんなの本人たちの勝手だろ」

  いずれにしろ納得はできない。
  常川の意見もおかしくはないのだが、もっと深い関係が
  二人の間に横たわっているとしか考えられない。
  あれこれ考えるが、全て常川に却下されていった。
  常川だって野坂の事を、深く理解している訳ではないのだが。
  あれこれ言い合っていると、以前病室に来た刑事がやって来た。

 

「こんにちわ。仲が宜しいですね」

  年配の方の刑事が、穏やかに話しかけてくる。
  野坂のことを聞くなら今かもしれない。
  満足できる答えを引き出すには、こちらも求められる質の
  答えを用意しなければと、気を引き締める。
  仕事なのだから、意図があるから病室を訪ねたに決まっている。

 「野坂さんのことですか?」

 「はい。放火についての動機がどうにも曖昧でして。
  甥御さんの事件で大学側に怨みを持っていたのは
  確かですが、5年経過した今になってどうしてか。
  ちょっと分からないのです。あなた方との関係もね」

 「俺たちは5年前のアカハラ事件の起きた、山瀬研究室の
  人間だからな。当時の生き証人かつ公正な物の見方をできる学生は
  俺だけだし」

  そういうと牢刑事はぐいっと前に身を乗り出して、ベッドに座る常川

の顔をじっと見つめた。

 「あなた5年前の事件当時、いました?」


  じろじろ顔を観察されるが、負けるものかと常川は睨み返す。


  「休学していたが、籍はあった」


  十分観察したのか、刑事は顔を離して豪快に笑う。


 「失礼、失礼。私も先輩と二人であの時の事件の捜査を担当して

いましてね。ほら、あのとき学生が腹を蹴られたとか、階段から

着き落とされたとか訴えていました事件」


 「ああ……」


  常川は思い出したことを肯定する返事をする。


 「土岐等さんを蹴ったり、階段から突き落とした人がいたんですか?

  酷い!酷すぎます!病人に暴力をふるうなんて。まさかその事件が

  うちの研究室で起こったんですか?」


  むしろ刑事の方が驚く。


 「この方、田中さんでしたか。5年前の事件の事はあまりご存じ

  ないようですねえ」

  


7

 

 佐々木や小田切が5年前に行ったと言われている行動に関しては、

 例のホームページで確認している。だが実際に物理的暴力を振るったと

  言うのは見かけなかった。言葉による誹謗中傷、研究成果の奪取、仕事の
  押しつけ。これらを佐々木と小田切、朋谷も加担していたこと、そして
  自殺した芹沢が行っていたのは知っている。
  刑事が何か言いかけたのを、常川が目で制した。
 察した刑事はさりげなく次の質問へと移る。

 

 「どうも情報が偏っているようですな。ですが大変参考になりました。

  それで田中さん、常川さん。お二人は野坂さんとどういう関係なのですか?」


  今度こそ隠す訳にはいかないだろう。

 何も後ろめたいことはないのだが、助けを求めるように常川の方を見る。

 

  「佐々木がこいつにアカハラした時に、知り合ったんだ。

  それまでは全く接点はなかった」


 嘘ではない。

 野坂はハラスメント相談室で働いているので、この説明に無理はない。

 若い刑事はまた出てきた「アカハラ」の言葉を不審に思う。

 

 「アカハラってそんなに頻発するものなのでしょうか?」


 5年前にもひどいアカハラ事件が起こったのであれば、自浄作用が働いて

 しかるべきと考えるのが普通だ。老刑事も同じ感想を持ったようだが、

 話が逸れるので、軌道修正をする。


 「常川さんは、5年前のアカハラ事件、どんな立ち位置だったのですか?」


 一瞬優奈を気にしてから、常川は珍しく言い淀む。

 

 「……俺も加害者の一人だ。5年前のアカハラ事件はいきなり始まった

  訳ではない。土岐等が入学して半年ほどで始まったんだ。

  だから休学する前、当然俺は知っていた。土岐等がどんな嫌がらせを

  受けているのか。ずっと黙殺していた……。だから傍観者という

  意味で、紛れもなく俺は加害者なんだ」


  修士課程入学当時の常川は、学問の道を志していた。

  アカハラにはすぐに気付いたが、下手に介入して将来が

  潰されるのを恐れて、見てみない振りをしていたのだと

  打ち明けた。

  

 「アカハラを止められない自分の無力さを痛感した俺は、

  死に物狂いで努力して、起業した。あんなところ一秒でも居たくない

  その一心だった。それでも失敗した時の保険代わりに、籍だけ

  置いていた。ひどく中途半端な存在だった」


  今では経済力と最高学年である事実が、客観的な物の見方をある程度

  容認される立場になったので、客観的な見方を野坂に提供できたはずだ

  と、常川は締めくくった。

  そのときの関係者を全て知っているし、大学側に阿る必要もないからだ。

   ほぼ自分語りの内容だったが、刑事たちは真剣にメモを取る。


 「そうなるとここ半年の間に、小田切さん、佐々木さん、朋谷さんが

  皆自殺しているのが気になりますね。特に朋谷さんの自殺現場の場合

  彼女が第一発見者だ」


 「それなんですけれど、どうして野坂さんが第一発見者になったんですか?

  朋坂さんと野坂さんはほとんど面識がないんですよ」


 「野坂さんの供述によれば……」と前提を付けた上で。

  野坂はあの晩、5年前のことをひどく反省していると言って、朋谷に

  呼び出された。そして現場となった墓地に行くよう指示され、

  反省の証として首を吊ったのだと。


  老刑事は手帳を確認しながら説明する。


 「でも、目の前で自殺しようとする人が居たら、普通止めるのでは

  ないですか?」


 「墓地についてからしばらく野坂さんは眠っていたそうです。

  朋谷さんから水をもらったと言っていましたから、その中に

  睡眠薬が入っていたのかもしれません。自殺の邪魔をされないように」


  ありえない状況に、常川と優奈は絶句する。


 「警察としても、頭から信用している訳ではありません。しかし現場検証

  によると、野坂さんが朋谷さんを首吊り自殺に見せかけて殺すことは

  不可能です。あの暗闇の中、女性一人で実行するのは無理だとのことです。

  協力者がいたという有力な情報もありません」


 「野坂さんは何と言っているんですか?」


 「何も。放火についての動機も、『自分がやった』としか話さないのです。

  ほとんど黙秘を貫いていますが、理由は芹沢さんだけが責任を取ったこと

  に対する腹いせだと見ていいでしょう。

  後は先程の3人への嫌がらせも全て自分がやったことだと自供しています。

  その一方で、3人の自殺への関与については、何も話さない。どこか

  ちぐはぐな印象を受けるんですよね」

 


8


  嫌がらせと言っても、被害者から告発もない。

  小田切の件に関しては、狂言誘拐を利用した強要罪が成立すると

  言えないこともないが、小田切自身がそう判断しなかったのか

  訴えられることもなかった。

  だが自殺に関与しているとなれば、殺人罪だ。

  事情は大きく異なる。


 「野坂さんの説得によって、3人とも良心の呵責に耐えかねて自殺した。

  ……そうは思えませんがね。3人とも、何というか……様々な不正を

  続けていた訳でしょう?。反省しているとは、ねえ?」


  アカハラのターゲットになった優奈もそれは疑問だ。

  少なくとも佐々木は全く反省していなかった。


 「一人、足りませんよね?それがどうも引っ掛かるんですよ。

  本丸を倒さずして、自首というのがね。不自然ですよねえ」


 「本丸? まだ誰かいるんですか?」


  またもや常川が目配せをする。

  老刑事と常川の間には確かに通じるものがあるみたいだった。


 「それでは今日は田中さんはこれくらいで結構です。

  怪我をしているのに、ご協力ありがとうございました」


  半ば強制的に追い出されてしまった優奈は、ひどく不愉快だ。

  これでは何も知らない子ども扱いだ。


 「現場にはあなたたちしかいなかったのですか?」


  刑事によると、宿泊客の中に死傷者はいないとのことだったが、

  常川たちのように外部からきた客間では確認が出来ていない。


 「あなたたちを部屋の外に運んだ人間がいるんです。宿泊客たちも

 確認しています。そうでなければ出火元にいたあなたたちが、

 軽傷で済むはずがない」


 焔のことだ。

 

 だが常川は言いだそうとはしない。

 話してもよいものかどうかを考えているようだ。

 焔の思い詰めたような顔を思い出すと、とても言い出す

 気持ちにはなれなかった。


 「若い男性だったと証言があります。心当たりはありますか?」


 「知りません」


   即座に常川が否定する。

   優奈は真実をいうべきかと苦しみながらも、一方だけが知っていると

   妙な疑いがもたれると、常川の意見に控えめに肯定した。


 「その男性が火を付けたと思っているんですか?」


 「いやいや。放火して殺そうとするのであれば、わざわざ助ける

   必要はないです。助けた後も名前も告げずに、姿を消してしまった

   と言うし。面倒事に関わりたくないが、見て見ぬふりもできなかった

 と言うだけでしょう。私はただ、助け出すときに、不審人物を

 見たのではないか聞きたかっただけですよ」


さらっと交わしたが、そこに何か意図があるのは明らかだ。

人の良さそうな顔をして、案外食えない性格なのかもしれない。

優奈は気を引き締めた。

  



読者登録

Lavendulaさんの更新情報・新作情報をメールで受取りますか?(読者登録について