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 5年前の事件。

 元はと言えば山瀬が自己保身のためにやったこと。

 小田切も佐々木も自分達の罪が露見するのを恐れていたみたいだが、

 自分の命にかかわるのならそんなこと微細な問題だ。

 手をこまねいている場合ではない。

  

 否そうではない。

 本当の闇は他にある。

 常川など部外者は、さっさと罪を認めよと他人事だからこそ

 訳知り顔にふるまえる。

 真実をしったら、それこそそんな涼しい顔はしていられないくせに。

 

 妙に聡い連中が警察を呼び、それが一時露見しそうになった。

 あの時にいっそ全てが白日の下に晒されていれば、今の状態は

 招かなかったのかもしれない。

 重い過去と引き換えに手に入れたのは、今も尚業を引き受ける

 因果な家業。実に馬鹿らしい対価だ。


 (もう自由になりたい)

 
 
山瀬にメールを送信する。
 またもや無視されるのかもしれない。

 願うような気持ちで。

 それでも山瀬自身分かっているはずだ。

 ずっと無視を続けていればやり過ごせる相手ではないと言うことに。


 その時メールの着信を知らせる音がした。

 意外な相手からだった。


 

 「よお。まさかお前が招いてくれるとはな。他に人も連れて

  来たけれど、まあ構わないだろ。おじゃましまあす!」


 常川が連れてきたのは、大人しそうな年上の女性だった。

 和琴大学でハラスメント相談所の職員をしていると自己紹介をする。


 誰かが自分を狙っている以上、外に出るのは危険だった。

 話の内容を聞かれるのもまずい。

 そうなると必然的に、芹沢は常川たちを招くしかなかった。

 奴らも、佐々木と小田切と順番に死んだことと、5年前の事件とに

 関連には、前々から気付いていたらしい。


 佐々木の婚約者との繋がりで知り合ったと言う女性は、

 野坂と名乗った。


 「とりあえず酒でも出してくれ。あ、そいつは酒癖悪いから

  水な」

 

 そういうと常川はどかっとソファに腰を下ろした。

 当の野坂はというと、慣れているのか少しも気にする仕草もなく、

 ソファーの端っこに座った。


 「この写真を見て下さい」


 朋谷はその写真を見るなり、様子が変わった。

 弾き飛ばされる写真。

 とっさに優奈が拾った写真には、古ぼけた手鏡が映っていた。


 「お前、芹沢が死んだ時、その場に居たな?」


 「何言っているんだ。あいつはフェリーから飛び降りてで自殺したん

  だぞ。その時もう大学を退学していた。

  どうして俺が……」


 「それじゃあどうしてそんなに怯える? これは小田切が初めて

  受け取った手紙に同封されていたものだ。自殺件場に置かれていた

  ものなんだ。知っていること言うことは、その自殺に関与している

  ことを意味するんだぞ」


  写真の手鏡は、芹沢の祖母の形見で、普段は机の引き出しに大事に

  閉まわれていたと言う。死亡後は芹沢を可愛がっていた叔母が、

  つい最近まで保管していたと言う。今では仏壇の前に供えられているが、

  


  「自殺後にこの手鏡を知っている可能性は3つしかない。

   1つは、芹沢が生きている間に、見せてもらった。

   2つ目は、自殺した時点のことを知っていた。

   3つ目は、つい最近芹沢家にお参りに行った場合。

   お前の場合は、2つ目しか可能性はありえない」


  静かに座っていた女が、野坂がここで口を開いた。


  「和哉は、その鏡をそれは大事にしていましたから、生前に

   見せることはありえません。つい最近にお参りに来た友人が

   来たらしいですけれど、その方はあなたとは全く異なる外見

   だったとのことですし。それ以外で、仏前であの手鏡を見た方は

   いないはずです」


  「……」


  反論できないのか、朋谷は押し黙った。

  同時に手鏡の事を詳しく知る野坂は、何者なのかといぶかしむ。

  

 「お前たちが都合の悪い事実を被せて、和哉を殺したってことも

  考えられるんだよ」


 「違う。それは絶対に違う!」


 「小田切と佐々木が脅されていたのは、俺と田中もずっとその経緯を

  見ていたから事実だ。相手が持ち出すのは5年前のアカハラ事件に

  関係していたことを、認めさせることだった。お前には本当に何も

  脅されていないのか? もしそうなら同じ内容か?」


 「そうだ。でも俺は今ちょうどそのことを警察に、告白しようと

  思ったところだ。アカハラは警察の管轄外だが、身辺の

  保護をしてもらう必要がある」


 「脅迫がここまで来たんだな」


 「ああ。俺はこのままやられたくはない。アカハラだってやりたくて

  やったんじゃない。ここまできて山瀬先生も知らんぷりを

  決め込んでいる。

  だから言われた通りの事をやって、一人だけでも助かりたい」


 「なんて脅されているんですか?」


 「アカハラの事実を認めて、関係者を特定すること。芹沢を殺したなら、

  自首すること。そうでないなら自殺事件をもう一度、殺人の観点で

  再捜査をお願いできる程度の証拠を提示すること」


 一度確定された以上、簡単にそれを覆すことはできない。

 噂程度では駄目なのだ。

 確固とした証拠。もしくは自供が必要だ。


 「本当に俺たちは、芹沢を殺していない」


 「土岐等あかりさんの件は? 誰の指示によって行われたんですか?」


 「あれは確かに俺達が追い詰めた。でも初めにやりだしたのは

  山瀬先生だ。段々、ゼミの中でもそういう立場でいいんだっていう

  雰囲気が出来て来て、孤立しないでいる為には、それに多少は関与

  しないとやっていけなかった。

  自分の将来を投げ打ってまで、身を呈して助けるなんて普通は無理だ。

  そんな人間はいないんだよ。お前だって分かっているだろう?」


 「山瀬先生がそんなことする訳がありません!」


  今まで静かにしていた優奈が、叫ぶ。

  今まで佐々木や小田切に送られてきた怪文書にも、山瀬の責任を

  問う文面はなかった。

  優奈は到底納得できないという態度だったが、他の二人は

  そんなことは了承事項だと、優奈の反論を無視して話を続ける。   


  「佐々木と小田切が口封じで殺されたとしたら、お前は本当に

   大丈夫だと言えるか?」


  「もちろんだ」


  野坂も畳みかけるように、問いかける。


  「真実がどうではなくて、その犯人にあなたがどう思われている

   のかが大事なんですよ」


  「まさか山瀬先生が口封じで殺して回っているとでも

  言いたいのですか?」


  「その可能性はありますが、同じくらいの確率で、あなたが犯人で

  ある可能性もあります」


  野坂の視線が鋭くなる。手元の携帯をぐっと握る。


  「違うなら違うと、その理由をお聞かせ下さい」


  「……警察で話します。身の安全を確保されないと話せないんです」



13


 

 「それと、もう一つだけ質問に答えて。当時在学していた学生さんで

  もう一人ハラスメント行為を受けた学生がいたはずです。その方に

  対するハラスメント行為も明らかにするべきだわ」


  怒りで顔を紅潮させながら、野坂は言った。

  ハラスメントを取り締まる側の、人間なのでアカハラ事件の話題自体

  許せないのだろう。


 「少なくとも俺は知らない。常川、お前は知っているか?」


 「いや。だが塔堂に対するアカハラはあったかもしれないと疑っている。

  どうなんだ?そこら辺はお前の方が詳しいだろう?」


  塔堂のお調子者の性格は、加害者にも被害者にもなりうる両極端の

  可能性がある。被害者側なら、失踪して復讐の機会を狙っている

  可能性がある。加害者なら、もっと大きな罪を犯して隠れている

  かもしれないと、常川は推理する。


 「例えば、芹沢を自殺に見せかけて殺したとか……」


  野坂は息を飲む。

  

 「違います。その人は被害者です」


  やけに力説する野坂。

  

 「それはない」負けじと朋谷も断言する。


 「探しても見つからない。見つかる訳が無い」

 

 やけに確信をもって朋谷は言った。


 「お前、奴の居場所を知っているのか?」


 「……もうよせ。変に嗅ぎまわると後悔することになるぞ」

 

 「私はその方が、生きていることを知っています」


 この会話は、野坂の持参した盗聴器を通じて、「協力者」に伝えられる。

 野坂は自分が「協力者」に貢献できて、誇らしく思う。

 

 「厄介なことをしてくれた……」


 だが野坂の正義感は、「協力者」の正体を晒す危険な物に他ならない。

 盗聴器からの音源を確認しながら、舌打ちする「協力者」の存在など

 想像すらしていない、野坂は得意げに重要情報を聞いた「敵」の反応を

 楽しむ。


 「もし生きているとしたら、それは……。いやそれより、あんたは

  誰なんだ?ただの大学の職員だからって、来た訳ではないだろう?」


 野坂が、芹沢の叔母だと打ち明けると、朋谷は驚きを隠せなかった。


 「本当に犯人を探しているんですか? あなたは別に狙われていないでしょう?」


 「犯人を探しているのではありません。私は真実を知りたいだけ」


 「どうせ警察で話すことだ。良いだろう。……塔堂なら死んだ」


 「どうしてお前が知っている?遺体が見つかっていないんだぞ」


 「殺されたんだ」


 「……」


 野坂は訝しそうな目で、朋谷を見る。

視線を感じた朋谷は、野坂の視線を避けるように顔を逸らした。


 「誰に?」


 「それは警察で言う」


 もしもの時の為に、自分の知っていることを伝える目的は果たした。

 もうこの珍客たちは用済みだとばかり、朋谷はあからさまに帰宅を

 促した。家主に急かされては仕方がない。三人は気まづい雰囲気のまま

 帰路に着いた。


 野坂は自分の軽自動車で、常谷は優奈を助手席に乗せて来た、

 三人で駐車上へ向かう時、野坂はぽつりと言った。

 

 「あの人は嘘を言っています。私は塔堂さんが生きていることを

  知っています」


 「ど、どうして知っているんですか?」


 優奈は驚いて尋ねる。

 優奈だって、山瀬がアカハラに関与しているとは思いたくないが、

 反論するだけの証拠は今ここにない。


 「誘われたんです。一緒に復讐をしないかと」


 場合によっては脅迫罪に加担したことにもなりかねない内容を

 あっさりと野坂は打ち明ける。


 「ですから少なくともその人は生きています。

 ……ひどくアカハラ加害者の方たちを怨んでいることは確かです」

 

 野坂もその復讐に手を貸した以上、不安で告白できなかったと伝えた。

 朋谷もその一人である以上、口にできなかったと言う。


「信用できません。警察に何を言うつもりか分かりませんが、嘘をついて

 いるのかも。あのハラスメント加害者として、名前が出ていたのが2人

 だけというのも、おかしくないですか?どうしてあの男は入っていない

 のです?」


 野坂が言うには、朋谷は犯人と一緒になって仲間を粛清していったが、

 最後に仲間割れを起こして、自棄になっているだけだと推理した。


「でも、それだと自分のやったことまで警察でばれてしまいますよ」


「警察に殺人罪で捕まるよりはいいのでしょう」


 野坂は自分の推理に絶対的な自信をもっているようだった。



14


 あの晩のことは忘れもしない。


 深夜2時に鳴り響く携帯の音。

 要領が良く泣き言等一度も言ったことのない姉の、泣きじゃくる声。

 第一報は、甥が投身自殺を図った可能性があるというものだった。


 場所はフェリーで、甲板の上に遺書と靴、そして大事にしていた

 鏡が落ちていたという。

 遺留品の中に和哉のものとおぼしき学生証が出てきたことや、

 自宅に帰って来ていないことから断定されたと言う。

 最近は以前ほど頻繁には会っていないと言っても、

 自分の息子のように可愛がっていた甥だ。

 相当のショックだった。


 更にショックを与えたのは、和哉がアカデミック・ハラスメントを

 後輩にしていて、その後輩は。それを責められて退学処分をされていた

 ということだ。学生証の返還も要求されていたらしい。


 だが大学側は知らなかったのだ。野坂が和哉の叔母であることを。

 一連のアカデミック・ハラスメントの実情を把握していることを。

 もちろん和哉がハラスメントに関わっていたのは事実だ。

 だがなぜ和哉だけが死ななくてはならない?

 他の加害者は。一番の加害者の人間はのうのうと生きていると言うのに。


 新しく室長となった山瀬に会うたびに、憎しみを抑えるのに精いっぱいだ。

 和哉が亡くなったのは、アカハラ被害者とされる女性の家族が学校側と

 対談してから数週間後のこと。それまでには証拠は改ざんはしなかったものの、

 都合の悪いものは全て廃棄させられた。野坂は甥が関わっていることもあって、

 率先してその作業をした。数週間後に後悔するなどとは知らず。

 それでも表立っては立てつけなかった。このご時世心理士として

 職に就くのは至難の業だ。経験がいくらあっても、職を賭してまで

 山瀬に立てつくことはできなかった。姉夫婦も和哉自身が原因となった

 ことなら、文句を言える立場ではないと腹をくくったようだ。


 長いものには巻かれろ。理不尽でも頭を下げて事が終わるなら、

 事を大仰にするべきではない。

 学部生ならまだしも、大学院生は将来を教員陣に握られている。

 いくらその罪を訴えても、一時的なカタルシスが得られるだけ。

 訴えられるような人間はそもそも倫理規定など守る気すらない。

 勝手な言い分をでっちあげて、その学生を学界から追い出すだけだ。

 全てその学生に罪を圧しつけて。大学側も面倒事を起こす学生の追放には

 協力的だ。だから処世術として野坂は、保身を勧めてきた。

 学生の気持ちに寄り添う努力はした。でも上手くやれない人間が悪いと

 心の片隅で思っていた。実際あくまでそれに応じない者は皆大学を去る

 しかなかった。それは間違いではなかったと今でも思う。処世術は社会に

 出ても重要なこと。

 

 それでも山瀬の顔を見るたびに、己の無力さに腹が立つ。

 本当は怒鳴りつけてやりたいほどなのに。

 でも一番許せないのは、こんなに許せないのに愛想笑いをして

 その場をやり過ごして保身を図っている野坂自身。

 フラストレーションは汚泥となりその域を拡大して、

 野坂は身動きが取れなかった。



1

 

  客が持ち込んだ緊張感のある話題に、心底疲弊した朋谷は、

  彼らの帰宅により漸く人心地がついた。

  ソファーに座った姿勢から、そのまま横向けに倒れ込み、

  目を閉じる。

  最近寝つきが悪いせいか、数分横になっただけで、もう意識が

  遠のいていく。ベッドに戻るのも億劫で、朋谷はしばしの仮眠を

  取ることにした。


  「苦しい。息が。薬を」


  そこは5年前の研究室。

  死んだはずの土岐等が、自分の席で胸を押さえ苦しんでいる。

  発作を起こしたようだ。

  それを朋谷は少し離れた場所から見ている。

  土岐等の周囲には、少し若い佐々木と小田切がいる。

  奴らは指をさして何がおかしいのか、土岐等の苦しむ様を嗤っている。

  

  (ああ確かに昔、こんなことがあった)


  これは夢だとすぐに朋谷は分かった。

  先程、あんな話をしていたから、その影響が夢に出たのだろう。

  こいつらはこの悪行のせいで、将来命をもって償うことになる。

  愚かなことだ。


  朋谷は土岐等に、かばんのどこに薬が入っているのかを聞きだし、

  素直に薬を渡す。それが気に入らないのか、二人は今の内に研究

  データを盗ってしまえとけしかける。


  本当の朋谷は、多分言われた通りに嫌がらせに加担していた。

  細かくは覚えていないが、当時の自分に「断る」という選択肢は

  なかった。でも未来を知っている今、こんな危険な選択はできない。

  それにこんな奴らに利用されるの馬鹿らしいことに、気付いたのだ。

  どうせいざとなったら自分を売るのだ。

  どうして忠義立てる必要があろう?

  

  「嫌だ。断る。お前たちがどうなろうと知ったことじゃないが、

   こっちまで巻き込まないでくれ」


  毅然と言い放つ朋谷に、二人は目を丸くする。

  もともと理不尽な要求なのだ。

  正論をかざされると、一気に萎んでしまう。


  くるりとドアに踵を返すと、肩に手を乗せる者がいる。

 

  「自分だけ逃れられると思うなよ」


  こいつの顔は……。

  

  

  ピンポーン。ピンポーン。

  玄関ブザーが一定間隔で鳴るで、目が覚める。

  時計を見ると三十分ほど針が進んでいた。

  

  ピンポーン。

   

  またもブザーが鳴った。

  もう夜も遅い。一体誰だと、眠気が冷めぬままに、玄関の

  インターホンに出る。


 「すみません、忘れ物をしてしまって。ちょっと宜しいですか?」


  モニターに映しだされたのは、野坂だった。

  必要な言葉は交わしたし、もう相まみえることもないだろう相手。

  忘れ物をしたならば、確かに返す機会はない。


 「何か分かれば持って行きますけれど?」


 「薬です。ちいさなケースに入った。ソファーのところにあると思います。

  すみませんが、お水ももってきて頂けますか。薬さえ飲めば直ぐ良く

  なるんですけれど……」


  言われてみれば、どことなく体調の悪そうな声だ。

  朋谷が持って行った方が楽だろう。

  ついでに薬を飲む為に水を持って行った方が良いだろう。


 「分かりました。じゃ、そこで待っていて」


  数分後降りてきた朋谷は、オートロックの扉を開けると、

  野坂の姿は見られなかった。

  呼びだしておいて、どういうことだ?

  眠い目を擦りながら、周囲を見回すと、野坂は駐車場にある

  軽自動車の中で眠っている。


 (先程は具合が悪そうだったが、まさか)


  急いで野坂の眠っている運転席側の窓を叩くが、起きない。

   

  携帯電話番号も知らないので、電話で起こすわけにもいかない。

  良く見ると助手席側だけロックがしていないので、そこを開けて

  起こすことにした。朋谷は助手席に乗り込み、持って来たペット

  ボトルの水を分けようとする。


 「大丈夫ですか、野坂さん?お薬。持って来ましたよ」


  膝だけ乗り出しても、まだ起きない。

  朋谷は、より運転席に近い場所の方へ座り直す。

  薬とペットボトル左手に持ち直して、右手で野坂の肩を揺する。


 「野坂さん!大丈夫ですか?」

 

  カチ。

 

  いきなり全部ドア・ロックされた。


  何が何だか分からない朋谷が狼狽えていると、急に起きた野坂が

  車を急発進させる。慌てて朋谷が尋ねる。

 

 「ちょっとどこ行くんですか?」


 「まだ分からないのか?」


  後部座席からの声と、首にスタンガンを押しつけられたのは同時だった。


 「これが最後のドライブだ。楽しみだだな」



2


 目が覚めた時には、全てが終わっていた。

 誰もいない車内。

 先程までいたはずの朋谷も、後ろの男も。

 そっと後部座席を確認するが、誰もいない。


 トランクに潜んでいる男が頭を掠めたが、

 それを確かめる勇気は、野坂にはなかった。


 最後に思い出せる光景は-。

 横で震えている朋谷。

 左腕で羽交い締めする後ろの男が握るスタンガン。


 そして―指定された場所に辿り着いた途端に、

 電気の弾ける音と共に、訪れた強い衝撃をくらった。

 同時に訪れた暗転。


 正直何が起こっているのか、知るのが怖い。

 怖々周囲を見回すが、やはり先程と変わらぬ郊外の

 墓地だった。

 冷静に考えれば、運転席に野坂が眠りこけているのだから、

 移動していないのは当たり前だが。


 急いで110番をしようと携帯を探すが、どこにもない。

 抜かりなく取られてしまったようだ。

 祈るようにカーライトを使って、車のキーを探すと幸い

 エンジンに刺さっていた。

 再度車のロックを確かめて、野坂はゆっくりと車を動かす。


 フロントライトが照らし出したのは、

 意識が無くなる前と同じ場所-車は墓地を見下ろす

 小高い丘の上に駐車してあった。

 自然と墓地を見下ろす格好になる。


 朋谷を探すが、深夜に差し掛かっている時間帯のこと。

 周囲に街灯なんて気の利いた物はなく、様子はほとんど分からない。

 薄くつけたヘッドライトだけが、ぼんやりと前を照らす。

 丘と斜面の下にある国道とをつなぐのは、一本の舗装していない小道のみ。

 両側にガードレールもない小道だから急いでいても、慎重に前進する。

 ここで車が側溝にでも落ちたら、何の意味もない。


 車の斜め前ら辺にある林で、何かが影が動いた気配がした。


 ライトが届かなくて、良くは見えない。

 道幅は車二台がやっと通れるもの。まだ右に幅はある。

 車を少しだけ右側に傾けると、ライトはそれを照らしだした。

 宙に浮くヒトの体だった。

 着衣から直ぐに朋谷と分かった。

 首はダランと垂れ下がり、目に光はない。

 

 野坂は次の瞬間、絶叫しながらアクセルを思い切り踏み込んだ。

 とにかく前だけを見て運転した。

 やっと人家の灯りが見えるところまで来ても、鼓動は治まらず、

 独りでいることがとにかく恐ろしくて、ひたすら灯りを目指す。


 レストランの立ち並ぶ国道沿いまで来て、野坂は漸く少し落ち着いた。

 大きめのファミリー・レストランに車を停め、公衆電話の場所を聞く。

 そのレストランには電話が設置されていたので、通報した。

 恐怖と興奮で落ち着かない気持ちをを押し殺して、第一発見者としての

 証言や、調書を取るのに付き合っていると、すっかり明け方になって

 しまった。

 

 翌朝‐やっとのことで解放された野坂は、朋谷が亡くなったことを

 再認識した野坂は怖れと焦燥で、とても自宅に帰る気にはなれなかった。

 そこで費用はかかるが、ビジネス・ホテルに宿を取り、部屋に着くなり

 待ちきれないというようにベッドに飛び込み、横になる。

 

 でも一番恐ろしかったのは、男が知った顔だということだった。




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