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 佐々木や小田切が5年前に行ったと言われている行動に関しては、

 例のホームページで確認している。だが実際に物理的暴力を振るったと

  言うのは見かけなかった。言葉による誹謗中傷、研究成果の奪取、仕事の
  押しつけ。これらを佐々木と小田切、朋谷も加担していたこと、そして
  自殺した芹沢が行っていたのは知っている。
  刑事が何か言いかけたのを、常川が目で制した。
 察した刑事はさりげなく次の質問へと移る。

 

 「どうも情報が偏っているようですな。ですが大変参考になりました。

  それで田中さん、常川さん。お二人は野坂さんとどういう関係なのですか?」


  今度こそ隠す訳にはいかないだろう。

 何も後ろめたいことはないのだが、助けを求めるように常川の方を見る。

 

  「佐々木がこいつにアカハラした時に、知り合ったんだ。

  それまでは全く接点はなかった」


 嘘ではない。

 野坂はハラスメント相談室で働いているので、この説明に無理はない。

 若い刑事はまた出てきた「アカハラ」の言葉を不審に思う。

 

 「アカハラってそんなに頻発するものなのでしょうか?」


 5年前にもひどいアカハラ事件が起こったのであれば、自浄作用が働いて

 しかるべきと考えるのが普通だ。老刑事も同じ感想を持ったようだが、

 話が逸れるので、軌道修正をする。


 「常川さんは、5年前のアカハラ事件、どんな立ち位置だったのですか?」


 一瞬優奈を気にしてから、常川は珍しく言い淀む。

 

 「……俺も加害者の一人だ。5年前のアカハラ事件はいきなり始まった

  訳ではない。土岐等が入学して半年ほどで始まったんだ。

  だから休学する前、当然俺は知っていた。土岐等がどんな嫌がらせを

  受けているのか。ずっと黙殺していた……。だから傍観者という

  意味で、紛れもなく俺は加害者なんだ」


  修士課程入学当時の常川は、学問の道を志していた。

  アカハラにはすぐに気付いたが、下手に介入して将来が

  潰されるのを恐れて、見てみない振りをしていたのだと

  打ち明けた。

  

 「アカハラを止められない自分の無力さを痛感した俺は、

  死に物狂いで努力して、起業した。あんなところ一秒でも居たくない

  その一心だった。それでも失敗した時の保険代わりに、籍だけ

  置いていた。ひどく中途半端な存在だった」


  今では経済力と最高学年である事実が、客観的な物の見方をある程度

  容認される立場になったので、客観的な見方を野坂に提供できたはずだ

  と、常川は締めくくった。

  そのときの関係者を全て知っているし、大学側に阿る必要もないからだ。

   ほぼ自分語りの内容だったが、刑事たちは真剣にメモを取る。


 「そうなるとここ半年の間に、小田切さん、佐々木さん、朋谷さんが

  皆自殺しているのが気になりますね。特に朋谷さんの自殺現場の場合

  彼女が第一発見者だ」


 「それなんですけれど、どうして野坂さんが第一発見者になったんですか?

  朋坂さんと野坂さんはほとんど面識がないんですよ」


 「野坂さんの供述によれば……」と前提を付けた上で。

  野坂はあの晩、5年前のことをひどく反省していると言って、朋谷に

  呼び出された。そして現場となった墓地に行くよう指示され、

  反省の証として首を吊ったのだと。


  老刑事は手帳を確認しながら説明する。


 「でも、目の前で自殺しようとする人が居たら、普通止めるのでは

  ないですか?」


 「墓地についてからしばらく野坂さんは眠っていたそうです。

  朋谷さんから水をもらったと言っていましたから、その中に

  睡眠薬が入っていたのかもしれません。自殺の邪魔をされないように」


  ありえない状況に、常川と優奈は絶句する。


 「警察としても、頭から信用している訳ではありません。しかし現場検証

  によると、野坂さんが朋谷さんを首吊り自殺に見せかけて殺すことは

  不可能です。あの暗闇の中、女性一人で実行するのは無理だとのことです。

  協力者がいたという有力な情報もありません」


 「野坂さんは何と言っているんですか?」


 「何も。放火についての動機も、『自分がやった』としか話さないのです。

  ほとんど黙秘を貫いていますが、理由は芹沢さんだけが責任を取ったこと

  に対する腹いせだと見ていいでしょう。

  後は先程の3人への嫌がらせも全て自分がやったことだと自供しています。

  その一方で、3人の自殺への関与については、何も話さない。どこか

  ちぐはぐな印象を受けるんですよね」

 


8


  嫌がらせと言っても、被害者から告発もない。

  小田切の件に関しては、狂言誘拐を利用した強要罪が成立すると

  言えないこともないが、小田切自身がそう判断しなかったのか

  訴えられることもなかった。

  だが自殺に関与しているとなれば、殺人罪だ。

  事情は大きく異なる。


 「野坂さんの説得によって、3人とも良心の呵責に耐えかねて自殺した。

  ……そうは思えませんがね。3人とも、何というか……様々な不正を

  続けていた訳でしょう?。反省しているとは、ねえ?」


  アカハラのターゲットになった優奈もそれは疑問だ。

  少なくとも佐々木は全く反省していなかった。


 「一人、足りませんよね?それがどうも引っ掛かるんですよ。

  本丸を倒さずして、自首というのがね。不自然ですよねえ」


 「本丸? まだ誰かいるんですか?」


  またもや常川が目配せをする。

  老刑事と常川の間には確かに通じるものがあるみたいだった。


 「それでは今日は田中さんはこれくらいで結構です。

  怪我をしているのに、ご協力ありがとうございました」


  半ば強制的に追い出されてしまった優奈は、ひどく不愉快だ。

  これでは何も知らない子ども扱いだ。


 「現場にはあなたたちしかいなかったのですか?」


  刑事によると、宿泊客の中に死傷者はいないとのことだったが、

  常川たちのように外部からきた客間では確認が出来ていない。


 「あなたたちを部屋の外に運んだ人間がいるんです。宿泊客たちも

 確認しています。そうでなければ出火元にいたあなたたちが、

 軽傷で済むはずがない」


 焔のことだ。

 

 だが常川は言いだそうとはしない。

 話してもよいものかどうかを考えているようだ。

 焔の思い詰めたような顔を思い出すと、とても言い出す

 気持ちにはなれなかった。


 「若い男性だったと証言があります。心当たりはありますか?」


 「知りません」


   即座に常川が否定する。

   優奈は真実をいうべきかと苦しみながらも、一方だけが知っていると

   妙な疑いがもたれると、常川の意見に控えめに肯定した。


 「その男性が火を付けたと思っているんですか?」


 「いやいや。放火して殺そうとするのであれば、わざわざ助ける

   必要はないです。助けた後も名前も告げずに、姿を消してしまった

   と言うし。面倒事に関わりたくないが、見て見ぬふりもできなかった

 と言うだけでしょう。私はただ、助け出すときに、不審人物を

 見たのではないか聞きたかっただけですよ」


さらっと交わしたが、そこに何か意図があるのは明らかだ。

人の良さそうな顔をして、案外食えない性格なのかもしれない。

優奈は気を引き締めた。

  


9


  「アカハラの犠牲者は、もう一人いたんだ」


   それが学部生の名だと常川は、アイスを頬張りながら言った。

  優奈も持参したアイスを口にしながら、補助椅子に座って

  常川の次に出てくる言葉を待る。


  昨日自分だけ5年前の事を知らなかったことが幾つかあることに

  拗ねた優奈は、今日は午前からずっと常川の部屋に居座っている。

  六人部屋に入院している優奈と比べて、金を持っているだけあって

  常川の個室はゆったりできるというのも理由の一つだ。

 

  「今の事件には関係ないことだ」と突っぱねていた常川だが、

  昨日の刑事との話で思い出したことがあると言って、出た言葉だ。


  孤立無援の土岐等の只一人の味方がいた。

  5年前アカハラを追求して、退学処分になった学生。

  彼はまだ当時学部生だったが、土岐等がアカハラにあったと

  最後まで学校側に訴え、自分自身も大学を追われることになった

  学生。


 「物理的なハラスメントを受けたのは、その学生だ」


 「その人も小田切先生たちを怨んでいるんでしょうね」


 「……不思議には思っていた。土岐等の弔い合戦というのなら、

  一番に名乗りを上げるはずのそいつがいない。俺も当時休学

  していたから、伝聞でしかないんだが。教えてくれた学生が

  言っていたよ。土岐等の味方がいてほっとしたと」


  常川も同感だった。

  孤立無援でアカハラの挙句、亡くなってしまったなんて後味が悪すぎる。

  その時は罪悪感が少しだけ薄まった気がした。

  当時の常川たちには、研究室の中枢部を敵に回して、自分の将来に

  リスクを背負ってまで、土岐等を助ける正義感はなかった。

  その時彼は確かに、常川たちにとっても、救世主だったのだ。


 「野坂さんが庇っているのは、その人なんでしょうか?」


 「だが野坂は当時ハラスメント相談室で、土岐等の事件をもみ消した

  側の人間だぞ。言ってみればそいつの敵だ」


  今回自分のハラスメントの解決に尽力してくれた審議会に感謝している

  優奈は、ハラスメント相談室は一番のハラスメント被害者の味方と考え

  ていた。そこが率先して火消しに回るなんて考えられない。

  ごく普通の判断だと思う優奈の考えは、常川に打ち消される。


 「それは建前だ。大学だと教育委員会が指導する訳でもない。

  ひどい刑事事件でも起きない限り外に漏れることもなければ、

  介入もできない。自浄に期待するしかないのは昔も今も同じだ。

  当時は今以上に表に出なければなかったことになると、とにかく

  隠蔽されていた」


  膿を出して適切に処分することで、学校の質を上げようとする方針は

  この大学ではつい最近のことだと、常川は言う。

  アカハラ自体が認識されてまだ間が無いことも指摘する。


 「当時は表立ってその件に触れられない分、裏で情報が錯綜して、

  いろいろなデマや噂が飛んでいた。妙な噂が増えると、その分真実

  から遠ざかる。もやもやとしたまま忘れ去られらていったんだ」


  曰く、土岐等が芹沢を一方的に好きになった上での三角関係だった。

  曰く、退学後、学部生は自殺した。芹沢はそのたたりで自殺した。

  曰く、行方不明になった塔堂が実は主犯である。

  曰く、むしろ塔堂は真実を知って恐ろしくなり逃亡した。

  曰く、土岐等あかりは殺された。


 「なんだか滅茶苦茶ですね。死者に口なしって、好き勝手な

  ことばかり」


 「ではもう一人の裁かれるべき人って誰ですか? 塔堂さんのことですか?」


 「本当に野坂さんが全てしたことなら、この件はこれで終了だ。

  お前が気にすることじゃない」


 「でも、野坂さんがその人を庇って、代わりに自首したかもしれない。

  事件は終わっていません!」


 「……お前、焔を庇っているって推理していなかったか?」


 「ええ。二人でも構わないじゃないですか! とにかく野坂さんが

  単独で犯行をしたなんて思えません」


  優奈は拗ねた口調で付け加える。


 「それに常川さんは、焔さんのことを警察に言いませんでした。

  話すとまずいと判断したからではないのですか?5年前の事も

  いろいろ知っているみたいだし。常川さんだって怪しいと言えば

  怪しいんですからね」


 「余計な事は言わなかっただけだ。連絡が取れ次第、話合うつもりだ。

  それまでは口を噤んでいろ。で、お前は焔とは連絡取れたのか?」


 「いえ。ずっと圏外です……」


 「……治ったら二人を調べる必要があるな」


 「ええ。常川さんも含めて」


 冗談ぽく言ったつもりだったが、意外と優奈は本気だった。

 いきなり自分をCOEに入れたことだって、未だに応えを聞いていない。

 5年前の加害者に対しては憎しみを持っている一方で、

 事件を表沙汰にすることを厭う。

 

 人が一人亡くなったインパクトは呪いのように、

 無責任な関係者たちに等しく不幸を与えて行く。


 これが人の手によらないのであれば、この世には超自然的な力が

 いるのだろう。だが優奈にはそんなことは信じられない。


 (そんな訳がない。絶対に黒幕が居る)


 探して見せると決意した。  

 


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「全部被る気なの、あの人?」


「らしいな」


「いいの、それで?そういうの一番嫌いだったはずでしょ?」


「……本人の意思だ。尊重すべきだろう」


「でも……!何とも思わないの?」


「所詮はあれも加害者だ。利用しただけのこと」


「本気でそう言っているの?見損なった。私だけでも助けに行くから。

 ……早く目を覚ましてよね」


 (騒々しい女だ)


 一方的に切られた電話をポケットにしまい、煙草に火を付ける。

 まだ怪我が痛むので、焔はここのところ自宅で静養している。

 店には顔を出しているが、研究は家でも出来るので、次の

 COE会議までは休むことにしてある。


 自分の選択は間違っていない筈だ。

 あの時のことを思い出しながら、焔は断言する。


  あの時、睡眠薬で常川と優奈が倒れて行く中。

  呼びだし方など不審な点を感じていた焔は、用心してお茶を飲まなかった。


  三十分しないうちに、その判断が正しいことが分かった。


  騙されたと分かり、怒りが湧いた。

  所詮あちら側の人間だったと言うことか。


  焔たち3人を昏睡させることで得られる物を考えると、口封じしかない。

  焔はトイレに移動し、次に起こることを待った。

 

  しばらくしてドアが開く音がする。

  そっと足音を忍ばせて入って来た人物が、ごそごそと何事かしている。

  水の音と、きな臭い臭い。


 (灯油をまいたのか!)


  その人物がドアを閉める音がしたのを確認すると、

 焔はすぐに寝室へ向かい常川と優奈を運び出す。

 火の回りは早く、火災警報装置はなぜか作動しない。

 とても消防やフロントに電話している時間はない。

 二人を救助しながらも、焔は大声で火事だと叫び続けた。

 気付いた宿泊客に一縷の望みをかけるしかない。


 煙に巻かれながら、なんとか二人をドアの外に運び出した時、

 他の宿泊客たちは既にホテル側に誘導されて逃げ始めていた。

 逃げる彼らと逆方向に、こちらに向かってくる人がいる。

 

 野坂だ。


 焔が「協力者」であることを知らない野坂は、

 ぎょっとして立ちすくむ焔を無視して、今来た部屋へ入って行く。

 中が火の海であることを悟ると、その場にへたりこんだ。


 館内の誘導をしているスタッフが、焔と野坂に気付いて

 早く外に出るよう促す。

 仕方なく共に外へ向かう野坂。

 二人分担いでいる焔には、優奈を引き受けましょうと担いでくれた。

 憔悴しつつも、野坂は今昏睡しているのが、優奈と常川だと知って、

 涙を流して喜んだ。


 すぐに二人を安全なところへ運び出す。

 ホテルには、あの部屋で何か異変が起こっているかもしれないから

 見て来て欲しいと言う匿名の電話があったとスタッフが言った。

 おかげで早めに火事に気付き、客たちの避難誘導が

 すみやかにおこなわれ、被害はほとんどなかった。


 面倒なことになりそうだ。

 焔は野次馬に紛れて、姿を消した。


 車に乗ってから、すぐに野坂にメールをする。

 こういう時、メールだけのやりとりはまどろっこしい。

 返事はなかなか返ってこなかった。

 やはりホテルで消防などに捕まっているのだろうか。


 「どういうつもりだ?」


 野坂はあっさり電話に出た。


 「あなたこそ私を騙していたのでしょう?あなたは塔堂なんかじゃない」


 「……」


 「責めているんじゃないの。これを機会に私もそろそろ罪を償うわ。

  5年前のことも含めて。あなたも私が恨めしいでしょう?」


 「自首するのか?」


 「私は放火犯ですもの。それにハラスメントの加害者でもある。

  償いをするわ。あなたもそれを望んでいるはず」


 「十分償ったと僕は認識している。今まで十分協力してくれた。

  それに今日の火事は……」


 言葉を被せるように、野坂は言う。


 「私がやりました」


 「なぜ?」


 「全てを無に帰すため。でも敵わなかった。だから潔く自首する。

  やっと決心がついたの。これが今まで目を背けていた自分への罰。

  ……もう決めたことなの。野暮なことはやめてよね」


 それが野坂との最後の交信となった。



11


 常川と優奈が退院して初日。


 野坂が逮捕されたことは、朋谷の自殺と関連付けられて

 研究室でも話題になっていた。

 例のブログに挙げられているらしき人物たちが、

 次々と亡くなっているらしいことは、既に学内でも噂に

 なっている。


 ブログを作成した人物に殺されたのではないか。

 5年前のハラスメント関係者が、今になって復讐を開始

 したのではないか。1つの研究室で行われたことでもあり、

 山瀬研究室には野次馬が押し寄せて、困惑している。  


 それともここ最近の厳しい審議会のここ最近の審議会の

 厳しい裁断が切っ掛けで何か道を踏み外したのではないかとも、

 学科内では憶測を呼んでいる。


 当然アカハラへの厳しい措置を提案した焔にも、風当たりが強く

 なっているようだ。肝心の焔は学校には出てきてないらしい。


 後悔して自分も自殺しているんじゃないか。

 恥ずかしくて、大学に顔を出せないんじゃないか。

 

 好き勝手な噂で、優奈は腹をたてる。


 「関係ないですよ。当人たちは、学生を自殺を思うほど痛めつけ

  てきたんですから。自分が少し痛い目を見たからと言って、

  自殺したところで何の同情もしません。どうして焔さんが怒られ

  なければならないのですか?」


 「まあまあ、そんなに怒るな。でもこいつらが皆自殺するって

  確かにおかしな話だよな?噂になったのが遅い位だ。

  そんな奴らじゃない」


  野坂の供述通りだと、野坂はただ手紙を送りつけて罪悪感を

  上付けただけで、殺してはいないと主張している。


 「……もし誰かが殺したのなら、やっぱり5年前の事件の被害者の

  関係者ということになりますよね。私なら殺してしまうよりも、

  ずっと生きて反省し続けて欲しいですけれど」


 「土岐等か、芹沢の家族か。会ったことあるけれど、とてもそんな感じで

  はなかったけれどなあ。土岐等の家族は、怒っていたけれど、あくまで

  法律で裁くことに拘っていたし、芹沢の家族も息子が加害者だって

  信じ込まされていたから」


 「真実を知ったらまた変わって来るんじゃないですか?

  それにもう一人のハラスメント被害者は……? そうだ常川さん、

  その被害者の学生さんに会ったことはあるんですか?」


  この頃になると、常川がこの事件に関して独自の主張を持っている

  ことに気づいていた。芹沢家や土岐等家にも顔を出しているし、

  この被害者にも何らかのアクションを起こしたと考えてもおかしくない。

  

  自殺説など様々な憶測が流れているその学生。

  遺族が学内での話し合いで主張を退けられて以来、彼は姿を消した。

  あれほど大学当局側を怨んでいた彼の、沈黙。

  これが自殺説を裏付けたのだろう。


  「ない」


  「でも常川さん、この事件にはすごく反応するのに。もしかして

   この人も、行方不明か自殺したんですか?」


  「そうじゃない。怖かったんだ。そいつの行く末を知ってしまうのが。

   今とんでもなく悲惨な暮らしをしているとして、どうやって償えば

   いい?」


  「……もし人生が狂ってしまったとしたら、きっと小田切先生たちが

   何事もなく暮らしていたことが絶対許せないでしょうね。野坂さん

   からしたら、相談員として不正に加担したわけなんですから、罪悪

   感で協力したり、庇ったとは考えられませんか?」


  「一理あるな。昔に怨みがあることが、弱みに繋がることもある」


  「その学生さんを探しませんか?向きあう勇気があるのなら」


  「仕方ない。非常事態だ」


   そういうと常川は携帯メールを押し始めた。

 



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