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 「矢越さん、ちょっと」

 生気を無くした芽生がよろよろと家に帰って行く後ろに、
 続こうとすると、調査員に呼びとめられた。

 「怨みを持つ可能性がある人物は見つけました」

 依頼された両家ではなかったので、芽生には告げなかったらしい。
 それに芽生には犯罪交じりのところがあるから、教えて厄介なことに
 巻き込まれては迷惑だと言う気持ちも働いたんだと思う。

 「  」

 耳元に口を寄せて、そっと教えてくれた名前に、聞き覚えはなかった。
 調査員によると、親族で「偶々」同じ和琴大学関係者は、一人だけだという。
 その人物についてのプロフィールをそっと手渡す。
 
 「もしかしたら……ひょっとするかもしれません」

 慌てて追加料金を払おうとすると、調査員は断った。

 「サービスで良いですよ。矢越さんもこれからいろいろ大変でしょうから」
 
 既に矢越の決意を知っているかのようにスマートに断ると、身を翻して
 どこかに行ってしまった。

 矢越は罪悪感に苛まれていた。

 芽生がしてきたことには、全く同情の余地はない。
 自分に対する侮辱への怒りもあった。
 
 それでも興信所の調査結果と芽生からのメールから、
 第三者の悪意を感じずにはいられなかった。
 今の時点では、芽生とは別れるつもりだし、復縁するつもりもない。
 ただ一度はそい遂げようと思った人が、転落していくのを黙って
 見物するほど、心を鬼にはできなかった。
 
 全部ではないかもしれないが、これまでの経緯から、芽生が
 一方ならぬ怨みをかっているのは理解できる。
 それが逆恨みではなく、合理的だと言うことも。
 おそらくもう芽生本人の力では、もうその怨嗟を解きほぐすことは
 できない。
  
 だが第三者の矢越なら。
 その人物も耳を傾けてくれるかもしれない。
 第三者が知っていることで、行動がエスカレートすることを
 抑止することが出来るかもしれない。
 
 芽生と一緒にいろいろな人物を疑って調べているよりは
 余程身になるはずだ。
 
 矢越は希望的観測の下に、その人物に会いに行った。
 
 「初めまして。改めて自己紹介申し上げます。私は矢越事務所で
  政策秘書をやっております、矢越澄真と申します」

 そう言って、名刺を取り出すと、机の上に置いた。
 場所は大学からほど近い、少し高級なレストラン。
 個室があるので、商談などにも利用される。

 「よく来て頂けました‐野坂さん」

 相手の女は飲み物も口をつけず、ただ黙って矢越を見やる。
 怒りがほとばしる緊張感が、彼女の雰囲気を清廉な物に見せる。

 「あなたは既に私のことを調べ上げたようですから、やむをえず
  来ただけです。来たくて来た訳ではありません」

 「これはまた手厳しいですね」

  矢越は愛想笑いをして場を和ませようとしたが、野坂には
  通用しないようだった。一気に本題に入ることにする。

 「失礼ですが、野坂さんには甥御さんがいらっしゃいましたよね?
  5年前に投身自殺された、和哉さん」

 「最近の議員事務所はプライバシーの侵害を平気でするんですね。
  不愉快です」

 「まあまあ、今日は事務所の意向で来た訳ではないのですよ。
  その甥御さんが亡くなられたことに、野坂さんは何か疑問が
  おありなんじゃないですか?」

 「何が言いたいんです?」

 「和哉さんが亡くなる直前まで所属していたのは、大学の山瀬研究室。
  そこで和哉さんは、院生をされていた。当時のメンバーには、佐々木
  芽生、小田切、朋谷、……それと土岐等あかり」

 わずかだが、野坂が息を飲むのが分かった。

 「土岐等あかりさんは、その研究室でひどいハラスメント行為を
  受けていて、その加害者は和哉さんだと審議された。それが原因で
  和哉さんは大学を退学処分となり、それを苦にして自殺をした。
  でも実際は和哉さん以外の院生も、それに加担していた。それを
  和哉さん一人に押しつけて、自分達はのうのうと普通の研究者生活を
  続けている。……そうですよね?」

 「……」

 「もしこれが本当なら、許せない気持ちも良く分かります」

  ここで矢越は席をたって、深々と頭を下げた。

 「何のつもりですか?」

 「申し訳ありません。佐々木芽生は、私の婚約者です。今は
  もう婚約解消寸前の状態ですが、この度の事心から申し訳なく思います。
  本当に申し訳ありませんでした」

 「あなたに謝ってもらっても……」

 「もしあなたが実際に芽生が憎くて行動を起こしていたとしても、
  仕方のないことです。それほどのことを芽生はしました。告発したり
  する身の上ではないと承知しています。私どもが責任を持って謝罪と
  償いをさせますので、もし芽生に対して更なる制裁を考えていらっしゃる
  のならご勘弁願えないでしょうか? お願いします」

 再び頭を下げる矢越。
 躊躇いつつも、野坂は静かに答えた。
  
 「あなたのお気持は分かりました。……ですが本当に私は、
  芽生さんや小田切さんを脅したりなどしていません」

 「そうですよね……」

 明らかに無念そうな顔をして見せる矢越。
 野坂は、それが意図的なのか、純粋に出たものか判じかねた。

 「お忙しいところ、お呼び立てして申し訳ありませんでした。
  まあ、せっかくいらしたのですから、ご飯だけでも召しあがって
  頂けませんか?」

 そう言うと、矢越は寂しそうに笑った。
 さすがに情が届いたのか、野坂は口を開いた。

 「もうそこまでお調べになったのなら、隠しても仕方がない。
  私は確かにあの子が亡くなってから、ずっと怒りを堪えて来ました」

 当時学生相談室で、土岐等あかりを担当していた野坂は、当然
 誰が本当の加害者なのかを把握していた。その中に甥がいたと言う。
 和哉は姉の息子なので、義兄の名字を名乗っている。
 だから野坂と血縁であることを知っている人間は、ほとんどいなかった。
 院生とハラスメント相談所というのも、通常はそれほど接点がない。
 
 「もちろん倫理規定がありますから、誰がどんな相談に来ているかは
  甥であっても口外はしていません。今もお話しできません。ですが
  叔母としてはやはり気になるので、世間話の一環として時折和哉に
  尋ねていました」

  相談員の立場と、かわいい甥の進路に、野坂はひどく迷ったのだろう。
  その職務故に知ってしまうことは、時にひどく残酷でもある。

 「あなたのご指摘通り、和哉の他にもハラスメント加害者がいるはずだと
  ずっと憤っていました。今はもっと怒りが強くなっています。この怒りは
  単なる義憤ではありません」
 
  ここで野坂は息をすった。

  「和哉は、殺されたのかもしれないんです」


3



  (おかしい。絶対におかしい)


 一度にこれだけの事が、起こるのは明らかに不自然だ。

 明確な意思をもって、背後で誰かが手を糸を引いている。


 小田切に攻撃が集中していた時は、不正経理の疑惑を逸らすことに

 集中していて、いるかも知れない共犯者のことは二の次だった。

 小田切もその考えに賛成だったが、先手を打たれてしまった後では、

 先に相手を特定しておくべきであったと悔やまれる。

 

 不正取引。

 5年前の事件。

 小田切との会話。

 アカハラ。


 全てが露見した今では、変えようもない過去であり、事実だ。

 初めから場当たり的対処ではなく、相手を特定した上で対処しておけば

 良かったのだ。


 これほどまでに執拗に5年前の事件に拘る人物。

 それも関係者の家族ではない。

 他の関係者まで思いを巡らせたときに、芽生は一人思い至った。

 

 (まさか。でも……考えられないことではない。だとしたら、

  このままでいれば、破滅しか考えられない)


 思い立った芽生は、早速朋谷に電話した。

 

 「あの学部生が犯人よ……。それ以外考えられない。私に逆恨みして、

  こんな罠まで仕掛けて。警察に脅迫罪で訴えてやるわ」


 「学部生……。誰だそれ?」


 「忘れたの?土岐等さんを慕っていた田淵研究室の学生よ。孤立無援

  だった土岐等さんに、山瀬先生に立てついて一人だけ味方をして

  退学処分になった学生がいたでしょう?院生じゃないし、うちの

  研究室の学生じゃないから、候補から外していたけれど。血縁でも

  ないのに、そこまでして忠義立てるなんて馬鹿らしいと思っていたけれど、

  最後まで抵抗したところから、今までどうして気付かなかったのか

  不思議なくらいだわ」


  言われて朋谷は思い出した。

  まだ幼い顔をした学生を皆で取り囲んで、証拠を潰そうとした光景を。

  

  これも恥ずかしい過去だ。

  あんな詰まらないマネをして、朋谷には何のメリットもない。


 (こいつらは本当に学習しない……)


  せっかく現時点でターゲットと見なされていないのに、

  佐々木と行動を共にすることで、自らターゲットに立候補するのは

  割に合わない。朋谷はいい加減巻き込まれるのはうんざりだった。


 「心当たりがあるのなら、自分で興信所を使うなりして探してくれ。

  山瀬先生なら、またいつも通り君の力になってくれるだろう。

  俺もこっちでいろいろ忙しいんだ。悪いけれど、力にはなれない。

  大変だと思うが、自力でなんとかがんばってくれ。それじゃあ」


 一方的に話して、相手の反応を待たずに朋谷は電話を切った。

 

 (学生が実力行使で復讐か……)


 アカハラの被害者は、大学が解決に尽力してくれない場合、

 適当な理由を付けて大学から追放されざるを得ない状況に置かれる。

 更に対抗するには裁判くらいしかなかった。

 

 (時代は変わったな)


 朋谷は今現在揉み消そうとしているアカハラの被害学生が、

 そんな気概を持っていないことを願った。  



4



 最期の話し合いは、いつも利用するレストランだった。

 芽生は来るべきものが来たと覚悟はしていたが、それでも何とか縋れば

 修復できるかもしれない。

 アカハラで停職処分までくらい、不正経理の件ももみ消し中だが

 成果は芳しくない。せめて私生活くらいはと望んでも罰は当たらないだろう。

 芽生は一縷の望みに全てを託した。

 

 慰めてもらおうと頼ったその手は、無慈悲にも芽生を突き放した。

 待ち合わせの場所に一足先についていた澄真は、芽生が来るや早々に

 別れを切り出した。

 既に双方の親にも連絡はついているという。


「私の立場が悪くなったからって、簡単に捨てるの? 卑怯者! 

 それでも婚約者なの?苦楽を共に出来ると考えたから、私と結婚しようと

 思ったんじゃないの?」


 一方的に捲くし立てる芽生を、澄真は未知の生物でも見ているかのように、

 興味深げに一瞥するだけだった。


 「私はあなたとなら、どんな苦労にでも耐えられると思って

  プロポーズを受けたのよ。あなたは違ったのね。

  余所に好きな人が出来たから、簡単に婚約者を捨てることが

  出来るってわけね」


 芽生自身それが理由でないことは分かっていた。

 それでも自分の非を認めたくはない。

 自分の過ちで婚約が取り消された哀れな女に、

 成り下がることは、プライドが許さない。


 「……」


 矢越からは全く反応がない。

 無表情な顔からは何も読み取ることができない。

 ここ最近の苛立ちを発散するかのように感情をぶつけてくる芽生を、

 ただじっと澄真は見ていた。

 人形が突然口を聞いたかのごとく、呆気に取られていると言い換えた

 ほうがいいかも知れない。

 実際婚約者にすら素の芽生をさらけ出したのは、今回が初めてだった。

 ヒステリックに逆切れするのは、ここ最近はあったが、それでも

 程度をわきまえていた。

 だが今日は本気で、腰を据えて自己正当化に終始している。


「何とか言いなさいよ! 私はこのままで済ませるつもりは

 ないんだから。どうしてもと言うのなら、慰謝料を請求するわ」


 そこまで言うと、澄真は一枚の写真を手渡した。

 ひったくるように見ると、そこには一夜限りの出来事の山瀬との

 ツーショット写真だった。誰にも知られなかったはずなのに。

 最悪のタイミングだった。


 「……これで十分だろ。慰謝料はこっちが貰いたいくらいだ」


 「……」

 

 「じゃあ」とそのまま鞄を持って立ち去ろうとする澄真。

 芽生は必死で引き止める。

 しっかりしなくては。ここが正念場だ。

 停職処分を受けている今、私生活まで駄目にすることは絶対に避けたい。


 「待って。これは誤解なの。ちょっと先生が酔っ払っちゃって、それで……」


 右腕のスーツの裾を引く。捨て身の作戦が効いたのか澄真が立ち止まる。


 「本当に……誤解なの。ちゃんと後から証明してみせるから。だから

 ……お願い。あなたとこのまま駄目になりたくないの」


 「君は、芹沢君を殺したのか?」


 「え……。そんな訳ないじゃない。私たちは芹沢君を怖がっていたのよ」


 「嘘を吐くな!お前たちが土岐等さんに嫌がらせをしているのを録音した

  ものがある。お前が嫌がらせをするよう、芹沢君に命令している

  じゃないか!ハラスメントがばれて罪を被るのが嫌だから生贄を作った

  という訳か」


 「そんなものをどこから……」


 「『違う』とは言わないんだな」


 「……違う。もちろん違う。聞いてそれは……」


 「もういい!情けない人だ。ここまで来て一度も謝罪をしない。

  どうして一言自分が悪かったと言えないんだ。お前はいつも

  言い訳ばかりだ」


  芽生は初めて矢越に「お前」と呼ばれた。


  終わったことは仕方が無いが、それに反省も謝罪もしない姿が

  おぞましいと矢越はテーブルの端の方を見ながら言った。

  もう視線すら芽生と合わせてくれない。  


 「……君が、お前が発作で無抵抗の土岐等さんに罵倒した

  言葉を知った。驚いたよ。お前は『最低』の価値すらない」


 「……」


 「婚約者でなかったら、言葉を交わすことすら吐き気がするくらいだ。

  ……二度と僕の前に現れないでくれ」


 強く身体を振り払うと、そのままレジに五千円札を置くとそのまま

 去っていった。成り行きを見守っていた店員は澄真の後を追うか、

 芽生に渡すのか迷っていたようだったが、さっさと澄真はタクシーに

 乗って行ってしまったので、仕方なく芽生に渡しに来た。


「お連れ様のお釣りなのですが、お渡ししてもよろしいでしょうか?」


「ええ……」


 渡されたのは4000円。これが手切れ金のようなものなのか。

 馬鹿にするなと芽生は机に叩きつけた。



5


最終的にはいつもチャンスをくれた矢越からの、決定的な

別れの言葉は、ひどく芽生を打ちのめした。


後に残るのは、審議会で下された停職処分。

不正経理疑惑の払拭。

矢越との婚約破棄。


 頭が痛いが、地道に一つずつ潰して行くしかない。

 足を引きずるようにして、芽生は帰路に就いた。

 集合ポストの前まで来る。

 疲労感が尋常ではなく、家までの道のりが今日は随分と遠く感じた。

 

「なによ、これ……」

 

 ポストの中には大量の紙が入っていて、「金返せ」や「泥棒」と

 書かれている。意味が分からなくて、間違えて他のポストを

 開けたのかと思った。

 だが確認しても自分のポストだ。

 このマンションのポストはダイヤル式なので、間違えればそもそも開かない。

 

 管理会社に相談しようと、急いで携帯を取り出そうとする。

 そこへ他の住人が下りてきた。

 こんな恥ずかしいビラを見られるのは、事実無根であっても

 プライドが許さない。

 急ぎ鞄に押し込み、部屋に持ち帰って対処を考えることにする。

 

 占いなど全く信じないけれど、不運が集中する時期が存在するなら

 今がそうなのだろうと自嘲気味に芽生は思った。

 しばらく御茶を飲みながら、なんとなくテレビを見ていると、電話が鳴った。


 ピピピピ。


「この程度で許されるとは、思ってないでしょうね?」


 受話器を取って流れたのは、機械的な女の声。


 すぐに芽生は電話を切って、ベッドに放り投げた。

『この程度』が何を刺しているのかは不明だが、

 今日一日に起きた不運の内容を、相手は知っている。


(相手は直ぐ近くに居るのか?)


 嘉納が犯人だとしたら、意外と直ぐ側に居るのかもしれない。

 すぐに興信所に電話をして、嫌がらせの相談として、疑わしい人物として

 嘉納の名前を挙げた。一方的に電話や手紙で嫌がらせを受けていると

 説明すると、すぐに依頼を引き受けてくれると返事をしてくれた。


(これでひとまずは安心だ)


 停職処分中は、再就職も視野に入れて今できることに集中する。

 これ以上の転落を防ぐために視力を尽くすことにする。


 結果は一週間で来た。


 「調査はしましたが、現在の居場所や職業などを知ることは無理でした」


 「失敗したって言うの?」


  広告に書いてあったことと違う捜査に、早速怒りだす芽生。

  相手の調査員も逆切れ状態だ。


 「失敗ではありません。相手の方の事情により、通常なら可能な調査が

  出来ないのです」


 「『相手の事情』って何よ?特別なコネでもあるってわけ?」


 「それは言えません。ですがお客さまもこの件からは手を引くことを

  お勧めします。それともう一つ」


  先程から機嫌が悪いのか、この調査員は初めの電話と同一人物とは

  思えない程、感じが悪い。


 「この方を調べて、どうなさるおつもりですか? 犯罪行為の隠蔽

  でしたら、余所へご依頼ください。多分どこも引き受けないとは

  思いますが。わが社は犯罪行為には一切手を貸すことはできません」


 言うだけ言うと、調査員はお茶を出そうとしている受付嬢に向かって、

 「お客様はもうお帰りなので、お茶はいらない」と指示する。

 帰れと言っているのだ。

 

 恥ずかしさと怒りで悶死しそうだが、静かなオフィスで暴れる

 訳にも行かず、悔しさを抱えながら帰る。

 調査料金は返してもらえたが、芽生は納得できない。

 

 (調べ上げることができない立場の人間ってどういうこと?)


 芽生の計画はまたもや暗礁に乗り上げてしまった。



6


  得体の知れない相手。

 

  対決するには、やはりあの元営業マンから責めた方がいいようだ。

 不正経理を指摘した事実から、あの嘉納が脅迫者なら共犯関係にあるはず。

 

 「晴人君をお願い」

 

  「今日はもうご指名が入っていまして……」

 

  「……」

 

  これで3回目だ。

 毎回同じ女が独占している。

  

 (新人はいろいろな客と交流させるのが普通じゃないの?)


 自分も毎回独占していたのを棚に置いて、芽生は腹が立つ。

 いろいろ理由を並べ立てて、毎回他の従業員を進められる。

 晴人でないと意味が無いので断るが、これでは全然捕まらない。

 メールをしてもあからさまな営業メールだけで、不正経理に関しては

 何も触れない。


 (埒が明かない……)


 かと言って、同伴やアフターも同じ女が毎回指名している。

 こればかりは興信所に頼むことができる案件ではない。

 自力で解決するしかない。


 店に行っては諦めて帰るのを繰り返して、一週間ほど経過した頃。


メールが来た。

 

 晴人からだ。

 最近は店からも警戒され、店に行くことを控えていたが、

 相手も商売。営業電話をかけてきたという訳か。

 少し懐かしい気持ちで受信したメールを見てみる。


『そちらの気持ちは分かりました。私としても怨みがあったのは

小田切先生だけなので、前回そちらが提示して頂いた条件で、

証拠を破棄しても構いません。店だといろいろ差しさわりがあるので、

下の場所で待っております』


指定された場所は、高台からの展望が有名な自然区域。知名度にも関わらず、

観光シーズン以外はひっそりとしている。人気が無く、もし好事家がいた

としても地域住民がわざわざ来ることは少ない。確かに待ち合わせて秘密の

話をするにはいいかもしれない。相手が車でもあれば、そこから他の場所に

移動するのも簡単だ。


(やっと解決の糸口が見えた!)


喜び急ぐ芽生。

しかしその後、彼女がこの部屋に戻って来ることはなかった。

 



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