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13


「望の発作が起きて、薬を飲んでも中々良くならないの」


 常川達と話し終えた後、車で義両親の元へ向かった加奈は、

 真っ青になった。

 

 夫の愛人らしき人物からの怪文書が保育園に届いて以降、

 望は保育園を休んでいた。小田切は毎日出勤するので、

 用事がある時には、義両親に預けさせてもらうことにした。

 

 理由をまだ小田切には打ち明けていないので、義両親へは

 今日は保育園が無い日だが、用事があるので預かってくれないか

 と頼んだら二つ返事で引き受けてくれた。


 おかげで常川達に相談もでき、情報とアドバイスをもらえた。

 しかしその引き換えがこれでは……。


 一旦駐車したコンビニの駐車場で、加奈は行きつけの病院の

 名前と場所を告げてそこに望を連れていくよう頼んだ後、

 急いで病院に直行した。

 

 病院へ着いた時には、既に望の処置は終わったところだった。

 駐車場で義両親の車へ向かう望が見える。

 義父と手を繋いで、きちんと自分の足で歩いている。


 「望……!」


 駆けよって抱きしめようとすると、その間を小田切が遮った。


 「何をやっていたんだ!」


 義両親から連絡を受けた小田切の方が、先に病院に着いていた。

 すぐに加奈から、望を引き離すと、怒りに満ちた眼で睨んだ。


 「用事ってなんだ?」


 常川達と小田切の浮気や過去の事件について、相談していたとは

 義両親の手前言えず、加奈は黙り込んでしまう。

 それを疾しいことがあるから答えられないと捉えた小田切は、

 感情が高ぶる。


 「子どもを放っておいて、遊びに行っていたのか?」


 「違う!大事な用事があったの!子どもを連れていけるような

  場所じゃなかったし」


 「どこだ?職場じゃないよな?職場には今連絡して、今日は勤務日

  ではないことを確認したよ。だったらどこだ?なぜ保育園に

  預けていないんだ?」


  一方的に批判されるのに腹が立って、加奈もさすがに反論する。


 「……あなたの浮気相談よ。毎日佐々木さんと遅くまで実験している

  時間はあるのに、私が悩んでいることには耳も貸さないで!

  保育園なんか当分行けないわよ!あなたの愛人らしい人が出した、

  妙な手紙のせいでね!お義父さんとお義母さんの手前だから黙っていた

  けれど、もうたくさん!あなたが私と望の人生を滅茶苦茶にして

  いるの。いい加減気付いてよ!」


  言うだけ言うと、加奈は保育園に届いた手紙を、義両親に渡した。

  小田切も「愛人」の言葉に気がかりの事があるのか、

  一緒に文面を見ている。


 「満夫これは……?」


  義両親にはさすがに動揺が走ったが、小田切はそれをくしゃくしゃに

  丸めた。


  「また嫌がらせとでも言うのか?」


  「何よ。……何なのよ、その目は」


  「言い訳はいい! いくら最近物騒だからと言って、誰でも彼でも

    疑うのはどうかと思うぞ。望まで人間不信になったらどうするんだ!」


   「私はただ望が心配で……。それ以上に『望まで』って何?私が

     人間不信で望に悪影響だって言うの?」


   「最近のお前は異常だよ。昔のことをしつこく穿り返して」


  「……」

 

  言葉が全く伝わらない。

  意味をなしているはずなのに、加奈と小田切との間には

  決定的な断層がある。


   そのまま小田切は自分の車に望を乗せると、義両親の家に

  帰って行った。

   独り家に帰り、加奈は心細さと怒りと、無力感の混じった気持ちを

    持て余す。気分の高揚が収まらず、ソファに突っ伏した。

 

   (私がおかしいのだろうか?)


  もう自分を含めて誰を信じていいのか、加奈には分からなかった。



14

 

 「本当なんですか?」


  加奈は受話器を取り落としそうになった。

  時刻は午後八時。

  その時加奈は一人で夕食をとって、塾で生徒から返された答案を

  採点していた。


  望が義実家で発作を起こして既に一週間が立っていたが、未だ

  小田切は加奈を許す気持ちが収まることはなく、小田切が遅い時は

  義母の家に預けられていた。


  心配している割には、小田切の帰りが遅い日が続いた。

  帰宅時に受けた電話と話している時に、漏れ聞こえた声から、

  相手が佐々木であることがすぐに分かった。


  尋ねてもはぐらかすので、悪いとは思いながらも携帯電話の画面を

  盗み見した。だがやはりロックがかかっていて、中身を見ることは

 できない。悶々としたまま、惰性で日々を送っていた。


  その電話が鳴ったのはそんなときだった。

  この頃は無言電話も、なぜかあまり鳴らなくなっていたのと、

  連日の出来事に気を取られていて、特に躊躇しないで電話に出た。


 「あなたの旦那さんは、人殺しです」


  相手の第一声がそれだった。

  相手の声は確かに女の声だったが、複数の女の声を切り貼りした

  ような統一感の欠けたものだった。

  驚いたものの、すぐにあの噂と結びついた。

  冷静に対処して、可能なら噂を消さなくては。


 「失礼ですが、どちらさまでしょうか? おかけ間違いでは……」


  加奈の声に被せるように、電話の相手は言った。


 「あなたも殺されますよ」


  ガチャ。ツーツー。

 

  もう限界だった。

  加奈は小田切に電話した。

  仕事を邪魔してはいけないといつもは遠慮しているが、

  気にしてなどいられなかった。


 「あなた、私。今変な電話があって……」


 「今大事な話をしているところなんだ。いつもの無言電話か?」


  周囲に人がいるのか、あくまで表面上は愛想良く答えるが、不機嫌な

  気持ちが滲み出ている。いつもは完璧なまでに良い人を演じている

  小田切にしては珍しい。


 「違うの。あなたのこと、『人殺し』だって……」


  それを聞いた途端、小田切の声が荒いものに変わった。

 

 「そんなわけないだろう」


 「……それは分かっている。でも変な電話が自宅まで来るなんて、

   私怖くて」


 恐怖を訴えるが、受話器の向こうからはざわざわと周囲の音が

  妙に聞こえる。小田切が受話器を耳から話しているのか。

  小さな声も聞こえる。

 

 「もしもし、ちゃんと聞いてる? 私もう怖くて……」


 「君の仕事はつまらない噂を消すことだろう。ちゃんと毅然とした態度で

  噂を否定したんだろうな?」


 「それは……」


 「君は一児の母親だぞ。しっかりしてくれないと困る」


  あやすような声を出す。

  明らかに周囲に会話を聞かれていることを意識している。


 (ごめん、遅れちゃって)


  冷静な声が受話器越しに聞こえる。

  あの女の声だ。


 (やっぱり一緒に居るんだ)


  この瞬間、加奈の心の中で小田切の存在が劇的に変わった。

 

  思い出は浪費した時間。

  浮気は取引材料へと。



1


 その日小田切が帰宅すると、応接間ではしゃいでアニメのビデオを

 見ている望の傍で、全く内容が目に入っていないかのように放心

 している加奈が座っていた。リビングを照らす明るい光とは対照的に、

 加奈の座るテーブルには、豆電球しか付いていない。


 「何をしているんだ。電気も付けずに」


 「これ……何?」


  応接間の机の上に置かれた封筒は、今朝大学に送られてきたものと全く

 同じだ。まさかと中を検めると、やはり同じものが入っていた。

 差出人不明の封筒は、あれから不定期に郵送されてきており、

 なぜか学生の研究室宛てに封筒が届くので、同封されている文書が

 学生に見られているのではないかと、毎回冷や汗をかく。

 文書の内容は送って来る度に、内容がより細かく、小田切の罪を

 暴いていく。今加奈が手にしているのは、最新の文書と全く同じ

 内容。その内容は5年前の小田切の罪を詳述してあった。

 

 「こんなもの嫌がらせだ。気にするなと言っただろ」


 声を荒げる父親に、娘の望が怯え出した。


 「どうしたの? 喧嘩はだめええ」


 「ああ、ごめん、ごめん。パパが悪かったね。ごめんね」

 

 最近はすっかり娘に甘くなった小田切は、すぐに態度を変えた。

 だが今日は加奈の、勘に触るだけだった。


 「これは本当なのかどうかだけでも、答えて頂戴」


 内容は土岐等あかりに対するアカデミック・ハラスメントについて。

 その後の大学側との交渉の経緯と、その結果一人の院生が罪を

 全て被ったことが淡々と事務的に書かれていた。

 どこかの機関へ提出する為に、経緯を纏めたもののようだ。

 極力主観は排してあるが、その分静かな怒りが感じられる。


 これが塾で問い合わせが合った内容かと、加奈は隅から隅まで

 読んだ。読み進めるにつれて、保護者の気持ちが共感できる。

 この内容が広まっていたのだとしたら、加奈を恐れる気持ちが分かった。

  

 「違う。前にも言っただろうこいつはひどい暴力事件を起こ

  して退学したのを、逆恨みして自殺しただけだ。私たちはただ

  こいつの行動を諫めただけだ」


 「それじゃあ、どうしてこの人はあなたたちの名前を書いているの? 

  やったことだって細かく書いてあるわ。あなたが女子学生にした

  ことは、無視、暴言、実験結果の横どり、集団での吊るし上げと

  書いてあるけれど。まさか本当のことなの? この女子学生は

  どうなったの? この人まで亡くなったんじゃないでしょうね?」


  「落ち着いてくれよ。たちの悪いいたずらだと言っているだろう。

    嫌がらせの為にはいくらだってエネルギーをつぎ込む暇人だって

    いるんだ。ほら、望だって心配しているじゃないか……」


  こんなときにまで、娘をダシに使うところも卑劣だと

 加奈の怒りは増すばかりだ。


  「まま、喧嘩だめ」


  裾を引っ張る望。愛らしさと不憫さで泣けてくる。

   だが今は落ち込んでいる場合ではない。


  「望、今大切な話をしているの。ちょっと待ってね」


  望の為に、新しいアニメをつけると、それを見るように言った。


  「ごまかさないで。……この女の人はどうなったの?」

 

  「知らない。入院している場所へ一度見舞いに行っただけだ」

 

  「入院……。入院させるようなことをしたの?」

 

  「その人はもともと体が弱かったんだ。だから私たちのせいではない」

 

  「それじゃあ、体の弱い人に嫌がらせをしていたの?」

 

   絶句する。

  

  「そもそも嫌がらせなどしていない。見舞いに行ったのがその証拠だ」

 

 「そんなの何の証拠にもならない! 今すぐこの人たちに謝りに行き

    ましょう。死んだ人は無理でも御遺族の人たちの前へ引きずってでも

    あなたを連れて行く。土下座して謝罪してもらうわ」


  「僕は悪いことなど何もしていない。こんないたずらを真に受けて行く

   必要などない。家族よりもこんな怪文書の方をお前は信じるのか。

   それにどうして僕がこんな逆恨みを受けていると思うんだ。お前たちを

   食わせていかなければならないから、嫌なことでも我慢して引き受けてきた

   からじゃないか。僕の苦労がお前に分かるか」


  「……あなたそれ本気で言っているの? 私たちがいたから人を殺す

    ようなことを平気でやったって。……もう無理。あなたはそうやって

    一生自分の罪から目をそむければいい。でも私たちまで巻き込まないで」


   加奈は望を連れて、家を小田切家を出ることを今度こそ決意した。

 

2


 加奈はともかく、望には愛情があった小田切は、親権だけは頑として

  譲ろうとはしなかった。幼子の場合、余程の過失がない限り、子どもは

  母親が親権を持つことになる。小田切は加奈が虐待をしている可能性が

  あると言い張り、無理やりにでも連れて行こうとした。


 「お前は虐待している可能性があるからな。望の将来の為にも、

    俺は絶対に親権をもらう」


 「濡れ衣も大概にして。あなたみたいな卑怯で陰険な人の下に、

    望を預けることなんてできない。殺されてしまう」


 いつもは脅したり賺したりして、なんとか加奈を丸めこむ小田切だが、

 ここまで不満と疑惑が入り混じった加奈を、誤魔化すことはできない。

 結局「親権は絶対に譲れない」と言い残して、その日は家を後にした。

 実家にでも寄るのだろう。


 息子に甘い義両親からの干渉が、予測されたが、それもどうでも

  良いことだ。

 訳が分からずぽかんとしている望を抱きしめて、

  加奈は心が軽くなったのを感じた。


 (小田切から離れれば、普通の生活に戻れる)


 それこそが加奈の願いだった。


 別居して一週間。小田切がいないだけで、平凡な毎日が続いていた。

 いたずら電話も治まった。

 塾への告げ口電話もない。

 保育園にもあれ以降、異変は起こっていないようだ。

 それでも警戒して、望を保育園に行かせていない。


 小田切の言い分を鵜呑みにしている義両親は、頻繁に電話をかけて

 望と会わせて欲しいと懇願する。以前と比べて何かと気を遣うように

  なった義母だが、息子の言い訳を鵜呑みにして、様々な理由を並べ

  立てては、復縁を迫る。

 これにはうんざりしたが、望が会いたがるので止めるわけにもいかない。

 

 小田切が加奈と顔を合わせるのを避けているので、望を義両親に預けて

 仕事に向かう状態が続いている。父親不在で不安になっている望をこれ以上

 傷つけたくなかった。

 小田切が加奈と顔を合わせないのは徹底していて、

 自分の私物も、加奈がいないときに、こっそり取りにきているようだ。

 そんな子どもっぽい態度にも、愛想が尽きてくる。


 ただ来るべきものが来ただけ。

 加奈はむしろ気が楽になった。

 これからは普通に戻れる。


 その矢先のことだった。

 

 -望が姿を消した。

 


3


「そろそろ奥さんも怒りだすころじゃないの?」

 

 珍しく佐々木が、人の家庭に気を回す。


「気にしないでくれ。それよりも、早くあの男を見つけないと……」


 その日も小田切は、佐々木と共に元営業マンを探して、唯一の

 手がかりであるスーパーの駐車場で張り込みをしていた。

 小田切は手にしている名刺を眺めるが、そこには会社の所在地と

 電話番号、そして「菜取晴人」と名前が書いてあるだけ。

 やはり手掛かりが少なすぎる。


 大学との取引を生業とする業者の営業マンであった彼は、

 その融通の利かなさから、小田切のクレームによって解雇されてしまった。

 小田切を怨むには十分な理由を持つ男である。

 同時に、不正取引の内情を知る人間でもある。

   

 不審な手紙を受け取ったのが二週間前。


 5年前の事件をSNSに晒すなど、到底受け入れられない小田切は、

 相手がゆすりのネタとしている、不正経理の証拠を握りつぶそうと

 画策している。


 気弱だった営業マンは、杓子定規が故に、上手く小田切に便宜を

 図ることができなかった。彼が首を切られる可能性があることを

 承知の上で引導を渡したのは、確かに小田切だ。

 便宜の図り方が要領悪くて、本社の方にクレームを入れた。


 前任者と違って、こちらの意をくむのが下手な男だった。

 要領が悪い割に妙な正義感があるのも、こちらの痛む胸を見透かしている

 ようで、腹ただしさが増した。


 不正経理が露見すれば、業者にも税金の関係上、何らかの

 制裁が下されるはず。

 証拠の隠滅はたやすいと思っていた。

 

 だが一度大学側に申告したものを取り消すことは出来ない上に、

 業者側が言うには手元にある書類の改ざんは可能だが、

 もし元社員がコピーやスキャンしていたら、それはもう手の

 施しようが無いと言われた。

 例え追求されてもあくまで担当者が独断でやったことと、しらをきる

 つもりなのが透けて見えた。


 顧客に向かってその態度は何かと言うと、新たな担当者は言った。

 最近は不正経理に対する目も厳しくなってきた。

 リスクを負ってまでも大学側に恭順を示すか、不正は絶対に

 手を貸さないという方針の、どちらに組するかを明確にするべき

 だと議題にあがったと。

 業者としても不正経理に加担していたと言う評判はマイナスに

 なりうるのだ。

 世の中、金に貪欲な者ばかりではない。リスクよりも安定を求める

 人間の方がはるかに多いのだ。


 新たな社の方針は、きっぱりと不正経理から手を引く路線。

 会社のイメージダウンをさせるわけにはいかない。新たな担当者は、

 過去の経緯を全て知った上で、今後は以前のような便宜は図れないと

 低姿勢ながらも、はっきりと宣告した。

 

 その目が自分を蔑んでいるようで、気に入らない。

 前任者は不服を言いながらも便宜を図ろうと努力はした分、

 可愛げがある。

 そこで思い出したのが、前任者の言っていた、最後の言葉。

 

 「先生のうちの近くのスーパー、僕の実家の近くにあるんですよ。

  よく利用しています」

 

 それはしっかり覚えている。


 だからこそ小田切は毎日のように、特段用事もないのに、

 そのスーパーに立ち寄っている。郊外型の大きなスーパーで、

 駐車場にも何百台も車を駐車することが出来る。

 車内で入口を監視するのが、最近の日課となって来た。


 以前送られてきた不正経理の証拠。

 明らかに原本をコピーしたものだった。

 業者が自身で自分の不正を暴露することはありえない。

 やはりその業者が持っていると考えるのが、自然だ。


 佐々木も名を上げられ、故意でなかったせよ、いつ捕まるのか

 分からない状態で、何とか前任者に告発だけはやめさせてもらうため、

 付き添っている。弁明したいことが一杯あるのだろう。


 5年前のハラスメント事件にも二人とも関わっているので、最終的には

 それを暴露されてもいいのではと相談したりもしている。

 もちろん佐々木は常にその暴露だけは反対している。

 今でも自分が悪いとはみじんも考えていないと、明言している。


 ともあれ2つの用事が交錯して、二人はここ最近ほぼ毎日のように、

 共に行動していた。


 プロジェクトの実験を形だけ進めては、小田切は佐々木と毎日不正経理

 の証拠を持って逃げた元営業社員を探しまわった。もう離職したので、

 会社に行っても、会うことは叶わない。

 人事に行っても、プライバシーを理由に、実家の住所までは

 教えてもらえない。

 今二人に残された証拠は、最後の言葉。

 実家住まいで、最寄りのスーパーが同じであること。

 それに全てを賭けるしかない。

 何がなんでも元営業マンを見つけて説得する必要がある。


  大学での仕事は遅くても6時には終わる。

  その後の時間を捜索に当てた。小田切宅の近所であるし、帰宅には

  それほど困らない。稀に近所の顔見知りの人に会い、好奇の眼差しを

 向けられたりもしたが、 気にしている場合ではない。


 不正経理の容疑が成立してしまえば、刑事罰を受けてしまう。

 二人とも必死だった。


 だからこそ終業後の為、共に外食をしたり、スーパー近くで

 近隣の住民に目撃されるというような外聞の悪いことにも、

 耐えているのだ。

 全ては逮捕を免れ、平穏な家内安全を実現する為。

 

 それなのにー。


 小田切の意志に逆らうかのように、妻は小田切の過去の罪を責めるような

 言動ばかりする。加えて、娘の望への態度も気にかかる。

 一人目の子どもの時の疑惑が再度持ち上がる。

 そんな自身の行動を省みず、最近では佐々木との浮気までをも示唆

 してくる妻には愛情が冷えつつある。

 こちらの意志も分からずに、ただ自分の意思を押しつける様子に

 小田切自身も限界だった。


 こうなる要因は前から燻っていたと、妻は言う。

 小田切は全く理解できない。

 一人目の子どもが亡くなったのも。

 最近の怪異も。

 自分はいつだって被害者だったのに。

 別居が決まってなお、小田切は分からない。

 妻が変わってしまった理由が。




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