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「こちら山階新聞の記者の山根と申します。そちらの大学の宗教授の

 論文に盗作疑惑が持ち上がっているんですけれど、コメントを

 頂けましたらと」


  朝一番に大学広報部にかかって来た電話は、まさに嵐をおこした。

 すぐに本人への聞き取りが行われることになり、大学は事実確認へと

動いた。つい最近学生の起こした詐欺事件で、世間に悪いイメージが

ついてしまった最中のこと。この手のダメージは最小限にしたい。


すぐに調査が始まり、本人のところにも一時間後には連絡がいった。

 朝一番の電話はひどく心臓に悪く、宗は青ざめた。

 早期に手を打たなければ。独りごちると、すぐにどこかにメールを

 打ち始めた。


 「本当ですか?」 

 

 事務ではもう受理したという。

 

 「はい。行き違いがあったようで、改めて確認したところ前回の

  内容で修士論文の執筆を進めるようにと連絡がありました。

  これまでの経緯は責任をもってこれから調査します。

  お手数をかけて申し訳ありませんでした」


 今までの冷たい対応とは真反対のその電話を、

 有徳は信じられない気持ちで受けた。


 「おっしゃああ」と誰に言うわけでもなく、一人暮らしのマンションの

  一室で雄叫びをあげていた。念のため実家に帰らずここでふんばった

  甲斐がある。


 辛かった。

 あの公園で会った男のアドバイスを聞いておいて良かった。

 心底そう思った。

 

 何があった? いや何でもいい。理由なんてどうだっていい。

 あのままの内容でいいというのであれば、有徳はすぐにでも

 論文を提出できる。

 希望があれば、締切などどうということはなかった。


 翌日‐。


 「どうして私が事情を聞かれなければならないんですか?」


 朋谷は大学事業部に呼ばれていた。

 理由を聞かされずに呼び出された為、不安はあったがそれは想像以上の

 ものだった。


「あなたが学生の修士論文を故意に学術雑誌編集部に渡し、

 学生に盗作の疑惑をかけて、学生を退学に追いやろうとした

 という報告が来ているんです」


「虚偽の報告? その学生は教授の書いた論文を自分の書いたものだと……」


 宗のアカハラを協力したのは事実だが、率先して進めた事実はない。

 追求された時のストーリーも既に、宗との間に出来ていた。

 まるで事実のように、その物語を聞かせる。

 証拠となるCDRもこちらが握っている。

 あちらがバックアップを取っていたとしても、同じ内容が2つあれば

 条件は五分五分のはず。

 朋谷は臆することなく話す。こういうことは院生時代にもあった。

 堂々としていればたいていの事は受け入れられる。

 

「教授と意見が食い違いますね」


 事務の人間によると、宗はあなたに担当を割り当てていた論文を

 もらって共同研究として引用しようとしたところ、不審な点が

 あり確認したと。


 「そうしたら学生の修士論文を朋谷さん、あなたが盗用して自分の

  業績にしようとしたとか。彼の退学騒動もことの露見を恐れて、

  仕組んだと、先生は言っています。これについてはどう思いますか?」


 切られた。

 

 朋谷が教授から見放され、むしろ身代わりにさせられたことを理解する。

 同じような末路の奴を確かに、朋谷は知っていた。

 だがこのまま濡れ衣を着せられるわけにはいかない。


 「宗教授です。教授が其の学生の論文を盗用しようとして、

  私にそうするよう仕向けたのです」


 「何か証拠はあるんですか?」


 証拠……はない。証拠が残らないように口頭でお願いされただけだし、

 詳しい内容も全て密室での会話だ。用心深い宗に指示されて素直に

 それに従った。


 やった。やっていない。

 これでは水掛け論だ。宗もそこまで分かっていて、あくまで朋谷が

 自主的に犯罪行為を行っているように仕向けたのだ。


 「……証拠はないようですね。判断は上層部が出しますので、それまでは

 謹慎処分となりました。……マスコミが動いています。ご自身の行動には

 くれぐれもご注意下さい」

 


7


 当然朋谷は宗に、抗議に行った。
 いくらなんでも自分の咎を全て人のせいにするなど
 やっていいことと悪いことがあるはずだ。
 倫理的にどうこうだけでなく、「盗用」というのは性的犯罪
 と同じくらいの致命傷になることを知らない訳ではないだろう。
 
 これ以上の面倒事はごめんだと、朋谷は抗議に向かう。
 ややこしいことは避けてきたが、さすがにこれはないだろう。
 マスコミに晒されれば半永久的に傷が付くこともありうる。

 直接宗の研究室を尋ねると、宗は罰の悪そうな顔をして 
 席を勧めた。

 「私に怒っているのだろうね?」

 「当然です。私一人に責任を押しつけるつもりですか? 
  先生の論文盗用疑惑は既に調査が始まっています。今までの件も
  全て露見します。潔く認めたらどうですか?」

 「それはできない。あと数年で退職なのに、ここで退職金を逃しては
  家族に面目が立たない。それに今まで私は盗用などしていない。今回
  が凌げれば問題はない」

  朋谷が講師として採用されて、数年。
  その間にも確かに宗は学生から成果を奪ってきて、朋谷はその度に
  協力して来た。半ば慣習と言って良い。発表されていない論文なら
  いくらでも言い訳が出来る。学生が論文を先に作成したと言う証拠だって
  余程騒がなければ闇に葬られてしまう。事実今までそうやってきた。
 
 「俺はどうなるんですか? こんな不名誉なことで処分されたら、今後に
  響くんですよ」

 「悪かった。だが私は強要はしていない。君個人の自由意思で乗った
  話だ」

  そう。確かに宗は何かを盾に、協力を迫った訳ではない。
  それでも主犯のこの男に、何の罰も与えられないなんて。
  朋谷は誓約書を出した。
 
 「今回は罪を被ります。その代わり対価を下さい」

 「そんな後に残ることは御免こうむるよ。そんな証拠を残すのは
  君にとっても不利なんじゃないか?」

 「……じゃあ今まで先生のしてきたことをマスコミに話します。事務にも
  話します。こうなったら一蓮托生です。俺だけ処分されるなんて冗談
  じゃない」

  宗は険しい顔で朋谷を睨み、威嚇するが、朋谷も引くことは出来ない。
  人生がかかっているのだ。
  数分の思案の後、宗は渋々その誓約書にサインをした。

  誓約書をもらうと、朋谷は急ぎ大学事業部へ急いだ。
  こういうことは時間が命だ。
  先程事情聴取をした係員を呼び出し、大至急話したいことがあると
  申し出た。彼はこのスキャンダルの担当に任命されたようで、
  忙しそうだったがすぐに話を聞こうと、部屋を用意してくれた。

  朋谷は先程の誓約書を取り出し、見せたうえで今まで宗と協力して
  宗の学生からの盗用に協力して来たことを話した。
  抜かりなく、まるで宗に学内上下関係によって強要されたかの
  ようなニュアンスを漂わせることを忘れない。

 「……分かりました。この資料も参考にさせていただきます」

  (これで形成逆転だ!)

  朋谷はやっと人心地ついて、朝食を食べる気力を取り戻した。


8


  裁定は翌日出された。
  
 「件の教授は脅されていただけであり、盗用していたのは
  朋谷講師である。彼は教授が編纂している本の該当部分の為に、
  学生の修士論文を盗用し、それを教授に看破された。それが誤解
  されて伝わったものである。その後も教授に圧力をかけて、
  誓約書を強要までした。よって強要罪と論文盗用の件で、
  停職3カ月する」

 (どういうことだ……。どうして、どうして俺だけが罪を被る?)

  直接言っても埒が明かない。
  宗と事務方の双方に、抗議のメールをする。
  マスコミには既に報道されているらしく、名前は表に出ないものの
  学校の公式発表にはそのまま掲載されてしまった。

  事務からはすぐにメールが来た。
  しかし内容は処分を執行する為の手続きと、公式発表の内容が
  淡々と書かれていただけ。
  宗に至っては、無視を貫いている。
  大方昨日約束した、なんとかもみ消そうと努力すると言う約束も、
  全くやっていないのだろう。代わりに自己保身をしたことは直ぐに
  分かった。その結果がこの判決だ。

  処分が下った後、家で作業するのに必要なものを取りに行っても
  同僚たちの態度は酷くよそよそしいものだった。
  温厚な人柄の多い同僚たちは、いつもの態度に少し余所余所しさが
  感じられるだけで、その話題を持ち出す者もなかったが、義憤に
  駆られている教員も数人いて面と向かって説教をくらったりもした。
  当然大学側からの叱責もある。
  
  それを遠くから申し訳なさそうな、自分だけ助かって良かったと安堵
  しているのか良く分からない、曖昧な笑いを浮かべた宗が見ている。
  それがひどく不快で‐しばらく自宅で作業をすることに決める。
  
  朋谷は自分の研究室に逃げ込むと、2か月分の事務仕事に集中した。
  もうしばらくは学校に寄りつきたくもなかった。
  全部終わるころには夕方になっていた。
  事務が終わる直前に、何とか出すことが出来た。
  帰ろうとすると、事務に「ちょっと待って下さい」と言われ、
  数分して男がやってきた。
  見覚えのある男だ。

  (あの時の正義面した奴!)

  「COEの焔と申します。今回の件はうちのCOE内でも
   事案にあげて行こうかと思います。今日はその件で
   事情を尋ねに参りました」

  「何?俺は無実……ではないが、主犯ではない! あの規定だと
   COE内部の問題だけを事案にするんだろ?これはうちの大学内部
   だけの問題だ」

  「ですが今回は既にCOE内部の問題にまで発展しているのです」

  そこで件の学生、有徳が現れた。

  「どうして君がここにいる?」

  いや自分の学科だからいてもおかしくはないのだが。
  タイミングが良すぎる。

  「先生、俺COEに入ったんっすよ。二週間ほど前からね。だから
   俺があんたを訴えた」
  

  焔は事務方の人間ではないし、そもそも他大学の院生にすぎない。
  でも一連の流れはどうみても不自然だった。
  共犯処罰協定に、COE内規則の設置。
  自分は嵌められたのか。
  朋谷は目の前の人間たちが、グルとしか思えない。

 

 

 「……正体を見せろ」


  泣きっ面に蜂の報告に、俯きながら朋谷は呻くように言う。


 「正体を見せろおお」


 大音声で焔の胸ぐらをつかもうとする。


 「もうやめて下さい」


  女性の事務員が異変を察して、悲鳴を上げる。

  年配の男性事務員が出て来て、その手を掴みおごそかに言った。


 「先生、学生に暴行するのは見過ごせません。ご自分の将来を真剣に

  考えてはいかがでしょう」

  

  朋谷は圧倒的に分が悪いことを自覚して、首を掴んでいた手を下ろす。

  焔は乱れた服を正すと、「ご覚悟ください」と切れ長の目で朋谷だけに

  聞こえる声で言った。


  やはりこの男は、食えない。

  直感は正しかったと、朋谷は再認識した。




9


 「切る」と一旦判断されると、大学内の動きは速い。

  自宅で大人しく仕事をしている朋谷の下にも、なんだかんだ

  と遠回しに、辞職を勧めてくる。学校の評判を落とす教員は不要だと

  いうことか。


 (こうなったら意地でも居座ってやる……。どの道再就職は難しいんだ)


  朋谷は次の為、使える時間を全て論文執筆に宛てている。

  学校に行かないので実験は出来ないが、概論的なものであれば何とか

  いけるはずだ。海外への雑誌であれば、日本の学界での議論の流れを

  知らせる物でも良い。


   それには予定していたCOE内での発表も含まれる。

  学生にも話し合いを持ちかけた。

  二人で組めば、もしかしたら宗の供述を翻すことができるかもしれない。

  あの学生だって、元凶が宗であることはとうに知っているはず。

  証拠にならぬよう、メールでも留守電でもなく、直接電話をかける。

 

   「もしもし?」


  一度目は名乗った途端、「お話することはありません」とだけ言って

  切られてしまった。それ以降はずっと留守電だ。

  迷惑行為にならないよう、電話は辞めてメールで一緒に事情を話して

  欲しいことを書いた。


  山瀬にもとりなしを頼んだが、COE内の人権規定には現在のところ

  残念ながら関われないと言われた。以前話していた共犯処分規定が

  ここでも生きている。


  時間の概念も忘れ、とにかく執筆に没頭する。

  何日目の頃だろうか。

 

   メールが届いた。

  COE本部から、アカハラ事件のことで処罰規定が適用されると。

  既に処分がなされているので、それに対する罰則規定だけ。


 「2年間の発表、論文掲載、カンファレンスの参加の禁止処分とする」


  COEの期限は2年。

  実質もうCOEには、朋谷は関われないことになった。

  研究発表拠点と決めていた朋谷の研究計画は大幅に変更を余儀なく

  される。

 

   電話が鳴った。

  事務か。マスコミか。

  いずれにしろ煩わしい。


  だが心配している家族だったら?

  念のため待ってみる。

  留守電に設定してあるので、迷っている間に切り替わる。

  だが相手は何も言わない。


  良く聞くと、小さくしゃくり上げるような声が聞こえる。

  母親が泣いているのか?

  心配をかけたくなくて、電話に出る。

  途端に「声」は異界の女の声となった。


 「やっぱりいたんだ。ふふふふふ……はははははは」


 (何だこれ……。気持ち悪い)


 ハンドフリーでの通話にしたので、驚いて尻もちをついても

 相手の声は聞こえる。

 様々な音源をつなぎ合わせた不自然なイントネーション。

 共通しているのは「女の子」の声ということだけ。 


 「ねえ、佐々木芽生はどこにいったの? 逃がしたの? それとも

  ……あなたが、殺しちゃったあ?」


  一呼吸置いた後の声が、急に大きくなったので、ひいと朋谷は

  小さく叫んだ。


 「し、知らない。知らない。本当に知らないんだ」


 今度こそ、朋谷は電話を切った。


 この日を境に、怪文書が自宅あてに届くようになった。


 大学にもメールボックスはあるのに、あえて自宅に郵送されてくる

 あたり、大学内部の事情に通じている者の仕業としか思えない。


 内容は5年前のアカハラ事件への関与を認めることと、自殺した芹沢に

 他殺疑惑があるが、それを覆すだけの証拠はあるのか確認するものだった。

 既にアカハラで処分を受けている朋谷に、脅されるような内容はない。

 当然一方的な要求は無視していた。


 だがある日郵送されてきた封筒に入っていたものを見て、

 朋谷は顔面蒼白になる。

 これが露見したら、アカハラ処分どころではない。

 朋谷はその日以来、家からちょっとした外出でさえも

 細心の注意を払うようになった。

 


10



 朋谷の事案は成立してすぐの適用、かつ他大学の人間にも適用
 しうるという前例を作ったことから、大きな注目を浴びることになった。
 もちろん賛成だけではなく、管理的になると反対の声も上がっている。
 学内自治の問題とも絡む。
 発案者の焔はその波に、必然的に立ち向かうこととなった。
 
 その日、優奈が月例の研究報告へ焔の研究室へ行くと、
 中から別のメンバーが出て来て口に人差し指を宛てて、
 静かにしろと合図をした。
 「月例報告です」とそっと書類を手渡すと、自分では分からないので
 申し訳ないが出直してくれないかとドアを閉められた。
 珍しいこともあるものだと、書類を鞄に戻す。
 ドアの向こうからは、興奮して話している男性の声がした。
 切れ切れに聞こえる声は、焔のものだ。
 
 (これは居ずらいな。締め切りはまだだし、後から行くか)

 ところどころ聞こえる内容からして、ハラスメント規定の厳格化
 について男は怒っているらしい。

 やむをえず、研究室に戻る。
 少し前にやって来た常川が、朋谷から佐々木の行方がもしかしたら
 COEの本部に連絡が行っているかもしれないから聞いておいてくれと
 言われたと面倒くさそうに言ってくる。
 朋谷自身は「いろいろ問題」がある為、聞けないのだと言う。

 「聞けと言うなら聞いてきますよ」と返すと、常川はやっぱり一緒に
  行きたいと、後を付いてきた。ちょうど小腹が空いたから、
 あそこの研究室のクッキーが食べたいそうだ。
 一時間ほど時間を潰してから、訪ねると焔が少し疲れた様子で出てきた。
 
 「さっき来てくれたのに、無駄足をさせてしまってすみません」

 声の張りはいつもと変わらない。
 さっと書類を受け取り目を通すと、「大丈夫です」といつもの型通りの
 言葉を言って、踵を返そうとする。

 「あの、さっき何かあったんですか? すごい声がしていたから。
  頼りにならないかもしれないですけれど、私の時に聞いてくれたから
  良かったら。話を聞かせてくれませんか?」

 ずうずうしいことを申し出てしまったかと、優奈は少し緊張したが
 焔は秘密にするでもなくさらっと教えてくれた。

 「例の規約のことですよ。あれが適用されると、いろいろまずい人たちが
  なんやかんや会議以外の場で、言ってくるんです。審議会に入って
  いない人たちは、自分の知り合いの伝手を頼るか、自分自身で実力
  行使するかの二択しかないですからね。必死になるのも頷けます」

 「納得している場合じゃないですよ。私よりもひどいことをされて
  いるんじゃないですか?」

 「初めから承知の上ですよ。何かを変えるには抵抗がある。当たり前
  のことですよ」

 「でも私の事件がきっかけですよね……」

 「田中さんのせいではありません。いずれ議論すべき話だとは思って
  いたんです。良い機会をもらって、礼を言わねばならないくらいですよ」

  いつものごとく紅茶をそっと入れると、例のお菓子と一緒に
  出してくれる。

 「ああいう人がまだいるんですね」

  佐々木を想像して、優奈は陰鬱な気分になる。
  
 「さっきの先生はハラスメント加害者じゃないですよ。学内の自治について
  の持論を言っていただけ。少しヒートアップしていたけれど。
  他の人ももっともらしいことを言って、要するに自分のしたことを
  隠したい人もいます。結構面白いですよ」

 黙ってクッキーを既に5つは腹に納めた常川が、流れをぶったぎって
 要件をいきなり切り出す。

 「そんで思い出した。佐々木が今どこにいるか、COEの事務局で
  分かるかな?私物を置いたまま連絡が取れないし、マンション
  にも帰って来ないから、参っているんだよ。佐々木の友人の、
  朋谷って奴、あいつも探していて、皆知らないんだよな」

 「まさか、自殺……」

 優奈は、向こうに非があるとはいえ、自責の念に駆られる。

 「あいつが自殺する性格かよ。どっかに行方くらましている
  だけだろ。でもなんかひっかかるんだよな。あいつ外面良く
  するのに命懸けているから、研究室もマンションもそのまんまって
  いうのが、解せないんだよな」

 「う~ん、僕たちの研究グループは、佐々木先生とは違いますからね。
  どちらかと言えば、山瀬先生のグループの方の方がご存じなのでは?
  もし正式に住所を変えられたのであれば、COE本部にも住所変更の
  連絡が必要ですし、事務方も連絡を取ろうとする筈ですよ。この
  番号ですから、電話してみてください」

  そういうと、研究室に戻って電話番号のはいった書類をファイルから
  取り出すと、前に置いた。常川は早速電話してみる。
  時刻は午後四時三十分。
  結構ぎりぎりだ。
  その間に、優奈は焔に話しかける。

 「そういえば、婚約者さんも一度来たことがありましたね。山瀬先生も
  毎日のように心配されています……」

  優奈はいかにも自信にあふれたスーツ姿の男性を思い出している。
  佐々木の婚約者なんて、どれだけ怖い人なんだろうと想像していたが、
  会って見たその人は、礼儀正しく穏やかな人だった。
 
 「そうですか。はやく見つかるといいですね……本当に」

  「本当に」と言った時の焔の目が意味深で、優奈は一瞬びくっとする。  
   得体の知れない不安が湧きあがる。

 「知らないってよ。全くヒントとかなしかよ」

  常川の言葉で我に帰った。



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