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満月

満月。空は快晴。月の光に負けず、星々が沢山、強く輝いている。

今日も私は、近所の8階建てのビルの最上階まで。

「110、111、112・・・」

いつものように階段を上がって。

エレベーターはあるけど使わない。

なんでって?

なんでだろう。確認したいからかな。ステップの数が変わらないってこと。だからどうしたって思うよね。私もそう思う。

埃の溜まった塀に足を掛けて、私は8階の縁の上に危うく佇む。

今日は夜風が静かだ。生温い7月の風が心地良い。

ビルの上の方は風が強いから、本当に落ちそうになることもあるんだよ。

危ないんだ。

でも、止められない。

ここでこうしているのが人生で一番最高のときに思えるから。

しばらくぼーっと夜風にあたって、空や自分の住んでる町を眺めて、ひとしきり満足したら日記に記すんだ。

塀にもたれて、今日のことを。

今日のここの風、天気、星のこと。

ここ以外のことは、あまり書かない。あんまり覚えてないんだ。

でも、毎日ここに来られるから、私はそれで良いと・・

良いと・・・

思ってたんだ。

 


1
最終更新日 : 2012-04-12 12:07:59

2

ブーーブーーブーー!

「ん〜」

携帯のアラーム。五月蝿い。

私は朝が苦手。だから、携帯のアラームをスヌーズ付きでいくつもかけている。

そして、毎朝イライラしながら、ベッドの上を手で探りまわって、全部のアラームを消してまわる。

「もう13時。学校は無理か」

いつもこんな調子。留年が決まるのも時間の問題だろう。でも、どうでもいい。

「暑い。水」

どうにか体を起こして、ベッドから降りる。机の上のコップは空だった。

「はあ〜」

階下の台所。お茶のポットも空。

「はあ〜」

水道の水はもの凄く生臭かった。

「最低」

洗面所で顔を洗う。

「顔。むくんでるし」

冷凍のポテトをチンして食べる。

「まだ授業間に合うかなぁ?」

私は高校と大学の両方に通ってる。

本当はどっちなのかわからない。

学校に向かって家を出て、暫くは覚えているんだけど、いつの間にか家の近くに帰って来ている。そして、時計が何時間か進んでる。

いつのまにか夕方だったり、夜だったり。

要するに、家に居る間と、夜の時間しか知らない。後は何してるのか、わからない。一応医者にも通ってるけど、何も教えてくれない。いろいろ手を尽くして知ろうとしたけれど、さすがに2年も経つと、慣れちゃって、どうでもよくなった。夜は自由なんだから、それでいいぢゃないか。

 

気がつくとバスに乗ってた。今日は大学の方に行ったらしい。もうすぐバス停だ。

ピーン

ボタンを押した。

コンビニでジュースを買って、家まで歩く。

荷物を置いてから、またビルに登ろう。

「あれ?」

いつも登ってたビルが明るい。

「工事?登ったあかんてことかな?」

近づくと、私がいつも登ってる階段の辺りに大きく囲いがしてあった。警察のっぽい。

「事件?最悪やなぁ。暫く登れへんのちゃうん」

近づいて、中をこっそりと覗く。

地面に赤い染みがべったりと付いてた。

「ちっちゃいときに見たのんとそっくり。飛び降りやな。気持ちわる」

「しばらく中止かぁ。はあ〜」

私は大きくため息をついて帰宅した。

昨日もうち登ったよなぁ。時間差かぁ。こわいなぁ。ばったりとかなったらどうなってたんやろ。

凄く気分が悪かった。

廊下で父に飛び降りのこと聞いたけど、無視された。

まあ。いつもこっちが無視してるから当然。

彼氏とはもう3日近く連絡を取っていない。彼氏は社会人だからいつも夜しか合わない。一応うちが昼のこと覚えてないことは言ってあるから、今んとこ問題ない。いや、それでも普通無理だと思うけど、うまくいっちゃってるところが凄いと思う。奴は、寛大過ぎる。というか変人だ。

今日のこと話そうと電話してみたけど、出てくれない。

「寂しい」

でも、毎日ビルに登ってることは内緒だから、良かったのかもしれない。今日電話したら、話しちゃいそうだ。


2
最終更新日 : 2012-04-12 12:08:55

3

窓が明るい。

いつの間にか眠ってたみたい。

「9時か」

学校に行くべきかな。

私は仕度して外に出た。

「さて、今日はどっちに行くんでしょうか」

私はいつものようにタイムスリップするのを待ちながら、昨日の現場に行ってみた。昼間だと現場がよく見える。野次馬も何人か居る。

つっかけ履いたおばちゃんの話によると、該者は20代の女性だったらしい。

「年上かなぁ?」

私はおばちゃんに話しかけてみた。

「この辺の方でしょうか?OLとかかな?何でこんなことしちゃったんでしょうね?」

おばちゃんは、悲しそうな、困ったような、複雑な表情をした。

「あ、すみません。わかるわけないですよね」

やっちゃったなぁ。私はどうも人間関係が苦手だ。

今日は珍しく記憶が飛ばないので、とりあえず公園のベンチに座って考え事をした。昼間の自由な時間なんて、久しぶり過ぎて何したらいいのかわからない。

学校も、どこかはわかるけど、着いてからどうすればいいのかさっぱりわからない。

「はあ。会いたいなぁ」

私の使える時間は少ないから、だいたいビルに登ってるか、部屋でごろごろしてるか、彼氏と会ってるかだ。だから、そのくらいしか選択肢が見つからなかった。

「あ。携帯忘れた」

今朝は目覚ましのアラームが鳴らなかった。だから、鞄に入れるのを忘れたのだ。

「え〜、なんで?」

家に戻って、午前中かけて探したけど、結局携帯は見つからなかった。

彼氏に連絡取りたいのに、メールの返信が来ない。

奴にはPCのメアドを教えてない。

「アドレス帳に載ってるのしか受けとらへんとか、そんな設定なんかな?」

急に寂しくなった。

「ふーん。サプライズしよう!」

私は、彼の会社まで会いに行くことにした。行ったことないけど、場所は知ってる。大丈夫。

バスに乗って、電車をいくつか乗り換えた。見慣れない昼の景色は目新しくて、綺麗で、私をうきうきさせた。ちょっとした小旅行だ!不思議とお腹は空かなかった。

 

「久しぶりに来たなぁ」

彼と私は、所謂、中距離恋愛。だから、いつもお互いの家の中間地点で会う。彼は地元の企業に就職したから、私はほんの1、2回しか、こっちに来たことはない。

駅の時計は16時。彼は車通勤で、駅から会社まではバスを使わないと行けないけど、彼の帰宅予想時刻まではまだ余裕があるから、カフェでお茶して時間を潰すことにした。

「カフェとか何年振りやろう?」

私は、窓際の席でロイヤルミルクティーを飲みながら、太陽の光が降り注ぐ外を眺めるだけで満足した。

 

太陽の陽が傾く。バス停に立つ私に夕暮れの心地よい風が吹く。

自然とビルの8階を思い浮かべた。昼に行くのもいいかもしれない。でも、誰かにばれたらまずいよね。そんな想像をしてると、なんだか幸せで、にやけてしまった。長い道のりだったけど、あとバス一本。彼に会える。

そういえば、前に彼に会ったの、いつだっけ?ほんとに忘れっぽいな。私は。また奴に怒られちゃう。

そうこうしてるうちに、バスが来た。もう空の半分は青緑色で、星がいくつかチカチカしていた。

 

「うちの方向感覚を侮るなよ。ふん」

私は地図を一目見たらだいたい覚えちゃう特技がある。だから、バスを降りてからの道のりも、ちょちょいのちょいだった。

初めて見る彼の勤務先。想像してたよりぼろいビル。駐車場が広い。私は彼の渋いグリーンの軽を探した。

「みっけ!」

ここで待ってたら、驚くかな?

私は待ち遠しくて、小さな声で歌を歌いながら、彼の車のまわりをぐるっとまわった。

ざわっと胸騒ぎがした。車の中に見慣れない座布団やストラップがあった。

「ピンクの座布団・・」

悲しくて、

「でも」

ううん。

「でも」

見たまんまやん。

頬が濡れた。目をそらしたいのに、体が固まったのか、すくんだのか、よくわからないけど動かない。

「聞いてみたら、多分違う。お母さんのとか」

そんなわけないやろ。わかってるやん。

頭の中で、否定したい私がもがいてた。でも、このぼたぼたと流れる涙が、きっと真実。

ビルの自動ドアが開く音がした。

ざわざわと話し声。

私には分った。あの中に彼が居る。

私は3つ隣の車両の後ろに隠れた。

「じゃあなー」

「お前、明日の会議には間に合わせろよー」

「あ、はい。すみませんっ」

「大丈夫ですよ。さっき見ましたけどもうほとんど出来てましたから」

「そうかー」

・・・・・・

出て来たのは5人くらい。こっちに来るのは3人。

「じゃ、お疲れさまでしたー」

「お先ですー」

1人は手前の車に乗った。逆光で残りの2人が見えない。でも、うち1人はシルエットで彼だと分る。

コツコツコツ

ヒールの音。

私は耐え切れなくなって、心を閉じた。

 

ブォーーー

彼の車は走り去った。

記憶の糸を手繰り寄せる。

対向車のライトで一瞬見えた。

ウェーブのかかったボブの、淡い桜色のスーツの女性。彼の助手席に乗った。

私は、その場にしゃがみこんだ。

 

思いきし泣いて、ようやく涙も枯れた頃。私は帰路に着いた。

バスの中でずっと顔を鞄に埋めてた。別に泣き顔を見られたくなかったからぢゃない。バスの灯りが嫌だった。はやくあの月明かりのビルの上に行きたかった。

 

「お客さん。終点ですよ」

ふいに肩を叩かれた。いつの間にか眠ってたらしい。私はふらふらとバスを降りた。何故かそこは、私がいつも登っている8階建てのビルだった。あの囲いは無かった。血痕も無かった。そして、隣には彼の会社の駐車場。彼の車があった。わけがわからない。

「ゆめ?」

私は、毎晩やってるように、階段を一段一段数えながら登った。ステップの数はいつもと同じだった。

空は満月。快晴。星々が沢山。風が生温い。

「ゆめかげんじつか・・」

私は鞄から日記帳を取り出した。何故か日付けは4月で止まってた。

「ゆめだ」

「なら、いいや」

私はいつものように塀に登った。

「ゆめだから、ちょっとくらいいいよね」

私は歌いながら、くるくると踊ってみた。

最後に、ドサッと、何かが落ちる音を聞いた。

 


3
最終更新日 : 2012-04-12 12:09:38

リルケ

星がきれいな夜でした。リルケは、月明かりに照らされた小さな丘へ登りました。

風が強くて、ちぎれた雲がとぎれとぎれにリルケを隠してまわりました。リルケはポケットから、ずっしりと重いリンゴを取り出しかじりました。体の小さなリルケは、その大きなりんごをちょっとずつ、ちょっとずつ食べました。

「あっ。」

リルケはものすごく固い種を噛みました。あわてて口からリンゴを離すと、きらっ、また、きらり。何かがリンゴの中で光ります。でも、暗くてよく見えません。リルケは走り出しました。すぐ近くの小川が、月明かりに照らされて、天の川のように輝いていたからです。リルケは息をきらして走りました。こんなにドキドキしたことは、ずっと長いことありませんでした。

 

「はあ、はあ、はあ、はあ、、、」

やっとのことで小川にたどり着きましたが、薄暗い原っぱをあまりに急いで駆け抜けたので、息がぜいぜいなります。汗もたくさんかきました。喉が渇くので、小川から手で水をすくいます。ごくり、ごく、ごく、雪解けの透き通った水を飲み込んで、その冷たいのにぶるっとなりました。

 

リンゴを月明かりに照らしてみると、種は見当たりません。代わりにりんごに映ったお月様が、リルケにこんにちはしていました。

「おかしいなあ。」

リルケはくるくるとりんごを手の中でまわしますが、お月さんはにっこりとこちらを見て微笑んでいます。

「うわっ!」

慌ててリンゴを川の中に投げ込みましたが、今度は川全体に映し出されたお月様がこちらを見ています。リルケは驚いた拍子につまづき、ぐらっと大きく傾きました。視界にお月様が入ると、

「まっまぶしい!」

目もくらむような明るさに、リルケは手を顔の前にしてもがきました。もがいて、もがいて、だんだんと息が苦しくなりました。

 

明くる朝、葬列が小川の横を通りました。なんでも、長らく病に倒れていた少年が昨晩、息を引き取ったそうです。

 


4
最終更新日 : 2012-04-10 23:43:42

奥付




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著者 : ki erico

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5
最終更新日 : 2012-04-13 00:23:38

この本の内容は以上です。


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