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現代の日本人よ(11)

「今の人間は善き者か、悪しき者か。
 それは他者と通じる心があるのか、自己を中心に生きているのかで計れるぜよ。
 日本のために死んでいった者が美しいのはそれが理由じゃ。

 それを伝えねば日本は腐る。

 もう腐りはじめちゅう。

 
 何のために生き、何のために死ぬるか。
 それが人の真実の姿を映し出しちゅうちや。

 本当の自分を見付け、本来の自分、正しき心を見付けんと抜け出せん。

 
 この世は映し世。
 心の映し世ぜよ。
 世の中が荒んでおれば、人の心も荒んじゅう。
 それを正さないかん。

 
 心が大切なんじゃ。
 物より金より心じゃ。
 人よ、それを取り戻すんじゃ。

 分からん奴が世を支配したら、この世は闇ぜよ」


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文久二年・勤王年  ― その1 ―

 文久二年六月、
 土佐藩を脱藩し、浪人となった坂本竜馬は京に入っていた。
 この時期、文久期の国内情勢はとてもややこしい。
 少し整理してみたい。
 
 朝廷を軽視し、済し崩しに西洋諸国と条約を締結していった大老・井伊直弼の強行路線は、尊王の総本山・水戸藩の力をおとしめたものの、国内の志士達を発起させ、大老暗殺という形終焉した。
 そして桜田門外、坂下門外と江戸城の前で繰り返された幕閣暗殺事件は幕府の権威を地に落としたのである。
 それは水戸の怨霊だった。
 幕府権威は追い込まれ、回復と延命のために、徳川幕府は将軍と和宮の婚姻から始まる『公武合体』に頼るしか手立てはない、

 そんな状況であった。
 すると、
 「関ヶ原の覇王・徳川家は弱まった」
 と西国雄藩が動き出す。
 この期に乗じて幕政への関与、影響力を高めようとして朝廷と幕府に対して積極的に接触を始めたのである。
 これまで禁じられてきた朝廷との接触も、徳川幕府ではもう抑えられなくなっていた。
 
 朝廷は薩長土の三藩を中心に回り始めたのである。
 
 しかし、それぞれの藩主は志士達とは異なる考えで動いていた。
 自藩の利益を追求して動いているのだ。
 薩摩藩と長州藩は幕政の権力を欲して公武合体策を唱え、ただ山内容堂が隠居謹慎中の土佐藩だけは、公武合体派の吉田東洋が
暗殺された事で尊王攘夷へと走り出していたのである。
 それが三藩の情勢だった。
 
 その一方で、三藩を含む諸藩の志士達は尊王攘夷の合言葉の下で連携していた。
 彼等には天朝への忠義心があっても、徳川家への忠義心は薄い。
 吉田松陰も久坂玄瑞も草莽そうもう崛起くっきを叫び、藩の呪縛から飛び出せと繰り返したのである。
 そして坂本竜馬は脱藩したのだ。


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奥付



竜馬外伝i-26 政治顧問・横井小楠


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著者 : 中祭邦乙
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